2010年10月23日土曜日

泥棒成金

今週は映画ウィークということで、旧作ばかりですが芸術として娯楽として忘れられない作品を紹介しています。

映画の中にはいろいろなジャンルがあるわけですが、娯楽作品は一般的にB級扱いでアカデミー賞などでも冷ややかに見られていることが多い。最も、最近は内容よりも商業性のほうがまさっているような感じがしますけれど。

そういう意味では、映画の娯楽性、いかに観客を楽しませるかということを考え抜いて作品を作り続けたのがアルフレッド・ヒッチコックではないでしょうか。

ヒッチコックに対する思いはすでに書いてしまいましたし、娯楽作品としての傑作である「鳥」については、けっこう前にネタにしています。他の代表作としてしばしば名前が出るのは「サイコ」、「裏窓」、「北北西に進路を取れ」など、もうあげだしたらきりがありません。繁盛しているコロッケ屋さんみたいなものです。

ヒッチコックの作品を読み解くには、いくつかのキーワードがありますが、その代表的なものが「マクガフィン」です。これは話の展開の上で重要なもの、物だったり人物だったり、単なる言葉の場合もありますが、実はどうでもいいわけであくまでも「きっかけ」程度のことであるのです。

ヒッチコックはマクガフィンを効果的に使う天才で、観客はほとんどそれを意識することなくストーリーに没頭させられてしまうのです。

そして、次に「間違えられた男」がしばしば登場します。日常から非日常の落差が大きなスリルを生んでいくわけで、そういう意味では失敗作と言われている「トパーズ」は最初からスリルを持っているスパイが主役だったことがつまらなくしている要因かもしれません。

そして、ヒッチコックは短い画面展開 - カットバックを繰り返し行うことでハラハラドキドキ感を盛り上げたり、マクロ(俯瞰ショット)からミクロ(アップ)への画面転換で観客を一気に引き込んで効果的にサスペンスを作っていくことが得意でした。

映画は観客を裏切ってはいけない、というのもヒッチコックの映画哲学のひとつです。観客は登場人物に感情移入していくので、観客が期待する状況をうまく提示していくことが商業的な成功の秘訣であると述べています。

それを逆手にとったのが「サイコ」です。誰もが主役と思っている有名女優が物語の前半で惨殺されてスクリーンから消えてしまう。こんなことは、普通ありえない。これが観客によりいっそう大きな混乱と恐怖を与えているのです。

さて、そこでヒッチコック作品としては娯楽に徹して、サスペンスよりも比較的ユーモアの多い冒険活劇ものとして「泥棒成金」(1955)を取り上げてみます。

これは、明らかに当時ヒッチコックがお気に入りだったグレース・ケリーを撮ることが目的の映画と言っても過言ではありません。高級リゾートのリヴィエラを舞台に、ヒッチコック物にはおなじみのケイリー・グラントをちゃかして、遊び心をふんだんに取り入れているのです。

美人女優と人気男優、美しい風景、ユーモア、冒険という具合に、観客が文句なしに楽しめる要素がふんだんに盛り込まれました。まさに、観客の期待を裏切ることが無い、教科書的な娯楽作品なのです。ですから、「泥棒成金」は傑作とまではいえないかもしれませんが、適度の刺激を求めて映画館にきた人々を十分に楽しませることができました。

実は最近感じているのが、一連のトム・クルーズの作品。つまり、ヒッチコックの娯楽映画はかくあるべきみたいなところを、意識してかしていないのかはわかりませんが、けっこう影響されているのかなということです。最新作もキャメロン・ディアスの巻き込まれ型のコメディ要素も取り入れたサスペンス。

偉大なるヒッチコックが、映画を作る人たちに与えた影響ははかりしれないものがあって、直接的でなくても、さまざなところにその足跡が残されているということは間違いありませんね。