1994年から1996年の間にリリースされたボブ・ディランのアルバムは、「MTV Unplugged」だけでオリジナル・アルバムはありません。ディランはこの間もひたすらステージに立ち、歌い続ける毎日をこなしていました。
1988年6月から始まったとされている「Never Ending Tour」は1988年は71回、以後100回、93回と続き、バンド・リーダーのG.E.スミスの脱退で、いったん一区切りがつきます。1991年からは、ツアーに個別のタイトルが冠せられるようになりますが、世間はいつのまにかディランのツアーを「Never Ending」と呼ぶことが慣例になりました。
1991年には101回、以後も92回、80回、104回と続き、1995年には115回を数えます。これはある意味驚異的なことで、喉を酷使する歌手が、ほぼ3日に1度はステージに立ち続けるということは健康面だけをとってしても強靭な体力を必要とすることは容易に想像できます。
一方で、1990年の不評だった「Under the Red Sky」以後オリジナルの新曲を発表していないことについて、ディラン自身は以前のように次から次へと曲が頭に浮かんでこないことを認めていて、「思いついても聴きたい人がいるのかと考えているうちに消えてしまう」と述べています。それでも、1996年になると少しずつオリジナル曲が新たに出来上がり始めます。
オリジナル曲でアルバムを作るとなると、1989年の「Oh Mercy」を成功に導いたダニエル・ラノアとの再タッグが必要だとディランは考えました。ディランはラノアにデモを聞かせ、50年代の古いブルースの響き(まさにディランのルーツの一つ)を持ったアルバムを作りたいと伝えます。4月から7月までの北米・ヨーロッパを周るツアーがひと段落し、10月からの全米ツアーが始まる合間に、ディランとラノアはニュー・アルバムに向けての準備に入ります。
通称「シアトロ・セッション」と呼ばれるプリ・プロダクションが行われ、アルバムに含める含めないは関係なく多くの新曲が録音され、現在では「The Bootleg Series Vol.17 Fragments Time out of Mind Sessions」でほとんどが聴くことができます。例によって、アルバム未収録の完成度の高い楽曲が目白押しですが、これだけ曲を作っておいてあまり意欲が無いみたいなこと言うのがディランという人物の難しい所です。
年が明けて1997年1月に、いよいよ本格的なレコーディング作業が再開されました。ラノアの特徴である音空間の雰囲気作りのため、一つの楽器に対して複数のミュージシャンが用意され、時には同時に演奏することで音に厚みを付けていきました。お互いの出方がわかっているので、「Oh Mercy」の時ほどの衝突はなかったようですが、かなりの議論はあったらしい。ディラン自身は、過去の作品を超えられないかもという不安との戦いだったようです。
それでも、アルバムに収録される全11曲が完成し、ディランは2月からのツアー生活に戻っていきました。この時の公演は2月は前年に続いて日本、しかも各地を周るもので、3月の休養を挟んで4~5月は再び全米というスケジュールでした。1992年からパワフルなドラミングを聞かせていたウィンストン・ワトソンは1996年夏まで活躍し、以後ドラムはデヴィッド・ケンパーに交代しています。また、1991年からディランを支えたジョン・ジャクソン(g)も日本公演までで、全米ツアーからは新たにラリー・キャンベルが加わりました。
6月以後、ヨーロッパに渡る予定でしたが、5月末にディランは病気に倒れてしまいます。強い胸痛と高熱からカビの一種であるヒストプラズマ感染症と診断され、一時は心膜炎併発により、本人も「エルヴィスに会うのか」と覚悟するほど重篤になります。さすがの50代後半になったディランは、心身の疲労の蓄積は隠せなくなってきているようです。
それでも8月にはステージに復帰し、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の招待に応じて、9月27日にはイタリアのボローニャで開催された「第23回国際聖体大会」で、教皇を前にして演奏を行いました。教皇はその後、「人が歩むべき道はキリストの道だけ。答えは人を神へと導く聖霊の風の中にある」と「Blowin' in the Wind」の歌詞を引き合いにスピーチを行いました。
9月30日にニュー・アルバム「Time out of Mind」がLPレコード2枚組、CDでは目一杯の約73分収録の1枚組として発売されました。タイトルは「(古いブルースの味わいを持つ)記憶にないほどの昔」という意味で、ジャケットにはラノア撮影のスタジオのディランの写真(またピンボケ)が使われました。アルバムは商業的に大成功で内容も高い評価を受けることになり、1998年のグラミー賞では年間最優秀アルバムなど複数の部門で受賞を果たし、間近に迫る21世紀に向けてスランプ期終了・完全復活を印象付けました。
「Love Sick」でいきなり不穏なダークな雰囲気でアルバムの世界観を提示し、ロカビリー調、バラード、ブルースと続きます。ヒット曲「Knockin' on Heaven's Door」ではドアはすでに閉じていましたが、「Tryin' to Get to Heaven」はそのドアが閉ざされる前に天国を目指す男(自分?)の歌です。「Not Dark Yet」は特に評価の高く、「まだ暗くないが、もうじき暗くなる」という人生の終点を意識した歌になっています。
「Make You Feel My Love」は自らピアノを弾き、日本では映画「七つの会議」の主題歌になりましたし、ブライアン・フェリー、ビリー・ジョエルやアデルらがカバーしたことでも知られるラブ・ソング。ラストは16分の長い「Highlands」で、典型的なゆったりしたブルース・リフに乗せて理想郷への思いを散文詩的に歌い続けるのですが、聴いているうちに癖になってくる不思議な曲です。
August ~ October 1996, January 1997
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