1980年のボブ・ディランのツアーは、過去のヒット曲、つまり世俗的な歌が封印され、すべてキリストへの愛と信仰を歌うものとなり、観客からは不評を買います。しかも、曲間で宗教的な説教をするものですから、本気度は間違いないのですが、ブーイングを浴び観客数も伸びません。しかも、前アルバム「Saved」の売れ行きも悪いと来ては、さすがのディランも考えざるをえません。
ツアーの終盤、11月からは、かなりゴスペル調に改変されたとはいえ以前のレパートリーが解禁・復活されます。時には、カルロス・サンタナ、ロジャー・マッギン、マイク・ブルームフィールド、ジェリー・ガルシアらがゲストに登場し、エンターテインメント性を押し出してライブを盛り上げました。
ディランはゴリゴリの信仰一辺倒から、人と人との関係から生まれる世俗的なものにも目を向けることを思い出したと言えます。と同時に、自分のRundown Studioで、新作のためのリハーサルも開始しました。アルバムのために用意された新曲にも変化が現れ、信仰心の現れから来る喜びなどと同時に、以前のような一般的な詩情をたたえるような曲作りが戻ってきています。
1981年8月に発売されたこのアルバムでは、1曲目からかなり激しいロックで「私は愛が必要なんだ」と歌います。とりあえず、説教ではなく、あくまで自分の気持ちのことなのでちょっと一安心。2曲目はローリング・ストーンズのロン・ウッド(ギター)とリンゴ・スター(ドラム)がセッションに参加したもので、「暴走しがちな自分の心を鎮めよう」という歌。
ところが3曲目には再び「信仰を笑いものにしたければすればよい。信仰を持つ者はキリストの手の内で守られている」と信仰の正当性を強調してみせます。かと思うと、伝説のコメディアン、レニー・ブルースの歌では、純粋が故に弾圧されたとピアノ中心のバラードにしています。
レゲエを大胆に取り入れ、信仰心が無く魂が死んでいる人間のことを歌ったかと思えば、過ぎた夏の日を思い出す。そして再びハードなロックナンバーでこの世界のトラブルをひたすら指摘していくのですが、ラスト・ナンバー「Every Grain of Sand (砂のそれぞれの一粒)」は、数あるディラン自作曲の中で最高傑作と言われることもある名作バラードです。
ゴスペル期を総決算するような内容の曲で、以前ような「信じない者は裁かれる」という攻撃的な面が消え、「自己の弱さを受け入れ、あらゆる微細な一粒の砂や一枚の葉の中に神の意志を見出す」という祈りに昇華しています。宗教色を理由に批判していた多くの評論家も、この曲だけは名曲と認めざるを得ませんでした。
なお、レコードA面最後の「The Groom's Still Waiting at the Altar」は発売時には収録されていません。シングル・レコードとして発売された「Heart of Mine」のB面からCD化の際に追加されたもので、当初、ディランは出来に不満を感じていたようです。しかし、ラジオ局から絶賛され、正式のアルバムの曲として採用されたという珍しい経緯があります。
一般にゴスペル期と呼ばれているのは、「Slow Train Coming」、「Saved」、そしてこの「Shot of Love」の三作品を指して使われているのですが、見事に色分けされていることに気がつきます。「Slow Train Coming」はゴスペルをロックに取り入れた音楽的に成功した新人のキリスト教徒、「Saved」は狂信的で説教的な面が強く押し出されたエゴイスティックなキリスト教徒、そして「Shot of Love」では人との関わりを思い出し普遍的な祈りを捧げるキリスト教徒です。
これらが、ディランの音楽性の幅を広げたことは間違いなく、無駄ではなかったことは誰もが認めるところですが、やはり一般の音楽ファンからは受け入れにくい部分が多々あったことは本人も認識しているはずです。一度自分自身を徹底的に破壊したことで、それが現実的なアルバムの売れ行き、ライブの観客数などに反映され、少しずつ現実にも目を向ける精神的なゆとりを取り戻すために必要な期間だったのかもしれません。
2017年にリリースされた「The Bootleg Series Vol.13 Trouble No More」では、8枚のCDと1枚のDVDでこのゴスペル期のアウトテイクとライブを集大成しています。ゴスペルだからと敬遠されがちな時期ですが、特にライブの熱量は凄まじい。バックを務めるミュージシャンも素晴らしいのですが、1978年の日本公演ではとってつけたようなところもあった女性コーラスも見事に一体化していて完成度の高い演奏を繰り広げています。
過去曲も解禁した1981年6月のライブでは、ゴスペル期の曲の間に「Like a Rolling Stone」、「Maggie's Farm」、「Mr. Tambourine Man」などなどの往年のヒット曲が多数入ってくるのですが、そのいずれもがライブ演奏としてはベストと言っても良いくらいの出来なのに驚きます。三枚のスタジオ・アルバムは聞かなくても、このボックスだけは聞いておくべきかもしれません。
Shot of Love
Heart of Mine*
Property of Jesus
Lenny Bruce
Watered-Down Love
The Groom's Still Waiting at the Altar
Dead Man, Dead Man
In the Summertime
Trouble
Every Grain of Sand
Bob Dylan (Vo, g, harmonica, perc, pf)
Steve Douglas (sax), Tim Drummond (b), Donald Dunn (b)
Jim Keltner (ds), Danny Kortchmar (ele.g), Carl Pickhardt (pf)
Steve Ripley (g), Fred Tackett (g), William Smith (org)
Benmont Tench (key)
Carolyn Dennis, Clydie King, Regina McCrory,
Madelyn Quebec, Monalisa Young (back.vo)
*Ringo Starr (ds), Ronnie Wood (g)
March ~ May, 1981, Los Angels
March ~ May, 1981, Los Angels
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