2007年10月9日火曜日

The Enforced Health Part2

※ 先に The Controled Health Part1 Part2 Part3 および The Enforced Health Part1 をお読みください

データをじっと見ていた担当者が、怪訝な顔をした。
「あれ、どうして・・・最近のデータが頻繁に書き換えられています。何か覚えはありますか」
「どういうことかね」
「すみません。ちょっと説明はできないので、後日あらためてうかがってよろしいでしょうか」
「うむ。それでは連絡をお待ちしている」

秘書がお茶を出して退室すると、会長が切り出した。
「ようこそ。わざわざもう一度きてもらってご足労でした」
「いえ、とんでもありません。実は、大変なことがわかりました。ただ、それを申し上げていいのか・・・」
会長室には、会長とS社の担当者しかいない。
「かまいませんよ。いまさら病気がどうのこうの言われても、気にする年じゃない」
「いえ、そうではなくて、会長のデータが書き換えられているということなんです。つまり、病院で検査をする、データがカードに書き込まれる。すると直後に、別のネットワークがハッキングして読み出し、さらに別のデータで上書きをしているようなんです。データの中身は書き込まれるときに、それ以前のデータスペースが完全に消えるわけではなく、読み取りのための目次項目が追記されていきます。通常は目次項目のみを読み出してデータとして表示しますので、そのような上書きがあってもわかりませんが、私どもの新製品は、データスペースを直接読み出すのですべてのログとともに、時系列でデータの変化がわかります。」
「難しいことは私にはわからんので、結局どういうことか手短に説明していただきたい」
「つまり、どこかで何者かが健康管理データを操作しているということです」
「そんなことはありえんだろ」
「事実です。会長のデータは去年までの分は、何も問題はありません。今年になってから、少しずつデータが改竄されており、特にこの3ヶ月はすべてが書き直されて、どんどん健康状態を悪く見せています」
「確かに、自覚症状もないのにどんどん病気が増えている。毎日飲む薬の量がどんどん増えて、むしろそっちの方で体がすぐれない気分だ」
「この数年、病死者の大多数が80歳くらいということはご存知でしょうか。80歳以上の人口は激減しています。80歳以上の人口が減ったおかげで、何年も前に予想された社会の高齢化率がにぶり介護保険財源が余剰となっています。」
「つまり・・・」
「つまり、何者かの操作によってある一定の年齢で、病気をでっち上げることで、誤った医療を行わせる。消極的な人口の間引をおこなっているのではないでしょうか。若者の健康管理データはまったくいじられた形跡はありません。知り合いの80歳前の方のデータを10人程度調べさせてもらったところ、すべての方が同じような結果でした」
「救急保険がはじまり、ICカードの埋込みが義務化された裏には公安の強い要請があったという噂を聞いたことがある」
「そうですね。一個人がどうにかできる話ではありません。国家単位での統制された意思が働いていると考えないとつじつまがあいません」
「これは、犯罪なんだろうか」
「増え過ぎた人口、増大する高齢化社会、社会保障費の増加。何年か前までいわれた、いろいろな問題がだんだん議論する必要がなくなってきていることはまちがいありません。超高齢者が激減していますから」
「国家を安定させるためか。では、長生きは罪なのだろうか」

S社の担当者は、友人の新聞記者と待ち合わせをしていた。街のカフェに座って見ていると、前を行き来する人々は健康には何の不安も無いように見える。経済も安定し、生活にゆとりが生まれてきている。
「待ったかい」
急に声をかけられ、振り向くと新聞記者が立っていた。
「それほどでも」
「何だい。急な用時っていうのは」
S社の担当者は、注文のコーヒーが運ばれてくるのを待って、これまでの経緯を説明した。新聞記者は、うなずきながら身じろぎもせずに聞き入っていた。
「・・・長生きは罪なんだろうか」
話し終えると、新聞記者の反応を探るように見つめた。
「それが事実としたら、国家を構成する国民のリストラだな。強制的定年退職。リストラされた側はいろいろな不満を持つが、それによって企業は生き残っていく。企業努力としては当たり前のことで、批判されるものではない」
「でもリストラされた人は本人の努力によっては第2の人生があるけど、国民のリストラは次は無いんだぞ」
「そうだ。そこは営利目的の企業とはちがうところだ。リストラ以外で企業の生き残り策といえば、次は買収あるいは合併だ」
「それは・・・戦争ということ・・・」
「それは極端すぎる話だよ。とにかく命の大きさは無限大であるという基本的な認識を無くすことはできない。君はその会長さんに頼んでその新製品を何とか普及してもらうといい。俺は少しずつ外堀から埋めてみるよ」

(つづく)

この話はフィクションです