2013年7月14日日曜日

昭和40年男

自分のような昭和どっぷり浸かってます男にとっては、ちょいと気になる雑誌を見つけました。

タイトルはそのものズバリ、「昭和40年男」というもので、隔月刊行で第2巻第4号となっていますから、去年から出ているもののようですが、今まで一度も目に触れたことがありません。

実際は、2009年から季刊で出ていたようですが、この手のサブカルチャーはややアンダーグラウンド的な存在ですから、普通にコンビニに置かれているというのはあまり似合わないかもと思ったりして。

特集は「俺たちをドキドキさせた女神たち」となっていて、キャンディーズ、友里アンヌ(ウルトラセブン)、キューティハニー、750ライダー・委員長などが出てくる。

あー、確かにそうだよね、と思わせる選び方。もちろんそれだけではなく、他にも「女神」はいましたが、それらを含めて確かに昭和40年代に何かしらのインパクトを与えてくれたキャラクターです。

昭和40年代は、ちょうど自分は小学生~中学生という時期で、ある意味男の子が成長していく課程で、最もスピードが速く、何でもたくさんのことを吸収する年頃。

いまだにこの頃のことを引きずって生きている大人たち・・・まぁ、自分も含めて、少なくありません。ただし、過去は過去ですから、懐かしいけど、あまり現在に役に立つような話ではありません。

一通り話題を総括すると、いずれネタが無くなることは明かで、やはりそういつまでも続くとも思えません。そのうち「昭和50年男」とかにタイトルを変えるんでしょうか。

まぁ、いいや。確かにちょっと懐かしくて、パラパラめくって時間を潰すにはもってこいであることは間違いない。クリニックに置いておくには悪くはないでしょう。

2013年7月13日土曜日

いやぁ~、久しぶりに綺麗な雲を見ました。

空に浮かんだ水蒸気と言ってしまえばそれまでですが、不思議なモンです。

薄かったり濃かったり。高かったり低かったり。

広がっていたかと思うと、ぎゅぎゅぎゅっと濃縮したいたり。

もくもくしているかと思うと、ふわふわしていて、風に吹かれてあっちこっちにウロウロ。

雨をふせらるけど、暑いときには日陰を作ってくれたり。

最近ではデータを溜め込むような仕事をしていて・・・

うん? それは違う? まぁ、いいっしょ。

ぼーっと見ていたいときが、時々あるものです。

2013年7月12日金曜日

蓮始開

今日から、小暑に入ってから、2番目の次候である蓮始開になります。

蓮始開と書いて「はすはじめてひらく」と読むのだそうで、まさに蓮の花が初めて咲く頃という意味。とは言っても、これも見たことがない。

なにしろ、蓮の花は夜中に開き始めて、昼前には閉じてしまうらしい。しかも、3日だけ続けて開花を繰り返した後に、花びらが散るのだそうです。

タイミングがかなり重要になってくるので、なかなか時間の自由がきいて、ちかくに蓮の畑でもないとなかなか目にするのは難しいかもしれません。

地下茎はレンコンとして、普通に食べるので珍しくはありませんが、葉っぱなどはやたらとでかくて、園芸向きではありません。宗教的な利用も多くて、たいていの仏像は蓮の花の台座に鎮座していたりする。

そういえば、暑中見舞いの時期。最近は、年賀状以上に形骸化した感がありますが、もともとは暑い時期の知人の体調を気遣う気持ちの表れ。

なんとなく、お盆前までに出すものみたいに思っていたのですが、8月の後半もまだまだ暑くて、残暑というのは早いとか考えてしまう。

暑中というのは二十四節気での小暑と次の大暑の期間のことだそうで、今年は7月7日の小暑の始まりから、8月6日の大暑の終わりまでの期間にあたり、この期間に出すお見舞いのが暑中見舞いになるんですね。

実は意識していないところで、日本人が暦によって生活のリズムを作っている一つの例ですね。わざわざ暑中見舞いを出す事はほとんどありませんが、そういう気持ちを忘れないようにしたいものです。

2013年7月11日木曜日

デジタル

連日暑くて暑くて・・・どうも、今年は気候の変化がデジタルっぽい感じです。

アナログというのは連続的になだらかな変化をするもので、それに対してデジタルは基本となる信号は All or Nothing です。

デジタルはbitという単位で表現されますが、1bitの信号で表せるのは0と1という違いだけ。2bitになると、0-0、0-1、1-0、1-1という4つのものを区別できるようになります。

パソコンで表示している色は、昔々は白黒。しかも、色の諧調は無く、いわゆる白黒二値というやつ。この場合は、1bitの信号で十分で、モニター上の点を光らせるか否かだけでOKでした。

この場合は、写真などの色の濃さをあらわすためには、細かい点の点滅の密集度で表すしかありません。昔の新聞の写真などが、このやり方で写真を写真らしく見せていました。

そのうちグレースケールと呼ばれる、白と黒の間を16bitで256段階に分けたなだらかに濃さが変化する表示が可能になり、 パソコンでの画像の表現は格段とよくなりました。

さらに、そこに色を赤・緑・青の三色に分解しうまく混ぜ合わせることで、様々な色を表示する事ができるようになり、パソコン上でほぼ天然色に使い表示が可能となったわけですが、ここまでの変化はあっという間でした。

80年代なかばにNECが一般用のパソコンを売り出し、画面には白黒で文字だけを表示。画像を利用しようなんてことは、思いもしませんでした。医者になってすぐに初めて購入したスキャナーは、白黒二値ディザ表示でした。それでも画面に画像を表示できただけで感動物。

90年代の初めには、もうカラー表示は当たり前で、スキャナーもフルカラーが可能だったと思います。いろいろなコンピュータ技術の進歩が、この10年間くらいの中で驚異的なスピードで進んだことの一端が現れているわけです。

つまり、ハードの進化とプログラムを記述するコンピュータ言語の進歩のバランスが最もよかった10年間だったのだろうと思います。昔の日本の高度経済成長と似ているような感じですね。

2013年7月10日水曜日

J.Du Pre Complete EMI Recordings

今時のチェロという楽器が主役として活躍する場は、バロックからロマン派までが中心なんでしょうか。基本的に、低音域を受け持ち音楽の安定感を増やす仕事をしているので、脇役的な必要性はどの時代でも重視されています。

ですから、ピアノやヴァイオリンに比べると、チェロがメインの有名な曲というのは限られてしまうので、 最低限のおさえておきたい収集は比較的簡単にできてしまうかもしれません。

まず、曲の形式で考えると独奏、ソナタ、協奏曲の3種類。室内楽で一般的な、弦楽四重奏、ピアノ三重奏などではチェロが中心というものはほとんど無い。あとは、チェロだけの特徴として、人の声の音域と似ていることから、声楽曲をチェロで演奏するというのはよくあって、これもなかなか捨てがたい。

そこで、大胆に名曲をセレクトしてみます。独奏はJ.S.バッハの無伴奏チェロ組曲に尽きる。これは、チェロ奏者にとって、極めるべき最高峰と言える。ソナタは、J.S.バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ショパン、フランク(ヴァイオリンからの編曲版)、協奏曲は、ドヴォルザーク、シューマン、エルガー、サンサーンス、ショスタコーヴィッチ、ラロなどということでいかがでしょぅか。

録音が残っている以降で著名なチェロ奏者というと、カザルス、フルニエ、ビルスマ、ロストロポーヴィチ、デュブレ、ヨーヨー・マ、マイスキーあたりが選出できるんでしょぅか。ここまでは、たいてい発売された音源が集大成された10数枚組のボックスセットが、5000~10000円くらいで売られているので、比較的簡単に揃ってしまいます。

あえて、その中から一つだけということになるとかなり選ぶのは難しい。有名曲をほぼ網羅していて、録音の良いものを基準に考えると、ジャクリーヌ・デュプレのボックスを推薦したい。

デュプレは、バレンボイムと結婚して、多発性硬化症のために若くして亡くなりました。女性としての繊細な情感と男性ばりの力強さを併せ持った、驚異的な演奏を主役としても脇役としても残しています。

ただ残念ながらバッハの無伴奏だけがないことが悔やまれる。最初に録音したカザルスというのが一般的に名演とされていますが、より攻撃的な音楽としての独自性が出ているマイスキーもお勧めかもしれませんね。

2013年7月9日火曜日

Alina Ibragimova / Schubert Violin Works

現役で女性ヴァイオリニストの頂点に立つのは、アンナ・ゾフィー・ムターかチョン・キョンファか。そして、二人を追いかけて人気と実力を誇っているのが、ヒラリー・ハーン、ユリア・フィッシャー、ジャニーヌ・ヤンセンの二人。ピリオド楽器を得意とするのはヴィクトリア・ムローヴァとレイチェル・ポッジャーの二人。

もう、ここまでの7人くらいをおさえておけばまず間違いはないという、まさに女流バイオリンの「神セブン」という感じてしょうか。それぞれに味わいが違って、有名曲などはぞぞれの録音があるので聴き比べたり出来ますから、けっこう楽しいものです。

まぁ、男性に比べて女性奏者は花があって、視覚的にも楽しみを増やしてくれます。当然というか、さらに華やかなのが、神セブンを追いかける若手ということになります。若手三羽烏というところが、リサ・バティアシヴィリ、ニコラ・ベネデッティ、そしてアリーナ・イブラギモヴァの三人。

バティアシヴィリはただいまドイツ・グラモフォンで売り出し中。ベネデッティはモデルさんかというほど圧倒的に美人。そして、神セブンを完全に脅かすほどの実力はイブラギモヴァという感じ。

そのイブラギモヴァの最新作、シューベルトのヴァイオリン作品全集が登場しました。それまでに、シマノフスキー、ラヴェル、ベートーヴェンと一緒に演奏してきた若手男性ピアニスト、ティベルギアンとの共演です。

とにかく、これがすごい。ヴァイオリンを弾いたことがない自分ですが、この弓使いは驚異的です。まったくブレのない、最弱音から一気に弾き切るところまで完璧な音でしょう。弱音では、その繊細な音の中にも情感がしっかりと織り込まれており、神セブンでさえも感じた事がありません。

Fantasy D934 を聴くと、もう鳥肌がたつようです。この曲は、自分のシューベルトのヴァイオリン曲を聴くときの評価を決める最初の一曲にしているのですが、初めてクレメールを越える演奏を聴いたと感じました。

2013年7月8日月曜日

二八の法則

熱い。今年の夏は、何か恐ろしく灼熱地獄のような予感が漂うのに十分すぎる感じです。まぁ、夏到来でいきなりそんなことを考えても、さらに暑苦しくなるだけなんで、あまり口にしないでおきたいと気持ちの上では思っていますけど。

世の中には二八の法則というのがあって、商売では2月は寒すぎ、8月は暑すぎて客足が途絶えるという。クリニックは純粋に「客商売」ではありませんが、第三種産業であることは否定できず、この二八はある程度は適用されるところです。

真夏は、午前中に患者さんが集中し、午後は夕方5時以降に混みだすもの。わざわざ、一番暑いさかりに外を出歩くなんてのは、熱中症の危険も増しますので、医者としてもお勧めしかねる。

一方、入院・手術をしている病院では、夏休みの時期に治療をしたいという生徒・学生が急増し、医者の夏休みもあって、整形外科はけっこうスケジュールがタイトになることが多いものです。

話は変わって、パレートの法則って知ってます? 経済学で、一部の要素が全体を左右するということらしいのですが、そこから派生した話として二八の法則と呼ばれることもあるんだそうです。

つまり、ある店の売り上げの大部分は2割の上客によるもので、残りの8割は1回限りだったり、たまに安いものだけ買っていく客だったりするらしい。となると、2割の上客を満足させるような経営方針を立てていく事が成功への道ということになるそうです。

確かになんとなくわかるような気がします。ただし、突き詰めていくと、8割の客はどうでもいいというような扱いになってしまうとまずい。8割の客も満足させて、リピーターになってもらい、上客にランクアップしてくれる展開というのも必要でしょう。

祇園のお店は、昔から「一見さんお断り」というのは有名な話。これは、最初から8割の一般客を切って、2割の上客のみに最大のサービスをするという 極端な例かもしれません。

当然、8割を受け入れたほうが売り上げは上がるわけでしょうが、サービスに誇りを持って徹底させるための一つの形と言えそうです。

うちのクリニックの場合、診療報酬点数が高い関節リウマチの患者さんを増やす事が、経営上はプラスになるというのは本音です。

ただし、大多数の一般の整形外科の患者さんが、例えばケガで数回来て終わるような方が、また何かあったらあそこのクリニックへ行こうと思ってもらえる事は大変重要なこと。

まぁ、いろいろ考えても、医療は元々経営学だけで答えが出るようなものではありませんから、毎日来院する患者さんを淡々と診療することが基本であることに変わりありません。





2013年7月7日日曜日

温風至


今日から二十四節季では小暑(しょうしょ)。そして、その最初の初候は、七十二候では温風至(あつかぜいたる)となります。

こうやって、暦を気にしてみると、いろいろと異常気候と言われていますが、実に現実の季節の感覚と暦が一致していること驚かされます。

温風至というくらいですから、梅雨の合間に熱い風が吹き始めて本格的な夏の到来を思わせると言うことになります。実際に、昨日から気温がかなり上がりました。今日は横浜は30度超え、東京は34度で、かなり温風というより熱風が吹いている感じです。

こうなると、急に脱水症状を呈する方が増えてくる。食欲が落ちたり、めまいや頭痛、発熱などで体調を崩してしまいます。ひどいと熱中症で命に関わる場合も出てきます。困ったことに、室内にいて直接外で日に当たっていなくても起こすことがありますから、特に高齢者の方は要注意です。

・・・っていうか、昨日関東は「梅雨明けしたと思われる」という発表があった。気がつかなかったわ。
梅雨入りも思われるで、明けるのも思われる。気象庁は暦に合わせて発表しているのかと思っちゃいます。

2013年7月6日土曜日

朝のこわばり ~ リウマチ診断学

関節リウマチを心配して、クリニックに来院する患者さんの多くが心配する症状の一つが「朝のこわばり」というもの。

関節リウマチでは、手指から発症することが多く、手指の小さな関節に炎症を起こすことで、関節の痛み・腫れ・発赤・熱感というものが一般的に現れてくるのです。

関節が腫れてしまうと、しっかりと動かすことがしずらいために「こわばる」という症状につながるわけですが、「朝の」というところに問題がある。

もともと1987年に作られた診断のための分類基準の中にチェックすべき項目として「朝のこわばり」というものが入ってきたのが始まり。ただし、60分以上つづくことという但し書きがありました。

実際は、もしもリウマチであれば1時間どころか半日、場合によっては1日中続くわけで、朝だけというものは逆にリウマチ以外のものを考えたくなることが多いのです。

手指の痛みの原因は、若い方では圧倒的に使いすぎ的な腱鞘炎のような原因ノモのが多い。そして中高年以上では、加齢性の変化による痛みが多いわけで、それらに比べると関節リウマチはそれほど多い病気とはいえません。

正確に数えてはいませんが、クリニックにリウマチを心配して来院される方の中で、本当にリウマチであると診断がつくのは20人に一人程度。女子医大リウマチセンターのような専門施設で外来をしていても、10人に一人程度です。

数年前に改訂された分類基準からは、「朝のこわばり」という言葉ははずされました。しかし、すでに言葉が一人歩きして一般に浸透してしまったので、なかなか心配する方が減らない状況があります。

朝のこわばりだけで、関節の痛みや腫れがまったく無い場合には、ほぼ関節リウマチを心配する必要はないのですが、ただごく早期であれば完全に否定することもできないところに医者としてのジレンマがあります。

発症して数ヶ月以上たっていて、典型的な関節の腫れや、場合によっては変形が出現していれば診断は楽ですが、「数日前から痛い」というような場合には、診断は大変困難です。

検査項目はいろいろありますが、これがあれば絶対というものは一つもなく、状況証拠の積み重ねから推定していくしかありません。リウマチ因子と呼ばれるような検査項目でさえ、診断的には絶対ではないのです。

自分の場合もエコー検査も導入して、より超早期の診断をなんとか正確にしていきたいと思っていますが、現実には治療法の極端なくらいの短期間の進歩に比べて、診断学はまだまだ不十分と言わざるをえません。

あと10年、いや20年以内には遺伝子診断学のようなものが実用化してくるのではないかと思うのですが、それまでは刑事ドラマのように、こつこつと歩き回って証拠を集めて犯人を追い詰めていく老刑事のような作業が必要のようです。

2013年7月5日金曜日

R.Levin & J.E.Gardiner / Beethoven Complete Piano Concertos

クラシック音楽を、誇りのかぶった過去の遺物として愛好するのは面白くない。じゃぁ、どうするか。時には、演奏者の大胆な解釈による、いろいろな装飾があってもいい。早すぎたり、遅すぎたり、強烈にプッシュするかと思うと、静寂の中に音符を並べるような個性を楽しみたい。

本来、ピリオド楽器による古楽と呼ばれる演奏法は、原典至上主義的なもので、より作曲者が直接頭の中で考えていた音を再現することが至上命題となっています。ですから、ピリオド奏法の行き着く先は、誰が演奏しても単一の音楽。

そこには、演奏者の個性など入り込む隙間がないことになってしまいます。そんな音楽は博物館にでも飾っておけばいい。学生がレポートを書くときにでも役に立てばいいわけで、歴史の一部でしかありません。

実際はどうかというと、ピリオド奏法と一口に言っても、あくまでも当時の古い楽器を使用するということが共通点で、演奏者によってずいぶんと違って聞こえるのは、モダン楽器演奏と一緒。

少しでも、演奏者の感性も加わった生きた音楽を楽しみたいと常々思っているので、大編成のオーケストラよりも室内楽、室内楽よりも独奏曲の方が聴いていて楽しいわけです。

それは、モダンでもピリオドでも一緒ですが、古楽のオーケストラは比較的編成が小さめだったりして、楽器ごとのテクスチャーが明瞭になりやすい分、けっこう聴いていて楽しいということに最近気がつきました。

例えば、ホグウッドのモーツァルト交響曲。ベームに比べて、軽量で、やや学問的なこだわりが強すぎ。ですけど、より18世紀後半の見たこともないはずの光景が目の前に浮かんでくるような感じがします。

ガーディナーのベートーヴェン交響曲は、カラヤンよりも貧弱かもしれません。しかし、カラヤンのベートーヴェンはカラヤンの音楽です。それがベートーヴェン演奏の唯一の正解ではない。

そこで今度は、ガーディナーがフォルテピアノのロバート・レビンと組んだベートーヴェンのピアノ協奏曲全集を聴いてみました。

フォルテピアノはモダン楽器の現在のピアノに比べて、響きが短めで音量が小さい。その分軽やかな響きが美しく、テンポ良く演奏されることが多い。

当然カラヤンとベルリンフィルみたいな超弩級重量戦車大隊みたいな中に入ってしまったら、存在すら気がつかれないほどです。ガーディナーは、そんなことは当然百も承知。オーケストラを鳴らすべきところと、フォルテピアノの伴奏をするところとを明快に振り分けています。

誰もが聴いたことがある第5番「皇帝」の出だしの勇壮なピアノ・・・あれっと思うくらいあっさりと響く。このあたりは、フォルテピアノの限界かもしれません。これはこれでいいのですが、モダン演奏の方がより曲のイメージをしっかり伝えているのかもしれません。

レビン=ガーティナーの全集では、一番面白いのは、第4番のピアノ五重奏版がはいっているところ。これは、もう完璧に楽しい。弦楽四重奏だけが伴奏でフォルテピアノに絡んでくるので、全体のバランスがちょうどいい。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集としては、強さと弱さの両方を確認できるという点で、画期的なものと言えるのかもしれません。世に数ある全集の中で、名盤として扱えるセットの一つであることは疑いのないところでしょう。



2013年7月4日木曜日

笹の葉さらさら

今度の日曜日はたなぼた・・・ではなく七夕。このギャグも使い古された感は否めません。

だいたいこの時期は、このネタを使わざるをえません。3年連続で、同じような写真ですみません。

今年も、クリニックにも笹を用意して、患者さんにも用意した短冊に願い事を書いていただいています。こればかりは、一人でいくつも書いてぶらさげるもんではない。

こどもの無邪気な願いごとには、思わず口元が緩むようなものがあって、中には「カーヴィー(懐かしいファミコンのキャラ)になれますように」なんて面白い。

笹は、実はうちの隣から頂く本物。ただ、笹は切ってからかぴかぴになってしまうまでが早い。一日もたつとずいぶんと乾燥してしまい、みるみる枯れていくんです。

そこで、今回は切り取ってからすぐに水を入れたペットボトルに突っ込んでみました。今のところ、「かぴ」くらいですんでいるのは、まぁまぁ成功というところでしょぅか。なんとか週末までもってくれればというところです。



2013年7月3日水曜日

あすなろ海水魚館 ~ 事件発生

5月に3年元気だったシライトイソギンチャクが☆になり、急遽あたらしいイソギンチャク・・・これはサンゴイソギンチャクですが、こいつを入れました。

カクレクマノミは喜んで入っていたのですが、水の吸引口にはさまってしまいずたずた。6月のはじめに、あらたなサンゴイソギンチャクを用意したのですが、今度はカクレクマノミはまったく興味をしめさない。

クマノミとイソギンチャクは個体ごとに相性があって、必ずはいるとは限らないのです。困ったなぁとは思っても、こればかりはどうしようもない。

ところが、先週くらいからイソギンチャクが急にあちこちに移動し始めた。また吸引口に吸い込まれては困るので、動くたびにやきもきしていたのですが、そのうちぎゅぎゅぎゅっと縮こまってしまいました。

もともとイソギンチャクは縮まったり膨らんだりを繰り返すので、様子を見ていたところなんと今回はただの縮こまりではありませんでした。

昨日、朝クリニックについてびっくり。カクレクマノミが上の方でアップアップしているではないですか。これはイソギンチャクが死んだな、とすぐピンと来て、イソギンチャクのへばりつしている岩を持ち上げてみたら、なんとイソギンチャクはてろてろ・どろどろ。

これは、一気に水質の汚染が進んだわけで、下手をすると水槽崩壊の事態に陥るかもしれないということです。すぐに、崩れたイソギンチャクをホースで吸い出しながら、半分近い水を換水。

この事件で、サンゴユビワヤドカリも犠牲者になりました。いやはや、どうも一度何かが起こると、連鎖反応的にいろいろなことが起こる。安定して綺麗なアクアリウムを維持するというのは、ものすごいエネルギーが必要。

片手間に水槽を管理するというのは、本当の愛好家の方からすれば邪道で怒られてしまうかもしません。それでも、じたばたしてみたいもので、いつか120cm水槽で、たくさんの色とりどりの魚やサンゴを入れてみたい・・・なんて無謀ですかね。

こういうトラブルの時こそ、あわてふためいているので、写真しかとっている場合ではなく、こういう文字だけの報告になってしまいます。

2013年7月2日火曜日

Kyung-Wha Chung / Tokyo Live 1998


チョン・キョンファ、鄭京和、Kyung-Wha Chung。1948年生まれの韓国のバイオリニスト。幼い頃からその技巧的なうまさもさることながら、すぐれた感性が評判となり、70年代からはトップアーティストとして認知されるようになりました。

とにかく、感情的に高まる演奏は各国で絶賛され、ムターとバイオリンの女王の座を争っていましたが、2005年に趾のケガを理由に、引退かと噂された長期療養に入ります。2010年に活動を再会し、ちょうど今月も久しぶりの来日公演を行っていました。

1998年の東京での演奏会は、珍しくピアニスト一人だけの伴奏によるリサイタルで、あまりの素晴らしい演奏のために伝説と化していたのです。評論家たちはこぞって大絶賛するものの、それを実際に聴けなかった者にとって、まさに幻のリサイタルでした。

ところが、今年の来日を記念して、15年ぶりにそのときの音源が発掘され発売されました。第1夜のAプログラムと第2夜のBプログラムのすべてが、それぞれ2枚のCDにアンコールを含めてすべて収録されています。

Aプログラムでは、シューベルト、シューマン。Bプログラムでは、ストラビンスキーとバルトーク、その間にバッハの無伴奏という組み合わせ。弱音の美しさというような表現が、褒め言葉としてよく用いられますが、キョンファのバイオリンから出てくるのは、弱音にもかかわらずチロチロと燃えている情念の炎とでもいう感じでしょうか。

シューベルトのファンタジアや、アンコールのG線上のアリアなどで聴くことができる、張り詰めた緊張感は例えようがありません。 一瞬たりとも隙をみせることはなく、聴いている側にもかなりの集中力を要求する演奏だと思います。それは、Bプログラムのバッハの無伴奏パルティータ第2番で最高潮に達します。

ムターのファンの方には申し訳ないのですが、この演奏を聴いてしまうと、ムターの演奏は厚化粧で品がない感じ・・・というと言い過ぎでしょうか。楽しく聴くにはほどよいのですが、圧倒的な表現力は疑いもなくキョンファに軍配が上がると感じられました。

2013年7月1日月曜日

半夏生

今日から7月。本格的に夏という感じが強まります。二十四節季では夏至、その末候となり、七十二候でも今日から半夏生となります。

ただし、ネットを見ていると7月1日からというものと7月2日からというものがあって、どちらが正しいのか自分にはよくわかりません。暦は年によって変動があるので、微妙なところです。

半夏生は「はんげしょう」と読み、半夏という薬草が生えてくる頃という意味だそうです。半夏は烏柄杓という呼び名もあるそうですが、当然見たことがありません。

まぁ、確かに半夏~湯という漢方薬は数種類ありますね。だいたい胃の働きを調整する効果があるようです。食べ物が傷んで、おなかの具合を悪くすることが増えるからでしょうか。

半夏生の間に降る雨は毒があると言い伝えられ、この間は農作業はせずに収穫はしないことになっているのだそうです。

単純に半分くらい夏という風に考えれば、それはそれで妥当かなと思ったりします。7月に入ったばかりで、まだまだ休みまではありますからね。