2020年2月29日土曜日

ドライフラワー


積極的に花を愛するわけではないので、いつでも家の中に花があるなんてことはありません。

たまに花があると、せっかくだから、萎びてしまってもドライフラワーにならないかと思ったりします。

正式にはいろいろとテクニックがあるんでしょうけど、逆さにして勝手口につるしておくだけ。

2週間くらいして、忘れたころにかぴかぴに乾いていて、物によってはそれなりになっています。

とりあえず、小さな一輪挿しに飾ってみた・・・トイレの中ですが。

まぁ、あっさりしてますが、何となく様になっている感じ。自己満足的なものですけど、悪くは無いかなと。


2020年2月28日金曜日

Valery Gergiev LSO / Mahler Complete Symphonies (2007-2011)

モスクワ出身のロシア人、ヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev, 1953-)の初期の功績の一つはアンナ・ネトレプコを世に送り出したことかもしれません。日本の地方オケとも多数の共演をしてきましたが、2007年にロンドン交響楽団の首席指揮者に就任すると、すぐさまマーラーの交響曲に手をつけました。

ロンドン響は、これまでに多数のマーラー作品に関わってきましたが、同一指揮者による全集はゲルギエフが初めてです。ショルティとのプロジェクトは、ショルティがシカゴに転出したことで頓挫しています。

21世紀の全集らしく、このシリーズもSACDで高音質化が図られ、またロンドン響の自主レーベルからのライブ録音による登場です。ボックス化されても、全10枚ということからもわかるように、比較的速めの演奏。

2007年
第6番
第3番 アンナ・ラーション

2008年
第1番、第7番、第10番(アダージョのみ)
第2番 エレーナ・モシュク、ズラータ・ブルィチェワ
第4番 ラウラ・クレイコム
第8番 ヴィクトリヤ・ヤーストレボワ、アイリッシュ・タイナン、リュドミラ・ドゥディーノワ、リリ・パーシキヴィ、ズラータ・ブルィチェワ、セルゲイ・セミシクール、アレクセイ・マルコフ、エフゲニー・ニキティン

2010年 第5番
2011年 第9番

なんと、6曲は2008年に集中的に一気に収録されています。首席就任直後からのこのハイペースを、乗りに乗ったものとして良しとするのか、練り込み不足で悪いと思うのか、意見が割れるところかもしれません。

特に6番、7番当たりのテンポは、明らかに「速め」を通り過ぎた演奏で、ゲルギエフ本人は重くならないように心掛けたと語っていることがテンポに表れているようです。

ゲルギエフは、早くも2016年からは、今度はミュンヘンフィルの自主レーベルで第2番、第8番、第6番を録音していて、こちらも全集化を視野に入れているような動きになっています。だとすると、ロンドン響とのゼ週には満足していないのかもしれません。

2020年2月27日木曜日

田園都市リウマチフォーラム中止

WHO Situation Report より

仮にも医者が書いているブログで、内科医ではないと言っても、昨今の新型コロナウイルスの問題は避けては通れない。

現実に、マスク不足、消毒用アルコール不足は深刻で、実際の診療の現場にも影を落としており、各種の講演会・会合も軒並み中止されている状況です。

実は、昨夜は自分たちが世話人として携わっている「田園都市リウマチフォーラム」の第28回の予定でしたが中止しました。今回は初めての試みで、複数の演者による講演と、パネルディスカッションによる在宅リウマチ患者の問題を取り上げる予定で、かなり企画としても練ってきた内容でした。

登壇を依頼していた先生、また出席を予定してくださった先生方には大変ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。この内容は、必ず再度実現できるようにいろいろと調整をしていけるように努力いたします。

感染症そのものは、大多数(80%程度)は通常の風邪程度で終わっていますが、もちろん重症化し、中には死亡する場合も数%発生しています。だからといって、季節性のインフルエンザと物凄い差があるわけではなく、やたらと怖がる必要はありません。

一番怖いのは、根拠のない自信に基づいて自己を優先し、その結果として大流行を招いたり、流行が遷延化していく事態になることだろうと考えます。少なくとも治療薬が確立できるまでには、どんなに早くても半年から1年は必要です。

つい先日、厚生労働省、およびその専門家会議などから、一部の地域での散発的な発生から大流行に移行するかどうか、今の時期が大変に重要であるという主旨の発表がありました。

本来、すべての集団活動行事を禁止できれば話は簡単ですが、経済活動も止めてしまうことは現実的に不可能ですし、昨今の「人権優先」ばかりが先行する時代では、猛烈な抵抗が出ることは容易に想像できます。

でも、個々が可能な限り行動を自粛していかないと、韓国の爆発的な患者増加の事例を見るまでもなく、早期の収束は見込めません。日本の場合は、夏のオリンピック開催という国民的・国際的行事が控えているだけに、より深刻に受け止める必要があります。

イベントの類は、天災等による中止の保険は入っていても、感染症流行に対しての保障は無いため中止できないという話がありますが、もっとも感染の拡散を引き起こす場でもあるので、政府は何らかの中止による損害の補填を検討しても良いかもしれません。

メディアは、いろいろな早期の対応のまずさを批判する内容の報道をよくしています。もちろん重要なことではあると思いますが、例えばクルーズ船内の現場で実際に対応した方々の情報が少ない中での努力は測り知れないものがあると思いますし、デマに近いものまで含めて報道して不安を煽る側面が強くなっているので注意が必要です。

2020年2月26日水曜日

Paavo Jarvi Frankfurt RSO / Mahler Complete Symphonies (2007-2012)

エストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Jarvi, 1962-)は、父親がネーメ・ヤルヴィです。爆演でおなじみのネーメの息子ですが、こちらは比較的理論家であまり無茶はしません。

最近はNHK響の首席指揮者に就任したので、日本ではお馴染みの指揮者です。外見はこわもて風なんですが、繊細な音楽作りをする指揮者です。

フランクフルト放送交響楽団は、1929年にフランクフルト市のヘッセン放送協会が設立したもので、hr放送響という名称もしばしば見受けられます。インバルは、ここの名誉指揮者でもあります。

このセットの特筆すべき点は、すべてが映像作品であること。DVD、BDでの発売のみで、マーラー交響曲ビデオ全集は、同一指揮者によるものとしてはバーンスタインに次いで2つめ。同一指揮者・同一楽団によるものでは世界初だと思います。

クラシック音楽のように、画面の動きが少ないと映像は軽視されがちですが、マーラー作品では作曲者自ら楽団のメンバーの動き方を指定したりしているので、ビジュアルもかなり楽しめます。以前に、このセットに触れた時に、フルート奏者がすごい美人で映っている時間も多い。

この人はクララ・アンドラーダで、最近はソロとしても活躍していて、美人な外見だけでなく、実力も評価されたフルート奏者として世界的にも注目されています。

2007年 第3番 ヴァルトラウト・マイアー
2008年
 第4番 ゲニア・キューマイアー
 第10番(アダージョkn)
2009年 第9番
2010年 第2番 カミラ・ティリング、リリ・パーシキヴィ
2011年 第5番、第7番
2012年 第1番
2013年
 第6番
 第8番 エリン・ウォール、アイリッシュ・タイナン、アンナ・ルチア・リヒター、アリス・コッテ、シャルロッテ・ヘレカント、ニコライ・シューコフ、ミヒャエル・ナジ、アイン・アンガー

独唱者としては、第3番のマイヤー、第2番のティリングなどが注目です。また、それぞれにヤルヴィのインタヴューが付属していて、しかもなんと輸入盤でも日本語字幕もついている。これがなかなか興味深い。

惜しくも全集とは呼べないアバドのルツェルンでの選集とともに、マーラー物としては大変価値のある重要なセットと言えます。

2020年2月25日火曜日

Jonathan Nott Bamberger SO / Mahler Complete Symphonies (2003-2011)

ジョナサン・ノット(Jonathan Nott, 1962-)はイギリス人。詳しい活躍の情報はあまり見当たらないのですが、2000年にバンベルク交響楽団の首席指揮者となり、マーラーの交響響全集を完成させました。2014年からは東京交響楽団の音楽監督に就任しているので日本では比較的知名度が高まっています。

ちなみに、マーラー物でおなじみの東京都交響楽団(略して都響)とは別物の団体で、映画会社の東宝が作ったもので略する時は東響とするようです。

21世紀のクラシック音楽業界のこの手のプロジェクトは、もうSACDが当たり前になっている感があります。ただし、昨今のご時世を見ていると、特別なハードを必要とするSACDよりも、ハイレゾ配信の方が盛んになっているように思います。

それはさておき、バンベルク響は第2次世界大戦後に、ドイツからチェコに逃れていた音楽家を中心に結成されたオケで、ある意味マーラー演奏の伝統が無い分、実直にノットのマーラー解釈を現実化させているということのようです。

そのノットの解釈ですが、基本的には楽譜をしっかりと読み込み、マーラーの細かい指示の意味を実践しているようです。けして感情に走る演奏ではなく、丁寧に音を積み上げていく感じ。ただし、そこから全集を作る価値、または独自性を出すことは難しい。ちょっと間違えれば、音質が良いだけの音楽になってしまいます。

全体的には、特に演奏時間が長いわけではないのですが、比較的ゆったりした感じの演奏で、各楽器のそれぞれの音がわかりやすい。マーラーがしばしば指示に使った"nicht eilen (急がない)"を実践しているのだろうと思いました。

2003年 第5番
2006年 第4番 モイカ・エルトマン
2008年
第1番、第6番、第9番
第2番 アンネ・シュヴァネヴィルムス、リオバ・ブラウン
2010年
第3番 藤村実穂子
第8番 ヤニナ・ベヒレ、ミハエラ・カウネ、マリソル・モンタルヴォ、マヌエラ・ウール、リオバ・ブラウン、シュテファン・フィンケ、ミハエル・ナジ、アルベルト・ドーメン
2011年 第7番

個人的には第3番で藤村実穂子が登場しているのが嬉しい限りです。

第10番は含まれませんが、全集ボックス完成後の2018年にアダージョのみの東響との演奏が登場しています。

「大地の歌」は2016年に、すでに紹介したヨナス・カウフマンの独唱、ウィーンフィルによるものも評判になりましたが、同じ2016年にバンベルク響とのものも最近登場しました。こちらはスティーヴン・ガッド(Br)、ロベルト・サッカ(T)というよくある組み合わせです。

2020年2月24日月曜日

David Zinman TOZ / Mahler Complete Symphonies (2006-2010)

デビッド・ジンマン(David Zinman, 1936-)は、マーラー交響曲全集を完成させたもう一人のアメリカ人指揮者。

1958年からピエール・モントゥーに師事し、モントゥーの助手を務めながら腕を磨きました。1965年以後、ネーデルラント室内管、ロチェスター・フィル、ロッテルダム・フィル、ボルティモア響などで活躍し、1995年にチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督に就任。古楽奏法を取り入れるモダン・オーケストラに育て上げました。

マーラー交響曲全集は、大手の旧RCAでセッション録音されましたが、SACDで角笛交響響と呼ばれる1~4番を一気に2006年に収録していることから、事前に十分実演もしていて周到に準備されたものだろうと想像します。

ただ、2010年の生誕150年、2011年の没後100年に間に合わせるという意図は感じられ、スタートダッシュの急ぎすぎは否定できないところ。

ボックス化される頃にRCAがSony Classicalに吸収され、Sonyから通常CDによる廉価版ボックスが登場していますが、これは音質の低下が著しいという評判ですので注意が必要。

2006年
第1番 + 花の章
第2番 ユリアーネ・バンゼ、アンナ・ラーション
第3番 ブリギット・レンメルト
第4番 リューバ・オルゴナソヴァ
2007年 第5番、第6番
2008年 第7番
2009年
第8番 メラニー・ディーナー、ユリアーネ・バンゼ、リサ・ラーション、イヴォンヌ・ナエフ、ビルギット・レンメルト、アンソニー・ディーン・グリフィー、シュテファン・パウエル、アスカー・アブドラザコフ
第9番
2010年 第10番 カーペンター版

第1~8番は、あまり個性は感じませんが、素直な明朝体の演奏です。良好な音質によって、大変聴きやすくスタンダードな演奏になっています。

第9番は出だしが妙にゆっくりで、あれっという感じですが、途中から普通になる。第10番は全曲版としては一番多く演奏されているクック版ではなく、最も早くに発表されたカーペンター版を使っています。

国際マーラー協会は、補筆版はマーラーの意に反すると批判し、第1楽章のみを正当な物としています。特に、カーペンター版は、ほぼ総譜が完成していたアダージョ(第1楽章)もいじっていて、補筆と言うよりは編曲版と批判されることが多いもので、この録音は珍しい。

2020年2月23日日曜日

Michael Tilson Thomas SFSO / Mahler Complete Symphonies (2001-2009)

マイケル・ティルソン・トーマス(Michael Tilson Thomas、1944-)は、バーンスタイン後のアメリカ人指揮者としては最も知られた存在。

1969年のボストン響を皮切りに、ニューヨークフィル、ロサンゼルスフィルで研鑽を重ね、1988年にロンドン響の首席に就任しました。1995年からは、現在に至るまでサンフランシスコ響の音楽監督を務め、マーラー全集をはじめ、何度もグラミー賞を受賞する名演を残しています。

とはいえ、20世紀にマーラー全集はたくさん登場し、単発物では猫も杓子もマーラーを取り上げる時代ですし、ましてCDの売り上げもどんどん減っていて大手のレコード会社もそうは簡単に全集のプロジェクトにコーサインは出しません。

そこで、サンフランシスコ響は自主製作盤を道を選択します。マーラー全集は2001年にスタートしたライブを順次、優秀な録音で、しかもSA-CDで発売しました。最終的に2011年にボックス化されましたが、おそらく最も高価な全集かもしれません。

1996年 嘆きの歌(3部構成)
2001年 第1番、第6番、亡き子をしのぶ歌 ミッシェル・デ・ヤング
2002年 第3番 ミッシェル・デ・ヤング
2003年 第4番 ローラ・クレイコム
2004年 第9番、第2番 イザベル・ベイラックダリアン、ロレイン・ハント・リーバーソン
2005年 第5番、第7番
2006年 第10番(アダージョのみ)
2007年 大地の歌 スチュアート・スケルトン、トーマス・ハンプソン
2008年 第8番 エリン・ウォール、エルザ・ヴァンデン・ヒーバー、ローラ・クレイコム、カタリーナ・カルネウス、イヴォンヌ・ナエフ、アンソニー・ディーン・グリフィー、クィン・ケルシー、ジェームス・モリス
2009年 さすらう若人の歌、リュッケルト歌曲集、少年の魔法の角笛(抜粋)
スーザン・グラハム、トーマス・ハンプソン

なお「嘆きの歌」は、本来は今回のプロジェクト以前の録音ですが、リマスターされ再登場したものです。

まず、最初にわかるのは、圧倒的に音質が良いということ。一つ一つの楽器の分離が鮮やかで、響きが豊かなのに音が潰れていない。日頃から使い慣れてホールの特性を熟知したエンジニアが相当神経を使った仕事をしているんだと思います。

全集としては、オーケストラ物は歌曲も含めてほぼ揃いますが、惜しむらくはここまで取りまとめたのに「少年の魔法の角笛」だけ抜粋にしてしまったこと。どうせなら、全曲やろうという話にならなかったのが不思議でならない。

演奏は、基本的に素晴らしい。オケの面々は、高音質に耐えうる確かにテクニックを持っていることを感じます。ただ、実は内容的にはちょっと馴染めませんでした。

例えば、バーンスタインが毛筆書体だとすると、アバドは楷書体。シャイーは明朝体という印象なんですが、トーマスはゴシック体なんです。それもブーレーズのようなかっちりしたゴチックではなく、独特の変形をところどころに入れた変わり種のゴチック。

さらに言うと、アナログなバーンスタインと違い、トーマスはデジタル。一つ一つの音を正確に計画通りびしっと置いていくような几帳面さがある一方で、あちこちで間やテンポを変えてくる。自主製作ということもあってか、やりたいようにやっているんでしょうね。

この変化が聴いている側の感性とマッチすれば大傑作なんですが、一度ずれてしまうとけっこう聴いていて気になってしかたがない。初めてマーラーを聴くなら問題ありませんが、やはり慣れていると先入観というものがどうしても邪魔してしまう感じです。

というわけで、初めてのマーラーとしてお勧めですが、アバドから入った自分には違和感の残る演奏という結果でした。

2020年2月22日土曜日

モンブラン マイスターシュテュック


たぶん、数ある万年筆の中で、最高峰とされているのは、ドイツの万年筆メーカー、モンブランが作っているマイスターシュテュックと呼ばれるシリーズ。

meisterstückとは、まさに「見事な作品」という意味で、まさに「傑作」と自画自賛したネーミング。特に、モデルナンバー149は、その名に恥じない名作として、1924年に登場して以来、不動の人気を誇っています。

万年筆にとって命であるペン先は、18金。さすがにスティールペンとは一味も二味も違った、柔らかく滑らかな書き味です。

キャップをした時の本体の長さが149mmということから名前が付きましたが、キャップのトップにはモンブラン山の雪を象徴する白いホワイトスターが入り、ペン先には標高である4810の数字が刻まれています。

故ケネディ大統領も愛用したと言われ、国際的な調印式などでもしばしば登場する逸品なんですが、何故か自分も一本持っている。

もう30数年前のことですが、医者になって2年目の時に先輩から記念品として戴いたもの。その頃は、当然パソコンは一般に出回り始めたころで、普通に紙と筆記具がメインで使われていました。

当時は、何か高そうなペンをもらったというくらいの意識しかありませんでしたが、キチンとしたメンテナンスをしていたわけではないのに、今になってもまだまだまったく問題なく使えます。

手にしてみると、自然と字を書いてみたくなるし、一つ一つの線や点をしっかり書くので字がうまくなった気分になります。

パソコン文化に慣らされて、字は書くことよりも打つことが多くなってしまった現代ですが、こういうところがアナログを捨てきれないポイントの一つだと思います。

2020年2月21日金曜日

Edo de Waart RFO / Mahler Complete Symphonies (1992-1995)

オランダといえばコンセルトヘボウにどうしても目や耳がいきがちですが、当然他にもしっかりとしたオーケストラはあります。

エド・デ・ワールト(Edo de Waart, 1941-)はオランダの指揮者で、コンセルトヘボウ管のオーボエ奏者でしたが、1964年にミトロプーロス指揮コンクールで優勝し(アバド優勝の翌年)、ニューヨーク・フィルでバーンスタインの助手をしました。その後ハイティンクのもとコンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者助手として実力を蓄えました。

そこからは、ロッテルダム・フィル、サンフランシスコ響、ミネソタ管などの首席指揮者、音楽監督などほを経て1989年にオランダ放送フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者に就任しました。この時期に、ワールトは一気にマーラーの交響曲全集をライブで完成しました。

1995年以降は、シドニー響、香港フィル、ミルウォーキー響、ロイヤル・フランダース・フィル、ニュージーランド響などで活躍し続けています。超有名とはいえないまでも、着実に実績を積み重ね多くのレコーディングもこなしています。

オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団(Radio Filharmonisch Orkest, RFO)は、オランダ放送協会(NOS)が戦後に設立したもので、ハイティンクも音楽監督を務めたことがあります。ワールトの後は、ズヴェーデン、シュテンツが監督を務め、2019年からは美人の女性指揮者カリーナ・カネラキスが就任したのも話題になりました。

マーラー全集は、第10番は含まれません。すべてライブ・レコーディングで、場所はコンセルトヘボウ。ホールの豊かな響きが、より音楽の奥行きを深めています。

1992年 第5番
1993年 第4番 第2番 第1番
1994年 第6番 第7番 第8番
1995年 第3番 第9番

話題性と言う点では、やや低くなってしまいますが、コンセルトヘボウだけではないオランダのオーケストラの底力を感じます。

全体的には素直な演奏ですが、録音のせいなのか管楽器が少し弱い感じがところどころであります。第10番と「大地の歌」まで含まれていれば、全集としてかなり評価が高まったかもしれません。

2020年2月20日木曜日

とんかつ


海老をパン粉で包んで揚げたもの・・・エビフライ

牡蠣ををパン粉で包んで揚げたもの・・・カキフライ

烏賊をパン粉で包んで揚げたもの・・・イカフライ

 内野を超えてたかく上がったボール・・・外野フライ

なんですが、

豚肉をパン粉で包んで揚げたもの・・・

とんかつ、じゃないですか。

豚フライとは言わない。なんでっ?

何でかはわからないけど、とんかつの「とん」は豚、「かつ」はカツレツであることはすぐにわかる。

カツレツは、細かいパン粉をまぶして焼いたり揚げたりするフランスの肉料理のコートレットから来ています。

それでなのか、肉系の場合は「かつ」が使われるようですね。

ビーフカツ、チキンカツ・・・メンチカツ、ハムカツとか。

ふぅ~ん。

2020年2月19日水曜日

若杉弘 都響 / Mahler Complete Symphonies (1988-1991)

日本の唯一の純国産全集は、たった一つだけ。それが若杉弘指揮、東京都交響楽団の演奏です。おそらく、バブル期だから完成できたもので、今後はもう純国産で全集というのは商業ベースでの登場は期待できません。

若杉弘(Hiroshi Wakasugi 1935-2009)は小澤征爾と同い年で、声楽出身で小澤と同じく斉藤秀雄に指揮法を師事しました。東京響、読売響、N響を経て1977年にケルン放送響の首席となり、ドイツ語圏の有名なオケにたびたび客演して名を上げました。

1986年に東京都交響楽団の音楽監督・首席指揮者を務めるかたわら、チューリヒ・トーンハレ管の首席としても活躍しました。

マーラーの全集は、サントリーホールの開場10周年を記念したチクルスで、1988年から1991年までの正味3年間に新ヴィーン楽派との組み合わせのプログラムとして企画されライブ収録されたものです。

1988年 第5番
1989年 第6番、第7番、第1番
1990年
第2番 佐藤しのぶ、伊原直子
第3番 伊原直子
第4番 豊田喜代美
1991年
第8番 佐藤しのぶ、渡辺美佐子、大倉由紀枝、伊原直子、大橋ゆり、林誠、勝部太、高橋啓三
第9番、第10番(アダージョ)、大地の歌 田代誠、伊原直子

カタカナが無いことにある意味感動します。よくぞ、日本人だけでやれました。それだけで拍手喝采です。佐藤しのぶさんは、昨年亡くなったのは一般のニュースでも流れました。

若杉のマーラーは他に2枚のCDが残されています。
1983年 第9番 ケルン放送響
1986年 第1番 シュターツカペレ・ドレスデン

全集のポイントの最初は、第1番。第2楽章に「花の章」を入れ込んでの演奏は、交響曲第1番と呼ぶより、その原型にあたる交響詩「巨人」に近いもの。ただし、作曲家自身が破棄したアイディアを採用することには賛否両論、と言うより否定的な意見の方が多いと言わざるをえない。

そしてもう一つは、第2番。これも第1楽章を、原型である「葬礼」に入れ替えての演奏。「花の章」にしても「葬礼」にしても、あくまでも参考としておまけに付加するのは良いとして(例として小澤の1977年の第1番がある)、完成楽譜が無い形のものは疑問が残ります。

これらを除けば、いずれも一定以上の水準を保った演奏だと思います。オーケストラが下手という評価をする人がいますが、それほど気になるようなミスは無いと思いますけどね。

都響は、この後ベルティーニ、インバルらともマーラーを演奏することになります。日本でマーラー演奏に関しては、最も実績を残すオケに成長しています。

録音に関しては、よく言われている独唱が聴きずらい(特に第8番)ことは確かにその通りですが、ライブ収録であることもあり、しょうがないとあきらめることができる範囲です。それでも、伊原の歌唱はさすがに貫禄があり素晴らしい。

箱入りのセットはかなりプレミアがついていますが、バラだとそれぞれ1000円程度で入手できます。日本のマーラーを語る上では、はずせないセットであることは間違いない。

それにしても、この当時の日本のクラシック・コンサートに詰めかけた聴衆は、まるで先を争うかのように終わったとたん「ブラボー」を叫ぶのは本当にうんざりします。ほとんどの曲で、もしかしたら同じ人かと思うような叫びが入っているのが残念過ぎる。

2020年2月18日火曜日

小澤征爾 Boston SO / Mahler Complete Symphonies (1980-1993)

小澤征爾 (Seiji Ozawa 1935-)は、おそらく日本人として世界的に知られた指揮者としては頂点に立つ存在です。国内では有名、あるいは海外でも活躍する指揮者はいますが、小澤ほどの存在は皆無と言っても異議を挟む者はいないでしょう。

満州で生まれた小澤は、1951年成城学園高校に進学した際に、斉藤秀雄の指揮教室に入門。斉藤により設立した桐朋学園に転入、卒業後指揮活動を開始します。1959年、単身フランスに渡り、カラヤン指揮コンクール優勝を果たしカラヤンに師事。さらにアメリカにわたり1961年にはニューヨークフィルの副指揮者となってバーンスタインにも師事します。

この後、NHK響に招かれますが、ツアーの途中で団員からボイコットされるという屈辱的な事件が発生しました。小澤の慢心と若い指揮者に対する寛容さを持たなかった楽団側との溝が原因だったようですが、結果として小澤を世界に向かわせ飛躍させるきっかけとなったことは間違いない。

その後シカゴ響、トロント響、サンフランシスコ響などとのキャリアを積み、1973年にボストン響の首席指揮者(2002年まで)に就任しました。また1984年に、恩師斉藤秀雄没後10周年に世界中で活躍していた門下生を集めたオーケストラを結成し、日本のスーパー・オーケストラとして活動を開始しました。

2002年のウィーンフィルのニューイヤー・コンサートを日本人として初めて指揮したことは大きなニュースになり、クラシックを聴かない日本人にも小澤の名前は深く浸透することになりました。しかし2005年以後体調を崩すことが多くなり、2010年食道がん、2011腰部椎間板ヘルニアで手術。現在は体調を見ながらサイトウ・キネン・オーケストラを中心に活動しています。

小澤は経歴からもカラヤンとバーンスタインの両方から影響されていますが、マーラーについては、当然バーンスタインがきっかけにありそうです。ボストン響時代にPhilipsで全集を完成させています。

1980年 第8番
1986年 第2番 キリ・テ・カナワ、マリリン・ホーン
1987年 第1番、第4番 キリ・テ・カナワ
1988年 亡き子をしのぶ歌 ジェシー・ノーマン
1989年 第7番、第9番
1990年 第5番、第10番(アダージョ)
1992年 第6番
1993年 第3番 ジェシー・ノーマン

全集に向けて最大の難関である第8番を真っ先に録音していたわりには、次まで6年間開いているのは何か理由がありそうですけど、その後からは順調に事は進行したようです。

指揮をしている姿はバーンスタインを彷彿とさせるものがありますが、音楽解釈は奇をてらったことは無く、歌うところは歌う、元気な所は元気に素直な演奏をしていると思います。

Philips全集以外に見つけた小澤マーラーは以下の通り。

1977年 第1番 + 花の章 (DG-CD) ボストン交響楽団
1989年 第2番 (ネット動画) ボストン交響楽団 伊原直子、ヘンリエット・シェレンベルグ
1995年 第2番 (ネット動画) 新日本フィルハーモニー交響楽団(+ ボストン交響楽団、シカゴ交響楽団)
キャスリーン・バトル、フローレンス・クィーヴァー
1999年 第2番 (ネット動画) サイトウ・キネン・オーケストラ ナタリー・シュツットマン、大倉由紀枝
2000年 第2番 (SONY-CD) サイトウ・キネン・オーケストラ ナタリー・シュツットマン、菅英美子
2001年 第9番 (SONY-CD、ネット動画) サイトウ・キネン・オーケストラ
2002年 第9番 (ビデオ) ボストン交響楽団
2008年 第1番 (DECCA-CD,ビデオ)サイトウ・キネン・オーケストラ

最近の小澤の様子からして、今後マーラー物が新たに登場することは期待できないかもしれません。現状で最後のマーラーである2008年は、ビデオも発売されていて、サイトウ・キネン・オーケストラが、アバドのルツェルンのように、スーパー・オーケストラと言われる所以がよくわかります。

クラリネットのカール・ライスター、フルートのジャック・ズーン、ハープの吉野直子、ヴィオラの清水直子、ティンパニーのライナー・ゼーガース・・・などなど、すごいメンツが集まっています。

最後に小澤が、コンマスだけでなく、段の上まで回ってほぼ全員と握手する光景は素晴らしい。指揮をできる喜びが伝わってきます。N響事件がなければ、今のこの小澤の姿は無かったことを実感できますね。




2020年2月17日月曜日

Emil Tabakov Sophia PO / Mahler Complete Symphonies (1987-1993)

エミール・タバコフ(Emil Tabakov 1947-)は、ブルガリアの指揮者。ソフィア・フィルハーモニー管弦楽団は、ブルガリアの国立オーケストラですが、両者とも日本語の情報はほとんど見つけられません。

タバコフはコントラバス奏者出身で、作曲家としての活動の方に重点をおいているようで、自作の交響曲はすでに10番まであるようです。

この全集は、数ある中で一番低価格と評判。独唱者は全部確認できていませんが、ブルガリア純国産マーラー全集という意味での価値があるセットです。

1987年 第2番、第10番(アダージョ)
1988年 第5番
1989年 第1番、第7番
1990年 第4番、第3番
1991年 第9番、第8番
1993年 第6番

ぶっちゃけ、残念ながらこのセットはあまり話題に上らない。好きな演奏のランキングみたいなもので無視されていることも珍しくありません。

一つは、指揮者、オーケストラの知名度の問題がある。そして、もう一つは、録音の問題が大きいと思いますが、マイクが遠く、ダイナミック・レンジが狭い。ホールの最深部で聴いている感じで、オケまでの距離がかなりある印象。ただし打楽器は強めというバランスの問題はありそう。

マーラーは舞台裏にバンダと呼ばれるオケの別動隊を用意して、音の遠近感をうまく出す手法を用います。第1番は、オケ全体がバンダになってしまい、ずっと朝もやが晴れずに進行。最終楽章でやっと目が覚めるというところ。第2番でも音が遠い。特に管楽器。

全体に速めの設定で、てきぱき進んでいく演奏です。ところどころで演奏は平坦な感じがしますが、逆に第6番には凸凹感が強いところもあります。

第9番だけは、思い切り遅い演奏です。91分越えは、下手するとバーンスタイン以上。

オケの技術的なことを云々する批評が散見されますが、少なくとも商品として成立するレベルでしょうし、それなりの頑張りは感じられます。おそらくタバコフの表情付けが強いところがあり、聴いていて違和感を感じることが多々あることが関係しているのかもしれません。





2020年2月16日日曜日

Marris Janssons / Mahler Symphonies

現代のマーラー振りで、マリス・ヤンソンスの名前を忘れてはいけません。昨年(2019年)、ヤンソンスの訃報はマーラー・ファンならずとも多くのクラシック音楽愛好者を残念がらせました。

マリス・ヤンソンス(Marris JAnssons 1943-2019)はラトビアに生まれ、レニングラード、ウイーンで音楽を学びました。1971年にカラヤン国際指揮者コンクールで準優勝し注目され、レニングラードフィルでムラヴィンスキーのもとで頭角を現します。

1979年からオスロフィルの首席指揮者、さらに1992年からロンドンフィル、1997年ピッツバーグ響、2003年からバイエルン放送響などの首席を歴任。2004年からはコンセルトヘボウにも常任指揮者として連ねます。

オスロ以後、マーラーの演奏を積極的に開始しましたが、実は遅咲きのヤンソンスは、まとまったマーラーの全集の録音は残していません。ざっと見渡したところ、「大地の歌」が欠落してしまいますが、オケをまたいで交響曲第1~9番は集めることが可能です。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
第1番 2007年 
第2番 2009年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク、リカルダ・メルベス
第3番 2011年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク
第4番 2015年 ドロシア・ラッシュマン
第5番 2008年
第6番 2006年
第7番 2018年
第8番 2011年 ビデオあり

バイエルン放送交響楽団
第1番 2007年
第2番 2011年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク、アーニャ・ハルテロス
第2番 2018年
第5番 2016年
第7番 2007年
第9番 2016年

オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
第1番 
第2番 ? フェリシティ・ロット、、ジュリア・ハマリ
第3番 2001年
第7番 2000年
第9番 2000年

ロンドン交響楽団
第6番 2002年

オスロでは少なくとも演奏としては全曲行っているようですし、コンセルトヘボウで第9番をやっていないわけがない・・・思うんですが、バイエルンではおそらく全集にする気持ちがあったように思います。

ヤンソンスが鍛え上げたオスロは、もう二流とは言わせないという気概が感じられる勢いがあります。コンセルトヘボウとのライブは、いずれもさすがにマーラー慣れしたオケですから、間違いない所。一番長いバイエルンは、まさにヤンソンスの手兵。

ヤンソンスの指揮は、変なことはしない。自然に素直に音楽が流れていく感じです。逆に特徴が探しにくいということも言えますが、安心して聴ける堅実な演奏です。

ビデオを見ていると、きりっとした指揮中の顔から、終わった後のくしゃくしゃとなる笑顔がなかなかいいですよね。あと5年は活躍してもらいたかったと思います。