2017年3月28日火曜日

栄螺


昔々、40年くらい前のことですけど、能登半島に旅行しました。輪島の海沿いにポツンと一軒だけ赤提灯の店があって、仲間と3人で入ったんですよね。

お金がそんなにないので、一人3000円の予算で超えそうになったら教えてと店の主人にお願いしました。そしたら、最初に栄螺の壺焼きが何個か出てきて・・・一人一個かと思ったら違う。

一人で3個くらいで、都会の値段だと、それだけで予算の半分はいってしまいそうな感じだったのですが、他にも海老や貝の浜焼きがたくさん出てきて、しかも最後に焼き鳥という具合。

もちろん、飲み物は混みですから、いったいどんだけ安いんだという。とにかく、その時の美味しさと安さが衝撃的だったので、以後栄螺の壺焼きはどれもが高く感じてしょうがない。

回転寿司にいって、ちょっと目新しい感じがして、久しぶりに注文しました。けっこう大きめなので、今どきの感覚からすれば、580円は高くはないと思います。もちろん、美味しいんですが・・・

こういう場所では、ビールを飲めないのが残念。まぁ、もっとも、昼間から回転寿司で盛り上がったら恥ずかしい感じですけどね。

2017年3月27日月曜日

年度末


春休みに入っています。

要するに年度末ということですから、世間では出会いと別れの季節ということになります。開業医とかしていると、あまりそういう感覚を直接味わうようなことはほとんどありません。

特に意識しなければ、昨日の続きが今日で、今日の続きが明日の繰り返し。それでは、生活のめりはりが少ないですから、ちょっと、がんばって周囲に目を配ってみます。

とはいっても、なかなか・・・う~ん、交差点に警察官が立っているとか・・・あまりたいしたものは見つかりませんね。

海辺で、おそらく仲良し二人組が砂遊び。この二人は、新年度も同じクラスかもしれません。離れ離れになるかもしれない。

一緒に作る砂山は、ずっと残るものではありませんが、まだまだ肌寒い春の一日を共有しているんでしょうね

2017年3月26日日曜日

五島三菜


切り干し大根・・・みたいなもの、と言ってしまえばそれまでなんですけど・・・

五島列島とは、また関東からは随分と遠いんですけど、もちろん行ったことは無いし、そのあたりの地理にはまったくうといわけです。

ただ、スーパーでちょっと目についたこの「五島三菜」というのに、ちょいと興味を持った・・・というのも、ずいぶんと年寄りじみた感じなんですが。

切り干し大根だけでなく、干し人参、長ヒジキがまざったもので、栄養的にもけっこういいんじゃないかと。いわゆる健康食品としては、けっこう高い点がつきそうに思います。

実際、こういう食品をあまり凝った味付けをするのは本末転倒みたいな感じがするので、塩麹だけで煮て食べました。

十分に美味しかったです。また勝手来よう。

2017年3月25日土曜日

銀嶺の果て (1947)

1947年、東宝作品。監督は谷口千吉。

1947年というと、昭和22年。終戦間もない時期に作られた、邦画としては初めての本格的な山岳映画とされています。

70年も前のこの映画に興味が惹かれるのは、山岳映画であることはもちろんですが、二人の人物に関係があります。

1人目は主演した三船敏郎で、実質的に三船のスクリーン・デヴュー作であり、かつ、いきなりの主役ということ。

2人目は脚本。この映画の脚本は、黒澤明。黒澤はすでに「姿三四郎(1943)」で監督として自立していましたが、脚本のみというのも1950年代まではけっこうあります。

黒澤はこの映画で、三船の荒々しいフレッシュな魅力に目を付け、 「静かなる決闘(1949)」以降多くの作品で三船を主役に使いました。

また、この映画では黒澤作品には無くてはならないもう一人の俳優である志村喬がもう一人の主役として登場し、早くも三船・志村の競演が実現しています。

タイトルが出て、スタッフ、キャストの字幕が出ているバックで、3人の男が銀行強盗をはたらいたことが示されます。そして、「強盗は雪山に逃走」という字幕が出て、物語のシチュエーションが冒頭数分間で説明される手際の良さはさすが。

3人組は旅館に宿泊しますが、怪しまれてさらに雪山の奥深くに逃走。この過程はやや冗漫な印象がありますが、この中で3人の人物設定がはっきりしてくる。

自分本位な若者の三船、リーダーの志村、そして単純なもう一人。3人目は逃走中に発砲してために、雪崩に巻き込まれて消えていきます。

映画のパターンとしてはよくあるのですが、リーダーの志村は、悪者からしだいに心を開いて良い人になっていく。

そして、三船は自己中心的な行動の末自滅していくわけで、三者三様の末路がほぼオール・ロケの雪山の中で描かれていきます。

今からすると、このような筋書きの犯罪物は山ほどあって目新しくなくなりましたが、当時としては十分に斬新な迫力があって観客を魅了しただろうと容易に想像できます。

傑作とは言わないにしても、それなりによくできているのは、脚本の黒澤の力なのかもしれません。それにしても、この頃の三船敏郎ってかっこいい。TOKIOの山口達也と似ていると思うのは自分だけ?

2017年3月24日金曜日

長篠設楽原


時は戦国時代、天正3年(1575年)5月21日のこと。

武田勝頼の軍勢と織田信長と徳川家康の連合軍は、この地で対峙し日本史上に残る合戦を行いました。

この頃は、いろいろな駆け引きが表でも裏でも巡り巡る時代で、武将たちはついたり離れたり、昨日仲良しが明日は敵という状態。

好きな人は、このあたりがすごく知的興味ひくところなんでしょうけど、複雑すぎて自分にはよくわかりません。

ただ、 両陣営合わせて5万人超がこの低い山に囲まれた原に集結し、多くの血が流れたことは、450年近く昔のことといえ、何か物凄い魂の叫びのようなものが聞こえてくるようです。

2017年3月23日木曜日

車両基地


電車の車庫・・・なんですが、まず最初に思い出すのは、こどもの時の遊び場。

都電と言うのは、今では荒川線だけが唯一残っていますが、昭和30年代までは路面電車とトロリーバスというのは、都内の交通としては一番普通のものでした。

青山通りも路面電車が走っていましたが、今は国連大学などがある青山学院大学の向かい側は広大な都電の車庫でした。昼間は、大多数の車両が外に出ていますので、もうほとんど空き地状態。

管理は緩くて、中に入って遊びたいだけ遊べたものです。廃屋の探検、秘密基地を作ったり、うっそうとした樹々で囲まれた奥の池で遊んだりと、まさに「20世紀少年」状態でした。

それから、時はたち、次に思い出すのは「機関車トーマス」でしょうか。車両基地に集まった「機関車」たちが、いろいろな四方山話に花を咲かせるのが印象的です。

この車両も、昨日はこんなことがあったとか、あそこは通過するとき注意が必要だよなどと、いろいろと会話をしているんでしょうかね。

2017年3月22日水曜日

鉢の桜開花予想


気がつけば、3月も後半ですから、桜の花がいつ咲くのかというのは巷の話題の一つ。

昨年、盆栽にはまったのは、実はこの鉢からでした。旭山桜と呼ばれるもので、比較的早咲きの種類です。去年は、3月初めに通販で購入し、届いた時点で蕾が膨らんでしました。

最初から、早くに咲くように管理していたのかもしれませんが、それに比べると蕾が膨らみ始めた今年の感じは10日遅れというところでしょうか。

もう一鉢、吉野桜の鉢もありますが、こちらはまだ蕾というほどのものは目立ちません。

暖冬で早くに咲くのかと思ったら、どうもしっかりと寒さに晒されないと逆に開花は遅れるのかもしれません。この雰囲気だと、あと1週間はかかりそうです。

さしあたって盆栽を始めた時の最低限の目標が、「来年ももう一度桜の花を咲かせたい」というものだったので、それはクリアできそうです。

2017年3月21日火曜日

羅生門 (1950)

名実ともに、監督"世界の"黒澤明の代表作とされる作品。

黒澤を単なる日本の監督から「世界のクロサワ」に変えたのは、1951年ベネチア国際映画祭でのグランプリ、金獅子賞の受賞からでした。

しかし、公開当時、国内では難解な映画として興業的には成功とはいえず、どちらかと言うと評判は悪かった。これに目を付けたのは外国人で、難色を示す映画会社を説き伏せて、黒澤には内緒で映画祭に出品したものでした。

1982年にベネチア国際映画祭創設50周年を記念して、過去のグランプリ作品の中から最優秀作を選出しました。そして、「羅生門」が選ばれ、「獅子の中の獅子」の称号が送られました。

2008年にアカデミー・フィルム・アーカイブ、角川映画株式会社、東京国立近代美術館フィルムセンターの共同プロジェクトによりデジタル修復が行われ、現在では鮮明なブルーレイによるビデオを見ることができるは幸いです。

内容は、もう今更どうのこうのと言うことはありません。芥川龍之介の「藪の中」に「羅生門」を混ぜて、黒澤自らの結末を加えることで、「人間不信を乗り越えて、人の善意を信じることが生きて行く上で大切」ということを訴えるもの。

平安時代、一つの殺人事件を巡って、3人の主要人物が検非違使、つまり裁判所のお白州で古都の顛末を語ることになります。

三者三様にまったく異なる経緯を話すため、一体誰が真実を語っているのはわからない。それぞれが自分のエゴのために、自分に都合の良い作り話をしている。そして、四人目として唯一の目撃者が登場しますが、彼もまた嘘をついているのです。

白黒の画面のコントラストが強調されているのは、監督の意図的な操作によるもの。話を回していく場は黒さが目立つ豪雨の中の羅生門。事件を語る検非違使は、白を基調にした場。そして、実際の事件が進行するのは森の中で、暗さの中に日の光が差してくる。

羅生門の豪雨は、降り注ぐシャワーに墨汁を混ぜて、カメラへの写りを鮮明にしたのは有名な話です。また、森の中のシーンでは、大きな鏡をいくつも用意して暗い森の中に日光を導いて撮影したというから驚きです。

俳優たちの演技も、黒澤作品の中でも特にエキセントリックで、それぞれに動物をイメージさせた激しさを、舞台演劇のような徹底的なリハーサルを繰り返して表現させています。

BGM的に音楽もさらりと流すところ、静寂によって俳優を目立たせるところ、そして演技と音楽の相乗効果を狙ったところなどが塾講されています。特に京マチ子が自分の罪を語っていく中で、少しずつ曲が荒々しくなっていくボレロと演技との見事な咬みあいは見事としか言えません。

確かに難解で、一つ一つの台詞、俳優たちの一挙手一投足を一瞬たりとも気を抜かずに注視していないといけないくらい、見る側にも相当な緊張感を強いる作品です。まさに、これが世界を代表する映画芸術と呼ぶに相応しい。

映画好きな方なら、間違いなく一度は見た方がよいし、その結果として好き嫌いが分かれることはかまいません。評価が賛否のどちらだとしても、必ず何かを感じることができる映画です。

2017年3月20日月曜日

石舞台


無造作に積み上げられた巨大な石。

けっこう隙間があったりして、周りの土がだいぶ減ってしまったらしいのですが、最も古いタイプの古墳であり、蘇我馬子さんのお墓ではないかと考えられています。

蘇我馬子さんは、聞くときっと有名人何だろうと思うんですが、あまり日本史的にはスターではありません。

でも、お孫さんはスーパースターの蘇我入鹿です。スターとは言っても、やや悪役で中大兄皇子、後の天智天皇に殺されちゃう。

それにしてもこの舞台・・・ 手塚治虫の「火の鳥」に出てきたんで印象的なんですよね。漫画で最初に知ると言うのもどうかとは思いますけど。


2017年3月19日日曜日

虚空蔵菩薩


盧舎那仏の左右には、それぞれ大きな仏像がありますが、左には如意輪観音、そして右には虚空蔵菩薩が座っていらっしゃる。

大仏さんは銅製ですが、こちらのお二方は木製。 どちらも18世紀になって鎮座したものですが、大仏様に負けず劣らず、なかなかでっかいものです。

大仏様に対して、このお二方は「脇侍」という位置づけ。仏像なのに、さむらいとはこれ如何にと思ったら、読み方は「きょうじ」といって、真ん中の中尊(親分のこと)の教えを補佐する役目ということらしい。

東大寺というと大仏、大仏と言えば奈良と鎌倉・・・みたいな感じですが、なかなかそれだけではない奥深さがあるようです。


2017年3月18日土曜日

廬舎那仏


最初にこんなに大きな仏像を作ろうと思い立ったのはも聖武天皇で西暦743年のこと・・・10年近くかかって完成したわけですが、2回焼失していて、今見れるのは16世紀に再建されたもの。

大は小を兼ねる、と言いまして、何にしても大きい方が何かといいということなんでしょうか。 「大きいことはいいことだ」 は昭和時代の森永チョコレートのCMで山本直純が歌って流行になりました。

でも、でくの棒とか、大男総身に知恵が回りかね という具合に、否定的な言い回しもある。

帯に短したすきに長しで、やはりちょうどいいくらいが一番なのかもとれません。

2017年3月17日金曜日

古都の考える人


考える人、と言えばロダン。

他の作品は知りません。ロダンと言えば、考える人。

上野で考えているのは知っていましたが、京都でも考えています。古都の国立博物館の前庭に座り込んでいる。

偽物じゃありません。ロダンの自作原型から作られたもの。上野もそうですけど、日本には何体かあるそうで、どれもが「本物」です。

世界中に鋳造されたものがあって、日本だけでも5か所。

ロダンさんは、本来この作品には「詩人」というタイトルをつけていたそうで、 ダンテの「神曲」の一部として「地獄の門」の上にいる人になるはずだったもの。

CMじゃないけど、ずっとこの姿勢じゃ、さぞかし腰は痛くなりそうですね。

2017年3月16日木曜日

ハドソン川の奇跡 (2016)

去年、「6人の映画作家」というタイトルで書きました。その後も、少しずつDVD、できるならBlu-rayで、作品を集めて、ほぼコンプリートしてきました。

すでに「過去」のものとなっている、それらの作品を本気で見直すだけでもむっこう大変。

しかも、人生の半分はとっくに過ぎている身としては、新しい感性を取り込んで磨き上げるパワーはあまりありません。そもそも、新しい映画については・・・もうほとんど期待していない。

邦画はことごとく漫画の映画化で、視覚芸術としてはすでに映画作家のオリジナルではなくなっています。厳しい表現をするなら、それらの監督は単なる映像化職人です。

海外の映画についても、話題になるのは・・・まぁ、すべてを知っているわけではありませんから、あまり大風呂敷を広げてしまってもしょうがないのですが・・・

もともと映画産業の中にあって成り立っているものですから、商業的な成功も映画そのものの評価として重要であることは間違いありません。

しかし、昨今の作品の多くが商業的な成功を引き出すために、平たく言えば「うける」ために作られ、メディア・ミックスという、一見自由なようで、作品の価値が拡散し薄められた状態が日常化しています。

もっとも、今はビデオがあって、昔のように映画館で一度きりしか見られないというものではないことが、大きく影響していることは否めない。

つまりビデオ化したソフトが公開後に売れることが前提にあって、そのために売れるためのいろいろな条件が優先されていて、もともと大ヒットした原作、人気のある俳優を起用し、あっと驚くようなCGを多用といった作り方が普通になってしまいました。

また見る側も、気に入ったらあとでビデオを繰り返し見ればいいという、安易な鑑賞に慣れてしまったんでしょうか。もっとも、今では映画館に足を運ばない自分も、その一人であるんですけど・・・

自分が制覇すべきと思っている映画作家の中で、今でも現役なのはクリント・イーストウッドのみ。イーストウッドは、現代映画界においても作品を作り続けているわけですが、このような映画産業の変化に対応できているのか?

さすがに過去の功績からハリウッドの長老に位置するイーストウッドですから、別格の扱いというところだと思います。もっとも、イーストウッド作品リストをあらためて眺めてみると、すべてが成功しているわけではありません。

なんじゃこりゃ的な作品もそれなりにあって、商業的に失敗した次はあきらかにうけることを前提にした作品があり、成功作があると次はやりたいように好きに作るみたいな・・・要するに「大人の対応」がうまい。

アカデミー賞受賞監督になってからは、イーストウッド作品というだけで、一定の収益が確保できるようになったのでしょうし、昨今は比較的自由な作品作りが許されている稀有な監督だと思います。

イーストウッドの最新作は「ハドソン川の奇跡」で、すでに86歳のイーストウッドからすれば最後になるかもしれない・・・という重圧は微塵も感じられません。いつものイーストウッドによる、イーストウツドらしい作品。

ハドソン川への飛行機不時着という事件そのものよりも、その時の機長を主役にして不時着そのものが正しかったのかを問うというテーマはさすがです。

今どきの人気監督が作ったら、CGの嵐で単なる飛行機事故パニック映画で終わってしまう素材だと思いますが、事故後の関係者の人間ドラマとしての重みがしっかりしている。それが、あらたまって重たくなりすぎていないところが監督らしいところ。

高齢ではありますが、また次回作も期待したいと思わずにはいられません。

2017年3月15日水曜日

方丈記


ゆく河の流れは絶ずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と栖と、またかくのごとし。

いやいやいや、どうも古文・漢文の授業というのは、苦手でしたので、こういうのを読むと体がもぞもぞしてしまう感じです。

とりあえず冒頭の文だけは、一般教養として何となく思い出すのですが、それが古事記だったのか、平家物語だったのか・・・作者は芭蕉だったか、はたまた藤原のなんちゃらなのか・・・

川の流れを見ていると、何気なく思い浮かぶのが「ゆく河の流れは絶えずして・・・」で始まる・・・今はネットで曖昧なところからでも、いろいろ調べることができて、すぐにこれが「方丈記」の出だしであることが判明します。

作者は鴨長明さんで、いろいろうまくいかない人生だったかたのようで、この川は宇治川? なんでしょうか。少なくとも、京都市街の桂川、鴨川ではないようです。

それにしても、読む人の気分によって、ポジティブにもネガティブにもなる、一瞬にして目の前に光景が広がるような見事な出だしだと思いますね。

2017年3月14日火曜日

おコンコン様


全国津々浦々、時には一般の民家の庭先にまで、多種多様に広がったのが稲荷信仰。

伊勢屋、稲荷に、犬の糞・・・江戸の町でやたらと見かけるありふれたものを、こんな風に言っていました。まさか、犬の糞と一緒にししゃ罰が当たるというものですが。

もとを正せば、伏見稲荷から発祥し広まったもので、こちらがその先駆けのお狐様ということになるんでしょうか。

伏見さんは、真っ赤な鳥居が延々と続く光景などが有名です。腰をかがめながら、和製タイムトンネルのような空間を通り抜けると、ちょっと自分が変わったような・・・ことにはなりませんが、とりあえず楽しい。

何にしても、昔はそこらじゅうの田畑に狐が出没していたんでしょうね。稲を荷うということは、五穀豊穣を願うことで、どこかで狐と結びついたんでしょうけど、神学的な難しい話はよくわからない。

いずれにしても、シャープな狐だからよかったけど、丸みのある狸では信仰の対象としてはきりっとしなかったでしょうね。


2017年3月13日月曜日

竜宮


海の神様のお住まいと言うことで知られているのが、竜宮、あるいは竜宮城、時に水晶宮と呼ばれるハッピー施設。

何しろ、外界からのお客人をおもてなしする時は、手を抜かずにはりきります。鯛や鮃が舞い踊る、それはそれは美しく、楽しいひと時を演出するらしい。

庭は、一度に四季の景色が楽しめるらしく、それを眺めながらのお食事はさぞかし・・・・

一番は浦島太郎の話で有名で、まぁ日本人で知らない者はいないと思います。浦島の話は、古くは日本書紀に原型があるようですが、一般に知られているのは助けた亀からお礼として竜宮に招かれるというもの。

当然、陸亀では無理ですから、登場するのは海亀。手足はひれになっていて、陸亀のような指はありません。ほとんど水中で凄し、たまに空気を吸いに海上に出るだけ。

産卵の時だけ陸に上がり、涙を流しながら卵を産むというのも有名な話。生まれた赤ちゃんも、大人まで成長できるのは少なく、天敵がうようよいて生き抜くのは大変そうです。

2017年3月12日日曜日

霊長類


生物学的な分類では、ヒトはホモ・サピエンス Homo sapiens (現代人)で、ヒト属に属しています。

ヒト属はヒト亜族に含まれ、ヒト亜族はヒト族に含まれます。ヒト族にはヒト亜族以外に、もう一つ、チンパンジー亜族が含まれる。つまり、人間に最も近い動物はチンパンジー。

ヒト族はヒト亜科に含まれ、ヒト亜科には、もう一つ、ゴリラ族が含まれる。チンパンジーの次に人間に近いのはゴリラ。

ヒト亜科はヒト科に含まれ、ヒト亜科には、もう一つ、オランウータン亜科が含まれる。ゴリラの次に人間に近いのが・・・

ヒト科の上にヒト上科があって、さらに大きな分類に上がっていくと、狭鼻猿類小目、真猿類下目、直鼻亜目ときて、ついにサル目、あるいは霊長目にたどり着きます。

 一般に霊長類と呼ぶ場合には、220種類といわれるサルの一群とヒトを合わせたもの。ヒトはサルとは呼びません。霊長ということばには、動物の進化の最終形態で最も優れているという意味合いがある。

ネーミングだけ見ると、ずいぶんと身勝手な呼び方です。その最優秀・最終進化形態の人間が、自らが生息不能になるかもしれないくらい地球を破壊しているんですよね。

2017年3月11日土曜日

気品


野良といっても、そこらのごみ溜め付近を漁っているのとは一味違うのが、こちらの猫。

霊験あらたかな、比叡山の奥深くに棲んでいらっしゃる御猫様でいらっしゃいます。顔つきからして、何か違います。特別な気品を感じる面構えです。

猫は、古代エジプトでは神の化身として、丁重に扱われていたのですが、一方中世ヨーロッパになると悪の化身になってしまいます。

いわゆる「魔女狩り」の煽りを食らったわけですが、何しろ足音を忍ばせて、気配を消して歩いているところが気持ち悪いし、シャーっと唸るときの口裂け状態は怖いイメージにつながったんでしょうかね。

比叡山は高さ843m、それほど大きい山ではありませんが、何しろ延暦寺で有名。修行の場として殺生禁断とされていますから、野生動物はたくさんいるわけです。

こちらの猫は、野生動物・・・とは言えませんけど、神様仏様から何かの使いとしての役目を担っているのかもしれません。

2017年3月10日金曜日

舞台


清水の舞台から飛び降りる・・・って、強い決意を持つことを表す言葉としてよく使われます。

当然、京都でも超人気スポットの一つが音羽山清水寺で、特にこの大きな「舞台」と寺に続く緩やかな坂道の両側に並ぶいろいろなお店に大勢の人が集まってきます。

この舞台・・・ふと思うのは、耐荷重・耐震性能はどうなんだろうと。昔なら、何の疑問も抱かなかったと思いますけど。

高さは13m、4階~5階のビルの高さです。広さは100畳敷き ですから、数百人は一度に乗っかれるくらいの広さがあります。

これを18本の樹齢400年といわれる欅の柱が支えるわけですが、釘とかは使わない懸崖造りで、雨の影響を少なくする工夫も随所に見られ、先人の知恵が詰まった建築物です。

木造建築の寿命は、使用した木材の樹齢の最大2倍と言われていて、8世紀にはじまる寺の歴史ですが、現在の舞台は17世紀に再建されたもの。

ということは、次の数百年以内に建て替えが必要ということですよね。その時は凄いことになりそうですが・・・とりあえず、現在生きている我々は見ることはなさそうです。

2017年3月9日木曜日

右近の橘 左近の桜


もう過ぎてしまいましたが、雛祭りで彩鮮やかな人形を飾ったりします。その時、7段飾りのようなたくさん並べるものがある場合は、人形以外にも小物をたくさん置いたりする。

その中に、右近の橘、左近の桜と呼ぶものがあり、向かって右に桜、そして左に橘を飾るんだそうです。呼び名と飾る位置が違うのは、もともと京都御所の紫宸殿(ししんでん)の前の庭にあったものをモデルとしているから。

天皇の警備をする近衛兵が、左右それぞれの木の近くに配備されていたため、こういう名前が定着したといわれています。


こちらは、京都御所ではなくて仁和寺です。9世紀に時の天皇により建立された古いお寺さんです。真言宗御室派総本山とされますが、こちらにも対に植えられた橘と桜があります。

平安神宮にもあったりして、天皇にゆかりのあるところには象徴的に用意されたのでしょう。

2017年3月8日水曜日

鳳凰


鳳凰(ほうおう)は、伝説の鳥ですが、形については嘴は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀、尾は魚だそうです。また色は黒・白・赤・青・黄の五色で、高さは六尺となっている。

伝説上の生き物として、誰もが自由にその様子を想像していますが、意外にけっこう細かい規定があるのにちよっと驚きます。

何しろ、手塚治虫の名作「火の鳥」で、初めて鳳凰という言葉を知ったものですから、手塚作品に登場する火の鳥のイメージが強すぎて、他の形態など考えられませんからね。

京都には、たくさんの有名どころがありますが、平等院もその一つ。

建立は11世紀、時の関白藤原頼通が作ったもの。歴史の古さはなかなかのもの。中でも、国宝に指定されている鳳凰堂は、どう見ても素晴らしい建築物です。

宝池中島に建てられ、地上の極楽浄土を想像させる。もっとも、鳳凰が棲んでいるわけではなく、中に端座しているのは阿弥陀如来で、壁や柱に描かれた模様の中に鳳凰があるということ。

鳳凰を描くことで、「永遠」を期待していたんでしょうね。

2017年3月7日火曜日

豊後梅


梅は、バラ科サクラ属の落葉高木。

とにかく、真っ先に春を告げる可憐な花が馴染み深く、また花後に付ける実をいろいろな食用に利用するので、生活に密着した植物の一つです。

2月下旬の早い時期から開花が始まるのは、南高梅などが代表的な種類で、この盆栽の梅の種類は豊後。路地植えだと3月下旬に開花するのが普通。

盆栽で棚の上に置いてあること、やや今年は暖冬傾向のせいか、2月下旬には蕾が大きくなり、今順次開花が始まりました。今週末から来週辺りが満開ではないかと思います。

梅は自家受粉ができないものが多く、実をつけるためには多品種の花粉が必要。ですから、梅の実を収穫したい場合は、同じころに開花する別の梅を隣接して置いておくか、積極的に人工授粉をしないといけません。

さすがに、そんな面倒なことはできないので、「単独でも実がなります」を謳い文句にしていた鉢を購入したんですが、さぁて、本当かどうかはまだまだわかりません。

うまいこといけば、自家製梅干しが作れる・・・かもと、あまり期待しないで待ちたいと思います。

2017年3月6日月曜日

荒鷲の要塞 (1968)

1968年、イギリス・アメリカ合作の作品。

監督はブライアン・G・ハットン、原作と脚本がアリステア・マクリーン。マクリーンは「ナバロンの要塞」で有名な冒険活劇ものの作家。

主演が、当時エリザベス・テイラーの旦那だったリチャード・バートン・・・なんですが、ここでは、注目したいのは準主役として登場するクリント・イーストウッドの映画として、何とか今でも命脈をつないでいる。

バートンは酒に溺れて、すでに俳優としての盛りは過ぎた感があり、実はこの映画の撮影中も素面であった時間はほとんどなかったのかもしれないという状況。イーストウッドは、バートンの酒を抑える役目もあったらしいという話もあるくらい。

それはともかく、イーストウッドはイタリアで「マカロニ・ウェスタン」に火をつけ、アメリカに凱旋帰国したわけですが、60年代のあいだはエージェントはいろいろな作品に出演させ、イーストウッドの人気をどの方向にもっていくのかかなり混乱していたました。

この映画では、第2次世界大戦でのイギリス軍情報部とドイツ軍警備隊の対決が主軸にありますが、表向きはヨーロッパ侵攻の鍵を握るアメリカ軍将軍が捕らえられている難攻不落の要塞に、イギリス軍の精鋭たちが救出に向かうという話。

イーストウッドは、唯一アメリカ軍からこの作戦に参加するわけですが、イギリス軍情報部・・・まぁ、スパイですから皆ドイツ語を話すことができるのですが、アメリカ人のイーストウッドだけはドイツ語を離せないという設定。

つまり、台詞は少な目。もともと「名無し」三部作では無口なガンマンを演じたわけですから、まぁあまりべらべら喋るのもどうかというところでしょうか。主な説明の台詞はバートンにまかせ、アクションをイーストウッドが担当している感じです。

さて、この話の複雑なところは、イギリス軍情報部の中にドイツの二重スパイがいるということ。実は、アメリカ軍将軍は偽物で、二重スパイをあぶりだすためにイギリス側が仕組んでわざとドイツ軍の捕虜になったのです。

バートンが唯一信用できるのは、極秘に単独行動ょする昔からの盟友の女スパイとアメリカ人のイーストウッドだけという状況で、ただでさえ忍び込むのは不可能と言われている荒鷲の要塞に向かうわけです。

 ドイツのスパイは誰なのか、難攻不落の要塞にどうやって侵入するのか、そして脱出の方法は? 手に汗握るスリリングな大冒険戦争活劇・・・となるところなんですが、映画としての評価はそれほど高くはありません。

まぁ、戦争娯楽大作としてはまぁまぁのまとまりなんだろうと思いますが、全体に長すぎでスリル感が薄まっている感は否めない。作戦の展開を画面で見せる伏線が長いわりに、いちいちバートンの説明台詞も多く、いろいろと突っ込みどころは満載です。

イーストウッドの初めて戦争物で、まぁそれなりに若くて元気なアクションを見るのにはいいかな、という感じの映画です。

2017年3月5日日曜日

弥勒


弥勒(みろく)は、大乗仏教の高名な僧侶の一人。

この人のすごいところは、釈迦が無くなってから56億7千万後(本当は5億7千万らしいが)に、次の仏陀として未来に登場すると約束されているらしいというところ。

とりあえず、現在は菩薩、つまり仏陀にならんとし修行に励む者として各地の寺で祀られていたりします。それにしても、56億年って・・・その頃地球はまだあるかしら・・・

 弥勒菩薩像として日本で有名なのは、何といっても蜂岡山広隆寺に鎮座しているものでしょう。7世紀ごろに作られたもので、作者不詳、もともとは全身が金箔で覆われていたようです。

初めて1951年に国宝が定められたときの、最初に指定された群の一つ。確かに、何とも優し気な佇まいは、心を洗い流すような気品を感じます。

2017年3月4日土曜日

石庭


・・・と言えば、竜安寺。

大雲山竜安寺は、室町時代、細川勝元が建てたもの。何が有名って、やはり石庭です。

75坪の白砂を敷き詰めた長方形の空間に15個の岩を配置した、シンプルなデザインで、もともと作った作者が何を意図したかは本当のところは不明。

後から見るものが、自分の感性で想像を広げて心を静かに鑑賞する、ある種の抽象芸術と言えます。

 周りの土塀が、絵画の額縁の役割を果たし、実は高さは場所によって変えることで、微妙な遠近感を出しているのだそうです。

日本庭園に池はつきものですが、水をなくして自然を表すように作られたものを枯山水と呼びます。石庭は、砂庭に特化した枯山水の一つの形態です。

極力、無駄を省いて禅の心、つまり「侘び」と「寂び」の世界を表現するもの・・・らしいのですが、もともと仏教心に乏しい自分のような一般人は、じっと見ていてもよくわからない。

何となく、凄そうな空間なんだろうと・・・まぁ、よしとしましょう。

2017年3月3日金曜日

銀閣


正式には、東山慈照寺。

江戸時代から、金閣寺に対して銀閣寺と呼ぶようになったらしい。こちらは、やはり室町幕府第8代将軍、足利義政の邸宅を死後寺院にしたもの。

慈照寺の敷地内にある、観音殿がいわゆる銀閣で、鹿苑寺の金閣のように金ぴかではありませんが、東山文化を代表する「いぶし銀」の建築物です。

個人的には、わざとらしい金ぴかよりも、こちらの方が落ち着いたたずまいが好みです。

また、金閣よりもいろいろなアングルが楽しめるのがいい。まぁ、ベストな位置はこれで決まりなんでしょうが、かなり接近できますしね。

こんな土砂降りでも、絵になるので安心です。

2017年3月2日木曜日

金閣


何しろ足利義光の時代・・・って、室町時代ですから、うんと古い。

もともとは第3代将軍の義光くんが、住居として建てたもので北山山荘と呼ばれていたそうな。たいそう立派な邸宅で、仏の骨を安置するための建物、舎利殿として敷地内に作られたのがこの金ぴかの建物。

義光が亡くなった後に、遺言により禅寺、鹿苑寺として成立したとのこと。金閣寺という呼称は、あくまでもこの舎利殿の金ぴかからくる愛称みたいなもの。

昭和25年に放火による焼失という、衝撃の事件が起こるわけですが、昭和30年に再建され今の姿となりました。

一般人が近づける場所は決まっていますから、誰がどう写真を撮っても、このアングルになってしまいます。確かに、 どうやっても絵葉書になる絶好のポイントなんですけどね。

2017年3月1日水曜日

鳴かずば撃たれまい


当然、鳴いてしまったために、発見されて撃ち落とされるのは雉(キジ)です。

日本では、昔々には鳥肉といえば雉だったようで、狩猟の対象としてはかなり普通にいる動物だったようです。

しかし、御多分に漏れず、都会化していく中で、生息地が減少しなかなか見かけることはなくなったようです。実際、街中では見たことがない・・・・

と、思っていたら、急に道路を右の畑から左の梅林へ速足で横切るのを発見!!

えっ!? まさか?? あわてて、カメラを取り出しましたが、そうならそうと教えてくれれば望遠を用意してきたのに・・・

いるもんですね。意外な出会いに、ちよっと嬉しくなりました。