うどんかそばか。しばしば、特に意味もなくどっち派かという話題のネタになりますね。
一般には関西はうどん、関東はそばということになっている。有名な江戸落語で「時蕎麦」というのは、上方落語になると「時うどん」と題名がかわります。柳家小さんのそばを食べる仕草は確かにすごかったけど、あれはやっぱりうどんじゃない。
うどんはひたすら小麦粉のかたまり。ちょっとかたまりすぎるとすいとん。そのまま長くなるとちくわぶ。おでんにはちくわぶは必須。大根だとか、巾着だとか、ゆで卵だとか、いろいろな意見はありますが、ちくわぶなしのおでんは許せない。
鍋のしめはご飯でおじやもいいですが、やっばりうどんでしょう。すき焼きならうどんは最高。普通の鍋でも、しっかり味のしみこんだうどんがうれしさをましてくれるわけです。そう言う意味では、究極の煮込みは鍋焼きうどん。鍋焼きそばなんてありません。
でも、年越しうどんというのはない。年越しときたら、そば。細く長くお付き合いというからそばなのであって、うどんじゃそうはいかない。そばも10割そばというのは意外とぱさぱさして旨くない。ちょっと小麦粉のつなぎが入った二八そばくらいがちょうどいい。
天ぷらそばはOKですけど、天ぷらうどんは×。タヌキときたらそば。鴨南蛮もそば。絶対そばしかありえないのがざるともり。でもきつねだけはうどんですかね・・・
でもって、どっちなのと聞かれれば、自分は絶対そばです。そば屋でうどんは許せない。やっぱりそばです。木枯らし紋次郎が旅をしながら、一膳飯やみたいなところで食べるのはそば。うどんじゃしまらない。
とにかく、美味しいそばがあると嬉しいというだけの話でした。
2010-02-09
Which do you like ?
2010-02-08
あすなろ海水魚館 次の一手
ずーっと、正月明け以来、あすなろ海水魚館は寂しい感じだったのです。海水魚飼育を始めた一番の目的だったカクレクマノミが忽然と消えてしまい、色的にも数的にも物足りない状態が続いていました。
カクレクマノミがいたときには、仲良しのイソギンチャクがどうもうまくいかず、すぐにダメになってしまいました。ところが、今はカクレがいないのに残ったイソギンチャクは絶好調を維持しているんです。
皮肉なもんですねぇ~。今水槽にいるのはシライトイソギンチャクですが、もともと色の少しでも黒っぽいものを選んできたのが成功の秘訣なのでしょうか。もっとも、3ヶ月くらい生き延びているからといって、飼育成功と威張ってはいられませんけどね。
カクレクマノミは最初は沖縄産のペアからスタートしました。かなり可愛い感じだったのですが、白点病であえなくダウン。次は養殖物を2匹同時に通販で注文。ところが到着時に一匹は瀕死の状態。
そこで、近くのホームセンターから小さめのものを仲間に加えてみました。ところが、あとから組み合わせても、ペアになる確率は大変低いらしいです。結局、先の一匹はまたもや白点病。さらに性懲りもなく追加した一匹に、生き残った方がストレスを感じて拒食症になって痩せこけて・・・
そして最後の一匹は大晦日には元気だったのに、数日後に消滅。なんとなく骨らしい残骸がわずかに残っているばかり。海の弱肉強食の世界は、こんな小さな水槽でもまざまざと見せつけてくるのです。
こうなったら、やはり最初からペアの二匹を入れるしかない。これは先行する水槽の住人(ルリスズメダイ、ベニゴンベ、オトヒメエビ)からのストレスを弱めるためにも必要条件です。ところが、なかなかお店でも通販でもいないんですよ。
今日、やっと信頼できる通販ショップでペア入荷を発見。思わず、即、クリック!! あ~、またやっちゃいました。今度こそ、なんとか落ち着いて貰いたいと思うわけです。
その秘策として、実は60cm水槽を用意しているんです。こんなことなら、最初から60cmにしておけばよかった。これから始めようと思っている方は、絶対大きめの水槽を用意しましょうね。失敗から学ぶことは多いんですが、やはり生き物を死なすのは気持ちのいいものではありません。
2010-02-07
マイルス・デイビス part 3
Miles Davisほどの音楽家になると、存在自体は神格化して、コアなファン(たぶん自分もその一人)にとっては宗教に近いものがあるわけです。それはコンピュータの世界ではアップル・ユーザー、野球の世界ではタイガース・ファンなんかにも一脈通ずるものが・・・
それでMiles好きにとっては、1991年に本人が亡くなって絶望の淵にたたき落とされたわけですが、この10年くらいは驚異的な海賊版が雨あられの如く登場して、まだまだ望みをつないでいるような状況なのです。
レコードからいくつかの時代に分けると、1945年の初レコーディングから1950頃までの初期については、ほとんどがチャーリー・パーカーとの録音が主で、まぁマイルスを聴くという観点からはどうでもいい。どれか一枚パーカーのベスト盤をもっていれば足りてしまう。実際自分もパーカーの10枚組千数百円というので満足しています。
次はPrestigeとBlue Noteの時代が50年代半ばまで続くわけですが、Prestigeについては2000年頃に8枚組のすべて詰まってますというBOXセットが発売されているので、これで全て揃ってしまうわけです。Blue Noteはアルバムで2枚です。
そこからついにColumbia(CBS)時代の約50枚のアルバムに突入するわけですが、2000年以降に10個のBOXが発売されました。このうち2つは、伝説のライブの全貌をおさめたもので、ファンにとっては垂涎のアイテムでした。しかし残りの8つはただただ一部の別テイクをおさめただけで、ほとんど新たに聴くべき物は少なく、なんじゃこりゃ状態。
ところが面白いのは、その編集過程でスタジオ録音時のテープが流出して海賊版が大量に出回ったこと。スタジオでの会話を含め、失敗でやり直したりと、曲ができあがっていく課程が興味をそそられるわけです。世紀の名盤といわれる"Kind of Blue"のセッションテープなんかは、ファンとしては狂喜乱舞物です。
去年の11月にCompleteと銘打って、CBSから発売された全てのアルバムが71枚組のCDセットとして発売されました。自分はこればかりは、思わず購入。大多数はすでに持ていたにもかかわらず、オリジナルジャケットを再現した紙ジャケットなんかは涙物です。一枚数百円で揃うんですから、これが最後のマイルス散財と思えば安い物です。
そして、1986年から亡くなるまではWarner Brothersの時代ということになります。純粋にマイルスのオリジナル・アルバムと言えるのは3枚。そして、モントルー・ジャズ・フェスティバルでのライブを集大成した20枚組で決まりとなるわけです。
ところが困ったことに、この時代にマイルスはやたらとあちこちに顔をだすようになったのです。TOTO、チャカ・カーン、プリンスなどの有名どころ以外に、誰だそれっていうようなものまで、もういろいろです。さらに、結局未発表に終わっているスタジオ録音の存在もわかっていて、ファンとしてはどうしたらいいのやら。
そしたら2002年にそれらの録音をすべてひっくるめて面倒見ましょうという"Last Word The Warner Years"という4枚か6枚組セットの発売が予告されました。こいつは助かると思っていたら、どうも権利関係のクレーム(どうやらプリンスかららしい)が入ってあえなく発売中止。これにはかなりがっかりさせられました。
ところが海賊版というのはなかなかすごい物で、既発売のものを除いた未発表音源だけで2枚組の"Black Album"が登場。サンプルに配布されたものからコピーした物のようですが、すでに持っているものとのだぶりがないだけに、こんなありがたいセットはありません。
インターネットでも海賊版が注文できるようになって、わざわざ西新宿界隈をうろつく必要がなくなり助かります。まぁ、公式盤だけでも聴ききれないくらいのアルバムがあるわけですから、わざわざ海賊版を漁らなくてもという気持ちもありますが、そのあたりがファン心理というものですよね。マイルスの場合は公式盤よりも痛快な海賊版が多数存在するので、いたしかたがないというところでしょうか。
2010-02-06
映画は変わったか?
映画とテレビドラマとをまったく別々のものと考えるのはこだわりすぎでしょうが、どうしてもテレビの方が短期間に作り上げ、粗製濫造の雰囲気があることはあながち間違った見方ではないでしょう。
テレビは基本的に決められたスケジュールのもとに制作が進行し、仮にいい題材が無いからと言って来期の月9が中止になったりはしないわけです。特に視聴率を上げると言うことが制作側の至上命題ですから・・・つまり、スポンサーの宣伝というように言い換えてもいいわけです。あくまでも、視聴者が金を出しているわけではありません。
一方映画は、作りたいと思うプロデューサーがいて、資金を集めてスタッフやキャストをそろえて作る。基本的には納得のいくまで撮影や編集が行われ、作品としての完成度を高めるために最大限の努力が払われているわけです。最後に金を払うのは、劇場に足を運ぶ観客ですから、観客の支持を得られなければ失敗作ということになる。
テレビでは「来週に続く」ということが可能ですが、映画はおよそ2時間の中で完結する世界。そのためには、脚本は練りに練って無駄なシーンは大変少なく、時には観客のイマジネーションに委ねられる部分も出てくる。そこから、映画から考えさせられる部分も膨らんでいく物です。
しかし、今やそういう違いが薄れてきています。メディア・ミックスという風潮が一般的になり、テレビドラマの続きを映画にしたり、映画のアウトサイド・ストーリーをテレビのスペシャルで放映したり。作品を作ることよりも、いかに人を動かすかということに意識が変わってしまったように思います。
つまり、映画の世界も粗製濫造になってきて、そのために話題作りに余年がありません。できるだけ話題になった原作、しかも邦画の場合はほとんどがマンガを用いて、今人気のあるタレント(あえて俳優でなくてもいい)を起用して、さらに有名アーティストに主題歌を歌わせる。成功した題材では、矢継ぎ早にシリーズ化して、さらに話題が冷めないうちにあっという間にDVDを発売。
映像作家として信念を持って映画を作り上げていくプロフェッショナルはいなくなったのでしょうか。タレントが映画を作ったと言って、新たな才能みたいに騒ぐだけでいいんでしょうか。これは見る側にも責任があることです。上っ面の話題性だけに引きずられる薄っぺらな見方ばかりをしているのではないでしょうか。
何か違うんじゃないかなぁ、と思わずにはいられない、最近の映画の活況を斜めに見てしまう年寄りの繰り言みたいなものですが、一映画ファンとして、何となく憂いを感じるこの頃なのでした。
2010-02-05
クリント・イーストウッド
クリント・イーストウッドの最新作は、南アフリカを白人支配から解放し最初の黒人大統領になったネルソン・マンデラの話。老いてなお盛んな創作意欲には脱帽するしかありません。
イーストウッドが映画作家として世間一般に注目されたのは、1992年の「許されざる者」でアカデミー作品賞・監督賞を獲得してから。もともと西部劇俳優として功をなしたイーストウッドでしたが、この作品を最後に西部劇はいっさい作っていないのは何故でしょう。
ハリウッドはもともとイーストウッドには冷たかったというのは、けして言い過ぎではありません。60年代に西部劇の人気テレビシリーズの「ローハイド」で注目されたにもかかわらず、イタリアに渡っていわゆる「マカロニウェスタン」で人気を爆発させたのが面白くなかったのでしょうか。
イーストウッドはアメリカに戻ってからもB級のような扱いをどこかで受けていたように思います。1971年の「ダーティ・ハリー」は大ヒットし、それまでの英雄的なヒーロー像を見事に壊すことに成功しました。
しかし、イーストウッドとたびたびコンビを組んだドン・シーゲルは亡くなるまでB級映画監督と言われていたことは事実でしょう。イーストウッドの初監督作品はシーゲルの影響が大きく、ダーティ・ハリー誕生と同じ年の「恐怖のメロディ」が第1作となります。
70年代半ばからはほとんどの出演映画を自ら監督しているのです。初期の作品から、すでに圧倒的なイーストウッド・カラーが見て取ることができます。
遠景から俯瞰ショット、かなりの暗がりの中でのわずかな光の動きを捉えたシーン、自らも得意とするジャズを効果的に使用することが多い劇中音楽など。最初のシーンから、いかにもイーストウッドという雰囲気が漂い、まさに映画作家としての独自の世界はかなり早くから完成していたと言えます。
キャラクターも、完全な正義も完全な悪もほとんど出てくることはありません。ある意味「人間らしい」本音で精一杯生き延びている主人公がしばしば登場するのです。同じ西部劇といっても、「駅馬車」、「OK牧場の決闘」や「真昼の決闘」といったジョン・ウェインらに代表される正統派とは随分と異質のものであることは容易にわかります。
ですから、「許されざる者」も異色の西部劇です。主人公はすでに力が衰えた初老の元ガンマン。銃を撃っても、まったく当たらない。イーストウッドにしてみれば、西部劇そのものがすでに「老人」となってしまったということを自覚していたのではないかと思います。
そして、今更ハリウッドがそれを評価してくれても、監督イーストウッドにしてみれば、時すでに遅しという気持ちだったのではないでしょう。イーストウッドは自分を育て上げてくれた西部劇に別れを告げたのです。
2004年の「ミリオンダラー・ベイビー」では2度目のアカデミー作品賞・監督賞のダブル受賞を果たしました。監督賞はジョン・フォードの4回というのが最多受賞ですが、少なくとも複数回受賞した監督なんて数えるくらいしかいないのです。
ハリウッドはやっとイーストウッドの映画への貢献を正しく評価することができるようになりました。現在79歳。おそらく残された時間は多くはありませんが、あと一つでも二つで、イーストウッドカラーの作品を作ってもらいたい。できることなら、もう一度西部劇をと望むのは、本当のファンではないかも知れませんね。
