2019年1月30日水曜日

時代屋の女房 (1983)

村松友視が原作。松竹喜劇映画を多数手がけた森崎東が監督した、亡き夏目雅子を偲ぶ不思議な映画です。

安さん(渡瀬恒彦)の古道具屋、時代屋に拾った野良猫を連れて真弓(夏目雅子)と名乗る女性がやってくるところから始まります。真弓は店にある古道具を面白がり、そのまま上がり込み猫と一緒に自分も預かってと言い出すのでした。

いきなり一夜を共にした二人は、翌日からはもう新婚家庭のように楽しく暮らし始めるのですが、ある日、急に真弓は「ちょっと出てくる」と言って行方をくらまします。数日後に戻ってきましたが、安さんは理由を尋ねたりはしません。

そんな「家出」が何度かあった後のある日、店の前に少年(沖田浩之)が立っているのに気がついた真弓は、少年を連れて再びいなくなってしまいます。今度は、なかなか帰ってこないため安さんは半分あきらめかけていた時、真弓にそっくりな美郷に出会います。

美郷は結婚のため郷里の盛岡に帰る前に、東京で恋人と泣く泣く別れたという想像を現実にしたくて、安さんの家に泊まり、翌日安さんに見送ってもらうのでした。そこへ、以前真弓とでかけた盛岡で古道具の出物があるという連絡が入ります。安さんは、早速車で盛岡に出かけるのですが、真弓は見つかりません。かわりに、三郷の婚約者という男と飲み明かすのでした。

帰る途中で、安さんは真弓の一緒だった少年に出会います。少年の話では、母の葬儀のあとに真弓と出会い慰めてくれて、何度か会ったけど、今はどこかに行ってしまったというのです。

帰宅した安さんの、また一人の日常が始まると思っていたら、盛岡で手に入れそこなった南部鉄のやかんをもった真弓が、初めて店に来た時のように戻ってきたのでした。

めでたし、めでたし・・・という話。結局、真弓の正体はわかりませんし、美郷についてもよくわからない。実は二人は同一人物という説もありますが、二人と夜を過ごして安さんがわからないはずもなく、不思議度は増す一方です。

そもそも始まりからして、かなり風変わりなストーリーで、現実的ではありません。昔話とか、民話によくある、ある時人間の姿をした動物が訪ねてきて家に住みつくみたいなものということ。おそらく、その理由とかを合理的に説明しようとしても無駄。

現代社会で民話の世界を再現してみたくらいのことで、つべこべ考えずに、素直に受け入れられないと、ものすごくつまらない映画になってしまいます。

でも、最近の映画だと、たくさんの伏線をばらまき、それを最終的に回収することが良いように評価されますが、これは見る者の想像力を無視して一方的なストーリーを押し付けてくるだけです。いろいろな出来事は見方によって変わって当然で、物事の解釈は個人の経験値によって変幻自在に動くものです。

この映画に登場する真弓は、猫の変化かもしれませんし、ただの気まぐれお嬢さんかもしれない。もしかしたら、何か絶望的なものから逃げているのか知れません。美郷も同じですし、そもそも安さんも、自分の殻の中だけで生きてきました。

この映画は、そういう不安定な基盤の中で生きている人間たちが、他人と関わり中で、少しずつ視野が広がっていくことを描いているのかなと思います。戦後世代が、安保闘争などで立ち上がり、そしてその虚しさみたいな空気感が漂う昭和五十年代を映し出しているといえば、何となく共感できるかもしれません。

夏目雅子が活躍できた時間は短く、この映画は正面から夏目雅子を見せてくれる数少ない作品です。女優・夏目雅子を堪能するだけでも、十分すぎる価値がありますよね。