1975年1月に発売された「Blood onthe Tracks」の成功は、ボブ・ディランとコロンビア・レコードに安堵をもたらしました。しかし、ディランの結婚生活の破綻危機からの精神的な疲労は続いていて、春になると一人でニューヨークに舞い戻ります。3月にはニール・ヤングとの共演を行なったり、あちこちのクラブに出没していましたが、偶然に街で旧知のジャック・レヴィと再会したことで新たな創作意欲が湧きあがりました。
ジャック・レヴィはブロードウェイで結果を出していた劇作家・演出家で、主観的な歌作りに限界を感じていたディランはそのままレストランに誘い、客観的な創作を仕事にするレヴィに相談したのです。すぐさま二人は言葉とメロディのアイデアを出し合い、今までのディランにはなかった物語がある映画のような世界観の曲が次々に出来上がりました。
今までごく一部で他人との共作がありましたが、あくまでも曲全体をよくするためのアイデアを出し合うというようなものでした。ディランは、基本的にはまったくのトラディショナル曲でなければ、ディラン独りの自作曲ばかりを歌ってきました。完全な分業・共作というスタイルは初めての試みでしたが、孤独な世界にうんざりしていたディランにとっては、おそらく大きな救いだったのではないかと思います。
前作が主役と数人のエキストラというような雰囲気の中で作られたことの反動で、ディランはこれらの新曲録音に際してとんでもない方法を考え付きます。ディランは孤独から脱却して、大勢の中から偶発的に発生する即興性を目指すために、有名無名を問わず、多くのミュージシャンに参加を打診しました。
この結果、7月14日の最初のセッションでスタジオに集まったミュージシャンは十数人でしたが、その中にはデイブ・メイソン(元トラフィックのギタリスト)もいました。しかしこの日のセッションでは、思っていたような結果が出せず、ディランとレヴィは再度曲作りからやり直します。
7月28日に2回目のセッションが行われましたが、これが伝説のカオス・セッションとして有名です。音を残した人だけでも21人、外野席を合わせるともっと大勢の人がいたらしい。エリック・クラプトンも参加していたのですが、ちょっとだけ演奏してあまりの混乱にあきれて帰ってしまいました。これら2回のセッションでのテイクは、あまりに音が多すぎてどうにも整理がつかず、クラプトンが参加した1曲を除いてすべてボツになっています。
ただし、特筆すべき二人の女性がいました。嘘のような本当の話ですが、バイオリン・ケースを持って街を歩いていたアマチュア演奏家だったスカーレット・リベラは、たまたま車で通りかかったディランに、バイオリンが弾けるなら、今度セッションに来てよと「ナンパ」されたのです。初回から参加したリベラのジプシー・バイオリン奏法による音色は、確実にアルバムの付加価値となりました。
1回目のセッション後に、ディランは女性ボーカルがいたほうがいいと考え、人選を会社に任せました。担当者の推薦で、カントリー歌手としてデヴューしたばかりのエミルー・ハリスが呼び出され、2回目のセッションでいきなり歌詞だけ渡され、後はディランの歌に合わせてぶっつけ本番でハーモニーをつけたのです。しかし、結果として、ほとんどディランとハリスのデュエットと言ってもいいようなテイクが数多く採用されました。
7月29日、30日、31日と続いたセッションでは、困惑したベテラン勢はしだいに顔を出さなくなりますが、リベラとハリスは最後までディランに食いついたことは驚異的なことでした。大混乱のセッションでしたが、ここまでで何とかアルバムとしての使える音源が揃ったことになります。
冒頭曲「Hurricane」は、いきなりリベラのバイオリンが強烈な印象を残すアップテンポのナンバーですが、1966年に発生した殺人事件が題材になっています。犯人として拘束されたのは、世界チャンピオンも狙えると言われていた黒人プロ・ボクサーのルービン・"ハリケーン"・カーターでした。証人の偽証、警察の証拠捏造、人種差別により意図的に選ばれた陪審員などが後年明らかになっていますが、無期懲役となったカーターが1974年に出版した自伝によってディランの知るところになります。
カーターの冤罪を訴える内容の歌になっていて、この歌の影響で多くのカーター救済の運動が活発化したことは間違いありません。最終的にカーターが自由の身になったのは1988年のことで、冤罪が証明されるまでにさらに十数年を要したことになります。7月のセッションで一度OKテイクが出ていましたが、一部の歌詞に事実誤認があるとして10月に歌詞を変えてこの曲だけが再録音されました。ハリスは参加できなかったため、ここで聞ける女性ボーカルはロニー・ブレイクリー(女優でカントリー歌手)が担当しています。
「Isis」では神秘的な女性との恋が破局し、宝探しの旅に出るものの失敗して女性の元に戻るというもの。「Mozambique」は、国として独立したばかりでしたが、政治的な面には触れず、ディランとハリスが陽気な南国の様子をポップに歌い上げます。リベラの哀愁を帯びたバイオリンが際立つ「One More Cup of Coffee」は、ジプシーの娘に恋した盗賊が死の谷に向かう前に一敗のコーヒーを希望するという内容。
「Oh, Sister」は、ぶっつけ本番のハリスの緊張感が最も効果的だったラブ・ソング。「Joey」は11分の大作で、1972年に暗殺された実在のニューヨーク・マフィアを歌い上げます。「Romance in Durango」はカオス・セッションの唯一のテイクで、悪漢と恋人の逃避行の歌。「Black Diamond Bay」という名の孤島のホテルに人々が集いますが、火山の噴火ですべてが失われる様子を、自分はニュースで見ている。「Sara」は、妻のサラの実名を冠した直接的な復縁を乞うラブ・レターです。しかも、サラが見学に来た日に、サラの目の前で録音されたというから驚きです。この曲だけがディラン単独の作詞・作曲です。
翌年の1976年1月早々に発売され、このアルバムも高い評価を得て、ダブルミリオンを達成してファンにも広く受け入れられました。ただしマフィアを美化したような「Joey」だけは厳しい批判を招いています。また、アルバムからは外れましたが、ディランとハリスの激しいデュエットが聴けるロック・ナンバー「Rita May」が、後にシングル盤として登場しています。
Scarlet Rivera (violin), Emmylou Harris (vocal), Vincent Bell (ele.g)
Rob Rothstein (b), Erik Frandsen (slide guitar), John Sussewell (ds)
Howard Wyeth (ds), Domonic Cortese (accordion), Steven Soles (g), etc.
July ~ October, 1975, NYC
☆☆☆☆☆☆☆☆☆・













