1976年1月年明け早々、ボブ・ディランのニューアルバム「Desire」が発売され大ヒットしました。ディランは前年の「Rolling Thunder Revue」ツアーの最終日を、冤罪の殺人罪で投獄された黒人ボクサー、ルービン・"ハリケーン"・カーターの救済支援のため慈善コンサートにしましたが、その熱気をそのまま引き継ぎ1月25日にテキサス州のヒューストン・アストロドームで2回目の慈善コンサートを開催します。
ジョーン・バエズとお馴染みとなったツアー専用バンドであるGuamのメンバーに加えて、スティーヴィー・ワンダー、リンゴ・スター、カルロス・サンタナ、スティーヴン・スティルス、アイザック・ヘイズ、ドクター・ジョンなど前年以上に豪華なゲストが集結した賑やかなものとなりました。ただし、実は様々な出費がかさみ、カーターへの寄付はほとんど残せなかったようです。
そもそも前年のツアーが、大勢のギャラと小さい会場での売り上げ減少により巨額の赤字を生んでいました。プロモーター側からの要請で、少しでも挽回する必要に迫られたディランは、4月から5月にかけて「Rolling Thunder Revue」第2期ツアーを行うことになりました。気の置けない仲間たちと楽しく旅芸人一座のように各地を回り、即興性を重視した観客との距離が近いステージ・・・というディランの元々の理念は、ここで完全に崩壊してしまいます。
つまり、興行収入を増やすために、スタジアムやアリーナといった、音楽が商業主義化したとディランが嫌悪した大規模会場ばかりでツアーが組まれたのです。フロリダ州レイクランドで4月18日に始まったツアーは、フロリダ州、ジョージア州、テネシー州、アラバマ州、ミシシッピ州、ルイジアナ州、テキサス州、オクラホマ州、カンザス州、コロラド州、ユタ州という具合に南部を中心に5月25日までの5週間に27公演という過密スケジュールで強行されました。
しかも、大規模会場に関わらず事前のプロモーションが不十分で満員にできない会場が続出します。最終日のユタ州ソルトレイクでは、急遽組まれたことにあって客席は半分しか埋まらないという惨状でした。少しでも資金を回収せざるをえなくなったディランはテレビ放送を受け入れ、5月23日のコロラド州フォート・コリンズのライブが撮影されました。
アメリカで9月に放送された際には、怒りにまかせたようなディランの絶叫ばかりが悪目立ちして、高評価だった前年のツアーと比べて酷評が並びました。実際、第2期ツアーは経済的な問題だけでなく、多くの問題が噴出し崩壊寸前だったと言われています。なお、公式のDVDなどは発売されていませんが、テレビ放送された分については1977年に日本でも放送されたので、今でもネットなどで視聴が可能です。
特に大きな問題となったのは、下世話な話で恐縮ですが、第1期の始めからツアーの現場に離婚危機にあったディランの妻サラが同行していたことにあります。これは同時に撮影されていた映画「Renaldo & Clara」のクララ役という理由だったのですが、ディランとバエズの関係改善の様子がサラの怒りを買い荒れる原因になりました。
第2期ではサラは同行していなかったのですが、ディランは経済的なことも含めて精神的にかなり追いこまれていて、バエズに対してもかなり厳しい態度を取るようになったらしい。バエズはバエズで、映画で「元恋人」役をやらされたことに強い不満がありました。また、キャストと同じ扱いを受けるはずだったスタッフが、第2期では格差をつけられたことも、自由・平等を信条とするバエズには納得できないことでした。
ジョニ・ミッチェルやロジャー・マッギン、ロニー・ブレイクリーらの看板ミュージシャンは参加せず、他のメンバーもあくまでも雇われたからという感覚になり、バエズさえも自分の出番が終わると会場を後にしてしまうようになります。また、ディランの荒れた心を反映してか、彼らの間にマリファナやコカインが蔓延し、より人間関係を悪化させたといわれています。
コロンビア・レコードは公式に公演のレコーディングをしていましたが、テレビ局との連動企画として、5月23日のライブを中心としたアルバムを制作し、テレビ放送に合わせてディランの2番目のライブ盤として発売しました。過激すぎるディランが不評だったのは、テレビ特番と同じですが、今の耳で聞くとフォーク・ロックの延長にある第1期と対照的なハードなディランもなかなか興味深い。
さんざん関係修復を願って歌い続けたのに、おそらくツアーの中でサラとの関係はついに崩れ去り、ディラン自身も修復不能であることを認めざるをえない状況になったのだと思います。その精神の葛藤は、この第2期ツアーで大暴走・大爆発し、共演者を置き去りにして収拾がつかないほど過激な演奏となり、一音一音、一言一言が怒りと恨みに満ちたようなライブになった・・・くらいの説明ができそうなくらい強大なエネルギーが放出されています。
音楽としてのフォーマットはなし崩しになり、ある意味すさまじさを感じます。反骨精神のもとに演奏技術よりも生々しい叫びやメッセージ性を重視する「パンク」という音楽の呼び名は、この時にはまだ無かったのですが、もしかしたらここから始まったのかと思えたりもするのが愉快です。
個人的には、このディランもディランの多面性の一つとして問題なく許容できます。むしろ、もっと聞きたい欲求もありますが、第2期ツアーの全貌がわかるようなCDボックスが発売されれば、次第に破綻していく過程も明らかになり興味は尽きません。ただし、内容が内容だけに公式にこれ以上の音源が登場することは難しいかもしれません。
Maggie's Farm
One Too Many Mornings
Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again*
Oh, Sister*
Lay Lady Lay*
Shelter from the Storm
You're a Big Girl Now
I Threw It All Away*
Idiot Wind
Bob Dylan (vo, g)
T-Bone Burnett (g, pf), David Mansfield (g, pedal steel guitar)
Bob Neuwirth (g, back vo), Scarlet Rivera (vn), Mick Ronson (g)
Steven Soles (g, back vo), Rob Stoner (b, back vo), Joan Baez (g, back vo)
Howard Wyeth (ds, pf), Gary Burke (ds)
May 16, 1976, Fort Worth, Texas*
May 16, 1976, Fort Worth, Texas*
May 23, 1976, Fort Collins, Colorado
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