臨時休診のお知らせ

7月8日(土)は午後の診療を休診いたします。 なお、午前中は通常通りです。ご注意ください。

2019年11月30日土曜日

Janet Baker / Mahler Lider (1968)

バーンスタインをはじめ、60年代から70年代にかけてマーラーの録音が活発になりだした時に、マーラー作品で重要なポジションであるメゾソプラノ歌手というと、ほぼクリスタ・ルードヴィヒとジャネット・ベイカーの二人につきる。

ルードヴィヒは1928年生まれ、ベイカーは1933年生まれ。今はお二人とも90才前後ですが、当時は30~40歳で、歌手として最も脂がのり切っていた頃。オペラの花形ということでは、ソプラノ歌手にやや理がある感は否めませんが、リートではメゾソプラノ歌手の方が柔らかく嫌みが少ないように思います。

さて、特にベイカーは、オーケストラとの共演だけでなく、単独のアルバムでもマーラー作品を多数録音しています。

映像としてはバーンスタインの「復活」があります(ちなみに第3番はルードヴィヒ)。CDは、バーンスタイン、バルビローリを中心に多数あります。

「少年の魔法の角笛」は1993年(?)にウィン・モリス指揮ゲラン・エバンス(Br)とのアルバムがあり、ご自身のアルバムとしても網羅できており、前回取り上げたビアノ独奏による歌集(1983年)とともに、こちらのオーケストラ伴奏歌集(1968年)を合わせて聴きたい。

両方のアルバムで「さすらう若人の歌」はダブりますが、伴奏の違いがあるので違った味わいが楽しめます。バルビローリは交響曲でも有名ですが、ここでは落ち着いた演奏で歌手を引き立てます。

ベイカー、ルードヴィヒの後を継ぐのが、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターであり、21世紀になってマグダレーナ・コジェナー、アンナ・ラーション、藤村実穂子らが活躍していすが、いずれも今や50才前後。さて、次世代のメゾソプラノは誰が担っていくのでしょうか。

2019年11月29日金曜日

Simon Rattle / Mahler Das Klagende Lied (1983)

グスタフ・マーラーというと、交響曲と歌曲だけを作った特異な作曲家といわれています。確かにその通りで、いくつのオペラに挑戦したことは間違いないのですが、いずれも途中で筆を折っている。室内楽も、弦楽四重奏の断片が残っているだけ。

そんな中で、この「嘆きの歌 (Das Klagende Lied)」はちょっと変わった位置づけされる曲。

まず、これがマーラーの作曲家としてのスタートの曲であるということ。そして、明確なストーリーを下敷きにした「カンタータ」と呼ばれる特徴を備えていることが特徴。

グスタフ・マーラー、18才。音楽院を卒業して、「ベートーヴェン賞」への応募作品としてこの曲を作ったと言われています。普通なら習作扱いであまり評価されませんが、後々までマーラー自身が手を入れ続け大事にしていました。

この賞の審査員にはブラームスも入っていて、結果は落選。マーラーはそのため指揮者の道に進んだと語っていますが、真偽のほどははっきりしていません。

もともとは3部構成で、第1部では弟を殺す兄、第2部では死んだ弟の骨が真実を語ります。そして第3部で、弟の代わりに王女と結婚しようとする兄の悪事を骨が暴くという内容。歌詞はマーラー自身によります。

ところが、最終的にマーラーは第1部を削除してしまい、起が抜けた承転結だけの構成にしてしまい、ストーリーだけでなく音楽的なつながりも希薄になってしまっていると指摘されています。

1973年になってやっと第1部の楽譜が出版されたので、最終版の第2部と第3部だけのものと、第1部を加えた3部構成で演奏するものとがいろいろと見つかります。

映像としては、CDにもなっていますが、ピエール・ブーレーズの2011年ザルツブルク音楽祭のビデオが、おそらく唯一のものかもしれません。これは最終版での演奏です。

1970年のブーレーズの最初の録音では第1部+最終稿の3部構成になっています。1989年録音のシャイーとファスベンダーのものも同様の構成。1997年に初稿が公開され、完全オリジナル・パーションと謳う世界初はケント・ナガノ指揮ハレ管弦楽団のようです。

有名なのは、1983年のベルリンフィルの前のバーミンガム市交響楽団でのサイモン・ラトルの3部構成の演奏。旧EMIのマーラー全集にも含まれました。バーミンガムのラトルのマーラー全集は、全体的に評判は悪くありません。

確かに第1部は、作曲者の未熟なところからくるやや冗漫な印象は拭えませんが、ラトルの熱演は随所に後年のマーラーらしさを感じられる仕上がりになっています。

とは言っても、マーラーの作品史としての重要性は認めるものの、音楽的にはワンランク落ちるという受け止めはしょうがないかと思います。

2019年11月28日木曜日

Janet Baker / Mahler Songs of Youth (1983)

グスタフ・マーラーは1860年の生まれで、10代のうちに作曲をはじめたらしいのですが、実際に演奏可能な譜面残っているものは1880年、二十歳の時の2つ歌曲が最も古いとされています。

自ら作詞して、もともとは片思いの相手に捧げる5曲の歌曲集とするつもりだったようですが、3曲作ったところでふられて計画は頓挫。
春に Im Lenz
冬の歌 Winterlied
草原の5月の踊り Maitanz im Grunen

「草原の5月の踊り」は、最初の歌曲集若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」にタイトルを変えて転用されました。「若き日の歌」は1892年に出版されましたが、3部構成で、第2部と第3部の9曲は「少年の魔法の角笛」から詩を取っています

第1部は次の5曲からなります。
春の朝 Fruhlingsmorgen (作詞リヒャルト・レアンダー)
思い出 Erinnerung (作詞リヒャルト・レアンダー)
ハンスとグレーテ Hans und Grete (草原の5月の踊り)
セレナード Serenade aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)
幻想 Phantasie aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)

「若き日の」を付けたのは出版社の都合で、本来のタイトルは「歌曲集 (Lieder und Gesange))」だけ。第1部は、一部交響曲に利用されたパートもありますが、基本的にピアノ伴奏譜による古典的ドイツリートの雰囲気が漂い、正直あまり面白いものではないかもしれません。

全15曲を網羅した録音は意外と少ないのは、たぶんLPレコードの収録時間(一般的に片面20分、両面で40分)の関係もあるかもしれません。

ここで紹介するのは、バーンスタインのマーラー物ので共演が多いジャネット・ベーカーの1982年の録音。このアルバムでは、初期の2曲、「若き日の歌」全14曲、続く「さすらう若人の歌 (Lieder eines fahrenden Gesellen)」全4曲をすべて網羅していて、まとめて聴くのに便利。

ベーカーの歌唱は、落ち着いていて嫌みが無いので聴きやすい。収録順序はバラバラですが、初期の作品と後年のものでは、曲としての完成度は歴然としていることがよくわかります。

2019年11月27日水曜日

Leonard Bermstein NYP / Mahler Symphony #5,8 excerpt

また、こんなマニアックな音源を探し出して喜んでいると指摘されそうな話。

マーラー人気隆盛の立役者、レナード・バーンスタイン。自ら、マーラーの化身と化して火山を噴火させる勢いで指揮棒を振り、ステップを踏み続けました。

その遺産は、2つのCD全集、1つのビデオ全集として集約されて、マーラーの曲を聴いて聴く上で避けては通れない金字塔となっています。

当然、これらを聴きこむのはけっこう大変で、良い子のファンはそれだけで十分過ぎです。ところが、さすがにバーンスタインですから、全集に集められた物以外の音源もちらほらあるんですね。

実は正規盤にもかかわらず、不思議な音源が見つかりました。Columbiaレコードでの初出音源を、再発売する際に再構築したシリーズがありまして、その中に交響曲第8番の第1部のみ、交響曲第5番のアダージェットのみという録音がクレジットされています。

8番は最初の全集に含まれるロンドン交響楽団とのものは1966年録音ですが、それよりさかのぼる1962年のニューヨークフィルとのもの。5番は全集の中の1963年の全曲録音より遅れる1968年のものです。

8番は、エイヴェリー・フィッシャーホール開場記念の演奏会の記録。そして5番は、1968年6月6日に暗殺されたケネディ大統領のための6月8日に行われた追悼ミサでの演奏です。

どちらも、「バーンスタインのマーラー」と思って聴くと音質的にも内容的にも不満が残るものかもしれませんが、歴史的な記録としての意義はありますね。

他の盤には収録されていないようですが、幸い中古がかなり安くなっていますので、バーンスタインを全部集めたい方は必携の音源です。

2019年11月26日火曜日

濃霧


昨日の朝は、濃い霧が発生しました。

横浜北部の地域では珍しいものではありませんが、都内では霧の発生は数年ぶりらしい。

「都内 霧」とかで検索すると、かなりアートでファンタジックな画像が見つかりますが、自分が撮影したのはこれくらい。

見方によってはホラー。霧の中から出てくるものは・・・

2019年11月25日月曜日

Pierre Boulez / Mahler Symphony #2 (2005)

一度気になりだすと、とことん深入りしてしまう性質なもんで、本当にこの2カ月くらいは音楽というとマーラーばかりを聴き倒していました。

初めはマーラー初心者が必ず抱く感想・・・長い、うるさい、大袈裟、難解などなど、まさにその通りの印象で、これが好きな人の気が知れないみたいに思っていました。

幸い、映像付きで始めたので、まぁ何とか視覚的な面白さもあって、ガマンして見続けていると、だんだんマーラーの面白さがわかってきたようです。

何度も聴いているうちに、まずとりとめのないように思っていたメロディがだんだん頭に残るようになってきた。これが実にかっこいい旋律なんですね。いくつものかっこいいパートが絡み合って最後に盛り上がるところは、かっこいいの集大成状態。

その反面、さすがに優秀な指揮者だったマーラーだけに、一つ一つの楽器の特性をうまく利用したソロ・パートがたくさんあって、そこだけ聴いていると室内楽のような緻密さがある。

また、クラシック音楽ではほとんど目にしない、耳にしない楽器、あるいは楽器と呼べないような効果音のための大道具・小道具が満載で楽しいなんてもんじゃない。

さらにさらに、楽器だけじゃ足りずに歌までふんだんに出てきます。独唱あり、合唱ありでバラエティーに富んでいる。専門家がマーラーの交響曲は、交響曲という名を借りた音楽の総合芸術であるというのが理解できます。

いろいろな映像が手軽に楽しめる今の時代で良かったと本当に思いますし、これから聴いてみようという方は是非映像から入ることを強くお勧めしたい。

まとまった映像というと、交響曲10曲、大地の歌、歌曲集のほとんどを網羅しているのはバーンスタイン。40年以上たつ古い物になってしまいましたが、いまだに色褪せない魅力が満載です。

そして、われらがアバドのルツェルンでのチクルス。一部が不足してしまいますが、画質良し、音質良しで文句がありません。凄腕揃いのオケも見所・聴所満載です。

シャイーもゲバントハウスでいくつかあります。それぞれ違う指揮者でロイヤル・コンセルトヘボウの全集も楽しい。ヤルヴィ(子)の全集もあります。

今回おすすめしたいのは、ピエール・ブーレーズの「復活」です。全集CDのソロイストは、シェーファーとデヤングでウィーンフィルの2005年の演奏。ビデオは同じ年なのにオケはベルリン・シュターツカペレで、ソロイストもダムラウとラングです。

ベルリン・シュターツカペレは、とにかく美人が多い!! ・・・ってどこ見てんだよといわれそうですが、映像ではここも重要。ただし、メゾソプラノのラングが、ちょっとヴィジュアル的には・・・

最終楽章、合唱が入る直前のフルートとピッコロの掛け合いは、美人二人が素晴らしい。さすがにパユのうまさは文句ないけど、男性二人のルツェルンより見ていて嬉しくなります。

演奏は、非常に一つ一つの音符をきっちりと出すこと、そして休符を決めることでビシっとめりはりのある感じ。スピードも比較的早めの感じで、だれるところがありません。ちなみに客席にバレンボイム氏がいます。

些細なことは気にせず感情先行型のバーンスタインと比べて、適度な抑制のもとで全体の流れをきちっとまとめ上げながら盛り上げるアバド。ブーレーズは、感情に流されずに超まじめに楽譜を追いかけて、楽曲の構造を明らかにする演奏という感じでしょうか。

いゃぁ~、マーラーって本当に楽しいです。

2019年11月24日日曜日

Diana Damrau & Ivan Paley / Mahler Des Kunaben Wunderhorn (2003)

そもそも「少年の魔法の角笛(Des Knaben Wunderhorn)」は、19世紀初頭に、アルニムとブレンターノによって出版された「マザーグース」のようなもの。ドイツの民間伝承の歌の歌詞を蒐集したもので、国民の潜在意識に必ず残っているような基本文化的な存在らしく、詩人ゲーテもこれらを絶賛しています。

これらを歌詞として、新たに曲をつけた作曲家はたくさんいて、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、R・シュトラウスなどの歌曲が残されています。そして、その代表と言えるのが、そのもののタイトルをつけた連作歌曲集を作ったマーラーです。

基本的にはマーラーが詩集をもとに独自のメロディをつけたものですが、一部に原曲民謡の痕跡を認めると言われています。

マーラーの歌曲集のうち、全3巻構成のピアノ伴奏譜による「若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」の第2巻と第3巻が「少年の魔法の角笛」を元にしたもので、合わせて9曲からなります。

いたずらなこどもをしつけるために (Um schlimme Kinder artig zu machen)
緑の森を楽しく歩いた (Ich ging mit Lust durch einen grunen Wald)
終わった、終わった (Aus! Aus!)
たくましい想像力 (Starke Einbildings-Kraft)
シュトラスブルクの砦で (Zu Strassburg auf der Schanz)
夏の交代 (Ablosung im Sommer)
別離と忌避 (Scheiden und Meiden)
もう会えない (Nicht wiedersehen)
うぬぼれ (Selbstgefuhl)

一方、オーケストラ伴奏譜による歌曲集「少年の魔法の角笛」の成立過程は複雑で、少しずつ完成していく途中で、追加・削除がいろいろあり、今日の形で一般的なのは全12曲の構成。

歩哨の夜の歌 (Der Schidwache Nachtlied)
無駄な骨折り (Verlorne Muh')
不幸な時の慰め (Trost im Ungluck)
この歌を作ったのは誰 (Wer hat dies Liedlein erdacht)
この世の生活 (Das irdische Leben)
魚に説教するバドヴァの聖アントニウス (Des Antonius von Padua Fischpredigt)
ラインの伝説 (Rheinlegendchen)
塔の中で迫害されている者の歌 (Lied des Verfolgten im Turm)
美しいラッパが鳴り響くところ (Wo die schonen Trompeten blasen)
高い知性を讃える (Lob des hohen Verstandes)

初版譜には含まれませんでしたが、「リュッケルトの詩による歌曲 (全5曲)」とともに「最近作の7つの歌」として死後に出版された2曲を含めることが一般的です。
死せる鼓手 (Revelge)
少年鼓手 (Der Tamboursg' sell)

これら以外に重要なものが3曲あります。
原光 (Urlicht)
 出版後に交響曲第2番第4楽章へ転用し、後に歌曲集からは削除
三人の天使が歌っていた (Es sungen drei Engel)
 交響曲第3番第5楽章として作曲
天上の生活 (Das himmlische Leben)
 歌曲集の一つとして作曲されたが交響曲第4番第4楽章へ転用されたため歌曲集出版時に含まれず

交響曲第2~4番が「角笛交響曲」と呼ばれる所以はここにあります。

バーンスタインは、1967~1968年にクリスタ・ルートヴィヒ、ワルター・ベリーでオーケストラ版と自らのピアノ伴奏版の2種類でいずれも原光を含む全13曲、ビデオ全集は1984年録音、ルチア・ポップ、ウォルトン・グレーンロースで全12曲、DG全集では1987年録音、ルチア・ポップ、アンドレアス・シュミットで原光を含む全13曲の4つの録音があります。

アバドは1998年にアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、トーマス・クヴァストフを起用して原光を含む全13曲の録音があります。

ブーレーズのマーラー全集に含まれる2010年、マグダレナ・コジェナー、クリスティアン・ゲルハーヘルによる全12曲は映像化もされています。

また、全盛期のエリーザベト・シュヴァルツコップ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを迎えた1969年録音のジョージ・セルによる全12曲も名盤としてしばしば取り上げられます。

そして、「少年の魔法の角笛」の詩にもとづく全24曲をすべてピアノ伴奏で録音(2003年)したのが ディアナ・ダムラウ、イヴァーン・パレイで、特に「若きの歌」の含まれる9曲は録音が少ないため貴重で、テーマごとに曲順をシャッフルしていますが、まとめて聴けるものは他にはありません。

若いパレイは落ち着いて聴けますが、ソプラノのダムラウはピアノ伴奏だと高音が目立つ。ルードヴィヒ、オッターのようなメゾ・ソプラノ歌手の方がこの手の歌曲には向いているように思うのは個人的な嗜好でしょうか。

コジェナーはアバドのルツェルンでも、リュッケルト歌曲集と交響曲第4番に登場しますが、映像を見てしまうと過剰な顔と手の振りが興味をそいでしまいます。ラトル(旦那さん!)のマタイ受難曲の映像ではそれがうまくはまっていましたけど。

2019年11月23日土曜日

今年最後の祝日


今日は「勤労感謝の日」で国民の祝日です。

そして、今年の祝日はこれで最後。12月には祝日はありません。昨年までは12月23日は天皇誕生日で休みでしたが、これは平成天皇の話。

昭和天皇誕生日(4月29日)は、みどりの日・昭和の日として祝日化しました。平成天皇誕生日については、今年からは平日扱いですが、これは上皇在中は権威付けにつながる怖れがあるためらしい。

ちなみに令和天皇誕生日は2月23日で、来年はいきなり日曜日のため24日が振替休日となり連休です。

12月はまた祝日無しの月に戻り、すでに建国記念日のある2月に祝日が増えてもなぁと思うところがありますが、こればっかりはしょうがない。

それにしても何かとごたごた続きの日韓関係では、昨夜ぎりぎりのところで韓国がGSOMIA破棄を中止する決定をしました。まぁ、何とか話し合いを始める可能性を残すことができて一安心。

一方で、桜を見て揉めている国会は相変わらず。ほぼ一党独裁と言えるような今の与野党の構図では、本当の政治なんてできないような気がします。おごる与党も困りものですが、揚げ足取り的な仕掛けしかできない貧弱野党にもうんざり。

令和という新時代が良くなるのか、それとも・・・国内外のこれらの問題次第かもしれませんね。

2019年11月22日金曜日

Leonard Bernstein / Mahler Complete Symphonies (CBS)

はっきり言って、レナード・バーンスタインは好きです。ぶっちゃけ、カラヤンは嫌いです。好みの問題ですからほっといてください。

何しろ、小学生の時に最初に認識した指揮者がバーンスタインとベームだったので、自分のクラシック音楽趣味はそこから始まっている。

マーラーを聴きこんでいくと、バーンスタインは避けては通れない。バーンスタイン以前にも以後にもたくさんの有名なマーラー振りはいるんですが、やはり現在のマーラー人気の土台を作ったのはバーンスタインの功績であることは異論はないところ。

ただ、その後オーケストラ物を聴かなくなった時にも、クラウディオ・アバドだけは時々聞いていましたし、何枚かのCDは所有していました。そして、ルツェルンのマーラー・チクルスのビデオで開眼しちゃった関係で、自分にとってのマーラーはアバドがスタンダードになった感があります。

そういう状況でバーンスタインのマーラーを聴いてみると・・・やはり、世評通り自らがマーラーとなって思いのたけを詰め込んだ超主観的な音楽であると言えるし、それが高い評価につながっていることはよくわかる。

その点、アバドのマーラーは素直すぎるというのも理解できるのですが、じゃあ自分にとってはというと、バーンスタインの「やりたい放題」みたいなところは癖が強すぎる。とは言っても、バーンスタインのマーラーが嫌いということではありません。

バーンスタインの最初の全集はニューヨーク・フィルの時代。1960年の第4番から始まって、61年に第3番、63年に第2番と第5番、65年に第7番、66年にロンドン交響楽団との第8番をはさんで、ニューヨークに戻って第1番と第9番、67年に第6番、そして75年に第10番という順で収録されました。イスラエル・フィルとの73年の「大地の歌」と74年の「亡き子を偲ぶ歌」が一連のシリーズに含まれます。

この時期、67~68年にルードヴィヒとベーリーの歌唱で自らのピアノ伴奏版とニューヨークフィルのオーケストラ版の「少年の魔法の角笛」、68年にまたもや自らのピアノ伴奏でフィッシャーディスカウによる「さすらう若人の歌」・「若き日の歌」・「リュッケルト歌集」が収録されています。

ただし「大地の歌」は66年のウィーンフィル盤が先ですが、これは後年のDG全集に含まれました。またロンドン交響楽団とは73年に第2番、「リュッケルト歌曲集」、「亡き子を偲ぶ歌」が再録音されています。イスラエルフィルとの「大地の歌」、ロンドンの第2番・番歌曲集はビデオ全集で映像を見れます。

これらのCBS盤は、後年のDG盤に比べて良くも悪くもバーンスタインの若さが前面に出た演奏といわれており、評価はやや低めのようです。でも、後年の思い入れたっぷりの演奏と比べて聴きやすい印象があり、自分としては嫌いではない。

思い入れたっぷりに演奏者の個性を出すことは重要で、楽譜に縛られたクラシック音楽では必要なことだとは思いますが、一方演奏が重くなっていく傾向も否定できません。若き日のバーンスタインは、まだ「枠」を取り払え切れていないのでしょうが、その分バランスが取れた演奏なのかなと思いました。

それにしても、マーラーにはまって2カ月で、ずいぶんと印象が変わってきたものです。自分の変化に驚きます。

2019年11月21日木曜日

どじょう掬いまんじゅう


頂き物です。中から出てきたのは、頬被りをしたひょっとこ面。胴体があれば、まさにどじょう掬いを踊り出しそう。

なかなかユニークな形で、なんか嬉しくなってきます。もっとも、中身はだいたい想像通りの味です。普通に美味しい。

どじょう掬いといえば安来節。安来節といえば島根。

というわけで、島根県のおみやげです。

CMもいろいろあるみたいで、そのクォリティがある意味やばい。


あら、えっさっさぁ~


2019年11月20日水曜日

朽ちる


車を運転していて、普通の住宅街を何気なく通りかかって、たまたま停止した時・・・

ふっと横を見て愕然とした光景です。

えっー!! 玄関が傷んでいる、を通り越して、ほぼ「朽ちている」に近い。

別の見方をすれば、年輪を感じるとか、歴史を重ねるとか、褒めようもあるんですけど、さすがにこれは・・・

人の住まない家は傷むとよく言いますが、周りを見渡すとこの家はどうも住人がいそうな気配です。

いわゆるゴミ屋敷ではありませんし、そこそこ綺麗にしているのに、玄関だけがこんな状態というのは理解に苦しむ。

この扉だけ見ていると、西洋の幽霊屋敷という印象です。

2019年11月19日火曜日

Leonard Bernstein IPO / Mahler Symphony #9 (1985,Tokyo)


マーラー初心者が、こういうものに手を出していいのかということは横に置いておいて、今回はYouTubeにアップされている驚異のビデオの紹介。

レナード・バーンスタインのイスラエル・フィルとの1985年の来日公演におけるマーラーの第9番の演奏です。この時の来日では、9月3日大阪、9月5日名古屋、そして9月8日と12日に東京の4回、マーラーの第9番が演奏されました。

詳しい録音のデータが記載されていないのですが、場所は明らかにNHKホールのようです。ただし、これが8日なのか12日なのかはわからない。

ただし、正規の撮影とは言えず、ホールの左2階席から、1台のカメラで撮影していますが、画像のぶれがほとんど無いので、明らかに三脚などで固定しています。

1985年というと家庭用の8mm Videoが流行りだしたころで、まだまだ録画機材は服の中に隠せるほど小さくはありません。となると、もしかしたら関係者が記録として収録していたものかもしれません。

実はネットを探索していると、1985年の公園のDVDとかCDがヤフオクに出たという情報が見つかります。さらに、探っているとなんとニコニコ動画に、大阪・名古屋・東京2回の音声データがアップされていました。

さて、バーンスタインは正規の物としてはマーラーの第9番は60年代のニューヨーク・フィルから始まって、70年代はウィーンフィルとのビデオ、そして生涯一度だけだった79年のベルリン・フィルとの競演があります。

そして、最後が1985年6月のコンセルトヘボウとの録音ですが、年代が進むにつれて演奏時間(特に第4楽章)が長くなって、バーンスタイン主観的芸術の到達点の一つとして高く評価されています。

この年に来日したバーンスタインは、「伝説的」にマーラーの演奏を繰り広げ、30数年前ですが、いまだに会場にいた方はその衝撃的な名演を忘れられない体験として語っています。

最近、イスラエルフィルとのテルアビブでのライブが発売されています。これは来日公演直前の8月の演奏。ただし、正規盤としては音質面が貧弱で、オケのミスも目立つという評判で、日本公演を知る人には不満が残るらしい。

このビデオでは、少なくともあからさまなミスはなく、遠くでのワン・マイク録音に関わらず比較的ましな音だと思います。直接に生で体験するとその分感動は大きい物ですが、それらを差し引いてもかなり凄い演奏であることはわかります。

とにかく、よくぞ残っていた!!と、感謝するしかない名演ですね。

2019年11月18日月曜日

Otto Klemperer New Philharmonia Orchestra / Mahler Symphony #9 (1967)

正直に言いますと、クレンペラーも実は今まで聴いたことがありません。クラシック音楽については、自分にとってリアルタイムの演奏しか、基本的に聴いてきませんでした。

クレンペラーも、気がついたときはすでに故人であり、自分にとっては伝説の一人。今回、マーラーにはまらなかったら、一生聴かずに終わったかも。今のところ、フルトヴェングラーはそうなりそうな感じ。

さて、マーラーと直接面識があって、なおかつマーラーの録音を残した指揮者というと、そう多くはない。たぶん「元祖」はメンゲルベルク。コンセルトヘボウ管弦楽団の音楽監督として、マーラーをたひたび招聘していました。ただし、録音は第4番(1939)と第5番のアダージェット(1926)くらしか残っていないようです。

ブルーノ・ワルターは弟子みたいな存在。そして、クレンペラーは目をかけてもらった新人。クレンペラーの指揮者としての扉を開いたのがマーラーで、クレンペラーは一生マーラーに感謝していたようです。

とは言っても、ワルターより亡くなったのが遅い割にはあまり録音は残っていない。交響曲第9番は、唯一1967年にステレオ録音があります。

演奏はニュー・フィルハーモニア管弦楽団。フィルハーモニア管弦楽団は戦後すぐにEMIレコード制作のためにイギリスで結成されたオーケストラですが、実際にコンサートの実演も行っていました。1964年に解散の危機に直面した時に、クレンペラーの全面的な支援の下ニュー・フィルハーモニア管弦楽団として継続したという歴史があります。

さて、演奏はというと・・・意外にというか、録音年代を考えると当たり前かもしれませんが、普通のテンポで音質もまぁまぁで安心して聴ける。ただし、第3楽章はゆっくりめですがめりはりのある音作り。

第4楽章は、たっぷりと弦を鳴らすところは、今どきの演奏と比べても負けていません。全体には素直な演奏という印象で、やはりバーンスタイン後の主観的演奏とは一線を画するところが「古さ」を感じさせるかもしれません。

クレンペラーの手兵として実演もこなしてきたオケですから実力もしっかりしていて、ワルターのコロンビア交響楽団より格上という感じです。

2019年11月17日日曜日

Bruno Walter / Marhler Symphony #9 (Columbia SO,1961), (WPO,1938)

突然に、ブルーノ・ワルターの登場。

実は、小学生の時に最初に知った指揮者は、カール・ベームとレナード・バーンスタインでしたが、もう一人、ブルーノ・ワルターの名前も聞いていました。

ただし、当時すでに大大大巨匠という扱いで、すでに亡くなっていたので、レコードを買ったことは無く、後にクレンペラー、フルトヴェングラー、トスカニーニなどと並んで、自分にとっては旧世代の方々という印象から手を出さないでいました。

ところがマーラーを聴きだしてみると、マーラーとの直に面識があるワルターとクレンペラーについては避けては通れないことがわかりました。特にワルターはマーラーとの関係が深く、直接的にマーラー自身から曲についての話を聞いているわけで、ワルターの演奏の中にマーラーの意図が見え隠れしている可能性を否定できません。

何しろマーラー自身ができなかった、第9番の初演の大役をこなしたのがワルターですから(1912年、ウィーンフィル)、これを聴かないわけにはいきません。

コロンビア・レコード(CBSレコード、現ソニー)がステレオ録音の技術が始まった時に、高齢ですでに引退同然だったワルターを説得していくつものレパートリーを録音しました。その中に多くのマーラー作品も含まれたのが幸いということなんですが、注意したいのは演奏のコロンビア交響楽団。

実は、これは実体が無いコロンビア・レコードの録音用のフリーランスが集まった臨時編成楽団です。もちろん技術的にはそれなりの人たちなんでしょうけど、常設の楽団と比べると質が劣ることは否めない。

そこらを割り引いて・・・さて、第9番を聴いてみる。第1楽章、第2楽章はまぁ無難な展開。ところが、第3楽章で、そのあまりテンポの遅さには愕然とします。マーラー自身が楽譜に直接書き込んだ「きわめて反抗的に」という指示とはかけ離れたゆったり感があり、何か違うという印象。

そして、逆に第4楽章の早いことにさらに驚きます。主観的演奏に走ったバーンスタインとは対局的なアダージョで、あっという間に死に絶える感じ。気持ちを入れすぎるのもどうかと思いますが、これがバーンスタイン前のマーラー解釈ということなんでしょうか。

これでワルターの評価を決めてしまうのはどうかという感じなので、さらにさかのぼって1938年のウィーンフィルとの有名なライブも聴いてみました。もちろん、モノラルですし、さすがに戦前の音源ですから音質はかなり悪いけど我慢できるレベル。

この時点では、マーラーは亡くなって27年で、まだほとんどの演奏者・聴衆にとって身近な実在の有名人。当然、ウィーンフィルには実際にマーラーの指揮で演奏した、あるいは第9番初演時のメンバーは多数いたと思います。

演奏は・・・なるほど、歴史的名盤との評価のある録音ですから悪いわけはない。風通しの良いマーラーという印象です。演奏時間は、バーンスタインは90分、アバドは85分くらいですが、61年の演奏は全体で80分の快速でしたが、38年だと約70分と超特急。

第3楽章は早めできりっとした感じですが、第1、第4楽章がやたらと早く、第2楽章はそれに対してゆっくり(それでも61年より早い)で、全体のテンポが似たような感じです。

昔の録音は、技術的な制約上、長時間録音が難しかったことがあり、全体的に早めのテンポ設定はしょうがない。ワルター自身は、38年の録音には満足していなかった節がありますが、ライブとしての熱気みたいなものと9番の骨格をしっかりと浮き彫りにした演奏という感じがしました。

2019年11月16日土曜日

大嘗祭


現在は、勤労感謝の日として国民の祝日となっていますが、もともとの由来は、天皇がその年の収穫に感謝する新嘗祭です。天皇が新たに即位した年の新嘗祭は、特に重視され、呼び名も大嘗祭として盛大に行われてきました。

今年即位した第126代、令和天皇となる、徳仁天皇による大嘗祭は皇居内に設営された大嘗宮において11月14日夕方から始まり、15日未明に無事に終了しました。

5月の即位から始まった、様々な新天皇の一連の行事はこれでほぼ終了し、天皇・皇后両陛下は、日常的な業務に戻られることになります。

天皇制そのものから、これらの一連の行事に対して、賛否両論のさまざまな意見が出ていますが、自分の立場からは一市民として「そのまま受け入れる」しかないことだと思っています。

日本という国の成り立ちからして、天皇が根幹にあることは動かしようがない事実であって、日本国民として生きていく上では天皇制は絶対条件のようなもので、いろいろな思惑を超えたところにある。

戦後、象徴天皇という難しい立場にあって、少なくも平成天皇は国民に寄り添う形を切り開くことに成功したと思います。徳仁天皇も、引き続き国民と共にあることを願います。

2019年11月15日金曜日

Claudio Abbado GMJO / Mahler Symphony #4 (2006), #9 (2004)

グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団(Gustav Mahler Jugendorchester, GMJO)は、クラウディオ・アバドによって1986年に創設されたオーケストラ。その名が示す如く、団員資格は26才までに限られ若手育成を目的としています。

団員は1992年以後はヨーロッパ全体からオーディションによって選ばれ、退団後はヨーロッパを中心にドレスデン・シュターツカペレなどの多くの名だたるオーケストラでさらに活躍をしています。

アバドがユース後の優秀な人材の受け皿として、1997年に組織したマーラー室内管弦楽団(Mahler Chamber Orchestra, MCO))に在籍するOBも多く、事実上ルツェルン祝祭管弦楽団の中核はMCOが担っています。

GMJOは、若者だからと言って馬鹿にはできません。何しろヨーロッパ中から集まった選りすぐりの人材たちですから、実際ルツェルンの世界的な名手たちに混ざってもまったく引けを取りません。

アバドとGMJOの共演ビデオは2本あり、いずれもマーラーの交響曲。2006年の第4番と2004年の第9番です。なんか、音楽学校の卒業記念公演とでも言いたくなるような雰囲気があります。

とにかく、指揮者アバドを見つめる真剣な眼差しが気持ちがいいし、またアバドね彼らと音楽を奏でることが本当に楽しそうなところが素晴らしい。

この点は、映像だからこそはわかることで、CDの音だけでは伝わり切れないポイントです。アバドに対して辛い評価をする人も、実際にコンサートに脚を運んだり(もう無理ですけど)、あるいはこういったビデオを見れば考えが変わるんじゃないでしょうか。

4番は、演奏としては悪くは無いと思いますが、ソプラノのジュリアン・バンセ(この時点では37才なのでユースじゃありませんね)がどうも雰囲気をこじらせている感は否めない。

難曲の9番は、ルツェルンのベテラン勢の落ち着き払った演奏に比べると、良い意味でも悪い意味でも若さの勢いが優った演奏という感じ。

自分は技術的なことに口を挟める立場ではありませんが、マーラーの曲はアンサンブルだけでなく室内楽的な独奏パートも多いのですが、さすがに個々の力量についてはまったく不安を感じませんでした。

さすがにクラシック音楽の本場はヨーロッパにあり、彼らが次世代の土台を支えるポジションを埋めていることを実感します。また、そういう若者の育成に力を入れていたことは、アバドの偉大さの一端として忘れてはいけないと思います。

2019年11月14日木曜日

Claudio Abbado WSO / Mahler Symphony #6 (1967)

マーラーの作品は、自分が最初に感じたように、長くて変な楽器がしばしば登場するゲテモノという扱いを長らくされていて、それらを払拭した最大の功労者はレナード・バーンスタインであることは疑いようもありません。

今でこそマーラーの交響曲をまとめて聴ける音楽祭は珍しくなくなったとは言え、実際に企画・運営するとなるとかなり大変。その代表がアムステルダムのコンセルトヘボウで1995年に行われた「Mahler Feest」でした。

今の人気を決定づける聴衆のみならず演奏者も受容する機運を作ったと言われているのが、1967年のウィーン芸術週間で企画されたマーラー・チクルスです。詳しいことは、解説してくれているブログがあるのでそちらを参照するとして、ここでは演奏者のみ列挙してみます。

第1番 プレートル指揮ウィーン響
第2番 バーンスタイン指揮ウィーン・フィル ヒルデ・ギューデン、クリスタ・ルードヴィヒ
第3番 スワロフスキー指揮ウィーン響 ルクレティア・ウェスト
第4番 サヴァリッシュ指揮ウィーン響 ハリーナ・ルコムスカ
第5番 ショモギー指揮ウィーン響
第6番 アバド指揮ウィーン響
第7番 マデルナ指揮ウィーン響
第8番 クーベリック指揮バイエルン放送響
第9番 マゼール指揮ベルリン放送響
第10番~アダージョ トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
大地の歌 カルロス・クライバー指揮ウィーン響
嘆きの歌 トイリンク指揮オーストリア放送(ORF)響
少年の不思議な角笛 プレートル指揮ウィーン響 グンドゥラ・ヤノヴィツ、ヴィクター・ブラウン
さすらう若者の歌 ベーム指揮ウィーン・フィル クリスタ・ルートヴィヒ
リュッケルトの詩による5つの歌曲 マデルナ指揮ウィーン響 ヒルデ・ツァデク
亡き子をしのぶ歌 マゼール指揮ベルリン放送響 クリスタ・ルートヴィヒ

さすがに、1週間そこらで連日会場に足を運ぶ人はいないでしょうけど、まとめて聴くとけっこう疲れるだろうなと思います。ベテランと若手をバランス良く配置して企画された感があります。

気になるのは当然アバドですが、他にベームやクライバーのマーラーというのはかなり珍しい。この時の演奏の音源はというと・・・アバドの6番とクライバーの大地の歌が簡単に見つかります。それ以外はどうも残っていないようです。

アバドの6番については、前に紹介した1965年のアバド出世のきっかけになった2番のライブとともに収録されています。モノラル録音で、やや籠った感じの音ですが、時代を考えると聴きにくいというほどではありません。

2番でもそうでしたが、アバドのマーラーは若い時からあまり変化がありません。早くからしっかりとした解釈をした確固たる自信がうかがえるわけですが、逆にそれをつまらないと感じる人もいるだろうことは否定しません。

2019年11月13日水曜日

新屋山神社 @ 富士吉田


どうせ富士吉田に来たんなら、是非寄らんといかんという場所がもう一つ。

それが新屋山神社。新屋山の神社ではなくて、新屋の山神社です。お祀りしているのは、天照皇大神は当然ですし、富士といえば木花開耶姫命もはずせません。ただし、トップを飾るのは大山祇命(オオヤマツミノカミ)。

オオヤマツミノカミは、伊邪那岐・伊邪那美のこどもで、アマテラスとは兄弟なんですが、古事記でも日本書紀でもあまり登場シーンが無いのでよくわからないのですが、木花開耶姫命のお父さんということになっています。名前からして、「大いなる山の神」ですから、富士山のお膝元であれば当然祀られるべきというところ。

本殿は市内にあるので、普通にお参りできます。ただし大事なのは、ここから富士山に向かって林道滝沢線を車だと小一時間上っていった二合目(標高1700m)のところにある奥宮。さすがにマイカーが無いといけない。


ここは、知る人ぞ知るパワースポットとして有名で、なかなか行きにくい場所にもかかわらず不思議な気を求めて人気が絶えません。ただし、冬期に入って11月5日に閉鎖されたので、春までは行けませんのでご注意を。


2019年11月12日火曜日

北口本宮冨士浅間神社 @ 富士吉田


富士吉田市で普通に神社にお参りしたい時は、スタンダードな場所は北口本宮冨士浅間神社でしょう。何しろこのあたりでは一番大きい。鳥居も大きくてなかなか立派。

景行天皇の時代の話。息子の日本武尊は九州で活躍して戻った途端に、今度は天皇から東征せよと命じられ、甲斐国へ向かう途中でここに立ち寄ったらしい。その時に、美しい富士はこの地より拝すべし、と言うので大鳥居が建てられたということらしい。

ヤマトタケルは、父親から「死んで来い」と言われた気がして傷心の気持ちでの旅でしたから、富士山の美しさに何か感じるものがあったのかもしれません。

平安時代以降は、富士山信仰により富士登山が行われるようになり、特に江戸時代には富士講が活発に行われ、この神社で安全を祈願することが必須の行事になったようです。

でもって、祀られているのはヤマトタケル・・・ではなくて、天孫降臨で有名にニニギなんですが、主役はいる富士宮市の富士山本宮浅間大社と同じ、ニニギが一目ぼれしたコノハナサクヤヒメです。


猛火の中で出産したコノハナサクヤヒメにあやかって安産を祈念する方、東側から安全に富士登山をしたい方は、ここに立ち寄りましょう。必ずご利益がある・・・はずです。

2019年11月11日月曜日

即位祝賀パレード


昨日は秋晴れの最高の日和のもと、先月の台風災害などの影響で延期されていた令和天皇陛下のご即位を祝賀するパレードが行われました。

正確には「祝賀御列の儀」と呼ばれ、オープンカーに乗られた天皇、皇后両陛下が手を振って答えていらっしゃいました。

自分はわざわざ見物に出かけたりはしませんでしたが、隊列はわずか5kmに満たない距離を30分以上かけて通り、沿道には物凄い人数のお祝いする人々が集まったようです。

即位正殿の儀から始まった、新天皇の即位を内外に知らせるための一連の行事はこれで終了だそうです。およそ3週間にわたって、天皇陛下および関係者の方々は相当に忙しかったと思います。

何しろ、2週間後には大嘗祭という歴史上も重要な儀式が控えていますので、とりあえず、是非ゆっくり休息を取られていただきたいものです。



2019年11月10日日曜日

Claudio Abbado WPO / Mahler Symphony #2 (1965)

クラシック音楽というと、17~18世紀が中心のような感じがして、数百年前の文化遺産みたいなところがあります。グスタフマーラーは1860年の生まれで、亡くなったのが1911年のことで、活躍していたのは100年ちょっと前。

レナード・バーンスタインは1918年の生まれで、マーラーはすでにいません。マーラーの弟子だったブルーノ・ワルターはマーラーより16才若く、マーラーが亡くなった時は30代なかば。

バーンスタインがワルターの代役でニューヨーク・デヴューしてセンセーションを巻き起こしたのが1943年の事。ワルター67才、バーンスタイン25才。

おそらく、この頃からワルターは、直接見聞きしたマーラーの事をバーンスタインに語ったんでしょうね。

これって、今の感覚で言うと、平成生まれの若者に昭和末期に亡くなった偉人の話をするようなもので、石原裕次郎はかっこよかったよとか、美空ひばりは素敵だったみたいな感じ。つまり、話をする側からすればまだ生々しい記憶があって、そんなに古い話をしているつもりはない。

クラウディオ・アバドは1933年生まれで、1963年にミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝したことでバーンスタインの副指揮者になります。バーンスタイン45才、アバド30才。

今度は、1964年の東京オリンピックや1970年の日本万国博覧会の後に生まれた、まだその影響が色濃く残っている40代後半が平成生まれの若者に伝えるような感じでしょうか。

つまり、何を言いたいかというと、バーンスタインは60年代、アバドは70年代にマーラーとの関わりを深めていくわけですが、それぞれそんなに古臭い音楽をやっている感覚ではないということ。

武満徹が亡くなったのは1996年で、そんなに古い話じゃありません。彼らがマーラーを取り上げるのは、武満徹の「モダン」なクラシックを今の若い指揮者が演奏するようなものかもしれません。

例によって、前置きが長いのですが、アバドの実質的なデヴューとなったのは、1965年のザルツブルク音楽祭。カラヤンが期待の新星として招待をしたわけで、当初はケルビーニのレクイエムをリクエストされたのを、アバドが自らマーラーの2番を振りたいと申し出たそうです。

アバドはバーンスタインの助手をしていたので、すでにこの曲との関わりはあったわけですが、当時はカラヤンはマーラーはまったく振ったことがありません。たぶん、知らないからOKしたのかもしれませんが、知っていたらこの若者のある意味無謀ともいえる申し出は却下したかもしれません。演奏するウィーンフィルにとっても、マーラーはしばらく遠ざかっていたタイトル。逆に、知らないので若僧の「あーしろこーしろ」に従いやすかったのかも。

結果は大喝采だったわけですが、幸いにもこの時の録音が残っていて、正規盤ではありませんがCDがAmazonでも売られていて簡単に手に入ります。モノラルで、音質も良いとは言えませんが、聴きにくいというほどではありません。

1963年録音のバーンスタイン=NYPの2番と比べて、バーンスタインの真似ではない演奏で、すでに後年の演奏に通じるアバドらしさを感じられる内容だと思います。逆にそこが、アバドらしいということ。年を取ると演奏時間がどんどん長くなる巨匠が多い中で、アバドは最初からしっかりと歌わせていたという見方もできると思います。

2019年11月9日土曜日

Leonard Bernstein / Ode an die Freiheit (1989)


11月9日はベルリンの壁崩壊の記念日です。正確には、「壁崩壊が始まった日」ということで、最終的に東西のドイツが統一されるのは約1年後のこと。今年は30周年に当たります。

アバドがベルリンフィル就任記念演奏会を行った1週間ちょっと後、1989年12月25日のクリスマスに、壁崩壊を祝う歴史的なコンサートが行われました。

それが、レナード・バーンスタインの指揮によるベートーヴェンの交響曲第9番(合唱付き)の演奏会でした。

すでに、あちこちで取り上げられている話題ですから、細かいことは書きませんが、音楽史上の名演とは言いませんが、政治色の観点からこれほど感動的なコンサートは他に無いと言えると思います。

ポイントその1
東西ドイツのオーケストラ、合唱団、ソビエトのオーケストラ、アメリカのオーケストラが臨時に集結して編成されたメンバーで演奏された。

ポイントその2
ユダヤのルーツを持つバーンスタインが、すでに癌により健康面に不安があったにもかかわらず、渾身の指揮をとったこと。

ポイントその3
最大のポイントは、バーンスタインによって、第4楽章のシラーによる「歓喜の歌」の歌詞で、"Freude(歓喜)"を “Freiheit(自由)”に変えて演奏が行われたこと。

演奏会が行われた場所はシャウシュピールハウスで、現在はコンツェルトハウスと呼ばれ旧ベルリン交響楽団、現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の本拠地。

実は、シャウシュピールハウスはベルリンフィルハーモニーの東に位置していて、2kmと離れていない。しかし、世界混成オーケストラにはベルリンフィルは参加していません。カラヤン=BPOとの確執がいろいろと言われていたバーンスタインということだとしたら、ちょっと残念ではありますけど。


2019年11月8日金曜日

不二阿祖山太神宮 @ 富士吉田


突然ですが、パワースポットが人気というのは、平成以後のブームみたいな感じで、もはや神社巡りというのも一般に定着してきた感があります。

ブームになって一般化してくると、神社巡りでは、参拝した証として御朱印をいただくというのが目的になっていることが多々あって、最近ではしばしば問題視されています。

それはともかく、パワースポットに行って、精神的なエネルギーを増やしたいというも、現代人のもろさみたいなものの現れなのかもしれません。

かく言う自分も、それとなくパワースポットに出かけることがあったりします。

とにかく得られるパワーが半端ないと評判なのが、富士吉田にある不二阿祖山太神宮。

その歴史は・・・なんか、古事記よりも古い話から始まっているとかいう話で、このあたりはよくわからない。ちょっと一般に言われていることとのズレがあるようなところもありますが、それは横においておきます。

神社のパンフレットによれば、本来、日本最古の神社ということらしい。日本の神社は基本的には天照大御神を祀る伊勢の神宮を頂点としたピラミッド構成ですが、ここでは天照大御神は一段下がった位置にいる。

じゃあ、トップはというと・・・元主一大御神(もとすはじまりおおみかみ)ということで、すべての始まり、高天原を作ったくらいの大元ということになっている。

この辺りは、神話の世界ですから、伝承以上の根拠はありませんので、信じるか信じないかということで、ここでは深入りしません。

とりあえず、最近復元されつつある神社の様子は、かなり「原始的」な形をとっているのかもしれません。広場の奥に小さい八代がって、これが本殿。

一番目立つのが、その本殿の手前にある鳥居です。伊勢と同じような神明鳥居の形状に似ていますが、特徴的なのは柱が3本ある藁で覆われた三柱鳥居(みはしらとりい)で、この中央に立って手を広げてエネルギーを吸収しようということらしい。

強力なエネルギーが噴き出ているらしいのですが・・・わかる人にはわかるようです。

2019年11月7日木曜日

Claudio Abbado BPO / Mahler Symphony #1 (1989)


1989年12月16日、ベルリン・フィルハーモニーで行われたアバド指揮ベルリンフィルのビデオです。

コンマスはレオン・シュピーラーで、今でも大活躍のダニエル・スタブラワとヴィオラのヴォルフラム・クリスト(お茶の水博士)が、二人とも髪が黒い。第2バイオリンのハンス=ヨアヒム・ヴェストファル(不機嫌爺)も黙々と弾いている。

さて、このビデオも大変貴重なものです。

何が貴重かというと、この演奏会がクラウディオ・アバドがベルリンフィルの音楽監督就任の始めてのコンサートだということ。

1989年10月にベルリンフィルは団員による選挙を実施し、カラヤンの次の音楽監督を自主運営の原則に則って選出しました。それが、当時56才だったアバドでした。

その直後、世界を揺るがす歴史的な事件が発生します。ベルンの壁崩壊です。11月9日に、ちょっとした東ドイツ政府関係者の勘違いから、市民が東西冷戦の象徴であった。ベルリンを東西に分断する壁に集結し、事実上の国境を自由に通過してしまう。

そして11月10日から、壁が誰からともなく壊してく作業が始まっていました。翌年までに、歴史的遺産としての一部を遺して、壁は完全に撤去されました。ちょうど、今度の週末が壁崩壊30周年にあたり、様々な記念行事が行われるようです。

本拠地ベルリン・フィルーハーモニーは、この壁の中心であったポツダム広場を見渡せる位置にあり、アバドはカラヤンの使用していた部屋に入り、さっそく就任記念コンサートのリハーサルを開始しました。

このあたりはベルリンフィル自主製作盤、「アバド・ラスト・コンサート」に収録されたドキュメンタリー「アバド最初の1年」に詳しく記録されています。

リハーサルで管楽器奏者がマーラーの指示通りに立ち上がると、アバドはびっくりした表情で、「今どき大袈裟ですから、座ったままでベルアップ(楽器を持ち上げて演奏する姿勢)でいい」と言っています。ちなみにルツェルンでは立ち上がってますね。

さて、本番では・・・さすがに緊張している様子が手に取るようにわかるスタートです。第1楽章が終わると、左から声をかけられた様子でアバドがちょっと笑う。たぶん、スタブラワあたりから「いい感じです」とか言われたんじゃないかと想像してしまいます。

最終楽章はアバドも全開の指揮振りで、手を口元に充てる癖も絶好調。オケを回しに回しての大円団です。オーケストラも新しい時代に新しいシェフとの最初の仕事をきっちりと成功させようと、全体に緊張感のある演奏を繰り広げた感じがしました。

2019年11月6日水曜日

Claudio Abbado BPO / Mahler Symphony #2 (1996)


1996年10月17日、サントリーホールで行われ、NHKが放送したアバド指揮ベルリンフィルの来日公演のビデオです。歌手は、シルヴィア・マクネアーとマリアンナ・タラーソワ。

コンマスは日本人、安永徹で、今でも在籍し活躍するダニエル・スタブラワと共にアバドのBPOを牽引した団員の一人。スタブラワが若いし、後年ルツェルンでアバドを支える、ヴィオラのクリスト(お茶の水博士)、第2バイオリンのハンス=ヨアヒム・ヴェストファル(不機嫌爺)もしっかり確認出来て、何か嬉しい。

さて、このビデオは大変貴重なものです。

何が貴重かというと、アバドは3回分くらいのマーラー交響曲全集を遺してくれましたが、同一楽団で完成したものが一つもありません。

正規に発売されているビデオとしては、一番多いのはルツェルンですが、何と残念なことに第8番が抜け落ちている。CDだとベルリンフィルとの演奏が最も多いのですが、こちらは第2番か無い。

第2番は、アバドの実質的に世界デヴューとなった1965年のザルツブルクで演奏したもの。カラヤンから招待され、自ら第2番を振りたいと進言し、ウィーンフィルを操って大喝采となりました。

ルツェルンでは実際に演奏されていないので、後で「こんなんありました」と出てくることは無いのであきらめるしかありません。ところが、ベルリンフィルでは演奏しているにもかかわらず発売されていない・・・ということで、その穴を見事に埋めてくれるのがこのビデオです。

アバドはベルリンフィルのシェフに就任して5年以上たち、カラヤンの呪縛を払拭し、自分のカラーを出せるようになった頃だろうと思います。前年のMahler  Feestにも招聘され、マーラー振りとしても乗りに乗っている時代。

演奏の内容は、2003年のルツェルンでのものと大きなかわりはありません。さすがに名手揃いのベルリンフィルですから、この対局も難なくこなします。アバドらしい風通しの良い第2番です。画質・音質のアップされた正規発売を期待したいですね。

2019年11月5日火曜日

ミカン


まぁ、大きさからすると、たぶんミカンだと思うんですけど・・・

柑橘系の実はどれも似ているので、本当は何かはよくわからん、というのが本音。

すぐ近所に通りがかりに見つけた果実。まさに、実りの秋という感じ。けっこう、庭に柑橘系を植えている家が多いようです。

ミカンなら、この辺りで植えているのは、普通に温州ミカンなんでしょうかね。

温州(うんしゅう)というのは、中国にあるみかんの産地ですが、あやかっただけで原産地は日本らしい。

あまり高くはならないし、特別なことをしなくても実がなるので、美味しいかどうかは別として育てやすい。

庭が広ければ一本植えてもいいかもしれません。

2019年11月4日月曜日

Mahler Feest in Amsterdam 1995


アムステルダムの有名なコンサートホールと言えば、コンセルトヘボウ。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)は、コンセルトヘボウを本拠地にしている、ベルリンフィルやウィーンフィルとも肩を並べる、伝統のある世界有数のオーケストラです。実は2代目の音楽監督であったメンゲルベルクによって、グスタフ・マーラーは指揮者としてしばしば招聘されたため縁が深い。

歴代音楽監督の中では、ベルナルト・ハイティンク(1962-1975)、リッカルド・シャイー(1989-2003)がRCOでマーラーの交響曲全集を作りました。そして、マリス・ヤンソンスは、いろいろな指揮者が振り分けたRCOによるビデオ全集(2009-2011)を完成させています(自らは2、3、8番を指揮)。

ちなみに、ヴィオラ主席は日本人の波木井賢さん。他にもたくさんの日本人奏者が在籍しています。また、ヤンソンスの後を引き継いだガッティは、昨年セクハラで電撃解任され、現在までRCOは音楽監督は不在という状況。

さて、そんなRCOは、過去に1920年、1995年の2回、Mahler Feest in Amsterdamと称する全曲演奏会を行いました。1920年はメンゲルベルクの監督就任25周年記念でした。

1995年はRCOだけでなく、なんとベルリンフィル(BPO)、ウィーンフィル(WPO)、グスタフマーラー・ユーゲント管弦楽団(GMJO)を招いた物凄い音楽祭で、オランダ放送協会が公式に自主製作CDを作成しました。ただ残念ながら、通常の販売は行われなかったため、いまやたまに中古が売りに出ても驚愕の価格になっています。

その布陣を並べてみると、
第1番 シャイー指揮 RCO
第2番 ハイティンク指揮 RCO ヴァン・ネス、マルジオーノ
第3番 ハイティンク指揮 WPO ヴァン・ネス
第4番 ムティ指揮 WPO ボニー
第5番 アバド指揮 BPO
第6番 ハイティンク指揮 BPO
第7番 ラトル指揮 WPO
第8番 シャイー指揮 RCO
第9番 アバド指揮 BPO
第10番 ハイティンク指揮 GMJO
大地の歌 ハイティンク指揮 GMJO ハンプソン、ヘップナー
嘆きの歌 シャイー指揮 RCO
少年の魔法の角笛 アバド指揮 BPO フォンオッター、シャイー指揮 RCO ハガード
少年の魔法の角笛(ピアノ伴奏) ハンプソン
リュッケルト歌曲集 ムティ指揮 WPO ラルモア
リュッケルト歌曲集(ピアノ伴奏) ハンプソン
亡き子を偲ぶ歌 ハイティンク指揮 BPO リポヴシェク
亡き子を偲ぶ歌(ピアノ伴奏) ハンプソン
さすらう若人歌 シャイー指揮 RCO ハガード
さすらう若人の歌(ピアノ伴奏) ハンプソン

凄いですね。凄すぎですね。これを1週間ちょっとで全部聞こうと言うんですから、もう伝説的な演奏会の域を超えています。

その伝説を再びということで、注目されているのがMahler Feest in Amsterdam 2020です。来年5月に25年ぶりにマーラー・フェスティバルが開催されることになっています。今のところ予定されている出演者は、

第1番、第2番 Jaap van Zweden New York Philharmonic
第3番 Myung-Whun Chung RCO
第4番 Kirill Petrenko BPO
第5番 Daniel Barenboim WPO
第6番 Kirill Petrenko BPO
第7番 Daniel Barenboim WPO
第8番 Daniel Harding GMJO
第9番 Myung-Whun Chung RCO
第10番、大地の歌 Iván Fischer Budapest Festival Orchestra

これはこれで凄いメンバー。個人的に注目なのは、BPOの新シェフであるペテレンコ、そしてマーラー振りとしては急上昇中のハーディングあたりでしょうか。

ゴールデンウィークのあと、さらに2週間仕事を休めたら・・・って無理な話なので、今どきですから映像が配信されたり、ブルーレイなどで発売されることを期待するしかありませんね。

2019年11月3日日曜日

独断のマーラー・ランキング

イギリスの音楽雑誌が、151人の指揮者に行った「あなたにとっての10大交響曲は」というアンケート結果では、第1位ベートーヴェン「英雄」、第2位同じく「合唱」、第3位モーツァルト「ジュピター」でした。

しかし、その後に続く第4位に第9番、第5位に第2番「復活」、第10位に第3番という具合にマーラーが10位までに3曲ランクインしています。

だいたいこの手のランキングは個人の好みもかなり関係するので、だから何? 的なところはありますが、ネットを眺めているとわかりやすい第1番、短くて聴きやすい第4番、アダージェットが有名な第5番あたりも人気が高い。

人気が低いものだと、未完成の第10番はしょうがないとして、大がかりすぎて聴く機会が少ない第8番も入ってくる。第7番は全体の統一感がなく、時には「失敗作」の烙印を押されているせいか、プロ・アマ問わず最下位で一致しそうです。

となると、残った問題は第6番。演奏する側からすると、いろいろな変わった楽器、というか道具を必要とする煩雑さがありそうです。聴く側からは、出だしがダースベイダー。マーラーではお馴染みの歌が含まれていないのも、人気を分けるところかもしれません。

このところ集中的にマーラーを聴きこんできた結果として、現在までの自分のマーラーのランキングを考えてみました。とは言っても、きっちり順位をつけることは難しいので、好き、嫌い、どっちでもないの三択にしようかと思いましたが、それも難しい。

まぁ、はっきり言って嫌いだったら聴かないわけですから、嫌いというラベルはつけようがない。まずは全曲を簡単に評価してみます。

交響曲第1番 短めでわかりやすいが、まだマーラーらしさが少ない。
交響曲第2番 合唱・独唱が入ってドラマチックで聴きごたえあり。
交響曲第3番 マーラーらしさが完成した感じだか、さすがに長すぎて疲れる。
交響曲第4番 独唱の入る第4楽章が素晴らしい。
交響曲第5番 アダージェットの印象が強すぎて、それ以外が頭の残りにくい。
交響曲第6番 かっこいいの極み。
交響曲第7番 確かに、う~んという感じ。
交響曲第8番 第1部の壮大さはすごいけど、アバドの映像がない。
交響曲第9番 わかりにくいけど、マーラーの精神世界の完成形。
交響曲第10番 美しいけど、残念ながら未完成。
大地の歌 交響曲としては無理がある。
若き日の歌 ドイツリートとしては普通。
さすらう若人の歌 同じく。
少年の魔法の角笛 オケ伴奏リートとして抜群の成熟度がある。
リュッケルト歌曲集 「私はこの世に捨てられて」以外は普通。
亡き子を偲ぶ歌 オケ伴奏リートとして標準。

まぁ、今のところこんな感じ。ですから、好感度の高いものとして、2・6番、少年の魔法の角笛あたりを押したいところ。好感度が低いのは普通に7・10番でしょうか。8・9番は今後の聴きこみ具合によっては、好感度が高まる可能性があります。

前にマーラー全集としてDG・DECCA系とWarner・EMO系のボックスを紹介しましたが、探していたらもう一つありました。

バッハの激安ボックスでもおなじみのHanssler・PROFILEのもので、新旧取り混ぜての演奏が含まれいます。このボックスの一番のお得ポイントは、ダムラウによる「少年の魔法の角笛」のピアノ伴奏版、しかも「若き日の歌」などの角笛関連も全部集大成しているアルバム、マーラー編曲ウェバーのオペラが丸々ふくまれているところ。

さらに「大地の歌」も珍しいピアノ伴奏版が入っていて、これらだけを単独で買う値段で、ワルター、ハイティンク、ミトロプーロス、テンシュテット、ストコフスキーらの全交響曲の名演が付いてくるのは凄すぎる。

2019年11月2日土曜日

In memoriam Claudio Abbado, Lucerne Festival 2014

ベルリンフィルならばカラヤン、ウィーンフィルならばベーム。

長きにわたって、名門オーケストラを支配した音楽監督も、初めはおそらく先代の演奏法が染みついた団員たちをコントロールすることに苦労したのかもしれません。

クラウディオ・アバドは、しばしば生前に「オケに好きにさせている」という批評に代表されるような、ネガティブな評価を受けることが少なくありませんでした。

名門ばかりとの関係がおおかった、ある意味「エリート」だったアバドは、絶えずオーケストラに染みついた伝統との戦いを強いられる立場にいたのだろうと思います。

しかし、その中でも指揮者としての厳しさは十二分に自覚していて、過去にどのように演奏してきたかということより「楽譜にどう書かれているか」が重要であり、それを実現するためにはオケの団員との衝突も厭わない姿勢を崩さなかったようです。

多くの優秀な若者を集めて後進の育成という点に関しては、他のどの指揮者よりも多大な時間を割いてきたアバドは、(良くも悪くも)癖が無い若者との共演はたくさんの刺激がもらえて楽しかったようです。

その成果は、ヨーロッパ管弦楽団、グスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団、マーラー室内管弦楽団などであり、さらにアバドを慕う世界中の名手が加わって集大成されたルツェルン祝祭管弦楽団に結実しました。

アバドのルツェルン音楽祭のビデオをたくさん見ていて、指揮者のオーケストラ演奏での役割とは何だろうと考えました。

間違いなく、開始の合図と初期テンポの設定は指揮者の重要な仕事ですが、音楽が始まってしまうと優秀な楽器奏者たちはいくらでも自分の知っている世界で個々に演奏を完結する力があります。

カラヤンはしばしば最初から最後まで目を閉じて指揮をしていて、オーケストラからのフィードバックは拒絶していました。カラヤンのオーケストラに対するスタンスは、自分の指揮棒の通りに音を出す楽器であればよかったのかもしれません。

バーンスタインは見ていて楽しいくらい動き、時にはのりのりで踊っている。共演が多かったウィーンフィルは、巨匠然としたベームとの違いの大きさに唖然としていたかもしれません。実際、ビデオを見ていると、そんなバーンスタインをウィーンフィルのメンバーはほとんど見ちゃいない。

ところが、ルツェルンのアバドの場合は、メンバーが指揮台の上のアバドを見つめる視線の熱さがまったく他の指揮者の場合とは違う。アバドに対する信頼、尊敬、敬愛などなどの感情が溢れています。

アバドは譜面を半端ないくらい読み込んでいて、長大なマーラーの作品でも暗譜しているので楽譜をおいて演奏することがありません。本番ではオーケストラを信頼して、「好きにさせている」のであって、すでにその時点でアバド色が出来上がっているのです。

原典を尊重し、作曲家がどのような音楽を聴かせたかったを重視するアバドの音楽は、時には「個性が無い」と言われるかもしれませんが、オーケストラと一体になって曲の本質をしっかりと表現することにかけては誰よりも「巨匠」と呼ぶにふさわしい。

2014年1月20日、アバド永眠。4月にルツェルンでは、アバド追悼の音楽会が行われました。スター演奏家が多いルツェルン祝祭管弦楽団の名手たち全員とはいきませんが、たくさんのお馴染みのメンバーが急遽参集しています。

実は驚いたのは、追悼のためにオーケストラが演奏したシューベルトの「未完成」第1楽章です。メンバーが揃い、音合わせが終わって、さぁ指揮者登場・・・ですが、当然アバドはもういません。

なんと、コンサートマスターの合図のもと、指揮者無しで演奏が始まりました。室内楽のような、指揮者がいないオーケストラの演奏は初めて見ました。メンバーからすれば、そこにはアバドが立っていたのかもしれません。

最後はネルソンスの指揮でマーラーの3番終楽章。長い長い弦を中心とした、普通に聴いても感動するのですが、多くのメンバーは泣きながらの演奏。本当にアバドは慕われていたことが、いやというほどわかります。

全ての演奏が終了して客席から巻き起こった長い拍手は、ゲストであるバイオリンのイザベル・ファウスト、指揮者アンドリス・ネルソンスではなく、間違いなくクラウディオ・アバドを対するものでした。

2019年11月1日金曜日

首里城焼失


巷では、一部でハロウィンで盛り上がる人もいたかもしれませんが、10月晦日に飛び込んできた沖縄の「首里城火災」のニュースは、沖縄県民だけでなく日本中で驚きと伴にショックであったと思います。

15世紀から19世紀まで続いた琉球王国の城である首里城は、沖縄県民の方々にとっては「原風景」の一つ。自分たちのような県外の者からすると、やはり沖縄をイメージする代表的な建造物です。

2000年に、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されたことは記憶に新しい。ただし、登録名は「首里城跡」です。

首里城は、過去に何度も喪失・再建されていて、最後は太平洋戦争末期の激しい沖縄をめぐる戦いで、建物はほとんど破壊されていました。今回焼失したのも、1980年代から始まり今年1月に復元完了したばかりの建物。

歴史を正しく継承していくシンボルとして重要ですから、すぐさま新たな復元作業が開始されることになるだろうとは思います、とはいえ、また見事な朱塗りの外観を見れるのには長い期間が必要そうです。