2026年9月20日日曜日

嵐 (Tempest)


「Tempest」は2012年リリースの同名アルバムに収録された、13分54秒におよぶ長大な叙事詩です。アルバム全体が高く評価されている一方で、この曲に関しては初めて聴くと長すぎると言う評もありますが、聴き進めていくとしだいにこの世界観にはまって興味が湧いてきます。


西の町に青白い月が上り 彼女は沈みゆく大きな船の悲劇を語った
4月14日のことだった 船は予言された輝く未来に向かって船出した
星空は明るく海は澄み渡り影の間を進むが約束された時間が迫っていた

灯りは静かで船は滑るようだ 紳士淑女たちは永遠の住処に向かっていた
頭上のシャンデリアが静かに揺れて 楽団が終わった恋の歌を奏でる
舞踏室で皆が楽しむ間 見張り番は居眠りをしてタイタニックが沈む夢を見た

いつものようにレオはスケッチブックに心に浮かぶ景色を描こうとしていた
その時キューピットの矢が胸に刺さると 彼は近くにいた女性の膝に崩れ落ちた
その時騒がしくなり良くない予感が彼の心に告げた ここにいてはいけないと
急いで後ろの甲板に行くと 水は3フィートの深さにもなろうとしていた

煙突が傾き足が重たく彼は渦巻く風の中を歩くが空は回って見えた
宇宙の口が開いたように船は沈んでいく 天国が呼ぶが天使たちは顔を背けた
通路の明かりは弱々しく点滅し すでに死んだ人の体が浮いていた

エンジンが爆発してスクリューが止まった ボイラーが破裂して船体が割れた
乗客は四方に飛ばされ呻いたりもがいたりしている 誰もが疲れ切っていた
わずかな時間ですべてが引き裂かれ 奇蹟に見放されてなすがままだった
船が45度に傾いた時 見張り番は船が膝をつくように沈む夢を見ていた

ベッドが滑り出した時ウェリントンは寝ていたがなんとかテーブルを押しやった
砕けたガラスが散らばり 彼は拳銃を手に取ったがいつまでもつか
部下や仲間の姿はなく 事の成り行きを静観していた
闇に包まれた通路は狭く 様々な悲しみを見たり聞いたりした
警報が鳴り押し寄せる波を押し戻そうと 人々は互いにしがみついた

母親と娘は愛と悲しみの祈りをささげ、氷のような海に飛び込んだ
富豪のアスターは妻に口づけをした これが人生最後の旅だとも知らずに
3人の男が暗闇で賭けをしていた 誰もその結果は語れなかった
兄弟がいろいろなことで争っていた 死のダンスをするかのように戦った
沈みゆく瓦礫から救命艇が下ろされ 人々は他人を押しのけて我先と殺到した

司教は人々に手を差し伸べたが、天に向かってこの者たちを救い給えと言った
娼館の主人は女たちを逃がしたが すでに世界が終わるのを目の当たりにした
泳げないジムは笑うしかなかった そして足の不自由な子に場所を譲った
彼は東に流れ星を見た 死があたり一面に広がっていたが少し心が安らいだ

水が閉めたハッチを破ってきて金色に輝く階段の下で人々は溺れた
レオはクレオに「おかしくなりそうだ」と言ったがすでに理性は失われていた
皆を救うために出入口を塞ごうとしたが、怪我した腕からは出血していた
花びらが散るようにすべてが消えた 魔術師が呪いが続く長い時間だった

船主はブランデーと共に沈んでいった 誰よりも遅い最後だった
他にも永遠に名を残せない多くの人々がいた 彼らは初めての旅だった
手遅れの事態の中で見張り番は夢を見ながら誰かに伝えようとしていた

船長は舵を握りしめ何とか息をしていた 彼は5万トンの鉄屑の中にいた
羅針盤を見ると針は下向きになっていて、船長は敗北を悟った
薄暗い光で「ヨハネの黙示録」を読みながら過去を想い涙した
善悪、貧富に関係なく、1600もの命が消え死神の仕事もやっとおちついた

魂は事を理解しようとしたが 神のなさることなどわかるはずがなかった
衝撃の報はすぐに世界に広まり、愛の炎は消えすべてが終わったのだった
見張り番はタイタニックが青く暗い海の底に消えていく夢を見ていた

(意訳 : 亜沙郎)


6/8拍子で、たったの12小節のメロディが延々と繰り返されるという、実にシンプルな構成の曲。サビは無く、転調とかテンポを変えるとか技巧的なことも一切ない。ディランの作曲能力に疑問を持ちそうになりますが、多少は歌い方というか、音符の取り方が変わるところがあるだけですが、これで14分近くもたせてしまうところが逆に凄い。

便宜上、適当なところで改行を入れましたが、実際は1行が一つのコーラスなので、歌詞は45番まであることになります。居眠りをしている見張り番が度々登場し、彼の夢の中の出来事かのようにストーリーが進行していきます。

ヒントになったものの一つは、ウィリアム・シェイクスピア。そうです、有名な戯曲のひとつである「テンペスト」です。内容は、弟に国を奪われ娘と孤島へ流された元ミラノ公が、魔術で嵐を起こし仇敵の船を難破させ島へ誘い出す。彼は様々な策略で復讐を果たそうとしますが、やがて相手を許し、和解して帰国を選ぶというもの。

そしてもう一つが当然「タイタニック号の悲劇」です。1912年、当時世界最大の豪華客船タイタニック号が処女航海中に北大西洋で氷山と衝突し沈没しました。救命ボートの不足などから1500人以上の乗客乗員が犠牲となり、世界に大きな衝撃を与えた事件です。1920年代に書かれたタイタニックについての古い曲のメロディを下敷きにしていることはディラン自身が認めています。

また、登場するレオは、レオナルド・ディカプリオのことで、1997年の映画「タイタニック」の映像イメージに強くインスパイアされています。他には史実に基づく実在の人物や逸話も登場しますが、大半はディランの創作です。このことについて、ディランは「真実かどうかより、何が起こるべきだったのか、何が起こりえたのかを語ることが歌を作るものとして大事にしている」と述べています。

2026年9月19日土曜日

高地 (Highlands)


ボブ・ディランは、不調の時期は自作曲は少ないし、作っても長い歌詞を考えることはほぼありませんでした。1997年リリース「Time out of Mind」は、長く続いたスランプから抜け出たことを宣言したようなアルバムでしたが、アルバムの最後に置かれたのが「Highlands」でした。

長さは16分31秒で、ディラン史上第2位の長さです。抑揚の少ないシンプルなブルース・コードにのせて、ひたすら語るように歌い続けられます。


僕の心があるのは優美なハイランド 森にはスイカズラ
アバディーンの小川の岸にはブルーベルが咲く
その気になったら行くつもりだ

夢で夜通し窓が音をたてた すべては見たままだ
朝、目覚めると、いつもの古いページを見つめる
それはいつもの永遠の競争であり、いつもの束縛された生活

欲しいものは無いし奪いたいものも無い
ブロンドと偽物の違いはわからない 謎だらけの囚人の気分
誰か時計の針を戻してくれないか

旅をしていてもあの場所を忘れられない 「家」に着いたらそこにいる
風がリズムに乗ってトチノキに呟く 心はハイランドにある
一歩ずつ向かっていこう

大きな音でニール・ヤングを聴く 誰かがうるさいと怒鳴る
次の場面からその次へと漂うような気分だ
これは一体どうしたことかと考えてしまう

狂気が魂を揺さぶり 君は僕がまともじゃないと言うだろう
良心があったらおかしくなっていた どうすればいいんだ
たぶん質屋にでも預けるしかないな

僕の心があるのは夜明けのハイランド 美しい湖には黒鳥
大きな雲は揺れる荷車みたいだ 心はハイランドにある
行き先はそこしかない

ボストンのレストランで どうしたいのかわからないでいた
わかっているのかもしれないけれど確信がない
店にはウエイトレスと僕しかいない

誰もいないのは祝日のせい 僕が座ると彼女がやってきた
彼女は可愛くてスタイルが良く、注文は? と聞いてきた
うーん、半熟卵あるかな、と僕は言った

お持ちしたいけど売り切れ、来るのが遅かったわ、と彼女
あなたは絵描きでしょう 私を描いてとも言った
でも、僕は想像だけで描くことはできないんだ

あら、私はあなたの目の前にいるのよ 悪いけどスケッチブックが無い
彼女はナプキンを取り出して、じゃあ、これになら描けるわねと言う
悪いけど鉛筆が無いんだ

彼女は耳に引っかけていた鉛筆を取り出した さあ描いてみて
いくつか線を描いてから彼女に渡したが投げ返してきた
これ全然私に似てないじゃないの

お嬢さん、これは間違いなく君なんだ
冗談はやめて あなたは女性作家の本なんて読まないのね
なんでわかるんだい それとこれとは関係はないさ

あなたは読書家にはみえないわ 何か読んだことがあるの
エリカ・ジョングなら読んだよ、と言ったら彼女は行ってしまった
店から出たが、誰もどこへも行こうとしていなかった

僕の心があるのは馬や猟犬と共にハイランド
町から離れた国境より遠い 矢が放たれる音と弓が弾ける音がする
そこへ行く道はひとつしかない

毎日同じことばかり かつてないほど遠くなった気がする
人生には学ぶには遅すぎることがある 僕は道に迷ったらしい
何度か角を間違って曲がったのだろう

苦悩を忘れた人々が公園にいる 彼らは派手な服を着て飲み歌っている
魅力的な女性を連れた若い男たちだ 彼らと入れ替わりたい
できるものなら今すぐに

自分で独り言を言いながら 野犬を避けて通りを横切る
今の自分には革でできたロング・コートが必要だ
誰かが有権者登録したか聞いてきた

太陽が昇ってきて僕を照らす でもいつもとは何か違う
楽しい時間は過ぎ去り話したいことも無くなった
見直すとすべてがはるか遠くになってしまった

僕の心があるのは夜明けのハイランド あの丘の遥か向こう
たどり着く道はいつか必ず見つけることができるだろう
でもすでに心の中にあるから、今は満足している

(意訳 : 亜沙郎)


この歌詞で繰り返される「私の心はハイランドにある (My heart's in the Highlands...)というフレーズは、18世紀後半のスコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)の有名な詩「My Heart's in the Highlands」をモチーフとして引用されています。37歳で早世したバーンズの原詩は、故郷の高地(highland)への郷愁を、理想郷として謳ったものとされています。

アバディーンは、スコットランド北東部の地名。そもそもスコットランド北部は、一般にハイランド地方と呼ばれています。ニール・ヤングは、言わずと知れたフォーク・ロック歌手。エリカ・ジョングはディランと同世代の作家で、処女作「飛ぶのが怖い」が有名です。スイカズラ、ブルーベル、トチノキはいずれも、比較的気温が低い地域の森を作る植物です。

自分の不満だらけの今の生活から抜け出したいわけですが、おそらくレストランに入って妄想の世界に引き込まれてしまったようです。店から出ると「誰もどこへも行こうとしない」、つまり夢みたいなハイランドにこだわっているのは自分だけということ。そして夜明けとともに夢は消え、現実を受け入れるしかないことに気が付くのです。

とにかく長い。さすがにディランもライブで披露するときは、歌詞が抜けたり忘れたりしてその場で「作詞」したりと苦労したようです。内容的には、ディラン自身の境遇が重なっているように思えますが、理想的な生活(心のハイランド)を目指したいが、なかなかたどり着けない男のストーリーとゆったりしたブルースが見事にはまっています。

ディランの別バージョンは、「The Bootleg Series Vol.17」に同曲のスタジオ・アウトテイクとライブでの演奏が収録されています。また、これだけ長い曲にもかかわらずギタリストのスティーブン・マイケル、ノルウェー語に翻訳したアルヴェ=グンナー・ヘロイ、ポーランド語に翻訳したdylan .plの3組のアーティストによるカバーがあります。

2026年9月18日金曜日

リリーとローズマリーとハートのジャック (Lily, Rosemary and the Jack of Hearts)


1975年リリースの「Blood on the Tracks」は、ボブ・ディランの名盤として不動の地位を保っていますが、何しろディランの創作意欲が極限に高まった時期のアルバムです。だからというわけではないでしょうが、収録曲は全般に長めのものが多い。

「Idiot Wind」が7分48秒で、主として妻との関係が悪化したことに端を発する内容のように思われてしまうのですが、ディラン自身はやり過ぎたと反省しているらしい。もう一つ長尺なのが8分51秒のこの曲で、ある意味典型的なディランの寓話型の歌詞になっています。


祭が終わりギャングは次の計画を始めていた 壁を壊す音以外はキャバレーは静かだ
外出禁止令は解除され賭博場は閉店 まともな奴は皆町から出ていった
彼は入口に立っている まるでハートのジャックのように

彼は鏡の間の奥に行くと、全員の席を用意するように言った
全員が一瞬だけ振り返った 彼は見知らぬ男にショーの時間を尋ねた
彼は角に行き顔を伏せた まるでハートのジャックのように

舞台裏で女たちがポーカーをしている リリーの手にはクイーンが2枚
通りに人が集まり始め窓は開いている 穏やかな風は室内でも感じた
リリーが引いた次のカードはハートのジャックだった

ダイヤ鉱山の持ち主ビッグ・ジムは馬鹿じゃない いつも立派な身なりだ
用心棒を連れ銀のステッキを持ち髪型はきまってる 欲しければ何でも手に入る
だが用心棒も銀ステッキもかなわない ハートのジャックには

ローズマリーは馬車で町に向かう 王冠を外した女王みたいに裏から忍び込んだ
派手なつけまつげでジムに遅れて御免なさいと囁く でも彼は聞いちゃいない
彼がぼんやりと宙を見つめている先にはハートのジャック

メキシコで見たか、あるいは指名手配写真の中の顔だとジムは考えた 
その時観衆が足を鳴らし灯りが消えた 暗闇に残ったのは彼とジム
彼らが見ていたのは蝶が引き当てたカード それはハートのジャック

リリーは王女のように可愛い やるべき事をして微笑みは輝いた
家庭は複雑でいろいろな恋を経験した いろいろな男たちといろいろな場所で
でも彼女はこんな男は初めて会った それはハートのジャック

いつのまにか判事が食事をしていた 壁を壊す音は相変わらず続いている
リリーの指輪はジムからの贈り物 リリーと王様の間を裂くものはない
いや、ないはずだった ハートのジャックを除いて

酔ったローズマリーは自分が映るナイフを見る ジムの妻役に疲れ果てたのだ
死のうとしたこともあるけれど、その前に一つでも善いことをしたかった
彼女は未来をみていた ハートのジャック次第で

ドレスを脱いだリリーは彼に言う 運命ね、わかってたでしょう?
ペンキ塗りたての壁に注意して 聖人みたいなあなたに生きて会えてよかった
廊下の向こうから足音がする ハートのジャックを追いかけて

舞台監督はいらついていた 何か変だ 嫌な予感がする
判事を呼びに行ったが彼は酔いつぶれていた 修道士役の俳優が通り過ぎた
他にまともな俳優はいない ハートのジャックを除いて

リリーは愛する男に抱きついた 彼女を追いまわす嫌な男は忘れていた
彼は会いたかったという彼女の言葉を信じたが、ドア越しの嫉妬は知らなかった
それもまたありふれた出来事にすぎない ハートのジャックの人生にとって

詳しくはわからないけど事態は急展開 ドアが開いて拳銃が向けられた
落ち着いた様子のビッグ・ジムだった 隣には目が据わったローズマリー
でもローズマリーの心はジムから離れていた ハートのジャックへと

二部屋向こうでついにギャングは壁を壊して隣の銀行から大金を手に入れた
ギャングたちはまっ暗な川辺で、もう一人の仲間を待っていた
やるべきことがあったが動けない ハートのジャック抜きでは

明日は死刑執行の日 ナイフが刺さったビッグ・ジムの死体が横たわっていた
絞首台のローズマリーは落ち着いていた 今日の判事はしらふだ
その場から姿を消していたものが一人いた ハートのジャックだ

キャバレーは空っぽで修理のため休業中という看板が出ていた
素に戻ったリリーは、忘れていた父親、ローズマリー、そして法のことを考えた
でも何よりも心にあったのはハートのジャックのことだった

(意訳 : 亜沙郎)


読んでみると、これはさすがにわかりやすい。完璧なストーリーがあって、起承転結がはっきりしています。軽快なリズムに乗って、この長い話がするすると語られていきます。

イメージとしては、まさに西部劇の世界。埃が舞うメインストリートの両側に、酒場、雑貨屋、保安官事務所、ホテル、売春宿、賭博場とキャバレー、そしてその隣には銀行が並んでいる。

ギャングたちは今では閉店している賭博場の壁をぶち抜いて隣の銀行から金を奪おうとしている。その時、町の名士であるビッグ・ボスが妻のローズマリーを伴って店にやって来るのですが、ローズマリーは夫がキャバレーの踊り子のリリーにご執心なのが面白くない。しかしリリーが夢中なのはハートのジャック。そして悲劇が起こってしまいます。

ここで気になるのは、ハートのジャックとは何者なのかという点です。おそらくギャングのボスで、リリーとローズマリーが一目ぼれしたくらいですから、おそらく相当なイケメンで恐ろしく腕っぷしのきく男。これだけのストーリーが作れるのに、実際の映画の脚本となるとからっきしダメなのがディランの不思議な所です。

深読みする必要はありませんが、印象派絵画みたいな歌詞だけでなく、こういうのもあるという良い見本かなと思います。そのわかりやすさもあってか、長い歌のわりには何人かによってカバーされています。ジョーン・バエズはライブ・アルバムに収録し、他にもメアリー・リーズ・コルベット、トム・ラッセルらによって聴くことができます。

2026年9月17日木曜日

ヨハンナの幻影 (Visions of Johanna)


1966年リリースされたボブ・ディランの名作「Blonde on Blonde」は、2枚組というだけあって長い曲が多い。何と言っても、レコードの最後の1面を占める「Sad Eyed Lady of the Lowlands」は11分23秒で、新婚の妻サラへの賛歌。7分5秒の「Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again」も、ディランの哲学がよく表れていると言われていますが、ここでは「Visions of Johanna」を取り上げます。時間は7分33秒です。


不穏な夜に、皆は認めようとはしないが、俺たちは行き詰っていた
ルイーズは雨を両手ですくって抗って見せてと君に言う
屋根裏の灯が漏れてきて、部屋の暖房のパイプが音を立てている
ラジオから静かに懐かしい音楽が流れ、まったく止める気にはならない
ルイーズは彼女の恋人と抱き合うけど、俺の心はヨハンナの幻影で一杯

目隠し鬼をして空き地で遊ぶ女たち、地下鉄ではしゃぐ娼婦たち
夜間の警備員がライトをつける音が聞こえた
彼は、自分と彼女たちのどっちが狂っているのか考えているようだ
ルイーズはそばにいて大丈夫、でもきっぱりとヨハンナがいないと言う
電気の亡霊が吠えて、ヨハンナの幻影が俺の場所に居座っている

本気で困っている迷子が自分の不幸を自慢して、むしろ楽しんでいるようだ
彼女の名を口にすると、迷子は去り際のキスの話をしてきた
役に立たないわりに図々しく、壁に向かってどうでもいいことを呟いている
何て言えばいい? 本当に生きていくのは大変だ
夜が明けるというのにヨハンナの幻影が俺を眠らせてくれない

美術館では無限について議論され、救いなんてこんなもんさと聞こえてくる
でもモナリザは憂鬱な旅をしていたことは、あの微笑みを見ればわかる
能面のような女たちがくしゃみをすると壁際の花が凍ってしまう
俺の膝はどこだと口髭男が言い、ラバの首には宝石と双眼鏡がかかっている
そのすべてが残酷に見えるのはヨハンナの幻影のせいなのだ

伯爵夫人のお気に入りの商人は、独りで生きてる奴がいたら祈ってやると言う
でも、あんたは何も見えてないというのが、彼を迎える時のルイーズの口癖
マドンナの姿はなく舞台衣装があった場所には、錆びた空の檻がある
バイオリン弾きが通りで魚を運搬する車の後ろに「借金完済」と書き込んだ
俺はハーモニカの音に気持ちが昂りヨハンナの幻影だけが残されていた

(意訳 : 亜沙郎)


この曲の歌詞は、作詞家としてのディランの最高傑作とまで称賛する評論家もいるくらいですが、やはり凡人にはその真の意味を簡単には理解させてくれそうもありません。

最初の節は今の現実。ルイーズという身近な女性と一緒に安ホテルかどこかにいる情景ですが、おそらくルイーズは実際の結婚したばかりの妻のサラがモデルでしょうか。ヨハンナは目の前には実在しない理想の象徴で、この時はすでに別れた元恋人(おそらくジョーン・バエズ)が想定されます。

となると、結婚しておきながら元カノが忘れられないという、常人ならかなり我儘な男のうじうじしたボヤキみたいなことになる。そこに芸術性が生まれてくるのがアーティストなんですが、話を複雑にしているのはルイーズ、ヨハンナ、俺の三人以外に「君」とか「ルイーズの恋人」とかまで出てきて、登場人物が多いところ。

これらの場面をキリストの「最後の晩餐」に例えて深読みしている方もいたりしますが、少なくとも人物が多いことで「俺」の罪を分散して、直接的にルイーズから非難されないようにしているように思えます。

とは言え、現実から始まり、次第に幻影に支配されていく割合が増えていくので、後半になるほど不思議な情景が広がっていて、単純な三角関係では読み解けません。現実の女性によって助けられることはなく、迷子になったりするのも自分、美術館も慰みにならないのも自分ということでしょう。これらの隠喩的な表現は、ディラン独自の感性から来る物で、それまでのポピュラー音楽史にはなかったものとして評価されてしかるべきと思います。

もともとニューヨーク・セッションでThe Bandを従えて録音されたのですが、「The Bootleg Series Vol.12 Cutting Edge」にいくつものテイクが含まれていて、ミディアム・テンポ、アップ・テンポ、ブルース風、スロー・テンポ、カントリー・ロック調など、いろいろなパターンが17テイクも試されました。進捗状況に業を煮やしたプロデューサーの提案で、ナッシュビルに移動して、ようやく納得のテイクが仕上がったというエピソードが有名です。

1966年のイギリス・ツアーでは、ほぼすべての公演で前半のアコースティック・ステージで弾き語りで演奏されていて、現在ではすべてがリリースされています。複雑で長い歌詞をどうやって覚えられるのか尋ねられたディランは、この曲については言葉ではなくイメージで覚えているので簡単だと答えています。

2026年9月16日水曜日

冷やしかきたまにんにく辛口スタミナラーメン @ セブンイレブン


とにかくタイトルが長い。

中身の説明を全部書き出したらこれになったみたいな感じです。

で、結局、これを短く言えば。。。

元祖ニュータンタンメンの冷たいバージョン。

川崎、横浜北部ではけっこう知られたラーメンで、自分も好きなんですが、サンヨー食品が味を再現したインスタントの袋麺とカップ麺も発売されています。

特徴は・・・まさにこのタイトル通りです。

ただし、辛いといっても、それほどではない。

また、熱々で食べると味も際立つのですが、冷たいのはどうなのか・・・正直、いまいちです。

まず、辛さが目立たない。にんにんくも真ん中にドカンっとありますが、万人向けにそれほど匂わないタイプを使っているのか、あまり主張してきません。

味が悪いわけではないのですが、元祖ニュータンタンメンだとおもって食べると「あれっ?」となる。

もっともどこにも元祖ニュータンタンメンとは書いてないので、こっちの勝手な思い込みがわるいわけですけどね。

2026年9月15日火曜日

廃墟の街 (Desolation Row)


1965年リリース、ボブ・ディランのロック転向を決定づけた名盤「Highway 61 Revisited」に収録された「Desolation Row」は、ディランとしては初めて10分を超える長尺曲(11分21秒)です。ロック色の強いアルバムの中で、唯一アコースティックなサウンドでまとめられ、ラストを締めくくりました。


絞首刑の絵葉書が売られ、パスポートは塗りつぶされている
水兵で美容室は一杯、町にはサーカスが来ている
盲目の役人が片手で綱渡り芸人をつかみ反対の手はズボンのポケットの中
行き場のないイラついた治安部隊を、今夜私は女と廃墟の街で眺めていた

軽薄なシンデレラは、仲間はわかると笑い、
ベティ・デイビスのようにお尻のポケットに手を入れる
君は僕のものと呻くロミオが来るが、誰かが出る幕じゃないと言う
救急車が走り去るとシンデレラの箒の音だけが廃墟の街に響いた

月も星も消え始め、占い師の女は帰り支度をしている
カインとアベルとノートルダムのせむし男が残っている
皆愛し合うか雨を予感して、善きサマリア人は身支度をしている
彼はショーの準備をして廃墟の街の謝肉祭に行こうとしている

窓の下のオフィーリアは22歳だというのに一人きりなのが心配だ
彼女には死はロマンで、鉄の服を着て信仰が仕事になっている
罪なことに彼女には生気がなく、ノアの大きな虹を見続けている
彼女は荒廃の街をのぞき見して時間を潰しているのだ

ロビン・フッドの姿のアインシュタインが通り過ぎたのは1時間前
一緒にいた妬み深い修道士は完璧な姿だったが煙草をねだっていた
彼は排水管の匂いを嗅ぐとABCを繰り返しながら去っていった
彼はかつては電気バイオリン弾きとして廃墟の街で有名だった

革のコップに閉じこもったDr.フィルスは、患者に吹き飛ばされそうだ
落ちこぼれの看護師が持つのは青酸カリと魂に慈悲をと書かれたカード
彼らが全員で縦笛を演奏している音が聞こえるはずだ
廃墟の街で身を乗り出しさえすればね

通りをまたいで垂れ幕が用意され祝宴の準備が始まった
オペラ座の怪人が司祭のいで立ちで、カサノヴァに自信がつく食事を与える
言葉で盛り上げておいて、自信過剰で自滅させるためだ
怪人はカサノヴァは廃墟の街に行った罰をうけているのだと叫んだ

真夜中に役人や超人が姿を見せ、自分たちより優れた人々を集めた
工場に連れて行くと全員の肩に心臓麻痺マシンを装着させた
保険屋たちは城から灯油を運んできた
廃墟の街から誰も逃げ出していないか確認するためだった

皇帝ネロの海の神万歳、タイタニックは夜明けに出航するぞ
エズラ・パウンドとT.S.エリオットが争い、どちらの味方かと聞かれる
漁師は海の窓と窓の間に花を飾るのは美しい人魚のためだ
そこでは廃墟の街のことを思い悩む必要はない

昨日君から手紙を受け取ったのはドアノブがちょうど壊れた時だった
調子はどうって書いてあったけど、何かの冗談かい
君の退屈な友人たちのことはもうちゃんと文字を読む気にならない
だからもう手紙は送らないでくれ、廃墟の街からでないなら

(意訳 : 亜沙郎)


もうわけがわかりません。これでも精一杯日本語として成立するように言葉を選んだつもりなんですが、一つ一つの単語、文節を理解することはほぼ不可能に近い作業だと思います。つまり、この混乱の中から全体的な雰囲気を掴むことができれば十分だし、ディラン本人もそれを期待しているのではないかと思います。

あらゆる文明・文化が混在して、不条理な世界を形作っているというのが基本にあり、当然これは今の現実世界を象徴的に表していることは間違いありません。この中には、多くの実在する、あるいは架空の人物が登場するので、まずは聴く者の知識の有無を試されているのがポイントです。

物理学の天才アインシュタイン、大女優ベティ・デイビス、ローマ帝国の暴君ネロ、エズラ・パウンドとT.S.エリオットは近代詩のライバルです。貧乏から成りあがったシンデレラ、シェイクスピアの登場人物はオフィーリアとロミオ、そしてロビン・フッド、ノートルダムのせむし男、オペラ座の怪人、カサノヴァもフィクションからの人物。聖書からはカインとアベル、箱舟のノアと善きサマリア人が登場。Dr.フィルスだけは創作(ナチス関連かも?)のようです。

そんなカオスの世界ですが、聴きだすと中山康樹氏が自著で書いているように「止めどもなくあふれてくるイマジネーションの世界を楽しめば良い」わけで、確かに延々と聴いていられる不思議な魅力がある。最後の文節だけは現実に戻ったみたいで、「廃墟の街」以外からの手紙はお断りとしているのは、逆説的な表現で「廃墟の街」こそが現実ということでしょう。

江戸川乱歩が色紙に好んで書いた言葉として「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」というのがあります。もともとは乱歩のペンネームになった、アメリカの小説家エドガー・アラン・ポーの詩の中の一節に感化されて書き始めたそうです。この曲の歌詞はまさにこの言葉通りで、もしかしたらディランはポーのファンだったのかもしれません。

オリジナルはチャーリー・マッコイのギターが絶妙に絡みますが、1966年のツアー・ライブでは一人の弾き語り、1994年の「MTV Unplugged」ではバンド・バージョン(短縮版)を聞くことができます。

2026年9月14日月曜日

自由の鐘 (Chimes of Freedom)


1964年リリースの「Another Side of Bob Dylan」は、ボブ・ディランがプロテスト・ソングを歌うフォーク・シンガーのイメージを打ち捨てたアルバムでした。

このアルバムには、2つの長尺の曲が収録されていて、一つは8分16秒の「Ballad in Plain D 」です。ニューヨークに出てきたばかりの頃の恋人、スーズ・ロトロとの別れの情景を歌ったもので、ディラン自身が書いたことを後悔しているという珍しい曲。

もう一つは、名曲とされる7分10秒の「Chimes of Freedom」で、自らのギター伴奏だけで歌われる歌詞の内容はかなり抽象的で難解なものになりました。


日没と真夜中の鐘の途切れる間に、雷鳴を避けて私たちは軒下に身を寄せた
稲妻が鐘のように影を打鳴らし、自由の鐘の音のようにだ

戦わない戦士たち、武器を持たない難民たち、そして闇にまぎれた兵士のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた

街が溶けるような熱気の中、迫って来る壁から顔を隠して
私たちは稲妻と結婚の鐘が混ざり合うところを見た

反逆者、放蕩者、不運な者、見捨てられた者、置き去りにされた者のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた

雹が激しく降り、空は詩情を打ち砕き、教会の鐘の音はかき消され
稲妻の鐘と雷鳴だけが残った

優しい者、親切な者、心を守り保護する者、そして信念を持った画家のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた

夕暮れの荒れた大聖堂は、雨によって物語られるようだ
想いを語る場すらない名も無き者や、いつも軽くあしらわれる者に鐘が響く

虐げられた者、夫を亡くした母、卑しめられた娼婦、惨めな犯罪者のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた


(意訳 : 亜沙郎)


嵐の夜に雷と雨を避けて、どこかの街の家の軒下を借りている時に、聞こえてくる雷鳴がさまざまな弱者に対する鐘の音のように聞こえ、それらの人々への連帯を表明している内容です。

シュールレアリスムの先駆者と言われる詩人ランボーの影響があると分析する批評家もいますが、確かに歌詞の内容は今までにないくらい意味がわかりにくい。そのまま日本語にしたら、まったく理解不能な文章になってしまいます。

鐘を英語でいう場合、教会の鐘のような大きなものは「bell」が使われることが多く、「chime」というと入口のドアについている小型のものとか、楽器として使われるようなものを指すように思います。もしかしたら、この歌の場合は「バリバリバリ」と連続的に鳴る雷の音はドアの呼び鈴を続けて鳴らす、あるいは楽器が共鳴するようなイメージかもしれません。


それでも、たぶんこういうことを言いたいのだろうと想像に任せて訳したのが上の文章です。英語ネイティブの人には、どこかピンと来るところがあるのか、意外にこの曲をカバーしているアーティストが多い。特に有名なのはThe Byrdsですが、その後ブルース・スプリングスティーンのものも評判になりました。

ディラン自身は、1964年前半はコンサートで必ず歌う重要レパートリーになっていましたが、その後長らく歌うことはありませんでした。ところが、1987年に20数年ぶりにグレイトフル・デッドとのツアーで取り上げてからは、時々ステージで披露されています。

2026年9月13日日曜日

神を味方に (With God on Our Side)


世の中には様々なランキングがありますが、どんなに客観性を持たせようとしても、音楽に関してはそもそもが主観的な芸術のジャンルですから、評価の仕方をいろいろ変えても万人を納得させることは無理というものです。

ボブ・ディランについても同じ。アルバムの売れた枚数は、一見客観的な数字のように見えますが、数字として出てくるのはレコード会社から出荷された数字であって、それが本当に買われたかどうかはわからない。また、年々積み上がっていくはずなので、最終的な順位というものは変わるかもしれません。さらに名曲ベスト10とかになると、何をもって名曲と判断するのかは個々の判断によるものですから、人によっては驚くようなランキングを作ることだってあります。

ディランの公式HPは、多くの情報を開示していて、曲ごとのこれまでにライブなどで歌われた回数のカウントがわかります。この数字からは、ディラン本人の曲に対する好き嫌いなどが想像できるのですが、あまりファンの期待に迎合するタイプのアーティストではないので、名曲の判断とは別のものです。世間では名曲と言われていても、ライブでは一度も歌われていない曲だってあるわけで、そもそもいろいろな大人の事情も加わっているかもしれません。

全部で600曲以上あるディランの自作曲の中で、ファンがごく一般的に好きな曲とする定番の曲、あるいはこれだけは知っていて欲しいと思っている曲は、ある程度意見が一致していると思います。ネットなどで見聞きすることが多いもの、ライブなどでよく演奏されているもの、そして当然ながら自分の好みも加味して、それらをリストアップしてみます。好みの問題があるので順位は付けません。

Blowin' in the Wind
Time They Are A-Changin'
Like A Rollin' Stone
Just Like A Woman
Mr.Tambourine Man
Knockin' on Heaven's Door
My Back Pages
Don't Think Twice, It's Alright
Forever Young
Hurricane
Gotta Serve Somebody
All Along the Watchtower
Changing of the Guards
Girl from the North Country
Lay Lady Lay
Simple Twist of Fate
Tangled up in Blue

もちろん、これらは有名なだけでなく、曲としても良いものだと思いますが、これら以外にあまりランキングに入って来ない「長尺物」と呼べる曲がある。単純に時間的に長いということですが、ディランの場合演奏そのものより、圧倒的に歌詞が長い。ヒットチャートを賑わすことは絶対と言って良いほど無いのですが、実はディランの作詞家としての本質が現れるのはこれらの曲です。

何分以上なら長尺という定義があるわけではありませんが、最近は長いものが増えたとはいえ通常のポップスは数分の長さが多い。これはもともとラジオなどで流す際の都合で合わせられた側面がありそうですが、アーティストが表現したいことを詰め込むにはちょっと時間が足りないと言えます。ここでは一応、5分間以上のものの中から、歌詞の内容に注目していくつかの曲を紹介していくことにしたいと思います。

最初にチョイスしたのは、「With God on Our Side」です。

アルバムは1964年リリースの「The Times They Are A-Changin'」に収録されていて、時間は7分8秒。


俺の名前や年なんてどうでもいい
故郷は中西部で、そこで従うべき法と
神が味方についていることを教わった
歴史書には騎兵隊がインディアンを倒したことが書いてある
神はまだ若かったこの国に味方した

スペインとの戦争や南北戦争もあった
神を味方にして銃を手にした英雄たちの名前を覚えさせられた
第一次世界大戦も同じで、自分には戦う理由はわからない
でもそれを誇りをもって受け入れることを学んだ
神が味方しているから、死者の数なんて数える必要はない

第二次世界大戦の後、ドイツを許し友人になった
彼らは600万人を死に追いやったけど、今は彼らにも神が味方している
ロシアを憎むように教わり、もしかしたら次の敵は彼らだ
彼らを憎み、怖れ、そして彼らから逃げて隠れるのだ
神を味方にして、それらを受け入れないといけない

でも、今では我々は化学兵器を持っている
使うべき時にはそれを使うだろう
神が味方しているから、何の疑問も無くその一撃を放つのだ
暗い中でキリストが接吻によって裏切られたことを考えてきた
イスカリオテのユダにさえ神が味方したかは君が決めることだ

とても疲れたからもう俺はここを離れるよ
そしてとても混乱していて、頭の中にはたくさんの言葉があるけど
それを口にすることができないでこぼれ落ちている
もしも、神が味方しているなら、神が次の戦争を止めてくれるだろう

(意訳:亜沙郎)


実際の歌詞には、この倍くらいの言葉が詰まっていますが、一番目立つのは「神が味方していてくれている」ということと、裏を返せばそれゆえにどんな戦争も正当化されてきたという痛烈な社会批判です。アメリカ建国のそもそもの始まりから、誰もが神がついているから自分たちは正しいのだという理屈を信じて歩んできたことが歌われています。

戦ってきた相手にも、たいていは何らかの「神」がついているわけであり、ことドイツについては、アメリカと同じでキリスト教の中でもプロテスタントが主流でしょうから、神が味方しているから何でも正しいというのはかなり強引な考え方です。

象徴的なのは、ユダが登場するところ。1966年のイギリス・ツアーのライブ会場で、ディランは観客の一人から「ユダ!!」と罵声を浴びています。これはフォークからロックへ鞍替えしたことが、ファンに対する裏切りと思われたものですが、声を上げた客は、もしかしたらこの曲のことが頭にあったかもしれません。

曲自体はイギリスのトラディショナルとそれを基にした1958年の別の歌からインスパイアされたものであると考えられています。ただし、そのきっかけとなったのは1963年のニューポート・フォーク・フェスティバルで聴いたものというのですが、そのフェスティバルですでにジョーン・バエズとのデュエットでこの曲を披露している(有名な動画あり)ので、成り立ちの真偽は不明です。

ディランは別の曲かと思わせるほどメロディを変えてしまうことがありますが、歌詞についても変更されることは珍しくはありません。1975年のRolling Thunder Tourの時には、ロシア以外にもいろいろな国名を並べて歌ったりしました。80年代後半には、「ベトナムでは何のために戦っていたのか。若者が大勢死んで母親が泣いた。神は我々の味方だったのか」という歌詞を追加しました。60年代にはリアルタイムの生々しさがあって歌の中には入れるのは控えたのかもしれません。

2026年9月12日土曜日

AIとの向き合い方


最近、巷では何でもAI、AIと、猫も杓子もAIブーム。

まぁ、サブスク支払ってまで、高度な機能を使う理由もないので、とりあえず各社の無料で使える部分を試してみました。

Windowsを使っていると、MicrosoftのCopilotが相性が良さそうですが、アプリケーションとの連動は無いので、いちいちコピー&ペーストを繰り返す必要があって面倒です。

それと、いろいろ制約もあってか、こちらの望んでいる成果が出にくいのが残念なところと感じました。

ブームの先駆けであるChatGPTも同様なんですが、旅行プランを頼んでみると、帰ってくる答えは箇条書きで温かみはありません。

ブラウザにGoogle Chromeを使っているので、GoogleのGeminiは、何かと作業している内容との連携がしやすくて気に入りました。

旅行パンフレットも、文章として作ってくれて、タイムテーブルなどもわかりやすいので、一番具体的な答えを返してくれました。

こうやってブログ記事を書いていて、すぐに「誤字脱字のチェック」と入れれば、すぐさま指摘してくれますし、頼んでもいないのに「素晴らしい記事ですので、このまま投稿してかまいません」などと褒めてくれます。

ただ、あくまでもネットにあふれる情報の中から選んできたものが答えになっているので、元ネタが間違っているために、まことしやかに間違った情報を提示してくる場合も時にはあります。

やはり、全面的に信用することはせず、自信がある時は、それ違うんじゃない、と4回くらい指摘するとGemini君は黙ったり、時には間違いを認めて謝ってきたりするところが人間っぽい。

Geminiの遊び方で、ちょっと楽しいのは画像生成機能です。

たぶん著作権とか肖像権とかの縛りはありそうですが、Chromeに写真をドロップしておいて、××な写真にしてとお願いすると、かなり優秀な作画で驚きます。

人物については、かなりいじってしまうので、ある程度細かい条件を付けたほうが良さそうです。

ちなみに上の写真は、「この記事にふさわしい実写っぽい写真を作ってください」という指示をしたら出てきたもの。

うまく使えば、無料サービスの範囲でも確かに作業効率が上がることは間違いありません。とは言え、そのままAIの言うことを鵜吞みにしないで、自分でも他の方法でファクト・チェックを怠らないことが大切ですね。

2026年9月11日金曜日

Shadow Kingdom (Movie 2021, Music 2023)


新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、2020年はついにステージに立つことができなかったボブ・ディランでしたが、6月にニュー・アルバムをリリースして御大健在ぶりを見せつけました。そして12月に、自身がこれまでに発表した600曲以上の楽曲の音楽出版権(パブリッシング・ライツ)をユニバーサル ミュージック グループに完全売却したことが発表されました。

契約額は3億〜4億ドル(約300億〜400億円以上)規模と報じられ、音楽業界で大きな話題となりました。これは、言ってみれば「終活」のようで、そのまま自分で権利を保持していた場合、その相続には莫大な費用がかかるため、むしろ現金化した方が有利という判断のようです。

パンデミックで活動を大きく制限されたミュージシャンの多くは、2021年になると無観客ライブを行いネットで配信することを始めました。日本でも同様の趣旨のライブ配信がたくさんありましたが、正直に言うとライブは観客の反応込みで成立することがあらためて理解できました。無観客はそれなりに面白いところはあるのですが、ミュージック・ビデオを見ているようで、ノリノリの熱気みたいなものは生まれてきません。

そんな中で、ディランは5月についに80歳の大台の誕生日を迎えます。そして7月18日に配信ライブを公開しました。事前の情報はかなり限定的で秘密に包まれていたのですが、いざ蓋を開けると無観客ライブではなく、作り込んだ映画のような映像美のもと旧曲を新たなアレンジでディランが歌うという内容でしたが、凝った演出を含めて高い評価を得ることになりました。

詳細なクレジットが公開されていないため、その制作過程については不明な点が多い。間違いないのは、白黒の美しい映像を完成させたのはアルマ・ハレルで、多くのミュージック・ビデオ作品で高い評価を得ているイスラエル出身の女性の映画監督です。

参加したミュージシャンたちのコメントなどを総合すると、そもそもの音源のレコーディングはロサンゼルスで、1月から3月にかけて行われたようです。注目すべきは、ディランのバンドとしては初めてドラムレスというところです。全体のリズムをリードしているのはアコーディオンで、アップライトのウッド・ベースが低音域をしっかりとカバーしています。

そして出来上がった音楽を、映像として完成するためにサンタモニカのスタジオにセットが組まれ、架空のマルセイユにあるレトロな「The Bon Bon Club」のステージにディランが登場するシーンが1週間ほどかけて撮影されました。興味深いのは、この映像に登場するミュージシャンはすべて本物で、例えばベースのジェイニー・コーワンは今最も注目の女性ベーシストですし、アコーディオンのアレクサンダー・バークは売れっ子ミュージシャンです。

映像では彼らは事前に録音された音源に合わせて、演奏する「演技」をしているのです。いわゆる口パクみたいなもので、フィンガーシンクロと呼ぶようです。ですから、最後のクレジットでは「Player」となっていて、「演奏者」というより「演技者」のニュアンスが強い。ただ好きなように歌うディランが口パクするのは、何か無理がありそうな気がするので、ディランだけはその場で歌っている可能性は十分ありそうです。

いずれにしても、このような手の込んだ手法は、パンデミックの影響で必要な人材を好きな時に好きなだけ集めることができないための、苦肉の策というところかもしれませんが、その分映像に登場するミュージシャンには余裕があって、いろいろと画面に合った動きを無理なくできたという利点があったのではないかと思います。

音楽としては、「昔の曲の焼き直し」という否定的な意見も散見されますが、全般的には好意的な意見が多い。実際、確かに「The Early Songs」というサブタイトルがついているぐらいですが、まったく今まで聞いたことがない新しいバンド・サウンドで、元の曲の名残を残しつつも再構築された楽曲は聴き応えがあります。

老齢の域に入ったディランは、自分のルーツ音楽を再生する作業を続けてきたことを考えると、ついにその矛先が自分そのものに向かったと考えれば、この企画は十分に納得できるものだと思います。2023年6月に、この映像のサウンド・トラックとしてCDが発売されました。

2021年11月にはライブ・ツアーが再開され、「Rough and Rowdy Ways World Wide Tour」と名付けられました。ライブの傍ら、2022年11月に他人の楽曲の魅力を掘り下げた「Philosophy of Modern Songs」を出版しています。2023年は待望の日本公演も行われ、2025年2月に伝記映画「A Complete Unknown」が公開され、その存在が世界から再注目されました。2026年も、85歳になりましたが相変わらずステージに立ち続けており、年内はびっしりライブの予定が詰まっています。


When I Paint My Masterpiece
Most Likely You Go Your Way and I'll Go Mine
Queen Jane Approximately
I'll Be Your Baby Tonight
Just Like Tom Thumb's Blues
Tombstone Blues
To Be Alone with You
What Was It You Wanted
Forever Young
1Pledging My Time
The Wicked Messenger
Watching the River Flow
It's All Over Now Baby Blue
Sierra's Theme

Bob Dylan (vo, g, harmonica)

Players :
Alexander Burke (accordion), Buck Meek (g), Shahzad Ismaily (g)
Janie Cowan (b), Joshua Crumbly (g)

MUsicians :
Jeff Taylor (accordion), Greg Leisz (g, pedal steel guitar, mandolin)
Tim Pierce (g), T-Bone Burnett (g), Ira Ingber (g)
Don Was (aco.b), John Avila (ele.b), Doug Lacy (accordion)
Steve Bartek (aco.g)

Janurary ~ March, 2021, Los Angelses

☆☆☆☆☆☆☆☆・・

2026年9月10日木曜日

Rough and Rowdy Ways (2020)


ボブ・ディランは2012年の「Tempest」リリース後、アルバムではアメリカの古い曲を再発見・再構築することに注力し、新しい自作曲はまったく登場していませんでした。しかし、2013年にはフランス政府から最高権威の勲章であるレジオン・ドヌール勲章(シュヴァリエ)を授与されたり、2015年にはグラミー賞関連団体からの「ミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。そして、大きな話題となった2016年のノーベル文学賞受賞という具合に、長年に渡る音楽芸術の発展に寄与した功績が評価されています。

70代でいよいよ「過去の人」になったかのような印象を持ちますが、実は「Never Ending Tour」はほとんど同じようなペースで続いていて、それだけでも驚異的な事です。演奏スタイルは、立ってギターから坐ってピアノを弾くスタイルが増えたのですが、それくらいの変化に対して文句を言う者など一人もいません。

また、過去の未発表音源を集大成する「The Bootleg Series」が、続々と登場していて、その度ごとに埋もれていた名曲・名演に誰もが驚き、ディランの新たな評価につながりました。また、2019年に伝説的な1975年の「Rolling Thunder Revue」ツアーを題材にしたマーティン・スコセッシ監督によるNetflix映画が公開され、さらに注目を集めることになりました。

年老いてもこのペースで活躍し続けると思われた2020年、年明けから世界中を大混乱に陥れた新型コロナウイルスによるパンデミックが発生しました。4月からは日本ツアーが組まれていましたが中止となり、ディランに限らずほとんどの音楽家はステイ・ホームを余儀なくされ、活動を休止せざるを得ない状況になりました。

ところが、そんな中でディランがディランたる動きを見せます。3月下旬に、突然オフィシャル・サイトで「Murder Most Foul」を公開したのです。ケネディ大統領暗殺から始まり60年近いアメリカの文化史の移り変わりを描き出した17分近い新曲で、事前の予告などがまったく無かったことから業界やファンは騒然となりました。

さらに6月に全曲自作曲のニュー・アルバム「Rough and Rowdy Ways」がリリースされ、世界中で大ヒットしました。タイトルは直訳すると「荒々しく騒がしい道」ですが、まさにディランの生き様を象徴するような「波乱万丈」という意味がしっくりきます。

2019年12月初旬にツアーが一段落したところから、曲作りやリハーサルが始まっていたようです。このツアーのバンドはこの数年で自他ともに最も素晴らしいと評価されていたことが、創作意欲をかきたてたのかもしれません。

主なレコーディングはハリウッドで1月から2月に行われ、パンデミックによるアメリカ国内のロックダウンは各地で3月中旬から始まったので、もう少し遅かったら完成できなかったかもしれないギリギリのタイミングです。演奏にはツアー・バンドを中心として、フィオナ・アップル(p)、ベンモント・テンチ(key)、ブレイク・ミルズ(g)らのゲストが加わりました。

録音はディランのスタイルである、細かい打ち合わせはほとんどしないで、ほぼライブ感覚の一発録りで行われ、その場のミュージシャンは高度な緊張を強いられたようです。スタンダード集を経て、ディランのボーカルは渋味が増し、洗練されたさらなる進化が伺えることも含めて、アルバムは各方面で絶賛されました。

CDは2枚組で、1枚目には9曲、2枚目には「Murder Most Foul」の1曲だけという構成で、全部で70分。つまり、一枚のCDに収めることも可能だったにもかかわらず、「Murder Most Foul」だけを独立させたのには、この曲への強い思いが感じ取れます。

全体的には21世紀になってからのサウンド、つまりフォーク、カントリー、ブルース、ロックンロールなどの要素を取り込んだ、少し懐かしさを感じるようなムードの中にモダンな要素が取り入れられた音楽・・・という表現が順当なのか、正解がよくわからないところはあります。ただ、これが「ディラン」という種類のある種の音楽のジャンルみたいなものと考えれば、ディランは絶好調で我が道を進んでいるというところでしょう。


I Contain Multitudes
False Prophet
My Own Version of You
I've Made Up My Mind to Give Myself to You
Black Rider
Goodbye Jimmy Reed
Mother of Muses
Crossing the Rubicon
Key West (Philosopher Pirate)
Murder Most Foul

Bob Dylan (vo, g, harmonica)
Charlie Sexton (g), Bob Britt (g), Tony Garnier (b)
Donnie Herron (steel guitar, vn, accordion, mandolin)
Matt Chamberlain (ds)
Blake Mills (g, harmonium), Benmont Tench (org), Alan Pasqua (pf)
Fiona Apple (pf), Tommy Rhodes (b)

January ~ March, 2020, Los Angeles

☆☆☆☆☆☆☆・・・

2026年9月9日水曜日

ノーベル文学賞


ボブ・ディラン、70歳代後半に差し掛かっても、新しいオリジナル曲は登場しませんが、カバー曲集を作り続け、そして何よりも1988年以来の「Never Ending Tour」が継続しています。まさに「終わることの無い旅路」に相応しい。

公演回数は2013年85回、以後92回、87回、75回、84回、84回そして2019年には77回です。この間に、2014年と2016年には日本公演も行われています。2020年も4月から日本でのステージが予定されていましたが、そこに降ってわいたのが世界中を混乱に陥れたコロナ禍です。

これまで一つのまとまったツアーとツアーの間に、アルバム制作、休養などで1~2か月間ステージから離れることはありましたが、2020年は来日公演は当然中止になり、年間のライブ活動は0回になってしまいます。

しかし、この間にディラン人生において最大(かもしれない)の出来事がありました。

2016年10月13日、スウェーデン・アカデミーからノーベル文学賞が発表され、「偉大なアメリカの楽曲伝統の中に、新たな詩的表現を創造した」としてディランが受賞したのです。ノーベル賞は世界最高の権威とされていますが、ポピュラー音楽のミュージシャンが受賞するのは、1901年の第1回以来史上初のことです。

この発表には世界中が驚き、「文学としての歌詞の価値」について大論争が巻き起こります。発表後、ディランは沈黙を続けたため、ディランは受賞を拒否するのかメディアは固唾をのんで見守りました。自らの意思で受賞拒否したのは1964年のサルトルだけです。ディランなら拒否するんじゃないかと考える人も多かったのですが、10月末になってディラン自身の口から受け入れが表明されました。

ただし、12月10日にストックホルムで行われる授与式は、「はずせない先約」のため欠席。少なくとも当日のライブの予定はなく、その日にディランが何をしていたかはいまだに不明です。代役として式に出席したパティ・スミスは、「A Hard Rain's A-Gonna Fall」を歌いましたが、緊張のあまり歌詞が出なくなりやり直すと言うハプニングがありました。

その後、本人は2017年4月のストックホルム公演の際にメダルを受け取り、6月に「受賞記念講演」とする26分間のスピーチを公開しました。

このスピーチの中で、ディランは自らの音楽のルーツについて語っています。こどもの頃からカントリー・ウェスタン、ロックンロールとリズム&ブルースに慣れ親しみ、間近でバディ・ホリーの演奏を聴いたことが音楽家を目指す大きな動機になったこと、そして曲を作る上で大きな影響を受けた文学作品として「白鯨(メルヴィル)」、「西部戦線異状なし(ルマルク)」、「オデュッセイア(ホメロス)」の3つをあげました。

その上で、「歌と文学は違う。歌は歌われるものであって読むべきものではない。どんな形でもいいから音楽として聴いてほしい」とし、ホメロスの「詩神よ、私の中で歌い、私を通して物語を伝えてくれ」という言葉で結んでいます。

文字が広まっていない古代では、物語は口から口へと伝わる口承文学だったわけで、音楽はそれを伝えやすくするために発展したという側面があります。また物語を恒久的に伝える手段として舞台があり、そのための台本としての戯曲を文学として完成させたのがシェイクスピアです。アカデミーは、ディランを口承文学の現代の継承者として評価したのでした。

ちなみに、ディランがいつでもウェリントン型のサングラスをかけているのは、バディ・ホリーの影響であると考えると、合点がいきました。

2026年9月8日火曜日

The Great American Songbook


これは単一のアルバム名ではありません。CD1枚組が2つ、CD3枚組が1つ、合わせてCD5枚分の3つのアルバムの音源をまとめて、あえてこう呼ぶことにしました。それぞれのCDに10曲ずつ、計50曲あります。

その理由は、実はこれらのアルバムはボブ・ディランの自作曲は含まれないどころか、アメリカの有名なポピュラー音楽のヒット曲ばかりを集めたもので、まさに究極のカバー曲集です。「Great American Songbook」はアメリカのポピュラー音楽の標準的名曲群を指す一般的な用語です。

これまでも、カバー曲だけのアルバムはありますが、それらは他人の曲をディランの側に引き寄せたもので、原曲を知らなければディランが作ったように聞こえるものでした。ところが、これらは違います。ディランからヒット曲にできるだけ近づいたもので、どうしたって空気感がまったく異なる世界です。

日本でも、一頃ベテラン歌手が往年の他人のヒット曲をカバーするアルバムが流行った時期がありますが、最初は楽しめないことはないのですが、いくつも出されるとさすがにもう結構ですと言いたくなる。

対象となるのは、

Shadows in the Night  (2015年2月リリース)
Fallen Angels  (2016年5月リリース)
Triplicate  (2017年3月リリース)

最初の「Shadows in the Night」は、フランク・シナトラのヒット曲のレパートリーの中から選ばれています。曲本来の姿を露わにして、名曲が名曲たる所以を再確認させてくれたとアメリカ国内では比較的好意的な意見がありました。

次の「Fallen Angels」も同様のコンセプトで、いずれも録音自体は2014年にツアーの合間を縫って行われています。こちらもアメリカでは評判は悪くありません。

ディラン初のCD3枚組の「Triplicate」は、2014年から2016年に断続的に録音されています。シナトラにこだわらずオール・アメリカンの有名曲を集めたもので、基本的にいずれも英語圏では概ね好意的にみられています。ホーン・セクションが加わり、スイング・ジャズ色が強まり、またウッド・ベースも強調されています。

日本では、これらの原曲に対して愛着があるファンは限られます。ジャズのスタンダードになっている曲が多いので、自分のようなジャズ好きな者にはメロディは多少馴染みがあるものの、さすがに歌詞についてはまったくの門外漢。

比較的まともに歌っているので、ボーカル・アルバムとしての面白さはあるものの、やはり「古い曲の再発掘」というような価値観は持てないというのが正直な感想です。ましてや、さすがに3作連続というのは英語圏でも飽きられた部分が無いわけでもない。

いつものツアー・バンドのメンバーが中心になって伴奏についていますが、かなり40~60年代のクラブのステージでの演奏を思わせるものなので、こちらもいつもの勢いは感じにくい。

通常のファンはあえて聴かなくても問題はないように思います。ただし、ディランが自らのルーツを見直して再構築するという意義は、これらのアルバム制作の動機として重要なので、ディランのマニアは避けて通れません。また、普通にシナトラやビング・クロスビーなどのファンの方は、楽しめるアルバムだと思います。

2026年9月7日月曜日

タコス


メキシコ料理と言えば、タコス!!

いや、他にもあるよと言われそうですが、たぶん普通に知られているのはタコスが一番だと思います。

トウモロコシの粉(マサ)から作る薄焼きのパン、これがトルティーヤ。

トルティーヤにいろいろなものを挟んで食べるのがタコ、複数形になるとタコスでメキシコの国民食と言われています。タコス専門の料理店はタケリアと呼ぶらしい。

中に使う具材はいろいろ。地域差もかなりあるらしく、特定のルールに縛られるわけではないようですから、好きな物を好きなだけ挟めばいいんでしょうけど、一応定番とされているものがあります。

挽肉にクミン、チリパウダーなどを入れて煮込んで風味付け・味付けしたものがタコミート。

味の主役はサルサソース。トマト、タマネギ、ピーマンなどを細かく刻んで、レモン汁、塩、ニンニク、辛いのがお好きならタバスコなどで味を整えたもの。

この二つははずせない感じですが、他にオリジナルでカレー風味のポテトとコンソメ風味の刻んだムキエビなども用意してみました。

買ってきたトルティーヤは、電子レンジでOKと書いてありましたが、オーブントースターで温めたほうが美味しく食べれました。

比較的健康的な感じですが、美味しくてどんどん食べられるので、注意しないとね。