夏季臨時休診のお知らせ
8月14日(金)、8月15日(土)は臨時休診いたします。ご注意下さい。

2020年8月12日水曜日

Oscar Peterson / We Get Requests (1964)

ジャズ・ピアニストにはいろいろなタイプの人がいますが、ちよっと聞いただけですぐに誰とわかるような独特な演奏家も少なくない。


音を間引いて間を作るのがモンクだとしたら、逆に多くの音を出して、時にはトリッキーな超絶技巧を駆使する代表みたいなのが、オスカー・ピーターソンでしょう。


たくさんの音が溢れてくるとうるさいという評価があったり、芸術としては抒情性に重きを置く評論家などからは、軽んじられてきた傾向がありました。しかし、それはあくまでもピーターソンのごく一部(ではありますが、やたらと目立ってしまうところ)でしかありません。


エンターテナーとして、音楽を楽しく伝えたいという現れであって、実際そういう演奏が実に聴いていてスヒード感があって爽快で楽しい。しかし、曲によってはゆったりと気持ちを作り上げていく演奏も少なくありません。


また、歌伴が多い事も、伴奏に徹して主役をしっかりと引き立てることにも長けていることの証になっており、ジャズ史そのものを動かすようなものではありませんでしたが、多くの素晴らしい演奏を残してくれた巨人の一人であることは間違いありません。


50年代前半と末に2回にわたって行われた有名作曲家の代表曲を集めた「Songbook」のシリーズは、初期のキャリアとして重要な功績となりました。誰もが知っている曲ばかりですから、まずはジャス入門としてお勧めしやすい。ただし、曲を残すことに重点が置かれているため、ピーターソンらしさは少し奥に引っ込んでいる感じがします。


ピーターソンの快進撃が聴けるのは、60年代のトリオの演奏から。歴史的名盤とは言えませんが、どれをとっても一定以上の水準でジャズの楽しさが溢れているものばかりです。


特にこのアルバムは、ベースのレイ・ブラウン、ドラムのエド・シグペンとの鉄壁の強調の集大成のような作品。気心知れた仲間と、スタンダードを中心にやりなれた曲ばかりの選曲というリラックスした雰囲気の中で、きっちりとした作品を仕上げようという気心が伝わってくる名盤です。

2020年8月11日火曜日

蒸し鶏で食べる塩パスタ


 昨日のレシピの続きの話。テレビで紹介していた、時短・簡単麺料理です。


こちらも、有名イタリア料理の達人が選んだのは素麺でした。確かに素麺が余ってるというのはよくありますが、イタリア料理だったら、たいていパスタも乾麺がどこの家にもありますよね。どうせなら、そっちの方が美味しいかと、パスタを使いました。


まずは蒸し鶏の作り方。


普通は難しそうなんですが、テレビでやっていたのは、フライパンを使います。水をカップ一杯くらい入れて、もも肉一枚を皮を下にして真ん中に置きます。塩を適量・・・っていうのが難しい。たぶん、1gくらいでいいかと思います。


それと、ポイントは塩は肉に振りかけないこと。肉にかかると、肉の味にムラができますと・・・なるほど。蓋をして10分煮たら、火を止めてさらに10分放置しておくだけでOK。


いやいや、確かにこれだけで、とっても美味しくできますよ。でも、今回はあえて、一晩冷蔵庫で寝かせました。翌日は身が締まって味がさらに凝縮して美味しさ倍増です。


味付けのソースは、鶏を煮た後の煮汁をさらに煮詰めるだけ。とろーっとなるくらいになったらオリーブオイルを加えて出来上がりです。


後は、素麺でもパスタでも麺に絡めて完成なんですが、せっかくパスタを使うので、ちょっと一手間。ソースにニンニク少々、バジルペーストを少々追加してしまいました。


さらにトマトを加えてもいいですよね。今回は、まだまだ余っているカイワレがまた乗っかっています。鶏だしに塩だけというのは、鉄板の味付けで美味しくないわけがない。やっていることは超簡単ですが、あとプラス一手間で、さらにパワーアップしました。

2020年8月10日月曜日

牛だしで食べる素麺


 これは、完全にテレビネタのレシピ。


土曜日にやってました。家庭にいくらでもありそうな麺を使った、簡単な料理をプロの料理人が紹介するという企画。確かに簡単で美味しそうなので、早速試したということで・・・


まず、牛だしの作り方。骨を用意するのはなかなか難しいので、挽肉を使います。卵の白身だけを混ぜておくと、あくを吸着してくれて、より澄んだスープが取れるらしい。ただし、あると思ったら卵が無かったので、白身は使わず丁寧にあくをとりました。


味付けは和風だしとコンソメスープの素を同量。味見しながら量を決定しました。ざるにティッシュをひいて濾したら、十分透明なスープが完成。


挽肉は捨てずに、焼肉のたれとカレー粉を適量使って炒めてトッピングにします。素麺を茹でて、スープが冷えたら麺・スープ・挽肉を合わせ、彩でかいわれをのせて完成です。


確かに簡単。実質、調理にかかった時間は10分程度。普段、あまり出会わない味なんですが、悪くないです。テレビ番組では出演者が感激していました・・・が、それはちよっと大袈裟ですかね。

2020年8月9日日曜日

うがい薬騒動

 

新型コロナウイルス問題で、最近話題になったのが、「ポピドンヨード含有うがい液」の話。


これは、大阪の医療機関が、ウイルス陽性の軽症者にポピドンヨードうがい液による1日4回のうがいをしてもらい、うがいをしないグループと比較した研究結果を発表したことから始まりました。


医療に携わる者として、すぐに感じた問題点がいくつかあります。


まず人、全体の症例数が41名と少ないこと。メディアが取り上げて一般の方にまで話が広がるには、信憑性が高い研究とは言えません。


そして、最大の問題は「水だけでうがい」群が無い事。


うがいをする・・・口腔内を洗浄すれば、口腔内のウイルス量が減少するであろうことは容易に想像できる話で、うがいをする群としない群との比較は、うがい薬の使用の有無に関わらず当然の結果と言えます。


この研究者の方は、うがい薬のウイルスに対する効果を想定した上で、うがいによるウイルス量の減少効果を明言しています。これは、うがい薬使用群とうがい薬非使用群との比較で言える話であって、うがい群とうがいをしない群の比較では意味をなさない。


さらに当然、うがいが感染を予防したと考える研究ではないので、大阪府知事が製品を並べて「うがいをしましょう」と呼びかけたのは、あまりに軽率な行動であったということ。


もっとも、うがい薬が予防に効果が無いというデータも無く(かなり頻回にうがいすれば一定の効果はあるかもしれませんが)、ましてや治療薬としては無意味と言い切る根拠も無いことも事実(たぶんそうなんですが)。


こういう時期に、こういう話は皆が乗っかりやすいので、専門家としては慎重さが求められるところであり、それを安易に取り上げる政治家、メディアの対応にも違和感を感じるものです。

2020年8月8日土曜日

ロゼッタストーン


ロゼッタストーンは、あのナポレオンのエジプト遠征時に、エジプトのロゼッタで発見された石板の呼称。

もちろん、これは本物ではなく、現物はイギリスの大英博物館に保管・展示されています。かなり前に、大英博物館のオンラインストアで購入したレプリカです。

本物は縦114.4cm、横72.3cm、厚さ27.9cm、重量760kgだそうですが、これは1/15スケールくらいで、用途としてはペーパーウェイトですかね。

そもそもこの石碑の歴史的意義の凄さは、これがなかったら今のエジプト考古学は成立しなかったことは間違いないくらいの世紀の大発見だったということ。

発見されたのは1799年。それまでは、エジプトの遺跡から多くの文字風の物が見つかっていましたが、まったく解読する糸口がなく研究者は頭を悩ませるだけでした。

この石碑は、文字がたくさん書かれていますが、上中下に分かれて異なる文字が彫られています。上二つは、古代エジプトで使われているもので、一番上が、遺跡によくみられるヒエログリフ、そして中が民衆文字と呼ばれるデモティック。

特に注目されたのは、一番下。これはギリシャ文字で書かれ、当時はこのギリシャ文字は解読可能であったことから、3つが同じ内容を書いていると想像されたことから、古代文字の解読につながると考えられました。

各国で競争が始まり、一般的には1822年にフランスのシャンポリオンが最初に解読に成功したと言われています。その結果、遺跡にある王名表なども読めるようになり、古代エジプトの正確な歴史が一気に解明されることになったのです。

・・・って、まぁ、古代エジプトに興味が無ければゴミのような話かもしれませんが、小さなこのレプリカを眺めているだけでも、紀元前数千年の人の営みを想像できるロマンが感じられます。

2020年8月7日金曜日

自宅居酒屋 #22 焼き鳥


やっと・・・ついに・・・いよいよ・・・自宅居酒屋の真打登場です。

居酒屋というからには、これ無くしては成立しないくらい定番の料理が焼き鳥。

新型コロナで家飲みの需要が増えてますから、こういうメニューは必須になってきました。

まずは「たれ」ですが、定番中の定番、ねぎまはもも肉。自分的には大好物のハツ。そして、ヤゲン軟骨入りのつくねです。


そして「塩」も無くてはならない。こちらは、砂肝、ねぎまに使ったもも肉からはいだカワ。そしてささみの大葉巻き。

何が面倒って、よくぞ頑張ったと自分を褒めたいくらい、串にさすのが大変。

たれは醤油とみりんと砂糖。こんなに濃くていいのと思うくらいがちょうど良いようです。

本当なら、炭火を起こして焼きたいところなんですが、それはそれで大変なので、今回はオーブンを使用しました。220度で30分です。

ポイントは、ただ焼くと硬くなってしまうので、連続的にスチームをかけたというところ。それと、どうしても焼き色がいまいちなので、最後に皿に並べたところでバーナーで炙って焦げ目を追加しました。

味は・・・かなりいけてます。どうやっても、焼き立ての旨さは何よりも優るという感じ。1本150円~200円でもOK。

でも、仕込みの手間を考えると、あまりしょっちゅう作りたくはならないかな。


2020年8月6日木曜日

Thelonious Monk / Blliant Corners (1956)

ジャズ・ピアノの分野で、圧倒的な異彩を放つ人物が、セロニアス・モンク。

多くのスタンダードになった名曲を生み出したにもかかわらず、自らの演奏スタイルは独特すぎて、モンクの前にモンク無し、モンクの後にもモンク無しという感じ。

モンク作の「ラウンド・ミッドナイト」はマイルスの代表的なレパートリーであり、ある程度有名なミュージシャンで演奏していない人はまずいないくらい有名曲です。

マイルスとの「クリスマスの喧嘩セッション(1954年12月24日)」と呼ばれているエピソードも有名。マイルスと音楽性が合わないためか、単なる不機嫌か、単純にフレーズが思いつかなかったのか、モンクはソロの途中でぴたっと手を止めてしまい、いらだったマイルスがトランペットで乱入してくる模様がレコードになっています。

他にもエピソードに事欠かない「変人」であることは間違いないのですが、ジャズだけではなく音楽界全般に影響を与え、例えばジェフ・ベックのようにロック界で演奏したり、曲名に「セロニアス」と付けてトリビュートしていたりします。ドキュメンタリー映画の監督は、なんとクリント・イーストウッドでした。

モンクの演奏は、緩急、強弱だけでなく、極端に音を減らした多彩な変化を散りばめたもの。不思議な間があり、時には不協和音を混ぜ込んで弾かれるアドリブは、ジャズの中でも孤高の世界を生み出しています。

そこがはまると、「くぅ~、もうたまらん」ということになるんですが、正直言って自分は苦手。何か素直に音楽に乗れない。まぁ、そこは好き好きですから許していただくとして、間違いなくジャズの巨人の一人。

モンクの代表作はいろいろありますが、自分があまり聴きこんでいないので、一般によく出てくる「ブリリアント・コーナーズ」あたりが無難な選択かと。不思議な世界にどっぷりはまりたい方は1954年のソロがおすすめかもしれません。

「ブリリアント」は、ソニー・ロリンズ、クラーク・テリー、マックス・ローチなどのジャイアント集結で、有名になったオリジナル曲中心に収録されていてモンク・ワールドを堪能できます。モンクを大好きになるかどうかの踏み絵としても最適かもしれません。

2020年8月5日水曜日

自宅居酒屋 #21 えのき梅しらす和え


エノキは、どうやっても味がなじむので、食材としては万能選手みたいなところがあります。

今回もエノキなんですが、同じく万能選手の梅干し、しらすと和えてみました。色のアクセントにさらに万能ねぎも加えて、もうある意味完璧な万能クァルテット状態。

エノキは、さっと茹でました。梅干しとしらすと塩味が付いているので、味付けは無し。レシピとして書くことがほとんどありません。

簡単でしょ。

簡単が一番。

その上、旨ければ文句の付けようがない。冷蔵庫にエノキを用意しておけば、ちょっと肴が足りない時には、数分で一品出せるという物です。


2020年8月4日火曜日

アクセルとブレーキ


長かった梅雨が明けて、いよいよ夏。レジャー・シーズンとなり、例年ならうきうきした雰囲気になるところなんですが・・・

新型コロナウイルスの感染を封じ込めることと、経済活動を推し進めることは、車の運転におけるアクセルとブレーキに例えられた話がよく出てきます。

政府が行っているGoToキャンペーンは、停滞した人の動きを活発にして各地で消費行動を主として大きな打撃を受けた観光業を支えるという物。これは当然アクセル。

アクセルを踏めば車はスピードが出ますが、ガソリンを消費して有害物質を放出します(だいぶ減りましたけど)。当然、今の感染状況で、人が動くということは感染が広がることを意味していて、すでに緊急事態宣言後の感染の再拡大がまさにそのエビデンスになっている。

一方、感染拡大を受けて各自治体では、店舗などの営業自粛の要請を再度訴える機会が増えてきています。

ブレーキを踏むと車は停まる。自粛生活は、確実に感染蔓延対策として効果があることも実証されましたが、多くの産業で経済的な打撃が大きく、おそらく緊急事態宣言が数カ月継続したら、半分以上の企業・店舗は倒産・休業・閉店という事態を招くことは容易に想像できます。

また、それぞれの個人についても、自粛による肉体的・精神的な不調も確実に発生していて、すべての人がかつて経験をしたことが無い激変した生活環境は、おそらく現代人としてはとてもすべてを許容することは不可能です。

来週はお盆で、通常なら帰省する人を中心に人の動きがピークを迎えることになります。GoToは継続するけど政府閣僚からは「慎重に」という発言が出ています。アクセルとブレーキを同時に踏めということ。

慎重に行動しろというのは、確かにその通りなんですが、だったらアクセルも慎重にというのが本来であるべきかと思います。

GoToは、東京は除いてスタートとしていますが、実際にはシステム的に難しいところがある。まずは、各自治体内だけで初めて、各地方に拡大し、それでも大丈夫なら全国規模にするというような段階的な拡大とか、やり方はあると思うんですけどね。

帰省そのものは、実家に帰るだけだと観光業は潤いませんから、政府としてはウイルスを持ち運ぶだけと考えているんでしょうかね。

2020年8月3日月曜日

制御不能


もう、新型コロナウイルスの感染の広がりが止まりません。

毎日カウントを確認することは無意味と思わせるほど、どんどん増え続けている感染者数。

日本は言うに及ばず、世界中が規制を緩和する方向に動いている以上、感染者数は減ることはありえない。もう完全に経済活動を最優先に、「生き残った人」だけで地球を回そうということになったかのようです。

1日の確認された感染者数が300を超えようと、400を超えようと・・・もう、危機感を口にしても実際に行動には反映しないようです。一度動き出した人の動きは、緊急事態宣言のような大号令が無い限りは止まることはありません。

政府は考えることは止めたとしか思えないほど、もうほとんど「どうにでもなれ」状態。国中、いや世界中が未曾有の危機的状況にあっても、国会を開く気は無いようです。

何をしても叩かれるなら、もう何もしないと決めたように見える政府のトップの方々は、表に出ることは止めてしまったようです。

今のところ、唯一の拠り所は、4月に比べて重症者数、あるいは死亡者数が、一緒の比率で増加していないという点。医療崩壊は確かに起こっていない。ただし、この状況のまま推移するならです。

検査を増やせば、当然感染者の発見は増えて当たり前。現実に気がつかないだけで、無症候性感染者は、もともといくらでも街中に溢れていることを確認しているということなんでしょうか。

そうはいっても、人の動きが活発になれば感染が広がることは防ぎようがなく、一定の確率で亡くなる方も出てくることは間違いない。そして、そもそも100%の経済活動ができないので、経済の完全な回復は期待できません。

一時的に止めることよりも、長期化する損失を甘んじて受ける方を選んだわけですが、その場合は、もう最大でも2019年までの2/3、いや1/2の景気でこの先何年も生活していく覚悟が必要のようです。

お盆が近づいていますが、少しでも感染の拡大を防ぎたいのなら、帰省については原則禁止ぐらいの号令がかかってもいいかもしれません。

2020年8月2日日曜日

Tommy Flanagan / Overseas (1957)

ジャズ・コンボで、一般にピアノ、ベース、ドラムは伴奏が任務のリズム・セクションと呼ばれます。ベースとドラムは、確かにそうなんで、下手にソロを取られると興醒めということが少なくない。

一方、ピアノは伴奏楽器としても独奏楽器としても活躍するオール・ラウンダーです。ピアニストにはソロで映える人、裏方に回って輝く人、どっちでも臨機応変に活躍できる人などがいます。

フラナガンは、どちらかというと伴奏者として活躍した人で、後年はエラ・フィッツジェラルドの歌伴として有名でした。もともと、コルトレーン、ロリンズらの有名アルバムで参加していて、50年代後半から60年代前半は、気がつくといつのまにか何枚かのレコードで演奏が聴ける。

どんな楽器、あるいはタイプのミュージシャンとも、うまく合わせられる演奏スタイルは特徴が無いという言い方もありますが、優れたセンスの持ち主でそれぞれもアルバムでそれなりの存在感を残しているところは捨てがたい魅力です。

自己のリーダー作はけっこうありますが、あえて取り上げるものは多くはありません。ただし、初リーダー作である「オーバーシーズ」は、ピアノ・トリオの名盤として、必ず選出されます。

基本的にはシングル・トーンで軽やかなメロディを奏でますが、盛り上がりではブロック・コードを多用したり、弾きすぎず弾かなすぎずのバランス感覚はすごい。

また、スタンダードで始まり、のりを掴んだところで、オリジナルでたたみかける構成も見事です。ドラムの若きエルビン・ジョーンズもここでは雰囲気を壊さず好演しています。

2020年8月1日土曜日

たぶん梅雨明け


例年なら、さぁ、8月だ、夏だ、休みだ、バケイションだぁ~

・・・となるところですが、当然のことながら、今年はそれどころじゃない。

昨日、天気図では梅雨前線ははるか東の海上に移動しました。近畿までは梅雨明けということで、関東も今日梅雨明けと言えそうです。

でも、夜中には雨が降りましたし、これが「最後っ屁」だといいんですが・・・

まぁ、梅雨が明けたとしても、今度は猛暑の辛さが待っていると思うと、マスクの常用という足かせ(口かせ?)も加わって、素直に喜べないところもあります。

ただ、例年より長かった梅雨のじめじめが終われば、まだその方がましというところ。

各地でも、長期の豪雨によるたくさんの被害が出ましたし、とりあえず晴れないことには不安が拭えません。


2020年7月31日金曜日

Walter Bishop Jr. / Speak Low (1961)

よく言われることに、日本人はジャズの中でもピアノ・トリオが好きなんだそうです。

確かに否定できない。何故かと説明はできないのですが、ピアノ・トリオは聴きやすい。BGM程度に聴く時でも、本気で集中して聴く時でも、良い物は良いという感じ。

それと、ジャズの世界でも「一発屋」はいるもので、他はほとんど評判にならないのに、やたらと人気のある一枚を持っている人がいる。

そんなピアノ・トリオの名盤の一枚がウォルター・ビショップJRのこの1961年のアルバム。

後にコルトレーンの黄金時代に活躍するベースのジミー・ギャリソンも、この時はまだほとんど知られていません。ドラムはG.T.ホーガン・・・って誰よ、という布陣。

ビショップはチャーリー・パーカーとも共演した、それなりに実績を持っているピアニストなんですが、これといったアルバムは以前にも以後にもほとんど見かけません。

ビショップのビアノは、シングルトーンで転がすわけでもなく、ブロックコードでバリバリに弾くわけでもない。スピード感はあるのに、どちらかと言うとクラシックに近いような、重厚な流れるようなフレーズが多く、全曲スタンダードで選曲はとっつき易い。

全体にわたって、ライブのような熱気をはらんだ演奏が続き、多くのミュージシャンが取り上げる有名曲でも、緊張感のある名演と言える溌剌とした演奏が聴けます。

これに気をよくして、他のビショップのアルバムに手を出すと、うーん、まぁ取り立ててどっちでもいいかなという感じで期待した分残念な感じになります。

結局、このアルバムに戻って安心するわけで、この一枚だけで永遠に忘れられないピアニストの一人に数えられるのでした。

2020年7月30日木曜日

安楽死殺人


最近の医療関係の話題と言えば、当然ほとんど新型コロナウイルス関連なんですが、そこへ「安楽死殺人」という衝撃的な事件が急に登場してきました。

もちろん、関係者では無いので、表面的にニュースで伝えられていることしかわかりませんが、簡単に話を整理すると・・・

筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者さんが自ら死を望んで、ネットで安楽死を依頼。実際に、引き受けた医師が薬物投与により患者さんを死に至らしめたというもの。

そもそもALSは神経難病で、発症すると通常全身の筋肉が動かせなくなり、治療法が無いため5~10年以内に呼吸の筋肉も使えず死に至るとされています。

罹患した有名人としては、野球のルー・ゲーリック氏、物理学者のスティーブン・ホーキング氏、また最近では美容家の佐伯チズさんなどが知られています。

正直言って、ALSの診断が下れば、患者は確実に死に向かう事が決定し「絶望」しかない。残りの人生を有意義に過ごしたくても、自分でできることはどんどん減ってしまい、今回の患者さんのように「無理やり生かされている」と考えることも否定しようがない。

一人の人間としては、「生きる権利」と共に一定の条件のもとに「死ぬ権利」も存在することは認めざるをえないところなんですが、ALSの患者さんは基本的に自ら死を選びたくても、肉体的に不可能です。

しかし、現在の日本の法律、および日本人の考え方として、安楽死は極めて厳格な条件の下でしか認められていません。少なくとも、患者さんが望んでいたことが明確であったとしても、患者さんの死に手を貸せば、医師であろうと「殺人」あるいは「殺人幇助」の罪に問われることは間違いありません。

人の命を助けることが医師の使命ならば、当然「安楽死」は医療とは呼べませんが、病気などから人の苦しみを助けることが医療の役目と拡大するならば、安楽死も一つの手段として成立するのかもしれません。

少なくとも、そこには患者さん、およびその家族らとの繰り返しの話し合いがあって、関係者全員が他に手段が無いことを確認し納得していることは絶対に必要。それでも、延命手段を中止するという消極的な方法しか現実的な選択肢はありません。

安楽死を認める国もありますが、少なくとも自分の倫理観の中では、積極的に人が死ぬ行為が通常の医療の一部として認知されることはありません。

今回のような、普段治療に当たっていた主治医以外の医師が、金銭授受を介して安楽死を実践したのが事実であるならば、殺人以上でも以下でもありません。医療関係者としては、極めて残念なニュースだということです。