2015年4月18日土曜日

プリウスの歴史

トヨタのハイブリッド・システム専用車として開発されたプリウスは、初代が発売されたのが1997年。「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーに表されるように、いろいろな先進性が注目されたものです。

とは言っても、もともと原価割れに近いのではと言われていた価格でしたが、同じ車格の車(150万円程度)と比べて、100万近く上乗せされた価格は簡単には手を出さないものでした。

2003年に最初のフルモデルチェンジにより、4ドアセダンから5ドアハッチバックへ基本的デザインが大きく変更されます。車格があがり3ナンバーになりましたが、価格はほぼ据え置き。ハイブリッド車としいう選択肢を一般化させ、比較的好調に売り上げを伸ばしました。

と、同時に他車種へもハイブリッド・システムの搭載を始めたのもこの頃から。トヨタのハイブリッド・システムを中心にした戦略が固まったことを意味しています。技術の熟成により、利益の確保も確実になったということでしょう。

 2009年に2回目のフルモデルチェンジを行い、現行の3代目が登場すると、エコカー減税の開始と相まって爆発的な人気を獲得したのは記憶に新しいところ。発売直後は、バックオーダーだけで納車まで1年待ちという異例の事態になっていました。

 3代目プリウスの売れ行きは、登場後3年間トップを独占し、一気に「国民車」といえる状態になり、信号待ちで隣にプリウス、向にプリウス、横切るのもプリウスとも言えるような状態になったわけです。

2011年からは、大型化したプリウスα、小型化したアクア(当初の名称はプリウスC)を発売し、多様化するニーズに答えてバリエーションを広げました。ただし、プリウスそのものにとって最大の変化は、2012年1月のプリウスPHVの発売かもしれません。

プリウスPHVは、現実的な形で電気自動車のあり方を示したトヨタの回答です。完全な電気自動車は、価格がかなり高い。充電のためのインフラが十分に整っていないし、充電時間がかかる。そして、なによりも充電を使い切れば、まったく動けないというところが問題。

プリウスPHVは、平均的な一般の一日の運転距離から、フル充電で26kmは電気自動車として走り、それ以上はハイブリッド車として動き続けられるというのが最大のメリットです。

2015年秋以降に3度目のフルモデルチェンジを控えていますが、燃費性能は上がっていると噂されていますが、ハイブリッド車としてはおそらく限界でしょう。化石燃料のみに依存する状態からの脱却という、ハイブリッドシステムの根本的命題は一定の成果を出しました。ある意味、プリウスの役目は終わったという事ができます。

昨年登場した、MIRAIは水素エネルギー車で、トヨタの考える次の車の形を世間に提示したものです。まさに初めてプリウスが登場したのと同じような状況があり、まだまだ一般人が簡単に手を出せるような状況ではありません。

しかし、おそらく2020年が大きな節目になるのではないかと思います。このタイミングは、MIRAIもプリウスも次のモデルチェンジをする頃。プリウスも水素エネルギー車になるか、あるいはMIRAIと統合されていくかわかりませんが、今から注目していたいところです。

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