ボブ・ディランの活動をあえて時期にわけると、デヴュー作から4作目の「Another Side」をフォーク期として、その後はロック期とすることが多いようですが、実際のところ「Bringing It All Back Home」は半フォーク・半ロックみたいなアルバムですし、5月に行われたイギリス・ツアーも従来のギターとハーモニカだけのフォーク・スタイルで通しています。
1965年6月、イギリスからアメリカ戻ったディランは、早くも次のアルバムの録音を開始しました。フォーク・ロックと呼ぶより、ブルース・ロックと呼びたくなるような全編高らかにロック歌手宣言をするようなアルバムとなりました。
今作はバンドを単なる伴奏ではなく、音楽の一部として機能するように組み込む意図が感じられます。おそらく、一般貢献したのがポール・バターフィールド・ブルース・バンドから参加したマイク・ブルームフィールドです。ブルース・ギター奏者としてエレクトリック・ギターの普及に影響を与えた人物です。また、後に、ブラッド・スウェット&ティアーズを結成するアル・クーパーが参加しています。
特に6月16日のセッションでは、代表曲の一つ、アルバム冒頭曲となる「Like a Rolling Stone」だけが繰り返し試行錯誤されました。この模様は「The Bootleg Series Vol.12 Cutting Edge」でその全貌を知ることができます。故・中山康樹が「この曲は最初から4拍子だった」と推論した説は見事に裏切られ、驚きの3拍子でのリハーサルが始まりますが、何とものんびりした雰囲気が続きます。数テイクの後、4拍子に変更されオルガンがたまたま居合わせた本来キーボード奏者ではないアル・クーパーに交代し、気の利いたリフが入って完成形になっていくところはなかなかスリリングで興味深い。
ディランがこだわり抜いた歌詞は、「昔は偉そうにしていたけど今は落ちぶれた気分はどうだい? すべて失って転がる石みたいだ」という内容。「A rolling stone gathers no moss (転石苔むさず)」という英語圏のことわざがあって、イギリスでは伝統的に「転々とする人は成功しない」という否定的な解釈がされますが、アメリカでは「活発な人は時代に取り残されない」という近代的な肯定的解釈がされています。変化を求める自分と、古い体質のフォーク・ソング信奉者を対比させていることは間違いなさそうです。
「Like a Rolling Stone」の録音が一段落したディランは一度収録を中断して、7月22日から26日にかけて行われたニューポート・フォーク・フェスティバルに3年連続で参加します。ここで、ボブ・ディラン伝説の一つとして有名な「事件」が起こりました。24日はアコースティックなステージを披露しましたが、25日夜の部ではマイク・ブルームフィールド(g)、ジェローム・アーノルド(b)、アル・クーバー(org)、サム・レイ(ds)を従えてエレクトリック・ギターを持って登場したのです。
彼らは「Maggie's Farm」、「Like a Rolling Stone」、「悲しみは果てしなく」を演奏し引っ込んでしまいます。観客からはブーイングの嵐を浴び、司会者も事態を収拾するためディランをステージに呼び戻します。フォーク・ギターを持って一人で再登場したディランは、「Mr.Tambourine Man」と「It's All Over Now, Baby Blue」の2曲を歌うのですが、明らかに古い伝統に固執する観客に対する決別宣言となったと考えられています。
スタジオに戻ったディランは、追加の数日で数曲を完成し、8月末にはアルバムが発売されました。その後もライブなどでは重要なレパートリーになる曲が多く含まれますが、特に注目したいのは「Disolation Row (廃墟の街)」です。
ポップス系アルバムとしては異例の11分に及ぶ長い曲で、現代社会の欺瞞や幻想などを一見脈絡のない言葉の羅列で歌い続け、最終的には「絶望のどん底」に逃げ込むしかないとしています。それはゴミ溜めのようなニューヨークのどこかかもしれないし、あるいはアメリカの田舎の本当に廃墟となった町かもしれません。チャーリー・マッコイのギターがボーカルに絡みつき、長くて英語歌詞がよくわからなくてもずっと聞いていられる感じがします。
June 16 ~ August 4, 1965, NYC














