あすなろ整形外科クリニックからのお知らせ

年末年始は12月29日(金)~1月4日(木)を休診します
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします

2007年12月31日月曜日

1日早いけど元旦イベント

うちにとっては今日は大晦日は午前中のみでして、午後からは早くも元旦のつもりで家族イベントをしてしまいました。

というわけで、「昨日」のことですが、整形外科というのはけがの処置などもありまして、またリウマチの方で週に2回の注射をすることもあるため、1週間まるまる休むというわけにはなかなかいかないもんです。それで、午前中だけクリニックを開けましたが、保土ヶ谷区・旭区・港北区などの本来診療圏ではない地域からも受診する方がいて、予想以上にハードな外来となりました。

いつものスタッフの方々には先週で仕事を終わりにしたので、今日のクリニックのメンバーは、電話番に高齢の母、婦長はいつものうちの社長。受付は長女、リハビリ助手は長男。そして、各担当の間のメッセンジャーを次男という構成になりました。全員、同じ苗字なんて、かなりすごい話です。にわかスタッフも時給1000円となれば、けっこう使えるもんです。まぁ、ちょこちょこありましたが、大きなトラブルもなく大晦日は終了。

さて、元旦となり一緒に食事をして「新年」をお祝いすることになりました。クリニックとはバスロータリーをはさんだお向かい、PIZZA SALVATORE CUOMOに出発。12/31までの10%割引券があったので、使わない手はないだろう、というわけです。でもっても、食べた物がこれ。一見ミートソースみたいなのは「お肉屋さんのスパゲティ」というもので、いろいろな肉がはいっていてなかなか面白い。真っ黒なのは当然イカすみです。さて、「スローフードのピザをファーストフード並の早さで」というのが売りの店だけぁあって、ピザは本格的なのに出てくるのが早くて飽きません。 生ハムとルッコリのピザは、厚めの水菜みたいなルッコリがけっこういけます。ベジタブルピザは意外と甘味があって、肉食獣にも一番人気でした。写真にはありませんが、ペスカトーレピザはチーズがほとんどないピザなんですが、それでもしっかりピザなのには驚き。

それにしてもイタリアンは金がかかる。待ってもらっていたクリスマスプレゼント分とお年玉、そして今日の労働に対しての賃金を全部吐き出して、明日からまた当直で取り返す旅に出るのでありました。

ブログランキング・にほんブログ村へ

2007年12月30日日曜日

Led Zeppelin / Mothership

今年の最後を締めくくる音楽ねたはLed Zepplinなのです。つい先だって久しぶりのRe-union concertを行い、30年前の公式ライブ映画がremasterされ未収録曲も加えてCDとDVDで発売されました。

そして究極のベスト盤がこれ、"MOTHERSHIP"。さすがにタイトル通り、2枚のCDで140分という制約のなかでは確かにこれしか選べないだろう、という選曲になっています。初めて聴く人にはこれで十分です。リアルタイムに聴いていた人間としては、もうちょっと。これはいいから、あっちを入れてみたいなところはありますが。

Eric Clapton、Jeff Beckを擁した元祖British Rock BandのYardbirdsの三代目のギタリストのJimmy PageはすでにYardbirdsが落ち目になっていて、あまり話題になることは無く自分のやりたいことを一気に進めるためにZeppelinを結成しました。最初のアルバムはHard Yardbirdsという感じ。

でもギター小僧はみんな「ドゥドゥドゥドゥドゥ、ドゥジャージャンジャン・・・」で始まるCommunication Breakdownをやったでしょう。ボーカル坊やは「ワナワナホナララブ・・・」と文化祭でシャウト。天国の階段を上り詰めたところから、彼らの行き詰まりが始まったのかな。いけいけモードでの限界。次の聖なる館は、そういう閉塞感を打破するために考え抜いて作られた傑作であり、そして傑作の後は落ちていくだけになってしまうでした。

ドラムのBohnamの死によって、合理的に解散できたことはある意味では残されたメンバーにとっては幸せなことだったかもしれません。なんにせよ、70年代の凝縮したパワーが詰まっていることは間違いなく、当時を経験した世代は大音量でもう一度聞くべし!!

ブログランキング・にほんブログ村へ

2007年総決算 part 2

さて、比較的穏やかな年の瀬になっていますが、2007年もあとわずか。もう少し、自分の今年の総決算にお付き合いください。

一番大きなことは医師会の関わりが本格化したことです。自分の亡くなった父は、渋谷の内科開業医でした。医師会の仕事をいつもしていて、夜になると医師会に行くといっていなくなる、というのが日常的な光景でした。近年、医師会のあり方などでいろいろ言われていますが、開業医にとってはやはり大きな意味を持つ組織であると思います。

開業当初から医師会には入会していましたが、関わりが深くなったのは偶然が大きいのです。都筑区内の整形外科医の会に出席していて、たまたま横浜市のケアプラザ(介護事業を行っています)の協力医(医師会が協力しています)に空きが出るのでやってみたら、という話になったのです。

さらに横浜市医師会、つまり都筑区医師会の上位組織の代議員のポストも空くので立候補してみたらという話までついてきました。医師会は重要といっても、あまり上のことについては関わる余裕はありませんし、地域のことで精一杯なのですが、まぁこれも何かの縁ということでやってみようということになりました。代議員は医師会員の選挙で決まるということで、立候補して臨時総会が開かれるという、けっこう緊張することになりました。

さらにさらに代議員になると、自動的に理事の仕事もついてくる。なんと、入会1年半で早くも医師会理事となってしまったのです。今年は都筑区で横浜市防災訓練が行われたので、いきなり仕事がけっこうある。防災訓練に向けて。区役所関係者と打ち合わせ、ひょんなことから12月に防災講演会の企画があったのでこれについてもいろいろ調整が必要。さらにホームページの改定という仕事が湧いてきました。素人の力は限界があり、まだまだ問題も多く完成にはほど遠いのですが、いろいろな先生の協力があってとりあえず公開までこぎつけました。

今年の後半の大きな出来事は、何といってもブログ。日記は本当に過去に数回チャレンジして、結局何日ももたずに挫折をくりかえしてきました。そう考えると、このブログがここまで続いている、しかも毎日(!!)というのは驚異的なことなのです。それというのも、必ず誰かに見られているという緊張感があるからです。、そしてコメントをいただけることが、励みになっているということですよね。もちろん目的はクリニックの宣伝であることに違いありません。

でも、やはり院長をやっている自分を知ってもらうため手段であり、当然こいつは嫌いだと思う方も出てくるはずなんですよね。とにかく、動的更新がしずらいホームページに比べて、簡単に追加・変更ができるブログというのは、大きな力になります。最近の薬の副作用報道に関係して再確認できました。そして、いろいろブログ友というのが広がってくるということがなかなか純粋に楽しい。

公開されていること、特にネットというバーチャル空間を利用していることから、多少の表現方法の限定的な使い方は避けられませんが、ほぼ自分の言葉・表現を使って本音90%、建前10%くらいで書いていると思います。 ちなみに最近、日本ブログ村というブログランキングに登録してみました。より多くの人に読んでもらうためですが、よければ左上のロゴをクリックしてください。

他にもいろいろあった一年でしたが、とにかく何でもpositiveに考えて前向きに行くという基本的な部分は何とか通したかな、と思っています。自分の力だけではとうてい続かないのですが、いろいろな方々の助けがあって何とかなっていることを益々実感しています。2008年も常に前向きで何か新しいことを考えていけるような年にしたいと考えいますので、どうか来年もよろしくお願いいたします。

ブログランキング・にほんブログ村へ

2007年12月29日土曜日

2007年総決算 part 1

2007年という年を自分なりに振り返ってみる。当然、それは反省と来年に向けての新たな目標を見つけるためであるわけですが、そんなに大げさに考えずに思い出してみましょう。

昨年1年間が新規開業からの1年であり、とにかくクリニックの存在を何とか広めることに終始したといえるかもしれません。そして、どんどん資金が無くなり、手作り看板などのような自分でできるミニ広告をいろいろやりました。その結果、①名前はそれなりに知られていそうだ、②ほとんどの広告の直接効果はあまり無い、ということを感じました。そこで、実際に何か健康の問題が起こったときに受診したいと思ってもらえるには、実績が最も大事であるという基本に立ち返りました。

言い換えれば、あそこに行けば何とかしてもらえる、という口コミが広がるのを待つしかないということです。そのためには、患者さんのニーズに合わせて、最良の結果を積み重ねていくことが大切です。当たり前のことなんですけどね。でも、世の中は当たり前のことが一番難しかったりしますよね。

今年最初にやったことは、何とか家賃の支払を減らしてください、とビルのオーナーにお願いに上がることでした。見栄も外聞もありません。いくら理想に燃えても先立つものが無ければどうしようもない。とりあえず、半年間はお金を借りる形で割引してもらうことになりました。

次が当直のバイト。去年は月に3日程度でやっていたのですが、今年は最低月4日、祝祭日はほぼすべて日当直をさせてもらうことにしました。たぶん、祝祭日で当直しなかったのは数日しかないと思います。

さらに、恥をさらすようですが、子供の学費の滞納が春から続き、何とか奨学金を申し込んだり、学費減免制度を利用することになりました。そんなこんなで、やっと黒字が出るようになってきましたが、実質的な自分の給料といえる額にはほど遠い。

患者さんを増やすためには、患者さんの数をこなすための道具が必要です。そこで、物理療法機器を一台購入。本当は300万円くらいするものを、担当の方の尽力でデモ機を格安(半額以下!!)で確保してもらいました。そして、家賃割引期間が終了し、すぐさま返済開始となり、本来の家賃より多い額を払わなければなりません。少し増えても、今年の猛暑による夏枯れは深刻な打撃でした。

そして11月にインフルエンザ予防接種のおかげもあって何とか最低の目標である1200人/月・50人/日にやっと到達しました。整形外科というのは患者単価の低い科の代表みたいなもので、普通2000円から3000円くらいといわけており、内科などにくらべて数をこなさないといけないと云われています。内科なら、1日に40人程度の患者さんがいれば十分やっていけるといわれていますが、整形外科なら80人から100人は必要です。なんといっても、リハビリ用に通常のクリニックの倍近い面積を使用していることが大きな要因です。

では、この少ない人数でなんとかやってこれたのはどうしてなのでしょうか。それはリウマチの患者さんのおかげだといっても過言ではありません。検査を必要とするのと、注射などによる指導管理料などの加算が多いので、患者単価を引き上げてくれているのです。

でも、リウマチ患者さんはそんなに多いものではありません。自分も国際的に使われる分類基準あるいは日本の学会が提唱している早期基準に合致することを守っていくようにしています。いまだに、簡単にリウマチと言われている患者さんが多く存在していることはしばしば耳にしますので、とにかく後で他の専門医から後ろ指をさされないようにしないといけないと考えています。そして、入院などのバックアップ体制を確保して行くことで、専門病院と同等だけど、より小回りの効くサービスを提供し続けることが患者さんを集めていくことにつながると考えています。

整形外科と高齢者も切っても切れない関係にあります。年齢とともにあちこちが痛くなることは普通によくあることです。高齢者は今の医療改革の中で、いろいろなしわ寄せを受けています。政治的な思惑で右往左往させられている高齢者を、しっかりと支えることは大変重要だと思います。そういう意味で、春から往診を始めたことは、いわゆる在宅医療への関わりの第一歩です。今後の開業医の在宅へのシフトの可能性への試金石と考えています。

そして、都筑区という住民の若い地域の特性としての、小児整形外科とスポーツ整形外科への取り組みも忘れてはなりません。こどもをしっかり診る事ができれば、親御さんの信頼も得られ、ホームドクター的な関わりを持つことができます。なるべく積極的に早く治すことが求められていて、また自分で行う体のメンテナンスをしっかり指導していくことが大切です。何回も再診させることより、治し方を知ってもらうことが、次の問題が起きたときに、確実に相談をしにきてくれることにつながると考えています。

2007年12月28日金曜日

特報!! 松さん入籍!!

あ~、ついに松さんが入籍してしまいました。最近話題になっていたギターの佐橋クンとであります。

俳優と結婚するなら、ふ~ん、ですむところなんですが、相手がミュージシャンであるとなると、ちょっとガッカリ。まぁ、今年で30歳ですから、落ち着くならいいところかもしれませんけど。

もともと歌手、松たか子との出会いは10年前。先に目を付けたのは亡くなった父なのです。なぜか、CDを買っていて、聞かせてもらったんですよね。最初のアルバムの中の曲がよくて、自分も注目するようになりました。

ナチュラルな歌声と、acosticな楽器を中心としたサウンドが心地よかったのです。特にシングルでヒットした「夢のしずく」は音楽家として開花した作品として高く評価されるものだと思いますよ。まぁ、ファンとしては「おめでとうございます」ということにしておきましょう。さらに素晴しい歌を聞かせてください。

2007年12月27日木曜日

ブリが旨いぞ

今日はお刺身です。どうもクリスマスがらみで肉食生活が多かったのですが・・・考えてみたら・・・・魚も肉の一種じゃん。

まあ、そうかたいことは言わないこと。手前は、特売のブリ。背と腹と別々に売っていてそれぞれ一柵880円。まだ割引になる時間ではないので、そのまんまの値段ですけど、当然選んだのは腹身です。これが、めっちゃ甘いのです。養殖ものですけど、油も臭くなく絶品です。

後ろの真ん中はスルメイカで用意したイカソーメンです。5ハイで380円。周りに並べたのはしめさばです。これも特売で、2切れぶんで200円。
いずれも青葉区美しが丘西のスーパーアオバです。ここは家族向けの大量食材が安い店なので、豚肉の細切れ1kg680円とかも合わせて購入しました。

今年はおせちはどうしようかなぁ、と考えていますが、正月らしさのひとつなのでどんなに簡単でも用意したいと思います。

2007年12月26日水曜日

Oscar Peterson / My Favorite Instrument

Oscar Petersonはカナダ出身のジャズ・ピアニスト。カナダはクラシックのGlenn Gouldとともに世界的なピアニストを二人輩出したのです。

12月23日にPeterson氏が死去したというニュースがはいってきました。自分にとっては、ジャズの中のピアノの楽しさを最初に教えてくれた人だったので、またもや一つの時代が終わったんだなぁ、感じさせるニュースなのでした。

ロック少年からはいったのでジャズと言えばスモール・コンボ、それもバリバリに吹きまくるトランペットやサックスが中心と思っていたのです。

その中で、初めて購入したPetersonがこれ。"My Favorite Instrument"というタイトル、つまり私のお気に入りの楽器、ようするにピアノですね。ソロなんです。

比較的メロディがわかるスタンダードばかりが入っているので買ったんですけど、ピアノソロなんて聞いたことがなかったので、けっこうおっかなびっくりもんだったのです。しかし、聞き出すと、これが面白い。流れるようなフレーズ、目にも止まらぬ早弾き、それでいてわかりやすいメロディ。初めて聴くピアノ・ソロとしては大満足だったのです。

マニアからは、その親しみやすさゆえに評価されていないところもありますが、でも文句なく音楽の楽しさを伝えることのできた数少ないミュージシャンだったことはまちがいありません。在日カナダ大使館にはOscar Peterson Roomというのがあり、いろいろなイベントを開催しています。みんなに愛される存在だったのです。合掌。

2007年12月25日火曜日

クリニックでクリスマス会

今日のお昼にクリニックでクリスマス会をしました。午前の診療が終了と同時に、近くのスグーリにとんでいって、頼んでおいた限定30個のクリスマス・リース仕様のシュークリームをいただいてきました。やはりカスタードと生クリームの絶妙のコンビネーションとアーモンドを散りばめたさくさくのシューは最高です。スタッフみんなで、一人72度ずついただきました。

さらに通常のシュークリームも買ってきたので、火曜日昼にやっている体操教室に参加の皆さんにもおすそ分けして、今日は体操は早めに切り上げて茶話会となりました。

なんにしても、この1年間いろいろご苦労さまでした。

今夜がクリスマス

3泊4日の旅から戻って、「飲酒ブログ」となっています。

今日は診療がPOWER DOWNでした。というのも、正直当直がつらかった。外来もずいぶんきましたが、熱発でインフルエンザ疑いの人や、今流行りの下痢・嘔吐。意識消失のおばあちゃん、吐いたものに血液が混ざっているおばあちゃん。胸の聴診で音が運動会のおじいちゃん。亡くなった方もいますし、けっこう睡眠不足です。 しかも、またもや電子カルテトラブルが加わって、けっこう疲労困憊となっています。しかし、昼に簡単なクリスマス会をクリニックて行いまして、なんとか気を取り直しました。

しかし、午後から新患さんが多く、だんだん気持ちが居直り状態になってしまいました。前に進みたいのに進めないようなもどかしさ、といえばいいのでしょうか。なんとか8時前には終了できたところで、家に電話して長女に例のチキンを焼いてもらいました。

帰宅してさっそくクリスマス・ディナーとなりました。生ソーセージをボイル。ジャーマンポテト。ローストビーフと牛たたき二段重ね。そしてロースト・チキン・レッグ。

さすがに数日間漬けていただけあって、旨い!! 1本100円とは思えない。

アルコールは、アスナロ・オリジナル・ワインです。これは開業祝いのお返し用に作ったもので、まだ数セット残っていたものです。ハーフボトルなので、簡単に飲めてしまいます(まだ、あるのでご希望の方には2本1組でお分けしてもいいのですが・・・・高いよ)。

2007年12月24日月曜日

独断X'mas名曲ベスト10

今年もやってまいりました、クリスマス。クリスチャンではない方も、一緒に楽しい時を過ごしましょう。さて、毎年恒例となっている、独断と偏見に満ちたクリスマス・ソング名曲ベスト10のコーナーです。ここでは、売れ筋だろう、きっと皆が好きなんだろう、そして自分もよく聞くなぁと思うクリスマスをテーマにした曲を、勝手に選ばせていただき発表します。 では、第10位から発表です。

第10位 B'z / いつかのメリークリスマス
クリスマスは25日です。五日ではありません。

第9位 Wham! / Last Christmas
これ一曲で記憶に残る。それにしてもジョージ・マイケルさんて、日本で言ったら佐藤一郎さんという感じでしょうか。

第8位 中島美嘉 / 雪の華
中島さんの最後のヒット曲。この後、NaNaに走り出しキャラ変わったんでねぇ?

第7位 嘉門達夫 / ひとりぼっちのクリスマス
HiFi Set、虎舞竜、尾崎亜美などにも同名曲がありますが、悲しさ満載ならこれ!!

第6位 John Lennon / Happy Christmas
Lennonといえばこれとイマジンだけというのが総決算か。他にもいい曲作ったのにね。

第5位 山下達郎 / クリスマス・イブ
四半世紀にわたり君臨するクリスマスの定番。

第4位 稲垣潤一 / クリスマスキャロルの頃には
発表から15年。・・・の頃には毎年思い出してもらえるのは役得ですね。

さぁ、ではここで番外からいくつか紹介しておきましょう。
普通のクリスマス関連の歌としては、アヴェ・マリア、赤鼻のトナカイ、ジングル・ベル、ウィンター・ワンダーランド、ホワイト・クリスマスは必需品ですよね。キャロルなら聖しこの夜、もろびとこぞりても無くてはならない。それでは、いよいよベスト3の発表です。

第3位 辛島美登里 / サイレント・イヴ
吉田栄作のトレンディ・ドラマ「クリスマス・イブ(1990)」のテーマソングとして、今でも絶大なる人気を誇る名曲といえそうですね。30代から40代の女性なら、これ一曲でOKという方は多いはず。

第2位 松任谷由実 / 恋人がサンタクロース
これも定番中の定番。実は、本人の歌より松田聖子のクリスマス特典レコードに入っていた方が話題になったんですよね。でも恋人がサンタなら一年に一回しか逢えないじゃん。

第1位 松たか子 / 真冬のメモリーズ
なんだ、これのためのネタかい! と思った方、正解です。松さんの唄はとても声にやさしさがあって癒されるんですよ。でも、この曲はちょっと編曲は派手な方ですかね。古いのであまり思い出されないけど、いい曲ですよ。

いかがでしたか、思い出したら今からでもCDショップに行けば、今夜に間に合いますよ。それでは、楽しいクリスマス・イブの夜をお過ごしください。

Terence Young / The Christmas Tree (1969)

クリスマスといえば、当然いろいろな映画の素材になっているわけで、基本的にはハッピーなテーマの代表みたいなところがありますが、自分にとってクリスマスから連想する映画をあげるとしたら、この映画しかないくらい強烈な印象が残っているのです。ネットでも、ほとんど情報が得られないくらいの「B級」扱いなのですが、自分にとっては「名作」なのです。

クリスマス・ツリー The Christmas Tree (L'arbre de Noel) 1969仏
監督 / テレンス・ヤング 原作 / ミシェル・バタイユ
出演 / ウィリアム・ホールデン、ブルック・フラー、ヴィルナ・リージ、アンドレ・ブールビル

あえて、結末までのあらすじを書いてしまうと・・・
夏休みに父親と少年は海でのんびりと楽しんでいた。そこへ水爆を搭載した飛行機が近くに墜落し、少年はその影響で白血病になってしまう。このあたりは、今では冷静に考えていろいろ突込みどころではありますが、まぁ、あまりそういうところは黙っておきましょう。

医者は父親にあと半年の命と伝えます。それから父親は少年のためにどんなことでもするようになります。狼を飼いたいと望むと、夜中に動物園に忍び込んで狼を盗み出してくるのです。

やがてクリスマスが近づいて来ると、少年は父親のためにクリスマス・プレートを作り出します。イブの日にプレゼントを買いに父親は外出します。少年はきれいに飾られたクリスマス・ツリーの下で、出来上がったプレートを抱きしめ静に目を閉じるのでした。プレートには父親への感謝の言葉が・・・

007シリーズでも有名なテレンス・ヤングが監督し、名優ウィリアム・ホールデンが主演。たぶん、ジャニーズばりに愛らしいブルック坊やの登場、という具合に話題性は十分な仕込があるのですが、おそらく話の展開が強引なため、あまり話題になることがなく埋もれてしまった映画なのかなぁ、と思いますが、当時小学生の自分は映画館で見て、あまりに自分と同じ年くらいの少年の不幸に泣かずにはいられなかったのです。その後、一度テレビの洋画劇場で見たときも、涙が出てしまったように記憶しています。
どう考えても少年が死ななければならない理由は無く、この理不尽な不幸に救いはありません。見終わっても、たぶんほっとした気持ちにはならないことでしょう。核兵器は主題ではなく、あくまできっかけ。とにかく、見たものを悲しみに沈ませるための映画。泣きたい人のためにある映画。

でも、どんな人でも、望むものがすべて手に入っても幸せとは限らない、この少年からすれば誰もがHAPPYなクリスマスを過ごすことができるんだよ、ということを云いたいのだろうと考えればいいのでしょうかね。

2007年12月23日日曜日

小田和正/ 自己ベスト2

売れているみたいですね、小田さん。自分もオフ・コース以来のファンなので、こういう方が現役でがんばっているということは、素直に嬉しく思います。

オフ・コースは"We Are"でアルバムとしては頂点に立ち、続く"Over"で"We Are Over(僕らはおしまい)"となり武道館ライブで終わったと考えていました。その後の鈴木康博の抜けたオフコースは、ちょっと違う。ここから小田和正ソロ・バンドと化したと。

その小田さんが"Looking Back"でセルフ・カバーを始めたときは、「うわー、やめてくれぇー!」と思いました。頼むからオフ・コースの完成された世界を使って、二匹目の泥鰌みたいなことしないで下さいよ、という感じ。

それが、5年前に"自己ベスト"という形で終結。その後、「クリスマスの約束」で他人の曲を歌いまくり、好評につき続、続々となっているわけです。そして自己ベストも第2弾。小田さんは、この間にも十分今の60才という年齢でのオリジナルの仕事をしているわけですから、ベスト盤を出すのはいいとして、またもやオフコース時代の曲が入っているのはなんで? "生まれ来る子供たちのために"は確かに名曲です。ミスチル桜井が歌おうと、オフコースのオリジナルを超えるものはないでしょう。

Claptonはライブでは、今でもLaylaやBadgeなんて40年近く前の曲をやりますが、あらたにレコーディングなんてしないよ(UnpluggedのLaylaを除く。これは、まったく別曲といってもいいくらい違う)。

レコード会社の企画によるベストならしょうがないけど、少なくとも自己選曲をうたったタイトルをつけるなら、過去をぶり返すのはやめましょうよ。ベストで時代を区切ったら、次に進みましょうよ、小田さん。と思ってしまうOld Funなのでした。

Amaryllis


昨年、患者さんからアマリリスの球根を頂いたのですが、見事に花が咲きました。その球根は、その後休ませてありますが、今年は花が出そうにありません。そしたら、たぶんそんなことだろう、と思ったのでしょうか、今年も別の球根を持ってきて下さいまして、11月の終わりから水やりを始めたところ、ちょうどクリスマスにあわせるかのように満開になりました。

なんとか年内は見ごろが続いてもらいたいと祈っています。

2007年12月22日土曜日

X'mas cake in Kouhoku NT

皆さん、きっとお気に入りのお店があってクリスマス・ケーキにもいろいろこだわりがあるんでしょうね。正直に申し上げますが、自分は洋菓子系はあまり好きではありません。とにかく甘いのが苦手。お菓子ならお煎餅が一番と思っているのです。

クリスマスといえば、ケーキは付き物ですが、あざみ野棒屋先生のテリトリーにある某店にも買い求めたことはあります。が、しかし、今年は違います。

今年のケーキは菓子工房スグーリです!! センター南駅からオリンピックのある中村の交差点を荏田方向、文教堂の隣です。このHPでスグーリの秘密が公開されていますが、どこにも書かれていない、とっておきの秘密があります。それは・・・個人情報の関係で詳しくは書く事はできませんが、オーナーシェフはとても気の優しいパパだということです。

ここのシュークリームはパリっとした生地に甘さ控えめのクリームがばっちり合っていて、自分のようなものにも、もう一個食べたいと思わせる美味しさです。

その自慢のシュー生地を使った特別X'masケーキを注文してあるので、手に入ったらお見せします。

2007年12月21日金曜日

今日はぼやきまくるか

なるべく物事をPositiveに考えたいと、常日頃思ってはいますが、思いっきりぼやきたくなる時だってありますよ。明日は、土曜日。3泊4日の当直のはじまり。来週1週間で、今年は実質終わりですよね。そしたら土日はまた当直で、月曜日の大みそかは午前中だけクリニックを開けます。

そしたら元旦から、また3日の朝まで当直します。4日からはクリニック。そして土曜日の5日から6日の朝まで当直です。ということは、1月の13日14日の連休でやっと丸々休めるわけです。

こんなことは、誰も好きでやるわけないでしょう。自分も週に1日位は人並みに休みたいですが、それが現状です。今はまだ種をまいている時期です。豊かな実りを得るためには、しっかりと土壌を開墾して、しっかりと水の通り道を作って、肥料をまかないと。

大みそかは仕事するな、っていう方がいますが、そんなに簡単に言わないでください。とにかく自分の給料を出せるようになるまでは、こんな方法しかありません。Dr.Mのブログで、自費診療の件に触れていましたが、自分には普通に医者をする以外才覚はないのかもしれません。でも、医者になったからには医者としてがんばるしかないので、これでも普通のサラリーマンの方よりは恵まれていると思っています。

ある先生は、平日にも休みを取ることにするか考えているそうです。でも、うちでは木曜日の午後を休診にしていますが、そこで近くの病院と大学の外来と、手術をしています。

近くの病院は外来をやっているので、緊急時のベッドを確保することに大変役立っています。たいていの無理を聞いてもらえるので、開業医としてはこれほど心強いことはありません。大学は知識のアップデートのためにも絶対に捨てるわけにはいきません。結局、木曜日を1日クリニックを休んでも、あまり変わりはないでしょうから、少しでも収益をあげれることは重要です。

2007年12月20日木曜日

Pocket Pikachu

これ、知ってます?

そうです。ポケット・ピカチューです。1996年にポケモン発売。赤バージョン、緑バージョン、そして限定の青バージョンに続いて、1998年にピカチューバージョンが登場し、ほぼ同時に発売された、ポケモン万歩計なのです。歩けば歩くほどピカチューがなついてくるという・・・・

ただいま夜なのでピカチューは布団に入って寝ているようです。今日、たまたま電池の余りを見つけて、長らくほったらかしになっていたところに入れてみました。

おーっ! 何年ぶりかのぉ~。たぶん、21世紀になって初めて動いているのではないかと。ちゃんと動くようですが、さすがに腰にふら下げているというのは・・・・というわけで、ポケットに入れてみました。今日は1800歩程度しか歩いていないらしい。まだ、ピカチューは他人のふりをしています。

たまごっちはいくつかありましたが、全部壊れたのか、一個も残っていません。

世界史:ラインの奇跡

12/20現在Wikipediaには「ラインの奇跡」という言葉はありません。第2次大戦以降のドイツ経済の発展をラインの奇跡と呼ぶそうです。日本で言ったら、高度経済成長みたいなものでしょうかね。
さて、長女の期末試験。世界史の答案をお見せしましょう。回答欄に「ラインの奇跡」とあり、正解となっていますが・・・・・

この先生のコメントはぬぁんだぁ~!!

いっしゆんうんこにみえる
だと。

確かにそう言われれば・・・
(長女の許可を得て掲載いたしました)

クリスマス準備入ります

うちはキリスト教徒ではありません。一応、仏教徒、それも日蓮宗ということになっており、何かにつけて南無妙本蓮華経と・・・でも、やはりクリスマスは人並みに祝うわけです。

でも、結局美味しいものが大手を振って食べれる何日かの一日という扱いなのであることは間違いありません。となりますと、欠かせないものはローストチキンということになります。本当は丸ごと焼いてしまいたいのですが、けっこうあとも大変なので、食べやすく片付けのしやすいレッグを調達してきました。

ブラジル産冷凍もので1本100円。今日はこれを醤油と砂糖とお酒でつけておきます。もちろんビニール袋に入れてですよ。すでに焼いてあるのは、肉が固くなっているし、どんなに安い肉でもやはり食べる前にオーブンで焼いた方が美味しいですよね。このくらいなら200度で30分くらいで出来上がりでしょう。皮がぱりっとなって、う~んジューシーとなるはずです。

それで、いつ食べようか、ということになるわけですが、さぁ、困った。明日は医師会の理事会でしょう。土・日・月と当直3泊4日なので、火曜日になってしまいますね。おや、ちょうど12月25日でクリスマスの当日じゃないですか。それまでお預けですね。

2007年12月19日水曜日

まだ秋の風情

皆さん、今年は秋が短かったですねぇ。いつの間にか冬が到来して、朝晩の冷え込みがきつくなってきました。秋を感じる事ができなかった方、秋の花を見てください。小さな、愛らしい花がたくさん集まったら、思い出してごらん。あんなこと、こんなこと、あったでしょう。

でも、冷蔵庫で、こんなことが起こっているとしたら・・・

それも人生。でも、泣きたいときは、思いっきり泣きましょう。

だって、クリームシチューにいれようと買っておいた
ブロッコリー
なんですからぁ~!!

それもたいへん立派なやつなんです。見事に開花していました。これって食べれるの?

2007年12月18日火曜日

末はテレビディレクターか新聞記者

昨日のFM出演(ビタミンママ・ワイド~FMサルース)については、とても楽しいひと時で、さらにビタミンママのブログでも取り上げてもらい、願ったり叶ったりのクリニックの宣伝となりました。

今日は、夕飯を食べながら、いただいた昨日の出演テープを家族で聞きましたが、「いつものとーさんとはだいぶ違うね」「かっこつけて喋ってる~」などの大反響(?)でした。

それにしても、こじんまりとした放送局ですが、いかにも地元に密着した手作りの雰囲気が、なかなか楽しい感じでした。ミキサーや各種再生装置などに囲まれた雰囲気は、けっこう好きなんですね。

と、いうのも、小学生の時を思い出しました。自分は渋谷区立渋谷小学校の卒業なんですが、もう何年も前に廃校になっていて母校はありません。5年生から部活ができるのですが、自分は人気一番の放送部と新聞部をやったことを思い出したのです。

放送部では、昼の給食のときに、音楽を流したりするので、まさにヘッドフォンをつけてミキサーの前に座って、レコードをかけてたりするということをやっていました。けっこう自分のお気に入りのレコードを持って行ってかけたりしたものです。

その後も友人同士で、好きな曲をカセットテープに入れて交換したりするときも、DJ風にナレーションをいれたり、クロスフェードして曲をつないだり楽しんだもんです。そのうちビデオが使えるようになると、番組風のものを作ったりしたこともあります。正直にいうと、メディア系の仕事もずいぶんと興味を持っていたことは確かですね。

さぁ、だいぶクリニックねたの貯金もできてきたので、これからはクリスマスに向かって食べ物ネタで盛り上がっていこうじゃありませんか。

2007年12月17日月曜日

お呼ばれしました ~ FMサルース

今日はFMサルース生出演をさせていただきました。FMサルースと聞いて、ピンとくる方は、横浜市青葉区・都筑区在住の方か、あざみ野棒屋先生のブログDr.Mのブログの愛読者の方です。

FMサルースは、青葉区のたまプラーザ駅前のItscomという東急がやっているケーブルTVの中にある地元FM局なわけで、今やっている駅前再開発工事がはじまる前までは、駅北口でてすぐのところの通行人丸見えスタジオでやっていました。

月曜日の午後2時20分から30分間程度、地元ミニコミ誌ビタミンママ企画のビタミンママ・ワイドというコーナーがあって、ここへ出演してきたわけです。

面白いことにあざみ野棒屋先生の時は、パーソナリティは榊原貴子さんという方で、Dr.Mの時は名城雪子さん。そして、今回の自分の場合には坂本直子さんがパーソナリティでした。たまたまバラバラになっていますが、他の先生方同様、大変楽しんできたのはいっしょです。最近は名城さんが月曜日の担当とのことですが、臨時で木曜日の坂本さんと交代したとのことでした。
でも、坂本さんはさすがにすごいです。事前の打ち合わせは、まったくなかったのですが、本番数分前、曲がかかっている合間に雑談風に会話をしました。いざ、はじまるとさっきの雑談の話題から質問を向けてきます。こちらは、一度答えているので比較的スラスラと答えられます。この辺の素人の扱い方は手慣れたものですね。

おかげて、短い時間で、クリニック名の由来、リウマチの注意するポイント、スポーツのけがの予防の基本、コンピュータ大好きなこと、ブログを書き出したこと、医師会ホームぺージのことという具合に盛りだくさんの話題のエッセンスを凝縮することができたのではないでしょうか。

ちょっと、申しわけなかったのは、1曲リクエストということで、松たか子をお願いしたのですが、局に無かったので持参するように言われていたのですが、何分昨日の電子カルテの件でクリニックに泊まり込んでしまい、仕方がなくMP3にして持ち歩いていた分をCDに焼きなおしていったのですが、CD-Rがうまくなかったようで手間をとらせてしまいました。申し訳ありません。

今日の出演は、先週の金曜日の朝にメールでビタミンママ・スタッフの方から連絡をいただき、よっしゃぁというわけで、当日のブログで思わせぶりに予告して、土曜日に大々的に予告宣伝しようと思っていたのですが、電子カルテトラブルですっとんでしまい、事前にお知らせするのをすっかりすっ飛ばしてしまいました。

ビタミンママ・スタッフの方とは開業時の広告以来のお付き合いですが、今回のご配慮には大変感謝しております。うちのクリニックはリウマチ専門と思われていますが、こどもさんやお母さんへの唯一のアピールポイントはビタミンママなので、Dr.Mのようにビッグ・クライアントになるべくがんばりますので、これからもよろしくお願いします。

2007年12月16日日曜日

コンピュータお買い上げ

ということに、なってしまいました。

昨日書いたように、クリニックの電子カルテのメインで使用しているコンピュータが爆発炎上して、今日は昼から電子カルテ会社が、つい3週間前に持って帰った代替機を再び持ってきて、入れ替え作業。もともとのコンピュータ君は、なんとか動きますが、電子カルテの動作はいたって不安定で、これをとても使う気にはなりません。

結局、電子カルテ会社ご推薦のDellのワークステーションを購入し、来年になったところで入れ替えをしてもらうことになりました。

この時期に急な出費は大変痛い。だって、そうでしょう。いつもなら、コンピュータを買うとなると、うきうき・わくわくしていましたが、今度ばかりは、憂鬱な気分です。それでも、最低の構成にして12万円。電子カルテは、グラフィックの性能はあまり必要ないので、かなりせこい構成にしても大丈夫なのが、唯一の救いです。そのかわり、今度ハードの問題が出ても、泣き寝入りしないからな!!

夕方までかかって調整をして、それからお世話になっているあすなろ老健の忘年会に出席。新横浜のグレースホテルへ行きました。昔、横浜新緑総合病院で整形外科医長をしていたころ、毎年忘年会をやったところです。100人以下の会をするには手頃な会場ですかね。港北区の医師会長や元横浜市医師会長と同じテーブルを囲っての談笑。これって、なんかすごい感じですよね。緊張しますよ。料理は、まぁまぁ。やはり、Wiiは当たりませんでした。

2007年12月15日土曜日

日本に多い苗字

自分の名前って、なかなかいないんですよね。基本的には自分の親類関係だけではないかと思っていましたが、たまたま「日本の姓の全国順位データベース」というサイトをみつけましたので、紹介してみましょう。

これによると、全国第1位から順に佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺、伊藤、山本、中村、小林、加藤、吉田、山田、佐々木、斎藤、山口、松本、井上、木村、林、清水、山崎、池田、阿部、橋本、山下、森、石川・・・・どこまで行っても自分の苗字はでてきそうもありません。
佐藤さんは電話登録481,980件で、推定人口は192万人。鈴木さんは170万人、高橋さんは140万人だそうです。

自分の苗字は第21398位で、推定人数はおよそ200人とでました。これには。けっこうびっくりです。親類関係で思い当たる数は、自分や家族も含めて、せいぜい15人程度です。自分とは関係の無い同じ苗字の人が、日本には185人くらいいるということですよ。今まで50年弱生きてきて、それらの人々とは遭遇したことはありません。名前は、さすがに読み方もいろいろあるので、単純なランキングはみつかりませんでした。

自分の場合は、めったにない「貴重な」苗字ですから、人数キープは大変です。姉は伊藤さんちへ嫁に行ってしまいましたが、偶然自分のかみさんは旧姓伊藤なので±ゼロです。うちには長男・次男といますので、このままいけば増殖できる可能性があります。よっしゃ。

ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした

本当に、今日の午後の患者さん方には、本当にご迷惑をおかけいたしました。心よりお詫び申し上げます。

というのは、実は電子カルテシステムが爆発・炎上し、上空から海面めがけて急降下、何度も水しぶきをあげつつ、なんとか予定の空港に胴体着陸したというしだいなのです。おかげで、カルテは書けない、コストは入れられない、レントゲンは見れない。当然会計はできない、患者さんは待たされるという、最悪の状況でした。

それは、今日の午後の診療を始めて、30分後に突然やってきました。患者さんと話をしている途中に、何の前触れも無くいきなりパソコンが落ちました。こんな経験は初めてです。普通は、なんか怪しい動作や音がするものです。あわてて、再起動。受付も再起動を余儀なくされます。

少し使っていると、フリーズして、再起動。しばらくするとまたもやフリーズ。そのたびに受付もあたふた。とにかく、どうしようもない。ちょっと使うと止まってしまいます。そーっと、立ち上げてサーバーソフトだけを立ち上げて、受付2号機を急遽診察室へ移動。受付用なので、自分の使い勝手とはだいぶチューンアップが異なるのをなんとか使いましたが、いかんせん受付用にはレントゲンを見るためのセットアップをしていません。レントゲンをとる度に、患者さんにはレントゲン室で説明。しかも、以前のカルテをめくる表示が出なくなってしまったため、過去の処置がわからないし、すべてdoではなく新たに入力しなければなりません。発狂寸前なのは人間の方です。

とにかく電子カルテの会社に連絡入れて、明日までになんとかしてぇ~!! と悲鳴を残して、再び狂気の渦の中に飲み込まれていくのでした。それでも、なんとか生き延びたことは・・・奇跡的です。電子カルテを使う以上、いろいろなトラブルは想定しているとはいえ、実際に起こると、さすがにてんぱってしまいます。こんなことを書いていると、紙カルテを使っている医者から、それ見ろ、だから電子化なんてするもんじゃないのさ、などと云われそうですが、このようなリスクがあっても普段のメリットははかりしれません。

ところで、実は電子カルテのトラブルは、これが最初ではありません。一度目は開院前。調整中に、ハードディスクが発熱して焼けてしまいました。これは、はっきりいっときますが、コンピュータの通風孔を塞ぐようにセットした方々の責任が重大です(ぐっと、こらえましたが)。

2度目は昨年の11月。サーバー機が突然うなりをあげて、CPUが焼けてしまいました。カルテ会社が急遽リモートで入って、バックアップ機を急遽サーバーに格上げして何とか切り抜けました。患者さんも少なく、あまり大きなロスをせずにすみました。これは、自分が用意したハードの問題である可能性が高いので、あきらめましょう。

しかし、しかしですよ、今回は違います。今のサーバーは、変な電子カルテのメッセージの出現のため、調整を依頼したところ、今年の5月から電子カルテ会社に入院したんです。その後半年たってもなんとも連絡が無いので、どうなっているの? ときいたところ、問題の原因はわからないけど、そもそもその問題が再現されないので、また使ってねという返事。なんだそりゃ。なんか、不安だな、と思いつつ、使い出すと以前にもまして異常なメッセージやメモリー大量消費などが続発。とにかく、いったい何をしてくれたの? という怒り爆発寸前のところに今日の事件です。結局久しぶりの休養日曜日の明日は、クリニックで電子カルテの調整と機器の入れ替えをすることになってしまいました。

さすがに仏の顔も三度まで・・・って以前にもどこかに書いたセリフなんですけど、電子カルテシステムはクリニックの命なんですから、生半可なことでは許しませんよ。明日は、覚悟していらっしゃい!!

2007年12月14日金曜日

クリニック3年目の課題

今日は、お願いしている会計事務所の親分がお出ましになり、この1年間の総括をしてもらいました。基本的にはゆっくりながらも右肩上がりなので、あと1年間がんばれということなのですが、来年も税金は払わないでもいいという、大変心強いお墨付きをいただきました。と、いっても、脱税ではありませんよ。つまり、これまでの赤字が上回っているので実際の収入がでないのであります(威張っている場合ではない)。

予想では、来年このままがんばれば、やっととんとんになるだろうとのことでした。しかしも来年は診療報酬改定の年、開業医に対してはさらに厳しい変更がおこなわれる雰囲気が漂っています。夜に働け、休みの日に働けということが言われていますが、保健所と協力して実際に地域の保健を死守しているのは開業医なのです(医師会に入っていない人は除く)。夜や休日に働くならば、平日は休みを増やして、ますます病院への患者さんの集中を促すことになるでしょうし、保健事業への協力も減るのではないでしょうか。おっと、今回はほやきは無し。

さて、今まではクリニックの知名度を広げることに終始していましたが、これからは内容の充実が最優先課題です。関節リウマチの患者さんが増えてくれることは、経営的には安定感が増します。一度、自分を信用してもらえれば、長くお付き合いすることになり一定の患者数を確保することにつながります。このためには、絶えず知識のアップデートと実践が必要です。その意味でも大学の外来は重要性が増します。先週のような抗リウマチ薬の副作用報道に対しても、絶えず敏感になっていないといけません。患者さんに対しての素早い対応が、信用を増すからです。そういう意味で、このブログの戦力はなかなかのものです。あざみ野棒屋先生が、以前「すぐ書けるブログこそ武器」といっていたことが、実感としてわかりました。自分のブログへの書き込みは相当早かったみたいで、いろいろなところからお褒めの言葉をいただきました。

しかし、整形外科医としては、もちろん普通の手足や背骨の痛みも忘れてはいけません。きちんと治すことができれば、患者さんは次の時にはまたうちにかかってくれます。この積み重ねが重要であることは、説明するまでもありません。「あそこはリウマチ専門でこどもはみれない」という噂を聞きましたが、こどもは未来の顧客ですから、当然置き去りにはできません。実際、こどもを診ることは嫌いではありませんので、けっこう自信はあります。このあたりは、専門に固執せず何でもできる医者を育成することを目標にしていた東海大学のおかげなのです。東海大学のスローガンは「名医より良医を」でした。自分の恩師は特に、この点を重視し、いろいろな患者さんの主治医をさせてもらいました。

いずれにしても、内容の充実はスタッフの充実が必要です。自分一人で何でもやるのは限界があります。スタッフにうまく仕事を分配していくことができないと、さらなる拡大にはつながりません。場合によっては、パート医師を入れることもいい方法であることはDr.Mもブログに書いています。自分だけではカバーできない部分を、突き破ることができることは魅力があります。こういったことを、会計事務所からのアドバイスとして聞いていると、まだまだやらなければいけないことは山積みであると思い知らされます。まだ当直はつづけるように、しっかりと言われました。しかし、どこがで当直に使っている時間とエネルギーをクリニックに転換することも重要であるとの指摘もされました。

さらに、地域に対してよりアピールしていくことは続けるようにと忠告されましたが、それについては願ってもない話が舞い込んできましたが、その話は次回に。

2007年12月13日木曜日

Pink Floyd / PULSE

Pink Floydはビートルズ以外で初めて聞いたロックなのです。それは、原子心母でした。Atom Heart Motherという原題をそのまま翻訳したものですが、この日本語タイトルもなかなかインパクトがあって、いまだに忘れられないアルバムになっています。
そして、現役ロック少年としては、最後に買ったのがAnimalだったこともあり、Pink Floydはお気に入りのグループに一つとして殿堂入りしているのです。

今回のPULSEは1994のツアーのライブ。オリジナル・メンバーのロジャー・ウォータースがごたごたで脱退した後のなんだかんだの復活からうみだされたものですが、なんといっても1972年の大傑作アルバム「狂気」のフルバージョンをライブで完璧に演奏したところが、一番の注目ということでしょうか。

スタートのShine on Your Crazy Diamondから、もうフロイドワールドが全開。デイブ・ギルモアのけして派手ではないストラットの音が、すべてを支配するという感じ。ウォータースはいないけど、サポートメンバーが強力に周囲を固めているので、なんの遜色もありません。

基本は既発の作りこまれたアルバム曲をステージで再現することが目的なんでしょうね。その雰囲気は後半の「狂気」で一気にボルテージが上り詰めます。 やはり、この人たちただものではありません。ギターの早弾きもサーカス的なピアノもありません。大迫力のバスドラ連打もありませんよ。でも、これだけ音楽的な処理がされたロックは、絶対に他では聞けません。2時間ちょいなんて、あっという間です。

大学でのびのび

今日は、月に一度の大学の外来日。
なんか、道がものすごく混んでいました。はじめて20分遅刻。センター南から、新宿河田町まで、なんと車で2時間もかかったということです。何となく年の瀬を感じますね。

さて、リウマチセンターでもエンブレルの報道の件は、ほとんど問題はなく、患者さんは大変冷静に受け止めているということを看護師さんからも聞きました。この話は終息したと言っていいでしょうね。

11月に手術をした指の変形の患者さん。抜糸をして、さぁ、これからリハビリです。
10月に手術をした腱断裂の患者さん。もうほとんど日常生活はできるようになっています。
9月に手術をした人工指関節を使用した患者さん。術前が20点なら、今は80点だと喜んでもらえました。
かれこれ5年くらい相談を受けている患者さん。いよいよ1月に手術をすることにしました。

こんな感じで外来をやっていると、結局10人程度の外来なのにたっぷり3時間も使ってしまいました。でも、ふだんはクリニックだと、ごく一部を除いて自分で手術までできるわけではないので、話の内容はどうしても一般論からなかなか出ることができません。自分なら、こうするああすると思うところはあるし、絶対によくできると自信がある時にありますが、結局あまり説明しすぎても、実際に担当する医師との相違が出てしまうと、かえって患者さんは混乱してしまいます。

ですから、大学の外来では原則として自分が手術までをすることを前提にしているので、話したい放題です。ほとんど使われていない親指の付け根の人工関節も勧めます。またこれは手術するとかえって痛みがのこるかもしれませんよ、なんてこともしゃべったりします。

いろいろやりたいようにできる外来は、日頃のストレスの発散にも役立っているんでしょうね。

2007年12月12日水曜日

なさはな(情けない話)

今日は往診。市ヶ尾だもん。楽勝です。すべてはそこから始まった。

見つからない。往診に来た家がわからない。最近は、表札に番地がない方が多いので、住所だけがたよりにしていても、見つけるのが大変です。一応、ナビはあるんですけど・・・このブロックのはずなんだけど・・・とか思いながら、チョロチョロ車を走らせます。

PIZZARAお届けの人がいる。あの人に聞いてみようか。でも、あっちも家を探しているみたい。邪魔しちゃ悪いよね。
あっ、日本郵便の配達の人がいる!! すみませーん、この番地の家はどこだかわかりますか?
えーっと、最近バイクに乗り始めたので、ゴメンナサイ。
そんなのありかよ~。それで配達できんのかぁ~!!
しかたがなく、またもやチョロチョロ、グルグル。

おっと、さっきのPIZZARAがまだうろうろしている。ピザ冷めちゃうぞ!!
道の掃除をしているおばさんに聞いてみる。この辺は入り組んでいるからね・・・とのこと。
やっと携帯で連絡とって、ご主人に出てきてもらい、一件落着。

これで終わったら、なさはなにはなりません。まだまだ、つづきがあるんですよ。
今日が初めて伺ったので、話すこともいろいろあって、1時間近くたってから、失礼しました。さぁ、おなかも減ったし、早く帰ろ・・・って、エンジンがかからんじゃないか!!
どういうことだぁ~!! バ、バ、バ、バ、バッテリーだぁ!!

そろそろ寿命とは思っていましたが、チョロチョロ・グルグル・室内灯・寒い・最近思いっきり走っていない・省エネ運転で極力2千回転以上まわさない・待っている間社長がテレビ鑑賞などなどの理由が考えられます。

さっそうと走り去る姿を確認しようと、ご主人が門のところまで出てきていました。近づいてきて、バッ
テリーですか?とやさしく尋ねます。ハイっと小さく答える自分。ご主人の活躍が始まり、隣家へ「ブースターケーブルありませんか」と尋ねて回ります。隣家のご主人も一緒になって「ブースターケーブルありませんか」、お向かいにピンポン。はす向かいにピンポン。バッテリー上がりだけでもはずかしいのに、ほんとに穴があったら入りたい状態です。いろいろやっているところに、ちょうど息子さんが帰宅。なんと、ブースターあるとのことで、なんとかエンジン始動。ブースター使ったのは、もう忘れるくらい昔のことで、たぶん20年近く前じゃないかしら。

それにしても、なんてご近所力のある場所なんでしょう。いいところですね。困った時は、お互い様という言葉が本当に生きているんですね。素晴らしきご近所に感謝!!

そのまま246のガソリンスタンドに直行して、バッテリー交換したことは言うまでもありません。

2007年12月11日火曜日

Let's 医師会 12月


医師会のホームページがリニューアルしました。って、すでにあざみ野棒屋先生に書かれてしまいました。いったい、普通なら医師会員は毎日チェックなどしないだろうに、よーく見ているもんだ、感心してしまいます。

実は、まだ未完成なのですが、日曜日の講演会で「もうじき、さらに皆様の役に立つサイトになって、近日公開」と言ってしまったので、医師会事務局の重鎮と相談して入れ替えてしまいました。

まず、医師会のHPというよりは都筑区区民の皆様が健康情報を知りたい時の入り口として広く使ってもらえることが大事ということで、編集作業がすすんだようです。そこで、Asunaro Design Houseとしても、協力を惜しむわけにはいきません。全面的にHomepage Renewal Working Groupに持てる技術のすべてを提供しました。

ただ、どうしても全体に統一感がとれていない感は否めません。テーブルをつかったり、画像にしたり、フレームかと思うとそうでない、レイヤーを多用。基本は事務局のメンテナンスをより簡便にして、できるだけ更新を簡単なすることで、情報をいつでもアップデートすることにあります。そこで、ブログを取り込んだりしています。自分も使っているGoogleの無料ブログはカスタマイズ性についてはトップクラスです。ここまでシンプルなデザインでできるのは、他にはありません。

また医療機関のデータベースもMicrosoft AccessとExcelからXMLを書き出す仕様にしたので、追加・編集はとても簡単。歯科医師会も紹介して、幅広く健康情報を提供します。

区役所情報ともなるべくリンクさせて、できるだけ有意義なサイトになるべく努力しました。まずは、あざみ野棒屋先生の是非ご覧ください。いつものジョギングマップのヴィジュアル版が掲載されています。これは医師会員の投稿を随時載せる予定なので、要チェックです。

毎日いっしょ EXTRA EVENT

うちにはほぼ1年前からPS3があるのですが、ほとんど魅力的なソフトがないので、ソフトは2つくらいしか購入していないようです。

長女は無料の「毎日いっしょ」でトロ~かわいい~とか毎日ほざいています。本日は、スイッチオン、「おおおーっ!!」といいながら、「いいな、いいな」をれんぱつしていました。なぜなら、いつものならトロステーションという、ニュース番組風のはじまりなのですが、今日は・・・ こんなのが始まりました。
さらにこんなになって・・・
こんなこともしてくれます。
これはなかなかうけまくりです。トロとクロに祝っていただきました。
いろんなとこに個人情報を下手に入力するもんじゃありません。


2007年12月10日月曜日

知らぬうち 日暮れはやまり 冬間近

今年は夏が長かったですよね。いつまでたっても紅葉がみれず、やっと紅くなったと思ったら、どんどん葉が落ちています。銀杏は黄色になったと思ったら、どんどん丸坊主。秋が短く、街はすでに冬の装い。そして、クリニックのから見える景色がいち早く冬化粧をしました・・・

というわけないだろ。これは去年の1月。センター南駅前が白くなった時のことです。あらためて見てみると、正面のOZマークはまだ、工事が始まったばかり。左の駅前の空地にモダルルームがありますよね。でも、どんなにビルが建ってもロータリーの部分は、ずーっとこのままのはずです。この解放感が、この場所でクリニックを始めた、大きな理由の一つです。

あざみ野棒屋先生もいろいろ考えています。ビルのサイドの窓にクリニック名を貼っているわけですが、うちでもスタッフ室の窓に整形外科と書いてあります。地下鉄グリーンラインが開通すると、電車がセンター南の駅に近づいて減速するとよく見えるはずと思ってのことだったのですが、いつまで待っても地下鉄は開通しないし、コーナンが工事をしだすと、どんどん大きくなって、ついに北側全部がコーナンのビルと駐車場で埋まってしまい、フルーラインすら見えなくなってしまいました。

おやおや、どーしようか。せっかくお金をかけているのに、これじゃただでさえ認知度の低いセンター
南医療ヴィレッジのビルが、ますます気がつかれなくなってしまいます。またまた、北側を目立たせる作戦をヴィレッジ運営会議で相談せねば。とにかく、金をかけずに人海戦術でがんばるしかありません。巷では「お医者さんビル」とも呼ばれ始めているようです。ほんと、たいていのことはここですみますよ、皆さん。自分で言うのもなんですが、大学病院でいえば、教授・助教授・講師クラスが集まっているんですよ。自分も実際、現在も女子医大の「講師」ということになってますし。

たまには、こんなダイレクトな宣伝もいいですよね。と、いうのも、予定が狂って今夜はトン汁しかつくらなかったもんですから、考えていたネタが無くなってしまいました。

2007年12月9日日曜日

Japanese Dinner ~医食同源


医食同源とは・・・やはり、こういうときはWikiが役に立ちます。

日頃からバランスの取れた美味しい食事をとることで病気を予防し、治療しようとする考え方で、近年(1972年)日本で造語され1991年の広辞苑第四版から収載されていたそうです。


すべてOKとはいかないかもしれませんが、昔ながらの和食はかなりこの考え方にあてはまっているというのは、よく言われていることですね。今日は焼き魚で鰺、そして冷蔵庫の整理を兼ねた煮ものです。

やっぱり焼き魚は美味しい。醤油をたらして、熱々のところを食べると動物の肉にはない、幸福感が食卓を包み込むのです。もしかしたら、子供時分の懐古の思いなのかも知れませんが、でも現代っ子も、旨い旨いと言って食べてくれます。

煮ものも根菜を中心に繊維分を自然ととれるので、便秘の時にはきっとコーラックより効くはず。肉に頼らない食事は、「毒」はすくないですよね。特に今夜は白だしをベースにして、少量のみりと醤油を追加したところ大好評で、つゆをご飯にかけて食べるものが出る始末です。よっしゃぁ~!!

都筑区防災講演会


ちょっと、ちょっと。今日来なかった人、損しましたよ。なんてったって、災害の時に生き残るためのお守りみたいな会だったんですよ。でも、自分がけちじゃない証拠に、今日の話をここに書いちゃうますよ。みんな、読んでお守りにしてくださいよ。

聴衆は380名。さすがに区役所が町内会に号令をかけただけあって、ずいぶんたくさんの方に集まっていただけました。

今日のメインは元NHKキャスターの吉村秀實氏です。阪神淡路大震災のビデオを流し、いかに災害時に医療の現場が混乱していたかを紹介した後に、震災から得られた教訓をいろいろお話いただきました。やはり、さすがにニュースキャスターだけあって、話は大変に面白い。ところどころに笑いも混ぜて、あっというまに話は終わってしまいました。

話すのが本職の後にしゃべるというのは、けっこうつらいものがあるのですが、自分も救急処置についての話を30分弱話させていただきました。残念なことに「L・O・V・E ASUNARO」の横断幕はありませんでしたが、学会でもこれだけの聴衆の前では話すことはありません。緊張しました。けっこう時間がおせおせになっていたので、時計とにらめっこしながら、時間以内で話すというのも、口で言うほど簡単ではありません。多少かけあしになってしまい、話がわかりにくくなってしまったのでないかと思います。

それにしても区役所の方たちの協力は、本当に感謝感謝なのでした。日曜日なのに、大勢の方が準備から運営、片付けまでこなしていただきました。本当にありがとうございます。これからは、いつも区役所と一緒に仕事をしようっと!!

2007年12月8日土曜日

BLACK COTTON SWAB

なんか面白いものというと、最近はBLACKが流行りだそうです。その中で、流行りの黒綿棒をなにげなく手に入れました。

何気なく・・・というのは、年賀状を買ったわけです。そしたら民営化した郵政公社、改め日本郵便からおまけがいっぱい付いてきました。その中に、なぜか黒綿棒・・・・

さっそく試してみました。ふつーのものより黒い、硬い。そして、波波となっている。使い心地はというと、いいじゃん、これ。確かに、黒いので耳垢の取れ具合がよくわかる。

意外と社長は真っ白。とーさんは、ほどほどになりました。勝った!! てな感じで勝負しております。うちでは、耳かき派と綿棒派が存在していますが、とーさんは耳かき派。綿棒派の急先鋒は次男クン。

次男クンは、つい最近綿棒の綿が、スポっと耳の中に抜けて残ってしまい、大騒ぎをしていました。「だから、百均の綿棒はだめなんだ」と言っておりました。さて、この黒麺棒はお気に召したようです。確かにほどよく、耳の中に当たる感じは、今迄の綿棒とはだいぶ違いますしね。

こたつむり・・・


おーっ! ローストビーフ弁当!!


って、いうほどではないけど、今日は豪華なんだけど、おかずの少ない貧相な弁当で出発です。

ローストビーフは以前にも書いているので、詳しくは書きませんけど、先週の日曜日に100g58円の特売オージービーフです。お酒・醤油・塩・こしょうで冷蔵庫で5日間寝かせた物。今週の目玉おかずの一品です。

添えたのは、ジャガイモ炒めたらこ和え(バターで玉ねぎと一緒に炒めます)。いつも好評の我が家の定番です。

が、しかし!! ガビーン。次男クン曰く、「ローストビーフはおかずにならないよ。ご飯と一緒に食べるもんじゃないだろ」
えー、どうすりゃいいの。急きょ粗挽きソーセージを投入。にっこりした次男クンなのでした。

ガクっ・・・ (-_-;)

2007年12月7日金曜日

リウマチ薬 エンブレルの副作用死亡例報道について Part2

今日はリウマチ薬副作用報道に関係した1日となってしまいました。

GoogleのニュースRSS配信で「リウマチ」をキーワードにして、いつもチェックしていますが、それほど面白い話はありませんでした。しかし、昨日は違いました(ニュースの内容は昨日のブログを参照してください)。

夕方、ニュースをチェックしていたところ、おっとびっくり。2003年に現在最も使われている抗リウマチ薬でも、同じような報道があり、その時はリウマチセンターにいましたから、個人で対応する必要はあまりなかったのですが、今は違います。自分が院長で、責任者である以上、なんらかのアナウンスは必要なわけですから、さっそくブログとクリニックHPへの書き込みを行いました。

自分としては、十分に説明をした上で薬を導入したつもりですが、心配する患者さんが出るのは当然ですし、ましてや自分が会っていない家族の方はびっくりして当たり前です。

今日はたまたまその薬を使用している3人の患者さんが受診しましたが、だれもあわてていませんでした。もう一度、注意点などを説明してあらためて薬を処方しました。また、その薬を使っていない別の2人の患者さんも、ニュースは知っていましたが、あわてる様子はなく、あらためてリウマチの患者さんの冷静な対応には脱帽する次第です。

朝のうちに販売元の会社が資料を届けてくれました。昼には、製造元の会社が担当者の方が営業所の所長を伴ってやってきました。あいかわらず、素早い対応だと感心します。今回の報道が出る前に、すべてのデータをHPにアップして、誰でも閲覧できるようにしたそうです。情報の隠ぺいがかえって混乱を招くことを、よく承知しているようです。

資料によると、この薬を使用中で死亡した患者さん全例について報告したところ、その数字だけを取り上げたのがA紙とT紙。Y紙は、副作用報告を管理している医薬品機構により関連ありとされた16例についての報道という具合にわかれたようです。副作用は疑いが生じた場合に100%否定することはできません。しかし、今回の死亡例79例の中には、自殺や脳出血、あるいは心筋梗塞などの普通は副作用とは考えにくいものも多数含まれており、まだまだ検討が必要なようです。

しかし、確かに薬によって無くなった方が最低でも16名、おそらくはそれ以上いるということは事実であるわけです。女子医大リウマチセンターの山中寿教授による資料によると、リウマチは一般より死亡率の高い疾患であり、標準化死亡率比(SMR)は2.26(Wolfe,1994)で、2倍以上の確率で死亡することになります。2005年のWolfeの報告では、最新の薬を使わない患者の死亡率を1とすると、最新薬を使うと0.69~0.84、ステロイドは1.63と増加、2006年のBurmesterの報告では、最新薬でのSMR=0.64です。センターの調査では、全体で死亡率は0.0076/人年ですが、今回の報道された薬の場合死亡率は0.00564/人年と推定されます。つまり、十分にbenefitがあるということです。

ただし、このbenefitを導き出せるかどうかは、使う側がしっかりとした管理をするかどうかにかかっているのだと思います。

2007年12月6日木曜日

ニュース 2題

今日は気になるニュースが二つありました。

ひとつは坑リウマチ薬による副作用死亡のニュース。さきのブログに書きましたが、朝日はいきなり79人が死亡という扇動的な見出しです。朝日は、いつもこんな調子で不安をあおるだけで、事実の伝達からはほど遠いのではないかと。使用していた人の中での死亡例すべての数だけを表に出して、副作用とはいえない死亡例のことについてはまったく触れていません。読売では、副作用と関連を否定できない死亡例は16例という文章になっています。この薬の製薬会社は、副作用などの問題点の収集と情報公開には積極的で定評があります。

ただ、大事なことは、いつも書いていることですが、そういう薬を使用しているということです。使う側も使われる側も、十分に認識することが大切なのです。そして、副作用の出現をいつでも可能性のあることとして考えていることが重要です。

もうひとつのニュースは、昭和大学病院(旗の台)の内科の専門医不正取得の話です。

現在、ほとんどの主導的な学会では専門医あるいは認定医制度を行っていて、現実に医者が宣伝として公表してよいというお墨付きももらっています。昭和大学の内科の医師数名が、受験資格を得るために他人の症例を提出したことが発覚したということです。症例の提出には教室責任者である教授が容認しなければなりません。内科学会は、当事者は3年間、全同門医師は1年間の受験資格停止というペナルティを発表。昭和大学は、内科学会からペナルティが課せられたので学内処分なしということです。

しかし、公的に使用することが認められている制度ですから、このことが社会的に制度の信用を著しく低下させたのではないでしょうか。なんだ、専門医といったってずるして取っているんだ、と思われるとしたら多くの医者に対して大変重大な損失を与えたことになります。

自分も日本整形外科学会の専門医とリウマチ医の資格を持っていますが、試験は非常に大変でした。それなりの受験勉強も必要でしたし、申請に必要な症例を集めることも大変だったのです。さらに、この資格を維持していくためには、相当数な教育研修会への参加が義務付けられています。それだけ、専門医を持っているということは医師自身にとっても患者さんにとっても大きな意味があるものなのです。今回の昭和大学の対応は、制度を軽視しているのではないかと思うのは自分だけでしょうか。

リウマチ薬 エンブレルの副作用死亡例報道について

本日の朝日新聞のWebニュースに夕方の時点でトップニュースとして、関節リウマチの治療薬であるエンブレルについての記事が掲載されました。

朝日新聞 「リウマチ治療薬で79人死亡 05年3月以降」
http://www.asahi.com/national/update/1206/TKY200712060197.html

読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20071206it11.htm?from=top
東京新聞 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007120601000678.html
日本経済新聞 http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20071206AT1G0603506122007.html

自分も、積極的に使用している薬剤であり、製薬会社からは適宜情報提供を受けていますが、既知の範囲のニュースであると考えられます。死亡例とされるものは、比較的高齢であり、最も注意すべき感染症によるものです。私たち専門医としては、十分に注意を喚起して使用しているものであり、死亡例は発売当初と比べ減少しているものです。

使用している皆さんは、通常主治医より副作用の件について十分に話をお聞きになっているものと思います。専門医も、この点について、最も注意を払って診療にあたっているので、現在特に自覚する問題がなければ、特になんらかの行動を起こさなければならないものではありませんが、ご心配な方は主治医にご相談ください。

なお、このような副作用を未然に防ぐために、使用している方は最低2週間に1回の通院を厳守してください。

葉っぱを食らう

どうも、ブログ向けの食ネタを追求すると肉食偏重となりやすいのです。人によっては麺類のような炭水化物が中心になったり、どうもヘルシーからは遠ざかりますね。

やっぱり、時にはサラダをしっかり食べましょう。それも、たっぷり。そう思って、張り切ってキャベツを、人参を、きゅうりを、そしてレタスをきっていたら、こんなんなってもうた。

それやったら、いっそのこと、ドレッシングもまたもや作ったろうかい、てなわけで・・・最近は、ちょっとマイブームになっているリンゴ+たまねぎ+塩+酢+卵黄の再登場です。リンゴが美味しい季節になったので、絶好調です。

もうひとつの皿は、切りコンブとこんにゃくと揚げ、それと竹輪を醤油+だしの素+七味で煮た物。これも我が家では定番なんです。毎日がこうなら我が家は永遠不滅・永代長命・末代繁栄間違いなしなのに・・・

2007年12月5日水曜日

2nd Asunaro Anniversary


今日は東京女子医科大学の開校記念日・・・じゃなくて、うちのクリニックの開院2周年の日でした。いろいろありましたが、ほとんど低空飛行ながら丸2年間経ったのかと思うと感無量です。

が、まだまだ、収益はほとんどありません。今月の当直は12/1夜勤、12/15夜勤、12/22夜勤、12/23日勤・夜勤,12/24日勤・夜勤、12/29夜勤、12/30日勤・夜勤という具合。これでなんとか、貯金が減らないで済んでいるという状態です。こんなことは自慢になりませんし、人に教えてもしょうがないのですが、確かに最近の都筑区の開業ラッシュは異常です。自分もその中の一人でしょうから、文句はいえませんが、少なくとも実態を知っていれば、いろいろ考えたでしょう。ですから、そのくらいの覚悟がいるということを知ってもらうことは、意味があるかな、なんて思っています。

最初の1年間は、とにかく予想以上の早さで貯金が減り続けました。いろいろな広告を打っても、実質的な効果は感じられません。1年を過ぎて、やっと下げ止まりが見え始めました。結局、口コミによって噂が広がるのを待つしかないと腹をくくります。往診を始めて、医師会の他の先生方から紹介をいただきました。6月からは積極的に医師会関係の仕事に関わるようになりました。そして、少しずつ黒字が出るようになりましたが、今年の猛暑で一気に患者数が一気に落ち込みます。9月からやり直し。そして丸2年となりました。これからは、スタッフを増やしたり、設備を充実させたりしなければいけません。まだまだ当直は減らせません。

と、同時に医者が自分一人という環境での限界のようなものも見えてきます。最初は20人の患者さんであたふた、こんなんじゃ30人が精一杯だなんて言っていました。しかし、30人来るようになると、何とかなり、40人までは大丈夫とか言っていました。でも、経営的には毎日70人程度の患者さんが来ないと成り立ちません。患者さんとのコミュニケーションを減らさずにやっていくのは、自分のやり方では限界が近いかもしれません。場所によっては何百人も来るなんて話を聞きますが、都筑区ではそんなことはありえません。なんてったて、住民の平均年齢は40歳に届かないのですから。

このわずかな2年間の間にも、いろいろな患者さんがいらっしゃいました。自分で手術をした方もいます。紹介して治療をしてもらった方、専門外の病気が見つかった方、亡くなった方など様々ですが、逆にいつのまにか来なくなった方、紹介状を書いて欲しいといわれた方などもいるわけで、まだまだ十分な力を出すことができていないという現実もあります。以前来てくれた患者さんが、また別のことで来てくれると本当にうれしいものです。一人一人にきちっと対応して満足な結果をだすことこそが大事であることを痛感しますよね。

とにかく、大袈裟な目標はありませんが、自分のできることをコツコツと積み上げていくしかありません。でも、ここまで何とかやってこれたのは、ひとえにうちに来てくれた患者さんと少ない人数でがんばってくれているスタッフのおかげです。そして、同じビルの他のクリニックの先生をはじめ、医師会の先生方、大学や近くの病院で応援してくれる先生方など、多くの方の協力があってこそです。この場を借りて、厚く御礼を申し上げます。感謝感謝の2年間なのです。

2007年12月4日火曜日

ほんとのきむち鍋


冬ですね。鍋ですね。今夜はキムチ鍋、つまり豆腐チゲでございます。
この写真では豆腐は埋もれていて見えませんが、4丁入っているんです。肉は・・・・豚肉のハツです。安くて、低脂肪、高タンパク。ようするに、心臓ですね。こりっとした独特の食感が癖になります。

それと、鶏皮ギョーザ。これがなかなか旨い。鳥のだしがつまっていて、かなりのものです。その他に白菜キムチ、長ネギ、しらたき、なめこなどです。

味はエバラのキムチ鍋の素を使いました。ストレートのつゆタイプのものがいろいろありますが、これはびんに入っていて薄めて使うものです。一見、極辛のように見えますが、辛いのが苦手の次男も平気で食べていました。

キムチ鍋は、温まりますよね。豆腐をいっぱい食べるには最適なメニューです。さぁ、皆さん寒い夜は鍋を真っ赤に染めて、楽しみましょう。

ちなみに、今夜の夕食のBGMは松たか子の前回のツアーのDVDです。小田和正の作った「ほんとの気持ち」が心地よく流れている前で、食肉獣の饗宴というのも、なかなかのものです。

2007年12月3日月曜日

結果が不確実な医療行為

女子医大リウマチセンターの鎌谷所長の文章が、大変面白く、かつ医師としての本質を考える上で大変参考になる話なので、ちょっと難しいのですが、抜粋して紹介します。

結果が不確実な医療行為の意思決定をどう行うか ---------------------

「医療崩壊」が進んでいると言う意見が多くなり、私自身も賛同者の一人である。その原因は、第一に患者あたりの医療費の削減であり、第二に医療行為の不確実性への認識不足である。ここでは、第二の問題ついて考えたい。

元々医療行為の結果は不確実で、情報の公開により問題化した。かつては、良質の医療情報は大学の教授などの権威者が独占し、「情報君主制」の時代であり、最も力を発揮したのは「天の声」である。

続いて、情報伝達手段の発達により医師の間で良質の医療情報が共有される「情報封建制」の時代となり、「合意」が最も力を発揮し、医師の間で不確実でもこういう行為が正しいと決めるのである。

しかし、情報公開は更に進展し、「情報民主主義」の時代が到来した。一般にもある程度の良質な医療情報が公開され、医師の間での合意さえも「談合」と非難される。では、意思決定のためには何を参考にすべきか?私は、それが「統計学」だと考える。

しかし、統計学結論にも誤りである可能性が最後まで残るし、機械的方法により医療行為の良否が決まることへの反発も強い。医師の感触、好み、勘こそが医師としての醍醐味なのであり、これらを禁止された医師の怒りは大きい。

不確実な医療行為の意思決定を統計学により行うこと(即ちEBM)は問題が多いが、これまでの方法(天の声、合意、趣味、占い、勘、乱数)よりもマシである。結果が不確実だから何も行わない(臆病な医師)わけには行かないし、逆に何をやっても良い(勇敢な医師)ということにはならない。最大幸福が期待できる医療行為を選択(覚悟の医師)するためには、絶え間ない自らの医療行為の結果の収集と解析(即ち、疫学研究)が必要であり、日本の医学教育において最も欠けている点である。

------------------------------------------------

医学統計学至上主義の先生だと思っていましたが、欠点と利点をきちんと考えていることがわかって、ますます信頼のできる先生だなぁ、と思いました。

自分は、結果が不確実な医療行為の意思決定は、情報公開が進んだ現代では、医師と患者の合意にあると考えています。統計学は道具としては重要ですが、人間というもともとファジーな存在を数学的に割り切ることは不可能です。できるだけ、自分が提供できる医療の説明をして、それぞれの長所・短所を患者さんに理解してもらい選択してもらうところに合意が成立します。

医師としての責任は、主として提供できる医療に順位をつけ、その順番の理由も説明することにあるのではないでしょうか。そのためには時間が必要です。少なくとも3分間外来ではほとんど不可能でしょう。しかし、情報公開が進んだことにより、実際には外来で医師が行う事務的作業は膨大な量に肥大化しています。何かをするために患者さんに印鑑を押してもらう書類は数えきれないのです。

勤務医の疲弊とよく言われていますが、断言しますが絶対に勤務医の方が開業医よりも何倍も楽です。医師として成熟するためのプロセスを取り除いてしまいかねない今の医療改革の方向性は、サラリーマン医者を増やすことに繋がるのでないでしょうか。

2007年12月2日日曜日

釣られるのは誰?


これはクリニックの待合室に飾っているルアーです。一応、説明をしておきますと、釣りに使う疑似餌でして、これを遠くまで投げて、リールで巻き戻してくると、小魚と間違えて大きな魚がパクっ。釣り人はしめしめ、という作戦です。

ここにあるのはMegabassというメーカーのものばかりで、けっこう手に入りにくいものばかりです。1個1000円程度する、けっこう高価なルアーなのです。上から2列目のLive MergayとかDeep Xは貴重。以前、よくキャンプで芦ノ湖に行っていたときに、現役で使用しました。大きめのものはソルト・ルアーで海用です。

当時は、子供が小さく彼らが竿を振るたびにお祭り(釣り糸がからまること)になってしまい、こちらはまったく釣りができませんでした。そこで、失くされたらもったいないので、全部飾りにしてしまい、普段使うのは箱にパラパラと入って300円くらいで売っているものにしました。そのせいで(?)、ほとんど釣れたことがありませんでした。

けっこう、患者さんにもわかる方がいて、診察の区切りがつくと「あそこに飾ってある・・・」となることがあります。例によって雑談が好きなので、思わず盛り上がってしまうのでした。クリニックの飾りは、自分の趣味が色濃く反映しているので、これに食いついた患者さんは釣り上げられないようにご注意ください。

もう少し家族の会話

次男 「カブールの人が帽子をかぶーる」
長女 「ふん」
次男 「コンドルがいっぱいいてこんどる」
長女 「うぜー」
次男 「・・・」
長女 「ワレキュールの騎行を聴こう」
次男 「はっ、何それ」
長女 「だから、知識のない奴とは話したくないんだよ」

ジンギスカン

・・・・と聞いて、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンに思いをはせたあなたは、とってもまとも。懐かしのディスコ曲を思い出した方もいることでしょう。モスクワを連想した方は、ちょっとおたく入ってますよ。

でも、今日のジンギスカンは料理。北海道に行ったことあるでしょう、札幌でしょう、ビール園でしょう。メニューはジンギスカンで決まりでしょう。

ニチロ畜産という会社から発売されている「昔ながらのジンギスカン」をいただきました(また、貰い物かい!!)。会社の方が自慢するくらいですから・・・って当り前か。でも、この会社のはベーコンとか、ほんとに美味しいですよ。

皆さん、だまされたと思ってニチロ畜産、ニチロのお肉を食べてみましょう。ニチロです。に・ち・ろ。ニチロのお肉。北海道みやげにどうぞ。千歳空港で探してね。復活した白い恋人よりもニチロです。
こんだけ宣伝すれば、また貰えるかも・・・・

でも、なんでジンギスカンと呼ぶの? 羊焼肉じゃいけないの? なぜジンギスカンという名前で呼ばれているのかは不明ですが、一般的には屋外でする焼肉のことをさすようです。モンゴルでは羊は普通に食べられるので、モンゴルの料理風というところからジンギスカンと呼ばれるようになったと言われています。肉はマトンかラム、漬け込んで味付きにしたもの、または生肉を使います。

ふつうは真中が盛り上がった専用のジンギスカン鍋を使いますが、うちにはありません。ホットプレートで我慢です。 それと肉食獣が多いので、内容量たれとあわせて900gではとうてい足りません。追加でラム肉を500gくらい買い足してきました。

2007年12月1日土曜日

THIN LIZZY / Live and Dangerous


1978年ロンドン、レイボーシアターでのライブ映像なのである。今日の頂き物です。Grade Upしたものを購入したので、同じものがあってもしょうがないので、バンド少年を引きずる自分にわざわざ持って来てくれたのです。
でも・・・知らない。シン・リジーって誰だ? タイガー・ジェット・シン? シンリジー・ローパー? しんりじ者は救われる? そこで、Wikiのお世話になることに。

何々、なるほど。1969年に結成されたアイルランド出身のバンドで、1971年にロンドンに進出。当初はフォーク&ロックだったが、1974年からツイン・リードのロック・バンドとして商業的に完成。その後はメンバーがいろいろ出たり引っ込んだりしながら方向性を失い、1983年開散。1986年、リーダーのフィル・ライノットは麻薬がもとで死亡。
そうか、アイルランドね。納得です。世界的に有名になりだしたのが1976年ごろからとのことで、どうりで知らないはずだ。現役のロック少年として最後に買ったのがEagles "Hotel California"とPink Floyd "Animals"なのです。どちらも1976年のもので、その後は自分の好きなEric ClaptonとJeff Beckくらいしかロックは聴いてませんでした。1975年のMiles Davisの日本公演以降は一気にJazz路線へ突入していたのです。

さて、内容は・・・ふぅーむ、ブリティッシュ・ロックというよりはアメリカン・テイストなリフが多くないか? ツイン・リードにずーっとこだわっていたバンドとのことですが、Wishborn Ashのように前面に出すところは少ないようですね。どちらかがリードの時はどちらがリズムというパターンが多い。ライブはきっとのりのりになれたでしょうね。比較的正統派的なハードロックバンド風ですが、たぶんリーダーでボーカルとベース担当のフィル・ライノットのカラーが基調になっているんでしょうね。イアン・ギランやロバート・プラントのようなシャウトするボーカルではなく、確かにフォーク・ロック出身という感じ。それにしても、この人プリンスに似てない?
それとも、パッパラルデイ、ザッパ?
バド・バウエルかも。
または、今なら海賊船にのっていそう。

Nail Painting


つい最近タレントのベッキーがネイル・アートの賞かなんかをもらっていました。まるで、指人形のようになっている指先で、痒いところがあったらどうすんのか、などとつまらないことを考えていました。

患者さんで、あまりに見事なネイル・ペインティングをしている方がいたので、写真にとらせていただきました。それも、手じゃないんですよ、足ですよ、足。真夏ならともかく、いまどきそうそうサンダルでもないので、見えないところです。

ペインティングの見事な仕上がりにうなってしまいました。ちいさなところに描くので、ペイントが盛り上がり、立体感があって素晴らしい。実際には5本の指全部に書き込んでありました。

水虫が無いという自信がないと、やってもらえませんよね。水虫が心配な方は、まずは木村泌尿器皮膚科で治してもらいましょう。
でも、爪が伸びてきたらどうすんの? 数mmくらいずつ書き足してもらうの? 気になる~ぅ!!

ちょっとだけ家族の会話

長女「なんで、うちの犬は毎日散歩してくれる長男君になつかず、ぼけっとしている次男君にしっぽふってんの?」
次男「俺が餌をやるから頭が上がんないんだ」
母「次男君は、おとーさんに頭が上がんないよね。毎日餌をもらっているから」
次男「おっぱっぴー!!」

Krispy Kreme in Asunaro


見て、見て。ついに念願がかなって、Krispy Kremeのドーナッツをいただきました。もう、味については、いまさら云うまでもないでしょう。近くの新羽で手に入ると、ぬか喜びをして以来、待ちに待った瞬間です。

今日、お出でになった患者さんにいただいたのです。よく、ブログも読んでいただいている方なので、あらためてここで御礼申し上げます。スタッフ一同、狂喜して昼のお茶会をさせていただきました。新宿ではなく有楽町2号店で10分ほどの待ち時間で買えたそうです。

なるほど、食べた人が云っていたのは、このことかぁ、あのことかぁ、とうなずきながら食しましたよ。やはり、なんといっても生地の食感が一番の特徴ですよね。そして、油ぽくないところが、けっこう食べれそう。ただ、アメリカンな甘さは、ちょっときついかも。

川口に3号店が開き、来年はあちこちで開店が続きそうですね。そうなると、「なかなか手に入らない」「何時間も並ぶ」などのプレミア的な感覚がだんだん無くなっていきますから、そのときが本当の勝負なんでしょう。

三須度殿はすでに巌流島に到着し、栗栖殿の登場を遅しと待っているのでござる。値段、味、トッピング、いずれも劣らぬ名勝負となるでござろう。

暦の上でも冬に突入

12月になりました。1年という区切りの中では最後の1ヶ月で、なんとなく気ぜわしい時期ですね。クリニックのある港北ニュータウンの大型ショップは11月中から、早くもクリスマス・モードに突入しており、今週になって寒さもましていよいよ冬本番という感じになってきました。

クリニックにはWelcomeボードを持ったスノーマンがいます。今回で3回目の登場です。入り口で皆さんをお迎えします。12月5日の開院日に知人よりお祝いとしていただいたものです。

そして、去年からちょっと大き目のクリスマスツリーを飾っています。全体にシルバー色を中心に、落ち着いた大人のツリー、という感じになっています。受付にも、オブジェのミニ・ツリーが置かれ、受付下にはスノータウンの飾り物という具合に、クリニックは一気に冬モード全開です。

なのに、今日は暑かった・・・・待合室はポッカポカでした。

2007年11月30日金曜日

四十肩患者さんへの手紙

そう、あなた、四十肩で痛みが続いている、あなたですよ。クリニックにいらっしゃったのは、暑いさかりでしたよ。その時に、半年も前から痛みが続いていると、言ってましたよね。あれから、さらに数か月たっています。まだ、治っていないなら、もう一度診せてください。ちゃんと、治せないとうちの責任ですから。

四十肩とか五十肩とかいいますが、年齢はどうでもいいわけです。そのくらいの年代になると、だいぶ筋肉が弱くなってきているということです。特に、若い時に野球やラグビーなんかをしていると、肩を支えている筋肉は、そうとう酷使したでしょう。

野球では、思いっきりボールをなげて、肩を壊すということがありますよね。ラグビーでは、スクラム組んで、どかーんっと相手のぶつかるんですから、普通よりだいぷ痛んでいますよね。

比較的動きがいいので、自主トレでがんばりましょう、とお話しましたが、時間をかけてばかりいると、筋肉がさらに萎縮してしまいますよ。

ある程度積極的にやっていかないと、固まらせると大変ですよ。ヒアルロン酸は水分を保つ力が強く、関節の動きをなめらかにしてくれます。直接の痛み止めではありませんが、リハビリをちゃんとやるためには、動かしやすくする環境がひつようですから、何回かは注射を我慢するのもいい方法です。

白菜鍋

こーんな白菜をまるまるいただきました(おいおい、またかよ)。


そこで、今日は鰺の塩焼きの予定を急遽変更して、白菜鍋にしました。もともとは、白菜の葉っぱの間に、豚肉をはさんでいくのですが、けっこう大変なので、うちでは鍋の中に順番に敷いていきます。 間に入れるものは、好みでかまいません。

一番下は焦げるので、捨てです。何枚かの白菜を敷いては豚肉を並べ、所々でしらたきの層やえのきの層をつくり重ねていくと、こんな感じになります。 日高昆布も挟まっています。

上から白だしとお酒を、さーっとかけたら鍋を火にかけます。しばらくすると、ぐつぐつ、ぐつぐつ。白菜から目一杯水が出てくるので、水は追加しません。沸騰したら蓋をして、蒸すようにしばらく煮ていきます。少しかさが減ってきたら、汁の味を見て、足りなければ白だしを追加しましょう。まわりに豆腐をいれて、また蓋をします。全部で20分くらい煮ると出来上がり。














旨いよ。ビールでOK。ご飯でもOK。
けっこうボリュームがあるので、おなかもいっぱいにできますよ。豚肉は、油が出るので、意外とさっぱりした感じになります。白菜は味が薄いので、にらやゴボウ、もやしといった野菜を使うと味がかわってしまいます。



2007年11月29日木曜日

あざみ野棒屋先生はサウスポー

あざみ野棒屋先生が自分のテニスの連続写真を公開しました。これはネタになる!! と、すぐにとびついてしまったのでした。

オリジナル写真は、つめてあるので全体の動きがよくわかりにくいので、少し修正してみました。かなり大雑把ではありますが、下の画像をクリックして拡大するか、保存してブリビューで開いて見てください。

サービス後にすぐに返球を待つ体制はきまっています。また、すぐにサイドステップをしてボールの方向に反応しているところも素晴らしい。

おっと、フォアハンドだぁ!! あざみ野棒屋先生は、なんとサウスポーだ。これは相手のバックにボールを集めやすく、右利きよりも一般的に有利とされています。

ただ、右腕が遊んでいるのがもったいない。テイクバックした時に、右腕はもっと前方に出して、両腕のバランスをとった方がコントロールしやすくなります。また、打つ時にすでに膝が伸びきっている。これでは膝のばねを使ったドライブが使えずに、最後に手首を返しています。

しかし、やや浅めの返球とみるや、すかさずアプローチして前進する決断力はたいしたものです。スマッシュはやや打点が前だったようです。きもち背中を後ろにそれるくらいでとらえられると威力が増すでしょう。

全体的な流れはスムースで無駄な動きは少ない。さすがに熟練の味わいです。若者がテニスコートに行って、どこかの知らないオジサン・オバサンと試合。こんなのに負けるもんか、と思っていたら、まったく歯が立たずに悔しい思いをする、という感じです。

(生意気な解説で申し訳ありません by 元硬式庭球部主将)

ちょっと医師の責任を考えてみた

今日は、大学での手術の日です。昼までクリニックをやってでかけます。例によって、リウマチの患者さんで手の変形を治す手術です。大学では、手の外科専門で外来をやっている関係で、手の変形の相談が多くなるのは当たり前ですが、正直に言うと、たまには人工股関節置換術とか、人工肘関節置換術みたいな手術もしたいと思います。

でも、開業してもいまだに手術ができるだけでも贅沢は言ってはいけません。月に1回か、せいぜい2回くらいしか手術をするタイミングがないので、小さな腱鞘炎のような手術は他の先生にお願いします。でも、今週クリニックでやった腱鞘炎の手術は大学の外来に来た患者さんでした。時間がないので、他の先生に任せますと説明したら、わざわざクリニックに来ていただけました。

以前に自分が人工股関節置換術を行った方が、病棟に入院していました。どうしたのかと思ったら股関節が脱臼したとのこと。手術からはずいぶんたっているのですが、股関節のあとに膝関節の手術もしてから筋トレをほとんどしていなかったようで、股関節を支える力が無くなっていたようです。何にしても、もともと手術したのは自分ですから、責任を感じますね。

あざみ野棒屋先生は、最近のブログで、治療結果が良い人はそのまま経過を見ることができますが、治療結果が悪い人は他の医療機関に移ってしまうので、それらの患者さんを忘れて、何でもいいと言ってはいけないと、書かれています。まさにその通りです。特に手術のように人に傷をつけるようなことをやっているわけですから、おのずと責任は重くなります。

クリニックは、もちろん最新の知見をもとに医療を行うことは当然ですが、だからといって何でもできるわけではありません。限られたスタッフと設備の中では、おのずと限界があります。その中で、一定のコンセンサスの得られた治療を行い、一定の成果を出すことが求められるのです。

最近、医師会の席で、「地域に根ざした医療」とはどういうことかという話になりました。地域に密着するということは、地域の住民の方の利益を優先するということであり、それは自分のクリニックに来院した方へのサービスを充実させることではないという意見を聞きました。完全に理解できたわけではありませんが、なるほど、と思いました。

確かにサービスの充実は自分のクリニックのためであり、本来の「地域に密着する」とは違うのでしょう。クリニックの限られた条件の中では足りないものの一つが「公共へのサービス」であり、医師会はそれを行うための場を提供しているといえます。

先日、港北区医師会長と雑談をしていて、「会長は夜は公的行事がとのくらいあるの?」という質問に会長は「うーん、半分くらいかなぁ」とおっしゃっていました。自分のような平理事に比べて、すごい時間をとられているのに驚きました。

福祉センターでの医療の手伝いや、災害の時の初期医療、休日や夜間の診療所の仕事など、住民にとって必要不可欠な医療は医師会がやっているのです。大病院がやっているわけではありません。日々、意識はしていませんが無くてはならないものに携わることが「地域に密着する」ということだと理解しました。

いつものように話があっちこっちに行ってしまいましたが、最近医師としての責任をいろいろ考えることができたので、ちょっとお付き合いいただきました。もちろん、医師によって責任の取り方のスタイルには、いろいろあるはずですから、どれがいいとか悪いという話ではありません。

2007年11月28日水曜日

暇なの? 忙しいの?

今日のあざみの棒屋先生のブログは、ほかの医者の書いているブログに反応しての話題です。どこのブログかは明かされていませんので、具体的にはどういう話かはわかりませんが、少なくとも「自分に対して甘くなってはいけない、いつでも戒めを忘れないこと」という普遍的な教訓があざみ野棒屋先生の心情にあることがわかります。

ブログはいろいろな目的で開設されていますが、いったん公開されれば、さまざまな人が読む可能性があり、仮に匿名で書いていても一定の責任が生じていることはまちがいありません。そのことはさとちんさも実体験しているようで、自分たちのように正体がはっきりしている者はなおさらかもしれません。

さて、閑話休題。
今日は、冬到来整形外科を地で行く外来でした。寒くなってくると、患者さんの出足が鈍ります。朝の患者さんの少ないこと。もともと少ないのに、またもや店じまいの恐怖が湧いてきます。ところが、11時すぎてからは、大挙して患者到来。院長走る。社長も吠える。受付汗かきまくる。

いつもなら、外来手術をやっても1時には終わるのに、今日は1時からやっと腱鞘炎の手術をやって、終わったらすぐに協力医をやっている横浜市のケアプラザへ行きました。戻ってから遅い昼ごはん(自分で作った弁当!! 今日は古典的卵焼き付き)を食べて、一息つく間もなく某ホームページの修正作業。

さぁ、3時、またもや、ポッツン、ポッツン。恐怖はまだまだ続いているのです。
ところが、5時くらいを過ぎると新患などが来出して、しだいにばたばたしだします。受付さんは、大変です。特に整形外科の分際で、インフルエンザ安くやります、なんてことをしてるもんですから、お気の毒。なんとか、受付二人体制になるまで頑張ってくださいね。まだまだ春はとお~いぃぃぃ!!

でも、こんな日は、患者さんと診療以外のいろいろな話もできるし、経営者でなければ楽しいんですよね。とにかく、ばたばたして1日が終わると、仕事した気がして、なんとなく根拠のない満足感にひたることができるのでした。

2007年11月27日火曜日

今月の Let's 医師会

今日は医師会の会がありました。都筑区のセンター南から南西部の地域で開業している会員の親睦会兼意見交換会です。初めて挨拶させていただく先生もいらっしゃいました。まだまだ、自分のような新参は知られていませんので、こういう会はありがたいと思います。

あざみ野棒屋先生の挨拶で、眼科のAkkoちゃんも一緒に並んで、センター南医療ヴィレッジをアピールしてきました。Akkoちゃんは最後の集合写真直前に行方不明。校長先生が探していたとか、いないとか。それと、センター南医療ヴィレッジの村はずれからも、村祭りへの参加希望がありました。同じビルではありませんが、近くのDr.Aです。村長さんもいやとはいわないでしょうから、次回のヴィレッジのお祭りからは是非一緒にどんちゃんしましょう。

さて、場所はあざみ野メロンディア。ここは三菱系の研修施設ですが、会議用として一般も使用できるようで、そこそこの食事も用意できるようです。きれいなのはいいのですが、入ってもホテルの宴会場と違って案内がほとんどありません。どこに行けばいいの? でも、ホテルみたいなところと違って、落ち着いた感じで、まぁいいんじゃない。


時間がかかったわりに見た目簡素な鶏肉ハム弁当


患者さんからレシピをいただき、クリニック内でミニ・ブームなのが鶏肉ハム。
ムネ肉を1枚につき塩・さとうを小さじ1杯ていど、こしょうをぱらぱら。ビニール袋にしっかり空気を抜いて入れたら、冷蔵庫で寝ていてもらいます。そしたら、土日は当直に行ってほっておきましょう。

袋から出したら、鍋につかる程度の水をいれて、肉をいれて茹でます。つまりボイルド・ハムですね。

30分くらい煮たら火を止めて、一晩放置して出来上がり。出てきたスープは当然旨味がいっぱい。うどんを入れて朝ごはんにしましょう。

あとはどう使うかは好き好きです。きっと、あの人はスモークかけるでしょう。この人はちょっと味噌をつけてペロ。あっちの人はフランスパンにはさんで、ワインと一緒に。そして、ジョギング中にがつがつ食べてもOK。だって、とっても低カロリー、ヘルシーですから。