2013年1月31日木曜日

スキャンダル

おっ、早くも1月も晦日。何度も書いてますけど、あっという間に時間が過ぎて、いよいよ受験生にとっては本格的なシーズン到来というところでしょぅか。

今朝まで、そんな話はどこにもなかったと思うんですが、夕方以降メディアをやたらとにぎわしたのがタレントのスキャンダル。

恋愛禁止で有名な人気の集団のメンバーが、異性交際をスクープされたということなんですが、それ自体は芸能界としては珍しくも無い話。あー、またか、くらいのことなんで、いちいちびっくりするのは熱烈なファンだけでしょう。

話が大きくなったのは、その日のうちにその問題となったタレントがなんと丸刈りもそれも虎刈り頭となって動画サイトに登場して、涙ながらに謝罪するという前代未聞の展開。お騒がせのけじめとして、頭を丸めるというのはよくある話ですが、そのタレントが女の子というところが衝撃的。

そこまでせんでもええやんか、という同情的な意見も当然あるでしょう。だいたい、20歳前後の若者ですから、恋愛無しで生活していくなんて青春の大事な一部を封印しているようなもので、そもそも無理がある。

確かに不特定多数のファンに対して夢を売る仕事なんですから、恋愛というものはご法度という縛りはわからないものではありません。吉永早百合さんだって、ファンの間からはトイレに行かないと信じられていたり・・・そんなわけないんですけど、ファン心理というのはそんなもんですよね。

一方で、そこまでしてタレントとしてい続けたいというのかという否定的な見方もあるようです。中心タレントの脱退で昨年後半はグループとしての勢いが低下した事は否めないところですから、話題づくりの犠牲になったといううがった見方もあったりして、特にネットではいろいろな憶測を呼んでいます。

特にファンではない自分はどうであってもかまわないのですが、少なくとも女の子が丸刈りというのは異様な事態に映ります。当然、その格好じゃ仕事へも影響はさけられないし、そういうことをしてしまうような集団の無言の圧力のようなものがあるということは怖い感じです。

どうも、芸能界というものはなかなか一般からは理解しにくい世界ですね。まぁ、大多数の人が所属する凡人の側にいてよかった、というところでしょうか。

2013年1月30日水曜日

リウマチ治療薬に求めるもの

今日は某所で少人数を相手にして関節リウマチについての講演を・・・聞きにいったんではなく、話にいきました。いやいや、こりゃまた珍しい事で。

いつも出てくるような高名な教授の方々がするような内容であれば、自分のようなただの開業医には依頼は来るわけが無い。今回は、クリニックの視点からみたリウマチ治療の選択というテーマということでした。

もともと1時間程度でという依頼だったのですが、現代リウマチ診療のエッセンスを話すだけでも1時間は軽く越えてしまいます。さらにメインテーマについて話し出せば、全部で2時間はかかってしまいそう。

できるだけ詳しいレジメを用意して、前半についてはそっちを見てねという形をとらせていただいたのですが、それでも1時間半くらいかかってしまいました。予定を大幅にオーバーして申し訳ありません。

さて、現在国内で使用できる生物学的製剤と呼ばれる強力なリウマチ治療薬は6種類。今年の3月には7番目が登場し、春には点滴製剤の皮下注射版が発売されることになっています。ますます、製薬業界は活気付いている。

患者さんにとっては、使える「武器」は多いほどよいわけですが、医者の立場としては似たようなものが多くて、すべてを使い分けるというのが難しい。どうしても、使い慣れているものに偏りがちになってしまうものです。

リウマチ専門医が、こういう新しい薬に求めるものは、どんな薬でも共通の話ではありますが、
①効果、②安全、③簡便、④経済性というところです。

できるだけ、しっかりとした効果があり、かつ副作用が少ない。使い方が簡単で、安い価格で患者・病院の負担が少ないもの。

生物学的製剤では、効果については強力で、すでにたくさんの研究結果が示されています。高い効果と強い副作用は比例する話で、そのリスクを許容できることが重要。

薬の飲み方が複雑だと、ちゃんと正しく服用できないかもしれませんし、自分で注射するのも大変かもしれません。

リウマチ薬では、3割負担の患者さんで内服薬なら月に数千円以内。ところが、生物学的製剤は3~4万円程度かかってしまいます。これは、ほとんどの患者さんにとって安いものではありません。もちろん、それだけのお金をかけるだけの効果は期待できるのですが、この値段だと自分も悩むだろうと思います。

将来的には、遺伝子医療の技術が確立されて、根本的な病気の原因が解決するかもしれません。また話題のiPS細胞による再生医療の進歩によって、変形した部分を元に戻すような方法も出てくることでしょう。

そう考えると、以前から使っていたリウマチの内服薬は「ガソリン車」みたいなもので、生物学的製剤は「ハイブリッド車」という位置づけになるのかもしれません。

現状では、「特効薬」のような「夢の薬」というかんじで、各製薬会社も力を入れていますが、未来の先進医療が確立されるまでのつなぎであることは間違いありません。ずいぶんと急激な進歩をしているところではありますが、これで満足せずまだまだ先があるということを考えておかないといけません。

2013年1月29日火曜日

下腿三頭筋部分挫傷

今朝、クリニックで両手にゴミを持って集積所に運んでいるときにやっちゃいました。エレベータから降りて勢いよく足を踏み出したとたんです。左のふくらはぎにビシっとした感覚、そして直後に強い痛みが走りました。

ありゃりゃりゃ、これが世に名高い「肉ばなれ」というやつですね。ホント、まじ、痛い。もう、まったく普通に歩けたもんじゃない。

痛い側の足が反対より後ろにいくと、足首が上に上がるので、傷めた筋肉が引っ張られて激痛です。そこで、足を外に向けて反対の足に対して横にすると歩きやすい。または、後ろ向きに歩くほうがまだ楽だということを発見しました。

日頃、患者さんにアドバイスしていることを実践してみて、間違っていなかったと変に納得したりもして、それはそれでいいんですけどね。

それにしても、初雪の翌日に自宅でゴミ出しでしりもち。やっとおしりの痛みが取れてきたところで、今度はこれです。どうも、今年はゴミ出しに運がないようです。はぁ~。

夜は、久しぶりの都筑区ブロガー医者の集い。去年の3月以来です。もう、歩くのが一杯一杯でして、そっちの話までは頭が廻りませんので、それぞれの先生方のブログにおまかせします。とりあえず、肉のお店ではありませんでしたけどね。

2013年1月28日月曜日

冬の朝

好天に恵まれた翌朝、いきなり雪が降っていてあせりました。ただし、朝のうちにやんで、空も明るくなってきたのでたいしたことはありませんでした。それでも自宅の付近では、5センチ近く積もっているところもありました。

冬の風物詩というのはいろいろありますが、時代が変わって物事が便利になることで消えていくものもあります。ほとんどの道路が舗装されて、通りやすくなって、泥だらけになって遊ぶということが少なくなりました。

その影響か、都会であまり見なくなったものの一つが霜柱。


ざくざくと 笑顔で足踏み 霜柱

う~ん、あまりに当たり前すぎ。ひねりも何にもありません。

2013年1月27日日曜日

早く起きた朝は・・・

これまでにも何度か書いてますが、自宅の近くにPrologueという人気のパン屋さんがあります。だいぶ遠くからもお客さんが来るようで、どんどんお店や駐車場が大きくなり、支店も増えています。

日曜日の朝は、たまに出かけて行って、お気に入りのパンを買い込んだりするのわけですが、今日は天気も上々。冬晴れの気持ちの良い朝でしたから、そのまま近くの公園で朝食。

せっかくですから、年老いた我が家のワンコも一緒。平均的な寿命から考えると、そろそろ危ない感じですが、けっこう全速力で走ったりして元気一杯。ぜーぜーすることなく、一緒にパンの耳をいただきました。

抜けるような青空ですから、ふっと上空を見上げてみると・・・

よーく見てください。拡大するとわかりますが、旅客機が飛んでました。これで高度はどのくらいでしょぅか。方向としては羽田からというより、成田から富士山の方向へ向かっている感じ。いずれにしても、離陸して数十分、5000フィートくらいまで上昇したところかも。

こんなのんびりとした日曜日の朝は、年に何回もありません。貴重だなぁ~!!

2013年1月26日土曜日

Paul Lewis / Schubert ''Wonderer Fantasy''

最近、あんだけ書いてたクラシック音楽の話が少ないじゃないか・・・という声・・・はあるはずもありませんが、確かに少ない。減りました。

クリニックを開業した頃から、本格化したクラシック好きですが、数年間で自分にあう有名曲はだいたいそろいました。さらに数年で、同じ曲でも他の演奏家によるものを集めました。さらに、本来の楽器から他の楽器へ編曲物などのマニアックなものに手を出して、あらかた収集終了状態になったんです。

そりゃ、クラッシックの奥の深さを考えればパーフェクトとはいえませんが、評論家じゃないし、まして演奏家でもありませんから、聴きたい物だけ聴いていればいいわがままなファンということです。

定期的にめぼしい新譜をチェックしていますけど、さすがに昔の有名どころの再発ではだいたいすでにCDを持っていて、ダブって購入することはありません。 完全な新譜については、次から次へと出てくる新しい演奏家については、よく知らないのでそれほど購入意欲をそそられません。

となると、ある程度お気に入りの演奏家の新録音に注目という事になるのですが、さすがに1年に1枚程度のペースですから、そんなにいつでも面白そうなものがあるわけじゃない。

たいてい新品ならHMV、中古ならAMAZONを利用して通販生活をしているわけですが、HMVでは購入額によって割引のランクが変動し、以前はHMVのお得意様のマスターステージ獲得維持は楽勝でした。最近は、ステージ維持のため(?)の最低限の買い物しかしていません。

そんな中で、最近注目したのがこれ。ポール・ルイス(姓も名も平凡だ)は90年代なかばに頭角をあらわした、数年前に引退したアルフレッド・ブレンデルの弟子のイギリス人ピアニスト。

ベートーヴェンのソナタの録音は、2000年以降の全集としては出色の出来でした。ベートーヴェン・チクルスと平行して、シューベルトも録音をしていて、数枚がすでに登場していたのですが、昨年秋に久しぶりに出たのが「さすらい人幻想曲」、「楽興の時」などを収めたもの。

ベテランの域に入ってきて、若さでバリバリ弾くと言うよりは、音と音の間をうまく埋めていく感覚が出てきたところが、さらに最強に近づいた感じです。シューベルトでは、特にそこんとこが大事。

2013年1月25日金曜日

御神渡り

信州諏訪湖で、御神渡りが2年連続で発生した事が確認されました。諏訪湖というと、夏の花火ばかりが有名ですけど、御神渡りは冬の湖としての特筆すべき自然現象です。

諏訪湖の湖面が凍結して、氷が気温差によって膨張と収縮しぶつかり合って生じるもので、長い氷の亀裂が数10センチ盛り上がって走る様子はなかなか不思議なものです。

これには、なかなかロマンのある言い伝えがあって、諏訪大社上社の男神が、対岸の下社の女神のもとへ通った道筋だと・・・え~っ、それって夜這いですか。神様もずいぶんといきな世俗的なことをするようです。

こういう言い伝えは、元になる事実がけっこうあったりするもので、たとえば聖書のモーゼの海が割れる話だって、エジプトから脱出したモーゼを追いかける軍の船が悪天候で全滅したというような話が実際のところらしい。

諏訪湖の場合は、こっちのお殿様とあっちのお姫様・・・かどうかはわかりませんが、何か特殊な恋愛事情、それも悲恋に終わるようなものがあったのではないかと想像したりします。

ワカサギ釣りでも有名な諏訪湖も、近年は暖冬の影響か湖面の凍結が不安定で、毎年御神渡りが発生しなくなりました。なんとも、残念な話ですが、とりあえず今年の冬は寒い。寒けりゃ寒いで、文句を言っている自分もいたりして、まぁ人間も勝手な生き物ですけどね。

2013年1月24日木曜日

牛肉格付

このところ正月に必ずやっている番組で「芸能人格付け」というのがありますが、その中で必ず牛肉が出てきます。100gで1000円くらいの「安い」肉と、1万円くらいする超高級肉を比較しています。

まぁ、自分からすると100gで100円くらいでも十分なものはいくらでもあるわけで、1000円も出したら十分に高級だと思うんですけど。そもそも1万円もするような肉はスーパーでも、専門の肉屋さんでも見た事がありません。

そもそも牛肉のランクは誰がどうやって決めているんですかね。答えは、日本食肉格付協会が決めている。はぁ~、そんなのもあるんですか。評価は、歩留(ブド)まり等級と肉質等級の二つです。

歩留まりはいいほうからABCで、一頭から取れる肉量が多いほどよい。マッチョはAで、やせっぽちはCということ。

肉質は最高が5、最低が1。脂肪交雑、肉の色沢、肉のしまりときめ、脂肪の色沢と質の4項目から評価されるそうです。でも、素人からすると後の3つは、時間で変わっていきそうでよくわかりません。

結局、脂肪交雑、つまり霜降り具合だけで決まっているような印象。ということは、歩留まりでマッチョはAとしていますが、実はたんなるデブということですかね。肉の中の油が多いほどいいとしているわけで、本来の筋肉の量は関係ないということですかね。

もっとも、牛も毎日筋トレしているわけではないので、純粋に筋肉繊維が肥大するような生活はしていません。皮下脂肪より筋肉内に脂肪を溜め込むように飼育するのが、家畜業の醍醐味なのかもしれません。

ところが、年を取ってきて多くの人は油は控えます。自分も、霜降りの牛肉はムカムカしてしまい、まったく食べたいと思わない。しっかりと肉肉しているような方が、腹持ちもいいし美味しいと思ってしまうのです。

2013年1月23日水曜日

パソコン・デフレ

パソコン業界は、経営的にも相当大変らしい。

米パソコン大手DELL株式の非公開化を進めていると、複数の米メディアが伝えているというニュース。うちのクリニックでも、半分はDELL製を使っているのですが、主力のパソコン販売が低迷していて、業績が伸び悩んでいるらしい。

自分は経済についてはまったくの素人ですが、非公開化するというのは、現経営陣が自社株を買い取り大胆な経営改革を進めるねらいがあるということらしいです。

そういう自社株買取をMOBというそうで、その上で非公開化にして、大株主の意向などに左右されない経営陣の自由度があがることで、抜本的な改革ができるメリットがあるんだそうです。

最近は、デスクトップで2万円くらいから、上位機種でも10万円くらいで買えたりします。ノートですら、20万円以内ですから、とにかく物価が下がったものの代表がパソコンと言っても過言ではない。

なにしろ、初めて一般に普及したパソコン、NECのPC-98シリーズは20万円台、初めて持ち運びができるラップトップだったEPSONのPC-280Lは30万円以上したものです。初めて登場したハードディスクは1MBで1万円くらいでした。Appleなんて、50万円くらいして高嶺の花。

もっともこれだけ一気に普及して、いまやパソコン無しでは生活できない時代です。大量生産で、生産コストが下がって値下がりは当然するでしょう。でも、パソコンの能力は昔の数百倍くらいに高機能になったことを考えると 、販売価格は1/4~1/3に下がった事はメーカーとしては大変でしょうね。

自分たちのようなユーザーにとっては、安くて大歓迎ですけど、そうなに毎年何台も買うものではありませんから、業界の大変さの一端を見て、今後が多少心配になったりしました。

2013年1月22日火曜日

プロジェクトX ~ 黒部ダム

行った事はありません・・・が、こどもの頃から思い入れが大きい。何故かと言うと、すでにちょうど1年前にブログで書いていました

石原裕次郎と三船敏郎主演、第4ダム建築にかかわる映画「黒部の太陽」と、吉村昭の第3ダム建築にかかわる小説「高熱隧道」の二つの作品が、ものすごいインパクトがあったから。

どちらも実話に基づく話であり、もちろんある程度のフィクションではあるものの、一つの事に取り組む人間の壮絶なエネルギーは心を動かざるをえません。

「高熱隧道」は文庫で簡単に手に入りますが、映画のほうはずっと石原裕次郎の遺志により劇場での公開以外は、ビデオやDVDなどは封印されていました。

ところが、震災のチャリティの一つとして、昨年限定的な劇場再公開をしたところ、ものすごい評判だったようです。

そこで石原プロモーションの50周年を記念して、ついにDVDを発売する事が前日発表されました。石原まき子さん、よくぞ決断してくれました。もちろん買います、もちろん見ます。

と言っても、発売は3月20日。まだまだ2ヶ月ほど先のこと。そこで、それまでに自分で勝手に盛り上がって行くため、まずは黒部ダムの話を知っておこうと探したのがこれ。

NHKのドキュメンタリーの人気シリーズだった「プロジェクトX」から黒部ダム関連のDVDです。このシリーズは3本あって、NHKも黒部ダムにはだいぶ力を入れていたんですね。

いやぁ~、2ヶ月間待ち遠しい。小さい事ですけど、こういう楽しみがあることはいいことです。すぐに手に入れることができるものも悪くはないけど、何かを楽しみにして待つ事はもっといいもんです。

2013年1月21日月曜日

勉強中

整形外科の扱う内容は、ここでも再三書いているのですが、なかなかわかりにくい。そもそも名称からして、形成外科とは何が違うか混同されやすいし、美容整形と完全に勘違いされてしまうことすらあります。

首から下全部で、内臓と皮膚表面の異常を除くすべてが整形外科の守備範囲。主として、手足と背骨に関する病気と外傷を扱うということです。

でも、神経や筋肉の問題についてはしばしば神経内科だったりする。自分で30年近くやっていても、このあたりは漠然としていてはっきりと明確なラインを引くのが困難だったりします。

頭は、中身は脳外科、あとは眼科だったり耳鼻科だったり、歯科・口腔外科が関係してきます。頭の中で、唯一関節と言えるのが顎関節。あごがはずれたというのは、しばしばある。脱臼ですから、整形外科医としては、そのくらいは治せないと恥ずかしい。

関節リウマチという病気についても、関節の痛みが最初の症状ですから、整形外科で初診することが一般的ですが、リウマチと判断できない整形外科医はかなりの数いると思います。一方、関節の痛みは加齢性変化によるケースが頻度としては最も多いのですが、内科のリウマチ医でこれをリウマチと判断してしまうことも少なくない。

確かに患者さんは、いったいどこにいけば一番適切なのかわかりにくいことったらありゃしない。根本的に××科という分け方に無理があるわけで、人間のからだは部位別に独立しているわけではありません。

本来は、あえて分けるなら機能別のほうがよいのかもしれません。そして、医者が駆使する治療術も、内科的なものも外科的なものも含めてすべての技術を網羅している事が理想的。

ただし、残念ながら、現代の医学はあまりに膨大になりすぎ、ひとりの医者が会得出来る知識の量をはるかに超えています。自分が学生の頃は、知っておくべきことは終戦直後の頃に比べて500倍の量とか言われていました。今はさらにその何十倍、あるいはそれ以上に膨れ上がっているのではないでしょぅか。

まあ、結局一生勉強続けないとしょうがないことだということですけどね。

2013年1月20日日曜日

フラガール (2006)

いわずとしれた、2006年のキネマ旬報、日本アカデミー賞で最優秀作品と評価された映画。一言で言うと、素人がフラダンスに挑戦して、努力して成長していく話。

この手の話は、映画の素材になりやすい。失敗と挫折を経て、最後に成功することで感動を呼び込みやすい。安易に作ってしまえば、薄っぺらなものになってしまい、そういう映画やテレビドラマは山ほどあります。

監督は李相日という在日韓国人で、テレビとは無関係に純粋に映画を作ってきた人。数年に一本という、ゆっくりしたペースですが、なかなかの実力者。最新作は「悪人(2010)」で、これもかなり評判が高かった作品です。

さすがに、映画作りをよく考えた監督が作っただけに、この作品の内容は素晴らしい。フラダンスへの挑戦という縦糸に対して、用意された横糸がたくさんあり、それがほどよく絡んできてストーリーの厚みが増しています。

横糸を太くしすぎると、話がとっちらかってしまいます。この映画では、そのあたりのバランスがうまい。つまり、メインの横糸に平行して進行するのが炭坑町の衰退という深刻なテーマ。

ただし、あくまでも裏で進行し、炭坑町の田舎娘がフラダンスを始める動機として十分な説得力を与えています。もっとも、実話をもとにしているのだから当たり前と言えば当たり前。

深刻な部分は面に出さず、観ている側はその話を前提に見ていくので、しだいにフラガールたちを応援していく気持ちが強くなっていくのです。

東京から都落ちしてきた元人気ダンサー(松雪泰子)が先生となり、はじめは酒に酔い鼻高々で去勢を張っているのが、しだいに溶け込んでいく。最後の方で、マネージャー(岸部一徳)に「いい女になった」と言わせるところがにくい。

幼なじみの二人の女の子(蒼井優・徳永えり)の友情の話もいい。普通なら蒼井優が主役で、そっちばかりに気持ちがいくところですが、徳永えりを映画冒頭に登場させ、前半の中心としての位置づけを作ります。ですから、途中で父親の転勤により引っ越しして去っていくところが、より重みが増しているのです。

蒼井優の兄(豊川悦司)は、炭坑で働く者たちの代弁者であり、行き詰まっていく炭坑町の危機的状況がわかっているが、簡単には自分を変えられない。変わっていく妹に対して、羨望の気持ちがあって、何とか応援したいが炭鉱夫である男としての意地もある。

そして、それ以上に炭坑町の女として生きてきた母親(富司純子)は、古いタイプで炭鉱を陰から支えてきたプライドがある。いよいよフラガールたちの本番直前に、一人で練習をする娘を見つめるシーンは素晴らしい。

激しく踊る蒼井優と、微動だにせず見続ける富司純子。女も自立していくべき新しい時代と、衰退していく炭坑の過去の時代の対比でしょうか。セリフの無いシーンにもかかわらず、母親の硬い殻がどんどん溶けていく状況がよく伝わってきます。

踊りのシーンでは、たびたびスローモーション撮影がはさまれていて、踊っている人物の気持ちなどを画面の中に抽出するような効果をあげているのもいい。また、時に望遠での撮影で、人物だけを浮き立たせるようなシーンも効果的だと思います。

映画の最後、見事な踊り見せて大喝采をされるところが嘘っぽくならないのは、そういう丁寧な映画作りの結果です。派手なアクションやVFXがあるわけではありませんが、見終わって素直に「よかった、よかった」と感動できる良質の映画だと思います。

2013年1月19日土曜日

大鵬逝く

基本的に相撲のファンではないので、特に最近の外国人ばかりが目立つ「国技」というものに疑問を感じてしまうわけです。それでも、こどもの頃は娯楽という物が少なかったので、大相撲いうものも貴重な楽しみの一つでした。

大相撲の頂点に立つのは横綱で、自分が知ったときの横綱は大鵬。横綱と言えば大鵬、大鵬と言えば横綱。もっとも、ライバルの横綱で柏戸もいたましたけどね。

要するに、はっきり言って大相撲=大鵬、相撲は大鵬とその他大勢の戦いということ。こういう図式は、野球にもあって、プロ野球=巨人だったもんです。

野球を好きなこどもは、巨人のファンかアンチ巨人しか存在しないし、大相撲の場合も大鵬ファンかアンチ大鵬しかない。そして、お弁当おかずと言えば・・・卵焼き。

巨人・大鵬・卵焼き・・・自分はまさにどっぷりと浸かっていました。それが、典型的な昭和ど真ん中のこどもの典型。

ですから、

昭和の有名人が数多く亡くなったことよりも

横綱大鵬が逝くことは、感慨深い。

昭和は遠くなりにけり。どんどん消えていきます。大鵬が亡くなって、半分くらい残っていた昭和のかなりの部分が減っちゃいました。

合掌

2013年1月18日金曜日

受験生にエール

明日からの土日二日間は、いよいよ大学センター試験。今年の大学受験シーズンの開幕です。

この時期には雪が降ることがよくあって、受験生の皆さんには大変だったりするのですが、今年は大丈夫そうです。この前の残雪も、さすがにだいぶ無くなって来ました。

自分の場合、もう何年も続けて受験生のいる家状態で、さすがにセンター試験だからといっていちいちあわてません。もう開き直りで、好きにしてという感じです。とは言え、ここからの1ヵ月半くらいは、やはり多少のハラハラ感はあるわけです。

大学受験が最終目的ではないとは言え、とりあえずここを突破しない事にはしょうがない。うちのこどもを見ていると、それなりにがんばって来たので、なんとか結果が伴うことを祈るしかありません。

医学部というのは、ほとんど職業訓練専門学校で、大学に入る時点で卒業後の進路は決定しているわけで、在学中もほとんど選択の余地はなく、通常の「大学生」というイメージの青春はありません。

そもそも新宿アルタに真昼間に集まれる学生って、どんな人種だと思っていたものです。まぁ、もっとも、都内からは相当離れた大学に行っていたわけですから、そう時間ができてもなかなか無理がありましたけどね。

とにかく、現実には大多数の学生は、漠然とした将来の夢を持って大学に入り、そこでいろいろな経験をして - それは、勉強だけでなく遊ぶことも含めて - 多少の軌道修正をしながら、社会人になっていくのでしょう。

医者でも、卒業した大学や成績と医者としての実力は必ずしも一致しないものです。ただし残念ながら、大学の優劣によってやりたい事を実現する可能性の格差があることは事実。今は、自分の頃よりは学歴重視の傾向は少ないように思いますが、それでも少しでも有名校に入れる事に越した事はない。

受験生の皆さんが、日頃の実力+αの力を発揮して、良い結果を出せるといいですよね。そんなわけで、今年もまた、受験生を応援しているわけでした。

2013年1月17日木曜日

足元に注意

大雪の月曜日から数日たっても、まだまだ道路は凍結していて、転倒する人が後を断ちません。

例年、雪が降るというと皆さん、それなりの準備をしたりして、意外とけが人は少ない印象を持っていました。もっとも、しっかりけがすると救急車などを呼ぶ事が多いのか、クリニックにはあまり患者さんはこない。

今回は、その日の朝まで、天気予報は雨というところも多く、急な天候の変化で大変でした。いわゆる、爆弾低気圧というもので、集中豪雪状態であわてさせられました。

雪の翌日、火曜日には雪で店頭というかたが8人、そのうち4人は腕の骨折。水曜日は5人、今日も3人みたいな感じで、さすがにもう骨折までのけがの方はいません。

この人数は、けっこう多いほうです。実は、もう一人転倒してお尻をイヤっと言うほどぶつけた人がいまして・・・それ、自分です。

何年ぶりかで、ヤバイっ!! と思うような転倒をしてしまいました。火曜日の朝に、ゴミだしで家を出てすぐ、凍っていた階段でやっちゃいました。お尻に脳天までひびくような痛みを感じて、そのまま数段をずるずると・・・そういう時って、なんかスローモーションみたいな感じなんですね。

あー、ここで骨折したら洒落にならんとか、頭はぶつけていないから大丈夫だとか、なんかいろいろなことを考えていました。とにかく、直後の自己診断で骨折はないと判断できましたけど。

やっぱり、あとから腫れてきて痛みが強くなり、昨日は立ったり座ったりがけっこうぎこちなく大変でしたが、今日は少し痛みが減ってきました。

ちょっと、下系の話になりますが、お尻が痛いと大きいほうのトイレが大変なんですね。お尻の腫れが腸を刺激するせいかなんかけずけずするんですけど、どうしても下っ腹に力が入りにくいので・・・

まぁ、こんなことでも患者さんの気持ちを理解することに役にたつもので、まさに「転んでもただでは起きない」みたいなところでしょうか。

2013年1月16日水曜日

大学同窓有志の会 @ 青葉台

今夜は、卒業した大学の近隣で開業している仲間との新年会でした。場所は青葉台。

自分がクリニックを開業した頃に始まり、すぐに声をかけていただきました。開業して間もない頃は、ずいぶんと励ましてもらったり、いろいろなノウハウを教えてもらったり、大変助けてもらえた会です。

今回も、いろいろと四方山話で盛り上がりました。先輩・同輩・後輩取り混ぜて、学生の頃からの知り合い同士ですから、遠慮もいらない気楽な時間をすごしました。

ただ、店の名前は・・・やめておきます。

なんでかって? いまいちだったから。なにしろ、どんなに美味しそうな料理がでできても、ナイフやフォーク、スプーンといった食器がだめ。デザイン重視かもしれませんが、絵が丸くて細い。

ちよっと力を入れると、手の中でくるくる廻ってしまい食べにくいったらありゃしない。自分だけが気に入って使うならいいけど、客に出す事を考えてチョイスするようなものじゃない。

残念ながら、二度と行くことはないお店リストにしっかりのりました。いや、申し訳ない。クリニックもサービス業の一つ。あらためて、医者と患者さんの両方が満足できるような診療が大切ということを再認識させてもらったということでしょうか。

2013年1月15日火曜日

初雪や

・・・水仙の葉の たわむまで (芭蕉)

昨日は、首都圏で初雪となりました。早朝のうち霙交じりでしたが、明るくなった頃から雪混じりとなりました。それも、どかどか降って大変でした。

うちの庭には水仙はありませんので、残念ながら芭蕉のような風流な気持ちにはなりません。そもそも、昨日の降りでは、たわむどころか「折れるまで」っていう感じでした。

初雪や 乾いた糞が 隠れるまで

うちの犬は、ときどき庭に出てセルフ散歩を楽しむのですが、その時に落し物をしてきます。隅っこのほうですから、それほど景観には影響はないのですが、一応普段から気になってはいます。

雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡 (田捨女)

わずか6歳でこの俳句、すごい才能としか言いようがありません。下駄を履いた女の子が、雪が嬉しくて庭に出て喜んでいる情景が目に浮かんできます。

雪の朝 溜息ついて 窓閉める

どうも、こどもと大人の差は、雪が降って喜ぶか、あるいはがっかりするかにかかっているようです。大人は、どこかで純粋なこどもの心を失くしてしまう。楽しかったはずの雪遊びも寒いだけ、明日の仕事にも影響するとか、つまらない事ばかりを考えてしまいます。

・・・一二三四 五六人 (一茶)

ひぃふぅみーよー、いつむびと・・・ですかね。雪道をだんだん人が出てくる様子を詠ったんでしょうか。なかなかしゃれた俳句、というか遊び心が詰まった楽しいものです。

初雪や  一二の三で 外に出る

とにかく、雪が降ると外に出るにはそれなりの決意が必要です、大人になるとね。こどもの心を失くすという事は、まぁ大人としての責任が身についたということにしておきましょう。

2013年1月14日月曜日

K.Clarke / Bohemia after Dark

自分のクリニックの診察室は、どうも主の性格がごった煮みたいなところがあるせいか、いろいろなものが飾ってあったりします。そのせいか、時々患者さんから突っ込まれて雑談になったりするものですから、スタッフはあきれているかもしれません。

先日も、飾ってあるジャズのアルバムのジャケット写真のせいか、「ジャズが好きなんですか?」という質問をされました。自分も、よくぞ聞いてくれました、という具合に嬉しくなってしまい、ひとしきり盛り上がってしまいました。

世界中のジャズを好きな人が、自分の好きなアルバムを一枚だけ選べと言われたら、おそらく''Miles Davis / A Kind of Blue''がトップであろうことには異論は出ないでしょう。自分も同じで、まぁ言ってみれば標準的な、あるいは評論家の意見にすぐ乗せられてしまう普通人です。

一つだけ選ぶのは難しい事もありますが、ジャズの場合はBEST 3は何とか、複数選ぶほうがなかなか決まらない。それだけ、Milesがずば抜けているということですし、また自分が優柔不断ということなんですけどね。

ジャズが好きと言っておいて何ですが、ジャズ - ここで言うジャズは、いわゆる4ビートのモダンジャズ - はどれも大して差がないものです。基本はブルースで、I度・IV度・V度のコードにのってアドリブをしていくみたいなところ。あとは、そのアドリブの楽しさが優劣を決めていたりします。

そこで、名盤でもないし、ほとんど取り上げられる事もないようなものですが、聴いていてとても楽しいというものの一つが、''Cannonball Adderley / Bohemia after Dark''というアルバム。

40年近く前に、マイルスの仲間という理由だけで、たまたま廉価版のSAVOYレコード復刻シリーズの一つとして初めて聴きました。

キャノンボールはマイルスとの共演ばかりが取り沙汰されることが多いのですが、これは1955年の録音でマイルス以前のもの。若くて、理屈よりとにかく若さで吹きまくるキャノンボールでとにかくいい。

ボヘミアというのは、当時ニューヨークにあったクラブのCafe Bohemiaのことでしょうから、暗くなってから若手の意気盛んな連中が集ってジャム・セッションをしていたんでしょうね。そういう、自由なやりたいだけやってやる的な勢いが、ここではうまく捉えられています。

本来のリーダーは、当時ベテランのケニー・クラークで、そこへ新進気鋭の連中が集まったところが、だらだらせずびしっとした演奏をすることにつながっているんでしょうね。

50年以上昔のモノラル録音ですが、とにかくジャズを楽しみたいというときには、是非この一枚としてあげておきたいアルバムの一つです。

2013年1月13日日曜日

勝手に成人の日

明日・・・ですけど、まぁ成人の日というものが。

うちは、このところ成人の日を迎えるこどもが続けていましたが、今年はいません。まぁ、順調にいけば来年はいるんですけど。

そんなわけで、特に成人の日を祝う謂れもないのですが、理由はなんにしろお祝いでパーっとできればいいんじゃないかということで、なんかパーティみたいな夕食になりました。

もっとも、明日も休みで連休ですから、こういう日に多少しっかりお酒をたしなむのもいいもんです。

例によって、無国籍。キーマカレーとタコスはメキシカン。手前はカジキマグロですが、バジルソースでソテーしてイタリアン。その他はサーモンのたたきで和食だったりと、ごちゃ混ぜです。

とにかく、日本中の成人の日を迎える若人にお祝いをさせていただきました。

2013年1月12日土曜日

ときどきゴシップ

昔からゴシップ記事というのがあって、有名人の私生活に関連したある事ない事を興味方位で書いたようなもの。たいていは噂レベルのもので、ほとんどがデマであったりするものです。

ネット社会では、匿名性の高さから、さらに無責任にゴシップが垂れ流しになる事が多く、チェーン・メールなども似たようなものだったりします。

最近テレビドラマを割りと見ていたら、それにまつわるゴシップに遭遇しました。この前まで「月9」ドラマでやっていた木村拓哉主演の「プライスレス」では、予定に無かった映画化が今年決定したとか。

何でかというと、フジテレビ系のドラマのドル箱というと、「踊る大捜査線」と「海猿」。両方の映画が昨年公開され、 興行収入は最初の数ヶ月でそれぞれ60億、70億と大ヒットしています。ただし「踊る・・・」はシリーズ終了。「海猿」に今後の期待がかかっている・・・

のですが、ゴシップ的な話として、原作者とフジテレビがなんだかもめて、激怒した原作者が打ち切りを宣言したとか。あわてたフジテレビは、なんとか人気を保ったキムタクに託すしかなく「プライスレス」を今年の映画と決定したらしい・・・ほんまかいな。

正月にスペシャルが放映された「ラッキーセブン」も、1年前のドラマの放映の時に謎があったらしい。主役の一翼を担う瑛太が中ほどでいなくなり、最終回で再登場するものの、他の出演者とのからみが異常に少なかった。

主役の松本潤より目立つので松本サイドから横槍が入ったとか、「家政婦のミタ」で再ブレークした松嶋奈々子がそれほど話題にならず視聴率が期待より低迷したからとか。実際は、もともと瑛太は舞台の予定があったので決まっていた事なのに、フジテレビの対応が悪くいろいろな噂が出た事に瑛太が激怒したとか。

こういう噂話は、誰が流すのかわかりませんが、もともと内部の制作に携わる人が情報を流したか、まったくのでたらめを誰かが創作したかなんでしょうか。いずれにしても、話が伝わっていく中で無いようにいろいろな尾ひれがついて、どんどん話が変質していくことは間違いない。

それで「ラッキーセブン」のスペシャルは録画しておいたものを、やっと今日見ました。正直な感想としては、人気のある人を大量に出演させて力が入っていることはよくわかりますが、そういうたくさんの出演者が絡むシーンが少ない。

結局、人気タレントのスケジュール調整が難しいということなんでしょうけど、それによって話が盛り上がらないし、どうも薄っぺら感が漂いつづけるんですね。それぞれが単独で話を進めているだけで、全体の展開に無理がある。

そこんとこで、レギュラーシリーズでも、いろいろ噂を生んだはずなのにね。民法では視聴率至上主義ですから、内容よりも人気者を揃えた話題性が番組作りに優先しているということなんでしょうかね。ゴシップも、そういう話題性に貢献している部分もあるのもしれません(まったくほめられませんけど)。

2013年1月11日金曜日

ノートパソコンの罠

ノートパソコンというのは、いやはや、なかなかどうして・・・コンパクトで高性能であればあるほど、いろいろなパーツが密集して組み込んでありますから、そこから発生する熱がバカにならない。

コンピュータの心臓部、CPUは働いているときに発生する熱は相当なもので、直接触ればまちがいなく火傷するくらいです。ですから、いろいろな放熱対策がとられ、ファンで空冷したり、熱伝導効率のよい部品で放熱したりするわけです。

最近は、グラフィックも機能が高くなり専用のCPUが発生する熱もものすごい。ノートパソコンでは、これらから発生する熱を放出する仕組みは、どうしてもデスクトップより低効率になりやすい。

最近自分の使っているノート、これは診療中にインターネットを利用したり、あるいは持ち出して外で利用したりするのに使っているのですが、ファンの音がかなり高くなっていて気になっていました。
そして、ついにやってきました、突然の電源切れ。

高熱に耐え切れずに強制的にパソコンが「落ちる」状態で、もうどうにもできない。ネット利用だけなら大丈夫ですが、ちょっと何かアプリケーションを起動すると、一気に不安定になってしまいます。

これは、けっこうつらい。ドライブに書き込み中の場合に電源が突然落ちると、データを壊すだけでなく、場合によってはストレージそのものも壊れてしまうことだってありますからね。

原因は・・・一般的には、放熱対策がだめになったということで、ファンが壊れたとか、ファンが廻っているなら放熱板との間のグリスが古くて効果を出さなくなったというものが多いらしい。

デスクトップなら、簡単にふたを開けてファンを取り替えるとか、グリスを塗り直すとかできます。場合によっては、あらたなファンを組み込むなんてことも可能。

ところが、ノートタイプでは、もそもふたを開ける作業がかなり困難。無理に開けると、ひっかかっていた爪が折れたりすることはよくあります。さらに開けてみると、封印シールが貼ってあって、「これを取ったら保障しない」みたいな怖いことが書いてあったりするんです。

いざとなったら、買いなおす腹が決まれば、思い切って分解するのもありなんですが、ノートパソコンは高いですからね。なかなかふんぎりがつかない。そんなわけで、あらためてコンパクトさは高コスト高リスクであることを認識しないといけないと思うわけです。

2013年1月10日木曜日

スキー復権

今年は、スキーを楽しむ人が去年より増えているそうです。

雪山のレジャーとしては、オンリーワンで人気があって、自分もこどものときに初めて日光の付近のスキー場に連れて行ってもらい経験しました。姉はずいぶんはまったようで、学生の間は家でもせっせとスキー板にワックスを塗ったりしていたものです。

20年くらい前に学生のスキー実習の付き添い医としてゲレンデに行きましたし、その頃はうちのこどもたちも小さくて数回はスキー場に行ったものです。

特に80年代くらいに、「私をスキーに連れてって」(1987)の映画の爆発的ヒットで、スキー人気がピークになりました。でも、逆にスキー場に行く人が増えるにつれて、他の楽しみを求める人が増えたというのは皮肉な話。

新しいスノーボードを楽しむ人が加速し、スキー自体の人気は急激に衰退。スキーはいろいろなアレンジも登場したものの、なかなか一般にまでは普及しない状況でスキー場は閉鎖するところが増えていったわけです。

さて、世の中はぐるぐる廻るというのはよくある話。80年代から90年代にスキーを楽しんだ若者が、その後結婚して親になって、さぁこどもをつれて冬のレジャー・・・というと、当然スキーを考えるというのが、最近スキー場が好調の理由らしい。

スキー場はこども連れが楽しみやすいように、あれやこれやのサービスを始めているそうで、生き残り作戦に必死です。今年はだいぶ寒い冬ですが、この何年かは以前より降雪量は少なめだったりして、このあたりの天候も冬のレジャー全体に及ぼす影響は少なくありません。

わざわざ冬季オリンピックというものがあるわけですし、スキーがなくなることは無いでしょうが、競技人口の減少に歯止めがかかるかは神頼み的なところもありそうです。

2013年1月9日水曜日

体罰

いやぁ、なんか寒いですねぇ。首都圏は、この冬まだ雪は降りませんが、日中も気温が上がらず、底冷えという表現がぴったりです。

さて、「体罰を苦にして高校生が自殺」というニュースがあり、新年早々暗い話で残念です。体罰というのは、戦前なら普通の行為であったかもしれませんが、しだいに減って、最近はほとんど消失したもののようなイメージです。

実際には、影で日常的な体罰は継続的に存在しているわけで、誰しも今回の事件も氷山の一角にすぎないと考えるのではないでしょうか。

体罰は微妙な問題が絡んできますし、また今回のような悲劇的な結末があると、なかなか意見を言うのは難しいことも少なくありません。また、「いじめ」という問題とも関連して微妙です。

自分も、体罰を肯定する立場ではありませんが、あえて誤解を恐れずに一言言うなら、物事にはする側とされる側の両方に問題があるということです。

「愛のむち」という言葉があって、より成長することを願って、あえて相手を辛い状況のなかに落とし入れることはさまざまな教育のなかで、しばしば行われるやり方です。

ただし、それは「むちを打たれる」側に、それを受けるだけの耐用性があってなりたつこと。「なにくそ」と反発する気持ちから、より大きく成長すれば作戦は成功です。しかし、日本の現代社会では、どうでしょぅか。

一人一人の耐用性は低下して、 国全体としても打たれ弱くなったのではないでしょぅか。ネット社会という言葉がよく使われますが、その特徴の一つが匿名性。

匿名性が強くなると、責任の所在が不透明になり、いろいろなことを簡単に投げ出してしまうことが可能になります。辛いことはやりたくない、嫌なことを簡単に批判してしまうような風潮がはびこってはいないでしょぅか。

体罰に安易に解決を求めることは、教育する側の無能を露呈しています。通常は、匿名行為ではないはずですが、より困難な解決法を避けてしまうのも、そういう無責任時代の現れの一つなのかもしれません。

植木等の代名詞だった「無責任」は非匿名の上で、その無責任の責任を引き受けて成り立っていたものです。隠れて本当の無責任ばかりが大きくなってくると、今回のような悲しい事件はどんどん増えていくのかもしれません。

2013年1月8日火曜日

新年気分終了

1月7日までは松の内。これが明けると、松飾をはずして正月気分は終了です。場所によっては、もっと長く飾るところもあるらしいですが、自分の知る限りは7日まで。

今日から普通の月の普通の一日ということで、またいつもの日常に没頭していくわけです。 患者さんも、年末は「駆け込み」的に多くなるのですが、年明けはゆっくり。でも、今日からは普通になるのかなぁと考えています。

年々、正月らしさというのは減っている。自分の場合も、年賀状が少しずつ減っていることもその一つ。最近はSNSを使って挨拶を済ますという形が増えているようです。

しかし、もともと電子メールが使われるようになって、紙の年賀状のかわりに「あけおめメール」を送るような風潮が生まれました。結局、電子メールが一般化しても、これは定着していない。

デジタルの手軽さと、新年の挨拶というかしこまった気持ちとは相反するものなんでしょう。これは挨拶状にかぎらず、電子メールの普及と人の気持ちの形骸化が進んでいることにつながっているのかもしれません。

最近流行のSNSの普及が、人の気持ちをどこへ連れて行くのか、少なからず不安を感じたりするのは、自分が昭和の「おっさん」化しているからでしょぅかね。特に本来自発的な発信をするためのSNSを企業が利用するようになって、知らないうちにうまくコントロールされている。すでに、SNSの存在は・・・いやいや、やめておきましょう。

2013年1月7日月曜日

黒澤明 「七人の侍」 (1954)

年明けから年代を追って、自分の好きな黒澤明監督の作品を順に紹介してきました。30タイトルの全部を紹介できればすごいのですが、すべてを見ているわけではありません。

となると、「赤ひげ」のあとは、ついにカラー作品の時代となり、「どですかでん」、「デルス・ウザーラ」、「影武者」、「乱」、「夢」、「八月の狂詩曲」、そして遺作となる「まあだだよ」と続き、あと7タイトルが残っています。

「どですかでん」は映画館でも見たことがあり、日常をつないでいくとりとめのない話ですが、自分としては嫌いではありません。しかし、興行的には失敗となり、日本の映画会社は、金と時間がかかる黒澤に資金提供を拒み、寡作となっていくのです。

「影武者」も「乱」も、こだわり抜いて、黒澤でなければ作れなかった壮大なスケールの映画だと思いますが、見終わっても疲労感だけが残り、正直言って再度見たいとは思いません。

「夢」は確かに映画的な絢爛たる美しさがあり、さすがと思わせる画面ですが、スピルバーグが援助してまで見たかった映画なのでしょうか。最後の三つの作品は、黒澤の遺言的な三部作という言われ方をしますが、巨匠が観客を抜きにして、言いたいことだけを遺したという点で賛同します。

「赤ひげ」の成功のあと、ハリウッドからのオファーによる「暴走機関車」や「トラ・トラ・トラ」の企画が頓挫、「どですかでん」の失敗も影響し、黒澤の作品は色彩が加わっただけでなく、その本質も変化してしまったような気がします。

あえて、一言で言うなら、娯楽性の欠如でしょうか。黒澤自らが述べた「映画は感じさせられることが主要な武器」という部分が強調されすぎて、感性に委ねる部分が突出してしまってはいないでしょうか。

というわけで、カラー作品の中から、どれかを紹介するということが難しい。ですから、黒澤の全キャリアの中で、おそらく最も有名であり、また興行的にも成功した代表作を最後に紹介して、黒澤シリーズを締めることにします。

となると、当然タイトルは「七人の侍」に決定でしょう。黒澤作品最長の3時間半近い長編であり、当時の映画7本分の金をかけ、撮影だけで10ヶ月。世界的にも評価され、「羅生門」に続いて世界のクロサワを決定づけました。

さらに、世界中に日本の「サムライ」のイメージを知らしめたことも、(功罪問わず)この作品の成果かもしれません。黒澤作品の侍は、型破りで自分の信念のみによって、正義のために自己犠牲的な精神で行動する者ばかりです。

武士道は忠義が身上であり、完全な階級制度の中でサラリーマン的な存在でもあったはずです。しかし、クロサワの作った''Samurai Spirit''は、世界から尊敬される存在として定着したのです。

当然、欧米人からはなかなか理解されにくい部分であり、西部劇の名匠ジョン・スタージェスが監督したリメイク版「荒野の七人」では、基本的にガンマンが集まる目的は報酬に変更されていました。

この映画の魅力は、もちろん集まった7人のキャラクターと戦いのシーンの迫力です。黒澤を中心とした脚本の完成度の高さと、それを実際に映像化したチーム(監督、撮影、美術、音響など)の力が、見事にスクリーンに結実したものです。

7人にははっきりとした性格設定の違いがあり、また農民側の主な人物も含めて、隠れているそれぞれの人生のドラマを、観客は自然に頭の中で想像していくことができます。

もしも、苦しむ農民のために生死を賭けて戦おうとする設定に無理を感じたとしても、観客は登場人物の何人かには必ず感情移入していくことができる。見て行くうちに、自然と彼らを応援するようになっていくのです。

自分が応援していた者が命を落としても、「よくがんばった」と思えるし、生き残った場合には、「よかった」と胸をなで下ろせる。特にリーダーで作戦参謀の勘兵衛(=志村喬)と偽侍の菊千代(=三船敏郎)に、もっとも特徴が集約しています。

菊千代は本当は農民であり、侍に憧れてふりをしている存在です。前半では、侍たちと農民の中間を埋める存在として重要な立ち位置にあり、後半は成長につれ''Samurai Spirit''を具現化していきます。

最終決戦となる、雨中のシーンの迫力は凄まじい。これだけ人物が密集したなかで馬に乗った野武士が駆け抜けていくことは、相当な危険をともないます。しかも、俳優たちは野武士を殲滅するために駆け寄っていくわけですから、よく死者がでなかったものだと思います(実際には何人かが骨折などしている)。

黒澤は、ここで初めてマルチカメラによる望遠での撮影を行いました。一連の動きをカットごとに止めていたら、躍動感は生まれない。シーンを一気に演じさせ、それを複数のアングルで同時に撮影して、編集でカット割りしていくことで、緊張感を途切れさせることのない迫力を生み出しました。

最後に生き残ったのは、勘兵衛と彼の元部下だった七郎次(=加藤大介)、そして最年少で半人前の勝四郎(=木村功)の三人。生き残り組の選択も、よく計算されています。

激しいストーリーの隠し味のロマンスに絡むのが勝四郎で、彼が死ねば悲壮感が残ってしまう。そして勘兵衛の最後のセリフ、「また我々は負け戦。本当に勝ったのは農民だ」を言わせるために、あとの二人が生き残ったのです。

日本映画の黄金時代を間違いなく支えた黒澤明監督と、その時代の代表作である本タイトルは、映画ファンとして忘れてはいけない存在です。作られた頃と今では時代は違いますが、見る者に普遍的なメッセージを発し続けていることは間違いありません。

こうやって、続けて黒澤映画を見ると、結局自分もたいした映画ファンではないなぁと思いました。選んだ好きな物は、比較的「わかりやすい」ものが多い。世評の高いものでも、見ていて眠たくなってしまうことがしばしば。あと10年くらいしたら、また新たな気持ちで面白さを理解できるものもあるかもしれませんね。

2013年1月6日日曜日

小津安二郎 「東京物語」 (1953)

日本の映画監督として、世界的な名声を得たのは黒澤明と小津安二郎の二人。この二人の名前を同時に出せば、少なくとも文句は出ない。

数ヶ月前から、年末年始に黒澤作品を集中的に鑑賞しようと、考えていました。それで、新年のブログもその計画に沿って始めました。

ただ、黒澤ばかりを贔屓にしていると、小津ファンには叱責されてしまいます。小津作品についても、一度は取り上げないと片手落ちというものでしょう。

しかし、この二人は、大変作風が異なる。その両方を好きなるというのは、相反する部分もあり、今までにも比較論はさんざん行われています。

誤解を恐れず簡潔な表現をすると、ハリウッド的な黒澤とヨーロッパ的な小津というのは必ずしもはずれてはいない。その影響を受けた世界の映画監督をあげても、だいたいその傾向は当てはまります。

また、動の黒澤と静の小津という対比も成り立つかもしれません。これはそれぞれの映画スタイルからくる違いで、黒澤のダイナミックな演出に対して、小津は徹底的に決められた構図を崩さず画面の中のバランスを重視しました。

さらに、あえて言うと、娯楽性のハリウッドと芸術性のヨーロッパということもあります。黒澤が娯楽性だけではないことは、さんざん書きました。しかし、芸術性だけでは自慰行為みたいなもので、映画は観客がいて成り立つことは自明のことです。

ある意味、興行収入というのは映画の価値を測る尺度としては正しいものの一つ。もちろん、それだけでは芸術としては寂しいことになってしまいますが、そもそもあまり理に走りすぎても理解がえられないでしょう。

小津安二郎は、東宝主体に映画製作をした黒澤と違い、数本を除いて主として松竹で仕事をしてきました。黒澤よりも早くから映画作りをはじめ、1/3ほどはフィルムが失われており、残念ながらその全貌を現在確認することはできません。

「東京物語」は世界中から名作として評価され、今更自分のような付け焼刃でどんのこうのという作品ではありません。もうたくさんの賛辞が寄せられ、今ではこれを見ないと映画ファンとはいえないものになっています。

東京に住んでそれぞれの生活をしているこどもたちの所へ遊びに出てきた老夫婦が、こどもたちから面倒くさがられ、戦死した次男の嫁だけが親切だった。戻ってすぐに妻は亡くなり、葬儀のためにやってきたこどもたちは好きなことを言って帰って行く。

家族の崩壊、核家族化といった問題を抱えているのですが、小津調の特徴で、ストーリーは淡々と進んでいきます。大きなもめごとが起こるわけでもなく、問題の解決策を提示するでもない。少ない台詞まわしで、見るものが自分の心の中で足りない言葉を足して考えるだけです。

少なくとも「面白い」映画とは言わないでしょう。しかし、何となく見た後の穏やかな気持ちにさせてくれるところは、主演の笠智衆のキャラクターに負うところがあり、それもまた小津の特徴なんだろうなと思います。それ以上は、自分にはよくわかりません。

2013年1月5日土曜日

黒澤明 「赤ひげ」 (1965)

黒澤明のヒューマニズムの頂点にたつ映画。日本映画史上、最も評価の高い作品の一つとされています。また、黒澤=三船のコンビの最高傑作であり、かつこのコンビによる最後の作品でもあります。

時代劇というと、侍が出てきてチャンチャンバラバラという形式はわかりやすい。最近は邦画では、そういう簡単な時代劇は受けないのか、殺陣のないドラマ性の高いもが多いように思います。

黒澤もアクションを中心とした時代物は多く作っているのですが、その一方でヒューマン・ドラマで組み立てた作品群も少なくない。現代劇でも時代劇であっても、黒澤にとって人間愛は、すべてに通じるテーマです。

時代物としては、「羅生門(1950)」、「蜘蛛巣城(1957)」、「どん底(1957)」に続いて「赤ひげ」で一度集大成とし、「影武者(1980)」をプロトコールとして「乱(1985)」で完成します。

この映画は、赤ひげと呼ばれる「医は仁術」を実践する医者のもとにやってきた出世の野望を持った若い医者の視点からかたられていきます。三船敏郎は演技者としても成熟した演技を見せますが、ある意味若い医者の加山雄三が主役でもある。

加山は、すでに若大将シリーズで絶大な人気を獲得していましたが、この映画での役柄がそのまま俳優としての人生上も重なってくるわけです。

前半は、原作(山本周五郎)の数編のエピソードを使って、どんなに貧乏でもその裏にある人生の一つ一つの重みを描き出していきます。医者が出来ることは限られているが、貧乏をなくせば病気が減るという赤ひげの言葉は、真実を突いています。

それにしても、驚いたのは、エピソードの一つとして出てくる地震のために破壊された町並みのセット。わずかトータルで数分間しか出てこない場面なのに、その広大なリアルな作り込みにはさすがと思わざるを得ない

前半が終わると、「休憩」という字幕が出て、3分間程度の間音楽だけが流れているのはちょっと新鮮でした。確かに3時間の作品ですから、この配慮は今ビデオで鑑賞するにしてもありがたい。

後半は原作からやや離れて、若医者の精神的な成長と廓に身売りされた少女の心の回復を中心に話が進みます。お互いを看病することから、少女の若医者への憧れが芽生え、優しさを与えることができる他人ができることで、視野が広がっていく様子は絶妙です。

黒澤映画の特徴の一つに挙げられるのが、複数のカメラで同時撮影する手法。一つの場面を、マルチアングルで撮影することで演技を中断せずに一気に情景を作り上げていくのです。その分、俳優には長丁場の演技への集中力が要求されます。

この映画でも、若医者が狂女にせまられる場面、死んだ父親への懺悔をする娘の場面、 若医者がそれまでの自分の未熟さを認める場面など、各所にその効果が現れています。特に室内劇のシーンで、人物の感情の切れ目が無く、カットがかわっても観ている側の気持ちも途切れることないのです。

今で言ったら、国立病院の院長が、慈善事業で病院経営しているような話は、現実離れしているとしか言いようがありません。しかし、自分の医者のはしくれですから、理想としては忘れてはいけない部分として記憶にとどめておきたいと思います。

2013年1月4日金曜日

黒澤明 「天国と地獄」 (1963)

以前にも、少しだけこの映画については書いたことがあるのですが、どうも好きなタイトルばかりに目がいってしまいます。

黒澤映画の現代物の中では一二を争う白眉の出来と思います。「野良犬」で開拓した刑事ドラマというジャンルを、黒澤自身が完成させたものです。

テーマは誘拐。今と当時では、誘拐事件に対する罪の大きさが違います。営利誘拐は本人または家族を脅迫しないかぎり成立しなかったので、他人のこどもを使って脅迫しても、最高で5年程度の刑にしかならなかったのです。

黒澤は、誘拐という卑劣なな犯罪を徹底的に糾弾していきます。「野良犬」では、犯罪の裏にある人生のドラマも取り込んでいましたが、ここでは犯人に対しては同情の余地を残しません。

いきなり最後のシーンの話に飛ぶのは恐縮ですが、犯人と被害者が拘置所で金網越しに対面します。平静を装いつつも取り乱していく犯人と冷静に見つめる被害者の間に、シャッターがおりてきて、いきなり「終」となるところは印象的です。

両者の間の関係を断ち切り、犯人に対してシャッターはギロチンによる断首刑のような効果を出しているように思います。黒澤の「このような犯罪を絶対に許してはいけない」という気持ちが何よりも強く表現されたものです。

時代は東京オリンピックに向けて、日本が高度経済成長の真っ只中に突入した頃。貧富の格差が、確実に出来上がっていた時代です。「三丁目の夕日」のように、貧しくてもお互いに助け合う気持ちが市中には残っていたにもかかわらず、孤立を深めていく日本人も確実に生まれていたのです。

「野良犬」では、復員してカバンを盗まれ、善と悪に枝分かれしていく二つのタイプの人間が対比されていました。それから15年たって、対比する対象は、貧しさの中から誠実に仕事を積み重ねて地位と富を手に入れた者と、単に富を手にした者へいわれのない憎悪を深めていく犯人とに変わりました。

権藤(=三船敏郎)は、誠実な仕事を続けるために会社の実権を掌握するために全財産をかけて金を用意します。まさに、その金を使おうとしたときに事件が発生するのです。


間違えて住み込み運転手の息子が誘拐された権藤は、犯人から「間違えでもあんたは金をだすよ。こどもを見殺しにする度胸はないさ」と言われます。権藤は「奴はただ私を苦しめて楽しみたいだけだ」と言いますが、実はまさにそれがすべてでした。

金を払えば会社からは追い出され、無一文になってしまう権藤の苦悩は権藤邸のリビングでの室内劇として、黒澤得意のマルチカメラによる撮影により張り詰めた緊張の中で繰り広げられます。

はじめは「絶対に払わない」と怒りにまかせて大声を出していた権藤が、他人とはいえこどもの生命を優先する決断をするシーンは、黙って銀行に電話をすることで現します。ここで、観客の権藤への感情移入はピークに達し、犯人を許してはいけない状況を作り出すのです。

続いて金の受け渡しになりますが、東海道の特急列車を借り切って酒匂川までの約一時間で、やり直しのきかない一発勝負で撮影された状況は映画の中でのサスペンスとしては最高の出来映えです。

先頭車両から最後尾まで8台のカメラを用意して、キャスト・スタッフがリアルタイムに映像を作り上げたものです。特に酒匂川で鉄橋の前後で、こどもを確認しすぐさま金の入った鞄を洗面所の狭い窓から投げ捨てるまでの数十秒のシーンの緊迫感はすさまじい。

ここからは刑事(=仲代達哉)を中心に、捜査の流れを追っていくわけですが、観客には本当の警察活動と思わせるようなリアリティを感じさせます。一つ一つの可能性を確かめていき、少しずつ犯人に迫っていく様子には、思わず応援したくなるのは黒澤の術策にはまった証拠です。

犯人(=山崎努)を確定することにつながる、煙突からのピンクの煙はあまりにも有名なシーン。白黒シネマスコープサイズのこの映画の中で、ここだけがカラーとなりピンク色が鮮烈な印象を与えるのです。のちに「踊る大捜査線」で、オマージュとして使用されたりもしました。

警察がそのまま誘拐犯として捕まえず、共犯者に対する殺人で検挙するためにさらに泳がすというのは、実際はどうか思いますが、観客はもはやそうでなければ納得しないところまで気持ちが入っている。

偶然に権藤をみかけた犯人が、近寄ってタバコの火をもらう。刑事に「あいつは本当の畜生だ」といわせることで、観客の感情はピークに達するのです。そして最後のシーンへとつながっていき、黒澤の怒りは観客の怒りとなるのです。

この映画をヒントに、実際には「吉展ちゃん事件」が発生したりして逆の効果も生み出したことは黒澤の誤算でしたが、その後誘拐事件に対する量刑が改正されたりするきっかけになったことは特筆すべき事でしょう。

2013年1月3日木曜日

黒澤明 「隠し砦の三悪人」 (1958)

黒澤作品には何らかのメッセージ性がこめられていて、それが多くの人々の共感を呼ぶことが「映画らしさ」へつながっています。黒澤は、映画は感じさせることが武器で、音楽に近い芸術と考えていました。

ただし、それは黒澤にとっても大きな足かせであったわけで、作り込みへのこだわりから人的・物的、そして時間的にも経済的にも映画制作がどんどん肥大化していくことになります。

黒澤プロダクション設立は、かさむ予算、遅れる完成のリスクを共有するため、メインの仕事場であった東宝から提案された物でした。そのきっかけとなった映画が、この「隠し砦の三悪人」です。

ここでは、黒澤は普遍的テーマである人間愛を、ドラマを引き立てるための隠し味にしています。むしろ戦国冒険活劇を作ることに徹して、次から次へと訪れる危機をくぐり抜けていくスリルの表現を楽しんでいるようです。

主役は三船敏郎演じる敗軍側の武将で、彼がお家復興のために姫と軍資金を安全に脱出させる行程がストーリーの主軸。ただそれ以上に、黒澤がおそらく楽しんで描いたのが、一緒に旅をする二人の足軽。

ジョージ・ルーカスが"STAR WARS"を作る時に、この映画をベースにしたことは有名な話。2体のロボットは、農民出の強欲なこの二人をモデルにしています。二人は、いわゆる「ボケとつっこみ」の関係にあり、金に目がくらんで次々と危機を招き入れていくのです。

さらにレイア姫は、この映画の雪姫がモデル。高貴で鼻が高い感じだが、正義感が強く、人を愛する気持ちを持っている・・・みたいところは、まさにそのまま。

本家本元では、オーディションをしても姫役が決まらず、たまたま目にとまった、「野生と知性を兼ね備えた」女学生を大抜擢しました。黒澤が素人を登用するのは珍しいことで、道中は身分がばれないように聾唖者という設定になっているのも、中心人物にも関わらずせりふを少なくするための作戦かもしれません。

ここまで、黒澤は白黒スタンダードで映画を作ってきましたが、初めてスコープサイズを採用します。画面が左右にワイドになったことで、画面の中に映し込む材料が増え、黒澤のこだわりはさらに倍加しました。


中盤、敵方のライバルとの槍対決は、スコープサイズになったことで実現したアクションでしょう。スタンダードでは、人物が小さくなり空や地面が大幅に入ってきます。さらに三船自身が裸馬にまたがり疾走しながらの殺陣も大迫力で、左右への高速の移動を、スコープサイズで見事に表現しています。

この作品は、この後作られる「用心棒」、「椿三十郎」と共に、黒澤の三大娯楽時代活劇と呼べる位置づけにありそうです。邦画の一時代を作る作品の一つであることは間違いありません。

2013年1月2日水曜日

黒澤明 「野良犬」 (1949)

日本の映画史上、最も偉大な監督は誰か? という質問は対して、大方の人は黒澤明であるという答えに異論を差し挟むことはないでしょう。

もちろん、他にも有名な映画監督は何人もいますが、内容だけでなく外国の映画人に幅広く影響を与えたという点においても群を抜いています。

1943年、まだ日本が戦時下にある時代に「姿三四郎」で監督デヴュー。この処女作から、黒澤は自分で脚本を書くことにこだわったのです。自身、映画の運命はシナリオの出来にかかっていると断言するほど、重視していました。

そして、戦後シリーズと呼ばれる数本の映画を作った後に、1949年にこの「野良犬」が戦後を描く集大成として発表されました。この作品は、後の刑事物のはしりであり、また映画作りになかに後の黒澤らしさが完成した最初の作品となります。

三船敏郎の新米刑事は拳銃をすられてしまいます。その拳銃で強盗殺人が起こり、志村喬のベテラン刑事に助けられ犯人逮捕に奔走するという話。

三船が街中を歩き回って、とことん情報を集めていく前半は、とにかく戦後日本の混乱した状態を描いていくわけです。闇市、風俗、流行の音楽などがどんどん出てきて、ある意味当時の日本人のエネルギーが感じられる。

後半は犯人像の中に、善と悪を対比させながら、なかなか夢や希望を持てない若者達の閉塞感みたいなものが積み上げられていくのです。

最後の犯人追跡では、犯罪という非日常と家庭でのピアノ練習という日常、泥だらけの犯人逮捕とのどかなこどもたちの歌声というように両極端を画面に描いています。

さらに逮捕したあと、刑事と犯人、つまり勝者と敗者が対照的に疲れて動けない様子は幾何学的な対称性で撮影され、両者が鏡に映った自分のような存在であることが示されます。

終戦の混乱の中では、日本人はちょっとしたボタン掛け違いで、善人にも悪人にもなれるチャンスがあったわけです。

今度、江口洋介の刑事でテレビドラマとしてリメイクされるということですが、今の時代でこの話が成立するかどうかはわかりません。見たいとは思いますが、黒澤の映画と比べたら最初から勝ち負けは決まってしまいそうです。

2013年1月1日火曜日

謹賀新年

あけまして おめでとう ございます

平成25年、2013年が始まりました。 うちのお雑煮は、鶏がらベースにちょっと醤油です。お餅のほかは、根菜、ミツバ、鶏肉などで、正月らしい料理といえばこれくらい。

おせち料理は、だいたいこどもに受けるものは少なくて、そもそも元旦からやっているスーパーがある時代なので、もう何年も積極的には用意をしていませんでした。

ところが、今年はあります。それも、伊勢えびのはいった、けっこう立派なもの。銀座アスターのセットで、値段は・・・よくわからないのですが、それなりの値段がしそうなもの。

実は、大晦日に実家で、一日早い「新年のご挨拶」をして、用意されていたものなんです。結局食べきれずに、そのまんまもらって帰りました。

お雑煮と一緒に、並ぶと一気に正月気分が増してくるもんですね。いやいやも今年はいい年になりそうだぞっと。