2023年11月30日木曜日

生茶 Rich


最近、はまっている物。いわゆる、「マイ・ブーム」の一つがこれ。

「生茶(なまちゃ)」は、KIRINのお茶飲料のブランド。

これは、さらに「Rich」という商品名が追加されていて、まさに豊かな(rich名)お茶の味が楽しめる商品。

KIRINから、何かをもらっているわけではありませんが、実に旨い!!

通常の「生茶」と比べて、10倍の「かぶせ茶」をマイクロ粉砕して使用してあるとのこと。まるで、飲みやすくした抹茶を味わうような感じで、とても贅沢な雰囲気です。

通常の500~600mlのボトルが130円くらいですが、これは400mlで140円。実質的には1.5倍程度の値段になるのですが、それだけの価値は十分にあります。

量を減らして価格を抑えたと考えると、良心的な作戦で、手に取りやすいと思います。見つけたら、カゴに入れたいマスト・アイテムです。

2023年11月29日水曜日

ローラ殺人事件 (1944)

暗黒映画とも呼ばれ、主として犯罪をテーマにハードボイルドな主人公が登場するフィルム・ノワールと呼ばれる一群の映画を、その初期に支えたのはヨーロッパから亡命してきた映画監督たちだったというのは興味深い事実です。

もちろん、生粋のアメリカ人であるジョン・ヒューストンのような人もいましたが、多くはナチス・ドイツの迫害を逃れて来た人々で、彼らは当時通俗小説としてあまり映画界が見向きもしなかった犯罪小説を取り上げました。後に有名な人気小説家となるダシール・ハメット、コーネル・ウールリッチ、レイモンド・チャンドラーなどが原作として用いられ、チャンドラーは積極的に脚本にも参加しました。

当初は、メインの文芸大作などとの併映用に低予算・短期間で粗製乱造される傾向がありましたが、次第に人気が高まり50年代以降になってくるとフィルム・ノワールがメインに座るようになってきます。

オットー・プレミンジャー監督も、生まれは現ウクライナのユダヤ系オーストリア人です。1935年にアメリカに渡り、1944年の本作が初監督作品。後にマリリン・モンロー主演の「帰らざる河(1954)」、ジーン・セバーグ主演の「悲しみよこんにちは(1957)」なども監督し、その一方で主として悪役俳優としても活躍し、ビリー・ワイルダー監督の「第十七捕虜収容所(1953)」は有名です。

ヴェラ・キャスパリーの原作のこの作品は、元々は別の監督が起用され撮影が始まったものの、制作に携わっていたプレミンジャーの進言により自らが監督に就任したもの。斬新な構成力が評価され、フィルム・ノワールの代表作の一本として認知されることになりました。

エッセイストのライデッカー(クリフトン・ウェッブ)の家を、マクファーソン刑事(ダナ・アンドリュース)が尋ねたところから始まります。ライデッカーの回顧という形でナレーションがかぶさり、ローラ・ハント(ジーン・ティアニー)が昨夜殺されたことが語られます。関係者の一人としてライデッカーを訪ねたのですが、捜査に興味があるといいマクファーソンに同行します。

次に訪ねたのは遺体の発見者の一人、アン・トリードウェル夫人(ジュディス・アンターソン)で、質問の流れで、ローラが至近距離からのショットガンで頭を撃たれたことがわかります。トリードウェルがローラの婚約者とされるシェルビー・カーペンター(ヴィンセント・プライス)に度々金を渡していることを尋ねていると、当のカーペンターがやってきました。

マクファーソンは、いろいろと話を聞いているうちに、次第にローラへの興味が深まっていくのです。ローラが何を求めて暮らしていたのか、何故殺されねばならなかったのか。もう一度、現場に戻ることにしたマクファーソンは、ローラの遺体があった彼女のアパートに向かいます。そして、疲れてつい寝込んでしまうのでした。

そこへ、何とローラが現れます。「私の部屋で何をしているの。警察を呼びます」と言うローラに、マクファーソンは「私が警察です。あなたは何が起こったのか知らないのですか」と答えるのでした。

今どきの言い方すれば、実に展開がクール。ローラが死んだことが前提で話が始まり、見ていて謎解き中心に進むと思って見ていると、何と死んだはずのローラが登場するのです。本当に死んでいなかったのか、それともローラの真実を追い求めるマクファーソンの妄想なのか。

ジーン・ティアニーの女優としての存在感が際立つ作品で、この映画の時点では24歳。正直、まったく知らない女優さんでしたし、実際あまり後世に残る映画への出演はほぼ無いと言えますが、ここでは美しさもさることながら全てを真実と思わせる圧倒的な演技力が素晴らしい。それだけでも見る価値がある映画です。

2023年11月28日火曜日

サンセット大通り (1950)

フィルム・ノワールの代表的な一作で、アカデミー賞では主だった賞にノミネートされ、美術、脚本、作曲の各賞を受賞しました。監督はビリー・ワイルダー。ワイルダーというと都会派ラブコメの名手という印象がありますが、戦後活躍始めた頃はフィルム・ノワールを牽引する重要な監督でした。

ワイルダーはユダヤ系オーストリアの出身で、当初は脚本家として売り出しますが、ナチス台頭により1933年にフランスに亡命、俳優ピーター・ローレらと共に翌年アメリカにわたりました。戦時中からハリウッドで監督して使われるようになり、最初のヒット作はフィルム・ノワールの名作とされる「深夜の告白 (1944)」でした。

1945年にはアルコール依存症を真っ向から取り上げた「失われた週末」がアカデミー作品賞、監督賞、主演男優賞(レイ・ミランド)、脚色賞を受賞し、名実ともに戦後ハリウッドを代表する映画監督の一人に名を連ねることになりました。

ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)はハリウッドの売れない脚本家で、借金り取り立て屋ら追われ、サンセット大通りの手入れもされず放置されたような大きな屋敷に逃げ込みます。そこはサイレント映画時代の大スターであった、今は年老いたノーマ・デスモンド(グロリア・スワンソン)の邸宅で、執事と暮らしていました。

誇り高いノーマは再帰を願って、サロメを自ら演じるための脚本を自作しており、ジョーに過去の遺物にすらならないような脚本を泊まり込みで完成させることに強引に決めるのです。ジョーも渡りに船と引き受けてしまいます。

しかし、過去の栄光をひきづるノーマの要求には困難がつきまとい、週に何度か過去の出演作の映画を見させられ、時には下僕にように扱われ、ノーマの選ぶ服を身につけなければならないのです。ついに息苦しくなったジョーは街に逃げ出します。

しかし、そのためにノーマは自殺未遂を引き起こしたため、ジョーは戻ってノーマの歪んだ執念と妄想の中にはまり込んでいくのでした。そこへ撮影所からノーマの所有する古い車を撮影に使いたいという連絡が来ますが、ノーマは自分への出演依頼と思い込み、異常な精神はもはやブレーキが利かなくなっていくのでした。

ウィリアム・ホールデンは名優ですが、この時は30歳そこそこで、まだまだ駆け出しの俳優の一人でした。しかし、この映画をきっかけに演技派として認知されるようになりました。グロリア・スワンソンは、まさにサイレント時代の大女優。よくぞ、こんな役を引き受けたものです。戦前1934年が最後で、16年ぶりの復活でした。ちなみに、本人役の「エアポート'75」が最後の出演でした。

そのスワンソンの鬼気迫る演技が最大の見せ所で、時代が変わって忘れ去られた過去の栄光にすがる様は、まさに本人にそのまま当てはまる。実際、たくさんの女優にオファーを断られたようです。執事役の方も、昔のサイレント時代に監督をしていたエリッヒ・フォン・シュトロハイムが演じているところがすごい。

ノーマのトランプの相手として登場するのもバスター・キートンだったり、ノーマが会いに行くのも本物のセシル・B・デミルという、まさにサイレント時代のハリウッドを支えた人々が登場するのも見所です。

2023年11月27日月曜日

カサブランカ (1942)

もう言わずと知れた、世界中でこれまでに作られた映画の中でも10本の指に入りそうなくらい有名な作品。ハリウッドのフィルム・ノワールを代表する映画であり、主演したハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマンにとってもまさに代表作と言えます。監督のマイケル・カーティスはもとはユダヤ系ハンガリーの人で、ドイツを経て第1次世界大戦後にアメリカに帰化し、多くの作品に携わりました。

第16回のアカデミー賞において、作品賞、監督賞、脚色賞の三冠を受賞しました。多くの名セリフと共に、元は他のミュージカルのために作られた劇中で歌われる「時の過行くままに(As Time Goes by)」を誰もが知る名曲に押し上げました。

1941年12月、フランス領モロッコが舞台。当時、フランスはナチス・ドイツの傀儡であったヴィシー政権下にありましたが、多くの人々が亡命する経由地としてモロッコは重要な政治的要衝となっていました。

モロッコの旧市街、カサブランカで酒場を経営しているリック(ハンフリー・ボガート)は、闇で飛行機に乗るための通行証を用意しているウーガーテ(ピーター・ローレ)から、ドイツ軍発行の最優先通行証を預かります。

警察署長のルノー(クロード・レインズ)は、ウーガーテが通行証を売る相手がドイツ政府からお尋ね者とされているヴィクター・ラズロ(ポール・ヘンリード)であることをリックに話し、店で逮捕するので邪魔をするなと言います。ウーガーテを捕らえた後、店に訪れたラズロは、イルザ(イングリッド・バーグマン)を連れていました。

リックとイルザはかつてパリで甘い時間を過ごした仲でしたが、ナチスの進軍によりパリが落城する直前、何も理由を告げずにイルザは消えたのでした。イルザの来訪に動揺を隠せないリックを尻目に、ルノーはラズロに明日警察署に来るように伝えます。

ドイツ軍司令官から絶対にカサブランカからは出させないと宣言されたラズロは、ウーガーテが持っていた通行証をリックが持っていること耳にします。ラズロはリックに通行証を売ってくれるように頼みますが、リックは理由はイルザが知っているからと断ります。イルザはリックの元を訪れ、拳銃をリックに向けますが撃てません。

イルザはラズロとすでに結婚していたのですが、収容所で死んだと思っていたのが、パリが落ちる直前に生きていることがわかったのです。リックはルノーに、イルザと出国するが、ラズロが現れるから飛行場で逮捕するように話すのでした。

まぁ、結末も知れ渡っているので今更隠すことはありませんが、一見クールに立ち振る舞うリックという男は、本来は熱い心を持った人情家であり、そういう意味では純粋な「ハードボイルド」ではありません。結局はかつて愛した女性のために、すべてを捨てて助けるという、「しびれる」行動を起こす人物です。

付きまとう女が「昨夜はどこにいたの?」と聞けば「そんな昔の事は覚えていないさ」と答え、さらに「今晩会える?」に対しては「そんな先の事はわからない」と答える・・・って、カッコ良すぎです。イルザとの恋の思い出のキーワードは「Here’s looking at you, kid」というもので、実は映画の中で4回も使われます。

「Here is to ~」は「~に乾杯」という意味で、直訳すれば「君を見ていることに乾杯」という意味ですが、これを日本語に訳したのが「君の瞳に乾杯」という超有名な名セリフ。戦前から戦後にかけて字幕翻訳者として活躍した高瀬鎮夫さんという方が訳しました。

イルザが店のピアノ弾きのサムに、リックとの思い出の曲である「時の過行くままに」をリクエストする時の「あれを弾いて、サム (Play it once,Sam)」もなかなか気が利いたセリフです。これが大好きなウッディ・アレンが脚本を作った映画が「ボギー! 俺も男だ(1972)」で、原題は「Play it again, Sam」です。ボギーはボガートの愛称です。

2023年11月26日日曜日

マルタの鷹 (1941)

ゆで卵は英語では、 固く(hard)茹でられた(boiled)卵(egg)と言います。そこから、感情的にならず淡々と行動するようなキャラクターをハードボイルドと呼び、必要とあらば時には暴力や既成の道徳観からも外れるようなことも辞さない登場人物が活躍する文芸作品に対して用いられる言葉です。

ハードボイルドな小説であれば、多くのストーリーはミステリー、サスペンス、あるいはクライム物と呼ばれるようなジャンルに属することになり、主人公は探偵、刑事、ギャング、スパイなどであったりします。

1940年代から、アメリカではハードボイルド作品の映画化が盛んになり、1946年にニーノメフランクというフランスの映画評論家が、これらの作品を紹介するにあたって「フィルム・ノワール(film noir)」と記述しました。フランクは「感傷的なヒューマニズムを排除したダークな犯罪映画」と説明しており、コントラストが強い白と黒、光と影が明確な撮影手法が用いられていました。

あくまでも製作者側、あるいは視聴者側の感覚的な印象の話であって、実際には、フィルム・ノワールという言葉に厳密な定義があるわけではありません。フィルム・ノワールという用語は、アメリカに逆輸入されて60年代まで用いられます。映画の世界でカラー撮影が一般化すると、70年代以降は「ネオ・ノワール」という言葉で置き換えられるようになりますが、80年代以後は該当する作品は少なくなります。

50年代以後、主としてギャング物を中心にフランスでも盛んになり、「フレンチ・フィルム・ノワール」と呼ばれ、アメリカ映画の「悪女」に対して「親友の裏切り」がテーマとして取り上げられることが多いことが特徴です。

フィルム・ノワールのはしりとして古典的名作と呼ばれるのがこの映画で、原作はハードボイルドを確立したと言われているダシール・ハメット。主人公の私立探偵、サム・スペードはハードボイルドの代表的なキャラクターとして人気になりました。

サンフランシスコにあるスペード&アーチャー探偵事務所に、ミス・ワンダリーと名乗る女性が訪ねてきます。ワンダリーは、対応したサム・スペード(ハンフリー・ボガート)にフロイド・サーズビーという男から妹を助け出してほしいと依頼します。

しかし、サーズビーを尾行したアーチャーと、サーズビーも殺されてしまう。スペードは連絡してきたワンダリーのもとを訪ねると、彼女は本当の名はブリジット・オショーネシー(メアリー・アスター)と名乗り、妹の話はすべて嘘だが狙われているので助けて欲しいと懇願するも、詳しい話はしようとしないのです。

その夜、事務所にカイロ(ピーター・ローレ)という男がやってきて、ブリジットが預けた鷹の彫像を出せと銃を突きつけますが、スペードに銃と奪われ持っているなら五千ドル出すと言うのです。スペードはブリジットとカイロを会わせ、直接交渉をさせます。ブリジットは、マルタの鷹と呼ばれる高価な中世の彫像をサーズビーが隠してしまったと話しますが、彫像を狙っている者は他にもいるのでした。

探偵スペードは秘書ときわどい会話を楽しんだり、相棒が死んでその妻からあなたが殺したんでしょうと詰め寄られたり、依頼人のブリジットに手を出したりと、なかなかのハードボイルド振り。ブリジットも偽名を使うし、なかなか本当のことは言わずに泣き落としにかかったりと悪女感たっぷり。まさこれがにフィル・ノワールという感じです。

ワーナーブラザーズで3度目の映画化(1931年、1936年に次ぐ)ですが、最も原作に忠実に作られたと言われています。脚本・監督を務めたのはジョン・ヒューストン。名匠と呼ばれるヒューストンですが、この作品が監督デヴュー作です。

ほとんど原作通りの台詞が使われていますが、マルタの鷹の彫像は何だと聞かれて、スペードが答えるラストの有名な台詞である「The stuff that dreams are made of (夢を作るものさ)」はヒューストンのオリジナル。

ハンフリー・ボガートにとっては、この作品で人気に火が付きました。ピーター・ローレはヒッチコックの「暗殺者の家」でも怪演した性格俳優、メアリー・アスターは当時ハリウッドを賑わしていたスキャンダル女優で、ヒューストンの適材適所のキャスティングもはまっています。

2023年11月25日土曜日

死刑台のエレベーター (1958)

原作はノエル・カレフのサスペンス小説。ルイ・マル監督のデヴュー作。そして、それ以上に自分にとって有名なのは、音楽が全編にわたりマイルス・デイビスが担当したということ。

この映画のためにフランスに招かれたマイルスは、映画のラッシュを見ながら現地ミュージシャンと即興的に音楽をつけていったという伝説を残しました。本当にその場で急に演奏したのか信じがたいほど、緊張感のある場面とマッチするジャズの音楽が心地よい。

サンウドトラックは、立派なトータル・アルバムとして成立していて、今までに音だけでも何度も聞き返したものです。評論家諸氏が指摘するのは、エコーを深くかけたトランペットの音が、まさにマイルスの音を確立させた原点と言うことで、確かに納得です。

映画も素晴らしい。白黒で撮影され、まさにフランス・フィルム・ノワールのジャンルを形成する名作の一本と呼ぶのにふさわしい。冒頭、ジャンヌ・モローのどアップから始まり、いきなり「ジュテーム(愛しているわ)」が繰り返される。これだけで、もうが画面に引き込まれてしまいます。

社長夫人フロランス(ジャンヌ・モロー)は、夫の部下であるジュリアン(モーリス・ロネ)と不倫関係にあり、夫を共謀して殺すのです。ジュリアンは社長を殺したあと、偶然に会社のエレベーターに閉じ込められ、フロランスは待ち合わせ場所でなかなかやって来ない恋人を心配する。

若者が出来心からジュリアンの車を盗んで、恋人とドライブにでかけます。若い二人は深い思慮はなく、モーテルで事件を引き起こし、シェリエ警部(リノ・ヴァンチュラ)は二つの事件のもつれた糸をたどっていくことになるのです。

日本でもドラマ化されたり、映画化されたりして人気があるストーリーですが、やはりジャンヌ・モローの圧倒的な美しさと存在感の前では陳腐な印象は拭えません。言葉では言い表せないこれがパリのけだるさ・・・まさにフランス映画ならではという雰囲気が濃厚に漂う名作です。

2023年11月24日金曜日

でっかい椎茸


大きさに驚く・・・椎茸です。

大きさを想像してもらいやすくするため、隣に大根を置きました。だいたい直径は10cmくらいはあるので、通常のスーパーに並ぶものの倍くらいになりそう。

那須高原に行ったお土産でもらったのですが、10個くらいで600円くらいなので、値段も手頃。貰ってもインパクト絶大で楽しい。

もっとも、肝心なのは味。大きいと味がボケてしまうのではと心配になりますが、大丈夫です。

今回はバター醤油で味付けし、じっくりとフライパンで焼いた感じなのですが、柔らかめの「アワビ・ステーキ」のような食感で、なかなかのもの。

持って帰るのに多少はかさばりますが、話題性もばっちりでおすすめの一品です。

2023年11月23日木曜日

セブンのおにぎり 16


注目してみると、まぁ、次から次へと新作が登場しているのに驚くのがコンビニのおにぎり。

今回のセブンイレブンの新発売は、「やみつき香味だれとたまご」と「かに味噌醤油のまぜめし」の二つ。

かに味噌醤油まぜめしは、カケジャンケジャン仕立てとなっていて、カケジャンケジャンは渡り蟹を醤油に漬け込んだ韓国料理のこと。

実は5月に「韓国フェア」として登場していたもののリニューアル版です。

何が新しいのかというと、韓国海苔で巻けるようになったところ。手で持っても大丈夫なように海苔のゴマ油は少な目という感じ。

前回は180円でしたが、今回は165円に値下げ。海苔付きで値下げというのは、ちょっと不思議ですが、どこで価格を抑えたのかはよくわからない。なんとなくカニの風味がする、普通に美味しい味付きご飯です。

もう一つの「たまご」がやたらと目立つ方。これがよくわからない。

和風でもないし、中華風でも、韓国風でもない、ちょっとニンニク、ちょっと生姜の風味がする混ぜご飯という感じなんですが・・・

たまご? たまごはどこ? 原材料には「味付きゆで玉子」と書いてあるのですが、よくわかりませんでした。セブンイレブンには、味付きゆで玉子の半分に切ったものがどーんといれてあるおにぎりがすでにありますが、それをぐちゃぐちゃに崩してみたということなのか?

たまごの味はよくわからないという不思議な一品で、二度目は無いというところです。

2023年11月22日水曜日

セブンのおにぎり 15


おにぎりの中に入っているのは、昭和のスタンダードは鮭、たらこ、梅、昆布とかでした。今は、具材は様々。えっ、こんなものまでおにぎりになるの? って思うものもあったりします。

今回のは洋食系。これはおにぎりと呼んでいいのか、ちょっと疑問は感じますが、ふだんお皿で食べるものを手軽に持ち運べるというのは、ちょっと嬉しいところかもしれない。

海老のシーフード・ピラフは、まさに想像通りの味。いわゆるバターライスに海老の風味が加わって、当然のように美味しい。

むきエビの細かいかけらが入っていて、海老の味を感じますが、大きめのかけらは当然少な目なのはしょうがないとあきらめられるところです。

さて、もうひとつはオムライス。ケチャップライスに、きれいに丸く固められたオムレツがのっているのでオムレツと呼ぶわけですが、そもそもこれをオムレツと呼んでいいのか悩みます。

卵は保存の問題でコンビニでも頭を悩ませる食材の一つだと思いますが、このオムレツも何か人工的で均一なタマゴ風味という印象で、黄色い色をしていることを除けばタマゴ料理と呼ぶには抵抗があります。

デミグラス・ソースと表示してあるのですが、外見からは見えません。ソースは食べてみると、オムレツの下に隠されていました。あー、なるほどという感じ。

これなら、海老のシーフード・ピラフに準じて、ケチャップ味のチキン・ライスくらいにした方がよかったように思います。まぁ、好みの問題ですけどね。

2023年11月21日火曜日

ホームセンターのアウトレット・バーゲン


先週から、クリニックの近くのホームセンターでバーゲン・セールをしています。

・・・というだけの話題。

なんですが、100円均一の小物雑貨から1000円の上着まで、店前の廊下をはみ出して屋外にまで並んでいます。

屋外は、店員さんが立っているわけではないので、大丈夫なのかと思ってしまいますが、廃棄処分するよりは少しでも売れればという開き直りが感じられます。

衣類はホームセンターの仕事着みたいなものがほとんどなので、はっきり言ってファッション性は期待してはいけません。

それでも「安さは正義」みたいなところがありますから、だいぶ品物は減ってきた。興味がある方は急げ!!

2023年11月20日月曜日

PLAN 75 (2022)

とある老人施設。一人の若者が血だらけの腕に猟銃を持ってうろついていました。彼は、入所者たちを殺してまわったらしく、「高齢者が増え,我々の負担ばかりが増える現実を変えるきっかけになればいい」と遺言を遺して、自らの頭を打ちぬくのでした。

世界に類を見ない高齢化社会となり、高齢者を襲撃する事件が多発する日本で、政府はその解決策の一つとして「PLAN75」の始動させました。これは、75歳以上になると自らの意思で安楽死を選択する権利を認めるもので、自治体の組織としてPLAN75への参加を積極的に勧めることになったのです。

78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は、身寄りはなく、同じような年齢の同僚たちとホテルの清掃員として働く毎日でした。しかし、同僚の一人が突然倒れたことをきっかけに職を失ってしまいます。新しい仕事を探しても、なかなか見つけることはできず、かと言って生活保護にも抵抗がありました。

PLAN75の職員である岡部ヒロム(磯村勇斗)は、申し込みに来た老人が20年来音信不通だった叔父であることに気が付きます。親族という理由で担当をはずされたヒロムでしたが、自分にとってたった一人の親族であるので気になってアパートを訪ねたりするのでした。

フィリピンから来たマリア(ステファニー・アリアン)は、老人施設で働きその仕事ぶりは誰からも好かれていました。しかし、フィリピンに残して来たこどもの手術費用か必要で、PLAN75の火葬場で遺品を整理する仕事も始めました。

連絡がつかなくなった元同僚が孤独死しているのを発見したミチは、PLAN75に申し込むことにします。一時金として自由に使える10万円が渡され、ミチの担当になった成宮(河合優美)と電話でいろいろと長話をすることができました。規則違反ですが、ミチは直接成宮と会ってボーリングを楽しんだりもできました。いよいよ明日となって、電話の成宮は涙声で最後の伝達事項を伝えます。

朝となり、ミチもヒロムの叔父も、ついにPLAN75施設にやってきました。叔父を送ってきたヒロムはどこかに納得できない何かを感じていました。マリアは上司がめぼしい遺品を自分のポケットに入れてしまうことに、後ろめたさを感じます。思い残すことは無いと覚悟を決めていたミチでしたが・・・・

・・・というストーリー。監督・脚本ははこれが長編作デヴューとなる早川千絵。言葉による説明を極力排して映像に語らせることに注力した感じがします。冒頭でモーツァルトのピアノ・ソナタKV283 第2楽章が使われているところを除くと、全体に音楽が無い静寂が支配していますが、ここぞとばかりに時折やや抽象的な曲が鳴るのは印象的です。

内容からして明るさはなく、淡々と彩度の低い映像を撮り続けるのは浦田秀穂。製作には日本だけでなく、フランス、フィリピン、カタールなどが協力した国際色を意識した作品になっています。

日本では比較的珍しい、いわゆる近未来のディストピア(ユートビアの反対語)を描く作品ですが、むしろ舞台は現代と言ってよい感じなので、パラレル・ワールドという方が正しいのかもしれません。

現実に高齢化社会は様々な問題をはらんでいることは事実ですし、こんな制度はばかばかしいと一笑に付すわけにもいかないところが鋭いポイント。ひたすら健康寿命を延ばすことに注力してきた厚生行政が、一転して高齢者を切り捨てるというのは、潜在的な支持者がいても不思議はありません。

実際、自分もちゃくちゃくと高齢者に近づいているので、他人事のようには思えない。高齢者がいなければ高齢社会の問題は解決するというのは、確かに真理の一つなのかもしれません。この映画では、だからと言って、そのことを肯定するわけではなく、見た者一人一人がそれぞれの年代において、考えなければならないことを突き付けていると言えます。

2023年11月19日日曜日

ポケモン & ドーナッツ


ミスター・ドーナッツが好きという方、かつポケット・モンスターが好きという方には、例年この時期にこたえられない楽しさを運んでくるのが、ミスター・ドーナッツのポケモン・コラボ企画。

今年は「ポカーンとのんびりひとやすみ」というテーマで、ピカチュー、コダック、モンスター・ボールを象ったドーナッツが登場。

他にもカビゴンをテーマにした2種類も加わって、クリスマンごろまでワクワク・ドキドキが続く・・・らしい。

さすがに、おじさんはどうでもいいのですが、合わせて販売されているポーチとか、ランチ・ボックスとかが欲しくなる方もたくさんいるようです・・・

なお、カロリーは一段とアップしているように思います。

2023年11月18日土曜日

悪魔が来りて笛を吹く (1979)

角川映画「犬神家の一族」から始まった市川崑監督の石坂浩二の金田一耕助は、その後東宝でシリーズ化されましたが、1979年に再び角川春樹事務所が金田一物を作ったのは東映。しかも金田一耕助には西田敏行がキャスティングされました。笛(フルート)が重要なアイテムだからということか、音楽は邦楽界の重鎮、山本邦山が担当しています。監督は斎藤光正です。

今だに謎を残す昭和28年に発生した帝銀(帝国銀行)事件をモチーフにしています。青酸カリによって行員12名を毒殺し、逮捕された平沢貞道は死刑判決を受けるも執行前に獄死しました。この話では、天銀堂という宝石店に置き換えられ、容疑者として取り調べを受けた元子爵の椿英輔(中谷昇)が釈放後に自殺したことから話が始まります。

英輔の妻、椿秌子(鰐淵春子)は妖艶な美人で19歳の娘、美禰子(斎藤とも子)、秌子の伯父で元伯爵の玉虫公丸(小澤栄太郎)、秌子の兄で陰気な新宮利彦(石濱朗)、英輔に気に入られ居候している三島東太郎(宮内淳)らが、同じ屋根の下に暮らしています。

美禰子は死んだはずの英輔からの「この家には悪魔が住んでいる」という手紙を見つけ不安になり金田一耕助に連絡を取るのです。椿家に招待された金田一は、親族一同がこっくりさんのような占いで火炎太鼓のような模様が浮き出て驚愕するところを目撃します。また、生前に英輔がレコードに吹き込んだフルートの独奏曲が流れだし、集まった者はさらに恐怖の表情を浮かべます。

そして、その夜、玉虫公丸が閉ざされた室内で殺されてしまうのです。これは、さらなる椿家の因縁に絡む連続殺人事件の始まりでした。金田一は等々力警部(夏八木勲)と共に捜査を開始するのでした。

他にも、二木てるみ、村松英子、池波志乃、山本麟一などが登場します。チョイ役で中村雅俊、秋野太作、梅宮辰夫、金子信雄、浜木綿子、中村珠緒、さらには角川春樹、横溝正史まで出てくるというサービスぶりです。

西田金田一は、石坂浩二で評判がよかった原作に忠実な着物に袴という書生姿で登場し、トレードマークのお釜帽をかぶっています。これはあえて映画の石坂浩二、テレビの古谷一行の二枚目イメージを覆すためのキャスティングです。

しかし、映画として成功しているかと言えば・・・市川崑作品の完成度が高かっただけに、複雑な人間関係を説明しきれていない上に、フルートにこだわり過ぎた演出がやや鼻につく感じがします。

角川映画のキャッチフレーズに「見てから読むか、読んでから見るか」というのがあったと記憶していますが、さすがにこれは先に原作を知らないとちんぷんかんぷんという感じ。ただし、原作を知っていると、なんじゃこりゃという出来と言わざるを得ません。

2023年11月17日金曜日

億男 (2018)

川村元気・・・って何者?


現代の邦画界で、最も注目すべきクリエイターの一人と言える人物。1979年生まれで、最初の足跡は2006年に企画・製作に携わった「電車男」で、以後「デトロイト・メタル・シティ」、「告白」、「悪人」、「モテキ」などを立て続けにヒットさせました。他にも「君の名は」、「怒り」、「何者」、「天気の子」、「すずめの戸締り」、「怪物」と話題作に関わっていることは特筆すべきことです。

2012年に自ら初めての小説「世界から猫が消えたなら」を発表し、2014年には「億男」、2016年に「四月になれば彼女は」、そして2019年の「百花」まですべてが映画化、または映画化が予定されています。2021年には「神曲」を発表しており、おそらく映画化を見据えているのではないでしょうか。

3歳で初めて見た映画が「E.T.」で、以来、父親の影響もあって古今東西の名作映画を見まくったという学生時代までの蓄積が、確かな鑑賞眼を培い、映画作りの立場でもしっかりと生かされているということだろうと思います。

さて、その川村元気の2番目の小説は、大友啓史により映画化され、主演は「世界から・・・」に続いて佐藤健が勤め、「るろうに剣心」のペアが再びというところ。

大倉一男(佐藤健)は、図書館で働ていますが、莫大な借金を背負いパン工場でバイトもする生活。妻の万佐子(黒木華)は、愛想をつかして娘を連れて別居してしまいました。しかし、たまたま買った宝くじが当選して、一男は三億円を手に入れます。

大金に不安になった一男は、起業した会社が成功して大金持ちになった大学からの友人である九十九(高橋一生)に、これからどうすればいいか相談に行きますが、九十九はお祝いだとパーティを開き、一男は飲み過ぎて寝込んでしまいます。

目を覚ますと、三億円と共に九十九は消えていました。一男は、パーティに居合わせたアキラ(池田エライザ)が持っていた名刺をヒントに、九十九の行方を追います。九十九の会社で技術責任者をしていた百瀬(北村一輝)に会いに行くと、億万長者の遊び方を見せつけられるのでした。百瀬は元財務責任者だった千住(藤原竜也)を紹介します。

千住はセミナーを主催するマネーアドバイザーとなっていて、集まった人々を洗脳して金を巻き上げるような怪しい男でした。千住の話によると、九十九の会社は最初の勢いが無くなり、火の車になっていたのです。百瀬や千住らは沈みかけた船から真っ先に逃げ出したということ。千住は元広報担当の安田(沢尻エリカ)なら、行方を知っているかもしれないと言います。

安田は公営住宅で質素な暮らしをしていて、結局、夢と理想を追いかける九十九に付いて行けず、みんながお金が一度手にしたことで変わってしまったと話します。一男は九十九とかつて旅行して熱く語り合ったことを思い出し、お金が無いことでも自分は変わってしまったことを思い知るのです。そんな一男の前に、三億円を持った九十九が姿を現しました。

お金って何だろう、お金によって人が変わってしまうのは何故なんだろう、という問いかけをしている映画。急に金持ちになってどうしていいかわからない主人公が、行く先々で出会う人々からその答えを探っていくという内容です。

・・・なんですが、キャスティングの割には、それぞれの俳優の良さが見えてこない。そもそも庶民的には到底手にしたことが無いレベルの大金の話なので、どうも絵空事感かついて回ります。

要するに、一つ一つのエピソードにリアリティが無さすぎで、そんな中で「お金とは・・・」みたいな話をされても何かなぁ・・・という映画でした。

2023年11月16日木曜日

セブンのおにぎり 14


またまた見つけた新発売。

定番シリーズ以外の変わり種おにぎりは、常に数種類あります。さらにその中の一つ、二つは季節性の再登場だったり新たに考案されたもの。

今回の「新発売」は「湘南しらす菜飯」で、首都圏では江の島の「生しらす」が有名なので、湘南の名を冠したのだろうと思います。もっとも生はさすがに無理なので、しらすは茹でてあります。

菜飯の菜は小松菜で、ご飯に混ぜ込んでありますが、あまり目立たず味も特に感じません。味付けは、うっすらと生姜風味がする醤油をかけた混ぜご飯です。

最初の一口でカニっぽい味がした気がしましたが、もちろん入っていません。しらすの味もそれほど感じないので、まぁ、こんなもんかという感じです。

2023年11月15日水曜日

オリオン


首都圏では「星降る夜空」なんて表現は、完全に過去の物で、数えるくらいしか星は見えないのが当たり前になってしまいました。

空気が汚れているから、街の明かりが強すぎるからとかいろいろ言われていますが、さすがに空気が澄む今の時期は、いつもよりは大目に星が見えるように思います。

実際、露光時間をかなり長めにして写真を撮ってみると、肉眼でみるより多くの星が確認できるのは、ちょっと嬉しくなります。

そんな空ですが、今でも確認できる数少ない星座の一つがオリオン座。

南の空に、この時期は比較的下の方で見つけやすい。四角形を作る4つの星の真ん中に3つの星がてん、てん、てんと並ぶのでわかりやすい。

オリオンすら見えなくなったら、もう世界は終わりだと思います・・・って大袈裟か。

2023年11月14日火曜日

世界から猫が消えたなら (2016)

いかにも今の時代だからこそのメディア、LINE公式アカウントで連載された川村元気の小説が原作。家族の在り方、世界に自分が存在することの意味などをほのぼのとした雰囲気のファンタジーとして描いた映画。監督はCMの世界で多くのヒット作を手掛けた永井聡。脚本はテレビ・ドラマで活躍する岡田惠和。

郵便配達の仕事をしてごく普通に暮らしている、僕(佐藤健)は脳腫瘍で余命いくばくもないと宣言されます。家に帰ると、自分とそっくりの「悪魔」が現れ、何かを一つを世界から無くせば一日寿命を延ばすと持ち掛けます。ただし、何を選ぶかは「悪魔」が選択し、拒否することはできると説明し、まずは電話を消すと言います。

最後の電話を昔の別れた彼女(宮崎あおい)にして、翌日映画館で働く彼女に会いに行きます。会うとなかなか会話が進まない二人でしたが、別れた後に電話で長々と会話を楽しんだことを思い出します。夜になると次々と電話が消えて行ってしまうのでした。そして「悪魔」が再び現れ、今度は映画を消すと言い出します。

学生時代からずっと映画のビデオを貸してくれて、映画の話でずっとつながっていた「ツタヤ」(濱田岳)と呼ぶ友人がいました。僕は彼に会いに行くと、最後に見るならどの映画だろうと質問しますが、ツタヤは映画は無限だから最後なんかないというのです。しかし彼女の働く映画館も、ツタヤの貸ビデオ屋も夜になると消えてしまう。再び「悪魔」が現れ、次は時計を消すと言うのです。

町の古びた時計店を営む父親(奥田瑛二)は寡黙で頑固。母親(原田美枝子)が死んだ時も、黙って治した時計を枕元に置くだけでした。そんな父親とは僕はうまく関係を築けず、こどもの時に拾った飼い猫のレタスと母親だけが家族のようなものでした。僕は彼女とブエノスアイレスに旅行したことを思い出します。しかし、旅先で知り合った男性がいとも簡単に殺され命を失ったことで、気まずくなり別れてしまったのです。「悪魔」は次は猫を消すことにしました。

最初に飼っていた猫はレタスの箱に捨てられていたのでレタスと名付けていましたが、病気で死ぬときに、母親はレタスにやっと楽になれるとと語りかけていました。そして次に飼うことになったのはキャベツの箱に入っていたのでキャベツ。実は父親が代わりの猫を探してくれていたのです。猫との関係が母親と父親との一番大事なカギになっていたことを思い出した僕は、「悪魔」に猫が消えることを拒否するのです。

僕は大事なものと引き換えに命が長引いても、世の中の自分の存在していたことも消えていくことに気が付きました。自分が消えても、何も変わらないかもしれないれど、誰かが少しでも自分を思い出しくれること、そして母親と父親の思い出をしっかり残すことを選択したのでした。

時間軸の移動が多く、何かが消えることで過去や現在が変化してしまうので、柔らかなストーリーなんですが、気を抜いていると話が分からなくなりますので注意が必要です。また、登場人物は固有名詞で呼ばれないので、見るものが自分に置き換えて感情移入しやすいというのもポイントです。

一人の一市民、場合によってはそれなりの有名人がいなくなっても、世界は当然回るのですが、その人の周りには小さなドラマがたくさん生まれているということ。楽しいことも悲しいこともありますが、その一つ一つがそれなりの意味を持っていることをあらためて思い出させてくれます。

そんな大きなことを描いてくれているわけではありませんが、自分が何を大事にしているのかを思い出させてくれる、ちょっといい作品です。また、佐藤健の他の作品とはちょっと違う役柄も見どころになっています。

2023年11月13日月曜日

犬神家の一族 (1976)

名匠、市川崑監督が横溝正史原作の金田一耕助が登場する「探偵小説」を実写化したのは、1976年の「犬神家の一族」が最初でした。角川春樹事務所が手掛けた、いわゆる「角川映画」の第1回作品で、それまでの邦画界にはなかったメディア・ミックスの手法で一世を風靡したことは特記すべきことでした。

原作は1950年に発表されたもので、横溝作品としては必ずしも高評価とは言えないところもあるのですが、この角川のプロモーションの成功により、テレビ・ドラマ化も何度もされ、今では最も知られている作品になっています。

特に湖面にさかさまに殺された被害者の二本の脚が突き出たシーンは、抜群のインパクトで誰もが鮮烈な印象を持ったことは間違いありません。市川崑は以前から久里子亭(くりすてい、アガサ・クリスティのもじり)というペン・ネームで脚本に参加するほどでしたので、この仕事を快諾したと言われています。

原作に登場する金田一耕助は、人なつっこい笑顔の体格は貧相な青年ですが、身なりには無頓着。よれよれ着物に袴という書生姿で、お釜帽をかぶった髪の毛はぼさぼさに伸ばし、興奮するとかきむしってフケを飛ばしてしまう。

これまでに映画化された金田一耕助は時代順に片岡千恵蔵、岡譲二、河津清三郎、池辺良、高倉健、中尾彬らがいましたが、古いほどスーツ姿で決めていて「フィリップ・マーロウ」を意識していたものと思われます。今作では石坂浩二が金田一を演じましたが、初めて原作に忠実な実写化がなされており、これ以降の西田敏行、古谷一行、鹿賀丈史、豊川悦司らの金田一はこのスタイルが踏襲されています(渥美清だけ除く)。

戦後すぐの那須湖畔に地域の名家、犬神家の大邸宅がありました。当主であった佐兵衛(三國連太郎)が亡くなり、遺産目当てに長女の松子(高峰三枝子)、次女の竹子(三条美紀)、そして三女の梅子(草笛光子)を中心に一族が集まってきます。松子、竹子、梅子にはそれぞれ佐清、佐武、佐智という息子がいました。

犬神家の顧問弁護士をしている古舘(小澤栄太郎)は、不穏なものを感じ金田一耕助(石坂浩二)を呼び寄せるのでした。金田一は犬神家に住む野々宮珠世(島田陽子)が乗ったボートが沈みそうなところを助けます。これは、珠世と結婚した者が遺産を想像するという遺言を巡っての連続殺人事件の前奏曲でした。

と、まぁ、犯人が誰かが一番の問題です。興味があったら、是非本編をご覧ください・・・ということなんですが、実は悩ましいことが一つあります。市川崑監督、石坂浩二主演でもう一つの「犬神家」があるんです。

作られたのは2006年で、30年ぶりのリメイクという位置づけ。ごく一部は変更点はあるものの、ほとんど1976年版と台詞もカット割りも変わらない。基本的に同じ脚本を土台にしています。石坂浩二(金田一)、大滝秀治(神官)、加藤武(警察署長)は同じ役で登場。松子は富司純子、竹子は松坂慶子、梅子は萬田久子、佐清は尾上菊之助、野々宮珠世は松嶋菜々子です。

豪華なキャスティングで話題性は十分ですが、なんでここまで同じものを作る必要があったのかが不明。灰皿のアップで、まったく同じ形・柄の灰皿が映し出されるこだわりには驚きます。まして、市川崑にとってはこれが遺作となってしまったことは、さぞかし面白くなかったのではないかと思います。若者から中年男になった金田一というのが多少興味深いところがありますが、そのまま顔つきが年食っただけというのが結論です。

2023年11月12日日曜日

本陣殺人事件 (1975)

横溝正史は70年代に、角川書店が仕掛けた最初のメディア・ミックスの対象となって大ブームになりました。特に金田一耕助は、横溝が創作した探偵として人気が高く、今でも名前は知られていることと思います。

映画としては、戦前にも金田一を片岡千恵蔵が演じましたが、スーツ姿で拳銃を構えるという原作のイメージとはほど遠いモダンな姿。角川は1976年から市川崑監督のもと、石坂浩二の原作に比較的忠実な金田一によってシリーズをヒットさせました。

しかし、これに先立つ1975年に公開されたこの映画は、当時かなり先鋭的な作家性の強い映画作りでマニアックな人気を持っていたATG(日本アート・シアター・ギルド)が製作したもので、その後の角川によるブームの陰に隠れて忘れられた存在になってしまった感があります。

しかし、原作(1946年)は金田一耕助が初めて登場した作品であり、戦後最初の長編として横溝も力を入れたもので、しかも開放的な日本家屋を舞台にした密室殺人として大変話題になりました。日本の推理小説史の中でも、重要な作品として位置づけられています。

監督・脚本は高林陽一。音楽は、高林監督と盟友だった商業映画に進出する直前の大林信彦。金田一耕助役は中尾彬で、現代の若者としてジーンズ姿で登場します。この後の横溝・金田一シリーズで度々登場することになる磯川警部は東野孝彦、金田一のパトロンとなる久保銀蔵は加賀邦夫。物語の鍵となる一柳鈴子は人気が出始めた高沢順子が演じました。

純粋な犯人捜しと密室トリックを暴くのが目的ですから、あらすじは詳しく紹介することは控えます。横溝が得意とした因習に縛られしきたりを重んじる日本旧家が舞台ですが、角川作品で取り上げられたものに比べれはあまり「おどろおどろしい」雰囲気は薄い。

岡山の旧本陣であった一柳家で、長男の腎蔵と農家出身の久保克子の婚礼が行われました。しかし、その新婚初夜に二人が眠る離れから悲鳴が響き渡り、家人が駆けつけると腎蔵と克子が斬殺されていました。

部屋には二人以外には人はいない。凶器の日本刀は庭の中央に刺さっている。そして、その日は季節外れの雪が降り積もっていたため、離れの周りには誰かが出入りした足跡も残されていなかったのでした。

映像は役者の顔のアップを中心とした主観的な表現が多用されています。カメラ移動による描写もほとんどなく、たんたんとした映像が、かえって感情に訴えるより冷静に事件を追う様子を強調しているように思います。

ただ、石坂・金田一があまりにも原作の風貌を再現していたので(後にテレビで古谷一行がこれを踏襲しました)、やはり原作を知るものとしては、中尾・金田一への違和感は今となっては消しようがない。

また、純粋に犯罪トリックを暴きつつも、いかにも芸術性を重視したATGらしい、深い洞察力を要する難しい映像、悪く言えば「意味不明」なシーンも散見され、本来の推理小説としてのエンターテインメント性が横に置いておかれているところもあるのが、原作ファンとしては残念なところかもしれません。

2023年11月11日土曜日

ネバダ・スミス (1966)

スティーブ・マックィーンにとっては、「荒野の七人」以来の西部劇で、単独主演です。監督はヘンリー・ハサウェイ。最初にいっておくと、マックィーンが演じているのは、白人とインディアンの混血の16歳の少年・・・ということになっているのですが、さすがにこれは無理があるキャスティングです。そこんとこだけは我慢しないとしょぅがない。

19世紀末のネバダ州の田舎で、白人の父親とカイオア族のインディアンの母親と一緒に、16歳のマックス・サンドが暮らしていました。ある日、父親の昔の仲間だという3人組が水汲みをしているマックスに家の位置を聞きます。3人組はマックスの馬を蹴散らして去っていきました。マックスが家に戻ると両親は三人組によって惨殺されていました。

マックスは家を焼き払い、ライフル一丁と一等の馬を連れて復讐のため三人組を探す旅に出るのです。最初に見つけた三人組は人違いで、結局ライフルも馬も盗られてしまいました。次にであったのは、拳銃を売って歩くジョナス・コートでした。彼は、人を撃ったことがないマックスに銃の手ほどきをして、文字の読み書きなどを教えるのでした。

コートを別れ、牛追いの仕事をしながらアビリーンの町に来たマックスは、酒場でディーラーをしている三人組の一人、ジェシー・コー(マーティン・ランドー)を発見し倒すことができました。ジェシーの妻から、友人のビル・ボードリー(アーサー・ケネディ)という名前を聞き出します。しかし、ビルは強盗をして沼地の中にある刑務所に収容されていることがわかります。

マックスは、わざと銀行強盗を起こし刑務所に送られます。そこでビルを助けて信用を勝ち取ると、一緒に脱獄するように誘いついに二人目の復讐を成し遂げるのです。さらに何年もたって、最後の標的が駅馬車強盗団のトム・フィッチ(カール・マルデン)であることを知ったマックスは、自らフィッチと名乗り彼の仲間が声をかけてくるのを待ちました。

ついに、フィッチの仲間が接触してきますが、何が目的なのかとリンチにあう。そこをザッカルディ神父に助けられ、しばらく教会で過ごすのです。神父は家族をインディアンに皆殺しにされ、たった一人の生き残りでした。神父はマックスに復讐よりも、生き続けることのほうが勇気が重要なことだと話すのです。

教会を出たマックスは、次の仕事に向けて手下を増やそうとしていたフィッチに近づきます。名前を聞かれたマックスは「ネバダ・スミス」と名乗り、フィッチはジェシーやビルの末路を知っており、マックスが現れることを怖がっていました。そしてついに強盗決行の日になるのです。

原作は小説で、16歳の少年が成人するまでの間に復讐のための旅をする話。主人公が人として成長することを描いているのですが、当時36歳のマックィーンは登場した瞬間から大人で、最初に書いた通り台詞のやり取りに違和感が拭えないのが残念。

主人公は最初のジェシーとの対決でマックスを助けるカイオア族の娘により「やさしさ」を知り、ジェシーの未亡人から「裏切り」を学びます。そして、ビルの対決から「自分のエゴ」により協力した娘を死なせてしまう。そして、最後に神父から「復讐よりも大切なもの」を教えられるという流れは、うまくできていて見ている者の共感を得やすいように思います。

マックィーンの冴えたガン・アクションが見れるというところも楽しみの一つ。人気も出てきて、マックィーンの自信もついてきた現れというところでしょうか。


2023年11月10日金曜日

野菜カレー


カレーライスもいろいろな種類がありますが、一般にはビーフ、ポーク、チキンといった肉から出る旨味がそれぞれの特徴になります。

野菜を具材に使うと、どうしてもルーの味が勝ってしまいます。そこでうまく利用したいのが、フォン・ド・ボー(fond de veau)。

最初から作るのでは大変なので、最初にみじん切りにしてよく炒めるところから始めると簡単です(油はオリーブオイルで少な目に)。いわゆる香味野菜と呼ばれるタマネギ、ニンジン、セロリを使います。イタリア料理ではソフリットと呼ばれる、味のベースになるもの。

当然、野菜中心で作るからにはカロリーは減らしたいので、小麦粉はあまり入れたくないので、大根をこまかくみじん切りにしたものも併せて使ってみました。その分カレールーは少な目にして、普通の単独のカレー粉を追加しました。

食べた時の食感として、ゴロっとした野菜はあったほうが良い。ジャガイモはカロリーアップになるので今回は却下。かわりに使ったのが茄子です。そして、彩を考えてほうれん草を最後に追加しています。味の深みを出すために、ニンニクとショウガ(お好みの量)も忘れてはいけません。

香味野菜をうまく利用すれば、肉は入っていなくても十分にコクのある美味しいカレーが作れました。是非、お試しを。

2023年11月9日木曜日

ファミマのおにぎり


コンビニの三巨頭は、セブン・イレブン、ローソン、そしてファミリー・マート。

セブンだけでなくローソンのおにぎりも紹介したからには、ファミマのおにぎりにも触れないのは片手落ちというもの。

とは言っても、ファミマのスタンダードなおにぎりは、まぁ、普通。

ファミマは、どちらかというと変わり種に力を入れている印象があります。例えば、SPAMおにぎりなんていうものは、他のコンビニにはありません。一個でけっこうお腹が満たされる大きなものもあったりします。

最近は見なくなったのですが、一時、焼き鯖のおにぎりは唯一の存在で、けっこうリピートしました。

今は、「具だくさん」シリーズが面白い。

「海老マヨネーズ」は、普通の大きさのむきエビ2個の天ぷらにマヨネーズ・ソースをあえたものが中に入っています。ただ、ほぼマヨネーズで食べている感があるのは残念なところ。

「とり天」は、想像通りの味ですが、確かに大きめの具だくさんの名にふさわしい感じ。どちらも具だくさんにしたため、形が崩れないように米はやや多めかもしれません。

なんにしても、おにぎりは日本人すべてのソウル・フードみたいなものですから、いろいろと楽しみたいものです。

2023年11月8日水曜日

ローソンのおにぎり


ついに、セブン以外のコンビニにも手を伸ばし始めた・・・ということはありません。さすがに、それは風呂敷広げすぎで、こっちもそこまでおにぎりばかりを買い漁りたいとは思いません。

昨今は、おにぎり専門店が話題になってブームの様相を呈していますが、おにぎり屋さんを食べ歩きたいとも思いません。

ただ、今回は一度は取り上げておきたかったおにぎりです。

おそらく、本格的王道おにぎりで、プレミア感のあるおにぎりを最初に出したのはローソンだと思います。間違っていたらごめんなさい。

それが、左の「焼さけハラミ」です。腹側の一番脂の乗ったところがブロックで入っています。これがメチャ美味しくて、初めて食べた時に感動を呼びました。

また、それまでのコンビニおにぎりは、セブンも含めて、いかにも握り切ったギューギュー感があったのですが、これはふっくらとした感触でわずかに甘味を感じる実に美味しいお米を使用していました。

包装は何度が変更されてきましたが、今では「おにぎり屋」とか「金のおにぎり」として定番化しています。同じシリーズの「熟成生たらこ」も絶品です。

この二つだけはセブンもかなわないと断言します。ちなみに、海苔はまいてあります。セブンのプレミアおにぎりは海苔無しです。

どうしても、たまに食べたくなる気持ちを抑えられない逸品だと思います。

2023年11月7日火曜日

自宅居酒屋 #74 じゃがいも炒め 別バージョン


以前にジャガイモ炒めを紹介しましたが、その時はタラコを味付けに使用しました。

今回は、基本は同じなんですが、別バージョンということで、違った味付けを紹介します。

ジャガイモは千切り。太さはお好みで。

早く仕上げたければ細目がおすすめ。玉ねぎも適当にスライスします。

今回の味付けのベースはベーコン。最初にフライパンに細かく切ったものを入れて炒めます。ある程度油が出たところで、少量のバターも追加。

そしてジャガイモと玉ねぎを入れて炒めます。味が物足りなければ、少量の塩を追加しましょう。コショウはたっぷりがおすすめ。

ポイントはバルサミコ酢をかけまわすこと。

味の深みが一気に出ますので、絶対にやってみて欲しい。

2023年11月6日月曜日

翌日もおでん


おでんは、作り過ぎには本当に注意です。

作り過ぎると・・・・結局、翌日もおでんです。

とはは言っても、残りだけでは寂しいので、再び具材を追加投入することになります。

大好きなちくわぶは、絶対に、絶対に、絶対に必要なのでしょうがないのですが、あとは主として腹に軽めのキャベツと大根と昆布が足されました。

まぁ、比較的胃にはやさしいチョイスではありますが、いくら美味しいと言っても、味はずっと同じ感じですから・・・・飽きる。

まぁ、これもおでんの宿命ですから、あきらめて食べるしかありません。

2023年11月5日日曜日

初おでん


寒くなったら・・・おでん。

こいつも定番です・・・だけど、何か11月になったというのに夏日が続いて寒くないというのが想定外。

うちは、昆布だしに醤油で整えます。鰹節だと関東風と言われていますので、これはたぶん関西風なのかもしれない。

誰も関西人はおらへんやないかい。なんでやねん。よーわからへん。そやけど、うちでは
昔から昆布だしやねん。

・・・というわけで、一般には大根とゆで卵が人気ランキング上位だとは思いますが、自分が好きなのは一に「ちくわぶ」、二に「コンニャク」です。

それにしても、これは作りすぎ。どう見ても多すぎます。ばらばらに入れるものを用意すると、いつもこうなる。

腹八分どころか、腹十四分くらいで苦しいのなんのって・・・

2023年11月4日土曜日

シンシナティ・キッド (1965)

自信家のギャンブラーを演じた、いかにもスティーブ・マックィーンらしいヒット作。監督はノーマン・ジェイソン、音楽はラロ・シフリン、主題歌はレイ・チャールズが担当しました。

ここで主として行われる賭け事がファイブ・スタッド・ポーカー。5枚の手札で勝負しますが、最初に配られる2枚のうち1枚は表向きで勝負に参加する全員が知ることができます。ここから表向きに1枚づつ配られるごとに、降りるか続けるか決めることができます。

前のプレイヤーと同額のチップを支払う時は「コール」と宣言し、ゲームの継続の意思を表します。降りる場合は「フォールド」、掛け金を釣り上げて継続する場合は「レイズ」と言います。

戦前のニューオリンズの町で、シンシナティ・キッドと呼ばれるエリック・ストーナー(スティーブ・マックィーン)はポーカーの名手として知られ、自身もこの世界でトップを取ることを夢見ていました。ポーカーの世界の長老はシューター(カール・マルデン)で、彼の遊び好きの愛人のメルバ(アン・マーグレット)は、ストーナーの恋人、クリスチャン(チューズデイ。ウェルド)を連れ歩いていました。

ポーカーの世界の頂点に君臨するランシー・ハワード(エドワード・G・ロビンソン)が町にやって来て、有力者のスレイド(リップ・トーン)はランシーにポロ負けします。ストーナーはシューターにランシーとの勝負の場を設けてくれるように頼み込みますが、トップになることだけに熱くなるストーナーに不安になるクリスチャンは実家に帰ってしまいます。

スレイドは貸のあるシューターにランシーとストーナーの勝負で、八百長でストーナーに勝たせるように迫ります。日程が決まって気持ちが落ち着かないストーナーはクリスチャンの実家を訪ね、ぎこちなかったクリスチャンの両親ともトランプを通して打ち解けます。

いよいよ勝負が始まり緊迫した心理戦が続き、他のメンバーは次々に脱落していきます。ストーナーとランシーの一騎打ちになって、勝敗は翌日に持ち越されます。ストーナーは、配られる手札が自分に有利なことに気が付きディーラーをするシューターを問い詰め、余計なことをしなくても俺は勝つと言うのです。

仮眠をとるストーナーのもとにメルバが誘惑しに来ますが、心配して戻ってきたクリスチャンと鉢合わせしてしまい、彼女は再び出て行ってしまいました。ストーナーのつきも無くなり、最後に全額を賭けた勝負を落としたストーナーは、逃げるように会場を後にするのでした。しかし、外ではクリスチャンがストーナーを待っていました。

というわけで、一応メデタシメデタシという終わり方。ライバルのポール・ニューマンが「ハスラー」をヒットさせた後ですから、製作サイドも当時の観客も意識したことは間違いない。ギャンブラーの真剣勝負を真っ向から取り上げて、配られた手札のツキだけでなく、記憶力や勝負所での精神的力が強さに関係していることを示しててくれました。

何となくギャンブルと言うと裏社会の楽しみのように思えてしまいますが、ポーカーそのものはここでは表も裏も無く、また上下も関係無く一つの仕事として成立していたのは時代というものなのかもしれません。

ここでのマックィーンは自惚れ屋の勝負師ですが、トランプの分析力がありそれなりに押す所と引く所をわきまえた冷静な勝負をしています。そういう紳士的な態度が、女によって揺さぶられるところがドラマとして面白い。

ポール・ニューマンは最後は勝者になりましたが、マックィーンは敗北します。どんなに優れた才能でも、さらにその上を行く者がいることを示しました。しかし、マックィーンは最後に幸運の女神を再び手に入れることができたということで、うまく映画は着地したように思います。

2023年11月3日金曜日

マンハッタン物語 (1963)

「大脱走」と同じ年公開された、スティーブ・マックィーンとナタリー・ウッドによる恋愛ドラマ。監督は「アラバマ物語」のロバート・マリガン。原題は「Love with the Proper Stranger (まったく知らない人との恋)」で、おそらく邦題は「アラバマ物語」のヒットを受けて考えられたのかもしれません。それにしても、アクション俳優というイメージのマックィーンからすると異色作と言えそうです。

ニューヨークで、しがないバンジョー奏者として暮らすロッキー(スティーブ・マックィーン)は、仕事が無いわりには女たらしで、ショーガールのバービー(エディ・アダムス)と同棲中。ある日、音楽家協会に仕事をもらいに行くと、数か月前に一度きりナンパしたアンジー(ナタリー・ウッド)に声をかけられます。アンジーは「妊娠したの。あなたを巻き込むつもりはないけど、堕ろすために医者を探してほしい」と言い出すのです。

アンジーはデパートの9時5時の仕事を終えると、毎度店の前で待っている3人の兄たちがわずわらしい。狭いアパートに戻ると自分の部屋もなく、小うるさい母親がいる生活に息苦しさを感じる毎日でした。いろいろなストレスに抵抗する気持ちから、魔が差してロッキーとの関係を持ったのです。

ロッキーはアンジーを連れて医者探しを始めます。結婚は人生の墓場だと思っているロッキーと愛のある皆から祝福される結婚を望むアンジーは、なかなか意見が折り合わない。やっと見つけた女医は怪しげで、ロッキーはアンジーをアパートに連れ帰ります。ロッキーはアンジーの兄にすべてを話し(殴られますが)、責任を取ってアンジーと結婚すると言い出します。しかし、アンジーは結婚は罰ではないと断るのでした。

しかし、二人は次第にお互いを必要としていることに気が付きます。しばらくして、デパートの仕事を終えたアンジーは、店の前で「BETTER WED THAN DEAD (死ぬより結婚が良い)」書いたプラカードをかざしてバンジョーを引くロッキーを見つけるのでした。

一見、ロマンス・コメディの体裁をとっていますが、結婚に対する人生観を突き詰めるかなりシリアスな内容の映画です。今だったらあまり驚くこともありませんが、昭和38年の日本だと、一夜の火遊び、ましてやそれで妊娠、その挙句のできちゃった婚などは、到底受け入れることはできなかったろうと思います。

妊娠を契機に逆の順番に愛情を作っていくという、変わり種の恋愛映画はアメリカでも注目されました。主人公たちの社会の底辺に近い生活環境も、映画の主題の一分となっているように思います。

人気絶頂だったナタリー・ウッドと、人気急上昇中のマックィーンの共演も話題性が高かったことと思います。しかし、ウッドの適役感に対して、残念ながらマックィーンがお気楽な売れない音楽家には到底見えないのが難点。正直に言うと、ミス・キャストと思いました。

また、台詞が多くて、始終誰かががなり立てているようなところが、映画というより舞台劇のような雰囲気になってしまい、台詞なしで二人が仲直りするラストシーンだけが映画的で印象に残ります。

2023年11月2日木曜日

大脱走 (1963)

監督ジョン・スタージェス、音楽エルマー・バーンスタインの「荒野の七人」コンビが、スティーブ・マックィーンを主役に迎え、ここでもオール・スター・キャストで異色の戦争映画を大ヒットさせました。原作は1943年に撃墜されドイツ軍捕虜になったポール・ブリックヒルが、収容所での脱走計画を回想した実話。

スタラグルフト捕虜収容所は、フォン・ルーゲル所長(ハンネス・メッセマー)の元、厳しい監視下に脱走常習者を集めていました。鉄条網の前は広々として多くのドイツ兵が監視し、その向こうの森までは100mほどもあります。

新たに送られた来た捕虜は、所長との連絡係を任されるラムゼイ大佐(ジェームズ・ドナルド)、ヘンドリー(ジェームズ・ガーナー)、ダニー(チャールズ・ブロンソン)、セジウィック(ジェームズ・コバーン)、アシュレー=ピット(デヴィッド・マッカラム)らがいました。初日から脱走を企てますがことごとく失敗し、ヒルツ(スティーブ・マックイーン)とアイブス(アンガス・レニー)は独房行になってしまいます。

そこに多くの脱走を指揮してきたバートレット(リチャード・アッテンボロー)が送られてきて、ラムゼイに大規模脱走によりドイツ軍の後方攪乱を起こすと語ります。すぐさま計画に取り掛かり、森まで長いトンネルを掘ることにします。

ヘンドリーが収容所内で様々な必要なものを調達し、ブライス(ドナルド・プレザンス)は脱走後に必要な身分証明書などの偽造を担当します。独房から出てきたヒルツとアイブスは、さっそく独自に脱走を試みますが、あえなく再び独房行となってしまいます。

その間にトンネル計画は着々と進んでいましたが、脱走後の周辺の地理が不明のままだったため、バートレットは独房から出てきたヒルツに再び脱走した暁にはそれを調べて捕まって戻ってくるように頼みます。精神的にまいっていたアイブスが発作的に鉄条網に飛びつき射殺されたため、ヒルツはバートレットの頼みを引き受けるのでした。そして、ついに脱走の日がやってきます。

映画では原作の史実を改変してあるのは当然で、主要人物のいろいろな葛藤なども的確に織り交ぜてドラマ性を高めています。様々な偶発的な出来事により予定よりも少ない76名が脱走しますが、それでも収容所のメンツは丸つぶれでした。脱走後、あちこちに散らばった者たちのうち50名はゲシュタポにより銃殺され、成功者はわずかに3名だけでした。このあたりは原作に比較的忠実な結果です。ラストでは、再び収容所に戻ったヒルツが、得意の独房に入ったところで終わります。

いわゆる戦闘シーンはありませんが、戦争の裏側を描いた傑作として後世に残る名作であることは間違いない。前半の地道なトンネル堀りの中では、マックィーンの単独行動が良いアクセントになっています。脱走した後は、動きがある各自の逃避行がダイナミックに描かれるので、3時間ほどの長丁場でも飽きさせません。

どの人物に共感しても良い作りになっていて、場合によってはドイツ側の比較的人道主義的な所長の気持ちに寄り添って見ることもできます。連合国軍としていろいろな国から集まった捕虜たちですが、一つの目的のために一致団結し、どんな苦難もあきらめずに前に進もうとすることを称える映画です。

2023年11月1日水曜日

荒野の七人 (1960)

70~80年代に青春時代をすごした自分たちにとっては、当時の映画は、基本新作を劇場で見るか、あるいはテレビで旧作を楽しむ(ほぼ毎日各局でゴールデンに番組がありました)しかありませんでした。やっとビデオテープが普及し始めた頃で、まだまだハードもソフトも簡単に手が出せる値段ではありません。90年代になるとレーザーディスクを経てDVDが登場し、2000年以降は映画は簡単に繰り返し楽しめるメディアとなりました。このディスク時代の映画は、比較的簡単に今でも手に入れやすい。

そういう意味では、メディアが無かった時代の人気スター俳優の作品は、今でも活躍しているクリント・イーストウッドのような例を除いて、ほとんど忘れ去られようとしている印象がありとても残念。入手したくてもDVD化されていなかったり、ましてやBlurayが無いことは珍しくありません。シリーズ化されて今でも人気があるものやごく少数の名作DVDはあっても、けっこうプレミア価格になっていたりします。

例えば、スティープ・マックィーンと言えば、60~70年代のアメリカのトップ・スターの一人。今どきは「それでも夜は明ける」の監督と思われていますがもちろん別人。あれだけ人気だったスティープ・マックィーンの出演作も、けっこうコレクションするのは大変です。

スティープ・マックィーンは、1930年生まれ、1958年のテレビの「拳銃無宿」でブレイク。アクション・スターとして地位を確立し、多くのヒット作に出演。しかし、悪性の胸膜中皮腫により、わずか50歳で1980年に亡くなりました。

映画では1960年に出演したこの映画は、マックィーンの名を世界中に知らしめたもので、多くのスター俳優が共演していること、特に日本ではこの映画が黒澤明の名作「七人の侍」のリメイクであったことから、ことさら話題になりました。

舞台は国境に近いメキシコの貧しい町。人々は収穫の頃に毎年やって来る盗賊カルベラ(イーライ・ウォラック)に、作物を奪われ苦しんでいました。ミゲルは勇敢なガンマンであるクリス(ユル・ブリンナー)に戦い方を教えて欲しいと申し出ますが、クリスはガンマンを雇ったほうが早いと話します。

クリスはヴィン(スティーブ・マックィーン)、チコ(ホルスト・ブッフホルツ)、オライリー(チャールズ・ブロンソン)、ブリット(ジェームズ・コバーン)、ハリー(ブラッド・デクスター)、リー(ロバート・ヴォーン)を仲間に引き入れます。そしてカルベラとの決戦が始まるのでした。

「七人の侍」の東宝が許可したリメイクとは言っても、監督の黒澤明、共同脚本の橋本忍、小国英雄には話が通っておらず、黒澤の東宝に対する不信感の引き金になったことは有名な話。その後、東宝は「用心棒」のリメイク(クリント・イーストウッド主演)も黒澤に全く相談することはありませんでした。

監督は西部劇や戦争物などの多くの名作アクション映画を生み出したジョン・スタージェスで、音楽は巨匠エルマー・バーンスタインが作曲したテーマは大ヒットしました。元が文句なしの名作ですが、西部劇としての換骨堕胎は大変うまく、基本的な流れは同じでも別の作品として十二分に楽しめます。