2007年9月30日日曜日

関節リウマチの21世紀型アプローチ

関節リウマチの治療方法は、20世紀に発病した方と21世紀に発病した方では大きく違います。
自分が学生の頃に、授業で習った治療法方はピラミッド式と呼ばれています。最初は副作用の比較的少ない痛み止めを中心に使って関節痛を減らすことで、日常生活をこなせることが治療の目標でした。しかし、必ず関節の破壊が進行するので、痛み止めだけでは足りなくなると副作用の危険がある抗リウマチ薬を使用します。さらに痛みが減らない場合は、副作用のデパート副腎皮質ステロイドを使います。

しかし90年代くらいからリウマチの病態の解明が進み、異常な免疫、つまり自分の関節に対してのアレルギー反応を押さえ込むことが大変重要で、そのためには抗リウマチ薬を早くから使っていこうという考え方に代わったのです。そして1999年に抗がん剤として使われていたメソトレキセートという免疫を抑制する薬が、抗リウマチ薬として日本でも使えるようになったことは、「革命的」と言ってもいいかもしれません。

メソトレキセートは、整形外科にはなじみのある薬なのです。整形外科では骨肉腫という骨の「ガン」を扱います。ほとんどの患者さんは10歳代で、大変予後の悪い病気です。メソトレキセートは骨肉腫の化学療法の中心的な薬なのです。自分も大学では何人かの患者さんを持ち、メソトレキセートを使った経験があります。一度使って、もしも何もしなければ確実に1週間後には患者さんは副作用で亡くなるぐらいの怖い薬なのです。ですから、抗がん剤治療を始めると、本当に神経が疲れました。

そんな薬がリウマチに効くらしいという話を聞いて、最初は「うそー、ほんとぉ?」という状態でしたが、いざ使ってみると本当によく効きます。骨肉腫で使う量の1/1000~1/2000くらいなので、もちろん使うそばから患者さんが亡くなるような心配はありませんが、それでも通常の痛み止めとは違い、副作用は大変に怖く、定期的な通院をしてもらう目的の半分は副作用のチェックなのです。

さらに2003年に生物学的製剤という新しいタイプの薬が出てきました。これは関節リウマチの悪さをしている主役を直接攻撃するため、それまでの抗リウマチ薬にくらべ強力な効果が期待できます。実際、使ってみると内服薬なら数ヶ月かかって効果が出て来る所が、わずか数週間以内、場合によっては数日以内に出てきます。自覚症状はもちろん、血液検査も劇的に改善します。もちろん、副作用のチェックも含めていろいろな注意が必要ですから、飲み薬をポンっと出すより、いろいろ手間もかかります。しかし、おそらく数年後には第一選択薬としての地位に落ち着くのではないでしょうか。

そして、実は診断学も変わってきているのです。昔は「リウマチ反応陽性」で「あなたはリウマチ」と言ってしまうことが多かった(実は今でもそう思っている医者が多い)のですが、血液検査で絶対な物はひとつもありません。症状と血液検査とレントゲンから総合的に判断するしかないのです。

ところが、昨年からはMMP3という検査項目が使えるようになりました。これはリウマチの病気の勢いを判定するのに大変に役に立ちます。そして、今年からは抗CCP抗体という検査ができるようになり、今まで以上に診断の精度をあげることができるようになりました。ちなみに自分の印象では抗CCP抗体の陽性になる割合は、まちがいなくリウマチだろうと考えている方では100%、絶対違うと考えている方では0%、そしてどっちか判断しずらい場合は50%という具合で、非常に臨床にそくした結果が得られると考えています。副作用の強い薬を使うのですから、使う根拠は明確なほうがいいに決まっています。

薬物療法の進歩により、実はリウマチ患者さんの手術は激減しています。関節が壊れてしまうと、もはや薬ではなおせませんので、手術が必要になりますが、生物学的製剤は骨破壊抑制効果が大変強いので、この薬が主流になれば人工関節のような手術はしなくてすむようになるのです。ということは、薬の効かない一部の患者さんを除くと、ほとんど外科的な病気ではなくなるということです。ですから、整形外科は将来的には不要になるのではないかと思っています。

自分のような「整形内科医」は今迄以上に内科的な知識を勉強する努力をしなければいけません。そして、内科の先生は整形外科がリウマチから離れていくことを考えると、リハビリテーションや装具などの勉強をしてもらいたいと思います。

成毛滋 / FRIED EGG

自分が高校生の頃は、文化祭といえばバンド、バンドといえば、ロック、ロックといえば・・・Led Zeppelin - Deep Purpleが全盛期で、誰もがコピーして演奏していたんですよね。

当然ギターは花形で、Eric Clpaton - Jeff Beck - Jimmy Page - Ritcie Blackmoreはアイドル。

彼らが使っているのは、当然Fenderのストラトキャスターかテレキャスター、あるいはギブソンのレスポール。ところが、高校生に当時20万もするようなギターが買えるはずがない。

最初に買うのはたいていのマンガ雑誌なんかに出ていた新小岩駅前の通販ショップで1万円くらいのトーマス(機関車じゃないよ)とかトムソンとかになる。ロゴがそっくり。今だったら中国製模造品並み。ちょっとがんばるとグレコが主流になる。日本製エレキギターの元祖みたいなもんです。

このグレコギターを買うと付いてきたのが成毛滋のソノシートとかカセットテープ。これを聞くと、「おーっ、そうだったのか。ペイジはそうやって、あの固いトーンを出すのか」とか、「クラプトンの泣きの音はそうだったんだぁ」とかわかっちゃう。即戦力のすぐれもの。

自分はアドリブ早弾きはできなかったので、伴奏程度でしたが、それでもちょっとうまい友人は成毛滋の影響を受けなかった人はいないでしょう。

当時の日本のロックは、グループサンウドに毛が生えた程度のお粗末なもので、誰も文化祭でやろうなんてものはなかったんですよ。バンド少年のレパートリーといえば、Smoke on the Water - Communication Breakdown - Sunshine of Your Love等など。

ところが成毛が出したFRIED EGGは、日本人とは思えないすごい音でした。まさにこの音がロックなんだよ、という感じ。成毛はオルガンもいけていて、当時のロックバンドの定番だったハモンドにレズリーを使用して、これもまた「これなんだよ」の世界。
ドラムは「めりじぇ~んオンママイ・・」のつのだひろ。ベースはまだ小僧だった高中正義。ディーパーばりのヘヴィなサウンドで始まり、EL&Pのタルカスのパロディ「オケカス」などこれでもかこれでもかの大行進。

ところが、成毛はこのレコードの前にその前身であるバンドで1枚、この後に解散宣言アルバムを1枚の3枚しか残していないのです。今のJPOP全盛のご時勢を考えると、20年、いや10年早すぎたのかもしれません。
レコードは持っていましたが、とっくに処分。でもたまたま友人にCDを貸して貰えたので、時々聞くと、やはり今でも通用するかも、と思ってしまいます。でも、それは今のJ-ROCKがあまり進歩していないということの裏返し。

成毛滋、60才。大腸癌で今年の3月に亡くなりました。なんか理由もなく毎日が楽しかった高校グラフィティの一部を担ってくれた方です。

2007年9月29日土曜日

都筑区の楽しい医師会行事

今日は都筑区医師会の年に1回の行事、近隣の医療関係やいろいろお世話になっている皆様をお招きして親交を深める会がみなとみらいでありました。あざみ野棒屋先生は心配していましたが、幸い始まって1時間後の7時30分に乾杯のはこびとなり、ビールのうまいことうまいこと。
医師会理事の自分は、ホスト側みたいなものなので、都筑区の大槻区長、昭和大学横浜北部病院長、いろいろな区の医師会長の皆様に挨拶をさせていただきました。各区の医師会長はおもったより若い人が多いのにびっくりしました。50才前後の方がおおいんですね。そういう意味ではこれからの医療を真剣に現場からよくしていく先鋒といえるかもしれません。
最近開業した先生方とも話をさせていただきました。あざみ野棒屋先生のブログにたびたび登場する先生とも、直接合うことが出来ました。

正直に言って、自分はあまり社交的なほうではないので、一度にいろいろな人と親交を深めるのは得意ではありません。でも、こうやって少しずつ開業している地元に知り合いが増えていくと、困ったときに相談をしたりできて、心強い感じです。着実に地域に入っていけているようなきがして大変に楽しい会でした。

ちなみに、都筑区の医師会所属の開業医は約120人。今日参加したのが40人。センター南医療ヴィレッジは5つの診療所がありますが、今日はなんと5人全員が参加していました。なんか、わけもなくすごいなぁ、と思ってしまいました。このまま、みんなでがんばれば、都筑区の医療の中心になれる?

2007年9月28日金曜日

健康ダイエット野菜スープ

そんなに皆さんが期待するようなものではありません。とにかく野菜だけ煮て作りました。

材料 たまねぎ大1個、ピーマン中3個、エリンギ1パック、キャベツ1/3個、セロリ1本、いんげん10本、トマト3個、にんにく数かけら(これで5人前+お代わりあります)

味付 チキンコンソメ スープの素 入れた水1カップにつき1個

以上です。
油っけのない単純なスープです。味は想像した通りです。
とにかく、カロリー控えめ、お腹を満たし、翌朝トイレで満足という三拍子そろったスープです。
カロリーを犠牲にして、どうしても味をよくしたい場合はベーコンをいれましょう。さらに香りをよくしたいならオリーブ油をかけます。お腹をもっとふくらませるならジャガイモもいいんじゃない。さらに上にチーズを乗せてトロっとさせると完璧。あなたの気持ち次第で、カロリー無制限に変身できる超便利なレシピです。
一度お試しください。

2007年9月27日木曜日

インフルエンザ予防接種

それぞれの医療機関で問屋さんからインフルエンザ・ワクチンの入荷についてアナウンスがあったようで、一斉に予防接種のお知らせが出ましたね。
うちも、去年同様行います。お値段据え置き!! うちの場合は、患者さんへのサービスと広告の意味が大きいので、赤字にだけはならない値段(1回2000円+消費税100円)です。是非、ご利用ください。ただし、通常の外来に支障をきたしたくないので、申し訳ありませんが、接種のできる曜日を月・水・土に限定させていただきます。よろしくお願いします。

この前の冬は、幸いにもインフルエンザの流行は比較的軽くすみました。でも、タミフルの問題がクローズアップされたことは記憶に新しいところですね。なんか年金問題にすっかり隠れてしまいましたが、結局どうなったんでしょうか。
すべてがタミフルのせいというわけではないと思いますが、乱用したのは間違いなく、薬の使い方を処方する側もされる側も、もっと意識しないといけないという警笛なのだと考えたいですね。

なってからジタバタするより、ならないようにすることが大事。というのも、最近自分も思わぬところで結核に感染してしまいました。まぁ、発症することはほとんどないので気にしないようにしていますが、やはりいいもんじゃありません。インフルエンザは医療機関で仕事をしていると、感染する確立はさらに高いので、自分たちを守ることも重要です。特に開業医はかわりがいないのでことさらです。

手の指は大変

以前にいつまで手術ができるのやら、と書きましたが、今日は午後からは大学(女子医リウマチセンター)で手術。リウマチで変形した手の形を、なるべく元に戻すのが目的です。

でも、外見だけよくなっても使えない手ではしょうがありません。そこが難しい。手にはいくつもの関節があって、全体で共同して細かい動きをしていますので、全体のバランスを作り出すのが大変です。
骨を切って、シリコン製の人工関節を入れて、指を動かす腱の緊張の強いところを切り離し、緩んだ組織を縫い縮めます。これを全部の指に対して行います。

でもって本当に大変なのはこれから。と、いうのはリハビリテーションが重要なのです。作業療法士さんと手術前から打ち合わせをしておいて、このあと患者さんには一生懸命がんばってもらわないと、形はよくなっても固まって動かない指になってしまうのです。どこまで使えるかは、リハビリ次第というわけです。

「皆さん、あなたの片手に指は何本?」と、質問すると、当然「5本に決まっとるやんか」
しかし、そんな当たり前の答えでは面白くありません。
正解。4本です。つまり、示指・中指・環指・小指の4本です。あれ、親指は?

英語で考えてみましょう。親指はthumb。そして残りの指はfingerです。あなたは、片手にone thumb and four fingersを持っているということ。日本語では親指は母指といい、他の指に対して別格なのです。
手のはたらきを大きく二つに分けると「つまむ」と「にぎる」になります。どっちも母指は活躍します。つまむときは母指と示指・中指、にぎる時は母指と環指・小指を主として使うのです。5本全部をあわせて言うときはdigitという単語があるんですね。両手で10 digitsとなり、デジタルの語源となりました。
ドラえもんは、まん丸の手ですから「押す」しかできません。

2007年9月26日水曜日

The Controlled Health Part3

※ Part1 Part2 を先にお読みください

新しい医療制度も数年経過して、大きな混乱もなく定着していった。新都心にある高層ビルの一室で、新制度を提案した若い男が窓の外の夕暮れを眺めていた。

彼は、今や国民の70%が所有する救急保険ICカードのすべてを握っていた。救急だけにとどまらず、すべての検査や治療の情報も記録されている。またGPSを使ってカード所有者がどこにいるかも把握している。さらに、一般救急制度から更新してきた者は納税記録なども含まれたデータとなっており、もはや国民は彼の下では丸裸同然になっていることに気がついているものは、ごく一部の政府関係者だけであった。

「社長。新しいサプリメント会社が、新商品の販売対象者のデータについて交渉のアポイントメントを希望していますが」
「いつものようにやってくれたまえ」
「こちらの健診に関する申し込みは如何いたしますか」
「こちらの希望通りの額を出すなら、ICカードへの登録を許可したまえ。まあ、もっとも登録できない単発の健診なんて受ける奴はいないさ」
「わかりました」
「私は研究部門に行っているので、何かあったらよろしく頼む」

男は白い廊下をゆっくりとした歩調で進んでいった。一番奥の壁枠のところまで来ると、男は手をかざす。すっと、壁が上に移動して入り口が出現した。
「博士、研究の具合はどうですか」
博士と声をかけられた老人は、机のコンピュータに向かって何かを一生懸命入力していた。いかにもうるさそうに、手を休めて顔を上げる。
「ほぼ終了だ。今、最終チェックをしているところだ。もう数日で、量産するためのラインの設計も出来上がってくる」
「それは何よりです。博士の努力には頭が下がります。この埋込み型カードが完成すれば、人々はカードを持ち歩くわすらわしさから開放されます」
「そして、ますますカードの専売性が強まるということだな」
「博士、口が悪いですね。それだけ私どもの責任が大きくなるのですから」
「埋込みにすれば、人々はますますカードを意識しなくなる。それはカードに支配されていることを気がつかせないことだ。木は森に隠せということかな」
「リモート・アクセスの機能は大丈夫ですか」
「もちろんだ。埋め込むだけなら、そんなに苦労はしない。GPSと連動させて、こちらからデータを送信して読み書きをする部分が、安定性の上で一番難しかったところだが、去年開発された超小型MCPUチップはすばらしい働きだよ」

厚生労働省の会議は、いつもの有識者を集めていた。いつもの次官がいつものように司会の役回りである。
「本日は、委員の一人から救急保険カードを、新たに開発した5ミリ四方の埋込み型に変更したいという提案があり、検討していただきたいと思います」
「埋込み、ちゅうたら手術が必要とちゃうか」
「局所麻酔をして切開しますが、カードを押し込んで数日絆創膏をしておくだけで、縫ったりする必要はありません。皆さんは何も気にすることなく、健康についてのデータを蓄積していけます。そして必要なときにデータを確認でき、さらに確実な健康管理が可能になります。救急保険だけではなく、これからは健康管理全般に渡って使用することになります」
「タバコを吸うたびにビリビリする、ちゅうことはあらへんやろな」
「酒を飲みすぎとかゆうて警告されてもつまらん」
「そんなことはありません。それと、これは内密の話で、この場で聞いたことは絶対に口外しないでいただきたいのですが」
「何やねん。そないなもったいぶった言い方をせんと、はっきり言いなはれ」
「このカードの普及は公安からの強い要請です」
重い空気が一気に広がった。しばらくして、沈黙を破るのはやはり次官の役目である。
「それでは、全会一致で了承したということで答申いたします。本日は、ご苦労様でした」

この国では、皆幸福に暮らしている。ほとんどの国民が健康管理カードを手に入れたことで、救急車は、また普通に見かけるようになった。サイレンの音がすることが、かえって安心感を作り出している。

病院の医者も、しだいに増えつつあり、初めは国営で行っていた夜間救急窓口も、少しずつ民営化され始めている。すべての問題が解決され、もう誰も救急で心配することは無くなった。
健康管理に対する認識も高く、カルテは本人の体内にあるので、どこの病院に行っても今までの経過が一目瞭然である。健康の維持のためにはお金がかかるが、病気の治療にかかるお金よりは少ないのだ。

ただ一つ、政府も国民も口にしないが、見渡す限り老人しかいないようなこの国の行く末だけが一抹の不安材料であった。一部の人は、自分が考えていたよりも健康状態のデータが良すぎたり悪すぎることがある。しかし、データは正しいのだ。疑う余地は無い。そのため飲みすぎたり食べ過ぎたりして悪化することがあっても、それは自然のなりゆきだからしょうがないと考えている。最近、たいてい80才ぐらいで亡くなるようになった気がするが、誰かの意図が入る隙間なんてあるはずもない。

(終わり)

この話はフィクションです。

2007年9月25日火曜日

今宵は中秋の名月

今夜の月です。意外と月らしくとれたでしょう。旧暦で8月15日が中秋の名月とされていて、新暦では今年は9月25日となります。
帰りに荏子田の丸正によりましたが、団子は売り切れていました。そこで・・・
うちの娘が上新粉で団子を作りました。うちのかみさんがきな粉とあんこで味をつけました。
そして、お月見をしました。

あー、日本人だなぁ。

ぱっぱ、ぱっぱ、パーエリア~ふぅ~



そんなにマジな料理ではないですが、今夜、我家で大好評につき、ちょっと出しちゃいます。

スペイン料理のパエリアは、本気で作るとけっこう大変ですが、ここではかなり簡略化。でも、うまい!! とは言っても、一杯のシーフードをいれますから、まずいわけがない。

パエリア鍋はないので、大き目のフライパンを使います。米3合+水3カップ。米1合につき、コンソメ1個をいれます。バシルをパラパラ。あとは具をのせていきます。

今日は、殻をむかないえび、イカ、あさり、小柱(余裕のある時はもちろんホタテ)、骨付きの鶏肉、エリンギ、いんげん、トマト、たまねぎ、オリーブオイルで焦がしたにんにく(例によっていっぱい)を敷きつめます。あとは弱火で汁がなくなるまで煮詰めるだけ。
シーフードから出たスープは格別。底についたおこげも最高。
ものすごい勢いで無くなりました。

The Controlled Health Part2

Part1からお読みください

「わが国は資本主義の原理に基づいた国家運営をしております。幸い、随分前から格差社会は完成し、裕福な人たちはあまり問題はありません。かれらには、医療保険、介護保険に次ぐ第3の保険、救急保険に加入してもらうのです。この分の上乗せで診療報酬を増やせば、医者もやる気が出ます。救急車と病院と契約を結んでGPS付のICカードで健康を管理し、何かの時には24時間の受け入れを保証します」
「貧乏人はどうすんじゃい。のたれ死ね、ちゅうんかい」
「いえ、そんなことは言いたくても言えません。救急保険に加入するお金の無い方は、各行政区画ごとに1ヶ所ずつ夜間のみの救急病院を設定して、そこへ集めます。あとは国税・地方税額に応じて、サービスを分けていくのです。受け入れ先さえ用意できれば、国民からの批判はかわせます」
「うーん。他に意見もないようでしたら、その方向で答申しましょう」
次官のことばに、だれも首を振らず、とりあえず何か仕事をした満足感が委員会に漂うのであった。

数ヶ月して、救急保険が開始された。生活に余裕のある人は保険契約を結び、高い保険料を払ってICカードを手に入れた。利用すると次回の保険更新時には保険料が上がり、利用しなければ保険料は少し下がる。病院職員の時間外勤務手当てや、医者の救急受け入れ手当てを出すことができるようになったので、病院側も積極的に取り組むようになった。

しかし、救急保険外患者用夜間救急病院は滑り出しから問題であった。まず、ほとんどの病院が指定を拒否してきたのである。運営するだけの予算も人員も無いというのがその理由であった。政府はしかたがなく、特別補正予算を組んで、夜間用の医師・看護師をはじめとする病院職員を特別公務員として採用し、夜間の病院を借り受ける形式を採用した。
また、役所とオンラインで結び、患者が来ると即座に納税状況を確認し、ランク付けを行うシステムを導入した。納税状況と病気の内容とから、医療サービスの等級が決定されていく仕組みである。包括化医療の進化系であり、どこまでの医療を受けれるかがはっきりしており、また救急的でないものについては、マイナスポイントが加算され、次年度の納税額に反映されることになった。

当初は、混乱もあったが、国民は冷静に受け止め、また各メディアも一丸となって安心な医療を確保しようとキャンペーンをはったためか、しだいに軌道に乗った運営が行えるようになった。救急保険に加入しなかった国民は、簡単なことでは救急車を要請しなくなり、また納税額を上げて少しでも良質な医療を受けようと考えるようになった。その結果、高齢化で落ち込む一方であった国民総生産が数十年ぶりに上昇するという事態になり、しだいに景気も良くなってきた。

街ではあちこちで、井戸端会議が行われている。この光景は、もう何十年と変わらないものだ。
「30階のスズキさんは、いよいよ救急保険に加入されたんですって」
「まぁ、うらやましい。うちは、まだ無理よ」
「14階のサトウさんは、この前便に出血して夜間医療センターに運んでもらったのよ。そしたら、てっきりガンと思ったらただの痔だったんですって。マイナス3ポイントよ」
「この前も同ような感違いしたわよね。もう、あとがないわよ」
「今度、自分で判断する救急疾患の講習会があるのよ。奥様、一緒にいきませんこと」
「あら、それは絶対いきたいわ」

厚生労働省では、いつもと変わらず行うことが目的の会議が行われていた。いつもの次官が切り出した。
「おかげさまで救急保険制度は順調で、いろいろな副次的な効果も派生しております」
「そやな、わてら有識者は、初めからこうなることはわかっとったんや」
「ほな、今日はもうええやろ。終わろうやないか」委員は立ち上がり、のそのそと出口に向かう。
最後に立ち上がった委員が隣の若い委員に声をかけた。
「それにしても、あんさんもええ商売しなすった」
「いえ、それほどでも」
「隠さんでもええ。あんさんのICカード会社は、カード販売、カード更新、読取機販売、さらにGPS利用料、これからずっと収益が減ることはないやろ」
「これも国民の皆様のためですから」
「ふ、ふ、ふ。次は何を考えているかわかるで。ICカードに蓄積されていく健康情報やろ」
「よくお気づきで」
「究極の個人情報やからな」
「ええ、たぶん数年後には、ほとんどすべての国民の健康管理を行うのは私の仕事になります。どんな健康産業も私の情報のもとに動くようになるでしょう」

(つづく)

この話はフィクションです。

2007年9月24日月曜日

The Controlled Health Part1

数年前から、電話をしても救急車が来ない、というよりも電話に出てもらえないという事態が頻発している。急病で歩いている人が倒れても、救急車が来ないために放置され亡くなる方がいるという。通りかかった親切な人が、直接病院に運んでくれたというのはごく少数で、最初はメディアでも問題を取れあげて、原因をいろいろ追究していたが、あまりに当たり前の出来事になるとしだいに熱が冷めてしまったようだ。

なぜ、そのようなことが起きているのか。まず、病院に原因の矛先が向けられた。21世紀になって、医療改革の名の基に、国民皆保険制度を死守するために医療費が削減され続けた結果、診療報酬はどんどん引き下げられた。当然、医者は激減。病院やクリニックも経営が成り立たず倒産し続けた。

すると、生き残ったのは公立機関の診療施設だけとなり、夕方5時から翌日の朝9時は当然職員が働かないので、病院は一切患者を受け入れない。また、数少ない医者も仕事量が多くなりすぎて疲労困憊で、極力救急患者を受け入れないようにしていた。このために、救急隊も患者を連れて行く場所が無いため、いつの間にか出動を控えるようになってしまったというわけである。

もちろん、原因はそれだけではなく、救急隊そのものにもあった。警察・消防・救急といった基本的な国民へのサービスは、エスカレートする要望の中、隊員が激減していたのだ。やって当たり前、感謝もされず、日夜過酷な勤務が嫌われ成り手がいないのである。また弁護士がやたらと増えたため、ちょっとミスがあるとすぐに訴訟を起こされてしまう。電話が通じないことにして、係わらない方が身のためと思ってしまうのである。

さらに、電話をかける側も、「かぜをひいて熱がある」というのはいい方で、「タクシーは金がかかる」とか「救急車で行けば待たずに見てもらえる」という理由で、救急要請をするので問題になっていた。一時は有料化するという方向性で政府は検討していたが、結局結論がでないままにうやむやになっていたのだ。

さすがに、昨年度の救急車が来ないために亡くなった人の数が、1000人を超えた事で、政府もこのまま放置しておくことはできなくなった。厚生労働省でも、現実的な早急な対策を考え始めたが、実際、構造的な問題の根が深すぎて誰もいい案は思いつかない。

今日は、もう何回目かの対策委員会の集まりである。委員は、皆沈痛な面持ちで腕組みをしてうなだれたままである。次官の一人が口を開いた。
「それでは、どこから手を付けるか。救急隊を増やす? 救急車も」
「いくら増やしたかて、連れて行く病院がなければしゃーないやんか」
「じゃ、病院作ったらええんとちゃうの」
「アホ! 公立病院やったら同じやろ」
「昔の首相がよく、民間でできることは民間で、というとったな」
「それには、まず診療報酬上げんと、誰もやらへんがな」
「野党が騒ぐで、そないなこと言い出したら」
「あの頃は、何でも政府のやりたいようにできた。強行採決したかて、ギャーギャー云われるのは1ヶ月くらいのもんや」

いつもと同じ展開の話になり、ここで行き詰まりとなり、散会するのがこれまでの通例であった。とにかく、委員会をやっている、がんばって考えているという国民に対するデモンストレーションが大切なのである。
しかし、今回は違った。今まで、一度も口を開いたことが無い一人の若い委員が、すくっと立ち上がると、意を決したように前を見据えてしゃべりだした。

(つづく)

この話はフィクションです。
あすなろ棒屋さんにヒントをいただきました。ありがとうございます。

何故に木村拓哉はかっこいい

数々のランキングを総なめ、ここ何年か芸能界の人気の頂点に君臨するのが木村拓哉だ。早かった結婚すら、その人気を翳らすことはなく、まったく生活臭を感じさせない。今では、木村拓哉がスタンダードと言っても過言ではない。従って、何故にかっこいいか、という質問の答えは「木村拓哉だからさ」ということになる。

本筋の歌についてはどうか? はっきり云って、中居よりはうまいが、わざとらしい歌い方はいまだに素人的だ。演技は、吾郎ちゃんとどっこいどっこい。もちろん、演技派大俳優に比べれば、まだまだ。踊りは吾郎ちゃんに勝つが、東ほどではない。バラエティでは慎悟に負けるかもしれない。韓国語は草薙クンの方がうまい。TOKIOの連中より楽器演奏は下手。きっと車やバイクの運転は、森君の方がうまいだろう。伸長はカッコマンとしてはぎりぎりだろう。
であるが、総合ぶっちぎりの人気なのだ。それは、しゃべり方、身振り手振り、服の着こなしなど、本人から漂ってくるものが引き付けるのだと思う。まさに"Kimura Brand"と呼べるものが出来上がったからなのだ。

デヴューの頃は、ジャニーズのかわいらしい少年の一人にすぎず、ただの「きむらたくや」だった。SMAPに編制('88)されてもしばらくは「その中の一人」だったし、最初に注目されたドラマ出演「あすなろ白書('93)」でも、同じ。

そして、やっとのこと「青いイナヅマ('96)」のヒットが、SMAPの人気に火をつけた。なんと22枚目のシングルである。同じ年にSMAP×SMAPの放送も開始され、ドラマでは「ロング・バケーション」に出演し、一気に頂点にかけあがる。まさに人生の転機、ターニング・ポイント。

ロンバケの瀬名は、そういう意味で"Kimura Brand"の出発点。木村にとって、無理なく入っていける役柄だったのか、最初から木村をイメージしてキャラが作られたかはわからないが、とにかくひた向きな青年像を作り上げた脚本の北川悦吏子の力が大きい。何かをしてあげたいという母性本能をくすぐるような部分と、しっかりとした決断力を持った男らしさが共存していた。今でも木村は瀬名を演じているのかもしれない。その後の木村の役柄は大同小異であり、すでに完成したと言ってもいいのでないか。

問題は、ここからである。"Kimura Brand"が完成し、若者の続きであった木村拓哉も30代後半に入ってきた。このまま40代を迎えてはいけない。本人も、そんなことはとっくにわかっているのだろう。
今年の映画「HERO」は"Kimura Brand"の総集編にして完結編にすべきであろう。英語の台詞の映画に出演する予定があるということで、少しずつ変わり始めていく兆しなのかもしれない。

2007年9月23日日曜日

追悼 マルセル・マルソー


パントマイム界の巨匠マルセル・マルソーさんが昨日84才で亡くなったそうです。

第二次世界大戦後に、シルクハットに赤い花、白塗りの顔のピエロを創り出し、無言の芸術を完成させた20世紀の偉人の一人といってよいでしょう。

戦前には、トーキーの世界でチャップリンが、身振り手振りで人を笑わせ、泣かせました。マルソーは舞台の上で、体の動きだけで観客に人生を示したのでした。残念ながら、直接見る機会はありませんでしたが、テレビなどで何度がその芸を見るたびに、思わず手を止めて見入ってしまうのです。指の先まで、ぴーんと張り詰めた演技は本当にすごい、と思いました。本当の芸術はその人でしか成し得ません。合掌。

それとは関係ありませんが、フランスと言えば往年の映画スター、アラン・ドロンがSMAP×SMAPのビストロに出演したそうです。もう71才。いまは実業家で有名ですが、「太陽がいっぱい」「地下室のメロディ」「冒険者たち」など、あの独特のフランス映画の雰囲気はドロンをはじめとする俳優さんの力も大きいですね。今の仏映画は米映画と変わらなくなり面白くなくなりました。

Rod Stewart / The Great American Songbook

日本で徳永のVOCALISTがヒット・シリーズとなり、海外で思い出されるのが Rod Stewart のシリーズ。

21世紀のロッドはこれだけで飯を食っている、というとファンに怒られるかもしれませんが、Vol.3で終わりかと思っていたら、いつの間にかVol.4も出たり、BOX SETにして未収録を詰め込んだりして、未だに商売しているようです。

内容は、ジャズでもしばしば取り上げられるゴールデン・スタンダードの数々を、ロッドのしゃがれたボーカルで聞かせるもの。中身に関しては、文句のつけようがありません。

ジャズが好きな人でも、もとからのロッドのファンでも十分に楽しめます。日本で言ったら、矢沢栄吉がレコード大賞に輝いた曲をカバーしたらこんな感じ。

それにしても60年代~70年代の、バキバキのシャウトからすると随分と大人になっちゃいました。"I'm sexy"でポップになり80年代に突入しましたが、振り返ってみるとこのシリーズまでの20年間は、まぁそれなりって感じでしょうか。

同じような雰囲気のシリーズは、80年代になってLinda Ronstadtが出したものと通じるものがあります。ってことは、AkinaはLindaか?

徳永英明 / VOCALIST シリーズ

なぜか、自分を含めて周りの人がみんな見ていたのが先週の「うたばん」。欠かさず見ているわけではないのに、たまたま出てきたゲストが徳永英明

実はこの人のように、80年代半ばに登場してきたアーチストについては、医師国家試験~研修医時代でほとんどメディアに接することがなかったので、よく知らないのです。

たとえば尾崎豊は、知らないうちに活躍して、死んでニュースになって、「それ、誰?」という状態でした。

徳永英明の「VOCALIST」シリーズは、誰もが知っている有名な女性歌手の曲のカバー集。

春に「うたばん」に出演してから、急激に売り上げが伸びて、最近出た「VOCALIST 3」もよく売れている。番組の中でも、サービス満点に収録曲を披露していました。

これがなかなかいい。男性歌手としては高いキーで、伸びやかな声が女性の歌詞を歌っても違和感が無いですね。カバーになると、自分のムードを出しすぎて失敗するパターンがよくあるのですが、徳永英明は元歌のイメージをうまく残している点が、聞いていて心地よいですね。

選曲は、伊藤由奈の新しいところから、70年代の歌謡曲まで幅広く、いろいろな世代の方が聞ける点もうけている理由でしょう。中森明菜の歌姫と双璧をなすシリーズといえます。どちらも同じレコード会社ですね。

2007年9月22日土曜日

働けど働けど猶わが生活楽にならざり

ちょっと、出所を聞き漏らしましたが、先日ニュースで最近のアンケートの話をしていました。ずーっと、生活は楽ではないという人が増えていたのに、今年の結果では楽でないと答えた人がやはり増えたけど、楽になったという人も始めて増えたとのことでした。

これは、つまり格差社会が広がったということ? 貧富の差がおおきくなったということ?

政府関係者や日銀の総裁が、いくら景気が良くなったといっても、一般市民には実感が伴わないですよね。大企業は儲けを増やしているみたいですけど、どこにいっちゃうんでしょうね。

とにかく自分は地道にやっていくしかないので、ひとつひとつ信頼を重ねていくことを考えましょう。

月曜日のお昼、老健へ出向いて相談を聞きます。火曜日のお昼、医師会でお仕事。水曜日のお昼、市営のデイ・ケア施設で相談を聞きます。木曜日は、午後から大学の外来や手術。金曜日のお昼、薬屋さんと面談。やっと地域に少しは根が生えてきたようなきがします。

「ぢっと手をみる」と、生命線は長いぞ。

働かざる者食うべからず

と、いうわけで、2週続けて3泊4日の旅に出ております。

あすなろ棒屋さんは、今頃箱根でどんちゃんどんちゃんやっているんでしょうか。いいな、いいな。

開業してから、いろんな人に話を聞くと、軌道に乗るまで3年間はかかると。確かにそんなペースですな。早く、人並みに休日が欲しい、というのは贅沢でしょうか。診療報酬の改正(改悪?)が、また来年ありますので、さらに厳しくなることは必至。いつまでたっても当直バイトを続けないと、食べていけないような雰囲気も・・・

今日、終了間際に来た初診の方、半年前から膝が痛くてここを勧められたのできた、とのこと。よっしゃぁ、よくぞいらっしゃいました。よくぞ、勧めてくれました。しっかり診ますよ。ところが、来週大阪に引っ越すので、その前に原因を教えて、とのことでした。なんだ、いなくなっちゃうの? そんなぁ。でも、だいたい膝の痛みの原因を解明できて、対処法を説明してさしあげられました。もしも、受付時間は終わってますからと云っていたら、その方とは一生会うこともなかったかもしれません。1回だけの受診でも、ちゃんと説明ができたので、きっと満足して大阪に向かってくれると思い、こちらも気持ちよく本日の診療を終えました。

2007年9月21日金曜日

特別付゛録゛

さて、ブログを毎日書くようになって2ヶ月。周りからは、もう飽きるだろうとか、うちの食卓ばらし過ぎとか、いろいろ言われてきましたが、何とか続けて少しずつブログ仲間的なものが広がってくると、さすがに面白くなってきました。
先日、都筑区のDr.Mと偶然お会いしました。前からDr.Mのブログを読ませていただき、時に過激すぎる(?)本音トークにびっくりしながら、うらやましく思っていたのです。
自分も、あまり形式ばったことは得意ではなく、思わず本音になってしまうので、今までに何度かブログをあちこちに開設したものの、あからさま過ぎて文章が書けずに放置という事態を繰り返していました。
自分のHPでも、開業にいたる経緯を「あすなろ開業物語」としてのせていますが、半分まで書いたところで、全面的に書き直しました。まず、実名を仮名に変更。いろいろな数字をあやふやに直す。一部の話を削除、などなど。これは、自分はいいのですが、まわりに迷惑をかけるのはまずいというところです。結局、本音を書けばぼやきが同居するという事態に陥り、なかば強制的に終了しています。
K先生のブログは、そういう自分にヒントをもらえた最初のブログです。K先生の診療と自分の診療は違うので、HPやブログに対する姿勢は同じではないのですが、自分の日記としてスタートしたブログが、しだいに他人が読むことを意識したものに変わっていくところは参考になりました。
最近は、やはりコメントをもらえることが、ブログを書くエネルギーになっていることが実感できます。たいていはコメントいただいた方を直接知っているのですが、中には「これは誰だろう?」というのもあって、未知の方とのコンタクトはちょっとしたスリルです。ただし、真面目な話にはなかなかコメントが付かないので、あまり前にだしてもなぁ、と思ってしまいます。
最近はやりの言葉をキーワードにしてみようと、KKDの話題を掘ってみました。これはさすがにコメントも多く、また検索エンジンからもヒットしまくりとなりました。それに対して顔面ヨガはまったくダメ。まぁ、結局自分の面白いと思っていることを素直に書き綴るのが、長く続けるためには大事なんでしょうね。
そういう意味で、比較的自分の趣味がはっきり見えるknysさんのブログは、自然体の見本として大変面白い。自分がやりたくてもできないことが一杯出てくるので、うらやましくもあり、また楽しませてくれます。
そして、さとちんさんは仕事柄か本人のキャラか、軟から硬まで幅広く網羅した話題満載で、しかも思わずニコっとなるくすぐりがあちこちに出てくる語り口が大変面白い。
まぁ、いろいろな方向に飛び散らかっていくかもしれませんが、1年2年と続けていくことができるようにしたいと思っていますので、気楽にお付き合いください。

2007年9月20日木曜日

結局、とろけるカレー

これ見てください! でかっ!!

上が普通サイズの「こくまろカレー 200g」です。下が本日帰りにあざみ野業務スーパーで買ってきた「とろけるカレー業務用 1kg」。でもこのサイズで548円でっせ、奥さん!! 普通サイズの5箱分ですから。
印度風とかなんとかごたく並べていないで、とにかく値段で勝負でええやんか。業務用と書いてあんねんから、どこぞのお店ではこの味で500円とかつこうてんねんやで。
(あー、また似非関西人になってきてもうた・・・・)

さてさて、気になる中身は、というと・・・・
これはまさに巨大チョコレートか。厚さ2cmはあります。割線が入っていますが、もはやそんなことは関係ありません。
なんてったって、2かけらで普通の1箱分ですよ。手で割るなんてできません。包丁でザクっときります。

さて、これからどうします?
やはりそのままでは面白くありません。まずフライパンを弱火にして、じっくり焦がしましょう。ルーは熱で溶けてペースト状になりますので、焦げてきたところからスプーンでかき集めていきます。これににんにく・生姜・唐辛子・荒引黒コショウなどを混ぜておきましょう。インスタントを使用してもただではすまさない、この心意気をかってくださいな。

食べるときには、我家ではご飯の代わりにキャベツというスタイルは普通です。キャベツの甘みとシャキシャキ感がとカレーととってもマッチします。

2007年9月19日水曜日

救急たらい回しについて思うこと

今日は、まじトークです。
いつも読ませていただいているknysさんのブログで、産科たらい回し事件について書かれていたので、自分の意見をコメントしようと思いましたが、長くなるのでこちらに書きます。

まず、産科に限らず「救急車のたらい回し」という事態はあたらしいことではありません。自分が育った大学病院は、すべての救急車を受け入れていましたので、救急車を断るなんていうことはあり得ないという思いがありました。そのころ生命にかかわる「3次救急」しかみませんという大学病院は山ほどあり、特に横浜北部では病院の前で交通事故があっても患者を受け入れないことで有名な大学病院がありました。その理由は自分もわかりません。
現在、自分は小さな病院でよく当直をしていますが、救急車については転送可能な日中は、なるべく受けていますが、夜間は選択をします。その理由は、レントゲン検査や血液検査が基本的にできず(オンコールとなっていますが来るのに1時間はかかります)、患者さんの状態を把握できないという理由が一番です。これが正当な理由かどうかは、立場によって異なると思いますが、実際意識障害の患者さんを受けて、糖尿病による昏睡か脳血管障害による昏睡かあるいは精神疾患かもしれないと状況は大変なストレスを伴うものです。

産科の場合、現在問題になっているのは産科医師の数が激減したことがあげられます。今日のニュースで、更生労働大臣は消費税を上げて数を増やすための財源にしよう、と言っていましたが、やはり現場を知らないのだな、と思いました。
産科専用の医師国家試験でもやろうとでもいうのでしょうか。自分のような整形外科医でも、最低限の内科的な知識は始終使っています。全科をみることが医師としての仕事をしていく上で、必要なことは言うまでも無いことです。
じゃ、産科医だけ特別に給与を上げますか。はっきり言って、当直などで大変な思いをしているのは産科だけではありません。自分も大学のときは、一番多いときで月に15回、それも当直料無しということがありました。また、夜中の急患のために緊急手術をしても、次の日に休めるなんていうことは当然ありません。何十時間も病院から出ることも出来ずに働くことは珍しくないのです。ただ、それで自分が医者として成長していくのだから、しょうがないと思っていただけです。実際、その時の必要に迫られて勉強したことが、今の自分の大きな財産であることはまちがいありません。

産科医は訴訟を受けるリスクが多いという意見もありますが、これもどの科も今では同じ状況でしょう。メディアに取り上げられ、実際に今回のような事件が起こるために目立っていますが、すべての医療がモチベーションを低下させていることがこのような事件の大きな要因なのではないでしょうか。周囲からの状況の変化もあるし、また医師自身によるものもあります。

周囲からの問題は、一番大きいのは、現場の状況を評価せず医療費を削減することだけを考えている今日の「医療改革」だと思います。年々、診療報酬が引き下げられ、先進国で最も少ない医療費がさらに減らされています。純粋に仕事をすればするほど黒字からは遠のいていくのです。医者の給料は、およそ30年前とまったく変わっていません。昔は、高い収入と引き換えに社会的地位と責任を負っていましたが、現在は医療はサービス業であり、さらにより大きな責任と訴訟のリスクを抱えています。

医師自身の問題は、「サラリーマン化」であると考えています。これは社会全体すべての職業でもいえることではないでしょうか。誰でも、めんどうな仕事はしたくない、よけいなリスクは背負い込みたくない。医者にもこのような風潮が押し寄せています。
その顕著な表れが、数年前の新研修医制度です。労働基準法にのっとった労働時間、給与、義務の減少にもかかわらず権利の保証。医者という仕事が基本的には個人の能力に負うところが多く、いつ始まるかわからない病気を相手にしている以上、労働基準法が最も似合わない仕事でしょう。もちろん自分の非人間的な研修医時代が良かったとは言いませんが、その点についてのバランスを考えないと、将来自分の健康を託せる医師は育たないと思います。

結局たらい回しは、ハードウェアとしての病院の能力、オペーレーディング・システムとしての医者のモチベーション、アプリケーション・ソフトウェアとしての救急時の連携方法の構築のいずれもが完成しなければなくなる事はありません。そして、それらを使うユーザーの意識も重要になってきます。タクシーがわりに救急車を使用することは、しばしば問題になっています。救急ということがどのような状態なのか、医者も含めて認識を高めていくことが必要なのではないでしょうか。

2007年9月18日火曜日

きょうののワンコ


ミニチュア・シュナウザーのティナは、毎日ご主人が帰ってくるのを楽しみにしているワンコなのです。帰ってくるとしっぽをふってよってきます。ご主人がなでなでをして、「よしっ!」というまで、離れません。

ご主人がパソコンでブログを書いていると。そのすぐ下で寝そべります。ご主人が、あっちでころっとなると、いつの間にかよりそうようによってきます。

こどもたちが、一懸命に呼んで遊んであげても、ご主人が口笛を「ピー」と鳴らすと、そそくさとこ主人のもとに駆けつけるティナなのでしたぁ。

1999年夏に生まれたティナは、生後3ヶ月ほどで我家にやってきました。8歳になって、犬としてはシニアといえるころです。昔は落とした鳥の骨をバリバリ食べて、翌日真っ白なウンチをしていましたが、最近は油っこいものを食べるとすぐに下痢ぴーです。

たまたま、その時にFinal Fantasy 6にはまっていて(おそっ!)、主人公の女の子の名前がティナだったので、そんな名前になりました。

しかし、隣の家からは「ティっちゃん」と呼ばれています。我家に中には「ティーちゃん」「チー」などはまだいい方で、「花子」「太郎」などと呼ばれてもしっぽを振っています。

2007年9月17日月曜日

受診したこどもの扱い方に関する一考察

クリニックにお子さんを連れてくるママ(あるいはパパ)は、いくつかに分類されます。

■ 親主導型
子供が座るより先に怒涛の如く、何で連れてきたのかしゃべりだし、医者が質問すると(たいてい子供に向けて質問しているのですが)、子供よりも先に答える。

■ 子供がはにかみ王子1型
医者が子供に質問をすると、子供はママの顔ばかりを見て自分からは話さないモジモジ君。子供がしゃべらないので、しかたがなく代わって説明する。

■ 子供がはにかみ王子2型
子供に自分で説明するように促して、まちがっていると思うときだけ口をだす。

■ 子供主導型
最初から子供に説明するように仕向けて、基本的には一切口をださない。

■ ライオン型
究極の型。獅子は我が子を谷底に落とすが如く、子供だけが診察室には入ってくる。ママは待合室で待っているか、場合によっては来院していない。

これは、それぞれの家庭の教育方針、ママや子供の性格の違い、また子供の年齢にもよるので、どれがいいとか悪いとかということはできません。

一般的には、小さなお子さんは主として親が説明してくれた方が話がわかりやすいことが多いです。でも、本当に痛いところは本人しかわからないので、本人をいかにしゃべらすかが医者のあやしのテクニック。

最初に痛いところを触ってしまうと、嫌がって触らせてくれなくなることが多いので、全然関係ないところから触っていきます。「左って言っているのに、この医者右をさわっているよ」なんて思わないでください。泣き出した時は・・・しょうがありません。腹をくくって、さくさくっと診察を進めます。

幼稚園ならポケモン、小学生はムシキング。ある程度はジェネレーション・ギャップを埋めるための勉強が日ごろから必要です。自分の子供が小さいうちは、わざわざ勉強しなくてもよかったのですが、最近はちょっと努力が必要になってきました。

小学生くらいになると、たいてい子供が自分で話すので、子供主導型が多くなります。中高生は、そろそろ反抗期で、待っていてもなかなかしゃべらないし、親が話そうとするとうるさがるというパターンがしばしばあります。こういうときは、子ども扱いせず大人として対等に話しかけるしかありません。

整形外科というのは、赤ちゃんから超高齢者まで、すべての年代の患者さんが相手ですから、患者さんによって態度を変えていくことが必要で、場合によっては下手な役者より芝居が上手いかも(?)しれません。もしも「きょうはどうしたのでちゅかぁ?」と聞かれたときは、前の患者さんが子供だったんだな、と察して「こしがいたいんでちゅ」と答えてください。

印度風辛味入汁掛飯指南

タイカレーのファンが多いので、またもや2匹目の泥鰌的なネタです。


カレーは皆さんご存知のように、本来はインドの家庭料理。クミン、ターメリック、唐辛子市、コリアンダー、ガラムマサラを使用してそれぞれの家庭の独自の味を作ります。

18世紀に世界史で習った東インド会社がイギリスにスパイスを運んだことでヨーロッパに伝わりました。たまたま米と一緒に紹介されたため、文明開化の日本にもなじみやすかったようです。漱石の三四郎もライスカレーを食べて元気もりもりでした。大正末期に国産カレー粉が発売され、それまでの「高級料理」から「家庭料理」として普及が始まりました。敵性言語が使えなかった戦時中は辛味入汁掛飯として、簡単にまとめて作れて栄養価が高いため重宝したようです。

日本のカレーライスにはじゃがいもが入っていることが普通ですが、もともと北海道のクラーク博士が奨励したのが日本での始まりとされているので、最初からじゃがいもを入れたのかもしれません。一説では、池袋のガード下のお店が、辛いのが苦手な人のために潰して甘みを出しながら食べれるようにじゃがいもを加えたのが最初ともいわれています(都市伝説的な話)。

タイカレーというのは、名前としては存在しません。じもピーはゲーンと呼んでいます。コリアンダー(バクチー)とにんにくと生姜、その他の家に生えているハーブをベースにします。レッドにするなら赤唐辛子、グリーンにするならビッキーヌを加えてココナッツミルクで煮込みます。



さて、それでは、本日は手作りインド風カレーの作り方。
まずは、カレー粉を作ります。どうせやるなら、この辺から始めましょう。クミン、ターメリック、唐辛子市、コリアンダーをフライパンで焙ります。最近はひとつ300円程度で手に入ります。混ぜる量は・・・雰囲気です。ちょっと色が黒くなってこげっぽい匂いがしたら出来上がり。

鍋にオリーブ油をいれ多目の玉ねぎみじん切りを弱火でぐずぐす飴色になるまで炒めます。続いて肉をいれて表面に火が通る程度に炒めます。トマトをどさどさ(缶詰のホールトマトでもOK)、さらに干し海老を細かく砕いたものをいれ、カレー粉とにんにく(大量に)と生姜(にんらくと同じくらい)とコンソメの素とローリエをいれ数時間かけて煮込んでいきます。出来上がりのちょっと前にガラムマサラを加え、あとは食べるだけ。

とろみが少ないと思う場合は、煮込んでいる途中でパン粉を入れましょう。小麦粉を使うと、ねっとりなるのでインド風になりません。じゃがいもをどうしても入れたいという方は、別のフライパンでしっかりと炒めたものを最後に加えると、崩れず味がしっかり残って美味しいです。

と、まぁ、勝手に書きましたが、けっこう金がかかるんですよね。4~5人前で5000円くらいかかりそうです。でも、大丈夫。次からは一番金のかかるスパイスは、たいてい数回分はありますから。カレー粉作るのがめんどうなら、S&Bの赤いカレー粉の缶で代用するという手もあります。普通のカレールーを使う場合も、フライパンで少しこがしてから入れると香りか引き立ちます。また、にんにく&生姜&唐辛子は必ず追加しましょう。

ただいま、3泊4日当直中のため、実際に作るわけにいかないので、写真は雰囲気の伝わるイメージ写真ということでご勘弁を。

2007年9月16日日曜日

ちょっとまじな政局の話

国会が始まると思ったら総理の辞意表明で急転直下、自民党は福田康夫氏対麻生太郎氏の総裁選対決となり激動の1週間でした。メディアも安倍晋三総理批判から、さぁ、これから日本はどうなるという方向性になってきた週末でした。

夕方の某テレビ局のニュース特集番組に注目の二人が出演していたの拝見しました。別の場では比較的安定感した福田氏と攻撃的な姿勢を表に出す麻生氏という対照的な一面を見せていますが、最終的には内容的な違いが国民にはわかりにくい。

司会は、女性キャスターとして有名な人ですが、あまりの進行のまずさばかりが目立って、二人の相違がほとんど表に出てこないつまらない番組と思ったのは自分だけでしょうか。キャスターは明快な発現を引き出そうとして質問を向けるのですが、逆に質問がはっきりしすぎて答えはYes/Noで済んでしまうのです。また、麻生氏に切り返されると、すぐに謝ってしまいます。

それにしても、福田氏は、今までの小泉内閣の官房長官としてのメッセンジャーとしてのイメージとだいぶ違う印象を持ちました。年齢的なことも考えるとこれが最後のチャンスでしょうから、本気で総理大臣のポストを狙っての出馬でしょう。本気モード全開という感じがします。ある意味、自民党の威信が落ちるところまで落ちたところですから、やりやすいかもしれません。
麻生氏は劣勢が伝えられる中、ひたすら攻撃していくしかないというのはしょうがないところでしょう。基本的には、現在の進行中の自民党の政策を進めていくという点ではどちらも同じで、どちらがリーダーになっても国民にとっては大きな違いはないかもしれません。
焦点は、小沢民主党との対決であることに変わりません。といっても、もとを正せば同じ穴のむじなですから、結局は政治全体が「仲良しクラブ」になっていなければいいのですが。

※写真は合成です

2007年9月15日土曜日

本日の外来

今日は開院以来初めて、終業時間が1時間を越えてしまいました。
1時間くらいということは何回かありましたが、連休効果というのでしょうか、患者さんを呼ぶのに待合室を見た時に、待っている人の数でこんだけあせったのは初めてです。自分は放送とかで患者さんを呼んだりしません。小さいクリニックですから、直接名前を呼ぶことが患者さんとの関係を作る第1歩みだと思っています。
特に整形外科は、患者さんが診察室に歩いてくる様子が大変重要で、すでに診察の一部であるのです。個人情報保護の観点から名前を呼ばないとする医療機関もありますが、そのあたりの理由をご理解いただきたいと思います。

もっとも、今日は混んでいたのは最後の2時間くらいの間だけで、途中はクリニックの新しい封筒のデザインを作ったりするほど暇な時間が一杯ありました。どうも、午前も午後も終了間際に患者さんが集中する傾向があります。
さらに本日は、手をざくっと切って血だらけの人が飛び込んできて、その方の処置を先にしたりしたので、よけいに時間がおせおせになってしまいました。「処置を先にします」と待合室に云った時に、すでに30分以上待っている方もいたのに、ひとつも文句がでなかったのは、大変ありがたかったです。
土曜日は受付は4時30分終了としていますが、5時近くに初診の方がきました。この方は診察が終了したのが6時。さぁ、終わりと思っているところへ、小さいお子さんが転んでいたがっているということでさらに追加。でも、レントゲンで鎖骨骨折が見つかり、診察できてよかったと思いました。鎖骨骨折にはクラビクル・バンドという専用の固定バンドがあるのですが、実はこれを使ったのは開院以来初めてなんです。今まで一人もそういう患者さんが来なかったんですね。不思議といえば不思議。

ずーっと、しゃべりつづけていると体の中の二酸化炭素が減って、ぼーっとなってくるんです。いわゆる過換気症候群みたいなもんです。
さらにいうと、血だらけで飛び込んでくる人も少ないですね。病院の整形外科外来では、傷を洗って縫合することは珍しくないのですが、うちではほとんどいません。今日みたいに、待っている人を差し置いて先に治療するというのも始めてかもしれません。

こんな風に、いまだに初体験づくしの新米クリニックですが、以前きたことのある方がまた別のことで来院してくれると、本当に嬉しいですね。そのためにも、過換気症候群状態でお話をします。
話が脱線するのも大好きで、音楽やスポーツの話もけっこうしちゃいます。今日も午後の混みだす前は、患者さんとモーツァルトのクラリネット五重奏曲の話で盛り上がってしまいました。

柿の種

猿蟹合戦といえば、柿の種。柿の種といえば浪花屋

新潟県のおいしいお米を使った(であろう)柿の種は、おそらく誰もがうなずく最高の味でしょう。大正12年に、たまたまもち米の小判型の型抜きを落として歪んだのが柿の種に似ていたのが始まりとのこと。なんとテーマソングがありました!! 興味のある人は是非聞いてみてください

時は流れて、昭和30年。なかなか売れないピーナツを柿の種に混ぜてみた。柿ピーの誕生です。関東では亀田製菓のものが、定番になっていると思いますが、何といってもわさび味が最高です。封を切ったときの鼻に来るツーンとした香りがすばらしい。
柿の種の発展は偶然が味方したものでしたが、こんな素敵なヒットを放った米菓作り人の方々に、今日も感謝しながらパリパリポリポリいただくのでした。

2007年9月14日金曜日

天才ダ・ヴィンチ part2

レオナルドが生きた時代は、医学はまだ大変稚拙な学問でした。古代ギリシャの偉人ヒポクラテスが築いた医学から、3世紀のガレヌスにより決定付けられた人体の科学。

以来、1000年以上にわたってガレヌスの誤った認識は世界を席巻し、学問としての進歩はほとんどないまま、ルネッサンス当時の学校の先生は、ただひたすら教科書を読み聞かすだけの授業を行っていたといわれています。
人体に直接触れて、人体の構造を確認するような作業は忌み嫌われ、誰も人体の本当の姿を確認することはありませんでした。

16世紀半ばに Andrea Vesalius の出現により、公式には初めてガレヌスの誤りが訂正され、近代解剖学の幕開けとされました。

しかし、Vesalius に先駆けること数十年、ダ・ヴィンチは人体解剖を行い詳細なデッサンを数多く残していたのです。もちろん、医者ではないダ・ヴィンチの興味は、芸術としての人物の描写であったでしょうし、また科学的に機械としての人体の構造であったと思います。その微細なスケッチは、今私たちが見ても十分に参考になるほどの正確さです。また構造体をデフォルメして、アートとしてとらえたものは大変芸術的価値の高いものといえます。

死者を解剖して「冒涜」したダ・ヴィンチは異端者として扱われ、死後も弟子の手に渡った解剖デッサンは行方がわからなくなり18世紀になってやっとイギリスで発見されます。しかし、この間も複写されたものが、ひそかにVesalius などを含むガレヌスの呪縛から解き放たれた医学者の間に出回って少なからず影響を与えたと考えられており、ダ・ヴィンチがいなければ、現在も医学はまじないの一部だったかもしれません。

2007年9月13日木曜日

タイカレーを食べよう



身近にタイに旅行した人がいると、本場のタイカレーを食べれるなんて幸せなことだと、うらやんでしまいます。


そこで、タイにいけないヒトは自分の家で作るしかありません。スーパーでよく見かけるのがこれ。メープロイのカレーペースト。黄色と赤色と緑色があります。黄色が一番辛くない。赤は、急にホット!! です。緑もかなりのもんです。お子様のいるうちでは黄色がぶなん。

作り方は簡単。肉は、鶏肉が一番おすすめです。それと、絶対に入れたいのが竹の子。鍋に鶏肉と竹の子、お好みで玉葱をいれいためます。火が通ったら、ココナッツ・ミルクを一缶。たいてい、一缶は500mlということになってまして、煮立ったらカレーペースト一袋をいれよく混ぜて出来上がり。辛いのが苦手の方はジャガイモをいれるか牛乳を追加しましょう(と、いうか、苦手のヒトはタイカレーは食べない)。ナンプラーをかければ、我家は東南アジア。だいたい3人前くらいが500円程度でできると思います。

もともと、慶応大学病院のお医者さんたちが信濃町のメーヤウというタイカレーの店からテイクアウトで食べまくっていたというのを、女子医のリウマチセンターでもあやかって医局会のご飯にしていました。これがたまらん。にんにくバリバリで癖になるのです。メープロイのペーストは味的にはかなり近いと思います。

小野リサ / menina

ボサ・ノバである。小野リサである。知っている人は知っている。ふぅ~、癒されるぅ~。

ボサノバ Bossa Nova は比較的新しい音楽です。50年代に、アントニオ・カルロス・ジョビン、ヴィニシウス・ヂ・モライス、ジョアン・ジルベトらによって、伝統的なサンバに都会的な洗練された感覚を加えたものとされています。

仏映画「黒いオルフェ(1959)」によって世界に紹介され、1962年にジャズのスタン・ゲッツがジルベルト夫妻と競演したことから、一気に人気が爆発しました。

小野リサは1962年サンパウロ生まれ。15歳からギター片手に歌いだし、1989年「CATUPIRY」でデヴュー。以後、コンスタントにアルバムを発表し、いまやブラジルでも一二を争うボサノバのスターです。
オリジナルもさることながら、いろいろな国の歌をボサノバにアレンジしたアルバムも多数あり、大変楽しむことができます。日本では、松任谷由実の「あの日に帰りたい」で競演したり、井上陽水トリヴュートで「いっそセレナーデ」を聞くことができます。

初めてであったのは3枚目のアルバム「menina(1991)」でした。当時はかなりモダンな軽い歌付きのラテン・フュージョンとでもいうようなサウンドは大変に心地良く響きました。
でも、今聞くと、これは明らかに当時のレコード会社が小野リサを、一種のアイドルとして売り出そうとした作品ではないかと思えるんですよね。

その後のアルバムを聞くと、この一枚がアルバムのデザイン(水着のモデル風の小野リサ)もサウンドもモダン過ぎていて浮いているんです。自ら歌うのではなく歌わされている感じがしてしまいます。

2000年以降のアルバムは、どれをとっても甲乙つけ難く、どんな空間もやさしく包み込み、心の隙間を埋めていくサウンドは、きっとあなたを満足させてくれます。

2007年9月12日水曜日

報道特番!! 突然の辞職表明


今日も、考えていたネタよりも衝撃的なニュースにより、予定を変更して番組をお送りしています。

皆さん、すでにご存知のことと思いますが、本日安倍内閣総理大臣が辞意を表明しました。総理に就任して1年、この間相次ぐ閣僚のスキャンダルや、離党者の復党問題、年金問題、参議院選挙大敗など苦しい舵取りを迫られ、ほとんど業績らしいものは何もないまま、いきなり所信表明演説直後の辞職という、歴史的な無責任職場放棄となったのです。

小泉前総理の「マジック」による混乱した政局を、そのまま引き継いでしまい、安倍カラーを出すことも無く、完全に状況判断ができなくなったものです。いろいろと同情される点はあったとしても、少なくともあまりに最悪のタイミングでの辞職は容認されることはなく、自らの政治生命すら幕を引いたといってもいいでしょう。まさに「安倍死んだぞー内閣」であったのでしょうか。今までに無い若いリーダーに対する期待が大きかっただけに、大変残念なことです。信用できる政治家なんて、もういないんでしょうか。

自分たちを取り巻く医療環境だけをとっても、年々劣悪化していることは、表面的に見えているだけでも明らかですが、医療を提供する側も医療を受ける側にとっても、課題はあまりに多く、その一つ一つを解決していくには途方も無い力が必要ではないかと思えます。「医療改革」は、国民不在のままどんどんすすめられています。医療費を削減することしか考えていない改革によって、古きよき時代の医療制度が崩壊に向かっていることはまちがいありません。

それにしても、長たるものの責任の取り方、そしてそのタイミングをどう取るべきか、まさに反面教師として生かしていくことが重要です。

2007年9月11日火曜日

秋刀魚は目黒にかぎる

ちょっと目黒の町に出た世間知らずの殿様。町屋で焼いていた秋刀魚をちょっと食べて、その美味しさが忘れられません。城に帰って、秋刀魚を食べたいというと、料理人は蒸して油を落とし、つみれにして殿様に出した。とってもまずいので、殿様は思わず「秋刀魚は目黒にかぎる」

有名な古典落語の一つ、目黒の秋刀魚は三代目三遊亭金馬の得意でした。落ちに向かって、一気にたたみかける話術はなかなかRock'n Rollです。

と、いうわけで、今日はせっかく「天才ダ・ヴィンチ」第2回と思っていたのですが、やっぱり食べ物ネタになってしまいました。というのも、サンマをいただいたのです。なんだ、お前は貰ってばかりだなぁ、と思っていませんか? 実はそうなんです。でも、ここからいろいろなネタが出てくるのでお許しを。
今年はサンマは豊漁だと聞いていますが、スーパーではやはり安いのは解凍物で、なかなか新鮮なサンマは意外に見当たりません。見てください、これ。青光りしています。ごっつい、新鮮ですねん。目ん玉も、まだまだ活きとります。それなら、やっぱり刺身でしょう、ってんで、おろしまくりました。

油がほんのり甘くて、生臭さはまったくありません。半分、そのままにして、残りは長ねぎと生姜であえて食べました。

いつもの板前さんの患者さんに聞いたら、内臓を裏ごししてタマゴの黄身と味醂・塩などを混ぜたものを、3枚におろした身に乗せて焼くと酒の肴にグー! とのことです。また、蒲焼でも、バルサミコ酢を混ぜると美味しいよ、などと情報をいただきました。

2007年9月10日月曜日

天才ダ・ヴィンチ

Leonardo da Vinci は、伊太利亜のヴィンチ村のレオナルドさん。生きていれば、今年で555歳。

たぶん、1974年に上野でモナリザの微笑が公開されて大フィーバーした(表現が70年代!)のが、ダ・ヴィンチに興味を持った始まり。Windows 3.0でデフォルトのセットにあったダ・ヴィンチ・テーマをひたすら使っていました。その頃から、医者として彼の凄さに気が付きました。そして、余裕が出てきて医学史、特に解剖学の歴史を勉強しだすと、表舞台には決して出ることは無いダ・ヴィンチの業績を目の当たりにして、ついにDa Vinci freak となってしまったのです。

Da Vinci Code がヒットしたおかげで、この数年一気に著名人の殿堂入りをしましたが、ダ・ヴィンチ・コードはキリスト教徒ではない自分にとっては、退屈極まりないサスペンスでしかなく、映画についてはまったく興味がわきません。キリスト教エンターテイメントとしては、そんな歴史観もあるんだぁ、と思えば面白いですが・・・

2005年秋、六本木ヒルズの森美術館では直筆のレスター手稿が日本で初公開されました。いってみれば、手稿は覚書的なノートであり、芸術ではありませんが、ダ・ヴィンチにかかると見事なまでのアートであり、テクノロジーの集積となるのです。これはMicrosoftのビル・ゲイツさんが個人所有しているのだそうです。ちょうど開業前の準備中で時間に余裕があったので、見に行きました。5世紀半を経過して、伝わってくる何かに圧倒されてしまいました。

そして、今年は「受胎告知」です。ゴールデン・ウィークの時に、見に行きました。朝一番に並んで、1時間待ちくらいで見れましたが、中に入るとき待っている人の列を見ると、たぶん最後尾は3時間待ちくらいかと思いました。ムンクの「叫び」を見たときも思ったのですが、実際は思っていたよりも小さいもんです。でも、近づいて見ると、やはり圧倒される立体感に思わず感嘆せざる得ない気持ちになります。診察室に小さいレプリカを飾ってあります。ちなみに、2番診察室には「最後の晩餐」をかけてあるんです。廊下には「ウィトゥルウィウス的人体図」もかかっているんですよ。

ダ・ヴィンチの医学的な興味については、次回に語ります。

2007年9月9日日曜日

日曜日の夜はラーメンを作ろう


今日は、教えてもらったロン龍のラーメンを買いにでかけました。お酒のアトリエ吉祥に初めて行ったのですが、さすがに酒屋でラーメンだけ買うのも申し訳ないので、梅酒なんてものも買ってしまった。でも、店員さんが「うちで一番売れてるのがロン龍ですから・・・」と云ってました。

さて、それから明日からの弁当ネタなど、いろいろ買い物をして帰ったのですが、その途中で、ふとあのブログを思い出しました。しまった、ロン龍の炸醤龍は買わなかったじゃないか!! と、思うとなんかとても食べたくなるのですよね。ねっ、そうでしょう?

じゃ、とりあえず、今日のところは冷やしラーメンにするぞってんで、作ったのがこれ。
うちは麺が見えません。3食198円味噌ラーメンのちぢれ太麺を使いました。乗せているものも、特に変わったものはありません。この前のチャーシューは丼にして食べてしまったので、またもやチャーシュー作りから始まりましたけど。もやしは沸騰したお湯の中に、ザバーっと入れたら蓋をして火を止めます。数分間そのままにしておけば、それだけでアルデンテ・・・しゃなくてシャキシャキ感が残った美味しい茹でかげんとなります。火を止めないとシナシナになっちゃいます。メンマはあざみ野の業務用スーパーで味付き800gが298円です。
問題はスープです。チャーシューの煮汁をベースに使います。これににんにくを炒めたごま油(マー油風)を追加。これを作るときにはまちがっても唐辛子は入れてはいけません。ここに味覇(ウィパー)という万能中華味の素を入れて作りました。ハイエナ君たちも、「うん、うん」云いながら完食してました。熱いラーメンを作るときは、手順を考えて、最後に一気に器に盛らないといけないのですが、冷やしラーメンとなるとそのあたりはメンドーではなく楽チンですね。
でも、最近またメタボ接近中という感じは否めません。でも、もうおなかが一杯で動けません。こういうときは、顔面ヨガだけやって食後の運動に・・・ってなるわけないだろ!!

日曜日の朝はパンを買って公園へ

久しぶりに「お休み」の日曜日。
こんな日は・・・・朝起きたら、ブログを整理して、洗濯機を回して、掃除はまかせて、パン屋さんへGO。


行き先はprologue。 知る人は知っているこの界隈でも超有名なお店です。OPENしたのは、1999年ですから、まだ10年はたっていません。最初は10坪くらいの店内で、こじんまりとした感じのお店でしたが、人気が人気を呼び、増築して厨房を拡大してきました。写真は最初の頃、左側から入ります。今は左側に増築分があり、右側にウッドテラス。その場で作っているのが見える透明性も、人気を盛り上げた要因のひとつかもしれません。店内の様子をインターネットで流したりもしていました。もちろん、味も大変すばらしい。駐車場もありますが、とても客の数に対応できず、周囲は渋滞になることは珍しくありません。数年前から、警備員さんを入れて整理しています。


うちでお気に入りなのは、レディース・サンド、カレーパン(パンのカリカリ感が最高)などいろいろありますが、なんといってもコロッケパンが絶品です。特にできたてなら、買わないで帰ることは重罪です。買ったら近くの公園に行って、そのまま青空のもとで、ゆったりと食べると、「あ~、今日は休日だぁ」という気持ちであふれてしまうのでした。

2007年9月8日土曜日

今日は楽しいお寿司屋さん

本日はクリニックの職員懇親会。名目は何でもかまいませんが、要するに飲み会なのでした。
まず最初はお通し。湯葉です。なかなかいけます。続いて、出てきたのがもずくの酢の物と「本物の」カニカマです。すり身の中にカニの身が入っています。やはりお刺身は無いとさまになりません。活きたこが美味しい。どーしても食べたい・食べたい・食べたいのコーラスにより登場したのは、あ、あ、あ、あわび。旨い!!
焼き物は鰆。このあと揚げ物でさよりが出ましたが、写真撮るのを忘れてしまいました。そして、鮨屋ですから、握りがないと様になりません。玉はまぁまぁ。ちょっと、だしが強いかも。そして、自分にとっては寿司屋といえばカッパ巻き。
で、結局どこにいったのよ? あざみ野の「くさびや」でした。そんなに高級寿司店ではありませんが、リーズナブルな値段でそこそこのおいしいものをたべさせてくれます。

Krispy Kreme Doughnats in YOKOHAMA part3


おいおい、まだこのネタでひっぱるつもりかい、とお思いのあなた。今回は、ちょっと違います。たまたま、患者さんに「商業界」という雑誌を頂きまして、その中にドーナッツ特集があったので、いろいろ引用しながらご紹介したいと思います。
さて、皆さん日本のドーナッツ屋さんにはどんなものがあるかご存知ですか。自分はミスドーとダンキンしか思いつかなかったのですが、実際にはいくつかあるもんですね。

ミスター・ドーナッツ 本部は大阪、国内1300店。飲茶もヒット、コマーシャルでは相武紗季をいち早く起用。事実上唯一のチェーン店です。プレミアムドーナッツ主力とした、アンドナンドを渋谷公園通りに開店して、新たに戦略に出ています。
ドーナッツ・プラント 港区の白金台の大型グルメ・ドーナッツ。国内では20弱の店舗があります。
ダンキン・ドーナッツ 1970年に日本に上陸した、アメリカ老舗ブランド。なのに、1998年に日本から撤退していた。気がつかなかったなぁ。
クリスピー・クリーム・ドーナッツ 日本では新宿西口に去年暮に1号店。近々有楽町に2号店。新横浜にカミサリー、つまり工場が9月下旬にオープン。大型マシンで作る、ソフトな食感の出来立てオリジナルレシピが売り。

アメリカ人は朝食として食べたりする「食事」としてのドーナッツが主ですが、日本はおやつという位置づけになることから、おのずと市場が異なっているのだそうです。したがって、ミスター・ドーナッツも業績あげるためにドーナッツのプレミアム版や飲茶のような別立ての商品の開発でがんばるそうです。クリスピーは、クリーミーな食感とともに、その場でドーナッツを作るライブと、できたてを待っている客に配布するサービスが受けたことが成功の一因。さらに並ばないと変えないという、希少価値感が拍車かけたわけです。

そこで、問題になるのが工場化。通常のチェーン店のセントラル・キッチンというところでは、パーツを作って、効率化して各店舗で最終工程、場合によっては店ごとの特徴をだしたりすることがメリットと考えられてきました。
ところが、クリスピーの従業員募集の内容からすると、新横浜でドーナッツを作るところまでやってしまうとなっています。オリジナル・グレーズドは各店舗で作るようですが、今後50程度の展開の予定の各店舗に、工場から出来立てではないドーナッツを送り届けることになるわけです。夜中で1時間弱、日中なら2時間近くかけて新横浜から都心まで運ばれたドーナッツはどんな状態になっているのでしょうか。ブームが去った後に生き残るかどうか、その腕前をとくと拝見いたしましょう。

でも、とりあえず食べたいよ~
この記事はためになりましたか? Yes / No

2007年9月7日金曜日

クリニックの雑誌

うちのクリニックには、当然のように雑誌がおいてあります。
去年はマガジンハウスの「クロワッサン」をずっと買っていました。1977年に刊行され、今年で30年もたつライフスタイル雑誌の草分けの一つです。でも、ある人に「あれは、毎年同じ話題を繰り返しているだけ」といわれ、素直に今年はやめてしまいました。確かに、コンビニで見ていると、この特集去年もあったなぁ、と思ってしまいます。
それと、ずっとおいているのが文芸春秋の「Number」。スポーツ関連の雑誌としては、すばらしい写真と、中身の濃い記事が楽しい。でも、このところあまりにサッカーに偏りすぎだろう。もっと、いろいろなスポーツを取り上げて欲しい、と思うのは自分だけか。最近はサッカーの話題の号は間引いて購入しています。
今年の初めに森光子さんのコマーシャルで話題になった「いきいき」は、3月から定期購読しています。50歳代からのライフスタイルということで、ある程度年齢の高い方向けにちょうどいいと思いました。
若い女性向けには、「カラダにいいこと」があります。健康をテーマとしているのでちょうどいいと思ったのですが、ちょっとHな記事も載っています。ただし、ファッションには弱いのが難点ですね。
健康中心の話題は、ときどき「Tarzan」で補充します。「あゆと長瀬別れる!!」みたいな話題は、女性週刊誌でいきたいところですが、ちょっと今時のクリニックには似合わないという意見があり、却下になりました。
もっかのところ、個人的に大変好評で、今後も購入し続けるつもりになっているのが、小学館の「サライ」です。ちょっと大人の知的好奇心をくすぐる内容で、いろいろな趣味を満足させてくれる特集はさまざまなジャンルから選ばれており、広い範囲の方に向いています。
そして定番の新聞は朝日新聞なのです。実は自宅で取っているのが朝日なので、本当は読売とか毎日にしたかったのですが、医療マップにクリニックをのせてもらう関係で朝日になってしまいました。
全体に地味かなぁ、と思っているのですが、リウマチの方などははやりの女性誌は重すぎて大変なので、なかなか置きにくいんですよね。最近は、ちょっとお待たせすることが多くなってきたので(ホンマカイナ?)、気の利いた雑誌を置きたいと考えています。リクエストがありましたら、お知らせください。まじめに考慮します。

2007年9月6日木曜日

私は体が弱いネン

医療関係の仕事をしていると、病気をもらってしまう可能性というものが絶えずあり、場合によっては深刻な事態になることがあります。しばしばあるのが、「針刺し事故」。注射針などを片付ける時に、誤って自分に刺してしまうものです。注射を使った患者さんが肝炎だったりすると、肝炎がうつってしまうかもしれないのです。AIDSは医療機関によっては、対応してくれない場合があります。
特に自分たちのように外科系の人間は、手術によって患者さんの血液に触れる事が多く、十分な注意が必要です。
整形外科は手術やいろいろな処置などでレントゲンの透視を使うことが多いため、大量のレントゲンの被爆を受けます。 特に操作をするために、手を透視している場所に出して、患者さんの骨と一緒に自分の手の骨も一緒に見ているということは普通にあります。そこで、レントゲンを通さない鉛入りのゴム手袋といのを試供品で使ったことがあります。ところが、手袋がしっかり写ると、患者さんの骨が見えないため、結局仕事になりません。やはり、被爆するしかないのです。
まぁ、この仕事を選んだ以上しょうがないとあきらめるしかありません。

つい数日前に、ひょんなことからツベルクリン反応の検査を自分にしました。そしたら、強陽性になってしまったのです。ツベルクリン反応は結核の検査で、強陽性ということは最近結核に感染したことを意味します。
ヒェ~!! おいらは結核だぁ!! サナトリウムだぁ!! 血を吐いて死ぬんだぁ!! これからは、みんないたわっておくれ・・・・ということはありませんが、やはりショックですよね。発症は数パーセントですし、まぁ、もともとBCGでほとんどの人は人工的に結核に感染させて抵抗力をつけているわけですから、実際に症状がなければあまり問題はないわけです(もちろん、症状はありません)。
どこで感染したかというと、この前当直をしていて、呼吸状態が悪化した患者さんがいたのです。もしもの場合は人工呼吸器をつないで管理するという申し送りだったので、とりあえず気管に呼吸を確保するチューブを入れたのです(こういうのを挿管と云います)。このとき患者さんの喉の奥を覗き込みます。患者さんはチューブで呼吸の道が確保されたので、とりあえず自分の当直の間にはなんとか呼吸器を使用するまでにはならなかったのですが、その後さらに呼吸は悪化して呼吸器を装着、2週間程度で亡くなりました。その間に主治医が念のために検査をしたら、なんと結核菌が喉から出ていたのです。 わぉー、目一杯吸い込んじまったどー!!
そりゃ、ないだろう。結核が出ていたら、一般病院で管理しちゃいけないんだぞ。最初にちゃんと調べておいてくれよ、ったく。

携帯からブログ

今時は便利になりました。これは携帯電話からブログへの投稿ををしたものです。

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自分が使っているブログはgoogleのサービスですが、だんだんいろいろ機能があることがわかってきました。今回は、携帯電話から投稿することを試してみました。go@blogger.com に適当なメールを送ると、自動的に新しいブログが作られ、さらにコードが返送されてきます。マイ・レポートから、そのコードを入れると「あすなろの木の下で」に新しい投稿が自動的にできるようになります。これなら、旅先でも投稿できるわけです。すでに皆さんが使っている機能なのでしょうが、ブロガー新人の自分にはけっこう驚きのところです。ただし、携帯で文字入力するのは好きじゃないんですよね。親指カチャカチャってのがどうも・・・・・

一応使えることがわかったので、これから何か面白いことがあったらその場で投稿することができます。

2007年9月5日水曜日

イクラー


安室ちゃんのファッションに共感し、似たような服を好んで着るギャルをアムラーという。鮭の卵が大好きで、なにかと食べたがる人をイクラーという・・・・・ちゃう、ちゃう。イクラーちゅうたら、筋子をばらしたイクラのことでんがな。それもロシア語やでぇ。もともと、なんとロシア語が語源とは、びっくりです。


前回のチャーシューから、ちょっと撮影に気を使うようになりました。というより、Adobe Photoshopで加工するようにしました。ちなみに昨日のチャーシューはお皿ごと切り取って、手前にシャドウ、奥から照明効果、アンシャープできめを細かにして、色の彩度を上げてます。さて、今日のイクラはマクロ撮影でアンシャープ。彩度アップ後に光彩拡散という方法です。
PhotoshopはVersion2.5の頃から使用を開始しましたが、その頃はソフトが15万円くらいして、そりゃもーぴっくりの値段です。たまたまスキャナーを購入してLimited Editionがついてきて、そこからのUpgradeで5万円くらいだったでしょうか。以来、version upを重ね、今使っているのは5.5。でも、今のは6から7になり、さらにCS、CS2、そしてCS3。でもいいんです。困ってませんから(本当はversion upする金がない)。
おっと、イクラの話をしていたんですよね。話がそれてしまいました。実は、イクラはあまり好きじゃないのです。でもちらし寿司なんかでは、ちょっとのせるだけで大変高級感が出てよろしい。
なんでイクラが好きじゃないかというとですね、小学生の頃に遡る話なのです。父親に連れられて、東京都下の秋川渓谷に行って、マス釣りをしたんですが、その時に「ハイっ、これが餌です」といって渡されたのが・・・・イクラだったのです。小さい頭脳に「イクラは釣りの餌、ということは赤虫と同じ」という公式がインプットされてしまいました。以来、人間の食べ物では無いという固定観念のため大人になるまで口にすることはなかったのです。喜び勇んで食べる人を理解できないで大人になるイクラ・コンプレックスとなってしまいました。

まぁ、現在は多少は修正されましたが、いまだに鮨屋での好物はイカ・タコ・カッパなのです。
安くすむから、誰かおごってぇ~!!

2007年9月4日火曜日

自家製チャーシュー


さて、本日のねたは自家製チャーシューです。肉は、スーパーでタイム・サービスで手に入る65円/100g程度の豚肩ロースでOKです。ばら肉のかたまりならなおいいのですが、油ばかりの割にはけっこう高い。ただし、肉はなるべく大きいものを選びましょう。フォークをぐさぐさと刺しまくって、中まで味が滲みこみやすくします。

後は簡単。煮るだけです。大きな鍋に、醤油、にんにく(たくさん)、しょうが、お酒を適量いれてください。醤油をけちらず、多めに入れることがコツです。大きさにもよりますが、だいたい1時間くらいころがしながら煮れば出来上がり。すぐに食べてもいいのですが、できれば、ぐっとこらえて冷蔵庫で一晩寝かしたほうが味がなじみます。
さぁ、後はラーメンに乗せてもいいし、長ネギとあえてチャーシュー丼にしてもいいし、お好みでどうぞ。おっと、煮汁は捨ててはいけません。これを、空いたペットボトルなどに入れてとっておきましょう。絶好の中華味の素になります。チャーハンを作るとき、何かの炒め物をするとき重宝します。

Krispy Kreme Doughnuts in YOKOHAMA part2


すでにお届けした Krispy Kreme Doughnuts の新横浜進出の噂については、このブログで最多のキーワード検索という結果になりましたが、残念なことに工場のみで、一般に売り出すようではなさそうです

ところが、うちの院長は(って、自分のことかい!!)、新羽に住んでいる善良な患者さんにプレッシャーをかけてしまったところ、この患者さんは早くも買いに行ってしまったのです。そして、その報告。

「工場ばかりで、そんな店はなかったよ」

そりゃそうだ。その工場ができるのは、まだ先の話。とっても、いいヒトだぁー!! とりあえず、工場地帯の真っ只中で、とてもお店ができるような場所じゃないことはわかりました。

取り急ぎ、ご報告まで・・・・

2007年9月3日月曜日

雑感いろいろ

センター南医療ヴィレッジというのは、自分たちが入居しているベルヴィル茅ヶ崎ビルの3階と4階を占める医療モールです。入居者で相談して共通の名称として使用しています。都筑区は、最近医療モールばやりで、そういう意味でははしりといってもいいかもしれません。でも、まだ3階に1室空きがあるので、新しいところに入るなら、すでに定着しつつあるこちらに入ったほうが得ですよ、と新規開業を考えている方にアナウンスしておきます。ただし、全員医師会に加入していますし、5人中3人が理事会に出席する立場にあるというところからも、入居するなら是非医師会に入会してください。

さて、防災訓練が終了し、新米防災理事は一息つきたいところです。が、しかし・・・12月に防災講演会が企画されており、こちらについても最終のツメの段階です。さらに、一般向け救命講習会の企画も早急にしなければなりません、ふぅ~。さしあたって講演会については、基本の路線がすでにできていたので、そのまんま乗っかっていけばいいので、あまりクロウはありません。ただし、ガビ~ン!! そこで真打の後に前座という、前代未聞の講演をしなければなりません。
というのは、この会では元NHKキャスターの吉村さんにメインで、いろいろな取材を通じての防災についての話をしていただくのですが、ほとんどこれだけでもいいような企画なのです。にもかかわらず、誰にでもできる救急処置、というタイトルの講演が後ろについているのです。その演者が自分なのです。まぁ、いろいろと事情があってこうなったのですが、時間調整的なところもあるので、何をどこまで話すか悩むところ。
もちろん、自分のいた東海大学病院は、大学病院といってもやたらと外傷の多い病院だったので、救急しかやってないみたいな感じでした。血だらけの腕とか、ちぎれた足とか、皮が全部むけた手なんかの写真ならけっこうあるのですが、さすがに講演で使えませんよね。これから、ネタを整理したいと思います。

ちょっと、当時の話をしますと、もう今から20年も前のことですが、そのころは東海大学の整形外科は3年目から主当直者になり、1年目か2年目の研修医が副当直につくというシステムでした。3年目といえば、はっきり云ってペーペーですよ。外来だって始めたばかりだし、手術だってまともに一人でやれるもんじゃない。ところが当直をすると救急車がばんばん来るんです。ピーポーピーポーというサイレンの音が、セーケーセーケー(整形整形)と聞こえるなんてよく言いました。
骨折なんてたいてい一ヶ所じゃすまない。おや、昨日の人は15ヶ所しか折れてなかったの、なんて会話がなりたっちゃう。自分の記憶では34ヶ所が最高でした。とにかく、ぐちゃぐちゃが来るとなんかしなくちゃいけない。脳外科や一般外科とからむことも普通のことで、整形単科の患者さんは珍しい。開腹手術の時に、横でこっそり骨折をとめさせてもらったり、開頭手術の後に夜が明けてから切れた腱を縫合したり・・・。とにかく、救急外来(患者さんをみるため)と医局(教科書をみるため)と麻酔科(緊急手術を申し込むため)と手術室(切ったはったをするため)をいったりきたりしているうちに朝になり、翌日はまた普通の1日が始まるのでした。
よほどのことでないと偉い先生を呼ぶなんてことはできませんから、逆に自分で考えて、付け焼刃でも教科書をぎりぎりまで読んで、とにかく度胸で手術をする。知ってたら、患者さんは逃げ出していたかもしれませんが、幸いなことに多発外傷の患者さんは逃げたくても逃げれません。お陰で、本当に勉強になりました。でも、このサディスティックな日常を楽しんでいたんでしょうね。充実した毎日は疲れ知らずです。

今は多少若さがなくなったかもしれませんが、ある意味Sadistic Daily Life again みたいなもんでしょうか。

2007年9月2日日曜日

Chicago / Chicago Transit Authority

「今日の音楽」は、自分の音楽趣味のルーツを辿る旅でもあります。繰り返し、同じような話が出てくるかもしれませんが、ご容赦ください。

Chicago Transit Authorityって何? といっている、そこのお兄さん。80年代に入ってバラードのヒットを連発したソフト・ロック・グループのことだと思っていませんか?

確かにそうなんですが、自分にとっては、そいつは別バンド。1969に発表されたデヴュー・アルバム"Chicago Transit Authority"。次からは後ろが取れて Chicago という名前になった、やや政治色のある硬派のブラス・ロック・バンドこそが、シカゴなのです。

何が凄いって、最初の3作品('69 '70 '71)はすべて当時のLPレコード2枚組。こりゃ、まいった、と思っていたら、その次がどど~んっと4枚組ライブ(at Carnegie Hall '71)。

そして Saturday in the Park の大ヒットを含む5つめのアルバム('72)で、やっと1枚組。そして、自分にとってのシカゴは終了。以後は知らない。オリジナル・メンバーが脱退しようと、復帰しようと、拳銃事故で死のうと、2006年にまだいたよってんでアルバムをだしても知ったこっちゃない。

もちろん細かいことはわかりませんが、70頃のベトナムで荒れたアメリカ社会から生まれてきた、アート・ロックとかサイケなどといわれていた音楽の一翼として始まったのがブラス・ロックなのかな。

黒人系から発祥したゴスペル→ブルース→ジャズから強烈なRock'n Rollへと進化ギター・ベース・ドラム・キーボードが典型的な編成だったロック・バンドにバリバリのホーン・セクションを大胆に導入し成功したのが Blood Sweat & Tears。

で、その親類みたいな状況で出てきたのがシカゴでしたが、途中チェイスというライバルが出現するも、一気にそのジャンルのトップに躍り出ました。

現在の Sony Music Entertainment は、1968年にCBSソニーとしてスタート。その始まったばかりのレコード会社は、営業努力で年末に2枚組のベスト盤ボックスを独自に発売していました。洋楽は赤、クラシックは黒、さらにサンプラー1枚が付属して3000円はけっこうお買得感があったのです。

Simon & Garfunkel, Bob Dylan, Lenard Bernstein などと一緒にシカゴもこれらのベストで一気に知れ渡ります。というのも、レギュラー・アルバムがいきなり組物で高かったので、評判は聞いてもなかなか買えるもんじゃありません。

実際、Chicago V で初めて自分で買いました。さらに来日公演に合わせて、日本語で歌うバージョンを出したりして、日本での人気はヒートアップ。72年は渋谷陽一が 「ロッキング・オン」を創刊して、この辺から情報も増えてきたのでした。ロッキング・オンは当時は、わずか数10ページのミニコミ誌で、150円くらいだったような気がします。

それにしてもデヴュー作、1曲目、"Introduction"は、いきなりタイトなブラスがばっちりからんで、まさに「俺たちはこんな音楽をやるぜ、聞いてくれ!!」みたいな感じです。今聞いてもゾクゾクっとするきまりかた。

ここで、ブラスに慣れていたことが、数年後にジャズに自然とはまるきっかけの一つだったかもしれません。

特報! 閉店、タンタンメン本舗


これはショックだ。なんとニュータンタンメン本舗イソゲンセンター南店が、なんと9月2日の本日閉店してしまうのです。

虫の知らせとでもいいましょうか、今日は昨日から昼に食べに行くと決めていたのです。何か混んでるなぁ、と思いつつお店に入ると、いつもならすぐに席に座れるのに、店内は待ち人で一杯。店長が、一生懸命お客に説明しています。それによると、場所を継続して借りれなくなったそうです。知ってる人も知らない人も、みーんな残念・無念。これからは、鶴見区の駒岡店までいかないと食べれません。

柚ノ木の坦々麺も閉店しちゃったので、美味しい坦々麺を食べれるところが近くになくなってしまいました。これからは我家でときタマゴ入りの味を継承していきますよ。

さぁ、ファンの人は急げ、センター南。今日のラストオーダーは23:30までだぞ!!

2007年9月1日土曜日

むくの実亭ランチコースメニュー


都筑区池辺町にあるむくの実亭に行きました。向こうから車が来たらどうすんの? という道を登っていくと、藪の中。はい、ここです、ってどこに店があるの? うん? あーっ、竹薮に囲まれてちょっときれいなおうちがあると思ったら、これがお店ですか。
写真はパノラマに撮影してくっつけたお店の外観。ちょっと金持ちの別宅とでもいえそうな完全予約制の和風フランス料理のお店です。和のテイスト満載の調度。壁には能面や書がたくさんかけられています。
右の写真は、サーモンのカルパッチョ。真ん中の写真はスズキのムニエルですか。4人掛け程度のテーブルが6つあるだけの小さなお店ですが、窓からは竹林の緑が鮮やかで、きっと季節に一度は来ると違った顔が見えるんでしょうね。全体の雰囲気からは、まさに隠れ家風。比較的リーズナブルな値段設定で、自分の空間を独占する感覚になれる、知っていればちょっと自慢できるお店です。

きょうは平成19年度横浜市総合防災訓練


ついに横浜市総合防災訓練の当日になりました。医師会新米理事の初仕事です。朝、クリニックに寄って横浜市医師会の防災服を着用。これが濃紺で厚手の生地でバリっとしていて、しかも靴が軍隊靴みたいな長編上げ。腕章に日の丸でなくて赤十字が付いていて良かった。
そして、茅ヶ崎中学へ。区の保健センター担当の方や模擬患者さんと軽い打合のあと、すぐに本番です。水野医師会長挨拶後、武田先生が説明をしながら林先生と自分が実演という段取りでトリアージタグをつけていきます。林先生はなかなか演技者で、ぶっつけ本番のはずなのにてきぱきとした動きでした。ところどころで「タキってます(心拍が速いこと)」などの医者の慣用句が飛び出して、かえって緊迫感が生れました。自分は、続いて都田小学校へ移動。今度は比較的軽症の高齢者に対するトリアージのデモンストレーションを行います。ここでも模擬患者さんと打合をしているところへ、斉木副会長が到着、と休む暇なく開始。先ほどの林先生の演技が大いに参考になったので、これを真似て何とかこなしたところへ横浜市長到着。なんかしゃべるのかなぁー、と思っていたらそのまま視察して帰ってしまいました。と、ここまでで医師会のお仕事は終了です。
林先生とは初対面だったのですが、やはり予想通り同世代(と勝手に決めている)の話のしやすい先生で、楽しい時間を過ごすことが出来ました。二人とも午後はクリニックを開くので、昼の食事を完食せずに、一緒に帰りました。林先生、本当にご苦労様でした。