あすなろ整形外科クリニックからのお知らせ

年末年始は12月29日(金)~1月4日(木)を休診します
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします

2007年10月31日水曜日

あなたの専門は?

あなたの専門は何ですか? という質問は医者同士の間では、挨拶代わりみたいなもんで、しばしば聞かれます。もちろん、「整形外科」です、というのは、簡単な答えなんですが、整形外科医同士での質問だと、脊椎外科なのか、関節外科なのか、関節外科ならどの関節なのかということを聞かれています。

自分がいろいろ教わった教授は、「なんでもできなくてはいかん」という考え方だったので、日本で有名な大学の医局内派閥みたいなものを嫌っていました。そのため、主治医もどんなものでもすることになります。まして、外傷がやたらと多い大学病院だったので、必然的に何でも見ることになります。肩・肘・手、股・膝・足は当たり前。腰もやりました。特に一般病院の医長をしていたときは、これしかできませんとは言えません。ただ、今までに頚椎(首)だけは自分では手術をしたことがありません。 また、一時は、腫瘍をするものがいなかったので、腫瘍は何でも主治医になっていた時期がかなりあります。脊髄損傷専門病院にいたこともありました。

そんな中で、たまたま先輩の実験を手伝った関係で、手の外科というジャンルに関係することが多くなりました。細かい機能的な分化が進んでいる手は、他の部分と比べて大変に難しい。どんなに自分は満足していても、患者さんには「まだ、これができない」といわれてしまいます。でも、手の外科が専門ですとはなかなか公言するわけにはいきません。関節鏡手術も大変に面白く、膝関節は関節鏡が大活躍する場所です。けっこう、はまっていた時期もあります。また、当時ほとんどやられていなかった手関節鏡もいろいろ試行錯誤してやりました。手関節については上の先生に負けないつもりでした。

卒業した大学を離れて、女子医大に移ったのは、助教授が教授で転任して呼んでくれたからです。リウマチ手の手術をするものがいないので、なんとかしろということでした。ここで、はじめて専門を聞かれたときに「手の外科」と「リウマチ」です、とおおっぴらに言うことができるようになりました。しかし、リウマチは全身の関節の問題を含んでいるので、手ばかりやっているわけにはいきません。

膝を手術する先生はけっこういたので、膝だけは他の先生に任せて、それ以外は何でもやりました。特に股関節は手術らしい手術なので好きでした。手は皮膚を切ると、すぐに目的の場所に到達してしまうのですが、股関節は術野が深く、目的に到達するのが大変です。また出血もあるので、これらのコントロールをすることはものすごく手術らしいと感じていました。

開業してからは、大学での手術はリウマチ手に完全に絞っていますので、血だらけになることはありません。できるだけ若い先生に仕事を覚えてもらいたいと思いますが、大変なのでなかなか興味を持ってもらえません。できないことを無理にすることはよくないのですが、できないことをできるように努力することは必要で、教えてくれる人がいなくても教科書はいくらでもあるのです。患者さんの希望を自分が何とかしようと思って、積極的に行動することを期待します。そのためには、少ない時間しかありませんが、可能な限り付き合いますから、是非声をかけて欲しいと思っています。

2007年10月30日火曜日

あくまで諷刺ということで・・・

政治家と官僚と業者、あいも変わらず同じような話が出てきますね。誰が日本を動かしているんでしょうか。最も、誰かに利益を与えるのが政治なんでしょうから、無くなることはありえないかも。建前としては、利益を得るのは国民であるべきはありますが・・・・

今日は横浜市医師会の代議委員会でした。都筑区医師会でも、形式ばった部分はありますが、ひとつ上の会になるとパワーアップします。壇上に会長・常任理事・各区医師会長がずらりと並んだ様は、なかなかすごいもんです。ただ、会としては形式的な部分がほとんど、白熱した討論はありません。
きっと神奈川県医師会、さらに日本医師会と上に行くにしたがって、さらにすごいのでしょう。まぁ、自分としては地域での活動としての医師会というのが性に合っているので、これより上を見たいとは思いません。

帰りに乗ったタクシーの運転手さんとの会話が一番楽しかったですね。追突されて、脊髄をいためて数年間闘病した話。根っからの横浜市民で、近くには信頼できるクリニックがあること。引っ越すなら都筑・青葉に行きたいこと。そして、最近はお医者さんは大変ですね、という一言。どうということもない、とりとめのない話ですが、医療とは関係ない人といろいろおしゃべりする機会が少ないので、何かとっても気が落ち着きました。

2007年10月29日月曜日

疲れたので短くてすみません

なんかさすがに疲れておりまして、どうもtension downです。

土曜日の朝に家を出て、まったりした台風の土曜日、そして例によって当直に入ります。一人状態の悪い患者さんがいて、夜の0時前に亡くなりました。

日曜日は医師会のホームページのデータベースをいろいろいじって、なんとかWeb上から操作できないかやっている途中に救急車を2台。昼前に、患者さんがまた一人亡くなりました。入院1名。

今朝も朝から患者さん急変でバタバタ。朝のコーヒーを飲む間もなくクリニックへ。昼は保健センターでポリオ・ワクチン接種。帰ってくるなり午後の外来のスタート。夕方は、めっちゃひましてましたが、6時過ぎから急に患者さんが集まりだして、7時半過ぎにやっと終了。

夕飯は簡単に煮込みうどん。簡単で受けがよく、後始末も楽チンです。正直言って、「年だなぁ」と思うこのごろなのであります。そういえば、老眼の度も少しあがったような・・・さすがに、そろそろ老眼鏡が必要かなぁ。今日は、もう寝ることにします。

2007年10月28日日曜日

5分でわかる医療費の仕組み

今日は、わかっているようでよくわからない診療報酬の話。

政府は国民皆保険制度は世界に誇れる素晴らしい仕組みで、なんとしても維持していかねばならない、という方針のようですが、先進国の中でもっとも医療に財源を使わない国が日本なのです。さらに、毎年医療費を現場の声とは関係なく削減し続けているわけです。もともと年金制度も含めて、高齢者人口が数%の時代に考えられた方法ですから、現代ではとうてい維持できるはずがないやり方なので、そのために私たち医療機関はあたふたしているというわけです。

健康保険は、行った医療行為に対してのみお金が支払われますので、病気ではないもの、つまり予防的な医療は保険適応にはなりません。インフルエンザの予防接種が自費なのはそのような理由によります。しかし、病気の治療費よりも病気にならないようにする方が医療費は少なくすむという考え方から、最近はメタボリック症候群をやたらと宣伝して、病気にならないようにしようという作戦が目立ってきています。

また、自費診療と合わせてすることを混合診療と云って、一部のものを除いて禁止しています。しかし、今の医療行政では自費を認めていった方が財源的には助かるというジレンマも抱えているのです。美容のような病気の治療ではないものは別として、保険適応がない治療法を自費で行うところがしばしばあります。何故、保険適応がないのか? 学問的に有効性が認められていない、あるいは意見がわかれている。新しい先端医療のため審議中。まったくのインチキ医療。その中のどれかは、なかなか一般の方にはわかりづらい。特に命にかかわる治療は、患者さんの藁をも掴む思いに付け込むようなものも、ないわけではないのでよく考えてください。

自営業の人は自治体の国民健康保険、会社勤めの方は社会保険に必ず加入します。何か病気になって医療機関に受診すると、大多数の方は3割の自己負担をします。つまり7割を保険組合が払ってくれるというのが基本的な図式です。医療機関は7割分を毎月保険組合に請求するのですが、これを支払基金というところでチェックして、問題があると却下されてしまいます。OKになると2ヵ月後に、支払ってもらえます。請求書は支払基金から保険組合にまわりますが、ここでももう一度チェックが入り、忘れた頃に、やっぱり払わないといわれてしまうこともあります。

例えば、初めて受診すると診療所では、初診料2700円とうちの場合電子カルテ加算30円がつきます。再診の場合は710円と外来管理加算の520円。この中に基本的な診察料金、血圧測定などの簡単な検査、そして判断をして治療方針を説明することなどの料金が含まれているわけです。偉い教授でも、研修医でも値段は一緒。医者としての技術や経験は、まったく反映されません。電話で質問をしてきた場合も電話再診という料金が発生しますが、あとであの時電話したでしょう、といってお金を貰うわけにもいかないのでうちではいちいちつけてはいません。一ヶ月以上再診がないと、次のときは再初診といって初診と同じ扱いになります。ただし、リウマチや痛風のような慢性疾患は、よほど間があかない限りは毎回再診です。

整形外科では初診ではたいていレントゲンの検査をします。少なくても2枚、多いと6枚くらいの撮影をします。これが2000円~5000円くらい。リウマチの方ですと、場合によっては10000円くらいになることも珍しくはありません。血液検査をすると、やはり2000円~5000円程度かかります。

骨折の場合、レントゲンの透視をしながらずれを直したり、ギブスを巻いたりします。これは数万円かかることになります。切り傷などを縫うことになると2万円程度、という具合にいろいろなパターンに対してこまかく値段が決められています。

ですから、例えば関節リウマチの方が初診でくると、初診料+レントゲン+検査でだいたい1万円から1万5千円くらいかかり、自己負担は3割の方で3000円くらいから5000円くらいとなるわけです。

これを全部書いていたらきりがありません。要するに、医療費は確かに金がかかるということ。それでも、今の料金では医療機関は良心的にすればするほど黒字から遠のくといのが現実なのです。だから、高いから削減するのではなく、もっと予算をかけて安心して皆さんが受診できるようにしてもらいたいと考えてしまいます。マスゾエさんもタケシにいじられていた頃からすると、たいそう出世して国民の期待も大きいのですが、ニュースとして目立つ話題のことばかりに力を使わないで、こういう医療制度の根本的な部分を何とかしてもらえないかと切に思います。

asobi.gifの正体


最近、といってもこの1ヶ月くらいのことなのですが、ブログ交流のあるさとちんさん(正体不明の都筑区スーパー主婦)とあざみ野棒屋さん(正体ばればれの驚異のウロロジスト)の間で出ては消え、消えては出現する変な画像。誰かがこんな映画を見たと書くと、その映画の写真にあざみ野棒屋さんが入り込んでいたりします。そうかと思うと、いきなり遠山の棒屋さんだったり、柴又の棒屋さんだったり、さらに最近はイケメンが出没。

これは、自分が作っている合成画像なのですが・・・えっ? そんなの、とっくに知っているって。そりゃそうでしょう、棒屋先生が、いっぱいうちの名前を出して宣伝してくれていますからね

もともと、前首相がいきなり辞職したときに、政治的風刺漫画風に合成写真をのせたのから始まります。これは、ちょっとまちがうとweb上ではアイコラとか呼んで、ちよっとあやしげなおたくの遊びになってしまいます。見たくなくても、女優さんのありえないヌード写真なんかが飛び交っています。

Adobe の Photoshopというソフトウェアは写真家から暗室を不要にした代表的な画像ソフトですが、随分前から使っていて、これの練習にいろいろ遊んでいて覚えたいろいろな合成テクニックというのがあるんですね。そこでだんだんエスカレートしているわけですが、このくらいのものであれば、それほど真剣には作っていないので、一つの合成に5分程度あればできます。さすがに5人分の合成をすると30分はかかります。

でも、他人のblogの一部を支配しているというのは、けっこう面白い。むこうも、自分のブログを開くたびに驚きがあるとのことで、けっこう楽しいasobiではあります。ただ、棒屋先生で遊びすぎてしまいました。自分でやろうと思ったのですが、あまりかっこ悪いのも嫌だし、かっこつけるも恥ずかしいので、やはり他人でやるしかないですね。そこで、こういうときは、やはり芸能人を使うのが一番。

しばらく、見ている人が不愉快にならないように、ちょっとニヤっとしてもらえるようなものを、ちょこちょこ出しておきます。皆が飽きるか、自分が飽きたらいきなり終了すると思いますが・・・・

2007年10月27日土曜日

いきなり台風商売上がったり

今日はホントひまでした。まったりしすぎてどうにかなってしまいそうでした。こんな時に、急に台風くんなよーっていう感じです。

そのかわり、今日来てくださった患者さんはラッキーかもしれません。診察では雑談込みでゆっくりとお話しすることができました。

このブログを読んでいるという患者さん。もちろん、人に読まれることは意識して書いているのですが、それは不特定多数であって、特別に誰かというわけではありません。誤字脱字当て字もなんのその。いざ、面と向かって読んでいると言われると、妙に恥ずかしいもんです。うちのスタッフも読んでいるらしいので、ますます穴があったら入りたい状態です。

うちの中2の子供の幼稚園の時の同級生のお父さんが、いらっしゃいました。なかなか颯爽としていてかっこいい。軽めの四十肩ですが、いつもよりみっちりとノリノリ・ライブExtended versionでお話をしました。満足いただけましたでしょうか。

午後は、雨脚も強くなり閑古鳥がかーっと無くどころか、うんともすんとも鳴きません。泣いているのは私だけ。でもそこへインフルエンザ軍団が大挙来襲。普通なら、すったもんだとバタバタするところですが、診察の患者さんがいないので、ゆったりとこなします。

それじゃ、終わりですね、というときになって、おひとりリハビリしたいと・・・。あー、この天気のなかをわざわざ、来ていただいたのですから時間をオーバーしても、こちらからお願いしてやっていただきたいくらいです。

そして、もう一人、指のケガ。あれ、この前直ったあなたなのに、どうしたの? またはさんじゃった? それは、気をつけないとね。でも、今度はずいぶん腫れてるね。レントゲン撮ったら、今度は傷だけじゃすまなかった。ちょっと骨が折れてますよ。

そして、台風は房総沖を駆け抜けて行ったのでした。

2007年10月26日金曜日

たまプラ東急SCのGran Diva Caffe

たまプラは再開発でどんどん新しくなっています。きっとLadysの注目を集めているのでしょうが、元祖たまプラの東急SCだって負けてはいません。新しいビルにばかり人の流れを取られてはならじと、5階のレストラン街も大幅に変わりましたよね。以前は、ちょっと普通の食堂が多かったのですが、今はかなりグルメを意識した専門店を並べています。

今夜は、家族でイタリアンのGran Diva Caffeに行きました。厨房にはパパイア風(失礼!)のシェフらしき人、なぜかフロアさんはみんな小柄でやせた方ばかり。最初にスモークサーモンと水菜のサラダ。かかっていたドレッシングがなかなかいけます。どうやって作るの、と聞いたところリンゴとたまねぎということだけ教えてもらいました。アボガドとマグロのトマトタルタルというのも、アボガト好きにはおおうけのようです。

あとは、それぞれがペスカトーレとかペペロンチーノとか好きなものを頼みましたが、自分が頼んだのはペンネ・アラビアータ。ガーリックがたっぷりと入ったトマトソースに超辛い唐辛子がびりびり感をかもし出します。試しにひとかけら食べてみたのですが、舌がしばらく麻痺っちゃいました。しかし、この刺激がなかなかたまりません。ペンネはこしがしっかりしていていい感じです。

ただ、5人で「サラダ×2+パスタ×5+グラスワイン×1+ジンジャーエール×2=焼肉屋並み」はちょっと高すぎじゃないかと思うんだけど。デザートは中止ということで。

2007年10月25日木曜日

何故うちのインフルエンザは安いのか

このブログではカテゴリーをあまり増やさないようにしているつもりなのですが、特に「クリニック」と「食の歳時記」がメインといってよいかと思います。ただ、まがりなりにも医者ですから、「クリニック」を「食の歳時記」が超えてはいけないと思っておるんです。でも、「食の歳時記」の方が楽しいですから、ちょっと気を抜いていると、そっちが増えて、「クリニック」物の数に追いついてしまうのです。

さぁて、そこで今日は「クリニック」ネタです。インフルエンザ。あざみ野棒屋先生が相変わらず宣伝をしてくれていて、ありがたいのですが、うちの2000円+消費税100円というのが安すぎるのか、「ちゃんとしたワクチンなのか?」という問い合わせがしばしばあるのです。もちろんインチキなものを使うわけはなく、ちゃんと問屋さんに注文して今年の新しいものを確保しています。

じゃあ、なんでそんな値段なの? たいていのところは3000~3500円くらいでしょ、という疑問に答えます。まず、リウマチを中心に診療をしていると、薬の関係でちょっとした病気は全部見て欲しいといわれます。必然的にインフルエンザもやって欲しいという希望が出ます。また、うち以外には通院はしていない患者さんもいらっしゃいますので、そういう方にサービスとしてできれはいいということから始まりました。そして、当然「安いよ」という宣伝効果も期待しています。実際に受診しなくても、うちの名前を知ってもらうことができればOKです。というわけで、内科ではないので、これで儲からなくてもいいでしょうということで、少なくとも赤字にならない値段、うまくいけば黒字になるという値段の限界が2000円ということになります。ワクチンの仕入れ値+注射器+アルコール綿+伴創膏+説明書・問診表作成費+人件費と考えてください。

さて、この値段の関係か、予定していた仕入れ数についてはもうじき予約が一杯になりそうです。予約は10月一杯として、11月からは在庫を確認の上来院という形にするかもしれません。予約してもらうということは、その方の分を確保しておくということなので、実はけっこう大変なのです。在庫があればいつでもしますのほうが管理は楽ですね。来年はそうしようかな、とか考えてしまいます。

2007年10月24日水曜日

今時枝豆、今でも枝豆

まぁ、日本人で枝豆が嫌いな人はそうはいませんよね。成熟する前の大豆を茹でて食塩だけの味付けで食べるのが定番。ビールのおつまみとして、たぶん人気は一番。本来は夏の味覚ですけど、冷凍物が随分出回っているので、最近はいつでも食べることが出来ます。

でも、冷凍物は水っぽいので、やはり茹でたてに勝るものはありません。今日は農家の患者さんから、今時枝豆をいただきました。新潟の方でしか作っていない豆で、関東では出回っいない品種だそうで、自分の家で食べるためだけに作っているとのことです。秋も深まった今でも枝豆があるというのは、けっこう驚きです。

味のほうは・・・Oh My God!! 夏本番の時期の枝豆と比べても、ポリっとした食感、ちょっと甘めの豆そのものの味、すばらしい。なかなかこんな美味しい枝豆はないんじゃないかと思います。只今キャンペーン中の都筑区地元の野菜として、是非区民祭りなどで出品してほしい感じです。

2007年10月23日火曜日

受ける夕飯の逆襲

今夜はまちがいない。今回は昨夜のような失敗は許されない。

鍋に生卵を割って入れます。これを弱火でゆっくり温めます。これを「かちゃかちゃたまご」といいます。スプーンでかきまぜ続けて、鍋とぶつかる音がかちゃかちゃいうからです。全体がポロポロに固まったら出来上がり。
きゅうりは千切りです。これはただ切るだけ。あまり問題はありません。
そして、鶏むね肉のひき肉に醤油と砂糖をいれて火にかけます。そぼろです。
そうです。ここまでくれば、答えは簡単。いわゆる三色そぼろ弁当です。

赤いのは福神漬けです。こいつは弁当メニューでも一二を争う人気メニューです。とりあえず、受けを狙うには、手堅い選択でした。当然、やつらも喜ぶ。さて、お味は?

なんと、二日続けての不覚。意外なところで足を引っ張られることになりました。米です。明日の弁当なども含めて8合を炊いたのですが、時間が遅かったので早炊きにしたのが失敗。早炊きは6合までというのを、すっかり忘れていました。芯があるのです。あっちゃ~。やっちまったぁ~。

というわけで、今夜も味はまちがいないのですが、受けませんでした。

2007年10月22日月曜日

がんばったのに受けなかった夕食

今夜は夕食がっんばったんです。いつもなら、フライパン一つですんでしまう、一工程のおかずしか作らないのに、今夜は二工程。

物は、鶏から揚げの甘酢あんかけ。・・・・どうです、食べたいでしょう。

まずは鶏もも肉をから揚げにします。これは特に変わったことはありません。もともと上から味のあるものをかける予定だったので、味は、あまりつけません。簡単から揚げの素をまぶして、揚げて行きます。これだけでも、とうちゃん的には、かなりおおがかり。揚げ物は大変なんですよね。

唐揚ができたところで、お皿に並べておきます。唐揚大好きな連中が、色めき立っているのが手に取るようにわかります。

でも、今日はこれだけじゃないぞ。さらに行くぞ。待ってろよ。

竹の子、長ネギを炒めて、ケチャップ・醤油・砂糖・酢を同じ位の量をいれます。豆板醤を少し混ぜたら、水溶き片栗粉を入れてとろみをつけましょう。

さぁ、できた。これをさっと、唐揚にかければ、バーミアンにも負けないぞ、と思ったら、おっと別にして頂戴の声がかかる。えっ? かけちゃいけないの? 私も、私も、僕も、俺もという具合で、皆いやだっていうのですよ。

甘酢は受けないのでした。そういえば、がんばって酢豚作っても喜ばれないような・・・・

と、いうわけで今日は、写真はなしです。ふぅ~・・・・

2007年10月21日日曜日

Curtis Fuller / BLUES ette

いわゆる超名盤・名演奏というわけではないが、ジャズ喫茶にいりびたるような青春を送った誰もが一度はリクエストしたであろうアルバムだ。

基本的なコンセプトは、ジャズ・メッセンジャースでならしたベニー・ゴルソン(ts)が作り上げた。リーダーのカーティス・フラー(tb)との絶妙のアンサンブルに、シングルトーンを基調としたトミー・フラナガン(pf)がコロコロと音を紡いでからみついていく。ベースのジミー・ギャリソンとドラムのアル・ヘアウッドはでしゃばらずに的確に隙間を埋めていく。

一聴して、スタン・ゲッツやアート・ペッパーらの白人には出せないファンキーな黒人のジャズなのだが、一番の特徴である「汗」をかかない。にもかかわらず、自然とリズムをとってしまう、この乗りのよさは、まさにゴルソンの力であろう。アドリブも楽譜に書かれているかのように、スムースに流れていき、落ち着くところに落ち着くフレーズは、まったく不安感をかきたてず、まさに正統派の楽しさだ。
全部で6曲、37分。ジャズは楽しいな、ということを再確認させてくれるアルバムだ。

ただし、だからこそ、これ以上はいらないかもしれない。もう、あと数曲続くと、きっとあまりの端正さに飽きがくるに違いない。ゴルソンは切り上げ時をしっかり知っていたにのだと思う。

村上春樹の「アフターダーク」は、このアルバムの1曲目のタイトルから取られている。、「出来るだけ簡単な文章で、出来るだけ複雑な話を書く」ことを目標にした小説だが、実際のところこのアルバムが、「出来るだけ緻密なアレンジでが、出来るだけ難しいことを考えずに楽しめる」出来になっているのだ。

2007年10月20日土曜日

Let's 医師会

うちのクリニックの隣には水戸黄門のようなお医者さんがいます(遠山の金さんが似合うという意見もあります)。
どこかの大学の教授みたいなひとではありませんが、その道で知らない人はいないという有名人です。都筑区、青葉区、さらには緑区をジョギングしてまわり、おいしいお店、あたらしいクリニックビルなどの皆に役立つ情報を集めて発信しています。インフルエンザの情報も、いち早くブログに記載して、さらに隣近所の予防接種の料金の方がが安いよ、と宣伝までしてくれます。

もちろん同じクリニックビルに入居しているわけですから、仲良くするのは当たり前ですが、医師会に入っているメリットの一つでもあります。医師会とは何? 医師会に入らなくても開業できるじゃない、医師会に入るとなんかいいことあるの? などいろいろ言われています。同じ標榜科の場合はクリニック同士はライバル関係にあるとも言えますが、共通の情報の交換は大変役に立ちます。まして、違う科の間では、症状によって連携を取ることがたいへん重要です。医師会に関係していれば、これが非常にスムースに運びます。

都筑区は新しい地下鉄路線の開業を間近に控えて、医療ビルが雨後の筍状態となっています。最近、医師会としても、なんでも入会希望者を認め続けていいのか、という声が上がり始めました。というのも、地域に分散していればいいのですが、新しいクリニックの計画が特定のエリアに集中しているため、直接既存クリニックの経営に影響するからです。ライバルというよりは、むしろ完全に敵対するような状況になりつつあります。

たまたま、医師会の仕事の関係で、そのあたりのデータを見る機会がありました。確かに、大変危機的な状況と言わざるえません。診療報酬は年々引き下げられ、もうどこも一杯一杯で経営しています。当然クリニックが増えれば患者さんの取り合いになるわけで、いくら都筑区が人口増加地域といっても、もともと住民の年齢が若いため受療率が極端に低く患者人口は大変少ないので、現状でも限界を超えているといっていい状態です。

患者さんの側から見るとどうでしょうか。お店が増えて、買い物がしやすくなるからと単純に喜んでいるわけにはいきません。実際、自由競争の一般のお店ですが、有名店でさえ都筑区では経営がなりたたず、進出・撤退が頻繁に行われています。

医療は「値引き」は許されていません(できても、すでに保険医療の中では赤字ぎりぎり)。現状では自費診療はごく限られたものしか許されていません。広告も原則としてほとんどすることができません。もちろん時代を先読みする経営者としての才覚も関係しますが、結局、違うのは医者の技量だけです。

ということは、自分の医者としての経験と知識、そして社会に還元するための技術を、絶えずアップデートしていくしかありません。医師会での医者同士の関係も、それらの技術の一つと考えてもいいかもしれません。

2007年10月19日金曜日

若く見えればいいというものではない

「先生、若いですね」という誉め?言葉がありますよね。
今日、ある人に言われました。今までにも、よく言われました。これは、ほんと、心底「若く見える」ということを自慢しているわけではなく、正直困惑している、あるいはがっかりしている、というのが本音です(Dr.Mに怒られるかもしれませんが)。

もう50歳はすぐそこ。人生の半分は確実に過ぎているわけで、年齢並みの重みというものがありますよね。年以上に年寄りに見られる必要はありませんが、年相応に見られることは、まがりなりにも「院長」という立場である以上必要なことだと思います。40歳前の患者さんと話していて、明らかに年下に向かって話しているようなときは、けっこうへこむもんです。医者と患者は対等と考える自分としては、上に立つ必要はありませんが、かといって下になることもないと思っています。まぁ、フランク(古い表現!!)に話せる雰囲気作りとしいう点では成功しているのかもしれませんが・・・

でも、医者はけっこう世間知らずなのか、「若い」人が多い職種かもしれません。ただし、肉体は確実に衰えているのはまちがいがありません。また、精神も年をとっています。外見と肉体と精神のバランスを完全に一致させるということは難しいし、必ずしもそれがいいとはいえません。医者は、そういう意味では、自分そのものが商品ですから、外見はいいにこしたことがないのかも。

なんか、何がいいのか、またまたわからなくなってしまう今日この頃なのでした。

2007年10月18日木曜日

あしたのために・・・・

亀、・・・といっても最近世間を騒がせているのは梨ではなくて田。試合前は、例によって挑発的なパフォーマンスを繰り返し、試合は今更言う必要は無し。そして、その結果ボクサーライセンス停止。お父さんはセコンドライセンス停止。

某テレビ局が無名時代から一家を追い続け、ボクシングとしいう固い絆で結ばれた家族のドキュメント、といえば美しいが、いつの間にかテレビ向けにエスカレートした感は否めません。どこからか、視聴率を取るために暴走し始め、テレビ局もあおったことはまちがいありません。今回のことで、一気にブレーキがかかりましたが、だからといって本人たちはメディアにいじられた被害者とはいえません。彼らの本質的な部分が見えたというと酷かもしれませんが、少なくとも彼らが祭り上げられていく過程を拒否することはなく、すんなり受け入れていたのだと思います。

今回の主役は、頭を丸めて無言の会見に出席しました。頭を丸めたのは誰に対して? と問いかけたいです。家族に対してではないかと、考えてしまうのは自分だけでしょうか。意気消沈して、精神的にダメージが強いとのことで、あまり未来のある若者を責めていけないという論調もありましたが、通常の18才にはとうていできないような世間に対する挑発をし続けてきたわけですから、それに対してのきちんとした責任は取ることは必要ですし、その後でもう一度チャンスをしっかり与えることが「未来のある若者」に対する世間の正しい対応ではないかと思います。

でも、どこかでちゃんと止めることができなかったことが悔やまれますよね。めんどうを見ていたテレビ局の上の人、所属ジムの人、ボクシング協会の人、あるいはスポーツメディアの人など、チャンスはたくさんあったと思います。自分たちも、どこかで「何だこいつら」と思いながら、それを楽しんでいたところがあったのかもしれません。あらためて、メディアの作る虚像というのは知らぬ間にいろいろなところにばらまかれているのだろうと考えてしまいました。

あしたのジョーは、自分の子供の時に少年マガジンに連載し、もの凄い人気がありました。ライバルの力石が漫画の中で死んだときに、実際に葬式が行われたことにびっくりしたことを覚えています。矢吹ジョーは、世間に対して否定的な行動をし続けていましたが、ボクシングそのものにのめりこんでいくにつれて「大人」になっていきました。その成長していく姿が、いまでも共感をもてます。

亀一家がただのチンビラで終わるか、矢吹ジョーのように何十年たっても忘れられないような存在になれるか、ここが分かれ道のようですね。

2007年10月17日水曜日

防災講演会に集まろう

さて皆さん、いよいよ12月の講演会のポスターができあがり、区役所や町内会掲示板、各クリニックなどにそろそろ掲示されると思います。 あすなろデザインハウスの仕事がひとつ増えました。

今回の主役は元NHKニュースキャスターの吉村秀實さんです。顔を見れば、「あーあの人」とすぐにわかります。災害とそれに伴うリスクマネージメントを中心に、現在も精力的に講演会などを通じて


メディア活動を行っている方です。さすがにテレビ出身だけあって、とにかく話は面白い。聞いていて飽きません。

8月に打ち合わせでお会いしたのですが、なぜか待ち合わせ場所がセンター南のスタバでした。随分とモダンな場所を指定されたと思いました。時間に正確に登場し、とにかくここはおごるから、といわれ、大変に困ってしまいました。こちらがお願いする立場なのにおごってもらっては逆ですよ。しかし、有無を言わさず、座らされコーヒーを手に席にこられました。

とりあえず、名刺交換。すると、真ん中に名前が書いてあるだけの名刺。「これじゃ、なんだかわからんでしょう。そこでもう一枚・・・」といって渡されたのは・・・なんとスタバの重役なのです。さらにサザビーの重役の名刺もついてきて、こちらはびっくり仰天。これらの会社のリスクマネージをしているのだそうです。やはり、できる人はいろいろな才能を、あちらこちらで発揮しているのだなぁ、と敬服いたしました。

とにかく、地震はけっして遠い未来の可能性ではなく、近い将来の現実という感じです。いろいろな知識を身につけて、その時どう対処するかをみんなで考えておくことは大変に意義があることです。是非、皆様お出でください。

2007年10月16日火曜日

CookDoのいらない麻婆豆腐

いらない。絶対にいらない。わざわざ買う必要は無いCookDo。
そうでしょう。わざわざそこに数百円かけるなら食材に金をかけましょう。

というわけで、来たぁ~!! CookDoはいらないシリーズ第2弾。
今回は家庭で中華といえば、定番の麻婆豆腐。今回も簡単に本格四川風でいきまっせ。

まずは豚ひき肉を炒めます。しっかりバラバラに炒めたところで、味付け。にんにく(例によってたっぷり)、にんにくよりちょっと少な目の生姜。この辺はチューブのほうが便利ですよね。

次に豆板醤。辛さはお好み。うちは辛いのが好きなので、今回はおおさじにたっぷり一杯です。そして甜麺醤(てんめんじゃん)。甘味噌ですが、ないときはふつうのお味噌でもOK。少しみりんをたしましょう。やはりたっぷりおおさじ一杯をいれました。そこへ長ネギをテキトーに細かく切って炒めます。できたら、ちょっと皿によけておきましょう。

豆腐は木綿の方が崩れにくいですが、やはり絹の方が美味しいですね。水気をよーく取り除いたら、3丁をさいころに切って炒めます。多少熱が通ったら出てきた水を捨てて、もう一度油をさっとかけまわし、もう一度炒めましょう。豆腐がしまって、さらに美味しくなります。

そしたら、最初の炒めた肉を入れ、鶏がらスープでのばして水溶き片栗粉。少し底が焦げるくらいにぐつぐつやれば出来上がり。調理時間は10分間。鶏がらスープが無いときは、余っているインスタントラーメンスープの素とか、最悪水と醤油でも大丈夫。CookDoよりも美味しいことに変わりはありません。

2007年10月15日月曜日

どうだまいったか、スパゲッティ三昧


というような、大袈裟なタイトルをつけるほどのものではありませんが、今日の夕食はパスタ。それも6種類、てんこもり。だから、どうだまいったかぁ~! となります。

手前のイカスミはすぐわかるでしょう。ゲソ追加済みです。時計回りでいくよ。次は、ペペロンチーノ。青の洞窟の混ぜるだけ。にんにくはいいけど、ちょっと唐辛子が少なめ。次は、ミートソース。これだけ自家製、といってもルーミックですけど。
その次はたらこ。たーらこ、たーらこといえばQP。そしてカニクリームソース。味は薄めですが、サワガニの香りはたっぷり。さして、最後がカルボナーラ。

パスタは全部で1kg、いっきにゆでました。ちなみに、こんだけのパスタが、我家ではほんの15分程度でなくなってしまいます。もしかしたら、真ん中のイタリアンサラダが一番美味しかったかも・・・

ちなみにお皿は昨日紹介したばかりの、ビレロイ&ボッホの27cm。絵柄がまってく見えましぇん・・・・・・・

2007年10月14日日曜日

食器を紹介してみよう part2


さてさて、どこの家にも、とっておきの物があると思いますが、我家の食器で自分的にはとっておきなのがこれ。ビレロイ&ボッホというルクセンブルクで作られたもの。創業250年、世界でも最も歴史のあるメーカーの一つです。

今から10数年前に、国際学会などというものに演題を出してしまって、ついつい北欧に行った時にスウェーデンで購入したものです。ビレロイ&ボッホはドイツですから、北欧とは直接には関係がないのですが、なんといってもヨーロッパの田舎のほのぼのとした絵柄が大変にすばらしく、思わず購入してしまいました。

お皿は直径が21cm、24cm、27cmの3種類。それぞれ6種類の絵柄があったので合計18枚です。これが、すごく重い。その辺の一枚数百円の皿とは大違い。18枚を一度に持つと、あまりの重さで落としそうになります(冗談でなく本当)。

このシリーズはNaifと呼ばれています。Laplauによるデザインのシリーズのようですが、どうも詳しいことはわかりません。クリスマスプレートのシリーズとしても人気があるようで、1978年以来、40種類の絵柄があるとのことです。柄変り6枚セットが10000円から12000円くらいのようですから、けして高い方のテーブルウェアではないでしょう。でも、通常のカタログには載っていない様なので、けっこう貴重かもしれませんね。

食器を紹介してみよう part1

今日は口に入る食べ物ではなく、美味しく食べるための脇役の話。つまり食器です。とは言っても、これがないとどうにもさまにならないわけで、とっても大切ですよね。

我家では、どこの家でも同じだと思いますが、子供が小さい頃は数限りなく食器が破壊されていました。残ったのはメラミン樹脂の戦隊ものか美少女戦士の絵が描いてあるやつだけ。ちょっとかわいらしいあのお茶碗も、けっこう素敵なあのお皿も、きれいな絵柄のグラスも、みーんな砕け散ってしまったのです。

そこで、キャンプに行くようになって、最初はホームセンターで安売りをしているプラスチックの食器を使っていましたが、だんだんキャンプライフを楽しむ余裕が出てくると、CORELLEを友人から勧められてそろえ始めました。最初はキャンプ専用でしたが、数が増えてくるとふだんも使うようになりました。どっかーん、とおかずを盛る大皿を除くと、それ以外の食器はほとんどCORELLEだけで足りてしまいます。

なんといっても、丈夫。ちょっと落としたくらいでは割れません。電子レンジもOKです。写真の奥、左が取り皿、真ん中がボール、スープなどに。そして右はちょっと深めの取り皿で、サラダ向け。手前の左は、何でも用。カレーライス、スパゲッティ、ハンバーグなんでもござれの万能選手。そして、右はこれ一枚でOKのランチプレート。ただし、洗うのがねんどうなので、出番は少なめ。絵柄は何でもいいのですが、誰かの趣味でDisney系が多めになっています。

値段は少し高めですが、ずーっと使えることを考えるとリーズナブル。いい物は長く使える典型的な例といえます。ただし、不幸にも割れたときは大変。ガラス陶器ですから、まさに木っ端微塵と砕け散ります。細かい破片がそこらじゅうに散乱するため、とっても危険。その場にいる者は全員フリーズ!! 一番遠い者が、掃除機で片付けます。

2007年10月13日土曜日

ブラック・ジャックは失敗例?

外科系の医者は手術を行うわけで、メスで皮膚を切ることから始まるのです。これは、手術室で行われるからいいですが、もしも、そこらへんでやったら傷害事件です。外科医には、そういうことをやっているという自覚が必要です。
切ったら、最後に縫い合わせることをしないと手術は終了しません。手術の中身は大事ですが、いつでもどんな手術でも皮膚を縫合することは必ず付いてくるのですから、手術の基本中の基本であるといえます。

お鮨屋さんに行ったら、まず玉(ぎょく、つまりたまご)を食べれば実力がわかるといいますが、ある意味では皮膚の縫合をみれば、その医者の姿勢が垣間見えると思います。特に形成外科は、きれいに縫うのが商売というところもありますが、整形外科も服から外に出る露出部を切るわけですから、ことのほか神経を使います。

自分たちは「心霊手術」をしているわけではありません。傷跡は必ず残ります。しかし、少しでも傷跡が目立たないように努力することが求められます。もちろん、ケロイド体質の方はいますので、どんなにがんばっても目立つ傷になってしまう方はいますが、自分たちの努力で少しでも傷を残さないようにすることはできます。

まず、使う道具。傷は鋭利なほどいい。つまり、切れるメスを使うこと。今はたいていディスポで、一定の品質が期待できます。次に切り方。皮膚の厚みを予想して、一期に切ること。ちょこちょこ切ってはだめ。そして、傷の周辺の血行を悪くしないこと。これは、下手に周囲をはがしていると血行が悪くなり傷の治りにマイナスになるということです。

では、縫う時の注意はどうでしょうか。当然、糸が関係してきます。皮膚に少しでも刺激を与えないものがよい。一番いいのはステンレスのワイヤー。ものすごく細いワイヤーが針についているものがありますが、実際には大変使いにくい。なかなか、うまく縫うことができず、かえってワイヤーで皮膚を切ってしまうことがあります。そこで、よく使われるのがナイロンです。いわゆる、釣り糸。リールにまいてあるナイロンテグスです。太さはいろいろ。手の手術では5-0、あるいは6-0といわれるちょっと細めの髪の毛程度の太さの糸がよく使われます。そのほかの場所では3-0あるいは4-0という太さが使われます。太さは細いほど跡を残しにくい。8-0から10-0と呼ばれる糸は、神経や血管を顕微鏡でみながら縫うときに使用しますが、細すぎて肉眼ではわかりにくい。術野を照らすライトの熱で簡単に舞い上がってしまいます。昔は絹糸がよく使われていましたが、体との反応が起こりやすく、傷跡は大変に残ります。

次に縫い方。皮膚はちょっとさわる程度に寄せれば十分なので、糸をくっと締め上げてはいけません。一見ゆるゆるな程度で十分なのです。糸がくいこむと、くいこんだ部分は血行が悪くなります。また、結ぶ際には傷のどちらかに結び目を寄せますが、いつでも血行のよい側に結び目を持ってくることが大切なのです。さらに、細かく縫うほど、ひとつひとつの結びにかかる力が減って、跡になりにくくなります。ただし、いくら細かく縫うほうがいいといったから、何時間もかけているとばい菌が進入する機会を増やしてしまうので、手術はある意味、早いにこしたことはありません。

意外と間違っているのが消毒液の使い方。一般的には消毒液、特に最近はイソジンとい褐色の液体がよく使われますが、あくまでも健康な皮膚の消毒薬なのです。手術部は皮膚が切れて、皮下組織が出ているわけですから、そこに塗ってしまうと消毒液の細胞に対する毒性のため、組織を痛めてしまうのです。これは、かえって傷の治りを悪くして傷跡をつけるようなものです。自分が行った手の手術では、たいていぐるぐるに包帯を巻いて10日間から2週間くらい、ほったらかしにしていますが、過去にばい菌がついたりするトラブルはほんとに数える程度しかなく、消毒液をちょこちょこ塗ることは百害あって一利なしといえます。

さらに跡をつけないようにするには抜糸は早いほうがいい。とはいっても、最低でも5日間程度経たないと傷はついていません。顔などはせいぜい1週間で糸をとります。しかし、関節部分のように動かす場所では、10日以上しないと、抜糸して動かしたとたんに傷が開いてしまうことがあります。抜糸したあとに、傷口が開く方向に力がかかりそうな場合にはテープを貼って、緊張を無くすようにする事もあります。

患者さんは、傷跡を見て、手術の上手・下手を決めることがあります。中がどうなっているかは見えないので、それが評価のポイントになるのはしょうがないのですが、傷跡だけで手術が下手といわれるのは寂しいことですし、最初に書いたように手術の基本なわけですから、十分に注意を払いたいものです。

2007年10月12日金曜日

きょうのワンコ

横浜市青葉区の、ほとんど川崎市に近い家に住んでいるミニチュア・シュナウザーのティナは、毎朝おにいちゃんが散歩に連れて行ってくれるを楽しみにしています。

でも、今朝は前日のウンチがお尻にこびりついていたみたいで、うまくウンチができませんでした。

ご主人が夜に帰ってくると、お尻のウンチはがちがちに固まっていて、どうにも取れません。

そこで、奥様がはさみで毛ごと切り取りました。

まるでお猿のお尻のように真っ赤になってしまったため、めげてペチャンコになってしまったティナなのでした。

2007年10月11日木曜日

リウマチ手指変形を治す

関節リウマチでは、いろいろな関節の変形が生じるため、日常生活に大きな支障をきたします。薬を使った治療は、残念ながら現段階では根治することができないため、リウマチの勢いを最小限に抑え、変形を起こさせないようにすることが大きな目的になります。

や足の変形は歩けなくなる不安があるため、手術を行うことが多い場所です。手指の変形は直接的に不便が出るし、また外見的な悩みも伴うため、本来はなんとか治したいという潜在的な希望があるのです。ところが、リウマチ手の手術は意外に行われていません。手の手術は全体のバランスや、複雑な機能を考慮しなければならず、大変に難しいため、あまり医師が勧めないということもありますし、また実際に手術を行う医者も多くはありません。

女子医大リウマチセンターに常勤していた時は、手の外科を中心に、人工肘関節人工足関節などの比較的行われることが少ない手術を中心に、膝と背骨以外はどこでも手術をしていました。今は、開業していますので、手術をするチャンスは大変に限られています。そこで、主に他の先生が行わない手指の変形の矯正手術を行っています。
これは、最近行った患者さんです。左からレントゲン写真、術前の手、そして術後の手の写真です。興味のある方はこちらにぼかさない画像がありますのでご覧ください。レントゲンでは指の付け根の関節が崩れて脱臼しています。そしてリウマチに特徴的な全体が小指側に倒れてしまう尺側偏位と呼ばれる変形になっています。
手術を希望してきた患者さんとはじっくりと話をして、出来ることと出来ないことをはっきりと納得してもらっておくことが大切です。場合によっては、「やってみないとどこまでよくなるかわかりません」ぐらいのことまで話します。

さて、この患者さんの場合、崩れた関節部分で緩んだものを縫い縮め、緊張が強い部分を切り離すような処置を行いますが、骨の処置もしないと、すぐに元に戻ってしまいます。そこで、シリコン製の人工関節を利用して骨の位置関係を保つようにします。

術後の写真ではだいぶ形は治りました。でも、実はここからが一番大変なのです。というのは、この状態では指はつっぱって思ったようには動かせません。外見がよくなっても使えなければ意味がありません。そこで作業療法士に入ってもらってリハビリテーションを行います。手術で縫ったところを緩ませないように、でもしっかりと指が動かせるようにするのは大変です。自分の意図をしっかりとわかってくれている療法士の方がいるから、手術ができるといっても過言ではありません。

CookDoのいらない青椒肉絲

いらない。絶対にいらない。わざわざ買う必要は無いCookDo。
そうでしょう。わざわざそこに数百円かけるなら食材に金をかけましょう。

というわけで、第1弾は青椒肉絲。もともと牛肉メニューだと思うのですが、甘みのある豚肉の方が美味しいと思うのですが、皆様はいかが? 生姜焼用の薄切りロースを数mm幅できります。健康のため油は使わず、中火くらいで炒めていきます。すると、肉から油が出てくるので、大丈夫。
竹の子は、かたまりより細切り水煮の方が、意外と安い。1個100円クラスがスーパーにない場合には細切りを買いましょう。今回は1袋198円300グラムです。しっかり水を絞ってからフライパンにいれます。このあたりから強火だよ。

ここで味付け。CookDoは使わないけど、とっても簡単。豆板醤とオイスターソースだけ。これだけ。

味見してOKなら、最後に細切りピーマンを好きなだけ入れて、軽く炒めましょう。炒めすぎてピーマンしなしなにしないようにね。ほら、出来た。だいたい、具材を切り出してから10分くらいです。

カロリーが気にならない人は、香りをつけたければごま油をさっと一振り。とろみをつけたければ水溶き片栗粉です。うちでは使いませんけど。
もう一度云います。CookDoは絶対いらないよ。

2007年10月10日水曜日

本日のいろいろ雑多な話題

今日は、お昼に防災関係の打ち合わせをしようと医師会に行ってきました。そしたらK町のH先生がやってきて、なかなか楽しい話題で盛り上がり、あやうく午後の診療に遅刻しそうになりました。
都筑区の医者でで毎日ブログを書いているのは、あざみ野棒屋先生Dr.M、そして自分だけらしいという話が出て、びっくり。そうなると、ますます続けないといかんと思ってしまいます。
H先生はDr.Mとともにベテラン医師会員若手代表チームの一員で、なかなか話も面白く、次の医師会理事のポストにふさわしい!! いろいろな問題が取り巻く今の厳しい医療環境は、H先生やDr.Mのような気概のある先生方が積極的に前に出て行くことが必要です。

それで、午後の診察です。ご夫婦が、そろって初めて受診していただきました。このプログを読んで下さっているとのことで、すでに知っている医療関係者以外では、誰が読むとも考えずにきままに書いているので、実際読者とおあいすると、なんかこっぱずかしいものです。
「繊細な医者と思っていたら、意外に・・・」という印象だそうです。ちょっと、暗めの笑いの少ない話題が多いせいのようです。医者は、特に整形外科はそうなんですが、モンゴル系とラテン系に分かれるというのが、自分の出身大学医局での定説で、自分は明らかにラテン系。黙っているときは、98%だじゃれを考えています。おやじギャグというやつです。でもギャグは相手のインテリジェンスを計るバロメータ。「寒い」の一言でも自分は救われるのです。ギャグを言った事が気が付かれない時、あるいは完全に無視された時、そしてギャグを自分で解説しないといけない時は敗北です。

さて、あざみ野棒屋さんからヒントをいただいて書いたミニ小説"The Controlled Health"に続いて、その続編"The Enforced Health"をアップしました。
最初は、今の医療環境の問題をブラック・ユーモアで解決することを描いたもの。そして、第2弾は、その解決策が引き起こす問題点をテーマにしてみました。あざみ野棒屋さんから、早くも批評していただきました。あえて登場人物を読んだ人の自由なイメージにまかせようと固有名詞をつけず、細かい設定を提示しなかったのですが、混乱を招いたようです。これは素人にわか小説家のひとりよがりでした。
映画は、視覚的なメディアですから、登場人物の設定は最初から決定されています。小説は文字だけですから、読者の自由が長所であり短所なのですね。自分も書きながら映像的なイメージを考えながら持っていたので、もっとはっきりとしたイメージが見えたほうがわかりやすかったかもしれないと反省しています。ただ、そこまで書ききる筆力が素人にはないようです。
最終的に近い将来の人々が、本当の解決に至る部分を書いて、本当の完結を迎えることができそうです。次の当直バイトのときにがんばりますので、ちょっとお待ちください。

The Enforced Health Part3

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 Part2 をお読みください

厚生労働省の会議室では、いつものように委員会が開かれていた。
司会を務める若い次官が話し始めた。
「皆さん、本日は今朝の新聞に載った重大な記事についてのご意見をいただきたいと思います」
「それなら、わて見たで。これがほんまの事やったら、ぎょうさんまずかろう」
「そやそや。国が健康データを書き換えて、国民をリストラしとるなんちゅうことがほんまのことやったら、医療に対する信用が台無しや」
「そもそも健康管理ICカードの発案者で、実際に運営しているのはあんさんやろ。どういうことか、ちゃんと説明しなはれ」
そう言われて、委員会の全員の視点の先には、比較的委員としては若い男がいた。
「皆さん。ご心配をおかけして申し訳ありません。今回の報道は事実ではありませんが、いろいろ誤解を招くような部分があったことは否定できません。この点については、積極的に事態を改善いたします所存でございますので、ご安心ください」
「そないなこというたかて、実際にカードのデータが悪い方に書き換えられている証拠も出ているやないか」
「健康管理の実態を知らぬものが、勝手に持ち出したことです。何年か前の状況を思い出してください。救急のたらいまわし。診療報酬の下方改定でやる気をなくした医者。在宅を押し付けられ疲弊した開業医。産科・小児科医不足。さらに、ジェネリック薬品の普及で新薬を作る意欲を失った製薬会社。この厚生労働省も認可した薬の副作用をおそれて責任をなんとか転嫁することばかりを考えていましたね。そして、ますます増え続ける高齢者に対応できなくなった社会保険制度」
「何が言いたいんや」
「つまり、今の現状はそのすべてが解決しているとは思いませんか。近隣諸国を植民地化するような、過去の過ちは二度と繰り返すことはできません。私たちは知らなくてもいい事、知らない方がいい事があるのです」
誰もそれ以上の意見を述べるものはいない。ただただ互いに顔を見合わせるだけであった。

S社の担当者と新聞記者は、再びカフェでコーヒーをすすっていた。
ICカード読み取り装置は、あれからすぐに使用できなくなった。健康管理データのフォーマットが変更され暗号化されたため、まったく対応できなくなったのである。そこらにある普通のカードなら携帯電話でも読み取れる。商品としての価値は無い。
新聞記事を書いて見たものの、あまりの反響のなさに記者は驚いた。一度手に入れた安全な生活の基盤は、簡単には崩したくないのは誰も同じ。


「旨い物を食べると、不味い物は食べれなくなる」
「そうだね。僕もこの首筋に埋め込んであるICカードがあるから、安心して生活していることに気がついたよ。人間はもともと50年程度の寿命の生物だから、そこから先はおまけみたいなものなのかな。80才になったら、君はどうしているかね」
「生きているさ、あいかわらず。その時にできることを精一杯やっているよ」
「・・・長生きは罪なのかな」
「そんなわけないさ。長生きは人としての正当な権利だ。自分自身を信じることができないことが罪なんだよ」

いつものスーパーで、いつもの主婦の会話。
「A社の会長さん亡くなったそうよ」
「大きな会社ですものね。充実した人生だったのでしょうね」
「最近は病気の予防が大切なのはわかるけど、結局病気にならないようにするために使っているお金ってバカにならないわね」
「そうなのよ。うちの子供たちでさえ、毎月健康審査うけているのよ。そのたびにこれ飲め、これ食べろといわれるでしょう。病気になってから治療を受けるほうが保険も使えて安上がりだわ」
「12階のタナカさんのおじいちゃんは、俺は病気にならないって言って、全然健康診断とか受けないんですって」
「そういえば、あのおじいちゃんはもうじき90才くらいよね」
「もっと自分の体力に自信を持ってもいいんじゃないかしら」
「うちのダンナも、同じようなことを言っていたわ」
「結局、バランスよね」
「そうよね」

(おわり)

この話はフィクションです

2007年10月9日火曜日

The Enforced Health Part2

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 をお読みください

データをじっと見ていた担当者が、怪訝な顔をした。
「あれ、どうして・・・最近のデータが頻繁に書き換えられています。何か覚えはありますか」
「どういうことかね」
「すみません。ちょっと説明はできないので、後日あらためてうかがってよろしいでしょうか」
「うむ。それでは連絡をお待ちしている」

秘書がお茶を出して退室すると、会長が切り出した。
「ようこそ。わざわざもう一度きてもらってご足労でした」
「いえ、とんでもありません。実は、大変なことがわかりました。ただ、それを申し上げていいのか・・・」
会長室には、会長とS社の担当者しかいない。
「かまいませんよ。いまさら病気がどうのこうの言われても、気にする年じゃない」
「いえ、そうではなくて、会長のデータが書き換えられているということなんです。つまり、病院で検査をする、データがカードに書き込まれる。すると直後に、別のネットワークがハッキングして読み出し、さらに別のデータで上書きをしているようなんです。データの中身は書き込まれるときに、それ以前のデータスペースが完全に消えるわけではなく、読み取りのための目次項目が追記されていきます。通常は目次項目のみを読み出してデータとして表示しますので、そのような上書きがあってもわかりませんが、私どもの新製品は、データスペースを直接読み出すのですべてのログとともに、時系列でデータの変化がわかります。」
「難しいことは私にはわからんので、結局どういうことか手短に説明していただきたい」
「つまり、どこかで何者かが健康管理データを操作しているということです」
「そんなことはありえんだろ」
「事実です。会長のデータは去年までの分は、何も問題はありません。今年になってから、少しずつデータが改竄されており、特にこの3ヶ月はすべてが書き直されて、どんどん健康状態を悪く見せています」
「確かに、自覚症状もないのにどんどん病気が増えている。毎日飲む薬の量がどんどん増えて、むしろそっちの方で体がすぐれない気分だ」
「この数年、病死者の大多数が80歳くらいということはご存知でしょうか。80歳以上の人口は激減しています。80歳以上の人口が減ったおかげで、何年も前に予想された社会の高齢化率がにぶり介護保険財源が余剰となっています。」
「つまり・・・」
「つまり、何者かの操作によってある一定の年齢で、病気をでっち上げることで、誤った医療を行わせる。消極的な人口の間引をおこなっているのではないでしょうか。若者の健康管理データはまったくいじられた形跡はありません。知り合いの80歳前の方のデータを10人程度調べさせてもらったところ、すべての方が同じような結果でした」
「救急保険がはじまり、ICカードの埋込みが義務化された裏には公安の強い要請があったという噂を聞いたことがある」
「そうですね。一個人がどうにかできる話ではありません。国家単位での統制された意思が働いていると考えないとつじつまがあいません」
「これは、犯罪なんだろうか」
「増え過ぎた人口、増大する高齢化社会、社会保障費の増加。何年か前までいわれた、いろいろな問題がだんだん議論する必要がなくなってきていることはまちがいありません。超高齢者が激減していますから」
「国家を安定させるためか。では、長生きは罪なのだろうか」

S社の担当者は、友人の新聞記者と待ち合わせをしていた。街のカフェに座って見ていると、前を行き来する人々は健康には何の不安も無いように見える。経済も安定し、生活にゆとりが生まれてきている。
「待ったかい」
急に声をかけられ、振り向くと新聞記者が立っていた。
「それほどでも」
「何だい。急な用時っていうのは」
S社の担当者は、注文のコーヒーが運ばれてくるのを待って、これまでの経緯を説明した。新聞記者は、うなずきながら身じろぎもせずに聞き入っていた。
「・・・長生きは罪なんだろうか」
話し終えると、新聞記者の反応を探るように見つめた。
「それが事実としたら、国家を構成する国民のリストラだな。強制的定年退職。リストラされた側はいろいろな不満を持つが、それによって企業は生き残っていく。企業努力としては当たり前のことで、批判されるものではない」
「でもリストラされた人は本人の努力によっては第2の人生があるけど、国民のリストラは次は無いんだぞ」
「そうだ。そこは営利目的の企業とはちがうところだ。リストラ以外で企業の生き残り策といえば、次は買収あるいは合併だ」
「それは・・・戦争ということ・・・」
「それは極端すぎる話だよ。とにかく命の大きさは無限大であるという基本的な認識を無くすことはできない。君はその会長さんに頼んでその新製品を何とか普及してもらうといい。俺は少しずつ外堀から埋めてみるよ」

(つづく)

この話はフィクションです

マルタイ+長浜屋=強力タッグ?


こんなカップ麺を見つけてしまいました。マルタイはインスタントの棒ラーメンで有名で、昔から自分はファンなのです。世の中にはコアなファンが多く、必死に買い求める人も珍しくはありません。長浜屋といえば、博多ラーメンの有名店。
この二つが合体すれば、どれだけうまいのだろうか、とファンとしては否が応にも期待が高まります。普通なら3分間のところが90秒というのも、博多とんこつの細めんゆえに、いいぞいいぞ。封を開けると、麺は確かに細めん。でも、なんか普通っぽいなぁ。あまりストレートではない感じ。
お湯を入れて90秒後。スープを入れます。うーん、なんか普通な匂いだなぁ。

食べてみます。やっぱり普通だなぁ。味も普通だなぁ。どこにマルタイ君いるの? インスタントに作る技術だけの提供かい?
というわけで、博多の風は吹いてこず、しょせんその他のカップ麺ということか。残念。

2007年10月8日月曜日

The Enforced Health Part1

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 をお読みください

いつもの夕暮れ時、買い物客で賑わうスーパーでは、近所の主婦の四方山話に花が咲く。
「5丁目のスズキさんのところのおじいさん亡くなったそうよ」
「まあ、けっこうな年じゃなかったかしら」
「そう。80才」
「あら。80才」
「ひところは寿命がどんどん伸びて、90才、100才は珍しくなかったのに、最近は少ないわよね」
「そうそう、角のサイクル・ショップのご主人も、この前80才で亡くなったよ」
「そういえば・・・」

そういえば、人々は最近80才で亡くなることが多いことに薄々気がついていた。しかし、それが何なのかはわからないし、漠然とした不安としか言いようが無いことなので、それ以上に詮索をする者はいない。

救急医療体制が崩壊し、一般医療保険と介護保険に続く第三の保険、救急保険が導入されて何年もたった。納税額に応じて扱いが変わる救急保険のため国民総生産は上がり、世の中はすべてがうまくいっているように思える。 国民は、しだいに病気になると金がかかるのだという意識から、国をあげて病気の予防に注意を払うようになった。
ひところ過酷な勤務で激減した医者の数であったが、病人が減少したためにあまり問題にならなくなった。かわって活況を呈しているのが健康産業である。テレビをつけると、××を食べて健康になろうとか、××をやって体を元気になどのコマーシャルばかりである。そして、ほとんどの人が率先して保険外の健康診断を受け、病気が軽いうちに発見することにやっきになっている。
なのに、長生きできない。素朴な疑問だ。

世界を舞台に成長し、国内でも有数の企業となったA社の会長はもうじき80才の誕生日を迎える。認知症もなく、まだまだ行動にも支障がある程に体力が落ちたとは思っていない。さらなる10年間にやりたいことは山ほどあるのだ。
しかし、最近になって、どうも体調がおかしい。おかしいというより、自分では問題が無いのに健診の結果が悪いのだ。その結果、むやみやたらと薬をのまされる。今日も、会社の健康管理室の専任医師の診察を受けた。
「いやー、どうも尿に糖とタンパクが出ていますね。血液の肝機能もかなり悪い。今の薬だけでは不十分です」
「そんなこと言って、この前からどんどん薬が増えているじゃないか。効かない薬なら飲まない方がましだろ」
「悪くなったら、もっと飲まなければならないのですよ。ここは我慢をしてください」
「・・・しかたがない。じゃ、そこに置いといてくれ。私は次期企画の大事な商品の見学に行って来る」
そういうと会長は会議室へ向かった。

会議室では、すでに企画会議が始まっており、主な部署の担当者が一同に会して、いくつかの商品の説明を受けていた。会長が入っていくと、起立した。
「いや、皆さん、気にしないでもらいたい。私は単なるオブザーバですから、いつものように進めてください」
「はい。それでは、次の商品に移りましょう。持ち込まれたS社の方、ご説明願います」
「ありがとうございます。それでは私どもの新製品、健康ICカード読み出し装置をご説明いたします。今や皆さん健康は守って勝ち取るものではなく、攻めていく時代といえます。今までは体内に埋め込んだICカード情報を健康診断や病気で病院に受診したときにはじめて読み取って情報として利用していましたが、自分でいつでも読み出すことができれば、大変細かい健康管理が可能になります。この機械は腕時計型のコンパクトさで、体内のカード情報の詳細なログを読み取り、あらかじめセットした気になる健康項目に対して経時的にモニターする機能があります。それでは、実際にやってみましょう」

そういうとS社の担当者は、会長に向かってお辞儀をした。
「もうしわけありませんが、もしよろしければトライしていただけますでしょうか」
「体への影響はないのかね」
「基本的には読み出すだけで、それ以上のことはありません」
「よし、じゃ、やってみよう」
会長は、そういうと、腕に装着した。確かに痛くも痒くもなく、重くも無い。スイッチを押すと、小さなLEDランプが点灯し、数秒後に中央のパネルにいろいろな文字が現れた。すると担当者の横に置いてあったコンピュータの画面が変化し、いろいろなデータが書き出されてきた。

(つづく)

この話はフィクションです

整形内科医、参上。

自分は、医者になってからというもの、ずーっと整形外科医なのですが、整形外科というのは基本的には手術してなんぼの医者であるわけです。あすなろ棒屋先生は泌尿器科医と呼ばれますが、あまり泌尿器外科医とはいいません。

体の特定の部分に特化して、内科的な治療も外科的な治療もするのですから、整形外科も骨・関節・筋肉科とか運動器科とかいう名前だったら、もう少し通りがよかったかもしれません。もともと骨折を「矯正する」というところから整形という名前が出てきて外科から独立したので、しょうがないのですが、いまでも形成外科や美容整形と勘違いしている人が大変多く、説明するのに苦労する場合があります。

しかし、開業して基本的には手術をしないようになってみると、ある瞬間自分は整形内科医であると思わざる得ません。もちろん、今でも腱鞘炎などの小手術はクリニックでやっていますし、ちょっとしたものは近くの病院で手術を組んでいます。大学でも、いろいろな手の変形などの手術もしているわけですが、ふだんクリニックでやっている診療の大部分は手術の前までの段階の治療になります。

特に関節リウマチを扱っていると、まずは副作用の多い薬の治療が中心になりますので、内科的なケアがたいへん重要になってきます。また、他の薬との兼ね合いもあるので、高血圧・高脂血症・糖尿病などの頻度の高い病気については、初期治療をあわせて行ったり、胸のレントゲン写真も見る機会が多くなります。自然と、一般的な病気の記事などに目が行くようになり、ますます「内科医」的な状況になっていくのです。

また、当直のバイトをしていると整形外科的な問題で診察をすることは、外来でも入院でもほとんどありません。熱が出た、かぜをひいた、お腹が痛い、下痢・嘔吐、めまいがするといった症状がほとんど。中には喘息の発作、不整脈、異物誤嚥、精神疾患、吐血などなど、かなり大変なものもあります。事前の情報で、さすがに専門のところに行った方がいいと思う場合はお断りしますが、時に突然外来にくることもしばしば。

まあ、これも自分の勉強、簡単なことならなんでもコンビニエンスな医者というのも、厚生労働省がひそかに画策しているらしい「総合診療科」創設の動き(病院は専門、開業医はなんでも)を考えると必要なことでしょうか。

2007年10月7日日曜日

贅沢は敵だ、いや味方だぁ


今日は、昨日のお泊りと明日のお泊りの狭間で、ちょっと贅沢な夕食です。ちょっと煮物系とか麺類が続いたので、生物(いきものではありません)中心です。

まず、右上。尾赤鯵です(2尾分で480円)。ちょっと大ぶりな味ですが、とりあえず最初はこんなもんでいいでしょう。刻んだ長ネギと一緒にしょうが醤油でいただきます。

続いて左上。豚しゃぶです。たまねぎスライスと一緒にポン酢で合えました。もちろん、想像通りの味です。ちょっとフィールドに思いをはせたいなぁ、というところでしょうか。唯一、加熱した料理。

そして、本日のハイライト!! 左下。するめいかソーメン(5ハイ398円の特売)をまわりを囲ってきゅうりの城壁に守られているのはミンククジラだぁ!! 捕鯨の問題は、ちょっと横においておいて、あざみ野三規庭富士ガーデンで閉店間際にゲットした1柵980円・半額シール付き。鯨は大和煮の缶詰でしか食べたことが無かったので、刺身と言うのは初めてです。牛肉や馬肉に比べると淡白で、あー海の食べ物だなぁと思いますが、まぐろなどに比べれば陸の味だぁ、という感じ。

そしてとりを勤める右下、手前がブリの腹身(1柵680円)と奥の北海タコ刺し。さすがに腹身を選んだので、油がのってうまいことうまいこと。

だから、どうなのといわれると困るんですが、とにかく美味しかったので報告しちゃいました。

パソコンはどこにいくの?

このブログのアクセス解析で見てみると、巷で使用されているパソコンの現状が見えてくるようです。使用されているOSはWindows XPが86.9%、Windows Vistaがわずかに5.5%、以下Windows 2000、Linux、Windows Sever 2003、Windows Me、Mac、Windows 98が数%ずつとなっています。

鳴り物入りで登場したWindows Vistaは、まったく伸びていないことに驚かせられます。もちろん、あくまでも一般家庭でのシェアの話ではあります。確かに、自分も現状でクリニックと家庭で使用しているPCはWindows XPが10台、Windows 2000が3台で、Vistaはまったく使用していません。もっともクリニックの分は電子カルテの関係もあり、勝手にversion upできないわけですが、個人的なものも、あえて変える気にはなりません。理由? だってお金がかかる。下手するとハードも変えないといけない。機能面で変わりが無い。使いたいソフトが無い、等など。これはβ版やトライアルなども使用しての結論で、Vistaを使用したことがないわけではありません。

1979年にNECが家庭でも使用できるPC-8001を発売して、一般的になってきたパソコンですが、はじめはマニアが多く、急速なハードの進化やOSの進化を歓迎し、もっともっと早くて便利なものが要求されていました。MicrosoftのOS(Operating Soft)もMS-DOS ver.6まで毎年のようにかわり、この上で動くgraphical interface softwareとしてWindowsもクレードアップされたのです。

そしてWindows95が発売されてついにMS-DOS ver.7を取り込む形となり、現在の方向性が決定付けられました。これは、マニアだけのパソコンから誰でも使えるパソコンへの分岐点といえます。さらにWindows 2000からマニア専用であった、WindowsそのものがOSという状態が、一般向けに広げられ、WindowsXPで完成したということが言えます。

パソコンに詳しくない人は、当然要求度は低くなります。また、こんなこともパソコンでやりたいというリクエストは、どんどん実現するに従って減っていくのは当たり前です。しだいに現実と夢のギャップがなくなっていきました。さらなる夢をみるだけのイマジネーションが無くなっているのかもしれません。ある意味ではMicrosoftの基本戦略が、自らの首を絞めたのかもしれません。

インターネットの普及も、一部の研究機関専用から、Windows 95で一般でも使用されるようになりいっきにひろがりました。それまでの一対一のパソコン通信と違い、自由度の高さからその利便性は明らかで、ネット社会があっというまに構築されたのです。そうすると、ネットの制約から世界的なグローバリゼーションが求められ、どのパソコンでも同じことができないと消費者は購入しませんから、OSの勝手な進化がしずらくなったのではないでしょうか。

Vistaは「眺望」という意味。まさに見た目の改善にとどまり、今後の展開へのbridging softwareであると考えるとMicrosoftに怒られるでしょうか。Star Trekでエンタープライズのデッキで使用されているようなインターフェースが未来のパソコンの姿なのでしょうか(現実にはほとんど実現していますが、まったく普及する気配はありません)。でも、それはあくまでも30年前に想像した未来であって、今考えられる未来とは違います。2001年に宇宙の旅は実現しませんでした。鉄腕アトムも登場していません。パソコンに限らず、もう一度、人間は大きな夢を見ることが必要な時期になってきたのではないかと思います。夢は進歩していくための原動力ですから。

2007年10月6日土曜日

患者さんが亡くなるということ

整形外科は骨・関節・筋肉・末梢神経などの運動器を扱います。比較的患者さんが亡くなることが無い科で、自分もそれが志望理由の一つだったことは否定できません。だからこそ、患者さんが亡くなると強烈に印象に残ります。

医師免許をもらって、まだ半年くらいの頃にガンの骨転移のために骨折して入院している方がいました。状態が悪化してきたため個室に移された時に、天井の模様を見て「この部屋の天井には笑顔がない」と弱々しく言ったのが忘れられません。

3年目の時に、3才のこどもが事故で左上腕からほぼ切断状態で運ばれてきました。あまりに挫滅がひどく、再接着はほとんど無理な状態でしたが、お母さんの「腕を切らないで」という希望で、即座に切断することはしませんでした。しかし、予想通り腕はすぐに壊死になり、切断しないと感染が全身にまわって危険だと説明しましたが、なかなか納得がえられませんでした。そして、夜中に心停止。全身の感染を引き起こしショックになったのです。夜が明けるまで数時間心臓マッサージをしました。強い意思で説得して、早くに切断していれば死なせずにすんだという強い後悔が残りました。

若い女の子で、神経から発生した悪性腫瘍の患者さんがいました。お姉さんがたびたび見舞いに来ていたのですが、状態が悪くなってからはほとんど付きっ切りになり、かなり疲れている様子でした。「少しは家に帰って、ゆっくり風呂に入って休んだ方がいいよ」と話すと、「今夜は大丈夫ですか」と聞かれ、「大丈夫。お姉さんが帰ってくるまでは、ちゃんと見ているから」と答え、お姉さんを帰宅させました。そういう時に、状態が急変するなんて、なんで待っていてくれないの。なんとかお姉さんが戻るまで、もたすことができましたが、後で病理解剖をして肺のなかのほとんどを占めている腫瘍を見たときは、どれほど本人はつらかったのか想像して本当につらい気持ちになりました。

骨肉腫の男の子は中学生で、サッカー選手になる夢を楽しそうに語っていました。つらい抗がん剤による化学療法に耐えてもらうために、病気の詳しい話を本人にしました。涙がこぼれていました。でも、必死に抗がん剤の副作用にたえてくれました。何度も嘔吐し、髪の毛が抜けてしまっても、薬が効かなくて早めに足を切断しても、「サッカーはできなくなったから、リハビリの先生になって自分と同じような人をたすける」という新しい夢を持ちました。しかし、肺に転移がみつかり手術。再び手術。そして、次の夢を語ることなく旅立っていきました。

開業してからは、もちろん直接患者さんが亡くなるということはありませんが、以前に自分でもガンであることをご存知の方が、そこからくる痛みを何とかして欲しいと通院されていました。近くの自費診療の先端医療のクリニックに通院されていて、その治療についてはなんとも言えませんが、ご本人は大変に期待されていたようです。でも、はたから見てもどんどん悪化している様子で、あまりに苦しそうだったので胸のレントゲンをとりました。空気が入れる場所はわずかで、これではどうにもならないと思いました。そのあと数回はいらしたのですが、ぷっつりと来院しなくなりました。何か少しでも役に立てたのだろうか、と自問自答しますが、まだ答えはみつかりません。

リウマチで通院していた方で、下痢がとまらないとよくぼやいていました。抗リウマチ薬の副作用とも考えにくく、リウマチの合併症ではないかと考えていました。しかし、あまりに食事が取れなくなりやせだして、さすがに消化器の先生にみてもらったところおなかのガンが見つかりました。しばらくして、ご家族から亡くなった事を知らせていただきました。入院する直前に「こっちに引っ越してきてからいいことが全然ないんだけど、よかったのは先生と知り合えたことくらいだわ」といわれたことが思い出されました。見つからない答えの一部かもしれません。

医者の俗語で「ステル」という言葉があります。ドイツ語の「ステルベン(死)」からきていますが、「昨日患者さんがステった」というような使い方をします。でも、そこには「捨てる」に通じる響きがあり、自分は好きではありません。どうか、若い先生方にお願いです。たくさんの見習って欲しいことが先輩方にあるとは思いますが、この言葉だけは真似しないでください。ひとりひとりの患者さんが、今の自分を作ってくれた大切な患者さんなのです。

Lazar Berman / Annees de pelerinage

19世紀にハンガリーに生まれたフランツ・リストは、作曲家として有名で、特にそのピアニストとしての技量は他の追従を許さないほどといわれています。ピアニストを目指す人にとっては、リストの曲を弾きこなすことは至難の業であり、ホロヴィツにさえ「演奏不能」と言わせるほどの難曲が目白押しです。
リストのピアノ独奏曲集は高度な技術で圧倒する曲が多い中、「巡礼の年」は大変余情的な曲想が多く、リストの作曲家としての完成度の高さを示す代表作といわれています。

1999年にフジ子・ヘミングが「ラ・カンパネラ」を引っさげて、再び世間の注目を浴び、アルバムのなかにショパンと並んでリストの曲も好んで取り上げていました。「泉のほとりで」は「巡礼の年」の中の1曲で、フジ子・ヘミングの演奏で初めて聞いたのですが、リストという作曲家のイメージ゛を随分と変えさせた曲でした。

以来、全曲を聴いてみたいと思っていましたが、全曲録音はなかなか見つからず、その全容を聞くことはあまりありません。しかし、最近やっと旧ソ連のピアニスト、ラザール・ベルマンの演奏(1977)で聴くことができました。ベルマンはリストの「超絶技巧練習曲」を弾き倒したことで有名で、その超テクで腕っぷしの強いところばかりが目立つところがありますが、この「巡礼の年」全曲で、繊細なしなやかな演奏をこなしリスト弾きとしての面目をたもちました。いずれも、すばらしい演奏で、それぞれの情景が余すところ無く描かれています。

フジ子・ヘミングはいろいろな意味で、クラシックのピアノをまじめに聞いてみるきっかけになったので、可能であればフジ子・ヘミングで「巡礼の年」を全曲聴いてみたいなぁ、と思います。

2007年10月5日金曜日

Art Pepper Meets the Rhythm Section


ジャズはドラッグ無しでは成長していなかったわけで、暗いクラブとタバコの煙と酒とともに、多くの音楽家を高揚し、そして死に追いやった。Charlie Parkerはドラッグのためなら平気で友人を裏切った。Bill Evansは黒人中心の社会の中で白人として仲間に入れてもらえるためにドラックに手を出し、そして死ぬまで共にした。

Art Pepperも、ストレートで爽快なアルトサックスでWest Caost Jazzの人気スターにのし上がり、そしてドラッグで潰れてしまった一人だ。しかし、幸い友人たちの協力のもと復活。往年のファンを楽しませ、幸せな晩年をすごすことができた、数少ないミュージシャンである。

Meets te Rhythm Sectionは、1957年に当時最強といわれたMiles Davisのoriginal quinteのリズム・セクションほそのまま使って吹き込まれ、名盤紹介ではずれることのないペッパーの代表作である。
最初の You'd Be So Nice to Come Home to は数々のボーカルで有名なミドル・テンポの曲だが、マイナーな曲にもかかわらず、ペッパーのアルトはとても楽しそうである。続いてRed Garlandのシングル・トーンをころがすようなアドリブは、ボスのマイルスがいないことから大変リラックスしており、そのままPaul Chambersの安定したベースソロへ渡していく。そしてPhilly Joe Jonesとの軽い挨拶代わりのブリッジを経てテーマに帰ってくる。全編リラックスしたムードが漂い、全員が演奏を楽しんでいることがよくわかる。
それは真ん中のペッパーの十八番であるStraight Lifeで頂点に達し、走る走る。ペッパーの本領である、流れるようなフレーズがとどまることを知らずにあふれ出すのだ。それにしても名人チェンバースのアルコ・ソロはやはりいらない。最後のThe Man I Loveではアルトとピアノのユニゾンがテーマを呈示するところは、即席のグループにしてはよく練られていて面白い。

秋の夜長にかまえずに聞くことが出来て、ジャズの楽しさを伝えてくれるアルト・サックスのアルバムを1枚あげろと云われたら、文句無くお勧めするのはこれだ。

2007年10月4日木曜日

テニスにまつわる思索


今となっては誰も信じてくれないとは思いますが、自分は大学の硬式テニス部の主将だったのです。高校まではスポーツといえば、剣道くらいしかやったことがなく、大学に入ってからはあの汗臭さはもういやだ、と思っていました。大学生といえば華麗なテニスでしょう、というミーハーな気持ちから入部したのでありました。

しかし、間違っていました。それは同好会の空気であり、我がテニス部は体育会系硬派庭球部であったのです。朝練、午後練は当たり前。時には本学のほんちゃんの体育会と合同練習というメニューもありました。合宿では「振り回し」という、あっちこっちに球出しされるのを、足をふらつかせながらひたすら拾いに行く。不始末があると学年全員正座をして反省。

練習が終わると、重たいローラーを仲間で引っ張ってコート整備。当時は、石川ひとみの「まちぶせ」が流行っていて、夕闇のコートでみんなで歌いながらの整備は、まさに「青春」でした。とは、いっても、全員が学年を超えて仲が良く、特にレギュラーに恵まれなかった自分たちの学年も、誰も最後までやめませんでした。きびしいようで、先輩も「飴と鞭」をよく心得ていて、コートの外ではとても面倒見のいい方々でした。


当時のラケットはウッドが主流で、アルミシャフトやグラスファイバーが出始めた頃です。ボルグはドネー、マッケンローはウィルソンウッド、コナーズはウィルソンアルミ、キング夫人とナブラチロアはヨネックス、エバートはウィルソン。スイートスポットという言葉があって、ラケットに張ったガットの中心部、直径10cm程度の範囲にボールを当てないと、ちゃんと返せない。そのためには、ボールが飛んでくる方向に即座に反応して体を平行にしてテイクバック、膝を曲げて体制を作ったら、手首を固定して体のちょっと前でボールをとらえ、膝の屈伸でドライブをかけ、そのままラケットを前方に投げ捨てるようにフォロースルー。

今となってはデカラケが当たり前で、どこに当たってもボールは返る。オープンスタンスでもOK。手首は捻りたいだけ捻ってもOK。だんだんテニスのスタイルも変わってしまいました。でも、基本というものを、もう一度考えてみる必要があります。スポーツでいう基本というのは、体に負担をかけずに最大の効果を出すやり方なのです。これは長い時間の中で、少しずつ精錬されてきた結果、つまり先人の知恵の結晶ともいえます。どんなスポーツでも、ケガをしたらつまりません。そのへんを考えて欲しいと、整形外科医になった今の自分は思っています。

2007年10月3日水曜日

医師会へ加入すること

最近の相撲協会は話題に事欠きませんが、今日龍虎(元放駒親方)が面白いことを朝の番組で言っていました。
「相撲協会は親方の集まり。親方はひとつの商店みたいなもので、相撲協会理事長は商店街の組合長みたいなもの。それぞれの商店のやり方に口を出せない。商店のひとつが不祥事を起こしても、責任は商店主がとるものであって、組合長は関係ない」
なるほど、と思いました。ただ、国技という責任あるスポーツを束ねていくのですから、まったく知らぬ存ぜぬでは通らないでしょう。国技として優遇されている部分は公的なところなんですから・・・

そこで、強引に医師会の話です。Doctor Mがブログで医師会について書いておられたので、自分も改めて医師会というものについて考えてみました。
医師会というのは、一般の人から見るとどのような組織なんでしょうか。開業医が集まった協同組合みたいなもので、ある時は圧力団体というところでしょうか。建前としては、開業医だけでなく勤務医を含めた医者全体の非営利組織であり、加入は任意です。昔は、加入していないと、実質的に開業医は仕事にならず、ほとんど入るのが当たり前で、実際に政治に対して圧力をかけていました。

現在はかなりの未加入の開業医が存在しますし、一部の業務についてはできませんが、ほとんど多勢には影響はありません。しかし、加入する医者のほうが多いし、ある程度の大きさの病院では、医長クラス以上はたいてい加入します。
医師会も相撲協会と同じで、ひとつひとつのクリニックは個人営業であり、医師会に加入しているからといって、営業方針を強制されるわけではありません。医師会の仕事は、それらのばらばらの個人事業所の共通の利害関係を整理し代行することにあります。それらのほとんどは、地域への貢献と医者同士の連携ということでしょうか。従って、目に見えるような得することがあるわけではありません。

地方自治体から、いろいろな事業を委託されたり、地域のイベントを主催したり参加することで、一般の方の健康を維持する一翼を担っています。このような公的な仕事は、医師会に加入しない個人では出来ないことで、より積極的な貢献だと思います。保健所の仕事を手伝って、いろいろな予防接種などに協力し、簡単な休日・夜間救急を輪番で行っています。大病院が、重傷度の高い救急しか扱わないような現実が実際にありますので、これらは大変重要な仕事です。
医師会に入るか否かは、これらの仕事に関わっていくつもりがあるか無いかで決まってくるのでしょう。自分のクリニック以外の「余計な仕事」はしたくないならば医師会に入らないほうがいいです。積極的に医師会の仕事をしたくはないという気持ちもわかりますが、組織に加入すれば、なんらかの制約が生じることは避けられません。

病院と診療所、あるいは診療所と診療所の連携も大変に重要です。個人商店の各クリニックだけでは、いろいろ限界がありますが、協力することでできなかったこともできるようになります。診療そのものも、営業的なノウハウについても情報交換をしやすくすることが、医師会に入っている大きなメリットの一つです。

しかし、確かに医師会という組織に問題が無いわけではなく、むしろ問題がたくさんあるというのが実際のところでしょう。まず、OPENではないということがあります。入会からして、入会金などは公表されていません。大阪では500万円ともいわれています(横浜はそんなことはありません)。また、確かに古い体制をひきずっているところがあり、もっと今風の構造改革はあってもいいでしょう。

特に都筑区のように、診療所が乱立している地域では、新規の商店が増えれば客を獲られるということから、既得権に固執するのも頷けます。建前では、より一層の努力をしていくことが普通の商店での生き残り策なわけですが、医療は制約が多く、広告はできず診療費の値引きもできません。また自費診療を混在させることも多くの場合規制されています。
さらに「医療改革」の名の元に診療報酬は引き下げられる一方で、自己負担増から患者数も伸び悩むという状況では、新規開業をそのまま受け入れることは死活問題なのです。医師会の中にも、新規参入を防ぎたいという意見が出ることは止められません。自分も本音の部分では、同意せざる得ません。しかし、少しでも専門的にも特化した部分で、他の診療所と差別化していきたいと考えますが、政治家は「総合診療科」という形式に打ち出し、診療所のカラーを無くす方向性を考えています。
医師会というのは任意組織ですから、根本的に会員の利益を優先して考えることは当たり前で、現実に開業医が中心となっている組織である以上、現実の医療の現場との整合を考慮して、このような問題になんらかの対策をとっていくことは正当なことであろうと思います。

ただ、自分は政治家ではありませんし、今まで自分が蓄積してきた知識と技術を医術という形で、還元していきたいだけです。一度に何百人もの人を治すこともできませんし、最近流行の「神の手」のような注目されるようなことをやっているわけでもありません。一人一人をこつこつと治療して、喜んでもらいたいだけなので、地域という空間は当たり前のことですが大変重要な要素だと考えています。その重要な空間に溶け込んでいくためにも、都筑区医師会という組織は存在価値があると考えます。
上部組織である横浜市医師会、神奈川県医師会、日本医師会となっていくと、地域からは離れていき、患者さんよりも医者同士に向いている割合が増えていくように思います。もちろん必要な組織ではあるのですが、これらについては人にまかせておきたいと思うのはわがままでしょうか。

なんだか、いつもあまり深く考えずに書き出してしまうので、こういう話はいつもまとまりがなくなってしまい申し訳ありません。もっと書くと、さらにまとまりがなくなり、さらにぐちになってしまいますので、今日はこの辺で・・・・

2007年10月2日火曜日

今時、ねるねる


ねるねるねるね・・・・知っているでしょ。見たでしょ。買ったでしょ。食べたでしょ。
10年位前に流行りましたね、いわゆるサイバー菓子。えらく甘くて、毒々しい色は、どう考えても体によくなさそう。親としても、こどもに与えるのはためらうけれど、ついつい面白そうなんで・・・

なるなるみになる。枝みたいな形のプラッスチックの先端にゼリーがつく。これ、けっこう好きでした。
どこまででるでる、うにょうにょなどいろいろありました。実際のところ、普通の添加物で作ってあるそうで、思われているほど有害ではないようですが、自然食品からはほど遠い。
うちの高3が、昔の録画を見ていたら魔女が出てきてねるねるしているコマーシャルを見て、小学生の頃を思い出し、どーしても食べたくなって買ってきたのです。おー、とか、わー、とかいいながらねるねるしていました。色が変わるのは、リトマス試験紙と同じ酸度の変化による純粋に化学的変化によるんだぞ、などの解説付きで楽しんでいました。成長したなぁ。

2007年10月1日月曜日

都筑区の防災計画

神奈川・箱根町で震度5強、M4.9・・・今朝のニュースですが、なんかいよいよ関東もきたか、という感じでしょうか。
都筑区医師会防災担当理事の自分としては、ちょっとドキっとなります。医師会に入会している先生方は、この地域で同じような地震が起こったら、各救護拠点にただちに自主的に参集して被災者に対しての救護活動を行う義務があることをご存知でしょうか。医師会は横浜市との間に協定を結んでおり、それに基づいてそれぞれの先生の出動先についてはアンケート&アナウンスがすでに行われています。

しかし、実際のところいろいろな制約もあり、どこまで現実的な動きが期待できるかは不透明というところ。これから、担当理事としては早急に現実的な対策を整備する必要を感じています。ついこの前の防災訓練は、特にそういう注意を喚起する役目としては大変に意義のあるものでした。新潟などで起こっている震災を、対岸の火事のように見ている場合ではありません。

12月9日には、都筑区公会堂で防災に関する講演会を医師会と都筑区の共催で行います。元NHKニュースキャスターで、防災に関するリスクマネージメントに詳しい吉村秀實さんがお話をしてくれます。また自分も一般の方でもできる救急処置の話をさせていただきます(ちなみにもうすぐ町の中に貼り出されるポスターはAsunaro Design Houseの仕事です ^_^;)。続いて、日程は未定ですが救命講習会も企画する予定になっています。医者だけでなく、すべての人が意識を高めることが大切ですので、ぜひご参加ください。