2011年3月31日木曜日

ジミーが来ない!!

ジミー・・・ってJimmy Pageのことなんですけど。知っている人は知っている。知らない人は知らない・・・当たり前か。

北京オリンピックの時になんかいたギターを抱えたおじいさん。実は、70年代最強のロックバンド、Led Zeppelinのギタリスト。元々は、ヤードバーズ出身で、イギリス三大ロック・ギタリストの一人。

とりあえず、4月から長崎県美術館で開催される、スウィンギン・ロンドン 50's-60'sという昔のカルチャーを懐かしむ企画でトークショーをするということで来日する予定だったとか。

英国政府が渡航自粛を勧告したため来日を断念したそうで、ファンにとってはがっかりでしょう。当然、原因は今回の東日本大震災による原発事故でしょう。

日本人以上に外国の方は、この時期には日本には行きたくないでしょうし、日本から帰りたいでしょう。それは、しょうがない。誰にも責めることはできません。

なんでも、横浜の中華街でも避難してしまい休業している店がけっこうあるらしい。日本にある外国企業に赴任してきている方も、けっこう帰国したりしているようです。

それはともかく、ジミーは最近は何してるんですかね。三大ギタリストのエリック・クラプトンとジェフ・ベックが現役でやっているのに比べると、どうもよくわからない。時々、思い出したようにロバート・プラントとアルバムを作ったりしていますが・・・

とにかく、来日しなくてもいいですから、新しいことで活躍してもらえれば、昔のファンとしては充分OKです。過去を懐かしんでのトークというのも、まぁ今更いいかと思うですけど・・・

2011年3月30日水曜日

無駄を省く

4月が目前にせまって、今までになく気忙な3月でした。特に東日本大震災からの2週間は、とにかく長かった。

だからといって、日常が戻ってきたわけでもないわけです。計画停電のこともありますし、福島原発事故から次から次へと派生する問題もなかなか収束する見通しが立たないわけで、かつての毎日呑気に暮らしていた日々とはずいぶんと違う。

一般市民として、今できることは限られていますが、とにかくできるだけ協力したいのは節電。確かに供給量を上回らなければ、停電する必要が無いというなら、日中などはほとんど節電をする意味がないかもしれません。

しかし、節電していく気持ちというか、姿勢は大事で、みんなが少しずつでも無駄な電気の使用を減らしているから、全体の電力供給にゆとりがでているわけです。

実際、クリニックでも照明を点灯することを減らしていますが、けっこう無くても困らないものだと初めて気がつきました。暗いと、なんか陰気くさいとか、寒々しているとか言いますけれど、実質的には元々が明るすぎるのかもしれません。

うちのクリニックは待合室からリハビリ室まで、窓がたくさんありますので、日中はかなり陽が入るんです。冬でも、晴れた日は温室効果でけっこうポカホカ。確かにそういう状況で、照明をいっぱいつけていても、そうは変わりがあるわけではありません。

スーパーなども、照明を落として、さらに棚の商品も少なめだったりすると、寂しい感じがないわけではありませんが、それで困ることもありません。

日本人は、やはりだいぶ贅沢に慣れてしまっているんでしょう。今回の震災で、今までずいぶんと気楽な生活をしていたのがよくわかりました。

もちろん、とことんストイックな生活をしなければいけないとか言うつもりはありませんが、もっと自分の周りを点検して、余分なのを省くことも大事だと思いました。それはセコでもケチでもないんですよね。

2011年3月29日火曜日

サッカー チャリティマッチ

震災の影響で中止になった国際試合でしたが、せっかくの機会をサッカー界は無駄にしませんでした。現役の日本代表VSJリーグ選抜というドリームマッチを震災のチャリティとして今夜行いました。

過去5年間に活躍した選手、そして次の5年間に活躍する選手が出場してのドリームマッチです。海外で活躍している選手もほぼ全員参加しての試合は、通常ならまず見ることの出来ないすごいメンバーが集結しました。

ファンの応援があってのサッカーということを、サッカー協会も選手も十分にわかっているからこそできたことでしょう。サッカー界が一丸となって、今回の震災からの復興を支援しようとする気持ちが伝わるものでした。

特に三浦和良のゴールは、今回のイベントの象徴だったかもしれません。出来すぎかもしれませんが、やろうとしてなかなかできるものではない。やはりカズは何か持っているんでしょう。

外国で活躍する選手も、ほとんどが参加したことも大きな意味がある。日本のために、しっかりと「がんばろう」というメッセージが伝わってきました。とにかく、ひさしぶりにテレビで盛り上がる感じがありましたね。

それにしても、それに比べてプロ野球は・・・選手個人はいろいろと活動していることがちょこちょこ報道されていますが、野球界としては(特にG)・・・野球で育った自分としては、寂しい感じがしています。

2011年3月28日月曜日

高校野球・春

こういう時期ですから、開催そのものにも賛否両論があった春の選抜高校野球大会。

そのことについては、自分はどうのこうの言える立場ではありませんが、それぞれの県や地方を背負っている高校球児の夢舞台を何とか実現できたことは悪いことではないはずです。

今日は東北高校の登場で、おのずと注目が集まりました。

プレイボール・・・東北高校のエースの投げた最初のボールは・・・
快音を残してスタンドへ運ばれていきました。

結果は、0-7で完封負け。
それは、今回彼らが背負った大きなハンデの影響もあるかもしれませんが・・・しかし、現実でもあるわけです。

確かに最終調整をすることができず、精神的にもかなり厳しい状況だったことは想像に難くありません。しかし、実力の部分もあるわけで、だからこそさらに頑張って強くなってもらいたい。

もう一度、夏の甲子園に戻ってきて、その時には頑張る東北人、そして日本人として全国の声援の下に活躍できることを願わずにはいられませんでした。

サクラ サク


着実に ゆっくりと 春が近づいています
サクラは 気持ちを 一新してくれます
今年も 間違いなく 人々の気持ちを 解きほぐしてくれるでしょう

2011年3月27日日曜日

France Clidat / Liszt Piano Works

クラシック音楽のCDというのは、次から次へと発売されていますが、さすがに一度に何万枚とか売れるわけではありません。ですから、よほど話題になったものでないと、すぐに廃盤になってしまい手に入らなくなってしまいます。

名盤と言われたものでも、永らく消えてしまっているようなものも珍しくない。そもそも、アナログ時代のレコードで発売されたものが、いまだにCD化されていないこともよくあるわけで、一部の愛好家の間ではかなりの高額で取引されたりすることもあるわけです。

女流ピアニストのクリダは、1968年から1974年にかけて、フランツ・リストの膨大な作品の中からピアノ独奏曲の集大成を作りました。LPレコード24枚で、当時としては最大規模の「全集」として大変話題になったそうです。

クリダはこの後、マダム・リストと呼ばれるようになったわけで、リスト弾きとして絶大な評価を得ることになりました。ショパンと比べるとリストの曲は、技巧的で比較的男性的な印象がありますが、クリダは逆にリストの隠れたロマン的な部分を引き出すことに成功したと言えるかもしれません。

21世紀になってから、レスリー・ハワードによる狂気のリスト全集(どうでもいいものまでかき集めてCD100枚!!)が完成したために、クリダの場合は全集と言うわけにいかなくなってしまいました。しかし、一般的な作品はほぼ網羅されており、その価値は減じることはありません。

かつての24枚のレコードがCD14枚になって、改めて手に入ることは大変嬉しい。これだけでも、全部を聞き終わるのには結構な時間が必要ですし、リストの曲はなかなか聞き流しができないので大変。

それでも、すべてを聞きたいという超マニアの方はハワード、有名な曲だけでいいという人はボレットかシフラのセットがお勧めです。

2011年3月26日土曜日

電気の使い方

東京電力が震災後始めた計画停電。やるのかやらないのか、どこでやるのか、いつからやるのかなどいろいろな問題が噴出しています。

何故か? これは言葉がよくない。計画されているのは、可能性のある時間帯と地域であって、それが実行されるかどうかという一番大事なところが計画されていないわけです。

つまり、停電をするかどうかは、そのときの電力需要が供給力を超えるかどうかで決めているわけです。現在の電力供給バランスは、東京電力のHPに発表されています。

グラフで、青線が昨年の実績、赤線が昨日の実績、水色の棒グラフが今日の状況です。今日は計画停電を実施していません。実施された場合は、棒グラフのイロハオレンジ色になります。18時のところにある、短い黒線が本日の供給可能なリミットです。

まるで、ウェブサイトのアクセス数グラフみたいな感じです。午前3時から4時頃に最低になり、午前9時から10時に最初のピーク、その後日中はやや減りますが、午後6時から7時にピークに達するというのは、ほぼ平均的な動きのようです。

去年の実績通りであれば、きょうは確実に午前と午後の両方のピークで供給力をオーバーしていることになります。しかし、昨日も本日も、皆の節電の効果で供給力を下回っているわけで、停電をする必要はありませんでした。

もしも、去年並みに電気を使うと、自分の場合の1日の実質的な生活時間帯(午前6時から午後10時)の半分近くで停電してしまうことになります。これは確かに、生活への影響はかなりあるといわざるを得ません。

ただし、深夜については例年並みの電気を使用をしても、供給力を上回ることはまずなさそうです。節電をする必要がないとは言いませんが、夜間に寒いときに無理に暖房を我慢することは無いのかもしれません。

今のやり方の「計画停電」であるならば、無理して体調を崩さないように、現在の電力事情をうまく把握して節電をしたいものです。

しかし、実際には停電事情に不公平が感じられることは否めません。結局、供給力を超えそうなときだけ停電を実施しているので、すでに何回も停電をしているところと、一度も停電していないところがあります。

供給力の余力にかかわらず、朝と夕方に順番に停電を実施してはいけないのでしょぅか。地域と時間帯がはっきりしていれば、停電する側の対応も比較的容易になります。つまり、その時間帯以外では停電しないという安心が生まれるわけです。

いろいろな不安なことばかりがどんどん出てきている今の状況のなかでは、必要なのは安心であることは間違いありません。

春が近づいてきて、多少の寒さは我慢できるようになってきましたが、今後暑くなってくると冷房を使用することは避けられないかもしれません。今よりも、電気の需要が増大することは間違いなく、本当の意味で「計画された」停電をしないと、不安以上に不満が爆発することにもなりかねません。

2011年3月25日金曜日

東日本大震災から2週間

今年もあと281日。早いもんです。ついこの前、正月があって、成人式があり、首都圏でもやっぱり雪が降るんだと思ったのもつかの間、近年まれに見る花粉飛散が話題になり・・・

そして、あの時から時が止まってしまった日本人が数多くいるのではないでしょうか。東日本大震災は、早くも今年のニュースの第一位の座を決めてしまいました。

その後は・・・?

2週間経過した頃でも、原子発電所の状況は一進一退。長引けば長引くほど、さまざまな憶測を呼び、巷には様々な不安材料が撒き散らされていきました。

これは、実際に各地に飛散している放射性物質よりも、もっと怖いものであるかもしれないのです。

ガソリンはだいぶ手に入れやすくなり、スタンドの行列もだいたい解消されてきたようです。スーパーの商品はだいぶ戻ってきましたが、計画停電の関係でスーパーマーケットなどのお店は、なかなか営業時間が定まりません。

節電の関係もあって、いろいろな夜間の行事はどんどん中止になりました。日本リウマチ学会も、4月の学術集会を早くも延期を決定。5月の日本整形外科学会の方も、延期を検討中です。

3月中のちいさな研究会は、ことごとく中止か延期。季節がら、送別会など賑わうはずの季節ですが、飲食店街は営業できない店が少なくない。

テレビは震災一色だった報道番組はだいぶ減って、通常の番組がだいぶ戻ってきましたが、ちょうど年度末で元々安上がりなバラエティ番組ばかりになる時期ですから、テレビ局の安易さはより際立っている気がします。

しかし、直接的な被災地を除いて、着実に、少しずつではありますが、人々の暮らしは元に戻ろうとしています。これから、どうやって立て直していくのか。日本の能力が大きく問われる時期が近づいているわけです。

2011年3月24日木曜日

放射線量 Part2

福島原発事故は、関係者の必死の努力で何とか小康状態となっていて、今は外部電源により、何とか冷却機能の復旧が待たれる状況。しかし、作業員が被爆して搬送されたりと、なかなか先が見えていません。

被災地周辺で栽培された野菜や牛乳から放射線が検出されて、食の不安も出できました。もちろん、健康に影響が出るレベルではありません。一方、急に振って沸いてきたのが水の問題。

しかも、東京でいきなり上水道の水から放射性ヨウ素が検出され、大人の場合には問題ないが乳児の摂取は原則禁止という事態に、新たな混乱が加わってしまいました。

問題になっている葛飾区金町浄水場も松戸市の浄水場は江戸川から取水しているわけで、江戸川は利根川からの分流です。より福島に近いことで、風向きや降雨の関係によるのだろうと想像できます。

今回葛飾区で上水道から検出された放射性ヨウ素の量は210ベクレル/kgで、福島県内での計測よりも高いことには驚かされます。

しかし、どうも最近のニュースを見ていても、この放射線に使われる単位がよくわかりません。一応、放射線による人体への影響度合いを表す単位を「シーベルト(Sv)」、放射性物質が放射線を出す能力を表す単位を「ベクレル(Bq)」と言うとなっていますが、これだけではどうもピンとこない。

いろいろな説明が、あちこちのHPにありますが、とにかく同じものをあらわすものではないので、専門家ではない者にとっては簡単には理解できません

とりあえず、210ベクレル/kgの放射性ヨウ素を含む水を1リットル(1000g)を経口摂取したとします。これは0.00462ミリシーベルトに相当するようです。健康被害が出現するといわれている100ミリシーベルトを超えるには、21.65トン以上の放射性ヨウ素を含む水が必要ということになります。

毎日2リットルの水を飲むとします。これがすべて今回の問題になった放射性ヨウ素を含む汚染水とすると、21.65トンに達するには10823日かかります。これは、おおよそ29.7年。もちろん、いわゆる内部被爆ですからより慎重にならないといけません。

このような計算の考え方があっているのか、よくわかりませんが(どなたかわかる方がいれば、是非ご教示ください)、いずれにしても通常積極的な健康被害は考えにくい量であるとこは間違いないようです。

しかし、次から次へといろいろな放射線の問題が出で来ると、それらが重なっていくといつまでも健康には問題はないと説明し続けるのは難しくなっていきます。

日本産婦人科学会が妊婦・胎児への影響についての見解を発表したのが大変参考になります。上で計算したように、毎日この汚染された水1リットルを全妊娠期間中飲用し続けた場合、妊婦の受ける被爆量は1.232ミリシーベルトになります。胎児が影響を受ける被爆量は50ミリシーベルト以上と言われており、通常は母体の被爆が丸々胎児に移行することはないと考えられているとのことです。

では、どのくらいになったら危険なのかということも、是非知りたいわけです。いろいろな状況があるわけで、なかなか一概には決められないわけですが、かなり大胆な仮定をしてみます。

毎日2リットルの汚染された水を1年間飲み続けるとします。この場合に検出された放射性ヨウ素が3150ベクレル/kgであれば、被爆量は50ミリシーベルトを超えることになります。胎児であれば何か影響が出るかもしれません。通常の大人であれば、その倍の6300ベクレル/kgで健康被害の出る100ミリシーベルトに達することになるわけです。

もうひとつ、旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所の事故の資料がよく言われています。実際の資料は確認はしていませんが、少なくとも癌の発生頻度については、小児の甲状腺癌を除いてとくに増加していないと言われています。

何が何でも、安全で心配ないと言い切ることはできませんが、ちょっと冷静に考えるとこのような根拠によって、少なくとも自分は問題ないと理解することができました。ちなみに、横浜市の水道は利根川ではない相模川水系ですしね。こういうときですから、できるだけネガディブにならないようにしたいと思います。

往年の大女優逝く

アメリカ・ハリウッドの映画の最も輝いていた時代を支えた女優、エリザベス・テイラーが亡くなりました。1932年生まれで、79歳。

女優としては脂が乗っている50歳台ごろ、1980年代以降はめだった作品も無く、若い人には伝説になってしまったかもしれません。または、マイケル・ジャクソンが敬愛していたことで名を知っているくらいなのかもしれません。

どうして、主演をはる表舞台から後退したのかは、自分にはうかがい知るところではありません。しかし、少なくともアカデミー賞の歴史を見れば、50年代から60年代にはリズなしでは映画を語ることができないほどの絶大な人気を誇っていたといっても良いでしょう。

日本では、伝説的な女優としては吉永小百合がすぐに思い出されますが、吉永小百合は年を取るに連れて、ますます魅力を増してさらに輝いているところがまったく違います。

誰もが知る作品と言えば、おそらく「クレオパトラ(1963)」でしょう。「ベンハー」などと並んで、歴史物大スペクタクル物の代表的な作品です。あるいはアカデミー主演女優賞を受賞した「バージニア・ウルフなんかこわくない(1966)」を代表作にあげる方が多いのかと思います。

自分の場合は、アカデミー監督賞(G.スティーブンス)に輝く「ジャイアンツ(1956)」が、ジェームス・ディーンの遺作ということも手伝って、最も印象的な作品です。一つの家族の歴史を追いかけていく愛憎劇で、アメリカという国の縮図のようなものを見ることができるのです。

とにかく、神格化され伝説となった大女優であり、そういう方は今後二度と出現しないと思います。一つの文化が終わった、一つの時代が去っていく、そういう思いを抱かされました。

2011年3月23日水曜日

節電

このところ、午前中に患者さんが集中。午後になると・・・ぱったり。夕方から、もう一度忙しい、という感じです。

つまり、午後の3時から6時くらいまでは、超まったりモードなのです。これというのも、やはり地震の影響、というか計画停電の関係が大きいのでしょうか。

街全体も、夕方以降は静かな感じで、まぁ宴会やっている場合じゃないという雰囲気です。居酒屋さんにとっては、相当厳しいことになっているのかなぁ、と思います。

今日はあざみ野付近は停電していましたが、このあたりはもう計画停電常習地域化しているような感じがします。

本来、停電地域の公平性を考えて、停電グループの時間を変えながらローテーションしているはずなんですが、やっばりやりませんという時もけっこうあるので、必ずしも均等になっているわけではありません。

そんなわけで、今週末からはグループをさらに細分化する計画が出ています。今後、夏まで、いえいえ場合によっては来年までも続くかもしれないと言われている計画停電ですから、うまいことやってください。

ところが、うちのクリニックは計画停電回避地域ということで、原則停電しないことになっていて、多少気が引けるわけです。近くに大きな地域中核病院があったり、それより区役所・警察署・消防署といった行政の中心が集まっていることが理由なんでしょうか。

それ以外にも、なんで抜けているのかわからない地区もけっこうありますから、これは変電所などの関係なんでしょうか。実際、公平という観点からはなかなかうまくいっているとは言えないところがあります。

クリニックでは停電しないかわりに、とにかく節電で協力するしかありません。リハビリ機器などは、電気を使わないわけに行きません。それよりも、電子カルテやレントゲンも電気なしでは、ただのゴミみたいなもの。

まずは照明。全体の半分くらいの照明のスイッチは入れないことにしました。だいぶ暗い感じはしますが、まぁ暗くて困ると言うほどではありません。加湿器は使用を中止することにしました。魚の水槽も、照明は半分。

トイレも、今時は電気をずいぶんと使っている。便座の暖房、シャワー、便器洗浄、いずれも電気を使っています。申し訳ありませんが、便座の温かさは我慢していただくことにしました。

ちょっとだけのことかもしれませんが、とりあえず出来ることは少しでもやるしかないと。いろいろと、ご不便をおかけしていますが、どうかご協力ください。

2011年3月22日火曜日

灯り少なめ

みなとみらい。普通なら賑わいが命の街。

休みの店も多いのか、やや暗めです。エスカレーターも、動いていないところがありました。

求人は締切

3月に入って、まだ1週間と思っていたら、地震のせいで、気がつくとあと1週間となってしまいました。なんか、すっぽりと生活が抜けてしまったみたいな感じです。

先週は、地震の後歩きすぎで膝や腰を痛くした方が多かったようです。地震そのものでケガをしたという方は、打撲程度が一人だけ。

いずれにしても、患者さんは随分と減ってしまいましたが、こればかりはしょうがない。クリニックの経営という観点からは、大打撃必至というところでしょうか。

クリニックでは、4月からのスタッフ募集をタウンワークに出していたのですが、タウンワークのサービスで3週間連続掲載というのがあるんです。

3/7号が医療特集ということで、これに掲載を申し込むと前後で合わせて3週間を選ぶことができます。普通なら、3/14号、3/21号と載せるところでしょうか。

ただ、今回は早めでもいい事情があったので、2/28号からの3週間にしてもらいました。結局、3/7号までで新規採用を決定したので、3/14号はキャンセル。

これは正解でした。3/7号では、それほどこちらの希望にかなう応募がほとんど無かったので、もしかしたら地震の影響で決まらなかったかもしれません。

まだまだ、運は味方してくれているようです。少しずつ日常が戻ってきていますし、とりあえずは今ある仕事をしっかりとこなしていくしかありません。

2011年3月21日月曜日

ガソリン不足

首都圏での買いだめ行動はだいぶ落ち着いたのか、スーパーの棚にもだいぶ商品が並ぶようになったと思います。しかし、ガソリン不足は依然として続いており、生活に直結する問題となっています。

もともと、中近東の危機があって、石油の輸入に不安が生じていた時期でした。特にリビアの内戦は、影響が大きいようです。ちなみにリビア内戦についに米仏などが軍事介入を開始したというニュースは、本来なら世界のトップニュースです。

今回の地震と津波の被害で東北太平洋岸の精油所の多くが稼働停止状態であり、復旧のめどはたっていません。

関東地方は一部を除いて、今週中には再稼働される見込みだそうです。安全を確認して再稼働するのは、容易ではないと聞きました。西日本の精油所は増産を行って、積極的に東日本に向けて供給を開始しています。

しかし、被災地への物資輸送や避難所での暖房用、あるいは被災地からの避難用として供給されることが最優先です。しかし、現実にはなかなか思ったように供給ができていないということです。

そもそも、多くのタンクローリー車と運転手が被災しており、運搬手段もかなり減っているということです。また、まだまだ道路や鉄道、あるいは港などが復旧していないことが原因となっています。また、放射線を恐れて近づかないというような話も出ています。

政府は東北地方で十分な量が、今週中には供給される見込みといっています。首都圏で十分な供給が確保されるのはその次ですから、まぁ楽観的に考えれば3月中はしょうがないというところなのでしょうか。

停電などの問題で、鉄道・バスなどの交通手段が安定していないために、どうしてもガソリンが無いことが不安を強くしていると思います。実際、自分も先週は何度か利用しましたが、停電でもないのに運休になっていたりして、なかなか時間が読めないのには困りました。

スタンドのガソリン待ちの列に割り込んで傷害事件が発生というニュースもありましたが、どうしても、ガソリンが必要な人は当然いるわけで、少ないガソリンを求めて道路に長蛇の列ができるのもやむをえません。

ただ、ガソリン足りなくて並んでいるなら、少なくともエンジンは停止してもらいたいと思います。わずかではありますが、アイドリングだけで貴重なガソリンを減らすのはどんなもんでしょうか。

2011年3月20日日曜日

放射線量

福島原発では関係者の決死の3号機への放水作業で、一時的には放射線量が減少したのも束の間、本日は4号機への放水が続きました。さらに原子炉内の圧力の不安定さも手伝って、なかなか先が見えない状況が続いています。

しかし、外部電源の引き込み作業がだいぶ進んでいるとのことで、なんとか操作パネルが復旧すれば、事態は収束しやすくなると期待されています。

一方、今日9日ぶりに救助された祖母とお孫さんがいました。特に祖母は80歳という高齢ですから、本当に奇跡的なことだといえます。地震だけなら、他にも生存者が次から次へと救助されたでしょうが、津波の驚異はすさまじくなかなかこのような嬉しいニュースは入ってきません。

ところで、放射線の見えない驚異というのは、依然として続いているわけです。これについては、いろいろな人がいろいろなことを言ったり書いたりしているわけで、なかなか理解の混乱がおさまりそうにありません。

もちろん、自分も原子力・放射線の専門家ではありません。あまり、不確かなことを言うと、そういう混乱の原因の一つになってしまっては申し訳ない。

ただ、ふだんレントゲンというγ線の放射線を使っている、別の言い方をすると患者さんに放射線を浴びせている立場としては、ある程度冷静な対応をすべきだと思っています。

日本人は広島・長崎に落とされた原子爆弾のイメージを捨てることができないため、原子力に対していつでも「キノコ雲」を重ねて想像してしまいます。今回の事故でも、そのことがよけいに人々の恐怖心をあおっている部分は否定できません。

原子爆弾というのは、原子力を利用していますが、原子力発電所には存在しないようないろいろな化合物を利用して、まったく別の次元で引き起こされるものです。

ですから、今回の事故で心配しなければならないのは漏れ出た放射線による健康被害と土地の汚染という問題であって、これについては政府が指示している避難範囲がすべてといっていいのだと思います。

つまり、最悪の事態が起こった場合、福島第一原子力発電所から半径20km圏内からの避難と半径30km圏内の屋内待避ということです。仮に範囲が甘いとしても、アメリカがいっている半径80kmで十分と言えるのでしょう。

信号で言えば、半径20km圏内は赤、半径20~30km圏内は黄色、半径30~80km圏内は点滅している黄色、それ以外は緑ということだと思います。

この中に含まれている方は、当然しっかりと最悪の事態に備えて可能な限りの避難をすることは当然のことです。しかし、東京や神奈川で、必要以上にあわてる必要はありません。とにかく、冷静に行動することが求められています。首相官邸のHPでも、安全についての情報を積極的に載せています。

現場で直接の作業に従事したハイパーレスキュー隊の方々の被曝量は、最大で27ミリシーベルトだったそうです。胸部単純レントゲン写真の被曝量はおおよそ1回につき0.1ミリシーベルトですから、270回分を数時間の中で被爆したと考えるとかなりの量に思えてしまいます。

しかし、CT検査では1回の検査で5~10ミリシーベルトのの被曝と考えると、CT検査数回分であり、これは日常的な診療の中で多くの患者さんに行われている範囲といえそうです。ただし、どれだけの時間連続的に被爆するかで、状況は変わってきますからなかなか単純には割り切れるものではありません。

一般的には、健康被害が確認されているのは100ミリシーベト以上の被曝からです。少なくとも生死に関わるような被曝は数千ミリシーベルト以上と言われています。隊員の方々も、4時間以上の連続作業をすれば体調不良を訴えるかもしれません。

都内の1時間当たりの放射線量は、震災前はだいたい0.03~0.04マイクロシーベルト(0.00003~0.00004ミリシーベルト)です。震災後では最も高かったのが3/16の0.161マイクロシーベルト(0.000161ミリシーベルト)です。

今までの状況の中では、最大の状態を1年間継続したとすると、
0.161マイクロシーベルト×24時間×365日=1.41ミリシーベルトということになります。

こういう数字はあげていたらきりがありません。とにかく、それをどう捉えるかは個人個人で違うと思いますが、少なくとも東京・神奈川近辺では今すぐ危険と言うことはないし、最悪の状態でも安全と考えます。

桜前線

3月下旬、例年なら花粉にかわって桜前線の話などがちらほら聞こえてくる頃です。もちろん、今はそれどころではなく、ニュースには桜のさの字もでてきません。

日本気象協会が震災の直前に発表していた桜の開花予想では、一番の被害を受けた東北地方は4月の中旬以降に見頃になるようです。

それまでに、ある程度の今後のことがわかっているといいですね。きっと、どこかに気持ちを和ませてくれる桜の木が残っていることを期待しています。

長期処方について

日本医師会が、製薬会社の協力のもと多くの医薬品を現地に提供したという話は医療関係者としては、あるいは医師会員としては嬉しく思うニュースでした。

被災地では多くの医薬品が不足しており、まだまだ簡単に物資の搬送がままならない状況が続いています。他の地域で多くの薬を消費することは、被災地の医療に影響を与えるため、長期処方による一度に多くの医薬品を使うことは避けるようにいわれています。

これは、他の生活物資の買いだめと同じ事で、できるだけ協力していかなければなりません。通院が困難な方を除いて、通常以上の長期処方は控えさせていただいています。

皆様にご不便をおかけしますが、どうかご理解いただきたいと思います。

2011年3月19日土曜日

原子力発電

今回の震災の被害を大きくしたのが津波。そして被害を長引かせているのが原子力発電所の事故。

さすがに地震国ですから、東北地方でも地震そのものによる家屋の損壊は比較的少なかったようです。津波で壊滅的被害を受けた町の被災者の証言でも、地震の後屋内にとどまっていたという声が多く聞かれています。

横浜では、横浜駅前のホーリング場の天井崩落というのはありましたが、そのほかには目立った話は聞きません。少なくとも、現在の家屋の耐震設計はかなり信頼できるものと言えるのかもしれません。

津波については、今回、専門家の方々は口をそろえて「想定以上」という表現をしています。もちろん、天災ですから、すべてを予想してあらかじめ準備すると言っても無制限の対策を取ることはできません。

問題は原子力発電所です。現在も、現地では関係者によるまさに決死の作業が続いているわけですが、資源の乏しい日本にあっては、原子力発電をまったく使用しないという選択肢はなかなかとれないという現実があります。

実際、電力の供給不足となって、計画停電という事態に至って、今までどれだけ意識しないところで便利な生活を享受していたか思い知らされたのです。

今は、節電意識が高く、多少の不便はやむを得ないと考えていますが、いつまでそれを続けることができるでしょうか。一度知ってしまった甘い味を忘れることは、なかなか難しい。

原子力の平和利用に反対することは簡単かもしれませんが、代替えの方法なしでは容易に賛成することはできないでしょう。そこで、考えるときの一つの答えが、今回の震災の中にあるかもしれません。

つまり、震災直後に運転を停止した女川原子力発電所のことをあわせて考えることが重要です。つまり女川原子力発電所は、2005年の宮城県沖地震では想定以上の揺れにもかかわらず、特に問題は発生しませんでした。今回の震災でも、自動停止し一時火災が発生したものの、すぐに問題は収束しています。

福島原発は1970年、女川原発は1984年が運転開始です。福島は日本でも最も古い原発の一つですから、この15年間の技術的な進歩というものは確実にあるのかもしれません。

もちろん、いろいろな条件の違いはあるわけですから、単純に比較できるものではありませんが、今回の全交流電源喪失という事態を詳細に検討しそれに対する二重三重の安全対策を追加していく知恵は必ずあるはずです。

同時に考えなければならないことは、原発の事故のリスクを原発の存在する地域の人々に重く課しているということです。福島から300km以上離れている首都は、直接的な放射線被害を心配しないですむ状況にあります。

とにかく、今は東京電力の職員、ハードにかかわった東芝の職員、自衛隊員、警視庁機動隊員、消防庁職員など、多くの方々が一歩間違えば命と引き替えになる危険な作業をしている最中です。

自分たちは、彼らの仕事を見つめることしかできません。彼らを信じて、とにかく事態が好転することを待つしかありません。今回の事故の多くの問題点を正しく抽出して、後にきちんと議論ができることが大切です。

それにしても、1週間過ぎてテレビもだいぶ通常の番組が戻ってきていますが、この1週間の各テレビ局の報道合戦は・・・全局で共同で一つの番組を作って、他は休んだら相当な節電になるんじゃないかと思いました。

2011年3月18日金曜日

東日本大震災から1週間

先週の金曜日、午後の診療を始める直前に発生した大地震。直後に停電し、結局回復の見込みが立たないために午後は休診。

夜にはあちこちに外出していた家族を車で迎えに出て、信号も消えた真っ暗な道を黙々と歩いている人の列を見て並々ならない事態が起こったことを実感しました。

翌日、土曜日は朝から診療を普通に開始しましたが、続々と入ってくる東北の様子がテレビでわかってくるにつれ災害の深刻さが伝わってきました。

夕方に診療を終えて、店ですでに懐中電灯や単一乾電池がすでに売り切れ、さてガソリンを入れようとスタンドによってガソリンが売り切れという状況にすでになっていることで、自分たちの生活にすでに大きな影響があることがわかりました。

たまたま、小さなスタンドでガソリンを満タンにすることができたのは、本当にラッキーだったと思います。と、言うのもどうしても日曜日に名古屋に行く用事があったのです。

津波注意報が解除されたとはいえ、駿河湾の荒波をもろに受ける可能性のある由比を通過しなければならない東名高速を避けて、日曜日は朝の5時に出発して中央高速に使って名古屋へ出発。

夜、新幹線で新横浜に戻りました。夜、家でニュースを見て福島原発のトラブルを知ってびっくり。総理の会見で、月曜日からは停電の可能性が示され、クリニックの診療がどうなるのか心配しなくてはならなくなりました。

月曜日と火曜日は、とにかくバスと電車で早めにクリニックへ行き来して右往左往。火曜日の夜に家内が名古屋から帰宅しました。途中で、何回も給油してほぼ満タンで帰ってきたのは「でかした」という感じです。その他の生活物資もいろいろと持ち帰ってくれたので、かなり助かりました。

計画停電回避区域に指定され、水曜日からはクリニックの停電の心配はなくなったので精神的にはかなり楽になりました。それでも木曜日には、計画外の停電の心配が浮上し、よりいっそうの節電が必要となりました。

とにかく、一週間と予想していた非日常でしたが、まだまだ回復するには時間がかかりそうなことは必至の情勢です。まだしばらくは、なかなか落ち着かない日々が続きそうです。

キャンプランタン復活

久しぶりにキャンプで使うランタンをだしました。開業医になってからは、まったくキャンプに行っていないので、6年ぶりくらいでしょうか。

ガスボンベ用のものはマントル(発光するところ)が割れていて使えません。でも、ガソリン用はマントルは無事で、点灯成功。

欠点は~~~~~臭い。

本来、室内で使うものではありませんから。いよいよ、これを使うというときは、まさに非常事態ということですが、とりあえず用意をしておけば少し安心。

こういうとき、キャンプ道具は心強いものです。水さえあれば、数日は灯りと火についてはなんとかなりそうです。

2011年3月17日木曜日

不測の停電の可能性

幸いにもクリニックも自宅も、これまでは停電しない地域となっています。今朝はすぐ近くの地域で計画停電が実施され、信号が消えていました。

さらに午後にも同じ地域で、本日二回目の計画停電が実施され、またしてもあざみ野周辺は信号が消えていました。

今日は、なかなか気温が上がらず、けっこう冷え込みがこたえる雰囲気です。家の灯油が危ういので、ガソリンは無くても灯油はあるだろうと、閉鎖しているガソリンスタンドに行ってみました。

そしたら、なんと、灯油も完売。店員さんによると、燃料と言えるものはすべて売り切れということです。

そして、夕方以降は計画停電と無関係に予測不能の停電の可能性があるという発表がありました。鉄道各社には、運行本数の減少の要請が出ており、クリニックも停電回避地域ということで安心していられません。

とにかく、自分に今できることは節電しかありません。これからしばらくは、パソコンの電源も落とすことにします。

沈着冷静な日本人

震災から六日。最初のばたばたから、多少は落ち着き始めているところもあり、一方で福島原発のように、いまだに現場では死を賭けた戦いをしている。

海外での震災の報道の様子なども、だいぶ紹介されるようになってきましたが、その中で「沈着冷静な日本人」という評価がたびたび聞こえてきました。

日本人のいいところでもあり、ある意味国際社会の中では弱点となる「がまん強さ」という点が、今の混乱の中ではうまく引き出されているのかもしれません。

しかし、実際にはガソリンをはじめ電池、米、パンをはじめとする様々なものが店から消えてしまい、政府からも買いだめを控えるように再三の呼びかけがあるわけです。

1回の地震のことだけであれば、そのようなことはなかったかもしれません。地震のあとも継続的な原発事故の恐怖と、驚異的な回数を記録している余震活動が、市民を不安解消行動に走らせる原因としてあることは間違いありません。

つまり日本人は起こったことに対しては「がまん」をしていますが、次の「憂い」に対する「備え」を考えているわけでしょう。単に「物資はありますから冷静に」という説明だけではなかなか簡単にはおさまらないかもしれません。

とにかく、今日本は外国から最も注目されている国の一つです。日本人として、のちのちに恥ずかしい気持ちにならないような行動をしっかりしていかないといけない時です。

今日も非日常

クリニックに到着。すべての電気機器をチェック、停電は無く、問題なしを確認してホっとしました。本日も、診療は通常通りに行えます。

クリニックに来る途中では、かなりの箇所で信号機が消えていました。大きな交差点は警察官が交通整理をしていましたが、大多数の小さいところは、運転者の自覚のもと通行するしかありません。

ガソリン不足も手伝って、車のの量は多くはないものの、とにかくエコ運転・セーフティ運転を心がけるしかありません。

2011年3月16日水曜日

3月16日(水)以降の停電に伴う診療について(2)

さしあたって、当クリニックの含まれる第5グループの横浜市茅ヶ崎中央は停電回避地域になりました。これは、あくまでも当面のものだということです。

従いまして、また事態の変化がないうちは、停電による診療への影響は無いものと考えられます。診療は通常通りとなります。

この情報については、わざわざお知らせいただいた方がいました。ありがとうございました。東京電力のHPと横浜市のHPをずーっとチェックしていたのですが、なかなか気がつかず・・・

また、状況の変化があればお知らせいたします。

3月16日(水)以降の停電に伴う診療について

今後の計画停電の実施予定と診療予定は、以下の通りです。

3/16(水)
停電予定時間帯 09:20 - 12:20 16:50 - 19:50
診療は通常通りの予定です。
午前中は休診になる場合があります。
午後は受付を早めに終了する場合があります。

3/17(木)
停電予定時間帯 06:20 - 09:20 13:50 - 16:50
診療は通常通りの予定です。午後は通常通り休診となります。
午前の診療開始が遅れることがあります。

3/18(金)
停電予定時間帯 18:20 - 21:20
診療は通常通りの予定です。
午後は受付を早めに終了する場合があります。

3/19(土)
停電予定時間帯 15:20 - 18:20
診療は通常通りの予定です。
午後は受付を早めに終了する場合があります。

3/20(日)
停電予定時間帯 12:20 - 15:20
休診です。

3/21(月)

停電予定時間帯 09:20 - 12:20 16:50 - 19:50
休診です。

横浜市営地下鉄はブルーラインは土日ダイヤ、グリーンラインは平日ダイヤでの運行予定です。随時時限運休することがあるようです。
東急田園都市線、東急東横線は終日、通常の半分程度の各駅停車での運行予定です。
横浜市営バス、東急バスは通常通りの運行予定です。
いずれも、状況によって随時変更される可能性があります。

当クリニックは、東京電力の決定した計画停電の第5グループ(横浜市都筑区茅ヶ崎中央)に所属しており、実際に停電をした際にはクリニックの基幹部分が稼動できないため診療を行うことができません。

また、今後の推移によっては診療時間を変更せざるをえない場合もあります。また、クリニックでは節電のために照明・エアコンを中心に制限使用を行っています。大変、ご迷惑をおかけいたします。

修飾語

未だかつて無い
途方もない
並外れた
驚異の
前代未聞の
想像を絶する
想像だにしない
史上類をみない
未曾有の
桁違いの
並外れた
空前絶後の
稀代の
開闢以来の
阿鼻叫喚の
・・・・・・・

大惨事です。
どれだけ並べてみても、足りない感じです。

ゴルゴ13がいれば、一発の銃弾で圧力の高まって爆発の危険のある原発の圧力弁を打ち抜けるのですが、現実にはそんなスーパースターはいません。

実際に、現場で決死の作業を行っているのは、自分たちの同じただの市民。確かに東京電力の対応が後手後手に回っている感は否めませんが、誰も経験したことがない事態の中でギリギリの状況で頑張っている人たちがいる現実を忘れてはいけません。

昨日は、結局通常通りの診療を終えて、駅に行ったところちょうど地下鉄が停電で運休になってしまいました。どうしようかと、途方に暮れてしまいました。

そこへ、ちょうどあざみ野棒屋先生ご夫妻が通りかかり、なんと家まで送ってもらいました。貴重なガソリンを余計に使わせてしまい申し訳ありませんでした。ありがとうございました。

2011年3月15日火曜日

3月15日(火)以降の停電に伴う診療について

当クリニックは、東京電力の決定した計画停電の第5グループ(横浜市都筑区茅ヶ崎中央)に所属しており、実際に停電をした際にはクリニックの基幹部分が稼動できないため診療を行うことができません。

3/14夜発表された今後の計画停電の実施予定と診療予定は、以下の通りです。

3/15(火)
停電予定時間帯 12:20 - 15:20
診療は通常通りの予定です。
午前は受付を早めに終了する場合があります。
午後の診療開始が遅れることがあります。

3/16(水)
停電予定時間帯 09:20 - 12:20 16:50 - 19:50
診療は通常通りの予定です。
午前中は休診になる場合があります。
午後は受付を早めに終了する場合があります。

3/17(木)
停電予定時間帯 06:20 - 09:20 13:50 - 16:50
診療は通常通りの予定です。午後は通常通り休診となります。
午前の診療開始が遅れることがあります。

3/18(金)
停電予定時間帯 18:20 - 21:20
診療は通常通りの予定です。
午後は受付を早めに終了する場合があります。
     
横浜市営地下鉄はブルーラインは土日ダイヤ、グリーンラインは平日ダイヤでの運行予定です。
東急田園都市線、東急東横線は終日、通常の半分程度の運行予定です。
横浜市営バス、東急バスは通常通りの運行予定です。

3/14の状況から、必ず停電になるとは限りません。また、予定されている全時間帯が停電するかどうかは直前でないと判明しません。この点をご理解いただき、確実な時間帯での受診をしていただくようにお願いいたします。

また、今後の推移によっては診療時間を変更せざるをえない場合もあります。また、クリニックでは節電のために照明・エアコンを中心に制限使用を行っています。大変、ご迷惑をおかけいたします。

本日は停電無し

本日は停電無し。

予定では12:20からでしたが、第5グループの停電地域が発表されてのは、13:00近くになってからでした。

結局、診療時間には変更無し。

診療中に停電になっても、なんとかしのげる準備をしましたが、できることならそういう予定外の事態は避けたいものです。

それより、福島原発の方が問題は大きい。現場の方々は、いつ命を落とすかもわからないような状況で、必死に作業しているわけですから、とにかく信じて事態が好転することを祈るしかありません。

非日常

毎朝起きて、支度をしてでかれる。クリニックをあけて、診療の準備。午前中診察をして、昼休み。午後はまた診察をして、夜に終了。帰りに食材などを買って家に帰る。缶ビールをあけて遅めの夕食をすませて、そろそろ寝るか・・・

今回の東日本巨大地震によって、そんな日常がくずれました。今朝は早めに家を出て、バスは定刻通り。あざみ野駅は大変混雑していました。

計画停電のために、JRが早々と終日運休を決めていた影響のようです。市営地下鉄も休日ダイヤでの運行で大混雑。駅に着くとエスカレータは停止中。

クリニックにつくと、いろいろな機器の点検。特に、電子カルテとレントゲンのサーバーはクリニックの命ですから確実に稼動しなければなりません。

それから、照明をいろいろつけたり消したりして、最低このくらいの灯りがあればいいだろうというスイッチをチェック。一部は蛍光灯をはずしたりしました。

トイレの温かい便座も停止、水洗もできるだけ手動レバーを使用してもらえるように印をつけました。あすなろ水族館も、しばらく照明はなしです。

そうこうしているうちにスタッフが出勤。スタッフにも節電について説明し、とにかく自分たちにできることから協力していくことにしました。

顔なじみの患者さんの一人が、壊滅したといわれている町の出身だということがわかりました。知人は誰一人とも連絡がとれないそうです。自分の卒業した学校の無残な姿をテレビで見たそうです。

午後からの停電については、情報がほとんど無い状態で、どうしたものか決めかねていました。午後2時ごろになって、クリニックの入っている地域は夕方から停電の可能性が高いという発表。

同じビルのほかのクリニックは、内科は朝から休診、小児科と耳鼻科と眼科は午後休診。泌尿器科とうちが様子を見て決めるという状況でしたが、途中で停電になるとその時の対応が大変なので、本日については自分も午後休診に踏み切りました。

停電になってもいいように、サーバーなどを完全に停止し、院内を見回って施錠。

駅に行くと、朝は動いていたエレベータも停止、長い階段をえっちらおっちら昇って、改札口へ。あざみ野駅のスーパーに寄ろうと思ったら、2時で営業を終了していました。

バスで自宅に戻って、キャンプ道具を久しぶりにあけました。まずは室内で使える電池式のランタンと懐中電灯を出しました。単一乾電池は、今日現在ほぼ手に入りません。以前に買っておいたものが約20本あったので、とりあえずはなんとかなりそうです。

とにかく、こんな生活に慣れるにはまだまだ時間がかかりそうです。

2011年3月14日月曜日

3月14日(月曜日)午後は臨時休診

計画停電に伴い、3月14日(月曜日)午後は臨時休診といたします。
当クリニックは第5グループに入っており、夕方以降の電気需要の増加に伴い停電を実施する可能性が高いことがわかりました。
大変申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

なお、明日(3/15)午前中は通常通りの診療の予定です。

計画停電は「計画的」にやってほしい

やるならやるで、積極的に時間と場所をはっきりさせてやって欲しいものです。現状では無計画停電です。はっきりしていれば、こちらもいろいろと対応の方法があるのですが・・・

もちろん、いろいろな関係部署が最大限の努力をされているわけで、本当にご苦労様だと思います。ただ、今後まだ何週間も続くと言われているわけですから、もう少し明解なルールが示されて欲しいですね。

それにしても、今までいかに意識しないところで電気を使った便利な生活に慣らされていたか、あらためて思い知らされます。

計画停電による診療体制

皆様ご存じのことと思いますが、東京電力の計画停電が行われます。

当クリニックについても、本日午後の診療の時間帯が停電の可能性のある時間帯となっています。この場合、クリニックとしてはまったく診療ができない状況になるため、臨時休診せざるわえない場合があります。

原則として、可能な限り診療を行い形を考えていますが、何分予想が大変困難なためあらかじめ決定することができない状況をご理解いただきますようお願いします。

なお、クリニック内は節電をするために照明・エアコンなど制限してしております。この点についても、ご協力お願いいたします。

2011年3月13日日曜日

フタバと朝日

今日は中央高速の双葉SAで朝日を迎えました。
とにかく年度末は疲れる事が多いです。

こんなときに、遠出するというのもいろいろ不安もありますが・・・
東京方面に向かう救援のための自衛隊のたくさんの車列を見ました。

テレビはとにかく災害の状況を放送し続けていますが、時間がたてばたつほど、悲惨な状況が明らかになる一方です。原子力発電所の状態も大変心配です。

今の日本は、全体で今回の危機に対して協力して乗り越えていかなければならないことは間違いありません。

2011年3月12日土曜日

大地震

一夜明けて、その被害がテレビなどで報道されはじめ、もう言葉を失います。

阪神の時も、「これって本物?」と、我が目を疑いましたが、今回は自分も人生初めてというくらいの強い揺れを感じただけに、人ごと単なる傍観者のようには思えません。

昼間でしたから、家族はそれぞれ外出していて、確認を取るのも一苦労。夜になって、一カ所に集まったところを、何とか迎えに行くことができました。自宅は停電にならなかったのが幸いでした。

朝からお出での患者さんには、昨夜は家に帰れず、駅やホテルなどで夜を明かしたという方も少なくありませんでした。

でも、「町は壊滅」という表現が頻繁に出てくる東北地方の方々の状況は目を覆うばかりです。本当にお気の毒です。

まだまだ、弱いとはいえない余震が続いていますので安心はできません。

2011年3月11日金曜日

大地震で午後は臨時休診

午後の診療を始めようかと言うときに、大きな揺れがありました。と、ほぼ同時に停電となってしまいました。電子カルテ、レントゲンサーバーなどはまったく使用できなくなってしまいました。これでは、どうにもなりません。

建物の停電ではなく、地区のブロック全体の停電で復旧の見込みがまったくたたないことから、午後は臨時休診とさせていただきました。

もしも、受診目的でおいでになった方がいらっしゃいましたら、誠に申し訳ありません。何人かお出でになっていた患者さんにも大変ご迷惑をおかけいたしました。事情が事情ですので、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。

コント55号


昨日、コント55号の坂上二郎さんが亡くなられました。

コント55号は昭和40年代、ちょうど自分が小学生から中学生のときに、テレビのお笑い番組の一番花形スターだったわけで、まさに自分にとっては演芸界のアイドルみたいな存在でした。

あれはいつだったか、父に連れられて、コント55号の生の舞台を見たことがあります。舞台が少し丸くなっていて、たぶん今は無くなった銀座あたりのホールだったと思います。

自分が座ったのは、なんと下手側の最前列でした。とにかく、舞台を見上げて坂上二郎さんの左からの横顔と萩本欽一さんの正面からの顔が記憶に残っている・・・いや、そう見えたはずという思いが勝手に思い込みを作っているのかもしれません。

テレビというのは、ずいぶんとひどい世界だと思うのです。お笑いの若い人たちを、さんざん安いギャラで使っておいて、しだいに人気が出てきてギャラが高くなると、活躍の場が無くなっていく。

クレイジー・キャッツ、ドリフターズ、そしてコント55号、みんなそうです。もちろん、それぞれが単独で活動したくなる部分もあるのでしょうけど、全員を呼ぶと金がかかるという部分はけっこうシビアな話です。

コント55号のふたりのコントは、とにかく一生懸命でした。喋りだけでなく、全身を使って人を笑わせる。それだけに、年を取ってしだいに体がついていかなくなると、彼らの本来の味が出せなくなっていたのかもとれません。

平成になってからは、ほとんどコント55号としては見ることがなくなりました。特に最初に二郎さんが倒れた後は、コント55号は事実上おしまいという感じでしたから、本当に寂しい気持ちでした。

合掌。

2011年3月10日木曜日

みどりのおばさん

まだいるのかしらん? 小学生の時、学校の近くの横断歩道あたりで、子どもが安全に道を横断できるように、黄色い旗を持って誘導するおばさん。

着ている服が緑色だったので、「みどりのおばさん」という呼び名で親しまれていたのだと思うのですが、本当に緑色の服を着ていたのかは記憶が定かではありません。

単なる交通整理だけでなく、けっこう子どもの名前もしっていたりして、ちょっとしたことでほめてくれたり、小言をいったりと、けっこう子どもにとっても親しみのある近所のおばちゃんみたいなものでした。

当時は、なにしろ神風ダンプなんていうようなものが道路を駆け抜けていく時代、しかも物凄い排気ガスをぶちまけていくわけで、みどりのおばさんは働き甲斐があったと思います。

最近知ったのですが、みどりのおばさんというのは正式には学童擁護員と名称。今でも存在はしているようですが、数はだいぶ減ったんでしょう。うちの近くでは、朝の学童擁護は在学生のおかあさんが持ち回りでやっていることが多い。

社会全体で、子どもの成長を見守っていくシステムの一つだったと思うんですよね。そのまま消えてしまうのは寂しい感じがします。

2011年3月9日水曜日

一人暮らし

・・・というのは、それなりに憧れがあるものです。

自分が通った大学は、遠くてだいたい自宅から通学するのに2時間近くかかっていました。部活の朝練があるときは、新宿発6時の始発の小田急線急行に乗るわけで、夕練して帰ると家にたどり着くのが10時とか過ぎることも珍しくない。

ですから、何日も続けて親の顔を見ないなんてこともよくあったものです。5年生になって臨床実習・・・通称ポリクリというものが始まると、さすがにもう物理的に自宅からの通学は無理ということになって、アパートを借りることになりました。

まぁ、これが初めての一人暮らしというわけで、当然なんかわくわくするわけです。ほとんどのものは自宅の余分なものを持っていくことになったのですが、電子レンジとエアコン、冷蔵庫と洗濯機という家電製品だけは新たに買ってもらったように思います。

当然、一人で使うのに十分な食器しかなかったのですが、しばらくすると近くに住んでいた先輩がやってきて、My食器を自分のアパートにおえいていくようになりました。

まぁ、ご飯炊いて、味噌汁作って、あとはツナ缶に醤油かけて出すだけでいいのですが、とにかくご飯はうちに来て食べていくという状況になっていったわけです。

しまいには、クラブの顧問をしていた教授までもカレーを食べに来るという状態で、まぁこれも一つの青春だったわけです。

中間や期末試験になると、近くのイトーヨーカドーでインスタントコーヒー400gビンを買ってくる。それを試験期間の2週間で飲みつくすわけで、自慢じゃないけどこの間だけは真剣に勉強したものです。

1年たって、上の階に後輩が引っ越してきました。あっちには、しょっちゅう彼女が来ていて・・・まぁ羨ましいことですよ。こっちは近くの定食屋みたいなところの馴染みになって喜んでいるのが精一杯。

とにかく、神奈川県民になってそろそろ30年が経とうとしているという話なんですけどね。

2011年3月8日火曜日

予防医学の有効性

今朝のニュースで、ヒブワクチンとBCGの同時摂取で亡くなった乳幼児が全国で5人という話。もちろん、因果関係がはっきりしているわけではありません。

このことについては、すでにDr.Flickerがブログで説明してくれていますので、専門外の自分が口を出すことではありませんが・・・

この手のニュースでいつも思うことは、亡くなった方が5人というところだけをクローズアップして報道するメディアの姿勢についてです。

例えばXという予防接種ワクチンがあるとします。このワクチンの摂取対象者が1万人いて、このうち予防接種をしなければ年間1000人が発症し、さらに年間100人が死亡すると仮定しましょう。

もしも、全員が予防接種した場合に、発症者は1/10になれば、年間の志望者も10人に減少します。つまり、予防接種をしなければ死亡する確率は1%、すれば0.1%になるわけです。

一方Xワクチンの副作用(どんな薬でも副作用は必ずあります)で、死亡する確率がもしもし1%であったら、接種をしてもしなくても死亡する確率は同じで、使用する意義はありません。

少なくとも、接種した場合の死亡率である0.1%よりも少ない副作用死亡率であれば、予防接種として有効ということが間違いなく言えるのではないでしょうか。

つまり、問題は死亡者数ではなく、全体でどれだけの人に使われているのか、接種しない場合の自然発生率がどのくらいなのか、その中でどのくらいのひとが重篤あるいは死亡するのかという全体像が大事と言うことです。さらに、ある一定期間における対象者集団の全体のすべての原因による死亡率との比較も是非しないといけません。

そのあたりのデータを抜きにして、是非を議論したら予防接種という公衆衛生は成立しません。製薬会社も、できるだけ早期にこのような資料を提供すべきでしょう。

やたらと死亡者数だけを取り上げるメディアのやり方は、単に恐怖を煽るだけになってしまいがちで、冷静に問題を思考することを妨げることが多々あるのではないでしょうか。

でも、亡くなったお子さんの親からすれば、そんな論理的な説明だけですんなりと事実を受け入れることはできないだろうことは、容易に想像できます。もしも、副作用的な問題であったとするならば、関係者は誠意を持って対応するしかありません。

すでに病気になった場合の治療の途中での合併症と違い、まだ病気ではない方の予防処置での問題は、より問題がデリケートです。とにかく、一日も早く、きちんとした説明が報道されることを望みます。

2011年3月7日月曜日

罪を憎んで人を憎まず

大学入試ネット利用カンニング事件、先日ブログで書いた直後にその張本人が逮捕されました。

前回書いたように、自分は今回の事件は本質的にカンニングとは言えないと思っています。あまりに大学合格を安易に手に入れようとした、社会への影響を無視することはできません。

ネット社会の匿名性と言われているものは、実はけっこう錯覚であるということも露呈したかもしれません。けっこう簡単に犯人の身元がわかったということは、一つの警笛であると言えそうです。

捕まった浪人生は、自分のやったことの社会に対する影響などを真剣に反省してもらいたい。逮捕されるところまでは当然のこととしてやむをえないと思うのですが、彼の反省の上に不起訴処分ということも期待したい気持ちがあります。

それにしても、一般の反応で逮捕はやりすぎというのは当然あってもいいと思うのですが、驚いたのは、カンニングをさせてしまった大学の責任を持ち出す意見があることです。

学生はカンニングをしないのが当然である以上、大学は受験生はカンニングをしていないという前提にたつべきでしょう。最初から、受験生がカンニングをしていると考えたら、根本的に受験というものが成立しなくなってしまう。

例えば、殺人事件を起こしたとして相手が殺人を是認したのだから無罪という議論はありえない。ただし、社会全体が犯罪を起こさせないような環境を作っていくことは大事なことなんだろうと思います。

2011年3月6日日曜日

Miles Davis / The Last Word

1955年以来1985年までの30年間、マイルスはColumbia Recordsに所属して、レコードを制作し続けたわけです。81年の復活後は、しだいにポップ路線に転じ、今で言うフュージョン系の音楽をするようになりました。

しかし、1985年に突然、長年在籍したColumbiaを後にして、Werner Bros. Recordsへ移籍。1991年に突然亡くなるまでの6年間、さらなる大変身を遂げたのです。

ポップな味はさらに強まり、それまでほんとに数える位しか他人のアルバムに参加していなかったのに、どんどん外にでるようになります。それも、ジャズとはまったく無縁の大物でもないミュージシャンのアルバムに出てきたりしてびっくり。

その一方で、ステージを精力的にこなし、今でもBootlegとして、ほとんど毎日じゃないかというくらいライブ盤がでてくる。いずれも、子飼いのサックスやギター奏者をひたすらジャムらせて熱い演奏を展開するのです。

さらに、映画音楽にも参加。なかには「どブルース」というようなセッションがあったり、一番驚くのは自分が俳優としてトランペッターの演技をしてしまったこと。

そして、90年代には早くもラップを取り入れ、またもや新たな展開を模索しだすというのは、一体どこからエネルギーがわいて出てくるのか不思議でしょうがない。

ところが1991年、マイルス最後の夏には、急にクインシー・ジョーンズにのせられてか過去のギル・エバンスとの競演を再現。立て続けに、昔のバンド・メンバー大集合の思い出を振り返る大会のライブをやったりと、今までのマイルスでは考えられないようなことをしていたのです。

なんて充実していた濃厚な日々だったことかと思いますが、それぞれにいいところ悪いところがあることはさておき、この6年間を集大成したのが、この''The Last Word''という4枚組のCDセット。

実は、これは数年前に発売が予告され、ネット上でもこのジャケットが紹介されたりしたものの、直前になって発売中止。幻のセットとなったんです。

既発売分の音源については、別にどうということはないのですが、発表されていた内容には、まとまったスタジオ録音で未発表になっていたものや、なかなか集めにくい他人名義への参加作品などがたっぷり入っていることになっていたので、マニアとしては大変悔しい思いをしたのでした。

ところが、デモとして業界関係者に出回ったCD-Rから、ちゃんと既発売音源を除いた分をちゃんとBootlegとして出してくれました。どこのどなたかわかりませんが、涙が出そうなくらいありがたい。

ですから、このセットに対する執着はもうまったくなくなったというわけなのですが、昨年は他人名義のコレクションと一部の未発表分を含むベスト盤というのが、オフィシャルに発売になっています。

いまさら、かなり中途半端にアンソロジーと銘打って発売されても、マニアならすでに買う必要はないし、初心者に勧めるには本来のベストとも違う。もう、Wernerも完全にBootlegに出し抜かれて、なんとも中途半端なものを作ってしまったことか。

マイルス・デイビス、没後20年。とにかく、残してくれた音楽はだいたい出尽くしたと言っていいでしょう。もう驚くような新発掘されたものは、さすがに期待できません。これからはまさにLegacyとともに、マニアの心の中に生き続ける存在になるでしょうか。

2011年3月5日土曜日

求人面接

たまたま自分のクリニックの入っているセンター南医療ヴィレッジでは、最近各クリニックから求人の案内が出ました。時期が重なったのは偶然でしょうが、どうしても春というのは人の移動が多くなります。

うちのクリニックでは、長く働いてくれていた受付のスタッフが諸般の事情から退職の希望が出て、タウンワークで求人をすることにしました。

それほど反応が無いのではと危惧していましたが、意外と問い合わせが多くて、とりあえず今日は昼に4人の方の面接を行いました。

全員医療機関での仕事の経験が無い方で、甲乙つけがたい。実は、来週の月曜日のタウンワークにも引き続き求人が掲載されるため、まだ決定することができません。

気の弱い院長としては、何が一番困るかというと、募集しているのは一人だけ。つまり、一人を除いてお断りの連絡をしなくてはいけないということが、一番ストレスを感じるところなのです。

せっかく、求人をだしても問い合わせがなかったら、それはそれでストレスになるわけですが、せっかく応募してくれた方を選抜するということは、もっと気持ち的に重い物があります。

最初から、こりゃどうしたことかというような方が来れば選択は楽ですが、今日面接をした方は、皆さん大変良さそうな方ばかり。

結局、仕事をてきぱきやってくれるか、患者さんに対する対応が大丈夫か、クリニックの雰囲気や今いるスタッフとの相性とか、いろいろな要素を想像して決定するしかないわけです。

いずれにしても、来週まではなかなか気持ちが安まらない日々が続くことになりそうです。

2011年3月4日金曜日

お疲れ様

疲れというのは、テレビのコマーシャルでは、丁寧に「お」を頭につけて、さらにお尻に「様」までつくわけです。

いやはや、もう立派なものです。うちのクリニックでも、よく「お疲れ様ぁ~」という挨拶は使用していますが、実際便利な言葉かもしれません。

でも、本当に疲れたとき・・・特に、肉体的に疲労困憊の時には、言葉はなかなかでないものです。今日なんかは、診察が多くて院長的にはかなりの疲労を感じたわけで、終了したときには「ふぅ~」とため息しかでませんでした。

疲労というのは不思議なもので、必ずしも同じ閾値で感じるものではありません。

例えば、今日は天気が悪くて患者さんは少ないだろうと思っていたところ、実際には患者さんが切れなかったなんていうことがあると、かなりの疲労感をおぼえるものです。

逆に、休み明けでさぞかし混むかなと思っていたのに、実際にはいつも通りなんていう場合には、余裕のよっちゃんだったりします。

1日患者さんが少なくて、体力もてあまし気味の状態でも、最後の30分だけでも全速力で仕事をしたりすると、なんか充実した1日だったような気持ちになってしまいます。

まぁ、気分によって疲れ具合というのはずいぶんとかわるということでしょうか

今日は、とにかく「お疲れ様」状態で、さすがに50代にはけっこうしんどいところがありました。どうも、最近はチョコチョコとした用事が多くて、まじ疲れます。

2011年3月3日木曜日

干支飴

よおおおおく、みてね。

予想通り、可愛い過ぎていまだに食べれていません。

いつまでもつのかしら。

2011年3月2日水曜日

カンニング

カンニングをしたことはない・・・なんて、言うつもりはありません。一度や二度はやったことがないなんて人は、そうそういないと思います。

ちょっと、隣や前の席の人の解答を覗き見なんていうのは、一番簡単でありふれた方法です。学生のときはうまくやったつもりでも、いざ試験官を経験してみるとけっこうわかるもんです。

実際のところ自分がよくやったのは、覚えきれそうも無い大事なポイントを、とにかく極小の文字で紙にびっちりと書き込むという原始的な作戦。ところが、カンペを作る時点でけっこう覚えてしまうわけで、いざ試験と言うときには見る必要が無くなるもんなんですよね。

いずれにしても、「カンニング」というのは自分の責任で自分一人で努力して(?)やるものです。カンニングに対して正義というのもがあるならば、少なくとも他人を巻き込んではいけない。

今、巷をにぎわしている大学入試の試験中流出・・・これは、少なくともカンニングではない。情報の意図的漏洩であって、やはり立派な犯罪であると思います。試験中にどのような方法かはまだわかっていませんが、ネットに問題を投稿して、誰かが解答を書き込むなんていうのは前代未聞です。

勉強の本質で努力せず、カンニング方法に一生懸命で本末転倒みたいな話ですよね。まぁ、日本の警察を甘く見てはいけません。ニュースでは、もうほとんど容疑者は絞り込まれているようです。まぁ、やったことが事実なら、犯人の受験生は将来のためには逮捕されたほうがいいのかもしれません。

2011年3月1日火曜日

これ100万円? @ 石花海 ~ センター南


立派な本鮪。和歌山那智勝浦からのものだそうで・・・

これだけでも、ウン百万円はするんじゃないかと。