2019年3月13日水曜日

是枝裕和 #10 海街ダイアリー (2015)

是枝監督作品は、ドキュメンタリー手法だったり、かなり娯楽性は高めているとはいえ社会性が提起されている作品も多くややハードルは高め。それでも、カンヌの受賞と福山雅治他の人気者を多数登用した甲斐あってか、前作の「そして父になる」は、それまでの是枝作品の興行収入を塗り替えるヒットになりました。

そうなると次回作に対する期待は否が応にも高まるわけで、作る側もそれなりにプレッシャーを感じていたことだと思います。そこで選ばれたのはマンガが原作の本作で、贅沢に4人の人気若手女優を起用して、あらためて家族を考える視点から、力を抜いた抒情性豊かな映像美を見せてくれました。

主演の綾瀬はるかは各賞を受賞し、現在のところ最も演技が高く評価された代表作と呼べるものになりました。公開当時にもブログで取り上げていますが、あらためて是枝作品として、そして綾瀬はるかフィルモグラフィーの完結編として取り上げます。

鎌倉の古びた一軒家に住む三姉妹、長女の香田幸(綾瀬はるか)、次女の香田佳乃(長澤まさみ)、三女の香田千佳(夏帆)。父親は、女を作って15年前に家を出てしまい、その後別の女性と山形で再婚していたのですが、病気で亡くなりました。

その葬儀にしかたがなく出かけて行った三人は、父の連れ子だった、異母妹にあたる浅野すず(広瀬すず)と対面します。父が亡くなり肩身が狭くなったすずに対して、幸は直感的に「鎌倉に来て、一緒に暮らさないか」と誘うのでした。そして、高校に進学するすずを加えて、四姉妹の生活が始まりました。

ストーリーは、四人の日常を、まさに日記のように綴っていくので、あらすじは大変書きにくい。どうしても知りたい方は、ネットで検索してもらうことにして、ここでは大幅に省略します。

幸は妹たちの面倒を見る長女としての責任感が強く、出ていった父を許せないし、また自分たちを放置した母親(大竹しのぶ)ともそりが合わない。でも、自分たちの家族を崩壊させた女の娘であるすずに対して、父母がいなくなった理由は違っても、その心情は理解できる。

佳乃も父は好きではなく、幸とも年が近いのでぶつかり合うことが多いけど、姉の大変さはわかっています。ふだんは、恋多き女で好きに生きているようですが、姉妹の間をつなぐ楔のような立場です。

千佳は、ほとんど父の事は覚えていない。父がどんな人だったのか知りたい気持ちがあり、自分より長く一緒に暮らしたすずがうらやましい。末っ子だったので、妹ができることは嬉しく、すずとは友達のように接しています。

そして、すずは、はじめは姉三人への遠慮がありますが、誰よりも父をよく知っていることが心の強みなのかもしれません。姉たちと少しずつ心を通わせていくうちに、張りつめた気持ちが解きほぐされ、本来の快活な性格が開放されていきます。

この四人に、多彩な人々が絡んで物語が進行していきます。大叔母(樹木希林)、近くの海猫食堂を営みこどもの頃から姉妹を知る二宮さん(風吹ジュン)、父との古い友人で山猫亭店主の福田さん(リリー・フランキー)、幸の恋人の椎名(堤真一)、佳乃の上司の坂下(加瀬亮)、千佳の勤め先のスポーツ店店長の浜田(池田貴司)、すずに好意を持つ同級生の風太(前田旺志郎)など、なかなか豪華な脇役のキャスティングも見所です。

最初にこの映画を見て、誰もが素晴らしいと思うのは、一年かけて古都鎌倉の四季をふんだんに織り込んだ映像です。撮影は、「そして父になる」から、是枝組へ参加した瀧本幹也で、もともとスティルカメラによる写真家として培ったノウハウを動画に生かした腕を監督に買われました。

そして、悪く言えば日常を描いているだけの起伏のはっきりしないストーリーにもかかわらず、この映画が素晴らしいのは、誰でも感情移入しやすい普通にいそうな四姉妹の設定であり、それを本当に自然に演じた女優さんたちの力だと思います。もちろん、それを引き出す監督の力があってことだと思います。

原作がある映画では、原作を知っている人から否定的にみられることの方が圧倒的に多いのですが、人気のある原作でハードルが高いこの作品で、是枝監督は世界観を共有しながら映画として完成された世界を作ることに成功したと思います。

実は、この映画での綾瀬はるかの、コメディを封印した大人の女性としての演技で、高倉健の最後の映画での綾瀬はるかを思い出しました。健さんの映画をできるだけ見てみようと思うと同時に、「海街」に至るまでの綾瀬はるかがどのように女優として成長したのかも知りたくなったんです。

普段から、天然的な発言が話題になり好感度を上げている綾瀬はるかですが、演じてきた役柄は様々で、言葉を話せない、目が見えない、感情が無い機械、生徒に翻弄される新米教師、天然ギャグで笑わせるなどなど・・・

テレビ・ドラマの役柄も同様ですが、「あなたへ」のあと大河ドラマ「八重の桜」で演技に磨きをかけてどんな役でもこなせる自信をつけ、そしてこの「海街」で女優としてのポジションを確立したように思いました。