2020年12月4日金曜日

インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説 (1984)

「E.T.」と同時進行だった、ホラー映画の「ポルターガイスト」は制作にまわり、監督はB級ホラーで名を馳せたトビー・フーバーに任せます。スプラッタ・ムービーが得意な監督でしたが、ここでは一人も死人を出さず、リチャード・エドランドらによるSFXを上手く利用してスマッシュ・ヒットになりました。

1983年は、人気TVシリーズに触発されたオムニバス映画「トワイライトゾーン/超次元の体験」に中の一編を監督しています。スピルバーグ以外は、ジョン・ランディス、ジョー・ダンテ、ジョージ・ミラーが担当し、正直言ってスピルバーグの監督部分が一番つまらない。

施設の老人がこどもに戻るというスピルバーグらしいテーマですが、他の三人が特殊撮影・特殊メークを目一杯盛り込んでいるので見劣りは否めません。

その頃、「E.T.」は続編は完璧な出来だとして続編は断り、「レイダース」の第2弾の制作に着手していました。前作より1年前の話として設定され、今回は上海からインドの奥地に向かい、邪教を復活させようとする集団との戦いを描きました。

スタートは、上海のナイト・クラブ。名曲「Anything Goes」を中国語の歌詞に載せて、歌手ウィリーのケイト・キャプショーが登場します。往年のMGM映画のミュージカルのような構成はなかなか見応えがあります。

その後、上海マフィアとインディ・ジョーンズのやり取りは、ユーモアを混ぜながらスピーディなアクションの連続で、映画を盛り上げ本編の期待を膨らませることに成功している。

前作に登場したヒロインは、インディ・ジョーンズのように冒険家で、積極的に危険に関わっていける女性でしたが、今回のウィリーは都会派の女性で、インディの世界では異端な存在。

逆にウィリーが、驚き怖がって悲鳴をあげるコメディ・リリーフの存在なのですが、それが強調されすぎている。緊張の中で、ときどき場を緩ませるのには効果的なんですが、笑いを取るためにあえて盛り込まれた場面が多すぎ様に思います。「1941」の時のスピルバーグの悪い癖が出てしまった感じ。

「レイダース」のような、自分の恩師とその娘との過去の因縁といった、ストーリーに深みを与える設定が無く、インディ・ジョーンズとしてはたまたま巡り合せただけの事件というのも弱いところ。

呪術のような摩訶不思議な現象を取り入れて、ピンチを作るところも安易な設定。と、文句ばかり並べているようですが、実際のところスピルバーグ自身も、後に出来として良くないことは認めています。

とは言え、終盤のトロッコのチェイス、襲って来る大量の水、吊り橋でのアクションなどの連続的なスリルはさすがというところでしょうか。

肩の凝らないアクション映画としては、そこそこの出来ですが、もはやスピルバーグに期待されるものはこの程度ではないということです。この映画によるスピルバーグの一番の拾い物は、後に結婚することになるケイト・キャブショーとの出会いということになります。

また、この時期に「トワイライト・ゾーン」のようなTVシリーズ「世にも不思議なアメージング・ストーリー」の制作に着手しています。2シーズンで、45本のドラマが作られましたが、最初のうち「ゴースト・トレイン」、「最後のミッション」の2本については自ら監督も行いました。

2020年12月3日木曜日

E.T. (1982)

この映画は、公開時、興業収入の記録をぬりかえた初期のスティーブン・スピルバーグ最大のヒット作です。

何が凄いって、前作「レイダース/失われたアーク」制作中に、並行して次回作の制作準備を着々としていたというところ。さらに言えば、ホラーの傑作「ポルターガイスト」の制作も同時進行させていました。

この頃は、怖いもの知らずで、あふれ出るアイデアと創作意欲を次から次へと実現させていました。そして「彼のアマチュア時代の短編「Amblin」から名を取った、自分の映画製作会社「アンブリン・プロダクション」をキャスリーン・ケネディ、フランク・マーシャルらと立ち上げていました。この映画は、スピルバーグ監督作品としては、初めて「スピルバーグ組」と言えるアンブリンが関わった作品です。

アイデアは遡ると「未知との遭遇」から始まるのは明らかで、地球にやった来た宇宙人が帰りそこなったらどうなるのかというところから始まります。つまり、第三種接近遭遇の先、UFOの搭乗員を捕獲したい第4種接近遭遇を目指す公的機関と、直接宇宙人と対話をする第5種接近遭遇をするこどもたちの話。

特にこどもたちが主役となって、彼らの母親以外はまともに登場する大人が出てこないというのが特徴です。途中で大人が画面に映っていても、はっきりと顔まで見える場面はほとんどありません。

つまり、数少ない大人も、スピルバーグのテーマである、こどもの頃からずっと心に何か引っかかる物を持ち続けている。ストーリーは、こどもたちの視点で進み、大人になって忘れていた物を思い出させてくれるものになっています。

こどもたちの家庭は、父親が出て行ってしまった母子家庭です。これは、スピルバーグのプライベートとして、少年時期に親が離婚した経験が関係しています。親が離婚した家庭で、こどもは何を思っているかを伝えようとしたことは、自らも表明しています。

植物採取の目的で地上に着陸したUFOにのっていた宇宙人、E.T.、つまり Extra-Terrestrial(地球圏外)、が公的機関?の調査隊が来たため出発に間に合わず地上に取り残されてしまいます。

このE.T.は、着ぐるみで動くものと何人ものスタッフが動かすロボット式の物を使い分けていますが、比較的序盤から直接的にその姿が登場します。比較的古い宇宙人のイメージを可愛らしく作り直した感じで、これを可愛いと思うのか気持ち悪いと思うのか、この映画の踏み絵のようなところがあります。

本来はおそらく地球人よりも高度の科学技術をもつ彼らのはずで、少なくともこどもではないと思いますが、主人公のこどもよりも小さめの体で、目がくりくりして、こどもたちとのユーモラスな動きが嫌な感じを与えないところはうまい。

E.T.はいろいろな道具を利用して宇宙に向かって救援信号を発しますが、体調を崩してしまいました。調査隊は町を捜索してついにE.T.を発見しますが、その時には回復困難な状況で死んでしまうのです。

しかし、何故かは示されていませんが、まだ生きていることを知ったこどもたちは、大人の追跡を振り切ってE.T.を救助に来たUFOのところに連れていきます。E.T.は主人公に「一緒に行こう」と誘いますが、彼はこれを断ります。ひとつ成長したことの現れなのですが、それは大人に近づくことで、それによって得るものと失うものがあるということを示しているのかなと思いました。

2020年12月2日水曜日

レイダース/失われたアーク (1981)

前作でかなりへこんだと思われたスティーブン・スピルバーグでしたが、劇場用映画監督デヴュー10年目にこの映画で再び大ヒットを飛ばし、もうアメリカ映画界で向かうところ敵なしという感じになりました。

70年代末にスピルバーグはアルバトー・ブロッコリ - そう、あの「007」シリーズを手掛けるプロデューサーです - と接触を試み、どうもジェームス・ボンド映画を作ってみたかったらしい。

しかし、持つべきものは友ということで、友人であり一番の理解者でもあるジョージ・ルーカスは言いました。

「ねぇ、スティーブン、アクションだけで物語に深みが無く、いつもの決め台詞だけの映画(確かにその通り)より、もっと面白い物を作れるよ」みたいなことだったらしく、古代の宝を探して世界中を飛び回る謎と冒険が一杯のアクション映画を提案しました。

そこで、二人は細部を話し合いながら、インディ・ジョーンズというキャラクターを作り上げていったのです。お金を出すのはルーカス。ルーカスは細かいことは口を出さないかわり、設定された完成の期日だけは守るように求め、スピルバーグも実際に予定より早く仕上げて見せました。

原題は「Raiders of the Lost Ark」というもので、「失われた聖櫃(アーク)を奪う者たち」ということ。聖櫃(せいひつ)は、ユダヤ教の特別な箱の事で、特にエルサレム神殿内に十戒の石板を収めた物を指すことがあり、キリスト教では「契約の箱」とも呼ばれています。聖書では紀元前600年ごろの時代を最後に聖櫃の記述がなくなっていることから、「失われた聖櫃」という呼ばれ方をするようです。

ユダヤ教・キリスト教に無関心なものにとっては、馴染みのない言葉でしたが、この映画をきっかけに広く知られるようになりました。

何しろ、スピルバーグに「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカス、さらに主演にハン・ソロで一躍有名になったハリソン・フォードが揃ったんですから面白くないはずがない。

特殊効果は「スター・ウォーズ」で大成功を収めたリチャード・エドランドが参加し、強烈な印象を作り上げました。しかし、ハリソン・フォード自身によるアクションや、スタントマンによるさらに危険なシーンもふんだんに盛り込まれていることが効果的です。

音楽は当然ジョン・ウィリアムスで、主題曲は「スター・ウォーズ」トム共に、ウィリアムスの代表曲とるくらい有名になりました。

物語は1930年代を舞台に007シリーズを彷彿とさせるアクションの連続です。映画では冒頭に、007シリーズでお馴染みになったプレタイトル・シークエンスがあります(もっともタイトルはここにオーバーラップしてますが)。

多くの罠を回避して秘宝を手にしたあと、巨石が転がって襲って来る有名なシーンになりますが、この緊迫感のある10分間でインディ・ジョーズの映画の雰囲気がすっかり伝わるのです。逆にあまりに出来が良いため、スピルバーグは本編が退屈と思われないか心配をしたらしい。

当然そんな心配は無用で、ヒットラーのナチスが探している聖櫃を求めて、アメリカからネパール、そしてエジプトに移動して行く様はまさにボンド並み。さらに潜水艦になり、ギリシャの島の秘密基地でクライマックスを迎えます。

この間、捕らえられて危機一髪脱出が何度もあり、ヒロインとのちょっとロマンスも盛り込まれ最後までスピードは落ちません。前作ではギャグの連続で失敗しましたが、ここでは緊張の合間に気の利いた軽めの笑いを挟むだけで、より大きな効果をあげることに成功しています。

スピルバーグのこの映画での収穫は、予定されていた予算と撮影期間を遵守し、映画を作ることのコストをしっかりと意識したことであり、それが監督業と制作業を切り離して考えることにもつながったことでした。そして、自らの制作会社を立ち上げる決断に至るのでした。

2020年12月1日火曜日

1941 (1979)

「ジョーズ」、「未知との遭遇」と立て続けに大ヒットを飛ばしたスティーブン・スピルバーグが、次に挑んだのは第2次世界大戦における真珠湾攻撃の後、日本軍による本土攻撃を恐れる西海岸を題材にした・・・コメディでした。

もう世評は大方揃っていて、「スピルバーグ最大の汚点」とか「スピルバーグの無かったことにしたい作品」とか、はっきり言ってボロカス扱いです。

昔、最初に見た時もあまりのドタバタぶりに辟易した記憶があります。改めて見直しても感想は同じで、これがアメリカン・ジョークだとすると、アメリカ人のギャグのセンスを疑うしかなく、単なる悪乗りとしか言いようがない。

ふざけるだけふざけて戦争を笑い飛ばして、逆に戦争を否定的に描いているといった肯定的な意見も散見されますが、それほど深い意味があるようには思えない。やはり、スピルバーグの驕りみたいな部分が出てしまったとしか言えないと思います。

とは言っても、キャスティングはすごい。

日本人的には、何しろ世界の三船敏郎が登場することは嬉しい。三船は西海岸に接近した日本軍の潜水艦艦長で、同乗しているドイツ軍将校がクリストファー・リーというのも、さらにすごい事です。

三船は、実は「スター・ウォーズ」のオビワンのオファーがあっそうですが、ルーカスなんて知らないと断ったらしい。ところが映画が大ヒットしたため、ルーカスの友だちのスピルバーグの依頼にのってしまったようです。

はちゃめちゃなドタバタを演じるのは、伝説のお笑い番組「サタデイ・ナイト・ライブ」でブレイクしたダン・エイクロイド、ジョン・ベルーシら。ネッド・ビーティ、マーレイ・ハミルトン、ウォーレン・オーツ、ロバート・スタックらのベテランがからみ、飛行機狂のナンシー・アレンが色を添えています。

冒頭は、夜の海岸に女性がやってきて、海に向かって走り出す途中で服を脱ぎ、そのまま泳ぎ始める。すると、周囲に波が立ち女性が恐怖で悲鳴をあげると黒い棒が海中から出てきてつかまる。この棒は、実は潜水艦の潜望鏡だったという・・・まさに「ジョーズ」の最初の場面をセルフ・パロディしたもの。演じるのも、同じ女優さんという念のいりようです。

おっと思わせるのはこの最初の数分間だけで、その後はいろいろな映画のパロディが出てきているようですが、ほとんど進行は支離滅裂。時には下品なギャグが飛び交い、暴力・爆発シーンがひたすら続くだけ。

この映画の拾うべきポイントは二つ。後に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の監督を任せたロバート・ゼメキスが脚本を担当し、ゼメキスを世に送り出したこと。そして、絶大なる信頼を寄せて、今日までずっと映画製作のパートナーとなるキャスリーン・ケネディと知り合ったこと。ケネディはこの映画の製作総指揮を執ったジョン・ミリアスのアシスタントでした。

出演を依頼したジョン・ウェインからは制作中止を勧告され、実際公開しても評論家による酷評のみならず、観客動員もままならない興業的な失敗になりました。結局、この作品以後、スピルバーグはコメディ映画を作っていないことがすべてを物語っていると言えそうです。

2020年11月30日月曜日

すかすかの電車広告


もともと、電車を利用する機会は多くないのですが、今年は特にコロナ禍で出かけることがめっきり無くなった。

実際のところ、1年ぶりくらいに電車を利用する事があって、何が驚いたって、電車の広告が激減していました。

中吊りは一つ毎くらいだし、側面も見ての通り。扉と扉の間に7~8枚くらいかかっているところが、今は2枚だけ。

しかも、真ん中は電車の会社から、感染拡大予防のお願いです。

いやはや、どこもかしこも経営は相当苦しいことになっているということですね。電車会社も広告収入が入らない。広告を出す側も、そんな余裕は無いということです。

2020年もあと1か月。もう、今年は無かったことにして早く2021年になった方がいいと思っている人が多いと思います。

でも、寒い季節になってくれば感染症は勢いづいてくるのは、当然と言えば当然。まだまだ、安心できるようになるまでは遠い道のりのようです。

2020年11月29日日曜日

未知との遭遇 (1977)

第一種接近遭遇 UFOを至近距離から目撃すること
第二種接近遭遇 UFOによる機器・動物などに何らかの影響と痕跡があること
第三種接近遭遇 UFO搭乗員と接触すること

これはアメリカ空軍のUFO調査計画に関係した天文学者であるジョーゼフ・アレン・ハイネック博士が1972年に著書で提言した、宇宙人並びに彼らの乗り物と考えられるUFO(未確認飛行物体、Unidentified Flying Object)と人類の遭遇の仕方の分類です。

この分類にはまだ第四種から第九種まであり、友好関係を築くパターンと、逆に侵略される最悪のシナリオまで盛り込まれています。

スティーブン・スピルバーグは、実は1964年、17才の時に8mm映画として何と2時間半もある大作「Firelight」を、500ドルの予算で制作しました。地元の映画館で上映され、入場料1ドルで500人が集まり売り上げは501ドル(誰かが2ドル払ったらしい)。

このフィルムは現存しませんが、断片的な動画が数分だけネットで視聴できます。車に乗っている登場人物の周りに赤い光を放つ物体が飛んできたりして、実はUFOが人間を捕獲するためにやってきたという話らしい。

当然、スピルバーグがハイネック博士の著書に強い興味を持ったことは容易に想像できるわけですし、実際、まさに第三種接近遭遇(Close Encounter of the Third Kind)をそのままタイトルに使ったのがこの映画であり、おそらく長らくあたためていた「Firelight」の内容を刷新する意図もあったものと思われます。

スピルバーグの本質である、こどもの心を持ち続ける大人、こどものままでいたかった大人がはっきりと登場してくる最初の映画です。自分もそうでしたが、UFOは魅力を感じましたし、地球以外にも広大な宇宙には何らかの生き物がいるかもしれないという漠然とした興味と恐怖がありました。

スピルバーグは、自分を投影して最も信頼する俳優であるリチャード・ドレイファスが演じる主人公のニアリーを、ごく平凡な父親であるにもかかわらず、UFOとの遭遇により宇宙人との遭遇を切望する男として登場させます。

おそらくは、こどもの頃からどこか心の中でひっかかていた何かに触れたことで、家族を捨てて(と言うか、常識的な家族に捨てられて)まで、遂にはUFOに乗り込んでしまうという漠然としていた夢を叶えてしまうのです。

また、もう一人も注目されるのがフランス映画の巨匠と呼ばれるフランソワ・トリュフォーが、UFOを学術的に調査する国連の機関に責任者、ラコームとして出演していること。自分の監督作品ではしばしば俳優をしていますが、他人の作品では珍しい。

スピルバーグはトリュフォーの慈愛に満ちた眼差しを切望して、誰も考えつかないキャスティングをしました。脚本に興味を持ったトリュフォーが快諾して、あくまでも俳優として参加すると語ったそうです。

4音では短すぎ、6音ではメロディになるとして、キーとなる5音をつくったのは、音楽を担当するジョン・ウィリアムス。すでにスピルバーグの映画では最重要スタッフの一人になりました。

特殊効果は、キューブリックの「2001年宇宙の旅」で一躍名をあげたダグラス・トランブル。この映画の後も「スター・トレック」や「ブレード・ランナー」などでアナログ時代の驚異的な職人技を披露しています。

公開当時から絶賛され、今や同じ年の公開だった「スター・ウォーズ」と共にSF映画の金字塔として、スピルバーグの映画作家としての地位を確立した作品と位置付けられています。

しかし、傑作と言う評価がある一方で、スピルバーグとしては珍しい一般公開後に追加撮影・再編集した別バージョンが存在することは、ある意味失敗作と呼べる側面も否定できません。

1980年に公開された「特別編 (special edition)」では、スピルバーグの希望により多くの追加と削除が加えられ、本来は、いわゆる監督の意図を強く反映したディレクター・カット版となるはずでした。

しかし、映画会社からの条件として母船内部の映像を加えたことで、母船内は観客の想像に任せたかったスピルバーグの希望とは反する形になっています。そして、1997年に再度の編集が行われ、特別編で行われた削除シーンを復活させ、母船内部の削除した「ファイナルカット」が公開されました。

ただし、いずれのバージョンでも、想像するしかない宇宙人の姿(いかにもそれっぽい)を最後に登場させているところは、母船内を出したくないというスピルバーグとしては矛盾を感じるところで、もっとぼかしておいてよかったのかもしれません。

公開当時は、個人的には、SF映画と言っても宇宙での派手な戦闘シーンがあるわけではなく、内容も何だかよくわからない難しい話という印象だったと思います。前半で、いろいろな場所でバラバラに進行しているシーンが特に疲れるたのかもしれません。

しかし、あらためてファイナルカット版で観賞すると、それらの個々の事件がしだいに一つに収束していく流れは、想像を豊かにすればごく自然に出来上がっていて、モチーフとなる「十戒」や「ピノキオ」などがさりげなく取り入れられているところなども感心してしまいます。

ここでスピルバーグが描きたかったのは、SF(Science Fiction)ではなくサイエンス・ノンフィクションに限りなく近い、理想的な宇宙人との遭遇の話であって、さらにこの点を強く押し出したものが、後年の「E.T.」となっていくことになります。

2020年11月28日土曜日

ジョーズ (1975)

スティーブン・スピルバーグの名を世界知中に知らしめたこの作品は、撮影されたのは1974年で、スピルバーグは28才でした。

パニック映画、ホラー映画、海洋冒険映画などのいろいろなジャンルの中で、それまでの映画の記録を一気に塗り替える大ヒットとなりました。この映画の後、サメ物の映画が山ほど作られ、さらに動物全般に襲われるものまで数えきれないほどのパチモンが作られています。

ピーター・ベンチリーの書いた小説の映画化権をすぐさま獲得したユニバーサルは、当初考えていた監督に断られたため、急遽スピルバーグに白羽の矢が立ちました。スピルバーグは、最初の時点で「激突!」との類似点に気が付いており、撮影の途中でもシナリオを追加・変更しながら、見ているものに様々な形で恐怖を体験させました。

アミティというアメリカ東海岸の夏のバケーションに絶好の島が舞台。主な登場人物は、海が得意とは言えない赴任したばかりの警察署長ブロディ(ロイ・シャイダー)、鮫の専門家として協力する海洋学者フーパー(リチャード・ドレイファス)、そして土地の荒くれ漁師で鮫に対して異常なほどの憎しみを持つクイント(ロバート・ショウ)の三人。

鮫の襲撃を中心にストーリーを追いかけてみます。

始まってすぐに不穏な雰囲気が漂います。夜の浜辺でキャンプを楽しんでいた女性が、海に入り泳いでいると、いきなり何かに引っ張られ、海の中へ引きづり込まれてしまいます。翌日、浜辺に死体の一部が打ち上げられました。

島は海開きを前に、市長が率先してこの事件を公にしない。しかし、すぐに今度は昼間、ビーチで遊んでいた少年が襲われます。派手に血潮が海水を染めますが、ここでも何も姿を見せません。死んだ少年の母親が、サメ退治に懸賞金をかけたことで、事件は島中の人々の知れるところになります。
 
夜に桟橋から鎖で縛った肉塊を投げ入れて釣り上げようとした漁師は、桟橋ごと崩れて海に落ちます。沖に向かっていた壊れた桟橋が反転してこっちに向かって来るということが意味するのは恐怖でしかありません。

懸賞金目当てに仕留められた大きなサメにより、市長は一件落着を宣言しますが、フーバーは口の大きさが違うと主張し、ブロディと共に腹の中を切り開きます。そして、人喰いザメであることを証明するものは出てきませんでした。

そこで二人は海に探索に出ると、破壊されたベテラン漁師のボートと彼の死体を発見します。ここでも、鮫の影もありませんが、突然画面に登場する死体で驚かせます。

そして、映画のほぼ中盤、海開きの日が来ますが、海水浴客の中に鮫の背びれが出現し海岸はパニックになるんですが、これはこどものいたずらでホッとさせます。しかし、その直後、本物の鮫が出現し、またもや犠牲者が出てしまうのです。ここに来て、やっと鮫の頭部が見えて、見えなかった恐怖が現実のものとしてしっかり登場するのです。

ここから、いよいよクイント、ブロディ、フーバーの三人がクイントの小さな漁船に乗り込み本格的に鮫との対決が始まります。最初に登場するのは、プロディが撒き餌をしている時。画面右下のブロディが、左上に映っている海面に背を向けて餌を放り投げているところに、にゅっと顔を出します。もう、絶妙のタイミング。

これ以降、鮫はどんどん船に襲い掛かりますが、鮫との対決の間の小休止で、夜空に流れ星が映ります。すでに「未知との遭遇」の構想を考えていたスピルバーグの遊びのようですが、決戦を前にちょっと心が和む作りになっています。

クイントが樽をつないだ銛を何回打ち込んでも、鮫はものともしません。ついに船は浸水しはじめたため、フーバーが檻に入って毒薬を至近距離で打ち込むことにしますが、檻も簡単に壊され失敗、フーバーは間一髪海底に逃げのびます。

鮫は船尾に乗り上げて巨大な口を開くと、クイントはその中に滑り落ちていき絶命します。ブロディはダイビング用の圧縮空気のボンベを口の中に放り込み、次に襲ってきた時にこのボンベをライフルで打ち抜き、鮫の頭部と共に爆発させたのでした。

恐怖の対象である、鮫の攻撃はこのようにすべて違うパターン。前半は、得体のしれない何かがじわじわと怖さを増幅していきますが、合間でその緊張をうまくほぐしていくことで、次の恐怖・驚愕をより大きな物にしていく演出は実に見事。

実際に本物の鮫を撮影した映像と、機械仕掛けの鮫による攻撃シーンを組み合わせ、さらにミニチュアを使って鮫の巨大さを示したりと、CGの無い時代にあの手この手で作り上げた手腕はさすがです。

とは言え、実は巨大鮫の模型が壊れたため、制作中止の危機もありましたが、当初よりも姿を見せずに鮫の視点からのショットを増やしたことが怪我の功名につながったらしい。また、これもまた有名になったジョン・ウィリアムスの、何かが迫ってくるような不気味な音楽も、見事な効果を演出しています。

スピルバーグ自身が、この映画で学んだことの一番大きなことは、自分で制作・監督・編集などの権利を管理する必要に気が付いたということと、海での仕事はこりごりということでした。

2020年11月27日金曜日

マイナンバー・カード更新


マイナンバー(正式には「個人番号」)が使われるようになったのは2015年から。

とは言っても、記録されたマイナンバー・カードは、実際には今に至っても普及しているとは云い難い。

もちろん、仕事をしている人は税制上の必要から、マイナンバー自体はすでに申告しているはずで、国の利用範囲は少しずつ増えている。

マイナンバー・カードは、12桁の番号、氏名、生年月日、住所などがICチップに記録された写真の付いたもので、身分証明書として使用できます。

ところが、これを用意するのは時間的に面倒だし、そもそもコンビニで住民票が取れるくらいしかメリットがない。

今年はカードの普及のために、マイナ・ポイントをあげますとか、来年から健康保険証の代わりに使えますとか、国としても普及に躍起になっている。

特にコロナ禍での特別給付金の支給で、マイナンバー・カードの有無で簡単になるという話になって(実際はかえってトラブルが多かったけど)、重い腰をあげて手続きをする人が増えました。

自分は、2016年だったか、通知カードが郵送されてきた時点でカードを作りに行きました。そして、今年は「電子証明書の更新」通知が届きました。

で、区役所に行ったんですが、まぁ、マイナンバーの窓口の密なこと。他の窓口は待っている人は数人でしたが、ここだけ100人近くはいます。しかも、待ち時間が長い。

カードを新たに作るよりは簡単なはずなんですが、自分の場合でも15人待ちで、1時間以上待ちました。あ~あ、疲れた、疲れた。

また何年かすると、今度はカードそのものの更新があるようです。もっとスマートな方法をかんがえてくれないでしょうか。

2020年11月26日木曜日

The Sugarland Express (1974)

正真正銘、これがスティーヴン・スピルバーグの劇場用映画の第1回監督作品で、興業的には成功とは言えませんでした。

・・・なんですが、ここで英語のタイトルをのせたのは、あまりにも邦題がひどすぎるから。スピルバーグはこんなタイトルで日本で知られているってしっているんでしょぅか。

何しろ「続・激突!/カージャック」って、誰が考えたのかあまりと言えばあまりにタイトル。確かに日本で公開されたのは、劇場用「激突!」が最初ですが、車が関係するからって続編でもなんでもない。

多少知られた「激突」を使いたい気持ちはわからないわけじゃないけど、邦題だとかなり勘違いをしてしまうので、使わずに済むならそれにこしたことはない。

1969年におこった実際の事件を元にしたストーリー。窃盗で捕まった夫婦。妻のルー・ジーンが先に出所したら、2才の息子の親権は剥奪されて里子に出されていました。夫のクロヴィスは、監視の緩い更生センターにあと4か月拘束されている身分でしたが、ルー・ジーンは息子を取り返すために無理やり脱獄させます。

勘違いからスライド巡査を人質にパトカーで逃走することになり、そのあとをたくさんの警察車両、報道の車、あるいは野次馬の車がついていく事態になってしまう。指揮を執るターナー警部は、二人の犯行動機、そして自分も犯人を殺したことはないという理由から、ある程度二人を自由にさせます。

スライド巡査もターナー警部も、しだいに一緒に旅をする仲間のような雰囲気の中で、それぞれの立場をふまえた上で理解するようになっていく。多くの民衆が、二人を応援し、同情することがさらにかれらの意志を固い物にしていくのです。

目的地であるシュガーランドにある里親の家に到着した時に、スライドは様子がおかしので罠だと警告します。しかし、もう息子のことしか考えが及ばない興奮したルー・ジーンは、クロヴィスを行かせます。しかし、そこには狙撃手が待機していて、背部から撃たれたクロヴィスは何とか車を発進させます。

近くの川原で停止したパトカーに、ターナーが駆け付けると、そこには絶命したクロヴィスと、茫然自失となったルー・ジーンがいました。スライドは「彼らには銃は必要なかった」とターナーに言います。

ルー・ジーンを演じたのは、すでに知名度の高かったゴールディ・ホーン。ちょっとおバカなコメディを得意するホーンは、ここではシリアス度を増した役柄ですが、何も後先考えずに、息子を取り返したいの一心が、自然にうまくユーモアも醸し出し、映画全体のテンションを牽引しています。

冷静だか温かいところもあり、でも最後に射殺を選択するターナーを演じるのはベン・ジョンソン。名だたる西部劇に出演してきた名優です。強引な妻にうまくあしらわれる、ちょっと気弱なクロヴィス役のウィリアム・アザートンは、この映画以降がぜん注目されるようになりまし。

スピルバーグは、二人を悪者に見せないように、むしろ観客を味方につけるような演出をしています。通過する町で二人を応援する人々は、観客の気持ちを代弁しているかのようです。そして、追う警察側も敵に回すことは無く、主要登場人物全員を応援したくなるように話を組み上げました。

後をついていく車の台数がしだいに増えていって、終盤では数百台になるところは圧巻ですし、劇場用映画の初監督作品としては、十分すぎる出来だと思います。

しかし、観客を味方につけた主人公に最後に待っていたのは救いのない悲劇だったことが(事実が元だからしょうがないのですが)、興業的に残念な結果になった要因かもしれません。

ただし、スピルバーグ自身が述べているように、この映画で音楽を担当するジョン・ウィリアムスと出会ったことは、後々まで彼の財産となったことは忘れてはいけません。

2020年11月25日水曜日

激突! (1971)

スティーヴン・スピルバーグは、19才で大学で映画を学び始めました。22才で短編映画「アンブリン」を作りました。

「アンブリン」は、台詞の無い25分程度のもので、ネットで見ることができます。偶然知り合ったヒッチハイクをする男女が、一緒に旅をする話で、これがユニバーサル社の目に留まり、1971年、25才で人気があったテレビのドラマ「刑事コロンボ」の一話を監督してデヴューしました。

続いて監督したのが、この「激突!」で、元々はテレビ用の70分程度の単発ドラマです。これが大好評で、業界内で名前が知られるところとなり、90分に拡大して劇場映画としてあらためて公開される運びとなりました。

セールスマンのデーヴィッドは、自動車で仕事に向かう途中で、大型のタンクローリーを抜き去ります。ところが、このタンクローリーは、追いかけてきてデーヴィッドの車をギリギリで追い抜いたり、前をふさいだりするのでした。

時には先に行けと合図をするので追い抜くと、対向車と衝突しそうになります。道路沿いのカフェに逃げ込みますが、気がつくといつの間にかタンクローリーが店の前に停まっている。客の中に運転手いると考えて、一人一人を吟味していくシーンは、まさに黒澤明の「野良犬(1949)」です。

タンクローリーは、しだいにむき出しの牙で襲い掛かってきますが、警察に電話しているデーヴィッドを電話ボックスごと轢き倒そうとしたり、線路まちで後ろから押し出そうとしたり、攻撃は完全に殺意を露わにしてどんどんエスカレートしていくのです。

このあたりは、ヒッチコックの「鳥(1963)」を連想させ、その襲い方は毎回変化があり、次はどうなるのかというサスペンスをうまく作り上げていく手腕はなかなかのものです。

この物語には原作が有りますが、映画では原作と違って何故執拗な攻撃をされるのかと一切触れずに、また相手の運転手は最後まで顔出しがない。デーヴッドを演じるのは、「刑事マクロード」で人気だったデニス・ウィーバー。ほとんどデーヴィッド一人の視点から物語が進むことで、観客も得体のしれない恐怖を一緒に体験していくことになります。

そこで気がつくのは、このタンクローリーをサメに変えて、さらに恐怖を倍加させたのが監督3作目になる「ジョーズ」であることは明らかです。

何かおかしいという感じから、次第に恐怖が加速していき、遂には対決するしかないと開き直る主人公の心理的な変化を見事に描いた若きスピルバーグの天才がすでに垣間見れる作品になっています。

スピルバーグは翌1972年に、再びテレビ映画である「恐怖の館(Somthing Evil)」を監督しています。小説「エクソシスト」(後に映画化)の人気にヒントを得て作られたホラー物で、悪魔が棲む家に引っ越してきた家族が恐怖を体験する話。

現在メディアは販売されていませんが、日本語字幕付きでネットで見ることができます(良い?時代です)。低予算のテレビですから、特殊撮影はほぼ皆無。カメラワークと音楽を工夫して、主演の女優さんの頑張りでそれなりに見れるものに作り上げました。

さらに1973年には「死を呼ぶスキャンダル(Savage)」というテレビ映画を監督しています(これもネットで視聴可能)。

2020年11月24日火曜日

スティーヴン・スピルバーグ

32本。

スティーヴン・スピルバーグが監督した映画の本数です。

あれ、少ないんじゃないかと思いますよね。もっと、スピルバーグの名前を冠してヒットした映画があったはずだと。

スピルバーグは、1946年生まれで現在73才。1971年にテレビ・ドラマ(刑事コロンボ・シリーズ)で初監督をしてから、来年で50年。

50年で32本は、けっして少ないわけじゃなくむしろ多作と言ってもよいのですが、自ら監督した作品より、制作(プロデューサー)あるいは製作総指揮(エグゼクティブ・プロデューサー)として関わったものがものすごい量になる。

職業監督として、プロデューサーの思惑通りに、与えられた脚本と決められた俳優を使って映画を作る人がいますが、スピルバーグは早くから自らの映画会社を立ち上げ、自分が思ったように映画作りをする映画作家の一人になりました。

以前に映画作家として、チャップリン、ヴィスコンティ、ヒッチコック、キューブリック、そして黒澤明の5人をあげて全網羅すべきという思いを書きました。最近では、これに是枝裕和が加わっています。

昔から、ほぼリアルタイムで楽しんできたスピルバーグですが、どうしても一部のこどもっぽい作品により、何となく避けていた部分があります。そこで、7人目としてスピルバーグも加えていくかどうか、監督作品に絞ってじっくりと鑑賞してみたくなってきました。

スピルバーグが最初に注目されたのは、元々はテレビ映画として作られた1971年の「激突(Duel)」で、好評により劇場公開されたため初監督作品と位置付けられています。

1975年には「ジョーズ」の世界的なヒットで、その名を一気に広めることになり、「未知との遭遇」、「レイダース失われた聖櫃」と立て続けに話題作を送り出しました。

そして1982年の「E.T.」によりアメリカ映画界を支える無くてはならない存在として確固たる地位を不動のものにすると、「カラー・パープル」、「太陽の帝国」、「オールウェイズ」などの人間ドラマ主体の映画作りに本腰を入れるようになります。

1993年の「シンドラーのリスト」で人を描くことの最初の頂点に達した後は、「アミスタッド」、「プライベート・ライアン」のような人間ドラマと「ジュラシック・パーク」のようなファンタジー物を織り交ぜて発表するようになりました。

21世紀になってもその傾向は続き、近未来的なファンタジーである「マイノリティ・レポート」、「レディ・プレイヤー1」、人間ドラマである「ターミナル」、「ブリッジ・オブ・スパイ」、「ペンタゴン・ペーパーズ」、歴史的な視点から重厚な「ミュンヘン」、「リンカーン」、さらには3DCGアニメなども発表し、バラエティに富んだ制作意欲は衰えることを知りません。

製作総指揮で関与した物には、「グレムリン」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などファンタジー系が多いため、どうしてもVFXを多用したエンターテイメント作家してのイメージが強くなります。

しかし、あらためて監督作品を思い浮かべると、そういった最新技術をうまく利用しているものでも、人を描くことが映画の根底にいつもあるということが言えそうです。登場人物をちゃんと描くことで、見ている者は感情移入でき、より見終わった後の感動を深くするものです。

2020年11月23日月曜日

タケノホソクロバ


・・・の幼虫。蛾の一種。

体長は1.5cmくらい。大きさに比べると長めの毛がたくさん。

オレンジ色の鮮やかな色をしていますが、節に数個の黒い斑点がある。でもよく見ると、この黒い斑点は突起状に隆起していて、これにも短い毛がたくさんあります。

毛虫としては可愛らしい・・・と思って油断すると、実は毛に毒があり、触れるとかなり痛みを伴うかぶれになるらしいので、要注意なんだそうです。

笹の葉を食べて枯らすので、基本的には害虫扱いです。

2020年11月22日日曜日

自宅居酒屋 #27 鶏つくね


焼き鳥の定番のひとつがつくね。

小さい団子状のものと細長い一塊のものがありますが、いちいち串に刺すのが面倒なので、今回は細長いまま。

作り方は簡単。鶏ひき肉をまるめるだけですが、必ず混ぜ込みたいものが、長葱と軟骨。

特に軟骨は、こりこり食感を出すのにマストアイテムと思っています。細かくしやすいヤゲン軟骨を使います。

基本の味付けは、塩と生姜。あとは、ほんの少しだけ砂糖。

写真左上は、スタンダードを約始めるところ。炭火で焼きたいところですが、大変なのでフライパンです。強火だと表面だけ焦げて、中まで火が通らない。弱火だと、肉汁が出てぱさついてしまいます。

中くらいの火加減で、5分くらい。蓋をして中まで火が通りやすくします。そして、最後にバーナーで全体を炙って、焼き鳥らしい焦げ目をつけました。

今回は生姜なしでアレンジつくねも作ってみた。

写真右下は、ごぼう入り。鶏肉とごぼうは相性がいい。甘めが似合うので、味付けは濃縮そばつゆを使ってみました。

右上は、海老入り。むき粗くエビをばらばらにして、桜エビをぱらぱら。味付けは塩だけですが、隠しで山椒を一振り。

大葉で巻いて食べると最高です。

2020年11月21日土曜日

007 / 美しき獲物たち (1985)

ショーン・コネリーが初めてジェームス・ボンドを演じた「トクター・ノオ」から23年、三代目ボンドのロジャー・ムーアも出演7作目でついに最終作。

原作のタイトルは「From a View to a Kill」で、情景から殺戮へ、とでも訳す感じですが、実際の邦題は「美しき獲物たち」となって、誰がどうして考えたのかというところ。もっとも原作の邦題も「バラと拳銃」ですからよくわからない。

監督は引き続きジョン・グレンが担当し、ムーアの最後を飾るべく予算もふんだんに使い、久しぶりに大規模なセットを用意しました。

あと、忘れてならないのは最初からMの秘書であるマネーペニーを演じてきた、ロイス・マクスウェルも本作を最後にシリーズから退きます。おめかしをして競馬場に出かけたりして、いつもよりも華やかな演出は心憎い。

ブレタイトル・シークエンスでは、ソビエトに潜入していた003が、盗み出したICチップとともに雪山で遭難。これを回収にいくのが007です。恒例となったスキー・アクション、さらには登場したてのスノーボードでのトリッキーなスタントの末、イギリスにICチップを持ち帰ります。

そしてテーマ・ソングは、これも当時大人気だったデュラン・デュランで、これまで以上にロック色が濃いタイトルです。今回は本編はブレタイトルからの続きの話で、このICチップが核爆発でもデータが影響受けない特殊なものであり、カリフォルニアにあるゾーリン社製であることから、ボンドは社長のゾーリン(クリストファー・ウォーケン)の内偵を始めます。

ゾーリンの一の部下で、女の殺し屋でもあるメイデイを演じるのは、ポップスターとして有名だったグレース・ジョーンズ。序盤からエッフェル塔でのボンドとの対決があり、かなりインパクトが高い役です。

ゾーリンも、そしてメイデイも、実はソビエトの副腎皮質ホルモン、ステロイドによるドーピングにより、知能・肉体とも常人をはるかに上回る武器として育てられたのでした。しかし、ソビエトを裏切り自ら世界を支配する狂気に取りつかれ、大洪水をおこしてシリコンバレーを一挙に壊滅し、世界の半導体市場を独占しようと画策していたのです。

ボンド・ガールは、TVドラマ「チャーリーズ・エンジェル」で人気になったタニア・ロバーツ。ただし、初登場シーンはあまり印象的な所は無く、途中からボンドと一緒に活躍するんですが、あまり重要な役どころとは云い難い。

何にしても、それなりの興行成績を残し、ムーア・ボンドは終幕を迎えます。このあと、第4代目のボンドにはティモシー・ダルトンが決まり、「リヴィング・デイライツ(1987)」「消されたライセンス(1989)」の2作を送り出します。

この2作でイアン・フレミングのオリジナル・ボンドのネタは完全に使い切ることになり、その後に続くシリーズはフレミングの創作した007というキャラクターを用いた別物という考え方もできる。

そういう意味で、ショーン・コネリー、ジョージ・レーゼンビー、そしてロジャーロムーアの3人の007で基本的には終了でよかったのかもしれない。今の007を否定するつもりはありませんが、スパイ・アクション映画としてのシリーズは、14作までで十分と感じています。