フォーク・ソングというのは、そもそもはその土地に伝承されてきた民族音楽のことですが、それらを手軽に楽しむための道具としてギターやハーモニカといったものが普及しました。それらをうまく使って、人々に寄り添ってその気持ちを代弁することで人気を集めたのがウディ・ガスリー(1912-1967)でした。
次第にフォークは反体制的な色合いを強め、ジョーン・バエズのようなスター歌手の登場とともに60年代になってベトナム戦争に対する反戦運動が盛んになるとプロテスト・ソングの傾向はさらに濃くなっていきます。
1941年生まれのロバート・ジマーマン少年は、小さい時から家にあったピアノとギターに慣れ親しみ、50年代の普通の少年と同じでロカビリーに夢中になっていました。1959年には大学へは登校せず、ガスリーに感化されミネアポリスでフォーク・シンガーとしての活動を始めます。この時、ロバートの愛称と詩人のディラン・トーマスからとった「ボブ・ディラン」を名乗り始めるのでした。
1960年12月にニューヨークに出てきたボブ・ディランは、カウンター・カルチャーの聖地、グリニッジ・ヴィレッジを根城にして歌える場所ならどこにでも顔を出すようになります。1961年2月、すでに歌手としては引退しているガスリーと彼が長期療養のため入院している病院で面会しています。
少しずつ小銭稼ぎ的な仕事をしているうちに、コロンビア・レコードで力を持っていたプロデューサーであるジョン・ハモンドがディランの存在を知ることになるのでした。ロバート・ジマーマンが「ボブ・ディラン」に変貌していく過程は「The Bootleg Series Vol.18 Through the Open Window」に多くのプライベート録音が収録されていて、大変興味深いものがあります。
デヴュー・アルバムがあまり話題にならなかったディランは、あちこちのクラブなどでの「対外試合」を加速させ、知名度を広げ技能的にも向上させることに集中したかのようです。また自作曲を増やし、出版社に売り込むためのでもデモ音源を作成していて、これは後に「Witmark Demos」として「The Bootleg Series」からも公式にリリースされました。
1962年4月からは、再びコロンビア・レコードのスタジオで断続的に1年ほどかけてレコーディングが開始され、1963年5月にいよいよ発売されたのが初期の傑作とされる「The Freewheelin'」です。フリーホイール(freewheel)は、ほぼすべての自転車に備わっているペダルを回し続けなくても惰性で進める駆動輪のことで、アルバムのタイトルとしては意味深です。
特に傑作とされる理由は、ディランの初期の代表作となる「風に吹かれて (Blowin' in the Wind)」、「はげしい雨が降る (A Hard Rain's a-Gonna Fall) 」、「戦争の親玉 (Masters of War)」、「くよくよするなよ (Don't Think Twice, It's All Right)」、「北国の少女 (Girl from the North Country)」など、後々まで歌い続けられる曲が目白押しであるところが大きい。
1作目では2曲だけが自作曲でしたが、この2作目では全13曲中2曲だけがカバー曲です。基本的には前作と同様にディラン自身のギターとハーモニカ、あるいはピアノによる伴奏だけですが、カバー曲の「コリーナ・コリーナ (Corrina, Corrina)」だけにバンドが加わっていて浮いた印象を持ちます。
冒頭の「風に吹かれて」は、ピーター・ポール&マリーがカバーして大ヒットし、ジョーン・バエズもアルバムで取り上げました。「どれだけ歩けば男は一人前と認められるのか。どれほどの砲弾が飛び交えば武器がなくなるのか・・・答えは風に吹かれている」という抽象的な内容が、ディランの意図とは関係なく当時吹き荒れていた公民権運動のテーマソングのように扱われたのです。その結果、ディランは反体制の旗頭であり、彼の歌うフォークはプロテスト・ソングであるという固定観念が浸透してしまうのでした。
もっとも「戦争の親玉」では積極的に武器を作る人・使う人を糾弾しています。「第3次世界大戦を語るブルース」では、キューバ危機により核戦争が現実味を帯びていた時期に、夢の中での不思議な体験を語るのですから、プロテスト・ソングを歌う歌手として祭り上げられてしまうのはしょうがない。
もっとも「北国の少女」は寒さの厳しい北国のかつての恋人に思いをはせる歌ですし、「くよくよするなよ」は恋人同士のすれ違いの歌です。そもそもアルバム・ジャケットが当時の恋人と一緒に写っている写真が使われているのですから、真っ向から社会を敵に回そうとする意志はあまり感じられません。
April, 1962 ~ April, 1963, NYC
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