2025年9月19日金曜日

ライナス (2003)

稲田博は1960年生まれ、函館市出身。1990年に鈴井貴之と劇団OOPARTSを旗揚げし、1992年に独立して劇団イナダ組を立ち上げました。北海道学園大学の演劇研究会の会員も自然とイナダ組の公演に参加するようになり、TEAM NACSの安田顕以外は一時劇団員として活動することになります(安田はOOPARTSに所属)。

1996年に予定していた公演が中止になったため、急遽代わりに森崎博之と安田顕の大学卒業を記念した公演を行うことになり、TEAM NACSが結成され旗揚げ解散公演「LETTER〜変わり続けるベクトルの障壁」が行われたのです。森崎博之、大泉洋、戸次重幸、音尾琢真の4人は、TEAM NACSが東京進出するまで、並行してイナダ組の組員としての活動も行っていました。

本作は2003年夏の第26回公演の舞台で、稲田博の作・演出によるものです。タイトルのライナスはチャーリー・ブラウンの女友達であるルーシーの弟の名前にヒントを得たもので、ここでも主人公はブランケットを大切にしています。

松永竜一(音尾琢真)は、3歳の時に父・春夫(大泉洋)と母・陽子(棚田佳奈子)が離婚して、姉・千明(小島達子)と母子家庭で育ちます。しかし、心労から母が亡くなってからは、伯母の小坂淳子(庄本緑子)に預けられていました。竜一も結婚して、今は妻の伸子(出口綾子)と17歳の娘・まなみ(山村素絵)と3人暮らし。

まなみは竜一に反抗的で、今日も帰りが遅い。イライラする竜一でしたが、伸子は相手にしません。日付が変わる頃にやっと帰宅したまなみは、妊娠したことを言い出し、竜一と口論になります。竜一は行きつけのオカマ・バーで、ジュンちゃん(川井J龍輔)を相手に妻や娘から相手にされない愚痴を言うのでした。そして30年ほど前に、一時三鷹に住んでいたことを思い出すのです。

10年間音信不通だった春夫から、突然是非会いに来てほしいと連絡を受け、小坂の伯母に連れられて中学生の竜一(江田由紀浩)は大学生の千明と共に三鷹に着ていました。そこで出会ったのは、女装してオカマになっていた松永春夫でした。憤慨して帰ろうとする千明をなだめて、何とか食事だけでもと春夫の経営するオカマ・バーに立ち寄ります。

春夫は恋人の安西徹男(森崎博之)と店をやっていたのですが、従業員のオカマたちも混ざって宴会が始まります。酒癖の悪い小坂のおばさんが酔いつぶれ仕舞ったため、仕方がなく3人は一晩だけ泊まることになってしまいます。

翌朝竜一の姿が見えないことで、取り乱した春夫は徹男と口論になり、気が進まなかったのに何故こどもたちに会うことにしたかなどの話をしているのを、店の隅に隠れていた竜一に聞かれてしまいます。竜一は母にずっと暴力を振るわれ、何とか嫌われないように、自分を殺してきたのです。辛い記憶を出来るだけ封印して、自分の気持ちを表に出さないようにしていたのでした。

ところどころに笑いはあるものの、かなり複雑な人間模様を描いていて、一つの家族の重たい(不完全な)再生の物語です。この頃のTEAM NACSのエンターテインメントに比べると、ある意味より演劇らしい作品といえそうです。

とにかく圧倒的なのは大泉洋のオカマ。実に女性らしく、でもところどころに男であることも思い出させる素晴らしい演技です。今でこそ素晴らしい俳優だと思いますが、この頃にすでにこれだけすごい演技ができる俳優だったということに改めて気がつかされます。最終場面で、一瞬春夫が父(男性)に戻る瞬間は鳥肌ものです。

森崎博之も悪く言えば演技よりもムードメーカーという印象があったりしますが、ここでは落ち着いたきっちりとした演技をしています。音尾琢真は、大人のシーンだけでなく、過去の回想でも説明役としてずっと舞台に立ち続けています。まだ20代だったにもかかわらず、過去の辛い記憶から娘との関係に悩む父親を自然に演じているのが凄い。

登場する人々が誰もが一人になりたくないのに、どこかで一人にならざるをえなかったり、一人きりで辛い思いをしてきている。そして、それは簡単に解決できるものではないことを、強く訴えている内容です。TEAM NACSの面々の違う顔を知る作品として欠かすことはできないように思いました。