クリニックの2017年夏季休診のお知らせ

① 8月14日(月) ~ 8月16日(水)

② 9月21日(木) ~ 9月25日(月)

2回に分けて休診いたします。ご注意ください。

2008年9月30日火曜日

10月5日は都筑区公会堂で博覧会!!


都筑区医師会では昨年、防災講演会を区役所と共催という形で行ないました。これがなかなか好評で、今年も是非企画しようということになり、防災・救命担当理事としては張り切らざるを得ないことになっております。

今年は、もう少し枠を広げて危機管理ということでテーマを考えました。そこで、メイン・テーマは「新型インフルエンザ」です。

日本でもごく近い将来に大流行し、多くの人が亡くなると考えられています。このような大流行は、もはや一人ずつ順番に普通の診療していくという形では対応できません。災害医療という考え方のもとに行動しないと、被害を拡大することにつながる考えられています。

そこで重要なことは、一般の方が、少しでもあわてずパニックになることを防ぐこと。つまり、正しい知識で身を固めて行動することが大切です。

今回の講演会は次の日曜日、10月5日の午後2時から都筑区公会堂で行われますが、新型インフルエンザの基礎知識(前横浜市民病院感染部長)と対策(都筑区保健センター長)についてお話しいただきます。そして、10月から救急車の利用法が多少かわるので、都筑区消防署から救急活動についての話をしていただきます。

さてさて、今年はこけだけではありません。10月5日は防災博覧会的なのりで都筑区公会堂で他の企画もしました。

12時から公会堂前の市民スペースでAED(電気的除細動器)の使い方を中心とした救命救急講習会を行います。こちらには救命救急を専門にしている先生による心肺蘇生の話と、実際にAEDを使っていただく体験学習をしていただけます。

さらに東京電力・東京ガス・NTT東日本・横浜市水道局による防災関係の展示・実演なども行われますので、この機会を逃す手はありません。みなさんの危機管理意識を高めるためにも。是非お集まりいただきたいと思います。

2008年9月29日月曜日

膝を曲げると音がする

ということで、随分と心配している人が多いのでしょうか。このブログを検索してくるキーワードの中でそう多くはないのですが、コンスタントに登場します。

まぁ、体のあちこちをポキポキ、人によってはボキボキ、バキバキと音をさせている人はけっこういるわけで、大多数の方はむしろ「気持ちがいい」と思っているんでしょうね。

実際のところ、何で音がするかはわからないことが多いわけで、病的な意味はあまりないことが多いといわけています。関節内の関節液に含まれるガスが、圧力によって破裂する音という説明が理解しやすい。

ですから、音がしても、痛みなどの症状を伴わなければあまり気にしてもしょうがない。ただし、たいていは普通の動きではない、力を入れて音をさせているわけですから、関節に何らかの無理な力がかかっているはずで、あまり音がするから得ということは無いと思いますよ。

膝の場合、病的なものとして一番多いのが、半月板が痛んでいる場合。太ももとすねの骨の間が膝の関節ですが、間には主として軟骨でできた半月板がはさまっています。

スポーツ選手が、強いひねりによって半月板がバサっと裂けてしまい、手術が必要になることが多々あります。そこまでいかないとしても、年とともにしだいにボロポロになっていく消耗品なので、裂けたところが骨の動きによってめくれると音がするわけです。

痛みが出てくると治療が必要となりますし、場合によっては手術が必要なことも珍しくありません。まぁ、音がしなくてがっかりすることはありません。音がしない方が、関節はきっと長持ちしますよ。

2008年9月28日日曜日

西田佐知子 / アカシアの雨がやむとき

♪アカシアの雨にうたれて
 このまま死んでしまいたい
 夜が明ける 日が昇る
 朝の光のその中で
 冷たくなった私を見つけてあの人は
 涙を流してくれるでしょうか

あざみ野棒屋先生は東大卒業ですが、東大紛争が落ち着いたあとの入学だそうです。

60年代は学生運動が盛んで、特に1960年と1970年の日米安保闘争を軸に、若者を中心にものすごいエネルギーの放出があったわけです。

ほとんどすべての大学で学生運動が行われており、ヘルメットとゲバ棒、そして「全学友諸君に告ぐ」で始まる立て看板が所狭しと並んでいたのでした。

自分はその最末期に中学に入学したわけで、当然学生運動には参加していませんが、中高一貫の学校で、機動隊がが流れ込んできたりという経験があります。

1960年の安保闘争後の虚脱した空気にマッチして大ヒットしたのが、この曲です。いまだに学生運動のテーマソングのように扱われていますね。

自分はまだ幼稚園。でも、父親が歌謡曲が好きだったのか、随分と聞いた記憶があります。うーん、改めて歌詞を見て、なんかすごい歌だなぁ、と思いますね。

西田佐知子さんは後に関口宏さんと結婚して引退しましたが、小川知子伊東ゆかり黛ジュンらとともに1960年代を代表する歌謡曲の女性歌手でした。

2008年9月27日土曜日

追悼 Paul Newman

アメリカの俳優、ポール・ニューマンさんが亡くなりました。83歳だそうです。少し前に危篤状態というニュースが報じられていたので、びっくりはしませんでした。

ただ、また一つ自分のテリトリーが削られてしまったような気持ちになります。アメリカ人だったら、石原裕次郎や美空ひばりが亡くなったことに匹敵するのではないでしょうか。

もちろん人気のきっかけとなった「ハスラー(1961)」や「明日に向かって撃て(1968)」は後から見たので、リアルタイムで楽しんだのは「スティング(1973)」、「タワーリング・インフェルノ(1974)」といった70年代のものが中心です。

80年代の「アパッチ砦ブロンクス(1981)」、「評決(1982)」がいかにも現役として活躍した最後の方の作品になるんでしょうね。

1986年に「ハスラー2」でアカデミー主演男優賞をとりましたが、多少名誉賞的なところがあるように思います。その後は、やや助演作品的なものが多くなりました。

ロバート・レッドフォードのように甘いマスクを持つわけではなく、男は黙ってクリント・イーストウッドのような寡黙さがあるわけでもない、スティーブ・マックィーンのように早死にもしなかった、なんとなく無骨なおじさんという印象です。

あえて、一番印象深いものというと、実はあまり注目はされていないと思いますが、1977年の「スラップ・ショット」をあげたいと思います。田舎町の弱小プロ・アイスホッケー・チームの話。解散の危機にラフ・プレイをして人気を復活させていくが・・・という話。

今でこそ、日本でもキムタクの「Pride」なんかがあったのでだいぶなじんできたスポーツですが、当時は国土くらいしかチームは知らず、超マイナースポーツだったアイスホッケー。この映画のおかげでけっこう興味が持てました。

監督はジョージ・ロイ・ヒルでニューマンとは長年の盟友です。いわゆるアメリカン・ニューシネマを作り上げた人。いかにも手作りの職人さんという感じでいい映画が多いですよね。

「スラップ・ショット」と同じ年に「スター・ウォーズ」が公開され、アメリカ映画は人間ドラマよりもファンタジー、主役も特撮へと様変わりしていったことがニューマンらの活躍の場を減らしたのかもしれません。

でも、自分にとっては、これが映画だ、という感じでずいぶんと楽しませていただきました。

秋祭り

一年中、祭りといえるものが全国で行われていますが、自分がこどもの頃、祭りといえるのは秋だけ。

家の近くの小さな神社のものだけでした。原宿の表参道、その裏通り。スターバックスがあるところから、渋谷のほうへ歩いていくと隠田神社というのがあります。

参道は幅5mくらいで長さは100m程度のものですから、極小神社です。奥に拝殿がありますが、この小さな神社には古びた能舞台があるのが不思議でした。

9月の第2土日が秋の大祭。町内を神輿と山車が練り歩くのです。この狭い参道の両側に縁日がたちます。綿飴、ウルトラマンのお面、駄菓子のくじ、杏飴などなど。300円くらいの特別なお小遣いをもらって行くのが楽しみでした。

一番のお気に入りは、ソースせんべい。ルーレットみたいなものを回して、出た数字の枚数が貰えますが、最高は100枚。ただし、この幅はわずかで、たいていは10枚から20枚となります。どうでもいいようなお菓子ですが、無性に美味しかったですね。

2008年9月26日金曜日

ちょっとブルー

開院してすぐの頃から、通院していただいたお年寄りが最近亡くなりました。ものすごく、品のある優しい方でした。

体調をくずしても、うちにだけは行くといってお出でになったのですが、翌日から高熱をだして肺炎になってしまいました。寝ていると痛いところがあるということなので、往診したのが最後でした。

亡くなったという連絡をいただいて、翌日うかがいましたが、まったくいつも通りの感じて、よくなったらまた行くよと言ってもらえそうでした。いまさらですが、開業医は、より患者さんに近いところにいることを実感しました。

一方、先日、医学部の同級生で同じ整形外科を志す旧友の訃報に接しました。自分の父親たちのから、しだいに世代交代してきているのかなぁ、思います。

以前、ご近所でこども同士が仲良かった家のお父さんが脳出血で倒れたという知らせもありました。まだまだ、一家を支えなければならない年代で寝たきりになってしまうということは、物凄い重大事件です。自分の健康管理ということを、改めて考えさせられます。

日頃、患者さんには、「もともと人間は5、60年の寿命の生物。環境がよくなって寿命が伸びただけ」なんて説明をしているわけで、自分もニュータイプじゃありません。そんなに便利になれるわけはないので、休みを取ることも考えたいと思うこともあります。実際は、そんなことも言っている余裕はありませんし、無理がきくうちはできるだけ無理するしかないと思ってもいます。

クリニックの院長は、たった一人の「商品」ですから、当然院長が健康であってなんぼの世界です。もともと医者には「代わり」なんてのは存在しないわけですが、クリニックはその究極の形態です。

う~ん、無理しないといけないけど、倒れるわけにもいかない。どうしましょう。とにかく借金だけは早く返したいもんです。まぁ、そんなことがいろいろあって、ちょっと気持ちがブルーになっているわけです。

2008年9月25日木曜日

お疲れ様、ワンちゃん

プロ野球、ソフトバンクの王監督が、今季限りで勇退を表明し、昨夜地元福岡での最終戦。残念ながら勝利で最後のゲームを飾ることはできませんでした。

しかし、改めて気がついたのは、14年間もやっていたんですね。まさに継続は力なりです。

自分は「巨人・大鵬・卵焼き」世代です。巨人はもちろんON時代、つまりV9時代にどっぷり浸かっていたわけです。

現役時代から動の長嶋と静の王、感性の長嶋と理論の王、天才の長嶋と努力の王・・・いろいろな表現があったと思いますが、それぞれが現役を退いた後もまったく同じだったんですね。

正直いって昔から、どちらかというと、王さんのほうが好きでした。小学生のとき、自分は一塁手ではないのにファーストミットを持っていました。上司に持つなら絶対に王監督ではないかと思いますね。

WBCでの素晴らしい采配で野球ファンをつなぎとめたことを考えると、もっとプロ野球が王監督を中央に引っ張り出せていれば、もう少し野球人気を盛り上げられていたのではないかと思います。

お疲れ様でした、ワンちゃん。

2008年9月24日水曜日

秋が近づいてきたなぁ

お彼岸を過ぎると、さすがに秋の気配が濃厚になってきて、半袖のポロシャツ一枚では不安になります。

うちの墓所はすごく近いというのは、前にも書きましたが、巨大霊園なので、春分の日や秋分の日に行くと、周辺が大渋滞でもの凄いことになっています。そこで、ちょっとはずして日曜日に行ってきました。

このあたりでは、さすがにまだ紅葉はありませんが、北海道はすでに見頃を迎えて、すでに見物に行ってきたという患者さんがいました。家の中にもコオロギが入り込んでぴょんぴょん飛び跳ねていたりと、秋はどんどん深まっていきます。

汗っかきで夏が苦手な自分としては、これからが一番好きな季節。夏になると、「ここさえ過ぎれば」とがんばります。春になると「いよいよ暑くなる」と気持ちが重くなる。そんなことを40年以上も繰り返してきたわけです。

ただし、今年の冬はちょっと違います。いよいよ50代に突入するんですよね。肉体的には40代は30代の続きと考えていますが、精神的には40代からはは50代に近いように思います。50代からは肉体的にも精神的にも違うのではないかと想像しています。

そういう意味で、50代になってから開業するのは大変だろうと思っていたわけです。人の一生を春から始まる一回巡る四季に例えるなら、50代からはいよいよ秋になるという感じでしょうか。

と、いうことは、自分の一番好きな季節ですから、楽しみにしている部分もあります。今まで培ってきたものを、一杯実らせることができるようにがんばりたいと思います。

2008年9月23日火曜日

T.REX / 20th Century Boy

浦沢直樹のコミック「20世紀少年」のタイトルのヒントになったのは、T.REXの20th Cantury Boyという曲であることは有名な話。

今年コミックが映画化され、そのテーマ曲として選ばれたのは当然オリジナルの演奏。35年を経てシングルCDが発売され、またもや少年時代のいろいろな思いが戻ってきた感じです。

1970年から1973年くらいまでの数年間、グラムロックというジャンルが人気を誇っていました。Gramalous Rockということで、演奏よりもむしろ化粧して美しく着飾った、今で言うイケメン・ミュージシャンが「なんとなく」のりのよい音楽を演奏するというもの。代表がT.REXのマーク・ボラン、デビッド・ボウイといった方々でした。

20th Century Boyは人気があった最盛期に来日時に日本のスタジオで録音されたそうですが、初期のブラスやストリングスを多用していたサウンドと比べ、ハードなギターのメインのリフに持ってきたことで、グラムロックのけばけばしさよりもヘヴィメタル的な変化があるように思います。 後に発表された別テイクではハモンドがより強調されていました。

でも、もともと音楽的な基本がいまいちなので、この後はどんどん人気は下降線でした。マーク・ボランは、人気が落ちてから1977年に愛人運転の自動車事故で他界。いっそう伝説的な存在になってしまいました。

それでも一つの時代の寵児であったことは間違いなく、当時のたいていの少年は、その外見的な美しさを真似できないけど真似してみたいと憧れていただろうと思います。

2008年9月22日月曜日

出た? 出ない?

もはや、そんなことはどっちでもいいです。

大相撲は国の保護の元、命をつないでいるスポーツ。国技というのは誰が決めたか知りませんが、このところのいろいろな問題には、誰もが辟易しているわけです。

少なくとも伝統を重んじるなら、こちらの方の強さにおんぶして延命するのはやめにしましょうよ。

今日も負けたみたいですけど、暴れて話題になるなら、サルでもできる。

2008年9月21日日曜日

雨傘

近くの畑で蓮根を栽培しているところがあって、いわゆる蓮の大きな葉っぱがそこら中にひろがっているわけです。

見るからに、自然の雨傘です。雨水をきれいにはじいているところは、下に河童が隠れていてもいいかも、と思ってしまうようです。

クリニックでの忘れ物の多さは、ハンカチが第2位。そして、どうどうの第1位は傘。

傘は、忘れていくと2週間くらいは、けっこうそのまま傘立てに置いておきます。その後は中に引っ込めてしまいます。数ヶ月しても落とし主がわからない場合は、突然の雨のときの貸し出しなどに使わせていただいています。

拾得物として扱うわけですが、傘のようなものは現在は数ヶ月で所有権がなくなるそうです。一番多い忘れ物なのに、落とし主がわかったことはほとんどありません。

自分が使っているのは折りたたみなんですが、実は研修医5年目のときに出向していた病院の婦長さんに記念にいただいたもので、もう20年近く使っているんです。ちょっと固くなっていますが、特に問題なく使えます。車での移動が多く、あまり使用頻度が多くないので失くさないんでしょうね。

サイボーグ009

言わずと知れた石森章太郎(後に石ノ森に改名)の初期の代表作。昭和30年代のこどもにとっては、東京オリンピックの年に少年キングに連載開始されたわけで、手塚治虫の鉄腕アトム、横山光輝の鉄人28号につづくSFファンタジー。

ロボットのようにスーパーな能力があるけど、基本は人間という設定がよかった。また、能力に差があって、それぞれのキャラクターにできることとできないことがあることも、ストーリーを単調にしないですむ大きな要因だったように思います。

1970年までは継続的に連載され、秋田書店から単行本が出ましたが、最後は尻切れトンボで終了したのは残念でした。その後もちょこちょこ執筆されたようですが、ほとんど目にしたことはありません。1988年に作者が亡くなり、完結することはなくなりました。

いや、なんで009かというと、初期の記憶に残るエピソードにベトナム編というのがあったわけです。あざみ野棒屋先生が、ベトナムに旅行をしてベトコンの地下壕の入り口で記念撮影をしています。
009に親しんだ少年にとっては、当時ベトナムは身近な国だったんです。石森章太郎は009の中で、ベトナム戦争や中東戦争などのハードな状況をかなり盛り込んでいて、こどもには本当のところは理解できませんでしたが、世界にはいろいろ怖いことがあるんだな、と教えてくれました。

2008年9月20日土曜日

御長寿医療保険制度

あえて、そう呼んであげましょう。あと数日の厚生労働大臣さんが、後期高齢者医療保険を廃止しようと言い出しました。

もう、無政府状態の極みというか、言葉知らずの農林水産大臣の辞任に次いで、もう断末魔の福田内閣の閣僚の方々はやりたい放題です。

そりゃ、医療関係者はもとより国民の誰もが支持していない制度ですけど、この状況下で「やめます発言」とはなんですか、そりゃ。ず~っと、こうしないと駄目だといい続けていたんでしょうに。

皆さん、解散後のことばかりを考えていると言われてもしかたがないですよ。福田内閣に直接関与しなかった人が次の総理大臣になって発言するならまだしも、あなたは御長寿保険と心中すべきではないですか。

まぁ、あんまり過激なことばかり言ってもしょうがないわけですが、まずは基本的な国民の生活の安心を作って欲しいものです。

食の安全や医療の保障などは、最低限のことで、少なくとも最優先されるべきことのはず。それが、後回しどころか、どんどん切り捨てられている現実が、こうもいっぱい見えてくると・・・あー、今度は愚痴っぽくなってきた。

それにしても、一般大衆に選挙権があるわけでもないのに、街頭演説ばかりやっている自民党の総裁候補って何なんでしょう。日本も直接選挙でリーダーを選ばせてもらえませんかね。

ある意味、アメリカの大統領選挙の盛り上がりがうらやましく思うのは自分だけ?

ゴーヤだからさ・・・


さてさて、関東地方は夜中のうちに台風が過ぎ去り、今日は暑くなりました。

まだ夏の積み残しがあったような気温でした。あすなろ菜園も片付けて、ちょっとベランダがさびしくなりました。

今夜はゴーヤ。ニガウリともいわれますが、正式にはツルレイシというようですね。

もちろん代表的なレシピのゴーヤチャンプルにしてみました。味付けは醤油と少しのみりん。

苦味の減らし方は、種と周りの綿をしっかりとそぎ取るのは基本として、こちらで紹介していた方法をしてみました。塩水につけておくとかではなく、電子レンジでチンです。しっかり火を通すことが大事ということで、やってみると確かに苦味は激減です。

これは簡単。是非、お試しを。

2008年9月19日金曜日

しょうがなくラジオでつぼ

最近、車のナビのDVDドライブがいよいよ駄目になって、まったくディスクを読めなくなりました。テレビは映らないのは、もちろん音楽も流せません。

DVDナビは、もう10年以上前のCD・ラジオ付きアンプ(1DIN)につないで使用していたのですが、こちらのCDドライブはとっくに駄目になっているので、結局聴けるのはラジオだけという、なんとも情けない話。

でも、あらためてラジオを聴いていると、まぁけっこう楽しいところもあるんですね。で、そんな中で、けっこうツボにはまってしまった話なんですが・・・

アフリカのコンゴでサッカーの試合をしていて選手同士の乱闘になって死者が出たということなんです。

なんで乱闘になったかというと、負けているチームのキーパーが呪文を唱えたからというもの。なんで、呪文を唱えるんだと怒って喧嘩になっちゃった。なんでも、試合中の呪文禁止というルールがあるというのにびっくり。

それって、呪文を唱えたキーパーだけでなく、相手の選手も、あるいは他の人も呪文を信じているということですか。うーん、何か怖い。

2008年9月18日木曜日

韓国家庭料理タレ


なんか、すっご~くローカルな話題で申し訳ありませんが、韓国料理の店です。タレといいます。

すすき野です。札幌ではありません。横浜市青葉区です。

すすき野の中でも、はずれにありますので、交通の便がいいとはいいにくいのですが、是非グルメを自称する方は一度は行ってみて欲しいお店。桐蔭学園に行くところにあるというとわかりやすいでしょうか。

韓国料理といえば焼肉とキムチしか思いつかない方が多い・・・かくいう自分もそうでしたが、世界が広がる感じです。

もちろん、チヂミは絶品です。特に写真の石焼ビビンバと豆腐チゲ。石焼のこげ具合が再興です。豆腐チゲはたこ、えび、あさりなどの魚介がはいったスープが旨い。とにかく近くの方は行くべし。どーんっと食べてください。

2008年9月17日水曜日

鰹のたたき

毎日雨の予報なのに、なかなか台風が来ないので晴れ間がのぞき、なかなか昼間は暑い日が続きます。

しかし、季節は着実に秋に向かって変化しているわけで、朝晩は窓を開けていると、意外と寒いので体調管理には気をつけたいものです。

で、話は変わって、鰹のたたきです。鰹は、今では一年中手に入ります。また、比較的安いので、気軽に食べることができるのが嬉しい。

生姜醤油、にんにく醤油、ポン酢でもOK。また中華ドレッシングでも、フレンチドレッシングでも、合いますよね。食べ方いろいろ。好みでどうぞ。

2008年9月16日火曜日

Pink Floyd / Meddle

邦題「おせっかい」、ピンク・フロイドの「原子心母」に続く、人気を不動のものにしたアルバム。

一曲目の「吹けよ風、呼べよ嵐」でライトのハモンドが空間を飛び交い、ギルモアのギターがそれに呼応する。大作「エコーズ」ではピンク・フロイドのカラーが決定付けられたといっても過言ではない。

デイブ・ギルモアの悠然としたギター・ワークを支えていたのが、リック・ライトのキーボード。表の顔がギルモアなら、基調となる顔がライト。

ロジャー・ウォータースは一時表舞台を支配したが、それはあくまで一時的なもの。

そのリック・ライト、9月15日、癌のため死す。

もはやギルモアだけのピンク・フロイドでは、ピンク・フロイドではない。完全にフロイドは終わったと、覚悟を決めざるを得ない。

関節リウマチ新薬その後

関節リウマチ治療の最前線は、今年の5月からの新しい生物学的製剤の登場によってますます熱くなっているわけです。

これだけ、毎年毎年新しい検査や治療薬が次から次へと登場する分野は、医学界広しといえどもそうあるもんじゃありません。自分たちのようリウマチを専門にしていますと名乗っている医者にとっては遅れないようにするだけでも大変。

生物学的製剤はその高い病気の抑制効果から「特効薬」的な存在として、今やリウマチ治療の中心になりつつあります。しかし、何と言ってもまだまだ製剤の値段が高いこと(月に4万円程度自己負担がかかります)から、なかなか誰にでも使うわけにはいきません。

さらに、日本で使用され始めてやっと5年間ほどですから、効果や使い方については一定の評価がされた段階で、まだまだわからないことは山ほどあるわけです。

一番、気になるのは高い薬ですから、いつまで使えばいいのかということ。あるいは、中止した後の再開についてのノウハウなど。あれも知りたい、これもわからない、という状態であることは間違いありません。

そんな中で、今年新たに発売されたのは、ヒュミラ(エーザイ製薬)アクテムラ(中外製薬)

ヒュミラは、元祖である点滴で行う田辺三菱製薬のレミケードの皮下注射版という感じで、より簡易な使用法に期待が集まっていましたが、薬を無効化してしまう中和抗体というものが発生が多いようです。

アクテムラは、TNF-αというものをターゲットにしたレミケードやヒュミラ、あるいはエンブレル(ワイス製薬)と違い、インターロイキン6というものがターゲットなので、他の製剤に無効の人でも効果が期待できるわけですが、白血球減少という副作用がやや目立っているようで、いずれも治験の段階では指摘されていなかった問題が出てきているようです。

もちろん、まだ製薬会社からの正式の文書としての発表がされているわけではありませんが、簡単に新薬に飛びつくことの危険というものを、いつでも考えておかなければならないということです。

ただ、エンブレル、ヒュミラ、アクテムラについては副作用などの有害事象については、それぞれのホームページで公開しており、一般の方でも詳細な情報がわかるようになっています。副作用の危険な薬ですから、きちんと情報をあらかじめ公開していることは、大変評価されるべきことと考えます。

2008年9月15日月曜日

沈黙の艦隊

沈黙の艦隊といえば、かわぐちかいじの1988年から1996年にモーニングに連載された劇画。日本初の原子力潜水艦「大和」が独立国家宣言をして、核の抑止力で世界平和を実現するために行動するという話。

もちろんその筋の専門家に言わせれば、荒唐無稽であちらこちらにあり得ない部分があるのでしょうけど、一般人を納得させるだけの十分な考証の基に、そんなこともあり得るかもと思わせる息詰まる展開はなかなかのものです。

ちょっと、間違えば戦争ものと言われるようなジャンルになるのでしょうけど、人間ドラマとして描ききったことで、物語にさらなる真実味が加わったのではないでしょうか。

連載が始まった頃は、自分はほとんど世間から隔絶されたような研修医生活をしていましたから、この物語を知ったのは、連載もほとんど終わりの頃。当時、出向していた病院の放射線科の技師さんが毎週モーニングを愛読していて、おかけで海江田が国連に乗り込む当たりから毎週読んでいたのです。

ですから、これは何とか最初から読みたいものだと思い、ちょうど講談社漫画文庫版が完結していたので全16巻を買いそろえました。現時点で、自分で読みたくてそろえたマンガとしては最後のものになります。

とはいっても、なかなか簡単には手に入らず、ずいぶんと古本屋さんを歩きました。まだbookoffはほとんどなかったんですよね。もちろんインターネットのオークションもありません。

全部が揃って読み切ると、戦争を題材にして潜水艦同士の熾烈な戦いにワクワクするものの、最初から最後まで戦争を否定する気持ちが詰まっていることが分かります。

でもって、なんでこの話になったかというと、現実の世界では国籍不明の潜水艦が高知沖の日本の領海内で発見されたというニュースがあったからです。

他国の領海内では潜水艦は浮上して国旗を掲揚して航行する決まりだそうですが、この潜水艦は潜望鏡だけが海上に出ていて、正体は不明。

海上自衛隊の追跡を振り切って太平洋に消えたそうですが、そんな危機感のみじんも感じられないような今の日本でも、知らないところでいろいろなことが起こっているんでしょうね。

深海の見えないところでは、様々な情報が飛び交っているかもしれないと思うと、ちょっと怖い感じがしました。

敬老の日

9月15日は敬老の日。以前は、ずーっと9月15日に決まっていました。いつからか、連休を増やせってんで第3月曜日になり、何日が祝日なのかよくわからなくなりました。

その分、ただ休みで日曜日と合わせて連休ということだけで、なんで祝日なのかという意味が薄くなってしまったと思うのは自分だけでしょうか。

医者というのは、もともとカレンダーどおりに動きにくい職業なので、連休が増えてもあまり嬉しくありません。

勤務医をしていたころは、休みが長いほど仕事がたまって、その後が大変であるという思いのほうが強かったものです。開業すると、直接的に診療日数が減ることで経営にひびくという心配もあります。

まぁ、世の中の大多数の方は連休が嬉しいのですから、文句を言ってもしょうがありませんが、祝日の意味だけは忘れないようにしたいものです。

自分の場合、身近なところでは自分の母とかみさんの両親の3人が敬老の対象になるわけです。いつも簡単に会えそうで、なかなか会う機会が多くなく、きちんと敬老しているとは言いがたいのです。

でも、年を取れば取るほどに親の気持ちがわかるようになり、「あー、あの時は親不孝だったなぁ」と反省することが増えてきます。後悔を先に立たせて後からみれば、杖をついたり転んだり。

だんだん、親との年齢の差が縮まってきたんでしょうね。そのうち、自分も高齢者と呼ばれるようになるわけで、その時自分のこども達に敬老の日の意味が忘れられていないといいんですけど。

2008年9月14日日曜日

Let's 医師会 番外編

昨夜はみなとみらいで、都筑区医師会秋の会という会合でした。

1年に1回の大きなイベントで、会員の親睦、新入会員の紹介などはもとより、地域に関係するさまざまな方々を来賓として招いて、お互いの顔の見える関係作りが目的です。

衆議院議員、市議会議員、区議会議員などの政治関連の方、区長、警察署長、保健センターなどの都筑区行政関連の方、地域の自治会関連の方、神奈川県医師会や横浜市医師会関連の方などなど、なかなかの賑わいでした。

なかでも一番の注目は、都筑区が地元。福田改造内閣で入閣を果たした鈴木恒夫文部科学大臣。さすがに、SPを引き連れての登場で、格の違いを見せつけました。ただ、せっかく大臣になったのに、福田さんの突然の辞任表明でさぞかしがっかりしていることでしょう。

いろいろな方々からの挨拶をいただいて前半終了、その後は食事開始。今回の宴会のテーマはメタボということで、健康を考えたフレンチでしたが、正直ここだけの話、つまりません。やはり、旨さと健康は両立しにくいのかと思ってしまいます。

そして、出席者期待のBINGO大会。ここからは都筑区医師会宴会部長の独断場です。大いに盛り上げ、健康関連グッズがどんどん当たっていました。

自分は・・・オープン率68%にもかかわらず、最後までBINGO!とはなりませんでした。まぁ、こんなもんでしょう。帰りの荷物が増えても困るしね(・・・ということで無理やり納得・・・)。

2008年9月13日土曜日

Cannonball Adderey / Somethin' Else

言わずとしれたBLUE NOTEレーベルの名盤中の名盤。

本来はMiles Davisがリーダーだが、Columbiaと専属契約中のためキャノンボールをたてたものといわれています。そのあたりには涙ちょょぎれそうな男同士の友情物語があるのというのですが、そういうのは中山康樹氏あたりに任せておきましょう。

昔のジャズ喫茶あたりでも、たぶんこれがかからない日はなかったんでしょうね。1958年録音、Kind of Blue前夜です。1曲目のAutumn Leavesはこの曲の演奏としてはBill Evansと双璧をなす定番です。Milesのレパートリーとしても大変重要なものになりました。

後に初出LPで未発表だった1曲が追加されましたが、このときのセッションはそれですべてと思われていました。ところが、ところがですよ。なんと名演Autumn Leavesの別テイクがあったというんですよ。

しかも、EMIのサイトでノーカット特別期間限定公開ということで、無料で聞くことができるんです。興味のある方は早めにチェックしましょう。もちろん、すでに発表されているテイクの方がいいわけで、それに比べるとややもったりとした感はあります。

しかし、ジャズがジャズであったニューヨークの時代が沸き立ってくることは間違いありません。

2008年9月12日金曜日

神宮外苑

東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター・・・長い名前でしょう。最近、センター長が山中寿教授に替わりました。山中先生は、日本の関節リウマチ治療の最前線で多くの業績を誇る、世界に自慢できる先生です。

何しろ面白いのは、内科医なんですけど日本整形外科学会に古くから入会していること。整形外科医で内科系の日本リウマチ学会に入会しているのは珍しくもなんともありませんが、内科医で整形外科の学会に入っている先生はまずいません。関節リウマチの診療をしていく上で、整形外科的な部分も重視されていることは頭が下がります。

さて、そのリウマチセンターは新宿の河田町にあるわけで、外来は当然そこにあります。しかし、実は病棟をもっていないクリニック形式なんです。病棟は、神宮外苑のすぐ近くの東京女子医科大学付属青山病院というところを使っています。

このことは医者の移動も大変なんですが、何よりも患者さんへかける負担が大きい。形式的には、外来と入院が別病院ということから手続き的にもいろいろめんどうが付きまとうのです。

いいところは・・・神宮外苑花火大会が間近でみれること、くらいかなぁ。

もうひとつ、神宮外苑が近いわけですから、こんなテレビドラマにもしばしば使われるような光景が散歩がてらに見れるんです。だからどうだということもないのですが、以前は随分と自転車でここを通り抜けて移動していました。

ただセンターの病棟が本院の中に移ることになるようで、こういう景色が身近に見れるのもそう長くはないかもしれません。

Let's 医師会 9月

8月は各診療所のお盆休みなどもあり、多少医師会の動きもゆっくりでした。9月になって、そろそろイベントがいろいろ。

今週は都筑区医師会の年に一度の公式の宴会。地域の主な方々との交流と、新入会員の紹介が主な目的です。それにしても、かなり驚愕なのが新入会員の数。この1年間で24人です。

もちろん近くの大学病院などの勤務医会員の方も含まれていますが、それにしても通常考えられない数でしょう。これじゃ競合は避けられず、医師会員として仲良くしていくといのは難しい状況もいたしかたがありません。

都筑区は医療ビルを含む新規のビル建設ラッシュで、医療機関だけではなく、一般商業テナントも生き残りは厳しい地域です。少なくとも、都筑区で開業を考えている先生は、医師会のホームページでこの地域の情勢を是非確認していただきたいと思います。

まあ、それでも医師会に入れば仲間ですから、何とか地域の健康増進のために協力していきたいと思います。

さて、もう一つ大事なイベントが10月の最初の日曜日(10月5日)に都筑区公会堂であります。防災担当理事として、自分にとっても一番の仕事です。

昨年は防災訓練と防災講演会などを区役所と連携して行っていますが、今回も区役所の共同で企画・運営して行うのが「新型インフルエンザ」のすべて・・・

というほど大袈裟ではありませんが、新型インフルエンザは近い将来に日本でも大流行するといわれており、厚生労働省も予想される死者数を上方修正していました。大事なことはパニックにならないこと、つまり知識を身につけることです。

そこで、新型インフルエンザについての一般向けの講演をすることになりました。また、都筑消防署から救急車の話もしていただきます。

公会堂前のスペースでは医師会の救命救急講習会を同時に行い、AEDの使い方を説明します。実際に触れてみるいい機会ですので、是非参加してみてください。また防災関連の展示も区役所が行いますので、全体で防災文化祭のような企画になっています。

詳しくは、医師会・区役所どにお問い合わせください。では、10月5日は都筑区公会堂でお待ちしています!!

あすなろ水族館 赤ちゃん


第2世代の赤ちゃんが生まれ始めました。

体長は3mmくらいでしょうか。

ちょこちょこ、動きまわっていますが、さてさて何匹生き残れるのでしょうか・・・

2008年9月11日木曜日

911

2001年9月11日、日本では火曜日、台風のニュースでにぎわった一日。

しかし、夜の10時過ぎから、アメリカ、しかもニューヨークのど真ん中で起こった未曾有の惨事の報道が開始されました。映画でもない旅客機がビルに突入する映像が何度も何度も繰り返し放送されたのです。ニュースのアナウンサーも「現実であること」を何度も叫んでいました。

翌朝、生中継で炎上していたビルが倒壊して、一気に崩れていくシーン。あまりに現実離れしていて、呆然とするしかありません。

地球の裏側で起こっている、まるで「戦争」としかいいようもない惨劇が、家庭の普通のテレビで簡単に映し出されていることに対する、平凡と非凡のあまりのギャップに、何も言う言葉が見つからなかったのは世界中の誰でも同じだったのでないでしょうか。

似たような体験は、自分は3度目です。最初が連合赤軍の浅間山荘事件。小学生のときでした。家に帰ると、父親が「テレビで戦争を生中継している」といって興奮していました。その次が御巣鷹山の日航ジャンボ機墜落。

911事件では、当時東京都庁ビルのすぐ横のビルの中でも診療をしていましたから、都庁ビルなら簡単に飛行機が突っ込めると思って見上げていました。そのときは、巻き添えになる可能性も十分あると思ったものです。

事態はアフガニスタンのタリバン政権に対するアメリカの宣戦布告、さらに対イラク戦争へと一気に突き進んでしまいました。湾岸戦争のときの批判から、日本もほとんどアメリカの言いなりに行動することになったのではないでしょうか。

疑問を投げかけたものはテロを許すものとして糾弾され、現実世界もAll or Nothing のデジタルな思考に支配されることになったように思います。

バブルの頃の代表的な思考は「ファジー」、つまり曖昧さでした。家電製品はほとんどすべてニューロファジーが売りでした。バブル崩壊後の閉塞感が、もう曖昧さを許すだけのキャパシティを持てなくなったのでしょうか。

そして日本の小泉政権は、アメリカとの同盟の名の下にデジタルな政治にまい進し、その象徴となったのが郵政法案でした。民営化に反対か賛成かだけを突きつけ、反対するものは日本をよくするための改革を止めようとするものと決めつけたのです。

911が生んだデジタル・ワールド。人間はもともとアナログに生き物であるはずで、完全に白黒をつけることは大変困難なはずです。

コンピュータもうまく使いこなせば大変に便利な道具ですが、コンピュータに使われてしまうとこんなに哀しいことはありません。

911から世界は、日本は、あるいは自分は何を学んだのでしょうか。そろそろ、もう一度きちんと考えてみる必要があるのかもしれません。

2008年9月10日水曜日

今年のインフルエンザ予防接種

うちのクリニックは整形外科ですが、去年もその前もインフルエンザの予防接種を行ってきました。これは、開院したばかりクリニックの宣伝を兼ねて、うちにしか通院していない患者さんへのサービスとして行ったわけです。

特にリウマチの患者さんは、いろいろなところに通院していない方が珍しくないので、内科的なことを含め最低限の相談に乗ることがしばしばあります。

去年はタミフル問題もあり、接種率がよかったようで、早くから流行り始めたにもかかわらず、大きな流行をせずにすみました。あらためて、予防接種の威力を見せつけた感があります。

さて、今年は・・・やります。値段も据え置きで、1回消費税込みの2100円の予定で準備しています。

この値段は、少なくとも赤字にならない最低限の値段なんです。それより下げると、正規に入手するワクチンを使用している限りは赤字になってしまうことがありうるのです。

ただし、昨年のように予約制でやることはやめようと思っています。10月から12月までの期間限定で、在庫あるうちに来院した方に先着で行おうと思います。

予約制ですると、その管理が大変で、キャンセルされるとけっこう困ることが多い。

また数量も去年の半分程度のワクチン確保の予定ですので、その時期になりましたらご希望の方は早めに済ませていただきたいと思います。

準備ができましたら、詳しくはクリニックのホームページやこのブログでお知らせいたします。

朝一番の患者さん

今日もヒマ、昨日に輪をかけてヒマ。こんなことで大丈夫かしら。

そんなわけで、夕方隣の泌尿器科のクリニックをのぞくと、隣の院長も受付でだべっていましたよ。こんな時は、ずずずいっと入っていってだべりの仲間に入ってしまうわけです。

泌尿器科からはエレベータで降りてきた患者さんが、すーっとうちに入っていくのか、そのまま泌尿器科にくるのか、はたまた内科にいくのか、よ~くわかりますので、心配ありません。

さて、そこでの話題、その1。

VISAカードを使う人はいるのか? というのは、うちはVISAカード使えます(一部を除きますが)。ちょうど開業するときにCMでやってたんですよね。阿部寛が「病院でもVISAが使えます」って踊ってたやつです。

まぁ、こりゃ患者さんには便利だろう、というわけで入れました。そんなに多くの人は使わないんですよ。週に数人くらいです。クレジット会社には3%の手数料を取られてしまいますので、ほとんどの人が使うとなると考えてしまいますが、現状では患者さんの便宜を考えると、まぁいいかという感じです。

話題、その2。

診療時間前に来た患者さん。何時から診察するか。早く来た人を診察していて、時間通りの朝一番の患者さんに、自分が一番の診察ではないと言われたそうです。

なるほど、それももっともな話ですが、早く診察を開始できるなら、後から来る患者さんへの時間も余裕ができるのですから、少なくとも悪いことではありません。

うちも、準備OKなら診療時間前からはじめてしまうことがあります。なかなか、すべての患者さんに平等というのは難しい。ヒマなときに来た方と、忙しいときに来た方では、当然さける時間が違ってきます。うちも隣の泌尿器科も予約制はしていませんが、隣は少しでも混み具合をお知らせする努力をされていますので、皆さんぜひご利用ください。

2008年9月9日火曜日

ヒマな時間

今日は皆さんにお願い。

うちのクリニックは、まだまだ1日に平均60人くらいの患者さんしか来ない、貧乏ヒマなしクリニックです。ところが、その少ない患者さんが診療時間終了間際に集中するんです。

今日も、朝はどうしたもんかと思うほど暇でした。やっと来た初診の患者さんとジャズ談義などをしても大丈夫。このまま患者さんが来なかったら、どうしようと考え込んでしまいます。

10時過ぎてやっと、ちらちら患者さんがいらっしゃると、やっとクリニックらしくなってきます。11時を過ぎると、だだだぁ~とやってきて、あっという間に待合室が一杯。

ところが、そうなるとゆっくりと患者さんと話をしている余裕はありません。特に、今日の医師会の昼の定例会議は絶対に遅刻できない理由があったので、もうあせりまくり。でも、手を抜けば後で後悔するのは自分ですから、多少説明をはしょっても一人一人に対応します。

午後も同じ。始まりはゆっくり、ぽっつんぽっつんです。午後5時を過ぎてそろそろ暗くなり始めてから、だいぶ患者さんがお出でになり、またもやあたふた。

皆さん、うちはけっして激混みのクリニックではありません。暇な時間にいらしていただければ、雑談を含めてしゃべるのが好きな院長ですから、一杯説明をします。

特に用事が無い方は、午前は9時から11時まで、午後は3時から5時までにいらしてください。お願いします。

2008年9月8日月曜日

Korean Night

韓国料理も、日本ではずいぶんポピュラーなものになり、一般家庭でも登場することが多くなったのでは。

韓国スターの人気も随分と貢献しているようで、冬のソナタから始まった韓流はブームの後に、されなりに定着した感があります。

我が家でも、一頃は一番のテレビ・チャンネルの主導権を持っている方が、ひたすら追い続けていた時期がありました。

と、いっても自分はなかなかいろいろな味を知りませんので、昔からの定番ものしか出せません。カルビクッパと冷麺です。

真ん中は春雨サラダ韓国風。やたらと一味唐辛子をつかったので、辛いだけだったと、あまり評判はよくありませんでした。

白菜キムチとカクテキが一番受けましたが、どちらも買って来て開いただけです。

2008年9月7日日曜日

Alicia de Larrocha / Mozart Sonatas

なんか、おばさま風のこちらの写真、アリシア・デ・ラローチャです。スペインのバルセロナに生まれ、スペインのアルベニス、グラナドス、ファリャといった作曲家のピアノ曲を演奏し、世界中にその実力を示しました。

日本でも何度もリサイタルを開きました。もう引退してしまいましたが、それまでは「ピアノの女王」の称号で呼ばれていました。現在85歳。なにしろ身長が150cm無いそうで、当然手もそんなに大きいはずがありません。

もちろんスペイン曲の演奏も素晴らしいのですが、あえてここで聞きたいのがモーツァルトのピアノ・ソナタ全集。1989年から1991年にRCAに録音したものです。

モーツァルトのモノフォニックな明るいメロディラインをクリアにつないでいく演奏は、爽快としか言いようがありません。しかも、録音はデジタルで音のつぶだちをさらに際だたせています。

この全集CD5枚がわずか2000円ちょっとで手に入るなんて、何て贅沢な話でしょう。いつも利用しているHMVのクラシックの中でも定番のボックス・セットの一つに数えられています。

モーツァルトのソナタ集は、当然演奏者が多く、どれを購入するか大変悩むところです。同じ女流ピアニストならリリー・リラウスの演奏も定番とされていますが、全体にやや甘みが強調されているような演奏だと思います。 もちろん、内田光子の演奏もすでにモーツァルトの定番に数えられるようになっています。

評論家にはめっぽう評判が悪いグレン・グールトの演奏も、既成概念を打ち破る楽しさがあります。近年ではフリードリヒ・グルダの演奏が発掘され話題になりました。

ラローチャの演奏は、そんな群雄割拠のモーツァルトの中で間違いなく飛び抜けた存在と言えるでしょう。

総理大臣の椅子

福田総理が辞任会見をして1週間近くたちます。

この間にブログを毎日更新するドクターもそれぞれ、この話題に触れました。あざみ野棒屋先生Dr.Mは福田総理に比較的同情的な意見を書かれました。自分Dr.Flickerはどちらかというと批判的な意見。

ニュースを見ていても、基本的に同情的な話はなく、無責任な対応という批判がほとんどです。ただ、安部さんの突然の辞任に比べ、あまり問題視されていないような印象を受けるのは自分だけでしょうか。

つまり、どうせ福田総理は「何もできない」し「あくまでもつなぎ」という前提があって、あとはその時期だけの問題というように見られていたのでしょうか。確かにそういう意味では可哀想な部分が無いわけではありません。

何よりも問題なのは「総理大臣」って一体何? ということではないでしょうか。自分がこどもの頃には「末は博士か大臣か」と言われ、ましてや一国を長たる総理大臣はすべての頂点に立つ職業であったはず。

福田康夫、344。
安倍晋三、366。
小泉純一郎、1980。
森喜朗、387。
小渕恵三、616。
橋本龍太郎、932。
村山富市、561。
羽田孜、64。
細川護煕、263。
宮沢喜一、644。
海部俊樹、818。
宇野宗佑、69。
竹下登、576。
中曽根康弘、1806。
鈴木善幸、864。
大平正芳、554。
福田赳夫、714。
三木武夫、747。
田中角栄、886。
佐藤栄作、2798。
池田勇人、1575。
岸信介、1241。
石橋湛山、65。
鳩山一郎、745。
吉田茂、2616。
芦田均、220。
片山哲、292。

1947年の戦後の新憲法のもとで総理大臣を務めてきた方々の在任日数です。60年間で28人、長期政権を作れたヒトはわすか。

戦後の混乱を収束したのが吉田茂、高度経済成長を推し進めたのが佐藤栄作。その上で党内抗争・派閥争いの基盤を作ったのが三角大福と呼ばれた4人組。良くも悪しくも、日本の政治が生き生きしていたのはここまでかもしれません。

そこからはボロボロ。こうしてみると、小泉さんはその後ではもっとも長期政権を作れたわけですから、確かに別格のような感じがします。

ただ、それは大衆操作のうまさとアメリカ向けのかっこつけが大きなポイントで、平成の混乱を加速させたかもしれません。福田後に小泉再登板などという評論家もいますが、その前にきちんと評価をすべきですよね。

まぁ、総理大臣の椅子というのもずいぶんと価値がなくなってきたのかもしれませんね。

2008年9月6日土曜日

初めてのミス

骨折の治療は整形外科医にとっては基本です。自分は関節リウマチの勉強をしたくて、東海大学を辞してからはほとんど骨折の手術をしなくなりました。バイト先の病院ではやっていましたが、そんなに多くはありません。

一体何例くらいの手術をしたんでしょうか。手術記録のほとんどは手元に残してあるので、まじめに数えればだいたいはわかりますが、バイト先の分は正確にはわかりません。

東海大学病院に勤務していたのは、研修医として3年間、助手として4年間です。だいたい年間で100件程度で、おおよそ700件くらいでしょう。

4年目と5年目は出向していて、それぞれ100件と50件くらい。8年目から4年間は医長出向で年間200件で全部で800件。14年目も医長出向で150件。そのあと女子医科大学のリウマチセンターへ移って、5年間で350件くらいでしょうか。

そこまでのおよそ20年間に週に1回のバイト先では年間30件くらいしているとすると、600件ということになります。開業してからは年間で30件くらいですから、今日までに80件程度です。

全部足すと、700+100+50+800+150+350+600+80=2830ということになります。

手術を始めるときには、周りのスタッフや助手してくれる先生方に対して「よろしくお願いします」、そして終わると「ありがとうございました」と挨拶します。これまでに2830回の挨拶をしてきたことになります。

そのほとんどは外傷で、大多数は骨折てすから、意外と関節リウマチの手術がしめている割合は少ないのかもしれません。でもリウマチの頻度は100人に対して数人ですから、350件という数は1/8を占めているというのはけっこうな数とも言えます。

まぁ、数はどうでもいいのですが、先日大学でリウマチの方の手術をした際に、2830件で初めて小さいミス、それも初歩的なミスをしてしまいました。

数カ所の皮膚切開をしたのですが、そのうちの小さな一つを縫合するのを忘れてしまったです。病院からの帰り道で、いつものように今日の手術の出来を頭の中で復習しているときに、ふっと思い出しました。

あれ、あそこを縫ったっけ・・・すぐに携帯で連絡して見ると、やはり忘れていたのです。すぐに助手に入ってくれた先生が処置をしてくれたので、特に大事には至りませんでした。

それにしても、小さい傷とはいえ、縫合を忘れるというのは、あまりに馬鹿らしいミスで言い訳のしようもありません。猛反省することになりました。

やはり手術からの引退というのも考えないといけないのかなぁ、と考えてしまうこの頃なのです。

2008年9月5日金曜日

International Symposium

大学人ともなると、学会発表というのは大切な仕事です。医者の場合、最初は地方会という小さな学会で症例報告というのが、たいていのデヴュー戦でしょう。

そういう自分も神奈川の整形外科の小さい学会に、たまたま担当した患者さんの症例報告をするのが最初でした。でも、たいていそれほどきばって報告するほどのものではないので、学問的なカチはそれほどあるわけではありません。学会発表を経験するための学会というニュアンスがあることは否定できません。

それから、だんだんいろいろな発表を経験して、やはり最後は国際学会での発表というのが一番大変なことなのでしょうね。自分は6年目に国際学会デヴューでしたが、国際学会と言っても日本で行われたもので、プレッシャーは多くありませんでした。

とはいっても、当時手関節外科を勉強していたものにとっては神様のような先生が多数来日して参加した、かなり本格的な学会でした。

予演会という、大学の教室内で行う発表の予行演習は3回くらいやりました。当然英語の発表ですから、英語の質問がびしばし飛んできます。当然、答えられるわけも無く、ひたすら固まっていました。発音も随分となおされ、もうほとんど泣きしかありません。もう特攻隊のような気分で本番を迎えました。

自分の発表するセッションが始まり、後ろで聞いていると、やたらと手を上げてすごい勢いで質問しているアメリカ人がいます。しかも杖をぶんぶん振り回しているので、なんか威圧的。こんなのに質問されたら、一撃でおしまいだなと思っていました。

そして、いよいよ自分の番になりました。そのセッションの座長は当時世界的に有名なフランスの先生。発表自体は原稿を読めばいいので、あまり問題はありません。

あー、原稿1枚終わっちゃった・・・あー、あと1枚しか残っていない・・・あー、いよいよ最後の文章だ・・・などと考えながらついに読み終わってしまいました。

さて質問はこないといいんだけど、と思うまもなく、一番前で杖を振って手を上げているやつがいる。あー、何でこいつが手を上げているの。でも、自分が勉強していたところについての質問ですから、何となく質問がわかるもんなんですね。何となく答えることができるもんです。まあ、何とか撃沈せずにすんだ。

そしたら座長が何か言っている。ところが、これには困った。フランス人ですから。英語なんでしょうけど、フランス語にしか聞こえない。こりゃ、下手な日本人の英語よりひどい。まったく、何を言ってんだか。

そしたら、日本の自分とは関係ない大学の教授が助け舟をだしてくれて、もう感謝感激雨あられです。もう終わってから、すぐに飛んで言ってお礼を申し上げました。そんなこんなで、なんとか無難に終了。

それで終わりとおもいきや、発表をきちんと本にするから、英語の論文をだせという連絡がきました。偉い先生は数十万円だせば、代筆してもらえるから何とかしろとかいうのですが、ぺーぺーの医者にそんな金ありません。毎晩ひたすら英作文です。

出版社に提出すると、編集の先生から何かいろいろ文句が書かれて戻ってきます。また直して出すと、今度は別のところにチェックが入っている。一度に言えよ、とは言えず、また直す。そんなことを数回して、やっと通してもらいました。

まぁ、今となってはその英語の本が宝物みたいなものですけど、知るっている人には世界のそうそうたるメンバーが名を連ねる英語の本に自分の書いたものが残ったというのは忘れられない思い出のひとつですね。

ソルトレーク

もう、随分と昔のことになりますが、自分は今までアメリカ本土へ一度だけ行った事があります。

もういつのことだか忘れました。写真を見ると・・・少なくとも10年以上まえのクリスマス直前のことです。

成田から一路ロサンジェルスへ。ただし、そこではすぐに国内線に乗り換えてユタ州へ向かいました。

ユタ州はモルモン教の総本山。アメリカ東海岸から、清教徒の集団が命をかけてたどり着いた場所として有名です。ソルトレークが中心の町で2002年に冬季オリンピックが開催されたことは、記憶に新しい。

さて、飛行機から降りると、すぐに迎えのワンボックスカーに乗って、山の中へどんどん上がって行き、到着したところはStein Eriksen Lodge。ノルウエーのスキーヤーであるStein Eriksenが建てた高級スキーリゾートなのです。

目的は、骨折治療の研究会。勉強ですよ、勉強。実は骨折治療機器をいろいろ販売しているメーカー主催で、日本からは10人くらいが招待されたのですが、運よくその一人になったというわけ。

朝5時半に起床。6時からMorning session開始。日本である普通の学会とは違い缶詰状態ですから、参加しないわけにはいきません。そして昼に研究会は終了。午後は・・・何にもスケジュールはありません。

と、いうことは山の中ですから。しかも、12月真っ只中ですから。スキー以外ないでしょう。道具をそろえてすぐそこのスキー場へ。そして暗くなると戻ってディナー。翌朝はまた5時半に起床・・・の繰り返し。

そんなことを数日やって、さすがに日本人グループは最後の夜くらい山を降りてパークシティに遊びにいこうということになりました。町はクリスマスのイルミネーションがすごい。ソルトレークのクリスマスイルミネーションは、その手の飾りの元祖みたいなものらしいですね。町中がきらきらに光り輝いていました。そして居酒屋でとばーっと飲んで戻りました。

ですから、アメリカらしいところは、行きと帰りのロサンジエルス空港にいた数時間だけだったのです。後はガーラ湯沢に泊まっているのとたいして変わりありませんでした。まぁ、ただでいけただけでもラッキーなことなので、特に文句はありませんが。

2008年9月4日木曜日

チキンとトマト

ひさしぶりに、けっこうがんばった夕食です。がんばるとカロリーが高めになるのは必然か。やむを得ません。旨さとヘルシーは両立しないとあきらめ、この際旨さを優先。

まず左。簡単ドリーチキンといいます。
チキンのもも肉をオリーブオイルで焼きます、というか炒めます。そこへレトルトのカレーを一袋。にんにくとしょうがを追加して味を調えます。

もちろん中までしっかりと味はしみていませんが、これはこれでOK。 白いのぺーっとしているのはナンです。ナンでカレーソースをふき取るように食べればいうこと無し。

そして右側。こちらは焼きトマトグラタンとでも呼びましょうか。
まずトマトを厚めに輪切りにして、たっぷりフライパンにひきつめます。だいたい火が通るまで炒めて、大きな皿に敷き詰めます。家庭の秘密兵器クレイジーソルトをぱらぱら。

次にたまねぎとソーセージとエリンギをいっぱい炒めて、トマトの上にどさっと乗せます。そしたらピザ用のチーズをばら撒いて、その上にパン粉をふりかけ、オーブンへ。250度30分で表面はパリパリ、中身熱々。

これが我が家でうけないわけが無い。そして、ビールはキリンの秋味。しばし発泡酒とはお別れです。

2008年9月3日水曜日

お茶犬クリスタル

ずばり、バカラです。

数年前に伊藤園の景品で限定で(3000個?)作られ、一時はオークションでも人気。4万円くらいまで値が上がったらしいですが、今は高くて2万円くらいのようですね。

高さが8cmくらいあって、それなりに存在感があるんです。

Baccaratは1764年創始された伝統的なクリスタルメーカーで、もちろん知らぬ人はいないでしょう。でも、うちにある唯一のバカラがこれなんで、ちょっと寂しいかも。

特に何かの役に立つわけではなく、といって、飾るにはややおちゃ(茶)らけてしまうし、あんまり自慢にはなりません。でも、お茶好きの長女が嫁に行くときは嫁入り道具にでもしようかな、なんてね。

2008年9月2日火曜日

たらばの顔

と、言っていいのでしょうか。よ~く見ると、ウルトラマンに退治されそうな顔ですよね。

真っ赤なエイリアンとでも言えるかもしれません。

前回食べたのは1月ですから、1年もたたないうちに食べれるとは幸せとしかいいようがありません。 たらばがにはボリュームがあるので、食べた気がします。

味を追求するならケガニでしょうが、質より量の我が家ではタラバのほうが人気なのです。

そして、ビールはキリンの秋味。9月になって今年も期間限定発売。普通のビールよりも麦芽が多く、甘みの濃い味がいけます。アルコール分も大目の6%。うちでほろ酔いになるなら、これです。

あすなろ水族館 世代交代

春からクリニックの受付で飼育されていためだか。
最初のおかあさんは5月に怒涛の産卵の後命果てました。

そして数十匹が孵化したのですが、結局残ったのが4匹。
そして最近おとうさんもお亡くなりになりました。

と、思ったらすでにジュニアのお尻に卵がついている(写真はピンボケですみません)。

この家族での骨肉の争いと超近親相姦が、めだかの生物としての弱さの真髄のように思います。
まぁ、何とかまた育ってくれるか楽しみではありますが。

2008年9月1日月曜日

特報! またかよ!! 自民党・・・

フクダさん突然の辞意を表明。
何なんですか、国民をばかにするのもいい加減にしてよ。あんた、この前内閣改造したばかりじゃないの。

会見の冒頭、いかにも大変な時期に引き受けたんですみたいな、これまでこんなにがんばったのよみたいな滑り出し。大きな前進のための基礎を築くことができた、って結局投げ出しじゃないですか。

もっとも、もともとアベさんが緊急引きこもりで持ち上げられたわけで、いわゆるBridge machineみたいなものですから、いつやめてもいいんですけど、それはあくまで次の人材が出てきてからじゃないんですか。

新しいひとに託します、って新しい人って誰ですか。アソウ君ですか? それとも、あっと驚くマドンナとかですが。

民主党は聞く耳持たずでしたとか、いまさら嘆いている場合じゃないでしょう。もともとコイズミさんの時に、強行採決を連発して民主党に聞く耳持たずをしてたのは自民党じゃないですか。

ねじれ国会で、重要法案をことごとく反対され、小沢民主を切り崩そうと改革クラブを作らせたものの、ぎりぎりのところでどんでん返しでうまくいかない。あなたがやめても、ねじれは続くんですよ。

自分を客観的に見れると言い切りましたね。要するに自分が総理をやっていても、何もうまくいかないということを認めたわけですね。

サミット直後の退陣のタイミングを失い、解散総選挙をする勇気はない。どこかで誰かがシナリオを作っているんでしょうね。

もう、日本は無政府状態。自民党と民主党が政治ごっこ。ますます国民不在で、実質的な日本丸の運営は、ますます官僚が力を持つことになるわけですかね。

途中で番組を打ち切られた織田裕二さん、何とか言ってやってよ。

カピバラさんのコーヒーパフェ

いろいろなコンビニがPremiumなおにぎりとか、Premiunなお弁当とか、いろいろ用意してますが、Premium Sweetsも目玉商品になっているご時勢です。

うちの近くにはスリーエフがあるのですが、コンビニとしてはややマイナーなスリーエフもSweetsには力を入れているのです。350円の細長い焼きプリンは我が家では絶大な人気を博していたのですが、いつの間にか消えてしまいました。

その後、これはっというものが無くしばしコーナーを通り過ぎていたのですが、今夜はこんなものを見つけてしまいました。

カピバラさんのコーヒーパフェ、250円也。

なんとも微笑ましいではないですか。思わずてに取ってしまいました。今時のユルキャラを代表するカピパラさんですが、これは買わずにはいられない衝動を覚えてしまいました。

ただし、買って帰って、食べたのは長男。
感想は「カピバラさんがコーヒー味とは知らなかった」とのこと。

何か勘違いしてない?