2009年1月4日日曜日

Miles Davis / Kind of Blue

よくある質問で、無人島に1枚だけ音楽CDを持っていくとしたら何にしますか? と、いうのがあります。CDだけ持っていっても、プレイヤーが無ければどうせ聴けないので、捨ててもいいやつを持っていくというのが答え。大事なものは家にとっておく。まぁ、それじゃ話が進まないので、質問を変えましょう。

あなたが一生大事に聴くことができるCDを1枚だけ選んでください。CDといえども、永久不滅ではないわけで、プラスチックがしだいいたんで音質は劣化するわけですから、一生聴けるCDなんてありません、というのが答え。最近は、劣化の無いガラスCDなんという、1枚20万円くらいするようなものもあります。これでも、話が進まないじゃないか。

要するに、一番お気に入りの音楽は何?

最初から、単純にそう訊ねればいいじゃないか。音楽以外でも、本でも、映画でもいいです。いわゆるカルチャー、無くても生きていくことはできますが、有ればより人生を豊かにすることができるもの。

でも、そういうものには絶対というものは無いわけで、人によっても好みはいろいろ。なかなか一つだけをピックアップするなんてことは大変に難しいし、ましてや万人を納得させることが出来るような答えなんて最初からありゃしない。

そんなわけで、JAZZの世界では無理して答えを作ると、かなりの人は1959年に録音されたMiles Davisの"Kind of Blue"をあげてくるわけです。

1950年代のJAZZは、テーマになるメロディがあって、そのコード進行に沿ってアドリブをばりばりしていくハードバップと呼ばれる形が人気がありました。その推進力となってJAZZの世界で一気にスターダムにのしあがったのがMiles Davis。

でも、さすがにMIlesはコードにしばられた演奏の限界を感じていたわけで、モード奏法という和音(コード)にしばられない自由な演奏を思いついたわけ。とは、いってもそこには白人ピアニストのBill Evansの力もかなりかぶっているわけです。

そういう二人が作り上げたアルバムが"Kind of Blue"であって、Miles評論家の中山康樹氏に言わせれば、この1枚がなかったら、JAZZは歴史的な成果は何もないことになってしまうというくらいのものなわけです。もちろん、自分も激しく同意するわけで、高校1年生のときに初めて聴いてから35年間、いまだにこれ以上のJAZZは無いと思っています。アドリブを一緒に口笛で吹けるくらい覚えているものはそうはありません。

このアルバムのすごいところは、簡単な演奏のためのスケッチだけがMilesとBillによって用意され、2回のセッションでほとんどが一発で録音されていることです。当時、JAZZのアルバム作りではTake 2、Take 3なんて当たり前で、Miles Davisもしばしば満足のいくTakeをつぎはぎにしたりしているわけです。

これは、セッションの会話を含む全体の録音テープがみつかり、数年前からBootleg(いわゆる海賊盤)で出回っていましたのでまちがいないところ。アルバム全5曲のうち、完全な演奏として別Taketがあるのは1曲だけ。他はスタートでのやり直しが数回だけで、完全な演奏というのは発表されている1takeだけなのです。

最も有名な1曲目の"So What"では、Paul Chambersのベースがメロディラインを弾いて行くところに、Milesのトランペット、John Coltraneのテナーサックス、Cannonball Adderleyのアルトサックスがさりげなく絡んでいくところは絶妙です。

そしてとどめの一撃がJimmy Cobbのブラシで叩くシンバル。もうこれ以上の音はありえないというタイミングで、湖に小石を投げてゆっくり広がっていく波紋のようなのです。そしてここから、Milesの最初から楽譜ができていたんではないかと思いたくなるような、一瞬のすきもないアドリブに入ります。

あまりに完成度が高く、その後のライブなどでもある程度アドリブのラインを踏襲していくことになるのですが、さすがにこの初演をこえることはありません。

続いて、それまでいつもノー天気にブヒブヒと吹くだけのColtraneが抑え気味のアドリブを展開します。さらにブファーと吹きまくるだけがとりえのCannonballまでも知的な雰囲気を醸し出してしまうのには驚き。

最後にEvansがアドリブとはいえないカデンツァ風のピアノでまとめて、テーマに戻ります。当時のJAZZでは珍しいフェードアウトで遠ざかっていくのは最高の演出でした。

実は、あまりに凄いアルバムですから、ここでプログに取り上げるのは恐れ多いと思っていたのですが、昨年発売50周年として正規盤としては究極のセットが発売されていて、いよいよ期は熟せりという感じだったのです。

"Kind Of Blue: 50th Anniversary Collector's Edition"というタイトルなんですが、CD1は通常のアルバムが収録されています。そこに、Bootlegでマニアにはすでに当たり前のセッションテープを追加。とはいっても、完全なものではなく、その辺がCBS(Legacy)の中途半端なところ。

CD2も、すでに発売されている音源の寄せ集め。DVDには当時にテレビ出演した際の映像などを収録。豪華装丁の解説本とブロマイド風の写真。まぁ、このあたりまではいまさら感があるわけですが、もう一つこのセットにはマニア心をくすぐる仕掛けがあって、これのためについつい何回目かの"Kind of Blue"購入となってしまうわけです。

それはオリジナルジャケットに入った30cmアナログレコード。わざわざ擦り減らして聴こうとは思いませんが、この大きさ、レコードの懐かしい感触がたまりません。針を下ろさなくても、自然と音が響いてくるようです。完全初回限定生産とうたわれると、多少の疑いを持っても買わないわけにはいかない。

たまには、聴くためではなく所有するための音楽というものがあってもいいじゃないかと、自分を納得させるのでした。