クリニックの夏季臨時休診のお知らせ
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2020年1月6日月曜日

Roger Norrington / Mahler Symphony #5 (2006)

突然ですが、ヨハン・セバスティアン・バッハの話。

今から遡ること300年前。バッハは毎週のミサで演奏するカンタータを作るのに大忙しで、限られた予算に文句を言いつつぎきりぎりの人数での演奏をし続けていました。

しかし、時代が変わり教会に集まった老若善男善女から、ホールに音楽を聴くために集まる人々に聴衆が変化し、より大きな音量が必要になって楽器も変わりました。

現代になって音楽が多様化してきて、昔のオリジナルの楽器の仕様を復元し300年前の実際の音を再現しようとする流れが古楽とよばれ、そのための楽器がピリオド楽器、それらの独特の演奏方法がピリオド奏法と呼ばれます。

バッハが今のような巨大なコンサートホールでの演奏を想定した曲を作っていなかったのは自明の事で、カラヤンの重厚なマタイ受難曲は、大型化し鈍重な編曲版みたいなものというのはもっともな話です。

バロック期の音楽を今のオーケストラが、今風の豊かな響きで演奏することが悪いわけではありませんが、一度古楽系の音を聴いてしまうと、本来の音楽の姿が明白になってくる感じがして、もう現代オケの演奏の「嘘」が鼻についてしまうのです。

18世紀以後、古典期には急速に楽器が進歩する過渡期にあたり、ベートーヴェンのピアノソナタも新しい鍵盤楽器を意識してどんどん変化していきました。シューベルトを経て、シューマンの時代、つまり19世紀なかばには楽器はほぼ現在の形に完成していますので、その扱い方も大筋で決定づけられたと言えます。

ですから古楽系のアーティストがアプローチするのは、ぎりぎりシューマンくらいまで。頑張っても、19世紀後半の最後まで古典派の枠内から出れなかったブラームスが精一杯。無理してピリオド奏法で押し通しても、現実的音楽としての良さが半減してしまう感じは否めません。

そこでマーラーなんですが、19世紀末から20世紀初頭が主な活動期間であり、普通に考えれば現代のオーケストラが現代の楽器で演奏すればいいはず。

いいばすなのに、それをピリオド奏法にこだわって演奏しているのがロジャー・ノリトン。古楽界の草分けの一人ですが、同時期から活躍するガーディナーよりも10歳ほど年上。ベートーヴェンの早すぎる第九は有名です。

ノリトンは、すでに第1、4、5、9番を手兵であるSWRシュトゥットガルト放送交響楽団とCDとして録音しています。発売されるたびに、マーラーをピリオド奏法で演奏する是非についての物議をかもしているわけですが、当然一定の理解者はいる。

最初にばらすと、さすがにマーラーに関しては一部のノリトン・マニアの絶賛を除いて、否定的な意見の方が大多数という状況のようです。

実際、ノリトンが自らマーラーをピリオド奏法で演奏することの正当性を表明しているんですが、その中心は弦楽器がビブラートをかけるかかけないかに絞られる。

ピリオド弦楽器はガット弦を使用し音の減衰が早く響きが多くありません。演奏会場の巨大化に伴い、より大きな音を出すため、倍音効果が出せより音の通りがよくなるビブラートは現代弦楽器奏者はほぼ100%当たり前のように使用するテクニックです。

ノリトンは1930年代以降にビブラートがしだいに使われ始め、20世紀初頭のマーラーの音楽では不必要なテクニックと断言しているわけですが、残っている資料・録音・録画などの物理的な資料から、必ずしもそうとは言えないことが証明されているようで、自らを強引に正当化していると言わざるをえない。

バッハの音楽を現代風に演奏することは可能だし、それが現代人の耳で名演と感じることはあっても良い話なので、逆にマーラーの曲を古楽として演奏することもあっていいのですが、それが「正しい」とするのはやり過ぎの感があります。

試しに、弦楽器が思いっきり歌う交響曲第5番第4楽章、有名なアダージェットで聴いてみると、バイオリンの旋律が一音一音はっきりしている。これは、途切れ途切れだからであって、旋律の流れが分断している感じでいただけない。

つまり、緩徐楽章では良く言えばあっさりした味わい(言い方を変えると透明感がある)、悪く言えば味も素っ気もないサウンドです。管楽器がメインの場所、あるいはもともとテンポの速めの場所では、ノンビブラートであることの違いがはっきりせず必然性が無いということ。

単にマーラーも頑張ってピリオド奏法でやりましたくらいの話にしておけば、「変なマーラー」の一つくらいですんだかもしれません。とは言っても、「バッハは古楽で」と思っている自分としては、こういうマーラーも許容できなくはないんですけどね。