ボブ・ディランの映像作品はたくさんありますが、自身が関わった「公式」なものに絞って整理します。基本的には、ライブ演奏、ドキュメンタリー、そして(困ったことに)俳優として出演した映画に分けられます。純粋なライブについては、そのキャリアからすると意外と多くはなく、それぞれのアルバムとして評価するので、ここではタイトルを示すだけにしておきます。
1967 Dont Look Back
1972 Eat the Document
2017 Trouble No More
2019 Rolling Thunder Revue A Bob Dylan Story
一番最初に登場した「Dont Look Back」は、D・A・ペネベイカーが監督した1965年春の初のイギリス・ツアーの模様を収めたドキュメンタリー映画で、1967年に劇場公開されました。「Don't」ではなくアポストロフィは意図的に抜かれています。このツアーはすでに電気楽器導入を始めていたディランにとって、最後のアコースティック・ツアーでした。インタビューに答える尖ったディランも興味深く、隙間風が吹き始めたジョーン・バエズとの関係も捉えています。
現在ではDVD、Blurayで手に入りますが、初出時は新書サイズの写真集や、世界初のミュージック・ビデオとなった「Subterranean Homesick Blues」をパラパラマンガとして見れるオマケも付属していました。フォークからロック・スターに変貌する直前の様子が、見事に映像化されていてファンにはマスト・アイテムです。
ところがディラン自身はこの作品の出来に満足できず、自ら編集し直して作られたのが「Eat the Document」ですが、一貫性の無い内容に公開を控える劇場が続出したらしい。その後もメディア作品としてはまったく手に入りませんが、ネットでは低解像度の動画を見ることが可能です。
1973年のサム・ペキンパー監督作品「ビリー・ザ・キッド」は、ディランは音楽を担当するだけのはずだったのが、ペキンパーに何故か気に入られ、わざわざ追加の役を用意されたという面白い経緯で出演しました。当然演技はド素人で、見るべきものはほぼ無いと言ってよい。作品は、1972年11月から翌年3月までかかって撮影されましたが、映画会社とのトラブルが山積して、最終的に監督抜きで編集・公開されたため、低評価に終わります。しかし、その後監督の考えが反映されたフィルムの再発掘により見直されています。
「Renaldo and Clara」はディランが監督し、形だけの脚本家として俳優のサム・シェパードが登用された映画(?)らしきもの。1975年10月から12月にかけて第1期「Rolling Thunder Revue」ツアーの最中に撮影されました。実際のディランの妻であるサラとジョーン・バエズが妻(クララ)と愛人の役という、常人では思いつかない配役です。意味不明の即興劇的なフィクションとステージのライブ映像が交錯して、1978年の公開時に何と4時間という長さでは低評価は当然の結果です。メディア作品はありませんが、ヨーロッパでテレビ放送(!)された録画が出回っています。
1986年撮影、1987年公開の映画「Hearts of Fire」はリチャード・マーカンドが監督し、ディランと当時バッキング・ボーカルにしばしば登場していたフィオナ(フィオナ・フラナガン)が主演しました。かつて大スターだった隠遁中のミュージシャン(ディラン)と、ツアー中に彼と出会う若い女性ロッカー(フィオナ)を描いた音楽映画で、これもまたあまりパッとした成績は残していません。ただし、サウンドトラック盤はここでしか聞けないディランの曲があり、貴重性もあって楽しめます。
どうしたって演技力をディランに期待するのは無理というものですが、2002年にまたもや映画出演したのが2003年公開の「Masked And Anonymous」で、邦題は「ボブ・ディランの頭の中」というあまりと言えばあまりなタイトル。監督はラリー・チャールズ。内戦状態のアメリカを想定した架空の国を舞台に、仮出所した伝説のミュージシャン、ジャック・フェイト(ディラン)が国を立て直すという不思議で難解な内容で評判は良いはずがない。ただし、何故かジェフ・ブリッジス、ペネロペ・クルス、ジョン・グッドマン、ヴァル・キルマーなどの有名俳優が大挙して出演したことと、ディランの演奏シーンだけが記憶に残ります。なお、オープニングのテーマ曲は何と真心ブラザースが歌う、日本語の「My Back Pages」です。
2005年の「No Direction Home」はテレビ用に作られたマーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリーで、ディランのデヴュー直前からバイク事故で表舞台から消えるまでが描かれています。このために珍しくディラン本人がインタビューに答えていたり、ジョーン・バエズ、アレン・ギンズバーグ、ピート・シーガー、アル・クーパーといった重要な関連人物の証言も交えて、当時の様子が生々しく再現された音楽ドキュメンタリーの傑作と言われています。
マーティン・スコセッシはThe Bandの解散コンサートを映画化した「The Last Waltz」を監督していて、実力のある映画監督の中でもディラン周囲の理解が深かったことが起用された大きな理由になりました。「Dont Look Back」の未公開フィルムや、ディランの手元にあった膨大なフィルムから3時間半におよぶ映像が再構築されました。
特に1966年のThe Band (当時はレヴォン・ヘルム抜きのThe Hawks)を従えたイギリス・ツアーで、フォークからロックに転向した直後で観客の戸惑いが浮き彫りになっています。観客から「ユダ! (裏切り者)」と罵声が飛ぶ瞬間がスリリングです。DVD、Blurayでも発売されていて、また貴重な音源がサウンドトラックとして「The Bootleg series vol.7」に収録されています。
「The Other Side of the Mirror」に収められたのは、1963年から1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルに出演したディランの映像です。1963年の初々しいバエズとのデュエットは興味深いのですが、一番素晴らしいのは1965年のステージで、突然、エレキギターで登場し、初めてロック宣言をした映像です。まさに歴史が動く瞬間を、DVDやBlurayで見れると言うのは驚きを越えて素晴らしい事です。
宗教色に染まったディランを見事にとらえたのがテレビ用に作られた「Trouble No More」で、「The Bootleg Series Vol.13」の付属DVDで初めて一般に見直されることになりました。ライブ演奏と俳優マイケル・シャノンによる説法が交互に入る形で、キリスト教布教活動真っ最中という感じですが、演奏内容は悪くはありません。
2019年に突如Netflixに登場したのが、1975年の第1期ローリング・サンダー・レヴューのドキュメントです。監督は再びマーティン・スコセッシ。40年以上謎に包まれていた、伝説のツアーの演奏シーンだけでなくバックステージの映像が残っていたことに驚きますが、これというのも「Renaldo & Clara」の撮影フィルムが大量にあったからです。わけがわからないフィクション部分は除いて、純粋にドキュメンタリーとして再構築された映像は見ごたえがあり、2時間半が短く感じられるほどです。
ただし、ここに監督の仕掛けがあって、実はこの作品はフィクションとノンフィクションを巧妙に混ぜ合わせたモキュメンタリー作品です。ジョルジュ・メリエスの無声映画の人物消滅の手品映像から始まり、すでにこの作品には仕掛けがあることを明示しているのです。女優シャロン・ストーンや架空の人物へのインタビューは、まったくの作り事だったりします。そのような悪ふざけに付き合いながら、狂乱のツアーの雰囲気をDVD、Blurayで感じることができます。
その他、ディランが登場する主だったイベントの多くがテレビで放送されたため、画質にこだわらなければほとんどの映像はネットで見ることができます。良い時代になったというべきか、アーティスト泣かせというか・・・まぁ、楽しみはいくらでもあるということです。














