クリニックの2017年夏季休診のお知らせ

① 8月14日(月) ~ 8月16日(水)

② 9月21日(木) ~ 9月25日(月)

2回に分けて休診いたします。ご注意ください。

2011年4月30日土曜日

Martha Argerich / Chopin & Schumann Concertos


現役の中で、最も優れたクラシックピアノ奏者は誰か?

完璧に譜面を弾きこなすことが絶対条件と考えるか、多少のミスよりも心を動かす情感に重点をおくか、はたまたヴィジュアル重視で選択するか。まぁ、いろいろな基準があるので、あまりこんな問いかけに真面目に考えない方が良いに決まっています。

しかし、アルゲリッチは少なくとも大方の人が最高峰の一人という認識を持っている数少ない現役ピアニストであることは、疑いの余地はありません。かつてはその聡明な美貌で、幾多の男性音楽家を虜にしてきたアルゲリッチも、今年の6月5日で70歳になろうとしています。

主として60年代から始まるキャリアは、ドイツ・グラモフォン、フィリップスそしてEMIというそうそうたるレーベルに集約されます。今年は、EMIが集大成のBOXをもうすぐ発売し、アルゲリッチの演奏を再確認しやすい環境が整いました。

アルゲリッチは日本との関わりも多く、毎年のように来日していますが、昨年は11月から12月にかけてちょうど生誕200年というショパンとシューマンの協奏曲のライブを行っています。

それが、わずか半年足らずで急遽CDとして発売されることになりました。これは、東日本大震災のチャリティとして、アルゲリッチをはじめ指揮者のアルミンク、新日本フィルなど演奏者全員が印税を放棄しています。震災で楽器や楽譜などを失った人々への支援として売り上げが使われるということです。

いろいろな立場の人が、それぞれのできることで日本を盛り立てようとしていることが、素直に嬉しい気がします。廉価盤ばかりを買っている身としては、一枚3000円という値段は今時ずいぶんと高い気がしますが、内容もさることながら、その発売の主旨を考えるとファンとして購入しなければと思います。

2011年4月29日金曜日

The Royal Wedding

今日は、現地時間の午前中から、イギリスの国をあげてのお祝い。

日本人としては、もちろんあまり関係ないと言えばそれまでですが、何かと明るい話題が少ない今日この頃ですから、便乗してもばちは当たらないでしょう。
それにしても、古い歴史を幾重にも重ねてきた英国らしい荘厳な雰囲気ですね。会場となったウエストミンスター寺院は、11世紀からあるゴチック様式の代表的な建築物とされています。我々凡人が、中まで入ってみることはないでしょう。

まぁ、何にしてもめでたいことです。世界に向かって、幸せを振りまいてもらいたいものです。

2011年4月28日木曜日

飛び石連休

・・・って言葉も今や死語。国民みんな仕事をしないで、遊んで金を使えという国策により、やたらと休みが増えてとまいましたからね。

昔だったら、今年のゴールデン・ウィークは、まさに飛び石。

4/28 4/29 (天皇誕生日) 4/30 5/1 (日曜日) 5/2
5/3 (憲法記念日) 5/4 (昔は平日) 5/5 (こどもの日) 5/6

昭和の時代なら、一日ごとに休みが入っていたはずですが、最近は簡単に休んでしまおうという人も少なくないようで、テレビなどでも平気で「明日から8連休」なんていう表現をしたりする。

少なくとも、医者なんて商売をしていると、おいそれと連休など楽しんでいることはほとんどないわけで、とりあえずうちのクリニックも毎年カレンダー通りなわけです。赤い日は休み、黒い日は通常通り。

クリニックのある医療ビル、自分たちでは「センター南医療ヴィレッジ」と称していますが、なんと3階の眼科と耳鼻科がぶち抜きで休むんです。これには、ちょっとびっくり。

特に5/2の月曜日は小児科も休みですから、この日は3階は完全休業。自分たちの4階の内科・泌尿器とうちの整形外科だけになってしまうわけです。

まぁ、日頃大忙しの3階の先生方なんで、こういう時にゆっくり骨休めをして、またがんばってもらえればと思います。

2011年4月27日水曜日

医師会班会 @ Al bolgo in センター南

アル・ボルゴはうちのクリニックのあるセンター南駅近くのイタリア料理の店。今夜は、医師会の班会で利用させていただきました。お店はそれなりに定評のあるので、今更こんなブログで紹介する必要は無いくらい有名店になってきました。

班会というのは、まわりで診療をしている先生方とFace to Faceの関係を作るのに大変有意義な会であるといえます。今夜はいろいろな先生と映画にまつわる話をずいぶんとさせていただきました。

内容の無い話題で申し訳ないのですが、いつになくワインを飲みすぎたので今日はここまで。事実関係の報告だけにしておきます。

2011年4月26日火曜日

だから映画だって

こいつ調子に乗ってる、と思われるかもしれない連日の映画の話。最初からヒッチコックが好きだったわけではありません。

映画館に足を運んだのは、当然親に連れられて渋谷界隈が最初。もちろん、こどもの時ですから、たぶん楽しんでいたのは東映マンガ祭りだと思います。とりあえず、記憶に残っているのは「わんぱく王子の大蛇退治」という1963年の作品。今でこそネットで検索できるのでタイトルがわかりましたが、雰囲気だけは覚えていましたがうろ覚えでしたね。

続いて覚えているのは、大映のガメラ・シリーズでしょうか。第一作は劇場では見ていないので、知っているのはギャオスとバイラス。テレビでは見れない、映画専属の怪獣は貴重でした。だって東宝専属のゴジラでさえ、えりまきをつけてウルトラマンに出演していましたしね。

まぁ、こどもらしいものばかりでしたが、何しろ映画館に行く最大の楽しみは・・・たぶん、ポップコーンだったと思います。まぁ、昭和のこどもですから、お菓子といえばチョコレートとキャラメル、スナック菓子といえばポテトチップとポップコーン。特にポップコーンは大好物だったんですよね。

映画館では、たっぷりのポップコーンをばりぼり食べながらというのが最高に楽しかったんです。飲み物はというと、うーん、やはりコカコーラでしょうかね。しかも、当然ビンですよ。懐かしいナイスバディの奴です。

こどもにとっては、映画の内容もさることながら、映画館に行くというイベントが楽しいわけで、結局実際に何を見たのかはあんまり覚えていなかったりします。

洋画は、テレビで必ず毎日洋画劇場があったので、むしろそっちから入ったというところでしょうか。特に淀川長冶の解説が聞ける日曜洋画劇場は、けっこう楽しみにしていました。年末年始の深夜もふだんなかなか見れない洋画をふんだんに放送してくれるので、助かりましたね。

つまり、ヒッチコックにしても、イーストウッドにしても、こういうテレビの洋画劇場の常連ということなんですね。ふだん、テレビには辛口の話を書いてしまうことが多いのですが、やっぱりテレビで育ったことは否定できませんかね。

2011年4月25日月曜日

されど映画なんです

もう、何度か好きな映画監督として、アルフレッド・ヒッチコックのことは書いてしまいました。いくら書いても書き尽くすことはないのですが、素人批評なんてものはいつも同じことばかりですから、あまり面白いわけもなく、読む人も「ああ、またか」と思うのが関の山。

じゃあ、好きな映画俳優でクリント・イーストウットのことは・・・これもまた、何度も取り上げていますから、まぁ同じですよね。たまには、違った映画の話でもと思うのですが、いかんせん、映画館にせっせと足を運ぶ真面目なファンではないので、どうもネタが思いつかない。

いっそ、日本に目を向けて・・・やっぱ黒澤でしょう。浪人生の頃に友達と池袋の名画座でオールナイトで見ました。いゃ、もう、映画の内容よりも、お尻が痛いこと痛いこと。そして、終わってから、まだ人もまばらなゴミが散乱した盛り場の朝の殺風景なことばかりが脳裏に残っています。

ちなみに、たぶんその時に見たのは、「どですかでん」と「天国と地獄」と「野良犬」、そして「生きる」の4本立てだったと思うのですが、とにかくいずれも名作というにふさわしいインパクトがありました。

また。別の機会にはルキノ・ヴィスコンティ監督のオール・ナイトもありました。これは、これは内容的にハードすぎて、とても眠い頭では理解不能なだけ。しかし、難しい内容の哲学的な雰囲気が、かっこつけたがりの年頃には妙に合っていたようで、ビデオが手に入るようになってから何度か見ているうちに、しだいにはまっていったものです。

1977年は特殊撮影を駆使したSF映画元年ということができるわけですが、これはひとえに「スター・ウォーズ」がきっかけでした。「スーパーマン」、「未知との遭遇」、「ブレード・ランナー」などのアクションやファンタジー、さらにホラーの「遊星からの物体X」など、この手の特撮にもずいぶんと入れ込んだものです。

まだ日本ではNECの最初の家庭用パソコンPC-8001が発売されるか否かの年ですから、これらの映画の特撮は基本的にアナログだったわけです。今になって古いスター・ウォーズなどを見ても、その撮影テクニックは色褪せていませんね。90年代の三部作のほうが、むしろいかにもCG的なあざとさが感じられ魅力を感じません。

さらにその一世代以前のSFというと、「ミクロの決死圏」や「2001年宇宙の旅」があげられます。いずれも現実には見ることの出来ない世界を映像化して、見るものの想像力を掻き立てるという意味で、いかにも映画的な作品。

もちろん、言うまでもなく「2001年」はまさにSF映画の、いやすべての映画の歴史の中でもベスト3に入るくらいの傑作であることは、異を唱える人は多くはないでしょう。この映画を見た後、あれは何だ、どういう意味があるのか、とにかく誰かと議論をしたくてしょうがなくなる。ある程度の解答が知られている現在でも解釈の仕方は様々で、本当の正解など無いのかも知れません。

一方、70年代以降のアメリカン・ニューシネマと呼ばれる人間ドラマにも秀作が多い。ここでは、必ずしも主人公はかっこよくないし、幸せな結末が用意されているとは限らない。本音で語られる物語は、人間の欲望を正直に描き出し、人間の美しさとともに醜さも正直に映像の中にあらわしていくのです。

しかし、90年代以降になってくると、エンターテイメントという名の元に映画の世界もバラエティ的な部分、とにかく楽しめればいいというような作品が増えてきました。特にアクションものは、どばーっとやって、ずがががっとうなって、だだだーんと終わればいいみたいなものばかり。内容を議論するような必要はまったくありません。

そんなわけで、最近でもなかには見るべき作品があるとは思いますが、もう新しいものにはほとんど期待することがないいい加減な映画ファンとしては、過去の名作を振り返るだけでも時間的に精一杯です。ゴールデン・ウィークには、お気に入りのヒッチコックをまとめて見かえす計画中でして、そのためのあらたな評論集をただいま仕込み中なのです。

2011年4月24日日曜日

たかが映画ですけど

根本的に映画とテレビドラマは箱が違う。最近は境界が不鮮明なものが増えていますが(いいのか悪いのかよくわかりません)、映画は一定の時間枠の中にすべての作品の起承転結が詰め込まれていて、完結した世界を持っています。

時間の制約故に、映像の中に製作者の意図するメッセージがあふれていて、たった一つのセリフの裏にはたくさんの言葉が隠れているのです。ですから、見る側は表に出ている部分以上に隠された部分までを読み取る力を求められており、そこに思索の楽しみがあるからこそ映画が芸術として成り立っている。

おおきな画面で見て迫力があったとか、はやりの3Dでびっくりしたとか、リアルなサラウンドの音響に感激したとか、こういうことはあくまでも商業的な修飾の方法論の一つであって、映画の本質とはかけ離れたものといわざるを得ません。

一方、大多数のテレビはスポンサーが存在して、基本的にCMを見せてスポンサーの利潤が上がることが目的であることは否定できません。テレビドラマは極論すれば、CMを見てもらうための道具に過ぎない。テレビの芸術性を議論するのは、テレビが映画に比べて下に見られれるある種のコンプレックスを解消するためなのかもしれません。

というわけで、なんやら小難しいことを書き出してしまいましたが、要するにたとえ2時間でもテレビの前にじっとして番組を見続けるなんてことは、年に数回あるかという生活をしてきたので、来週に続くみたいなテレビドラマをかかさずみるなんていうのはどうも性に合わないというだけのことなんですけどね。

去年は子役の加藤くんがさんざん道具として引っ張り出されていましたが、今年は女の子です。ドラマも何本も出でいますが、バラエティにまでやたらと使いまわされている。これは、まさにテレビ業界のタレントの消耗品扱いを絵に描いたような状況です。

テレビは、今旬なもの、つまりCMを見てもらうために視聴者が興味を持つものを最優先で番組に組み込んでいくわけで、そこには番組自体の内容の良し悪しは二の次という態度が明白じゃありませんか。

だからこそ、映画業界にも「続きは来年」みたいな作り方はやめてもらいたいものです。本当にいい映画なら、3時間でも4時間でも見ることはできるのです。2時間で話の途中で終わるものを「傑作」とか持ち上げているマスメディアはどうかしていると思いませんか。

好評だった映画が、続編を作るということは昔からあって、これは一つ一つが完結した世界でした。続くになったのは、さあて、どこからだったのでしょうか。

とりあえず、記憶に残るものでは、''STAR WARS(1977)''でしょうか。最初から大河ドラマ仕立てということでしたが、第一作はとりあえず話は一応完結していたました。第二作は3年後の''帝国の逆襲(1980)''で、最後に主役の一人がピンチのまま終了というのはかなり驚いた記憶があります。その結末が見れたのはさらに3年後の第三作''ジェダイの帰還(1983)''ですから、いやはや見る側もずいぶんと気が長かったものです。

それでも、この辺りは映画としての世界観が確立してるので、許せないわけではありません。最近の日本の映画は、もう目を覆うばかりです。映画産業がやや落ち目になったのをいいことに、完全にテレビ業界に乗っ取られてしまい、もう完全にテレビに隷属したかのようなものが目立ちます。わざわざ二つ、三つに分けてしまう正当な理由のある作品があるでしょうか。

2時間程度では短すぎて作れないから? だったら作らなければいい。映画化不能というものがあってもいい。つまり製作者が、その題材を映画として作る技量がないからというのが実際のところかもしれません。もちろん、商業的な理由が大きいことは当たり前ですが。

今日は、いつになく攻撃的な感想を書いてしまいました。勝手な言い草ですが、まぁ、それだけ、映画界・テレビ界にはがんばってもらいたいという気持ちの裏返しと思って許していただきたい。

2011年4月23日土曜日

春嵐

3月は大地震以後は、患者さんが激減するかと思っていたら、意外にそうでもありませんでした。他のクリニックも比較的同じような具合だと聞きましたが、どうも一種の「買いだめ」思考が働いたものと言われています。

それに比べて、4月は午前中は比較的患者さんは多めですが、午後はぱったり。特に夕方5時前後は、待合室はまったく閑散として、いやどうしたものかという感じです。地震以後、外出を控えている感がひしひしと伝わってきます。

今日は、朝から一日中春の嵐で、とんでもない天気ですからなおさら患者さんの数は少なくて、かなり気持ちはへこみました。

旅行業界は、さらにひどい閑古鳥状態でしょうから、そもそも病気や怪我でクリニックに来る人が少ないことを本来は喜ばないといけない・・・と、わかってはいても、うちもスタッフに給料を払い、家族を養っていかないといけないわけで、いやはやどうしたものでしょうか。

全日空に勤務する患者さんが「かなり厳しい状況」だと言っていましたが、今度のゴールデンウィークは、例年とは相当違う雰囲気なのでしょう。

自粛ばかりでは、いつまでたっても気持ちがネガティブのままですから、時間と経済的余裕があるところでは是非例年通り楽しい休暇を過ごしてもらいたいものです。

2011年4月22日金曜日

被災地医療

日本経済新聞社の日経××という雑誌類は山ほどありますが、どうやって収益を確保しているのかよくわからないのが日経メディカル。どこからともなく、特に購読を申し込んだわけでもなく送られてくる。

製薬会社の広告が山ほど詰まっていますから、スポンサー的にはただで配っても問題ないのでしょうが、考えてみると不思議な雑誌です。内容的には、今の日本が抱える様々な医療関係の問題を取り上げていて、悪いものではありません。

最新号は東日本大震災の緊急特集。思わずじっくりと見てしまったのは被災した病院の状況を図示したマップです。もともと病院は、そんなに山の中にあるわけはなく、茨城から福島、宮城、岩手までの主だった海外沿いの病院はほぼ壊滅的被害をうけたことがわかります。

これは、もう想像を絶するとしか言いようがない。横浜市でも、地震が起こったときにあーするこーするといろいろ医療の仕組みが考えられてはいますが、今回のような災害時にはおそらく何も機能しないのではないかと怖くなります。

被害がほとんどない首都圏より西では、いろいろな医療救援隊が組織されぞくぞくと被災地に向かいました。特にDMATと呼ばれる災害時派遣医療チームが中心となって、いろいろな活動をおこなったとのことです。

それ以外に、大きな医療法人が独自の医療チームを派遣しました。それぞれが×MATという名称で200チーム程度が活動したようです。ただ、被災地が広すぎて、また被災者も多すぎて現地の救援医療を統括できる組織がはっきりせず、それぞれがばらばらに活動するような状況と思われました。

あまりに大きすぎる災害においては、きちっとした組織だった活動はなかなか難しい。最初は、個別に動き出したグールプが、少しずつ連絡を取り合って集合体として連携するするようになるまでには、ある程度の時間が必要です。

今回のことを、しっかりと評価して、今後に生かしていくように出来るにはまだまだ時間がかかりそうですね。

2011年4月21日木曜日

超訳 ニーチェの言葉

いやはや、こんなん見つけてしまった。
まぁ、あまり哲学とか得意なわけもなく、ニーチェといえば「ツァラトゥストラはかく語りき」くらいしか知らないわけです。

しかも、精神世界の話はさらに不得意で、かっこつけとしてはわかるんですが、どうも人間が俗物的なもんですから、あまり興味はありません。

まぁ、たまたまこんなことが書いてあるというので、妙に納得してしまったのです。

「一日の終わりに反省しない」

普通は、一日が終わってからその日の問題があれば、反省して「明日は気をつけてがんばろう」と思うものです。ところがニーチェは、反省してはいけないと。

なんでやねん。ほんまでっか。

一日が終わったときは一番疲れている時。一番疲れているときに反省しても、ろくなことはなく「欝への落とし穴」だというのです。

というわけで、早速amazonで古本の安くなっているものを探して、ポチっとしてしまいました。連休明けごろには、少し思慮深い人間に変身しているかもしれませんよ。

2011年4月20日水曜日

辞書

辞書というと、だいたい英和・和英と国語辞典くらいがあれば、その他はあってもなくてもいいようなもの。

高校生くらいまでは、勉強する上で「必要」と言って間違いない。大学生になると、どうだったか。時には必要だつたかもしれないけど、必ず使うというほどではなかったかも、

医者になってからは・・・どうしても、英語の論文を読む機会が多かったので、かなり「必要」でした。

特に英語雑誌を呼んでいく抄読会というのがあって、当番になるともう大変です。興味があるものから無いものまで、あるいは基礎医学のやたらと難しいものとか、一度に10数編の内容を医局で紹介しなければならないので気が狂いそうでした。

まずは冒頭の抄録を呼んで、本編は考察だけなんとか理解してごまかしたりするのですが、とにかく辞書なしにはとても読めるものではありませんでした。

当時は、英和と和英が一緒になってコンパクトサイズの三省堂のデイリーコンサイスを愛用していて、ぼろぼろになったので2冊目を買ったものでした。

自分が医者になった頃から、パソコンというものが一般に使われるようになって、当然のようにパソコンで使える英語辞書というのはワープロ、表計算とならんで人気アプリケーションの上位の常連でした。

しかし、だんだんそういう真面目に勉強することが少なくなって、それとともに辞書を引くことも減ってきました。今使っているスマートフォンでも、辞書ソフトを入れていたりしますが
、実際使ったことは・・・無い。

今時は、本の辞書というのははやらない。電子辞書というミニチュアノートパソコンみたいなものが学生には人気。1万円くらいから、数万円で膨大な辞書がたくさん入っていて、そりゃもうすごいこと。

うちのこどもが使っているものなんて、100コンテンツとかで、もう一体何が入っているのかすら、使っている本人でもわかっていない。

医学辞典の入っているかなり高価なものもあるわけで、本で購入するより相当高額な感じがしますが、残念ながら自分としては、医学辞典ほど使わないものはないと思っています。

所詮、数行で用語を解説されても、ほとんど何の役にも立たないわけで、結局教科書でしっかりと勉強しないといけない。だいいち、日進月歩の世界ですから、数年前の解説文などはすでに古いことがしばしば。

つまり、専門にする人には辞書は不必要で、専門じゃない人に最低限の知識を与えることが最大のメリットということなんでしょう。ですから、やはり日本人にとって最も大切な辞書は英語辞書・・・多少古くても役に立ちますしね。

2011年4月19日火曜日

予知・予想・予測

物事が何でもうまくいく人、一見ついているという感じの人。

それは、偶然の話ではなく、実は、その人が未来をよく知っているということ。
予知能力というような、SF的な話ではありません。
きちんと先の予想ができるということです。

先の見通しが立つという言い方もあるかもしれませんが、
正しい予測の元に普段の行動ができれば、
自然と自分の周囲は良い方向に進んでいくものです。

あ~、そんな力はどうやって身に付くんでしょうかね。
星飛雄馬の大リーグボール1号がまさにこれ。
ちゃぶ台をひっくり返しながらの、相当な努力をしないと手に入らない力ですか。

まだまだ、人間ができていないな、と思う今日この頃でした。

2011年4月18日月曜日

品不足

震災直後には、コンビニの店頭から灯りに関連した電池、食料特にカップ麺が一斉に消えてしまいました。そして、ペットボトルの水も売り切れ。

昔だったら、まずろうそくというところでしょうが、今時コンビニでもあまり見かけません。仏壇以外にはほとんど使われていません。カップ麺は、お湯がでないとかじるしかないので、あまり緊急時には便利とはいえないかもしれません。

水は最初はミネラルウォータ、つづいてジュース類が消えました。何にしても一番大事なものと言えるかもしれませんから、消えたのは当然と言えば当然。コーラなんてのは、水がないのでしょうがなく買った人が多かったのではないかと思います。

さすがに、最近は一時的に消えたほとんどのものが店頭に戻ってきています。でも、いくつかはいまだに品不足。

水はだいぶ外国ものを中心に出回ってきましたが、いまだに品薄状態。それより、驚くのはコーラなどの清涼飲料水が大変少ない。水足りなくなったとか、ペットボトルのふたが震災で作れないとか、いろいろ理由は言われていますが、たぶん複合的なわけがあるんでしょう。

なんで品薄なのかよくわからないのがビール。まさか水のかわりにアルコールというわけではないでしょうが、とにかく非常に少なくなっていて、なかなか気に入った銘柄を手に入れることが難しい状態が続いています。

意外だったのがタバコ。どこのコンビニでも、レジの後ろに大量のタバコが陳列してありますが、そのほとんどが空。とくに日本オリジナルブランドが圧倒的な品薄のようで、外国ブランドばかりが目立っています。

結局、東北地方で作っているもの、つまり産地や工場が被災したことがいろいろと影響を出しているわけで、これからはいろいろなものが足りないことに気がついて、知らず知らずに東北地方に依存して生活していたことを思い知らされ続けるのでしょうね。

2011年4月17日日曜日

井上ひさし / 吉里吉里人

もうずいぶん昔でしたが、たしか高校生だったか、浪人していた頃かに昨年亡くなった井上ひさしの「吉里吉里人」という分厚い小説を読みました。

背の厚さが4cmくらいはあろうかという単行本だったので、1000ページ近くあったかもしれません。特に井上ひさしのファンというわけでもなく、他に本を読んだわけでもないのに、なんででしょうかね。

実際、小説の中身もよく覚えていないのです。とにかく東北の小さな村・・・吉里吉里村が日本からの独立宣言をして吉里吉里国となるという話。荒唐無稽な、ある意味SF的な発想が、面白いと思ったからかもしれません。

しかし、今回の東日本大震災で、すっかり忘れていたこの本を思い出しました。報道で岩手県に吉里吉里というところが出てきましたが、直接の小説の舞台ではありません。架空の世界、吉里吉里国は完全時給自足で、食物はもちろんエネルギーも外国(つまり日本ですが)に頼ることがない。

今の東京とはまったく正反対です。日本の首都と言って威張っていても、食料はほとんど外から入ってくるし、水も他県に流れているものを使っている。電気は・・・まさに地方に大いなるリスクを背負わせて、のうのうとIT社会とか言って使いたい放題でした。

ある意味、吉里吉里国は理想の世界なのかもしれませんが、もちろん机上の空論であって、やはりファンタジーです。現実には、せまい日本の中では、それぞれの地域がその特性を生かして共存していくしかありません。

この本の中で、とにかく大変面白かったと覚えいるのは、実は中程に100ページくらい使って大まじめに書き込まれている「吉里吉里国語」の文法解説です。要するに「ずーずー弁」の話し方の教科書。

大学に入ってから、ずーずー弁があまりうまかった(?)ので、東北出身の同級生に仲間と思われたことがありました。これはひとえに吉里吉里国語を勉強した賜でした。

今一度、この便利な生活というものを考えてみる材料として、「吉里吉里人」は格好の材料になるのではないでしょうか。

2011年4月16日土曜日

Irina Mejoueva / Beethoven Complete Sonatas

レコード(またはCDでもいいんですが)の名盤というのは、だいたい評論家諸氏の評価や一般の売り上げなどの要素で決まり、古いものほど定番として不動の地位を確立しているものです。

ショパンのエチュードと言えば、昔のものならコルトーの演奏、新しいもののだったらポリーニ。紹介されるものと言えば、いつでも同じ。さすがに、定番ばかりだと、すぐに蒐集は行き詰まってしまうものです。

何しろポリーニの録音は1972年。もう40年だっているわけですから、その間にいくらでもすぐれた演奏が出てきているはず。さすがに殿堂入りで、飾っておくだけにして、もっともっと新しいものに目を向けてみたい。

ベートーヴェンの32のピアノ・ソナタについても、同じ事が言えるわけです。すべてを聴き通すには1日がかり。昔のレコードだったら20枚くらいは必要でしょう。CDなら8枚から10枚くらいでおさまるし、何しろ値段がデフレですから、全集をそろえるのもだいぶ気が楽です。

だいたい、バックハウスの50年代前半のモノラル録音が正統派の全集として評価されています。歴史的には初めて全集とした30年代のシュナーベル。可哀想なケンプは下手と言われ、アラウも若い頃はつまらないと評される。

21世紀になってから、なかなか素晴らしい演奏もあるんですけどね。一番のお気に入りが女流のメジューエワの演奏。ロシア出身ですが、日本に居を構え活躍していて、若林工房から優れた演奏をいくつも出しています。

もともと、比較的女性らしい細やかな表現が得意で、昨年のショパンイヤー(生誕200年)には続けざまに美しいショパンアルバムをいくつも出しました。しかし、その前に2007年から2009年に制作したのがベートーヴェンの全集でした。

女性らしい微細な色づけとともに、女性にしては非常に力強い打鍵によって、強力な音楽の推進力を表現してくれたと思います。超メジャーレーベルではないため、世界的な名盤として認知されにくいかもしれないのが残念です。

メジューエワは、今年からはシューベルトに取りかかっています。こちらも、大変に期待大のシリーズで、ますます目が、いや耳がはなせないことになりそうです。

2011年4月15日金曜日

ディズニーランド再開

首都圏近郊では、今回の震災で最も被害が大きかったのは千葉県浦安市でしょうか。埋立地特有の液状化現象が起こって、ニュースでも驚くような状況を何度も放送していました。

先頃行われた統一地方選挙でも、選挙ができず異例の事態となっていたわけで、震災の爪痕はけっこう近いところにまで迫っていたことを実感できるわけです。

浦安市といえば、誰もが思い浮かぶのが東京ディズニーランド。地震後、あの広大な駐車場が液状化で使えなくなり休園が続いていました。園内については、あまり公表されていないので、どの程度の被害があったのかわかりません。

しかし、本日5週間ぶりに東京ディズニーランドが再開します。隣のディズニーシーはまだ再開の見込みはたっていないようですが、少なくとも震災からの立ち直るひとつの小さなきっかけかもしれません。

当分は節電も意識して、ちょっとおとなしい営業となるようですが、夢や希望、安らぎ、楽しみなど、震災で落ち込んだ気持ちを前向きに持っていくファンタジーが発信されることを期待したいと思います。

2011年4月14日木曜日

木曜日

木曜日というのは、開業医は休みのところが多い。週のなかばで、ちょっと一息・・・というわけでもないでしょうが、だいたいいろいろなイベントが木曜日に多いからかもしれません。逆に、イベントが多いから休みにするというのもある。卵が先か鶏が先か、みたいな話ですが。

まぁ、うちのクリニックは開業当初から木曜日は午前中は診療をしているわけで、そのうちクリニックが軌道に乗ったら休みにしよう・・・と考えていたところもないわけではありません。

実際のところ、他の曜日に比べて、患者さんの数は多くはありません。皆さん、木曜日はクリニックが休みだと思っているところがあるようです。

実際、開業当初木曜日に診療をしていた同じビルの小児科や眼科は、1年も経つか経たないかで木曜日を休診にしました。いゃ~、うらやましい。うちは、なかなか患者さんの数が伸びず、無駄にテナント料を払うなら、少ない患者さんでも開いていたほうがましという状態が続きました。

それでも、午後は休診・・・ではあることは間違いないのですが、第一木曜日は他の病院で関節リウマチの専門外来、第二木曜日は大学で外来を続けているわけです。開業当初は、それ以外の木曜日は手術をやっていることが多かったのですが、さすがに最近はもう手術をすることはほとんどありません。

まぁ、いまだにせっせと土曜日・日曜日の当直バイトをしている身なので、木曜日の午後は月に1回か2回は、ゆっくりできる休息日として重要な時間で、年を取ってくるといっそう大事に思えます。

50歳をすぎてからは、仕事と休憩の緩急のバランスをうまくとるようにしないとなぁ・・・というほどは、まだ体には気を使っていませんけどね。

2011年4月13日水曜日

どこへ行く?

昨日は野党のセンスを疑ってみましたが、今日は与党に耳を疑う話が出できました。

・・・菅直人首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない状況となっています。

これは、かなり衝撃的。と、いうのもこの文章を発表したは小沢一郎ですから。ついに民主党も党を割ることになるんでしょうか。もう本当に日本の政治はどこに向かうのやら。

東京電力の今日の発表。

燃料棒の一部は破損している可能性があるが、大部分は健全。

こりゃ違うでしょう。正しくは、
大部分は健全である可能性があるが、燃料棒の一部は破損している、だと思います。このあたりが、東電の危機管理の甘さとして指摘されているところではないでしょうか。

何でも悪いほうに考えなければいけないわけではありませんが、核分裂でしか出現しない放射線が検出されている以上、燃料棒が何らかの破損していることは間違いない。それは可能性ではなく、事実であるはず。

原発事故がレベル7に引き上げられたというのに、国民もメディアも比較的おとなしいというか、冷静な対応をしているように思います。要するに、誰もがとっくにレベル7的な状態を想像していたということでしょうか。

2011年4月12日火曜日

ポスター

う~ん、これ・・・

センスを感じないなぁ。なんか、右翼っぽくないですか?

国の危機においては、全体主義がはびこりやすいと言われていますが・・・

2011年4月11日月曜日

東日本大震災から1ヶ月

今日は夕方から余震が続いて、どうも船酔いしているような気分です。ちょうど震災から1ヶ月ですが、あらためてまだまだ落ち着かない状態であることを思い知らされます。

テレビは震災の悲惨さを報道することから、だんだん震災後のいろいろな対応についての検証をすることにシフトしてきているようです・・・と言うとかっこいいのですが、結局はあげあし取りに終始しているのが今のマスメディア。

基本的に震災の直接的な対応に対して責任を持たないメディアは、批判をすることは簡単。後から、起こったことをあーだこーだ言っているだけ。別に民主党・・・管総理を特別にひいきにしているわけではありませんが、じゃあ自民党の谷垣さんなら・・・同じでしょう。

誰だって、今回のような大規模な震災、ましてや原子力発電所事故については初めての経験であり今の日本の政治家の誰一人として100点満点の決断をすることはできないでしょう。

今の日本には、リーダーたる人材がいないということなんでしょうか。そもそも総理大臣が短期でころころ変わっていること自体が・・・もう、どうなるんでしょうか。

とにかく、今回の震災によって、日本の弱さと強さがけっこう見えて来たのかもしれません。もちろん、弱さの方が圧倒的に多い。しかし、もともと日本人の特性あるいは美徳、それは最近はグローバルな観点からは比較的批判されてきたことですが、日本人全体の危機に立ち向かおうという気持ちは嬉しく思うわけです。

今日は、うちのクリニックで二人目になる、震災の避難者の方が受診しました。避難者の方は、5月末までは保険証がなくても受診費用の自己負担支払いは猶予されています。

注意が必要なのは免除ではありませんので、いつか払うことになるということです。ただし、そのあたりについては、まだ何も決まっていないので、どうなることやら。

また、今日は受診した別の患者さんは、横浜で数少ない地震で倒壊した建物で仕事をしていたそうです。すごく身近にも、直接的な被災者がいるということは忘れてはいけません。

震災は他人事ではありません。いろいろな側面から様々な方が被災しているという事実は、事の大きさ、重大性を反映していています。

震災はまだまだ始まったばかり。いつになったら収束するのか、まだ誰にもわからない。とにかく、しばらくは緊張感を持って生活を続けなければならないことだけは間違いないようです。

2011年4月10日日曜日

あめふり

北原白秋作詞 (前半だけ)・中山晋平作曲

あめあめ ふれふれ かあさんが
じゃのめで おむかい うれしいな
ピッチピッチ チャップチャップ
ランランラン

あめあめ ふれふれ かんさんが
じしんで ないかく がんばろう 
ピンチピンチ チャンスチャンス
ランランラン

2011年4月9日土曜日

厚顔

・・・とくれば無知。

いやいや、無恥が正しい。とにかく厚かましくて、恥知らずという意味。

ただ、難しいのは、誰かの行為を厚かましいと思うかどうかは主観的な判断ですから、誰でも同じ尺度で判断しているとは限らない。

買い物でレジに行列が出来ているとして、いきなり前のほうに割り込んだ人がいるとします。こりゃ、確かに厚かましいだろう。割り込んだ後に、まったく平気な顔して会計をするようなら「恥ずかしいとは思わない」わけですから恥知らずということになる。

もしも、やっぱり悪かったなぁと思っている様子で、すまなそうにしているなら恥は知っているわけですから「厚顔有恥」でしょうか。まぁ、そんな人はいないでしょうけど。

まぁ、こんな例ではそれを素直に許しちゃう人はそうはいない。でも、スーパーで閉店時間がせまって、蛍の光が鳴り渡っても平然と買い物を続けている客というのはいかがでしょう。

自分の場合は、こういう状況では大変気持ちがあせって、なんとか時間内にレジを通過したいと、品物の選別もほどほどに必要なものをどんどんカゴに詰め込んでしまいます。

ところが、閉店前に入った客だから、時間を気にせずゆっくり吟味して買い物をするのは当然と考える人もいるでしょうし、それに賛同する方も少なくないでしょう。

要するに人の価値観というものは、その人の育った環境によってバラバラということです。さらに時代が違うとなおさらのことです。何が正しくて、何が正しくないのかということはなかなか正解は見つけにくい。

自分の正しさを主張する前に、他人の正しさを理解する努力をすると、きっと住みやすい社会になるのでしょうかね。

2011年4月8日金曜日

新顔

クリニックの受付に4月から新人が一人入りました。震災前に何とか面接しておいて決めておいてラッキーだったわけで、その後だともう大変だったかもしれません。

受付はこれで、4人で回すことになり、午前中は木曜日を除いていつも二人体制にすることができました。患者さんが増えたということですが、まだまだ受付一人でもこなせる日が少なくありません。

でも、患者さんがまとまってきたときは受付は本当に大変で、混乱して間違いをしないようにするためにも、二人の方が望ましい。

だいたい5年くらい仕事を続けていただいているスタッフが二人、2年過ぎたスタッフが一人、そして今回の新しい方も、長く続けてがんばってもらいたいと思います。

2011年4月7日木曜日

別顔

今日は、午後からは横浜新緑総合病院の外来。これは、開業する前、女子医大に勤務していた頃からなので、もう10年近くなりますか。

これはリウマチ専門外来ということで、基本的には一般整形外科はやっていません。実際、隣の診察ブースには一般整形外科担当の先生がいるもんですから、自分は思いきりわがままに関節リウマチと痛風だけに集中です。

隣で骨折でギプスまいたり、救急車が入ってあたふたしていても、こっちはこっち。マイペースで外来やっていていい、というのも整形外科医としてはずいぶんとぜいたくなことです。

そのかわり、と言ってはなんですが、リウマチの疑いという患者さんについては手を抜くわけにはいきません。今日は、自分にとっては初診の患者さんが数人まざっていたので、もうそれだけで時間がいくらあっても足りません。

昨日転んで手が痛い、というと話は簡単ですが、リウマチの場合はいつからどこが痛いか、家族には病気はないか、今までに通院していた人の場合はさらにどんな治療をしてきたか、薬で副作用はでなかったかなど聞くことがたくさんあります。

必要ならあちこちのレントゲン検査をしたりとも、とにかく資料が多ければ多いほどいいわけで、とにかく時間はかかるわけです。いやいや、もう、時間が押せ押せで予約枠の時間通りにはまったくいかない。軽く1時間待ちを越えてしまいました。

あるアンケートによると、患者さんは待ち時間が20分を超えると不満を感じ始めるというのがあります。その前に、あとどのくらいかかるというアナウンスができることが望ましいのですが、一人一人を順番に診察しているとなかなか難しい。とにかく、そういうときほど丁寧にやるしかありません。

とにかく、いつもの自分のクリニックの外来とは一味違ったところで、ある意味気分転換的にところもあって、ちょっと楽しんでいる自分がいたりするものです。

2011年4月6日水曜日

怖顔

だいぶこの辺りでは春めいてきましたので、暖かくなって当分は計画停電もなさそうな雰囲気です。

さてさて、スーパーもまだいろいろ無い物もありますけど・・・特に海産物はいろいろとね。

でも、意外と変わったものも見つけました。これ、生きているんですよ。もそもそと動いていました。茹でる前から赤い?

いや、ちょっと・・・顔か怖いかも。

2011年4月5日火曜日

年度初めのリウマチ勉強会

そろそろ、新学期が始まるぞ、ってんで、あせっている人いませんか。夏休みと違って、たくさんの宿題は出ないからと安心していませんか。でもね、最初が肝腎。びしっと気持ちを入れて、新しいことに臨んでいかないと、最初にケチをつけると挽回するのが大変ですよね。

社会人でも同じことですが、特に大学病院に勤務する医者ですと、基本は年度単位で物事が変わるので4月はなかなかあなどれません。開業医になってみると、2年ごとに診療報酬点数の改訂というのが4月にあるので、そのときはかなりあせります。幸い今年はそれが無いので助かった。

というわけで、今日は関節リウマチ勉強会

実は、3月末に勉強会を発展させた田園都市リウマチフォーラムの第2回を行う予定だったのですが、さすがに状況を考えて延期にしました。すでに案内を差し上げていた先生方には、大変申し訳ありませんでした。

今日はその延期した分をどうするかの相談も含めて、いつもの四方山話でずいぶんと盛り上がりました。もちろん、いろいろと疑問がある症例を相談したりというのもあるのですが、実は他愛のない雑談の中で意外と役に立つ話が少なくありません。

患者さんの待ち時間の話などでは、どうやって待っていることの不満を感じないようにするかの工夫というところで、「なるほど」と思うようなことがあったりしました。

また、外国からの紹介状や外国に向けて紹介状を書くときの工夫なんていうのも、なかなか聞ける話ではないのでためになります。

いつもやっている勉強会ですが、こうやってひとつひとつ日常が戻ってきていることを実感することは悪いことではありません。とにかく、新しい年度・・・というより、地震の急性期が終わって、ここからは少し落ち着いて診療に集中したいものだと思うわけです。

2011年4月4日月曜日

消えたDr.Flicker

横浜市都筑区で、毎日ブログを意地でも更新し続ける奇特な医者仲間のDr.Flickerのブログ。日曜日の朝から、ず~っとアクセス不能が続いています。

最後の記事が、たまたま謝っている文章だったので、何か思うところがあって筆を折ったのかと心配してしまいました。

どうもブログのサーバーの障害のようで安心したのですけど、いまだに復旧できていないようなのです。なんでも、今までのデータは部分的に失われるかもしれいということです。

Dr.Flickerからすれば、これは残念でしょう。こうやって、毎日書いていると、自分にとってはいろいろと参考になることが多々あって、下手な日記よりも重要なものです。

毎日見に行くのを日課にしている自分としても、昨日と今日はDr.Flickerの文章が読めなくて、何ともいえない欲求不満を感じてしまうわけです。

停電と一緒にするわけにはいきませんが、無くなって初めてわかる大切さ。早くサーバーが復旧して、書けなかった分をまとめてアップしてくださいね。

2011年4月3日日曜日

ACジャパン

ACジャパンは、1971年に当時のサントリー社長佐治敬三氏の提唱によって「企業が金を出して、世の中のためになるメッ セージを、広告という形で発信しよう」という目的で設立され、1974年に社団法人・公共広告機構として認可。そして2009年7月に公共広告機構からACジャパンと名称を変更し、今年に公益社団法人となっています。
なるほど、いつも政府の公報活動のように思っていたのですが、基本的には民間の組織なんですね。ACというのはAdvertising Councilの略ですから、日本語にすると広告協議会となるんでしょうか。
なんとなく、見ていて印象に残るものもあれば、そうでないものもあります。なるほどと思えるものもありますが、ずいぶんとお節介と感じる時もないわけではない。
面白いのは、企業広告をしないはずのNHKが唯一放送するコマーシャルが、このACジャパンらしいです。NHKもACジャパンの会員なんだそうで、NHKが作った風に変えて放送することがあるようです。
コマーシャルを流す企業の不祥事や、コマーシャル出演者の不祥事により放送できないとき、緊急事態で番組のスポンサーが確保ではないときなどに、差し替えで放送されることが多いのだそうです。
と、言うわけで、東日本大震災直後から、企業のコマーシャル放送自粛が最大で80%程度になり、また広告抜きの報道特番ばかりが放送されていた関係で、しばらくの間ACジャパンのコマーシャルばかりが目についたということのようです。
震災の関係のない内容でいろいろ文句が出たりしていましたが、最近は大至急作り直した新しいものが放送され、通常のCMもだいぶ戻ってきていて、一時に比べればだいぶおとなしくなってきました。
ただ、どうも、最近頭の中で「ポポポポン」というメロディが鳴り響いているような気がしますが・・・

2011年4月2日土曜日

医者と患者

上手にも 下手にも 町の一人医者

昔の人はうまいことを言ったものです。患者さんは、病気やケガで困ったときには、とりあえずいろいろな情報をもとにどこかの病院にいくわけです。しかし、どんな医者かは、わからずかかるわけですから、けっこう大変なことです。

しかも、保険医療の仕組みや診療報酬点数制度というのは複雑で、我々でも時によくわからないことも少なくありません。

これは、レストランで味も値段もわからずに、注文をするようなもので、けっこう勇気がいることですね。とりあえず、近場に病院が一つしか無ければ、あるいは医者が一人しかいなければ、しょうがないというあきらめにも似た境地で開き直りもありますけれど・・・

実際、自分がクリニックをもっている横浜市都筑区というところなどでは、クリニックはごまんとあるわけで、患者さんはある程度選択をすることができます。医療は医者と患者さんの共同作業ですから、なちょうど気が合う医者を探すことができれば"BINGO !!"という感じでしょうか。

自分の場合は、ある程度患者さんに合わすこともしているつもりですが、医者としてこれだけは譲れないと思っている部分も当然あるわけです。

例えば、診察中に自分の携帯電話の着信があると平気で話を始めてしまう人。これは、絶対に許しません。基本的なマナーもの問題です。仮にそれが年上の方でも、それはルール違反だとはっきり申し上げます。

一方、困ったことがあるといつも相談に来てくれるような方は、患者さんからすれば自分と合うと思っていただいているわけですから、これは嬉しいことです。待合室に多少やとりがある時などは、世間話などをしたりすることもしばしば。

今日は、いきなり待合室の隅っこに開業以来置いてある京都の本をほめられました。その本を見ていたら、急に京都に行きたくなったというわけです。診察が終わって、一度診察室から出たのですが、すぐに戻ってきて、明日京都に行ってくると言うのです。なんか楽しくなって、本を貸すことにしてしまいました。

こういうところは、なかなか大学病院などの外来をやっていてできることではないわけで、開業医だからこそできるある種の楽しみみたいなものなんでしょう。

この前、新しい関節リウマチの患者さんが来られたのですが、検査をしてみると病気のコントロールがついているとはいえない状態でした。リウマチの薬は重篤な副作用がしばしば出ることがあるので、しっかりと理解してもらった上で治療をしたいということを一生懸命説明をしたつもりです。

ところが、話の途中で「そんなことはどうでもいいから、薬だけ出してくれればいい」と言われてしまいました。これは、自分としては医者としての理念に合わないわけで、何とか話を最後まできいてほしいと頼んだのですが、さっさと席を立って「もう、いい」と言って出て行ってしまいました。

これは、完全に患者さんが自分を拒絶したわけですが、自分もこういう患者さんは困ると感じたわけです。でも、後から考えると、治療をしっかりとすべき状態があったわけですから、それでも何とか説得できなかったのかと後悔の念が残ってしまいました。

そんなわけで、つくづく医者と患者の関係というものは難しいものだと、今更のように思うわけなのです。

2011年4月1日金曜日

前進

4月1日は例年ならapril foolというわけですが、さすがに今年は浮かれたことをやっている人は少ないようで、とりあえず「自粛ムード」一色。

もちろん、いつまでも萎縮したままではどんどん寂しくなってしまいます。どこかで、攻勢に転じていかないと・・・と思いつつも、まだまだあまりに大きな災害の爪痕の全容すら掴めていない段階ですから、この先何が出てくるか想像もつきません。そんなわけで、うちのクリニックのあるビルの裏にはホームセンターコーナンがあるのですが、震災の直後には駐車場の消火設備が誤動作して周囲は真っ白けになっていました。

その真っ白になっていた道路に、今朝横断歩道が忽然と姿を現しました。駅からコーナンに行こうと思うと、バスロータリー地下の駐車場を通っていくのですが、何しろ道路を横切らないといけない。

まぁ、それほど交通量が多いわけではなかったので、以前はよかった。ところが、去年スーパーのアオバが開店してからは、だいぶ自動車が増えて、渋滞もするようになってきましたから、ちょっと危険な場所になっていたわけです。

横断歩道ができるということは人の流れができたことを、お上が認めたということですから、うちのようなクリニックにとっては歓迎すべきことだとは思います。

このブログも書き始めたころは、とにかく思いついたことはどんどん投稿していたので、1000エントリーまではけっこう早く到達しましたが、去年は1日1件を死守したんです。書きたいことがあっても、ぐっと我慢。タイミングを逸してすてネタになった話もけっこうある一方、書くことが徹底的に思いつかずギブアップした日もある。

今年も、そのスタイルを継続しようと思っていたのですが、さすがに震災後はそうもいかず、いろいろなお知らせも含めて3月は大量投稿となってしまいました。そんなわけで、1日1件が崩れてしまったので、今後はまた思いついたら何でも投稿スタイルでいきたいと思います。

うちのトイレにかかっている日めくりには、毎日一つの格言のようなものが書いてあるのですが、昨日の31日に書いてあったのが・・・「笑顔にまさる化粧なし」

う~ん、なかなか含蓄のある文章です。とは言え、笑顔は表情ですから、化粧ではない。そんなことを書くと、無粋な奴と言われそうです。確かに、笑顔と言うのは大事。どんなときも、笑顔を絶やすことがないようにしたいものだと思います。

4月といえば新しいことが始まる季節。どんどん前に進むことが出来る方は、とにかく振り返らずに前進あるのみです。

てなわけで、今日は無関係ネタいくつを使ってしまい、支離滅裂エントリーとなってしまいました。