2010年10月22日金曜日

博士の異常な愛情

スタンリー・キューブリック監督の代表作と言えば、たぶん誰もが知っているものとして「2001年宇宙の旅」(1968)が当選確実だと思います。確かに、すばらしい映画で、エンターテイメントとしても、哲学的思索願望を満たしてくれるところも完璧です。

近未来バイオレンスの傑作「時計じかけのオレンジ」(1973)、中世完全再現の「バリー・リンドン」(1975)、心理的ホラーの傑作「シャイニング」(1980)、ベトナム戦争のアメリカ人の闇を描いた傑作「フルメタル・ジャケット」(1987)、夫婦間の深層心理学を抉り出した「アイズ・ワイド・シャット」(1999)。

「2001年」以後は、30年間でたったの5作品というのが驚きですが、その一つ一つが問題作であり、その濃厚な内容は他の映画監督とは一線を画するものでした。

「2001年」以前はというと、1951年からはじまるフィルモグラフィですが、最初の10年間はほとんど雇われ監督という扱いであり、正直言ってみるべきものは少ない。

そのピークにあるのがカーク・ダグラス主演の「スパルタカス」(1960)で、ただただ長いだけの当時流行した古代史スペクタクル映画の二番煎じでした。しかし、ここでキューブリックは自分流に仕事をすることに開眼したといわれ、完全主義者のキューブリックは次の「ロリータ」(1962)によって、初めて映画作家として認識されることになったのです。

そして、いよいよこの作品です。

正式なタイトルは''Dr. Strangelove or : How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb''であり、邦題も「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(1963)というやたらと長い。

これは大戦後の冷戦状態で、被害妄想を膨らませ、核戦争の危機を現実のものとしてしまう完全なブラック・ユーモアを描いたもので、この時代の中での警笛として映画史上忘れることのできない作品となりました。

もちろん、キューブリックの映画術が最も前面に出てきているのは間違いないのですが、このブラックユーモアをサポートした人物として、脚本に参加しているテリー・サザーンの影響がつよく感じられるのです。

サザーンは「イージーライダー」の脚本家としても有名で、小説「キャンディ」、「マジック・クリスチャン」などの作品を通じて、60~70年代の病めるアメリカを代表する文化人と言う事ができます。

そして、もう一人主演+助演男優であるピーター・セラーズの活躍も大きい。セラーズは3役をこなし、それぞれの違う役どころを同じ人物が演じることで、さらにこの映画の混沌とした世界を効果的にシェイクしているのです。特にDr.Strangeloveの怪演は鬼気迫る名演です。

「2001年」前夜、キューブリックの映画人としての自信が始めて噴出した作品として、忘れてはいけない大事な映画として認識することにしましょう。

2 comment  :

himawaritomte さんのコメント...

先生は忙しい中、いつこの記事を書いたのですか。驚きます。
スタンリー・キューブリックは、高校生のときに、”時計じかけのオレンジ”を見たのが最初です。当時地方では、封切でも2本立てでした。ファンだったオードリーヘップバーンの”パリで一緒に”を見に行ったら、併映が”時計じかけのオレンジ”だったのです(凄い組み合わせですよね)。全く予備知識なく見たもということもあり、大変なインパクトで、キューブリックの名は脳に刻み込まれました。
”2001年”は、1978年のリバイバルのときに、テアトル東京で見たのが最初です。若い頃見た映画は、映画館まで記憶しているのに、最近は何の映画を見たかさえ、忘れることがあります。
”博士の異常な愛情”は、むしろピーター・セラーズつながりで、ビデオで見たと記憶しています。
部屋の棚には、”時計じかけ”と”2001年”と”スパルタカス”のDVDがありますが、それに”博士”を加えた4作が、スパルタカス以後の全作品がそれぞれ全く違うタイプの映画だったキューブリックの、代表作のように思います。

亜沙郎 さんのコメント...

・・・不思議でしょう? ブログは「仕事」だと思ってますから (^_^;)v

やはり「2001」は人類史上最高の映画のひとつでしょうね。今となっては、「近過去SF」ですが、鉄腕アトムの例を出すまでも無く、人間のイマジネーションほどには現実は変化していないのが寂しい感じがします。