2026年5月29日金曜日

Joan Baez / Come from the Shadow (1972)


ジヨーン・バエズ・・・と、言って日本でどれだけの人が覚えているのか、ちょっと不安になるのは、1980年以後はあまりその活躍は日本には伝わっていなかったような気がするから。

でも、アメリカのフォーク・シンガーの元祖の一人として50年代後半から人気を博し、しかも当時の世相を反映して公民権運動・反戦活動に身を投じて、反体制派の女神のように扱われていました。

実は2018年に77歳で音楽活動から引退しているので、もう新しい曲を聴くことはできないのですが、2023年にはドキュメンタリー映画「I am a Noise」公開され、バエズのキャリアの総括が見れたことはファンとしてはとても嬉しいことでした。

中学生になった自分は、イギリスのビートルズも聴きましたが、大量に日本に流入してくるアメリカのポップスに触れる機会が多かったと思います。日本で言えば、吉田拓郎。泉谷しげる、古井戸らに代表されるフォーク・ソングは、自然とギターを練習するのにも役に立ちました。

アメリカでは、ピーター・ポール&マリーは、やや自分より上の世代の人に人気で、自分たちはサイモン&ガーファンクルでした。なんでジョーン・バエズに興味を持ったのかは記憶に定かではないのですが、少なくとも前年にジョージ・ハリソンが中心になって行われた「バングラ・デシュのためのチャリティ・コンサート」から連想した部分があったかもしれない。

後から知ったことですが、70年代に入って活動の矛先を失った反戦歌手たちは、何を目標にすればいいのかわからない袋小路に入り込んでいたらしい。

バエズもその一人で、飢餓に苦しむバングラ・デシュの人々をはじめとして、このアルバムの中でいろいろな物に拳を振り上げているのですが、バエズの良いところは美しい歌声によって、怒りの怖さみたいなものが表面化しないところだと思います。

シンブルなタイトルと白黒の写真のジャケット、しかも写っているのは政治的な匂いのする反戦デモに参加して逮捕連行される高齢者夫婦というのも、レコード屋さんで見かけた時のインパクトは絶大でした。

2026年5月28日木曜日

裏船頭御嶽社 @ 青葉区元石川町


すすき野御嶽神社から、北東のたまプラーザ方面に1.5kmほど行ったところにも御嶽神社があります。近くには元石川高校がある。

こちらも御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)で、すすき野の同じような経緯があるかもしれません。創建時期は不明ですが、寛文11年(1671年)の記録に記載があるそうです。

本来は御嶽社という名称ですが、通称で裏船頭が頭についています。船頭と言えば船の水先案内人ですが、どう見ても海も湖もありませんし、早渕川は近いけど船を浮かべるほど深くない。

実は、神社の裏山を越えた向こう側が船頭と呼ばれる地域で、今も交差点の名称として信号機に表記されています。これは、北の石川村と南の荏田村の間で水争いが起こり、石川村が水浸しになったため船で移動したという言い伝えからついた名称です。

船頭地区の裏にあるから裏船頭ということで、村落の鎮守として小さくても大切に守られてきた神社です。

2026年5月27日水曜日

御嶽神社 @ 青葉区すすき野


剣山小学校の近くにあり、大きな神社ではありませんが、祭りなどではけっこう賑わいます。

創建年代は不明とされていて、慶応4年(1868年)に再建された記録があります。昔は、この近辺は黒須田村という集落があり、村の鎮守として人々の信仰を担ってきたようです。

御嶽神社という名称の神社も全国にありますが、基本的には木曽御嶽山の修験者によって広まった各地の霊山に対する山岳信仰が基本です。この付近には霊山と呼べるような山は見当たらないので、有力な御嶽社から分祀されたのかもしれません。

御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)で、熊襲征伐、東国遠征などで古代史きっての有名人であり、かつ悲劇のヒーローです。東征の際に霧深い山中で道に迷った際に、白い狼に助けられたという伝説が関係していて、火難除けや盗難除けの御利益があると考えられています。

さらに倉稲魂命(宇迦之御魂神、うかのみたまのみこと)も祀っています。宇迦之御魂神は稲荷信仰の主祭神ですから、以前は農村が広がり五穀豊穣、商売繁盛、産業興隆の御利を期待されていたのだと思います。

2026年5月26日火曜日

宮﨑辛麺


おみやげにいただいたインスタント食品です。

宮﨑辛麺は、宮崎県延岡市発祥の「ソウルフード」ですが、チャルメラ・シリーズなどにも登場して、そこそこ全国区に知名度があります。

今回は空港限定と書いてある「生麺」タイプというもので、茹でる前は一見すると盛岡冷麺みたいに見えました。

宮﨑辛麺は、小麦粉だけでなくそば粉を混ぜてこしの強い麺が特徴とされていますが、思ったよりは硬さはありませんでした。

味は鶏ガラベースで、ニラや溶き卵を入れると「さらに美味しい」ということなので、素直に従ってみました。味そのものは、川崎のソウルフード「元祖ニュータンタンメン」と似た感じです。

パッケージでは真っ赤っかなのですが、出来上がりはそれほどではなく、辛くしたい人は唐辛子を追加することをお勧めしますが、これだけでも美味しく食べれる十分な辛さはあると思います。

2026年5月25日月曜日

グレン・グールド/ J.S.バッハ インベンションとシンフォニア (1964)


クラシック音楽は、最初に飼ったレコードはCBSソニーレコードの2枚組廉価版シリーズです。ソニーがアメリカのコロンビア・レコードと契約してメディア路線に進出した最初の取り組みで、かなり格安のレコードを販売したのです。

バーンスタインの「ガーシュイン / ラプソディ・イン・ブルー」とか、アントルモンの「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」などを聞いたのですが、最初にそれなりの定価で買ったのは、カール・ベームの「ベートーヴェン/ 交響曲第9番」、そしてルージィッチコヴァの「J.S.バッハ / ハープシコード協奏曲」と続きます。

で、ハープシコードという鍵盤楽器の音がたいそう気に入ったわけです。ピアノと違って、鋼線を叩くのではなくひっかくことで音を出すバロック期の楽器です。音の強弱はつけられませんが、その繊細な音色が耳障りがよかったんでしょうね。

で、ハープシコードと聞きたければバッハしかないと中学生の良い子は思い込んでしまう。レコード屋さんに行く、迷わずバッハの棚を探す、鍵盤のソロのアルバムを見つける、そしてこれだ!! とろくすっぼ内容は確認せずにお金を払って家に持ち帰るのです。

レコード・プレイヤーに乗せて針を落とすと、聞こえてきたのはピアノの音。ハープシコードじゃありません。そうなんです、今ならそんなの当たり前じゃんと言うところなんですが、グレン・グールドは基本的にバッハを現代ピアノで弾いてしまう達人です。

グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」によって、クラシック音楽でも楽譜の解釈の違いから演奏家によってずいぶんと違う音楽として楽しめると開眼したのは、大人になってから、それもほんの20年くらい前の事です。

その時はもグールドがどれだけ凄い人なのかまったく知らないわけで、バッハなのにピアノで演奏するとは何といい加減な音楽だと思ってしまいました。ですから、ある意味、最も精神的・金銭的に衝撃を受けたレコードだったということになります。

もちろん、今はとても楽しく聞くことができる。まぁ、こどもにはわからんだろうな・・・

2026年5月24日日曜日

琴平神社 @ 麻生区王禅寺


最寄駅は小田急線の柿生駅ですが、徒歩は大変でバスに乗って、王禅寺ふるさと公園の横に位置しています。

下の道から、ここもまた急な階段を上らないといけません。神社が高い所にあるのは、山や森を神聖視した「自然崇拝」し俗世と神を隔てる意味があると考えられているのでしょうがない。

緩やかな坂を昇る「女坂」もありますが、大混雑する正月の初詣の時は行きは階段、帰りは坂に限定されてしまいます。

創建は18世紀はじめと言われていますが、確実なのは1826年(文政9年)に神明社と琴平社が合祀され再建されたとされています。つまり、今年がちょうど200年という、神社としては比較的新しい(HPでは450年としています)。

琴平社の御祭神は地上の最高神である大物主神(おおものぬしのかみ、大国主尊の別名)ですが、天上の最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)を御祭神とする神明社が合わさっているので、両者を祀っています。

大物主神を祀る有名な神社としては、香川県の金毘羅宮があり、海上を中心とした交通安全の御利益があると言われていますが、そこを総本山として「こんぴら信仰」は全国に広まり、この琴平神社も「柿生のこんぴら様」と呼ばれることもあります。

平成19年に本殿は放火により焼失しましたが、平成23年に再建されています。御神体は無事でしたが、天井の有名だった花鳥山水を描いた板絵は失われてしまいました。

武州柿生の地では大変賑わっている神社で、道を挟んだ向かい側に大々的な社務所や祈祷殿、末社として稲荷社・弁財天などがあり、本殿よりも目立っています。

ちなみに元祖仮面ライダー(1971年)の第27話「ムカデラス怪人教室」では、焼失前の本殿前でロケが行われています。

2026年5月23日土曜日

咳の神 @ 都筑区茅ケ崎中央


な、な、何だ、これは!! 咳の神って何なんだ。

もう20年も前から、ほとんど毎日のようにこの前を通っていたのに、つい最近まで気がつかなかった。

場所は都筑中央公園の際を区役所通りから曲がってすぐ。住所は都筑区茅ケ崎中央ですが、車で通る道からほんのちょっとだけは行ったところで、通りかかっただけだとほぼ見えません。

以前に、横浜市の名木古木保存事業に指定された立派な欅を紹介したことがあるんですが、実は「咳の神」同じ敷地にあるんです。

正確には社宮司社(しゃぐじしゃ)と呼び、俗称「おしゃもじ様」という、ごくごくちいさな社があるだけなんですが、検索してみると話題にしている方はけっこういました。

隣家の方が管理しているらしく、とてもきれいにしてあります。手前に手書きの説明が掲示してあります。それによると、

「風邪・喘息・百日咳などで咳に悩む人がこの社に上げてあるおしゃもじを持って帰り、喉を撫でると効き目があると言われる。快復すると今度は二本にしてお礼する。社宮司は音が杓子と似ているので「しゃもじ」に転じた。信濃国の諏訪大社の信仰圏内である武蔵国・相模・尾張・伊勢・飛騨の地域に多数分布している(一部省略)」ということのようです。

御祭神は杓子大神(しゃくしのおおかみ)で、御社宮司または御射宮司(みしゃぐじ)の他様々な呼び方があるようですが、長野県諏訪地方の古来からの民間信仰を担っていた土着の神とされています。

社の中にはいくつのしゃもじが置かれていましたが、一番目立つのは三段に重ねた石です。もしかしたら、呼吸器疾患を治すご利益というのは、疫病・悪霊退散のための民間信仰である道祖神と何らかの関連があったりするのかもしれません。

2026年5月22日金曜日

ユーライア・ヒープ / 対自核 (1971)


ユーライア・ヒープ (Uriah Heep)というロック・バンドは、かなりはまった。ある意味ツェッペリンやディープ・パープルよりもです。

イギリス発の5人組のヘヴィ・ロック・バンドであるユーライア・ヒープが日本で認知されたのは、彼らにとって3枚目となるアルバム「対自核 (Look at Yourself)」からで、自分もそこから取りつかれた一人。

メンバーの入れ替えが激しいグルーブでしたが、この三枚目でメンバーが固定し黄金期を迎えます。中心となるのはリード・ギターのミック・ボックスとキーボードのケン・ヘンズレーで、ミック・ボックスのおかけでストラトかレスポール一辺倒だったエレキ・ギターに、SGというタイプが人気を上げました。

またハモンド・オルガンの名手ケン・ヘンズレーは、ボトルネックを使ったスライド・ギターもかなりの腕前で、多くの曲で活躍しました。高音が伸びるボーカルはデヴィッド・バイロン、ドラムはリー・カースレイク、そしてベーシストは悲劇のゲイリー・セインです。セインは演奏中に感電死しました。

LPレコードの30cm四方のアルバム・ジャケットは、真ん中にアルミ箔が貼ってあって鏡のような作りになっていました。これはまさに「自分を見つめてみろ (Look at  Yourself)」ということで、こういう仕掛けはとても珍しかったので、これだけでも注目に値しました。

個人的な好みでは、この次のアルバムである「悪魔と魔法使い」の方が好きだったんですけども、このアルバムも名曲ぞろいでした。

そんな日本でも人気が高まった1973年3月16日、日本武道館で初来日ライブが行われました。ちなみに同年5月には、ジェフ・ベックの初来日の予定もあって、とにかく悩んだ。当時、武道館の2階席で5000円くらいだったと思いますが、中学生には大金で、両方行くなんてことは不可能。ユーライア・ヒープのコンサートで、直近のベックのコンサート・フィルムが併映されるということがわかって、ぐっとこらえてユーライア・ヒープのライブに行きました。

それにしても、このメンバーで続いた期間は4年くらいで、その後はまた人の出入りが激しくそれと共に忘れられた存在になっていったのは寂しい限りです。それぞれ我の強い人たちの集まりだったのかもしれませんね。

ちなみに・・・何と、アルバム・タイトル曲の「ルック・アット・ユアセルフ」をカバーした歌手が日本にいます。ザ・ピーナッツです。大人気があった双子の姉妹のデュエットで、若い方は映画「モスラ」の歌でしか知らないかもしれませんが、アメリカのポップス中心に洋楽もたくさん歌っていました・・・にしても、なんでこれを歌ったのか不思議です。

2026年5月21日木曜日

五社稲荷 @ 都筑区中川


横浜市営地下鉄の中川駅からは南に向かって徒歩10分ほど、住宅街の奥に鎮座しているお稲荷さんが五社稲荷です。

下の道からは25段ほどの階段を上ると鳥居があって、すぐ2m四方ほどの小さな拝殿があります。両側にはしっかりと御狐様が参拝者をにらんでいます。

神奈川県神社庁にも登録されていない小さな神社ですから、詳細はよくわかりません。周囲は月極駐車場に挟まれています。

ただし、拝殿にしても御狐様にしても、見た感じでは比較的新しいものなので、創建されたのはそんなに昔ではないか、あるいはよほどしっかりと管理されているのかと思います。

一般的に、稲荷神社は稲荷神を祀り、京都市伏見の伏見稲荷大社が総本宮です。稲荷は稲の荷と書くことからもわかるよう、穀物・農業の神として、一般庶民の篤い信仰を受けていました。

古事記に登場する須佐之男命の娘である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は、稲荷神と同一と考えられていて、伏見稲荷をはじめ多くの稲荷社で主祭神とされています。

伏見稲荷を含めて、特に有力な稲荷社をまとめて稲荷二十二社と呼ぶので、この五社稲荷という名称は、それらの中の五社が関係しているのかもしれません。

ただ、伏見稲荷は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)の他に佐田彦大神(さたひこのおおかみ)、大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)、田中大神(たなかのおおかみ)、四大神(しのおおかみ)の農業に関係した五柱を祭神としています。

また、愛知県豊川市にはかなり立派な五社稲荷がありますが、ここも宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)以外に、宇迦之売神(うかのめのかみ)、稚産霊神(わくむすびのかみ)、大宮能売神(おおみやのめのかみ)、屋船神(やふねのかみ)という五柱を祭神としていることから五社と呼ばれています。

中川五社稲荷も、宇迦之御魂大神とあと四柱が祀られているのだろうと思いますが、今のように市街地に開発されるまでは、農業が盛んな土地で稲荷信仰が盛んであったことは想像に難くありません。

2026年5月20日水曜日

スモーク・ツリー


街の中にはいろいろと変わった植物が見つかるものです。歩いていたら、なんかモヤモヤっとした低木を見つけました。

例によってGoogleの画像検索にかけてみると、簡単に答えが出ました。

名称、「スモーク・ツリー」で、そのままんなネーミングです。和名だと「煙の木」で、さらにそのまま。

こうなる前に、5枚の花弁を持った小さな花が咲いている時期があるらしいのですが、花が終わると花托が細く伸びて写真のような状態になるんだそうです。

中国~ヒマラヤを原産とするウルシ科の植物で、育てるのは楽なんですが、放置すると10m弱くらいまで大きくなってしまうのて注意が必要。

さらに注意したいのは、ウルシの仲間なので皮膚に触れるとかぶれる場合があるので気を付けましょう。

2026年5月19日火曜日

ドリトル先生不思議な旅 (1967)


もしかしたら、初めて買ったかもしれないLPレコードがこれ。

映画のサントラ盤なんですが、たぶん親に連れられて映画館に行ったのかもしれません。レックス・ハリソン主演の有名な児童文学の実写版です。手堅い映画作りをするリチャード・フライシャーが監督。

その頃は、映画館では吹き替え版の上映なんてものはありませんから、当然右端に出る日本語字幕を頼りに見るしかありません。映画を理解するのは、小学生にはかなり難しかったのではないかと想像します。

ただ、このレコードは・・・というか、出てくる音楽は気に入ったんだと思います。

というのは、小学生高学年になるとクラブ活動が始まるのですが、自分は放送部に所属しました。

放送部は何をするかと言うと、昼休みにマイクに向かって「ピン、ポン、パン、ポ~ン」と小さな専用の鉄琴を鳴らすとか、夕方になるとドヴォルザークの「新世界」から「家路」のメロディと共に下校の時間ですと案内する。

今では大きなヘッドホンを付けて歩いている人は普通にいたりするのですが、放送部では当時珍しかったヘッドホンを装着して作業をするのがかっこよかったんです。

でもって、ある時、放送部の顧問の先生に許可を取った上で、このサントラ盤を昼休みに流したら、ことのほか好評で、特に音楽の先生には随分と褒められた記憶があります。

嫌いな音楽だったらそんなことはしないと思いますが、今から考えると給食を食べながら聞く音楽としてはあまり適切ではなかったかもしれませんね。

2026年5月18日月曜日

イタチハギ


道路沿いの土手に、ちょっと異様な植物を見つけました。

それぞれの枝の先に毛虫がたくさん付いているような、松の葉を根こそぎ食べてしまうマツノキハバチの巨大版みたいで、ちょっと近づきたくない感じ。

ところが、この黒いのが花なんです(正確には濃紫色)。

イタチハギ(鼬萩、別名 クロパナエンジュ)という植物で、本来は北米原産の外来種です。

繁殖力が強く他の植物の生育にも影響が出るため、「日本の侵略的外来種ワースト100」の中に含まれています。

この場所でも数十メートルに渡って広がっていて、花だとわかっても気持ちの良いものではありません。

ただし、もともとはマメ科の植物で、窒素を土中に作りやすく肥料としての効果が高いため、あえて植えられていることが多いようです。

また、花の部分からとれる蜜が、蜂蜜よりも濃厚な甘味があるので食用に利用されるみたいです。

2026年5月17日日曜日

驚神社 @ 青葉区あざみ野


驚神社と書いて、読み方はそのまま「おどろきじんじゃ」です。あざみ野駅から少し東側に行った早淵川のすぐ際にあります。住所で言うと、青葉区新石川町1丁目。えっ、こんなところに、こんな大きめの神社があるんだと驚くというのが名前の由来・・・な訳が無い。

創建年は不明ですが、奈良時代にもあったらしく、かなり古い歴史を持っていることは間違いない。昔々、この地域は石川牧と呼ばれていました。

その範囲は広くて、石川、荏田、大棚、茅ケ崎、黒須田、大場、鉄、麻生、鴨志田、王禅寺、菅生、土橋、有馬、馬絹、野川、梶ヶ谷などを含む地域されていました。この広範囲の地域には牧場があって、馬がたくさんいたらしい。

そこで飼育されていた馬は、時の政権へ奉納されていたようです。近くには鎌倉街道があったので、鎌倉時代には源頼朝の家臣の一人、畠山重忠(「鎌倉殿の13人」に登場します)の名馬とされる三日月はこの地で生まれ、自信はは何度もこの神社を参詣したと言われています。

つまり馬の敬う・・・と書いて「驚」となるわけです。驚神社はの石川牧の鎮守として、たいへん賑わい信仰を集めたようです。

御祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の一柱で、古代史の中では天照大神の弟の暴れん坊で有名ですが、八岐大蛇を退治した英雄ですから、厄除け、疫病退散、水難・火難除けの神と崇められています。

今では街の中に埋もれてしまった感はあますが、七五三の時には賑わいを取り戻しています。

2026年5月16日土曜日

小林幸子 / おもいで酒 (1979)


自分の音楽の嗜好は無国籍状態なんですが、そのルーツの一つとも言えるのがこれ。

小林幸子の昭和54年の「おもいで酒」を含めたLPレコードです。今ではラスボスと呼ばれる幸子さん、26歳の時の最初の大ヒット曲で、その歴史はここから始まったと言っても過言ではありません。

なんで買ったのかなぁ? 不思議と言えば不思議。実は、このちょっと前に石川さゆりの「津軽海峡冬景色」のLPも買ってるんですよね。

石川さゆりは、まぁ、同世代というのもあるかもしれないけど、サチコ姐さんはそこそこ年上ですしね。歌謡曲が大好きだった父親の影響とかもあるのかもしれません。

それにこのアルバムは、「おもいで酒」以外は、全部他人のカバー曲。ヒットしたんで、あわてて出したのがみえみえです。

この頃は、歌謡曲なら普通に山口百恵に入れ込んでいた時期ですし、洋楽ももうハード・ロックからジャズに移っていましたので、かなり異色のレコードです。

あえていうなら、(今もお美しいですが)きれいなお姉さんのジャケット買いというところだたのかもしれません。