音楽に携わるアーティストは、誰もが自ら音楽を作っているとは限りません。自作自演するシンガー・ソング・ライターは、いまでこそ普通の存在ですが、以前は作曲家、作詞家、歌手は別々というのは普通の事でした。1960年代に入って、自らの主張を歌に乗せる動きが加速し、その中心にいた人物の一人がボブ・ディランでした。
ディランは、多くのアーティストに影響を与え続ける音楽界の巨人ですが、その登場の初期からディランの楽曲をカバーする動きは始まっていました。ジョーン・バエズ、ピーター・ポール&マリー、ザ・バーズらを中心に、積極的にディランをカバーしたことが、むしろディランの知名度を上げ人気を高めたことにつながったことは間違いがありません。70年代以降になると、ディランのカバーはリスペクトによるものが多くなり、現在までその流れが続いています。
初めてディランのカバー曲に接したのは、エリック・クラプトンの「Knockin' on Heaven's Door」でした。またディラン自身の演奏はありませんが、クラプトンの「Sign Language」もディランの名曲の一つだと思います。カバーというのも、音楽の楽しみ方の一つとして是非おさえておきたいポイントです。
最も多くのアーティストがカバーしたのはThe Beatlesの「Yesterday」で推定数千回以上と言われていますが、ディランのカバーをしたアーティストはいったいどのくらいいるのでしょうか。そしてカバーされた楽曲はどんなものが多いのでしょうか。これを知るのはかなり難しいと思いきや、実はネットの百科事典「Wikipedia」に、まさにこの単独の項目(List of artists who have covered Bob Dylan songs)があります。
完全なリストを作ることは、日々どんどん動いていることなのでおそらく不可能。ただし、大雑把な傾向は把握できますので、検討する価値があります。掲載されているリストは、商業的にリリースされたものだけが含まれたものなので、ライブなどで披露しただけとか、アマチュアの演奏は除かれています。
まず、アーティスト別のベスト10です。
1位は30曲のジョーン・バエズ。順当な結果で、全キャリアの中で、時々ディランの歌を取り上げていました。驚いたことに30曲で同率1位となったのが、ジュリー・フェリックス。実はよく知らなかったのですが、主に60年代半ばから70年代に、イギリスのフォーク界のレジェンドとして活躍された女性で、ソプラノのバエズに対してアルトの音域で、一音一音をしっかり歌うタイプです。1964年のデヴュー・アルバムで、すでに「Master of War」、「Don't Think Twice, It's Alright」を取り上げています。
3位はフランス人のユーグ・オーフレイの24曲。ディランと直接の親交があり積極的に難解な歌詞をフランス語に翻訳して歌いました。4位はイギリスのスティーブ・ギボンズで23曲。ロックンロール・バンドを転々とし、1998年からディランのカバーのためのDylan Projectを結成しました。
5位はアメリカのフォーク・シンガーのジュディ・コリンズで22曲。6位はイギリスのバーブ・ジャングで19曲。7位はドイツのロックバンドBAPのリーダー、ヴォルフガング・ニーデッケンの18曲で、これら上位に入っているアーテイストは、「××ディランを歌う」のようなタイトルのアルバムがあります。
同じ18曲で同率7位には、やっとThe Byrdsが登場します。この後10曲以上の有名どころの名前を拾ってみると、ブライアン・フェリー、フェアポート・コンベンション、マリア・マルダー、グレイトフル・デッド、ベン・シドラン、マウンテン、ニッティ・グリッティ・ダート・バンド、ジョー・コッカー等々が気になるところでしょうか。
さらに続けると、The Band、ピーター・ポール&マリー、ランブリン・ジャック・エリオットが9曲、ピート・シガー、クリッシー・ハイド、リッキー・ネルソンが8曲、エリック・クラプトン、ロッド・スチュワートが7曲などが登場してきます。
後は名前だけ出しておくと、ニーナ・シモン、パティ・スミス、エルビス・プレスリー(4曲!!)、ジョージ・ハリスン、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリス、ジョニー・ウィンター、ウィリー・ネルソン、ビリー・ジョエル、トム・ペティ、イエス、スティービー・ワンダー、ブルース・スプリングスティーン、ベット・ミドラー・・・もうキリがありません。
では、カバーされた曲を見ていきます。
1位「Blowin' in the Wind」66回、2位「Don't Think Twice, It's Alright」48回、3位「I Shall Be Released」40回、4位「Mr.Tambourine Man」39回、5位「The Time They Are A-Changin'」38回、6位「Like a Rolling Stone」35回、7位「All Along the Watchtower」34回、8位「It's All Over Now, Baby Blue」31回、9位「Just Like a Woman」29回、10位「Girl from the North Country」28回、というところがベスト10です。
だいたい有名曲ばかりが並びますが、全般的に60年代の曲がほとんどです。意外だったのは「A Hard Rain's a-Gonna Fall」が3回しかありませんでした(微妙な違いで少し増えるかもしれません)。
カバーの定番としてよくあげられるのは、Guns N' Rosesの「Knockin' on Heaven's Door」やジミ・ヘンドリックスの「All Along the Watchtower」、アデルの「Make You Feel My Love」などがありますが、日本語カバーとなるとRCサクセションの「Blowin' In the Wind」、「I Shall Be Released」、桑田佳祐の「Like a Rolling Stone」などが思いつきます。
名演として注目されるのはジョージ・ハリスンの「If Not for You」やブライアン・フェリーの「Positively 4th Street」、Pretenders (クリッシー・ハイド)の「Forever Young」などがありますが、ちょっと興味深いものだとロバート・プラントの「One More Cup of Coffee」やRolling Stonesの「Like a Rolling Stone」も是非聴いておきたい。
ずらずら書き並べましたが、いちいち探すのは面倒だという方に向けた便利なアルバムがあります。2012年に発売された「Chimes of Freedom」というアルバムで、何とCD4枚組、5時間以上、全73曲というボリュームですが、現在も実売4000円以下の良心的な価格で手に入ります。
これは人権擁護団体アムネスティが創立50周年を記念した企画として制作されたもので、売り上げはすべてアムネスティに寄付されます。50周年がディランのデヴューと一致したこと、ディランの「Chimes of Freedom」の弱者に寄り添う内容がアムネスティの理念の象徴とされたことなどがきっかけで、ディランもオリジナルの音源を提供しています。
本家の歌い方でわかりにくかったメロディがすっきりしたりするというメリットもありますが、この曲にはこんな解釈があったのかというような驚きもあります。聴きなれた曲にも新しい発見があったりするので、他人が演奏するディランの曲を探すのも楽しみの一つです。














