2019年3月18日月曜日

是枝裕和 #11 海よりもまだ深く (2016)

是枝裕和監督は、毎回いろいろな形の「家族」を描いていますが、今回登場するのは、「元家族」です。

阿部寛は「歩いても歩いても」で樹木希林と親子を演じましたが、ここでもその再演であり、役柄の名前も良多で一緒。樹木希林も、前回は「とし子」で、今回は「淑子」です(ちなみに阿部寛主演の唯一の是枝監督のテレビドラマでも役名は良多)。

人物設定や歌謡曲に絡めたタイトルも含めて、「歩いても歩いても」の続編的な作品と言えます。

篠田良多(阿部寛)は、50才になろうという年齢ですが、浮気調査はがりの興信所で働いています。若いころに書いた小説が賞を取ったため、いまだに小説家としての夢を断ち切れず、妻の響子(真木よう子)に愛想を尽かされて離婚。一人息子の真吾(吉澤太陽)に月に一度会うのだけが楽しみですが、養育費すらちゃんと払えない。

良多の父も家庭人としては落第でしたが、最近亡くなりました。一軒家に住むことが夢だった年老いた母親の淑子(樹木希林)は、数十年来住んでいる団地に一人暮らしの年金生活。良多はお金に困ると、母親のへそくりを探したりしていました。

今回の真吾との面会日にも、養育費を払えず響子に呆れられますが、良多は真吾を連れ立って母の元を訪ねます。その日は折しも台風が接近していて、天気が急変してきたため響子が迎えに来ました。

さらに天候が悪化したため、淑子は泊まっていくように強く勧めるのでした。しかたがなく、団地にとまることになった夜、響子は良多のふがいなさを指摘し、新しい恋人とのことを探偵していたことにあきれます。

淑子は、「なんで男は今を愛せないのかね。いつまでも失くした物を追いかけたり、叶わない夢見たり・・・楽しくないでしょう。幸せは何かを諦めないと手にできないものなのよ。私は海よりも深く人を愛したことはないわ。ないから生きてられるのよ、楽しくね」と良多に語ります。

響子は、淑子に「よくしてくれてありがたいけと、良多さんは家庭には向かない。でも、また会いに来ます」と言い、淑子は預かっていた真吾のへその緒を響子に渡し涙を流します。

夜半過ぎ風雨がまだ強い中、寝付けない良多と真吾は、近所の公園に出かけて土管のような遊具の中に入りました。「パパはなりたいものになれた?」と聞く真吾に、良多は「まだなれていない。大事なのは、なろうとする気持ちをもっていることだ」と答えます。

そこへ響子が迎えに来ます。「こんなはずじゃなかった。もう決めたんだから、前に進ませてよ」と言う響子に、良多は「うん、わかった・・・わかってた」と答えます。翌朝、天気が回復し三人は、普通の家族のように淑子に見送られて団地を後にするのでした。

良多の上司はリリー・フランキー、後輩は池松壮亮。姉は小林聡美、近所の質屋にミッキー・カーティス、響子の今の恋人に小澤征悦などを配し、中心となる「元家族」の四人の人間模様を浮き立たせてくれます。

今回の作品の舞台は、是枝監督が少年期に実際に過ごした清瀬市の団地でロケされ、私小説ではありませんが、自分が体験した生活の記憶みたいなものが色濃く出ているのかもしれません。

テーマは、映画の中で良多の口から出る「なりたかったものになれる大人なんていない」ということ。登場する大人は皆なりたいものに慣れなかった人たちであり、主人公をその代表として提示しているようです。

映画のメインは、団地に泊まることになった夜、それぞれが一対一で会話をしていく最後の30分間でしょう。それぞれの、相手に対する思いが交錯して、少しずつ家族が元家族になったことを清算していくのです。

是枝作品は、いつでも共感しやすい会話・行動を通じて、登場人物への感情移入をいつのまにかしてしまうのです。ですから、起承転結の大きなうねりといた劇的な展開が無くても、ドラマとしてストーリーが成立していて、見終わった後の後味の悪さがありません。

良多が主人公であり、彼の視点で映画は進行していきますが、真の主人公は母親。名演技が当たり前みたいな樹木希林の出演作の中でも、特に素敵な演技を見ることができます。

ラジオから流れてきたテレサ・テンの「別れの予感」を聞きながら、その歌詞に出てくる「海よりもまだ深く、空よりもまだ青く・・・」に合わせて「私は海よりも深く人を愛したことはないわ」と言う樹木希林の台詞はぞくぞくっとしました。海よりも深いのは「母の愛」ですよね。