2018年1月10日水曜日

魏志倭人伝 (2) 人々の生活


邪馬台国への行程に続いて出てくるのが、人々の生活、つまり古代日本人、特に弥生時代末期の人々の生活についての記述です。これも興味深いことがたくさんあります。

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邪馬台国では、男性は年に関わりなく顔や体に入れ墨をしている。海に入り魚や貝を捕っていたが、入れ墨が魔除けになっているようだ。出身や地位により、入れ墨はそれぞれ異なっていた。

風紀は乱れず、男性は木綿の布を頭に巻き、衣服は横幅のある布を巻いて縫ってはいない。女性は髪を結い大きな布の真ん中に穴を開け、そこから頭を出すようにして着ている。みんな裸足である。

稲、麻を栽培し、蚕を飼育して糸、織物を作っている。家畜は飼っていない。武器としては、矛、楯、木の弓を用いている。矢じりには鉄、または骨を使用している。

気候は温暖で、冬・夏には生野菜を食べている。飲食には縦長の杯を用いて、手で食べている。住居は部屋があり、父母兄弟で分かれて就寝する。朱丹を体に塗っている。

人が死んだときは、棺桶に入れ土を積み上げて塚を作っている。10日余り葬儀が続き、終わると家族全員が水浴して洗い清める。

山々には、楠、クヌギ、かし、楓、竹などが育っている。生姜、橘、山椒、茗荷もあるが食用にはしていない。

何か問題があると、骨を焼いて占っているが、我々の亀の甲羅のひびを使う占いと似ている。皆酒好きでね目上の者に対しては膝まづいたりはせず拍手をする。返事をするときは「噫(あい)と答えている。」

全体的に長寿で、100歳も珍しくはない。一夫多妻制だが、妻たちは互いに嫉妬したりはしない。犯罪はなく、もめごともあまり無いが、きまりを破るものは妻子、場合によっては一族を取り上げられてしまう。

税制度があり、集めたものを貯めておく倉庫がある。周りの国との間で、お互いに足りないものを交換する市がある。北側には検問所があり監視している。

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実際は、前後の脈絡なく、思いつくままにばらばらに書かれているようなところがあるので、多少順序を変えてある場所があります。また、簡単には理解しかねるところは、一部省略しました。それでも、当時の生活様式がかなり詳細に書かれていて、大変貴重な記録だろうと思います。

入れ墨は一族、部族などを見分けるために重要な意味があったのでしょう。ただ、邪馬台国がそのままヤマト王権につながると考える場合は、入れ墨の風習が無くなったのはどういう訳なのか不明ですね。

国内の人々の生活は草食主体で、規律正しい健康的な生活だったようです。税制度があり、経済も始まっていて、多少治安活動もあって、基本的な社会制度はすでに備わっていたと思われます。

長寿ということについては俄かに信用はできませんが、人々は今の数え方とは違う年齢のカウントをしていたのかもしれませんね。だったら、初期の天皇が皆、驚異的な年齢であるのも本当にそうだと思っていたのかもしれません。

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