2019年12月31日火曜日

令和元年大晦日


昨年の大晦日、「年賀状は出しません」宣言をこのブログでしました。

当然のように、ことさら反響があるわけではなく、やはり形式だけとなっている年賀状という文化の衰退を実感しただけでした。

人とのつながり・・・という意味では、それなりに意味があったツールですが、郵便局がどんなに宣伝しようと、これだけコミュニケーション手段が多様化した時代では、非力であることはいたしかたがないところ。

というわけで、大変に失礼かとも思いますが、今年も年賀状は出しません。

・・・強気に言っておきながら、一応、数十枚は用意しましたけど。

今年も、いろいろな方々のお世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

2019年12月30日月曜日

シャイーのマーラー録音をコンプリートする

ルツェルンのアバドのポストを2015年に引き継いだのはアドリアス・ネルソンスでしたが、理由はわかりませんが2016年からはリッカルド・シャイーが音楽監督に就任しています。

シャイーというと、顔がでかくて油ギッシュな指揮者という印象を持っていましが、これは過去のCDジャケットに顔のアップの写真がよく使われていたからかもしれません。

シャイー(Riccardo Chailly)は、1955年生まれで、ラトルの2才年上。実は、シャイーという名前を認識していない頃に、ショスタコーヴィチの「Jazz Album」と題されたCDをタイトルだけで買っていて、これにはまだ知らなかったブラウティハムも参加していました。

そして、一番よく聴いたのはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番で、ピアノはアルゲリッチ。古いビデオ映像がネットにあって、アルゲリッチ目当てで何度も視聴しています。ですから、だんだんシャイーの名前を見聞きするようになると、ロシア系の音楽が得意な人なんだと漠然と思っていました。

実際にはイタリア人ですが、ドイツ語圏での活躍が目覚ましく、今では現役の中ではトップクラスの指揮者の一人で、アムステルダム・コンセルヘボウ(RCO)、ゲヴァントハウス・ライプツィヒ(LGO)の音楽監督を歴任しています。

マーラーを聴いていくと、シャイーの存在というのは大きくて、コンセルトヘボウとは1989~2004年にかけて交響曲全集を完成させています(第10番クック版だけは1988年のベルリン放送交響楽団とのもの)。1995年のMahler Feestでもベテランに混ざって大活躍です。

さらにゲヴァントハウスとは、マーラー没後100年を記念して2011年からビデオによる全集を目指していて、実はあと第3番、第10番を残すだけになっているんですが、どうなるんでしょうか。

シャイーのマーラーは、アバド系で中庸で聴きやすい。これは少しでも楽譜を忠実に作曲者の考えを演奏に具体化しようとするものですが、その結果として一つ一つの楽器の音色をはっきりさせメリハリのある演奏を聴かせてくれる印象です。

さすがに、現役のベテラン指揮者で録音・録画もかなりの数があるので、ラトル同様、すべてのディコグラフィを把握することは大変に難しい。

渉猟しえた正規盤は以下の通り。

1986年 交響曲第10番(クック第3稿第1版) ベルリン放送交響楽団
1988年 リュッケルト歌曲集、少年の魔法の角笛(抜粋)、さすらう若人の歌、亡き子をしのぶ歌 ドイツ・ベルリン交響楽団、ブリギッテ・ファスベンダー(Ms)

1989年 交響曲第6番 RCO
1994年 交響曲第7番 RCO

1995年 交響曲第1番 RCO  Mahler Feest 1995
1995年 交響曲第8番 RCO  Mahler Feest 1995
1995年 さすらう若人の歌、少年の魔法の角笛(抜粋) RCO、ハカン・ハーゲゴール(Br) Mahler Feest 1995
1995年 嘆きの歌 RCO  Mahler Feest 1995

1995年 交響曲第1番 RCO
1997年 交響曲第5番 RCO
1999年 交響曲第4番 RCO、バーバラ・ボニー(S)

2000年 交響曲第8番 RCO、ジェーン・イーグレン(SI:罪深い女)、アン・シュヴァネヴィィルムス(SⅡ:贖罪の女)、ルート・ツィーザク(SⅢ:栄光の聖母)、サラ・フルゴーニ(AⅠ:サマリアの女)、アンナ・ラーソン(AⅡ:エジプトのマリア)、ベン・ヘプナー(T:マリアをたたえる博士)、ペーター・マッテイ(Br:法悦の神父)、ヤン=ヘンドリク・ローテリング(B:瞑想の神父)

2000年 少年の魔法の角笛(全曲) RCO、バーバラ・ボニー(S)、マチアス・ゲルネ(Br)、サラ・フルゴーニ(Ms)、ゲースタ・ヴィンベルイ(T)
2001年 交響曲第2番+葬礼 RCO、メラニー・ディーナー(S)、ペトラ・ラング(M)
2003年 交響曲第3番+バッハ組曲(マーラー編曲版) RCO、ペトラ・ラング(M)
2004年 交響曲第9番 RCO
2006年 シューマン交響曲全集(マーラー編曲版) LGO

以下はDVD、BDのみの発売。

2011年 交響曲第2番 LGO、クリスティアーネ・エルツェ(S)、サラ・コノリー(Ms)
2011年 交響曲第8番 LGO、エリカ・ズンネガルド(S1 罪深き女)、リカルダ・メルベート(S2 贖罪の女)、クリスティアーネ・エルツェ(S3 栄光の聖母)、リオバ・ブラウン(A1 サマリアの女)、ゲルヒルト・ロンベルガー(A2 エジプトのマリア)、スティーヴン・グールド(T マリア崇拝の博士)、ディートリヒ・ヘンシェル(Br 法悦の神父)、ゲオルク・ツェッペンフェルト(B 瞑想の神父)

2012年 交響曲第4番 LGO、クリスティーナ・ラントシャマー(S)
2012年 交響曲第6番 LGO

2013年 交響曲第5番 LGO
2013年 交響曲第9番 LGO

2014年 交響曲第7番 LGO
2015年 交響曲第1番 LGO

2016年 交響曲第8番 LFO、リカルダ・メルベート(S1 罪深き女)、ユリアーネ・バンセ(S2 贖罪の女)、アンナ・ルチア・リヒター(S3 栄光の聖母)、サラ・ミンガルド(Ms サマリアの女)、藤村実穂子(A エジプトのマリア)、アンドレアス・シャーガー(T マリア崇拝の博士)、ペーター・マッティ(Br 法悦の神父)、サミュエル・ユン(B 瞑想の神父)

ビデオ全集は未完ですし、年齢的にはさらに一周できそうですから、是非今後の活躍にも期待したいものです。

2019年12月29日日曜日

2019年総決算


年内のクリニックの診療は終了し、今日から1週間は年末年始の休診になります。

2019年は、平成は31年で終了し5月1日から令和元年となった年。もっとも、これは全国共通の話ですから、自分に限った話ではない。もう一つ、10月1日から消費税が8%から10%に引き上げられました。これも日本中で同じこと。

ただ、この2つは、いずれもクリニックにとっては、電子カルテのシステムの変更を伴うということで、けっこう慎重にならざるをえない出来事でした。

消費税については、事前に少しずつ準備ができたので、パソコンの日付と共に自動的に切り替えられました。うちのようにほとんどが保険診療ですから、基本的にあまり困ることはありませんでした。

元号の変更は、出たとこ勝負みたいなところでした。一応、平成31年のままでも周りが対応可能なところが多かったので、うまく切り替わっていない部分が見つかっても、そのたびに調整で切り抜けたという感じ。

日本人として元号の重要性は認めますが、実務的には西暦で統一してもらいたいと思ったのは自分だけではないと思います。

あとクリニックの広告のフラッグシップだった、駅構内の大きな電飾看板が、駅の改装に伴い4月に強制終了になたことも大きな出来事です。無料広告という意識で始まったこのブログも、今や完全にただの「日記」、あるいは「趣味発表」の場にしかなっていません。

となると、広告らしい広告は田園都市ドットコムに掲載されているクリニック紹介だけ。もうほとんど広告は無いの等しい。

クリニックとしては、これら以外は大きな波風はありませんでした。12月に開設15年目に入りましたが、患者さん数の変化もあまり無く、スタッフの異動もありませんでした。故障した機器もなかったですし、新たに導入したものもありません。

う~ん、今まで一番動きのない1年だったのかもしれません。安定は重要ですが、前進が無いのは必ずしもいい話ではありません。もっとも、自分もだいぶ加齢によるパワー不足が見えてきているので、なかなか無理ができなくなってきたというのは正直な気持ち。

患者さんをレントゲン撮影台に移し替えるなんていうのは、けっこう辛くなってきました。整形外科医は、開業医でも半分デスクワーク、半分肉体労働みたいなところがありますが、やはり体を鍛えていないと辛いところがありますね。

個人的にも、こどもたちの教育が終了しているので、ゆとりのある1年でした。去年のカメラ三昧から始まって、映画三昧、パン作り三昧、そしてマーラーの音楽三昧という具合で、人生で初めてやりたいことを突き詰めた1年です。

基本的に長い休みが特定の期間しかないので、インドア趣味に走っているのが多少問題かなと思います。体力低下もそれに拍車をかけていることは否めない。

カメラ、映画は以前から好きですから、初めてではありません。でも、パン作りは今までやったことがありません。たまたまオーブンレンジを入れ替えたら、ベーカリー機能が付いてきたというきっかけですが、これがなかなか面白い。

いろいろ挑戦して、家庭用オーブンレンジでできる限界が見えるところまでやりたいだけやって、小麦粉にして20~30kgくらい使ったと思います。ほとんどの味見はクリニックのスタッフにしてもらいました。まぁ、それなりに喜んでもらえたようで、福利厚生的にも役に立ったかもしれません。

現在進行形のマーラー三昧は、一山か二山超えた感じですが、まだまだゴールが見えていない。クラシック音楽そのものはずっと聞いていますが、苦手のオーケストラ物、その中でも長くて難解というイメージだったマーラーを克服したのは、自分の中ではけっこう大事件だったりします。

来年も、何かに対して常に興味を持ち、一度はまったら徹底的に突き詰めるというのは性分として変わらないと思います。かっこよく言えば、「知の探究」みたいなところは、ボケ防止にも役に立つでしょうから続けたいですね。

2019年12月28日土曜日

マーラー指揮者たち (1995)

実はこのDVDは、前に紹介した1995年のアムステルダムで行われた「Mahler Feest 1995」の関連映像です。

このフェスティバルのために集まった、クラウディオ・アバド、ベナルト・ハイティンク、リッカルド・シャイー、リッカルド・ムティ、サイモン・ラトルの5人の指揮者へのインタビューと、コンセルトヘボウ、ベルリンフィル、ウィーンフィルの3つのオケとのリハーサル映像を中心に構成されています。

このドキュメンタリーは、マーラー財団のアーカイブとしてネット上に公開されていて、簡単に見ることができるのですが、如何せん日本語字幕が無いのが辛い所。大変興味深いのですが、内容は半分も理解できませんでした。

そしたら、Amazonを探っていたら、ちゃんと日本語字幕付きでDVD化されていました。幸い、リーズナブルな価格の中古を手に入れることができて早速見てみました。

実に面白い。それぞれの指揮者がマーラーその人、そして彼の音楽のどういうところに注目しているのか率直に語っている。そして、リハーサルで音楽を組み立てていく過程の一端が垣間見えるのが貴重です。

明らかに、最低でも4台くらいのカメラを同時に回している。指揮者が主役なので、オケの面々はあまり映っていませんが、若き日の見た顔がときどき出てきたりして嬉しくなります。この映像があるなら、本番の映像も残っていないのか期待してしまいます。

このDVDには、もう一本ドキュメンタリーが収録されています。それは、「Ich bin der Welt abhanden gekommen (私はこの世に忘れられ)」というタイトルで、もちろんリュッケルト歌曲集の白眉ともいえる曲名から取られています。

こちらの主役はリッカルド・シャイー。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と交響曲第9番を作り上げていく過程のドキュメント。もう一人の主役が、マーラー研究の第一人者アンリ=ルイ・ド・ラ・グランジュで、いろいろ語っています。Mahler Feestの時のトーマス・ハンブソンの歌唱もおまけで含まれているのも楽しい。

視聴する上で、いろいろ難しさを感じる第9番ですが、第1楽章から順を追って中身が解剖されていくようで、少しだけ理解が深まった気になれます。



2019年12月27日金曜日

マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー

クラウディオ・アバドのルツェルン音楽祭での一連のビデオから始まった私的なマーラー・ブームですが、繰り返し映像を見ていると次第に音楽が頭に残るようになり、他の演奏者にも興味が湧いてきました。

当然、マーラーの総本山と認知されるレナード・バーンスタインを聴かずには次に進めそうもない。そして、その先の数ある録音・録画されたメディアは、便宜上、バーンスタイン以前と以後、以後の中はバーンスタイン系と非バーンスタイン系に分類できそうです。

いやいや、そんな乱暴な分類はダメだとお叱りを受けるかもしれませんが、どうも日本人は分類整理することが好きなので、自分もすぐにそういう聴き方をしてしまいます。実際にはそんなに簡単に整理できるわけではないんですが、マーラーの音楽の理解のための一つの方法としては、ある程度の意義はあると思います。

誤解を恐れず、あえて簡単に違いを説明すると、バーンスタイン以前は、マーラー自身の直接的な影響を色濃く残し、比較的速めのテンポでサクサクと演奏する感じ。バーンスタインが、それをまるで自分自身がマーラーの分身のように思いのたけを詰め込んだものにしました。

以後は、バーンスタインのように主観的演奏により聴く側の感情を揺さぶるタイプと、それとは対照的に客観的に冷静な演奏でマーラーの音楽の本質を伝えようとするタイプがあるということになりそうです。

バーンスタイン系、あるいは主観的演奏は、はまると「世紀の名演」となり、最大級の賛辞が与えられます。しかし、こけた時は悲惨で、「こんなマーラーは聴きたくない」という感じになってしまう。

非バーンスタイン系、あるいは客観的演奏は、一般には可も無し不可も無しと評価されることが多く、優等生的という褒めているのか褒めていないのかわからない言葉で語られます。アバドはその代表選手のような位置づけ。

それでも、アバドの場合は、全体の流れが途切れることなく、楽譜の指示を最大限に生かして音楽らしく聴かせることに成功している。ブーレーズはきちっと音符を拾い、音楽の骨格をしっかりと表現することで評価されています。

実際のコンサートでは、このあたりは指揮者の思う通りです。ところが、自分を含めて大多数の聴衆は録音・録画されたメディアを通して評価するしかありません。音楽が広まっていくのに、繰り返し鑑賞に耐えうるメディアを意識することは必要悪と言わざるをえない。

となると、メディアの制約が必然となってくるわけで、SPレコードの時代から、戦後にLPレコードとなり、さらに80年代末のCD登場という、録音可能時間の延長は無視できないファクターです。特にマーラーのように一つ一つが長い楽曲では、特に影響は顕著。

さらに映像が加わり、DVDやBDの登場により収録時間もマーラーの交響曲ですらすっぽり収まるようになると、表現者の自由の幅は無制限と言える状況になりました。しかし、音質面の向上も含めて、昔だったらしょうがないと済ませていた部分も厳しく評価されるようになったともいえます。

例によって、長い前置きですが、今回紹介したいのはマーラーを得意とする、いわゆる「マーラー振り」の指揮者を知るための絶好の本です。2016年に日本語版が発売されていますが、原著は2013年のもの。

マーラーの楽譜を、本人の制限から出版していたUniversal Edition社が発行したもので、基本的に同じ質問をマーラー演奏で有名な指揮者たちに投げかけたインタビュー集です。

マーラーの音楽との出会いとその時の印象。どのように演奏し、その時の問題点は何か。マーラーの音楽をどう思っているか・・・などなどの質問に対して、各指揮者の答えは様々で、この中に彼らも避けて通れないバーンスタインの存在に対する意見も多数出てきます。

この本のさらにユニークなところは、このインタビュー映像をHPで公開していること。もっとも日本語訳は付いていませんので、この本と合わせて眺めると、意見を述べる時の表情がわかって面白い。

当然、ここに漏れてしまった有名な指揮者もいるんですが、現在の、またはこれから注目すべき指揮者というのも見えてくる。アバド、メータ、ブーレーズらの次の世代として、すでに全集を完成させているリッカルド・シャイー、サイモン・ラトル。そして全集を目指しているさらに若い世代は、ダニエル・ハーディング、グスターボ・ドュダメル、アドリアス・ネルソンスあたりは注目すべき指揮者ということになりそうです。

今後登場するであろう新譜で、何を気にかけたいかということの指針を与えてくれるという意味でも、大変有意義なインタヴュー集です。

2019年12月26日木曜日

Lorin Maazel WPO / Mahler Symphony #3 (1985)

マーラーの交響曲第3番は、長い曲ばかりのマーラーの中でも頭抜けて長い。標準で約100分で、ギネスに一番長いと認定されていたほど(実際はハヴァガル・ブライアンのゴシック交響曲の方が上かもしれない)。

さて、マゼールです。第3番です。36分55秒、11分44秒、18分27秒、9分21秒、4分22秒、29分54秒という具合で、全部で110分43秒です。一般に知られている第3番の演奏としては、最長かもしれません。

実際、長いです。出だしのファンファーレはやや遅いかなって感じなんですが、そこからがずっと遅いテンポを押し通します。ゆっくりした演奏は、重厚感が増して説得力が増加する・・・と言いたいのですが、自分の感想としては、このテンポは生理的に辛い。

グレン・グールドがゴールドベルク変奏曲を再録音する際に、音楽の流れとしての「パルス」を重視したのは有名な話ですが、テンポ設定は極端に変えると、パルスから外れ聴いていてつんのめってしまう感じがします。ただし、パルスの感じ方は個人個人でいろいろですから、ビタっとはまる人には名演になります。

シカゴ響のアバドは、早い演奏が多いネーメ・ヤルヴィは99分21秒、シノーポリでも99分39秒。快速シェルヘンでも95分30秒で、この曲に関してはあまり冒険する人はいなさそうです。

マゼールは、アバドと同世代のフランス人。アメリカで芽を出し、1980年代前半にウィーンフィルとの密接な関係が頂点。ベルリンフィルのシェフのポストをアバドにとられたことがかなりショックだったらしく、その後の活躍にも影響が残ったらしい。

マーラーについては、80年代に初の同一オーケストラ(ウィーンフィル)による全集を完成し、その後もフィルハーモニア管弦楽団との全集も作っています。他のオケとの録音もたくさんあるんですが、この6番に限らず、マーラー物はあまりやりたいことが見えてこない演奏が多い感じがしてしまいます。

2019年12月25日水曜日

Dietrich Fischer-Dieskau & Wilhelm Furtwangler / Mahler Lieder eines fahrenden Gesellen (1952)

フルトヴェングラーほど高名な指揮者でも、マーラーの録音は、正規にはほぼこれだけというのが実に残念な話。若きフィッシャーディスカウとのセッション録音で、オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団。

ユダヤ人であるフルトヴェングラーは、マーラーを嫌っていたわけではなく、ナチス政権による反ユダヤ政策により演奏の場を失ったことが一番大きい理由のようです。

ナチスに追われるまでは、実際には、いくつかの交響曲は実演した記録が残っているようです。戦争の影響を強く受けたにもかかわらず、今日、巨匠としての存在感が揺るぐことがないのは凄いことなのかもしれません。

この録音で、あらためてマーラーを再認識したというような発言もあったようですが、すでに長大な交響曲に取り組むには、残されていた時間(1954年没)はあまりにも少なかったのかもしれません。

27才のフィッシャーディスカウの伸びやかな歌声は、ほれぼれとします。モノラル録音ですが音質はベストと言ってよく、いまだにこの曲の録音として最高傑作と言われているのも納得できます。

2019年12月24日火曜日

Brigitte Fassbaender & Sergiu Celibidache / Mahler Kindertotenlieder (1983)

マーラー自身が指揮をして交響曲第4番、第8番を初演した時のオーケストラはミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団。それから約70年後に、そのオーケストラの首席指揮者に就任したのが、あのチェリビダッケ。

チェリビダッケは、戦後ボロボロのベルリンフィルを立て直す功績がありながら、ベルリンを追われたみたいな・・・そのせいか、ものすごく物事を斜めに見ているようなところがあって、口も悪いなんてもんじゃない。

何しろ、グスタフ・マーラーのことをやたらの物事をでかくする山師扱い。くずタフ・マーラーとでも言わんばかりの、悪口を叩いています。ブルックナーでは数々の名演を残していますが、はっきり言って、マーラーの音楽は理解の外だったようです。

でもって、マーラーを振ることなんてないと言い切っておきながら、唯一(たぶん)録音が残っているのがこれ。

もっとも、これはブリギッテ・ファスベンダーの見事な歌唱を聴くべきもの。ファスベンダーは、オッターより少し上の世代のメゾソプラノですが、シューベルトの三大歌曲集なども録音していて、リート歌いとしての実力はさすがのものがあります。

「亡き子をしのぶ歌」はテーマがテーマだけに、あまり派手な伴奏は似合わない。ここでは、抑制のきいた伴奏に徹していてファスベンダーの歌唱を邪魔しません。そういう意味では、チェリビダッケである必然性は希薄。カップリングのシュトラウスの「死の変容」と伴に、チェリビダッケが死をテーマにしたライブを行ったというところでしょう。

それにしても、この曲がマーラーの作曲だった知らないはずはないのに、なんで選んだんですかね。マーラーを得意とする指揮者はブルックナーにも手を出しますが、ブルックナーの名盤を遺す人(例えばギュンター・バント)は、不思議なことにマーラーには見向きもしないような気がします。

2019年12月23日月曜日

2019年の出来事


今年も残すところ1週間ちょっと。この時期になると、各メディアでは今年の10代ニュースが発表されています。

ニュースは、立場の違いによって人それぞれ重要性の感じ方は違うものですから、ランキングを付けることはあまり意味がありません。また、10本に絞るというのも、時にはかなり無理があるので、自分が感じたインパクトのあった出来事を思い出す順に整理してみます。

国内的には、やはり、何と言っても平成が終わって令和の時代になったということが最初に頭に浮かびます。自分の人生の半分は昭和、半分は平成で、どちらも重要な時代です。これからの令和はどうなっていくのか、まったく想像できませんが、少なくとも高齢化と共に日本にはいろいろな問題が増える難しい時代かもしれません。

生活に直接影響しそうなのが、消費税が10%に増税されたこと。混乱が多く、消費税を受け取る側は泣いた人がたくさんいたようですが、払う側は大きな違いは実感として無いかもしれません。低減税率とポイント還元のおかげかもしれませんが、春以降どうなるか心配です。

これに伴ってキャッシュレスが推進されたわけですが、やたらと登場してきた何とかペイはどうもシステムとして不安を払拭できません。基本的にはクレジットカードとパスモ(スイカ)で、何の問題もありませんので、自分はそこには手を出す気にはなれません。

そして、自然の猛威による災害も多かった年でした。年々、何十年ぶりとか、史上初みたいな災害が起こり続け、地球規模で自然の営みが着実に狂ってきていることは間違いなく、少女が先頭に立って言うまでもなく、おそらく温暖化対策は待った無しの状況であることは容易に想像できます。

政治の世界では、長期にわたる安部一強の弊害が噴出しています。長期政権が最終的には問題しかないというのは多くの歴史的な事実が証明していることですが、それに対峙できるまっとうな野党勢力が存在しないことが一番の問題のように思います。小異を捨てて大同につくだけの度量を備えた野党はいないのでしょうかね。

海外の話としては、ずるずると引き延ばしになっているイギリスのEU離脱問題。ついに弾劾にかけられそうなアメリカの大統領。自由都市のイメージとはほど遠い香港。そして、さらに覇権を広げようとする中国などなど・・・いろいろなニュースが駆け巡りましたが、直接的にも日本との関係が大きいのが、韓国、そして北朝鮮問題。

日本にいて、日本人として、日本のニュースしか知らないので、客観的な評価はできないとは思いますが、少なくとも安易な妥協だけはするべきではないように思います。ただ、アメリカも絡んでいるだけにどうなるのか、先が見えない状況は当分続きそうです。

いずれにしても、世界中でナショナリズムが力を増していて、さらに一国の中でも一部の人々に利益をもたらすような動きが多くなっていることは、人々の分断化を促進していることは怖い。表面的には平等が叫ばれ格差是正を訴える風潮ですが、実際にはその反対に向かっている現実があるように思います。

スポーツ・芸能では、水泳・池江選手の白血病という残念なニュースがありましたが、順調に回復しているようですから、とにかく慌てずしっかり療養に専念していただきたいものです。大相撲は相変わらずもやもやした問題がくすぶり続け、もういい加減うんざりを通り越してしまいました。一度、協会解散くらいの大ナタをふるうくらいの改革が必要かもしれませんね。

予想以上に盛り上がって大成功と言えるのが、日本開催のラグビーのワールドカップでした。関係者の方々は、この機を逃さずにさらにラグビー人気が盛り上がるように頑張ってもらいたいです。そして、この年末にいよいよもめにもめた新・国立競技場がオープンしました。なんか、いろいろ揉めてますが、なんにしても来年はオリンピックです。少なくとも、日本で開催して良かったと言える大会になることを願っています。

2019年12月22日日曜日

Otto Klemperer / Mahler Symphony #7 (1968)

ヘンな演奏ばかり探しているように思われるでしょうけど(実際そうなんですが)、楽譜通りに演奏することが前提のクラシック音楽では、本来は皆同じ音楽になるはず。ところが、指揮者のテンポ設定、音の強弱の付け方など、楽曲の解釈の仕方によっては、これが同じ曲? と思うほど変化が出てきます。

それが、最初からアドリブ主体のジャズとは違う、クラシック音楽の楽しみの一つ。つまりヘンな演奏を楽しむことをやめたら、それぞれの曲に対して1枚のCDを持っていれば事足りることになってしまいます。

マーラーの交響曲は、作曲者自身が指揮者が好き勝手に演奏することを熟知していたので、事細かに演奏の仕方を指定した・・・はずだったのですが、けっこうチャレンジャーが多くて、意外に個性的な演奏があるのも楽しみの一つです。

とにかく、遅い。何でこんなに遅いのと、驚く代表的なものとして知られているのがクレンペラーの交響曲第7番です。

オットー・クレンペラーは、直にマーラーと仲良しだった一人。マーラーに推薦文を書いてもらったお陰で、指揮者人生が開けたということで、生涯感謝し続けていました。ただし、マーラーの曲の演奏となると、好き嫌いがはっきりしていて、嫌なものはやらない。若い頃は快速演奏もずいぶんやってますが、年を取るとゆっくりした重厚さを強く出す演奏が増え、残っているマーラーは60年代以降のもので数曲。

その中で、際立って特徴的なヘンな演奏が第7番。演奏時間は、各楽章で27分47秒、22分8秒、10分28秒、15分46秒、24分25秒で、全部合わせると100分34秒です。

実は、この曲は標準的には80分程度。バーンスタインのDG盤(NYP)では、21分38秒、17分8秒、10分32秒、14分47秒、18分40秒で、全体で82分45秒です。アバドのシカゴ響盤だと、21分20秒、16分35秒、8分53秒、14分、17分42秒で、全部で78分30秒。爆演で紹介したネーメ・ヤルヴィだと70分7秒、ゆっくり目が多いシノーポリは87分36秒。

クレンペラーの7番をはなから聴いていくと、遅いのはがまんできるのですが、全体のテンポが似たような速度なので、トータルにめりはりが無くなってしまった印象です。ゆっくりなので、一つ一つの音符がはっきりして、重厚な冷静さみたいな感じが功を奏している部分もありますが、音量が上がる場面でも盛り上がりはまったく感じられません。

この曲は、マーラーの中では失敗作という評価がされることも多いのは、「夜の音楽」という副題がつくにもかかわらず、最終楽章のどんちゃん騒ぎが浮き上がってしまうところにあります。

クレンペラーは、全体を通して徹底的に遅くすることで、最終楽章だけが浮き立つことを防ぎたかったという点では成功しているのかもしれませんが、そのために払った犠牲が大きすぎると言わざるをえません。



2019年12月21日土曜日

Hermann Scherchen WSO / Mahler Symphony #9 (1950)

物はついでというわけで、今度は9番の話。

マーラーの交響曲第9番は標準的には80分くらいかかりますが、例えばバーンスタインは公式に5回の録音がありますが、後年になるにしたがって演奏時間が長くなったのはよく知られた話。

バーンスタインの1985年のコンセルトヘボウとの録音では、30分、17分24秒、11分53秒、29分40秒。両端の緩徐楽章にそれぞれ30分かけています。ただし、第3楽章は早めの約12分。速さのコントラストを強く出しているのがわかります。

全体に早めの演奏で有名なクーベリックの第9番は、26分2秒、16分4秒、13分23秒、21分47秒。

それよりも早いのが、21分41秒、16分5秒、12分11秒、20分6秒で、全体で70分を切る演奏をしているのが、またもやシェルヘン君です。

ワルターの1938年の録音もかなり早いのですが、それでも第4楽章には24分47秒をかけていて、全体では69分48秒。シェルヘンはさらに12秒短縮して、世界最短との噂です。

これは第3楽章こそバーンスタインに負けていますが、緩徐楽章は2/3の時間で駆け抜け、情感はかなりそぎ落とされる演奏で、一般的に「死」を強く意識する曲で、最後は「静かに消えるように」終わるはずのところが、失恋のラブソングくらいの雰囲気。

さすがにLPレコード1枚にに入れるには無理がある時間配分ですから、これはシェルヘンの解釈によるものであることは間違いなさそう。バーンスタインを代表とする主観的な情感たっぷり系により近年のマーラー像が作られたことはよく指摘されることで、それ以前の解釈としては珍しいものではないようです。

情感を増やすために、遅くするというのは間違いではありませんが、あえて言うと安易な方法論でもある。マーラーは指揮者として、実演を知り尽くしていた作曲家ですから、本来指定した演奏をはずれないように楽譜への指示が多いことは有名。

マーラーの意図をくみ取った演奏が、ワルターであり、そしてシェルヘンであるかもしれないとするなら、バーンスタインこそ異端であり、異端であるから現代に通用する名演と呼ばれるのかもしれません。

2019年12月20日金曜日

Hermann Scherchen / Mahler Symphony #6 (1960)

は、は、早い。早すぎる・・・・

という演奏が、ヘルマン・シェルヘンの第6番。

マーラーの交響曲中で、第6番の低音弦楽器がリズムを刻む出だしは、ダースべーダーの登場のようなんですが、これじゃベイダー卿が猛ダッシュで目前を通過するかの如しです。

1960年のライブ録音で、一般のマーラー受容以前の演奏ですから、まだ誰もマーラーなんて何ぞやという時代ですから、許されたのかもしれません。

何しろ全4楽章で、14分3秒、12分34秒、6分26秒、20分40秒。全部で53分43秒というのは、もうほとんど無茶苦茶といってもいい。楽譜を見る能力はないので自分では確認できませんけど、早いだけでなくずいぶんと省略しまくっているらしい。

CDなら余裕ですが、昔のLPレコードは、片面20分、両面で40分が標準でした。かなりつめて入れると、最大30分×2の60分が限界。まさにそれに合わせたような、片面26分ずつという長さです。

ネーメ・ヤルヴィの早い6番を上回り、ここまで来るとオケがまったく付いて来れていない。ライプツィヒ放送交響楽団というオーケストラですが、音質の悪さも相まって音が団子になり、ミストーン連発。指揮者は全く気にせず爆進というもの。

これを良しとすることはとてもできませんが、ほぼオケ崩壊状態を最後まで押し通すパワーみたいなものは認めないわけにはいかない。

シェルヘンさんは第5番でも省略・爆演しているんですが、セッション録音だといたって普通らしい。同じオケによる第3番は普通に・・・というか、普通以上の115分(たっぷりLP2枚分)ですから、訳が分からない。

オーケストラの指揮についての教科書を書いているような人なんですけどね。

2019年12月19日木曜日

Neeme Jarvi RSNO / Majler Symphony #6 (1992)

マーラーの交響曲のビデオ全集を一人の指揮者で完成させているのは、現在のところバーンスタインとヤルヴィだけです。パーボ・ヤルヴィは、NHK交響楽団でもおなじみなんですが、お父さんのネーメ・ヤルヴィも指揮者としてはそれなりに有名です(発売されたCDはカラヤンに次ぐ多さ!!)。

ネーメ・ヤルヴィは、全集完成とはならなさそうですが、マーラー物の録音はいくつかあります。その中で、特に際立って特徴的なのが第6番の演奏。

ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団とは、他に1、3、5、6番を録音していて、長らく廃盤になっていましたが、日本単独企画で限定ボックス化されたものが、何とか手に入ります。

いずれも、クリアな演奏で悪くは無いと思いますが、特に際立って特徴的なのが第6番。とにかく、通常80分程度かかるこの曲を1枚のCDに収めて、なおかつ疑作の「交響的前奏曲」までおまけに入っている。

つまり早い!! ということ。だからと言って、省略はありません。順に20分6秒、11分37秒、13分41秒、27分15秒という具合。全体で72分39秒です。

例えば、バーンスタインのDG盤では23分17秒、14分16秒、16分18秒、33分16秒。アバドのベルンフィル盤で、22分48秒、13分56秒、12分43秒、29分44秒。

長いのだと、シノーポリが、25分9秒、13分39秒、19分53秒、34分32秒で、全体で93分14秒です。出だしの軍隊行進風のリズムは、アバドがまさに一歩一歩の行進とするなら、シノーポリは匍匐前進、ネーメ・ヤルヴィは完全に駆け足です。

それでも、オーケストラがその速さに遅れをとることなく、しっかりついていっているところは素晴らしい。早すぎて、歌うところもあっというまに過ぎていく感じで、あっさりした味付けになるところが、好き嫌いが別れるところだと思います。

ただし、この速さのせいで全体を通して爆発的なエネルギーは感じられて、自分としてはベストとは言えませんが「これはこれであり」という評価をしたくなりました。

2019年12月18日水曜日

正月準備


今年も残すところ××日・・・という時期です。

もちろん、その前にクリスマスもありますが、日本人の生活により密着しているのは「正月」のイベント。メインは「初詣」かなと思います。

ここは、横浜市の荏田町にある剱神社です。小さな神社で、ふだんは神主さんは常駐していませんが、この付近の総鎮守として創建は不明ですが、かなり昔からあるようです。

御祭神は素盞鳴尊(スサノオ)です。古事記の世界では、アマテラスの弟として超有名人。

ふだんは、気がつかずに通り過ぎるような場所ですが、こういう地域の小さな神社でも、正月の準備は行われていて、参道の階段に灯火が並べられていました。

年が明けると、善男善女がこの階段を行き来する光景が想像できます。もうじき正月なんだなぁと実感しました。

2019年12月17日火曜日

バーンスタインのマーラー録音をコンプリートする

グスタフ・マーラーをいろいろと聴き倒していくためには、好き嫌いにかかわらずレナード・バーンスタインは避けては通れないようです。もちろん、嫌いではないんですが、あまり思い入れたっぷりの演奏というのもどうかと・・・

まぁ、そこがいいわけですけど。

とにかく、バーンスタインの正規録音を総まとめしてみました。ネット上には、当然バーンスタイン・フリークがたくさんいますが、中には詳細なディスコグラフィを作っている方もいて。大変参考になります。

1990年に亡くなって、30年近くたつので、あらためて新しい正規録音が出てくることはめったに無いでしょうから、その気さえあればコンプリートは可能です。基本的には旧コロンビア、現ソニー・クラシカルとドイツ・グラモフォンの全集、およびその中間を埋めるユニテルのビデオ全集でほとんど揃います。

下線付きのものが、それら以外で「こんなんありました」的なものなんですが・・・実は意外と侮れない。

最初期の歌曲集は再編集の「Bernstein Century」シリーズに含まれます。「少年の魔法の角笛」のオーケストラ版とピアノ伴奏版はすでに紹介しましたが、これはこの曲の演奏としては優秀。また、フィッシャーディスカウとのピアノ伴奏歌曲集も秀逸です。

そして、極め付きは最近登場したイスラエルフィルとの第9番。イスラエルフィルの自主製作盤ですが、バーンスタイン5番目の第9番として貴重な録音。あとの交響曲の部分的な演奏はそれぞれの記念演奏会用の物となります。


NYP ニユーヨーク・フィルハーモニー
LSO ロンドン交響楽団
IPO イスラエル・フィルハーモニー
VPO ウィーン・フィルハーモニー
ACO アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
BPO ベルリン・フィルハーモニー

CS コロンビア/ソニー
DG ドイツ・グラモフォン
DVD ユニテル(ビデオ)

1960年 
 交響曲第4番 レリ・グリスト(s) NYP (CS)
 リュッケルトの詩による3つの歌曲 ジェニー・トゥーレル(Ms) NYP (CS)
 歌曲集「子供の不思議な角笛」より ジェニー・トゥーレル(Ms) NYP (CS)
 亡き子をしのぶ歌 ジェニー・トゥーレル(Ms) NYP (CS)

1961年
 交響曲第3番 マーサ・リプトン(Ms) NYP (CS)

1962年
 交響曲第8番~第1部 NYP (CS)

1963年
 交響曲第5番 NYP (CS)
 交響曲第2番 リー・ヴェノーラ(S)、ジェニー・トゥーレル(Ms) NYP (CS)

1965年
 交響曲第7番 NYP (CS)
 交響曲第9番 NYP (CS)

1966年
 大地の歌 ジェームス・キング(T)、ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(Br) VPO (Decca)
 交響曲第8番 エレナ・スポーレンベルク(S)、ギネス・ジョーンズ(S)、ゲニス・アンニアー(S)、アンナ・レイノルズ(A)、ノーマ・プロクター(A)、ジョン・ミッチンソン(T)、ウラディミール・ルジャーク(Br)、ドナルド・マッキンタイア(B) LSO (CS)
 交響曲第1番 NYP (CS)

1967年
 交響曲第6番 NYP (CS)
 交響曲第2番~終楽章 IPO (CS)
 歌曲集「子供の不思議な角笛」 クリスタ・ルードヴィヒ(Ms)、ウォルター・ベリー(Br) NYP (CS)

1968年
 歌曲集「子供の不思議な角笛」 クリスタ・ルードヴィヒ(Ms)、ウォルター・ベリー(Br) バーンスタイン(p) (CS)
 交響曲第5番~アダージョ NYP (CS)
 歌曲集「さすらう若人の歌」 ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(Br) バーンスタイン(p) (CS)
 若き日の歌より(11曲) ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(Br) バーンスタイン(p) (CS)
 リュッケルトの詩による5つの歌曲(4曲) ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(Br) バーンスタイン(p) (CS)
 
1971年
 交響曲第9番 VPO (DVD)

1972年
 大地の歌 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)、ルネ・コロ(T) IPO (CS) (DVD)
 交響曲第3番 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) VPO (DVD)
 交響曲第4番 エディット・マチス(S) VPO (DVD)
 交響曲第5番 VPO (DVD)

1973年
 交響曲第2番 シェイラ・アームストロング(S)、ジャネット・ベイカー(Ms) LSO (CS) (DVD)

1974年
 交響曲第10番~アダージョ VPO (DG) (DVD)
 亡き子をしのぶ歌 ジャネット・ベイカー(Ms) IPO (CS)
 交響曲第1番 VPO (DVD)
 交響曲第7番 VPO (DVD)

1975年
 交響曲第10番~アダージョ NYP (CS)
 交響曲第8番 エッダ・モーザー(S)、ジュディス・ベルゲン(S)、ゲルティ・ゾイメル(S)、イングリッド・マイヤー(Ms)、アグネス・バルサ(Ms)、ケネス・リーゲル(T)、ヘルマン・プライ(Br)、ホセ・バンダム(B) VPO (DG) (DVD)

1976年
 交響曲第6番 VPO (DVD)

1979年
 交響曲第9番 BPO (DG)

1984年
 歌曲集「子供の不思議な角笛」 ルチア・ポップ(Ms)、ウォルトン・グローンロース(Br) IPO (DVD)

1985年
 交響曲第9番 ACO (DG)
 交響曲第7番 NYP (DG)
 交響曲第9番 IPO (Helicon)

1987年
 交響曲第2番 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)、バーバラ・ヘンドリックス(S) NYP (DG)
 交響曲第4番 ヘルムート・ヴィテック(BoyS) ACO (DG)
 交響曲第5番 VPO (DG)
 交響曲第1番 ACO (DG)
 歌曲集「子供の不思議な角笛」 ルチア・ポップ(S)、アンドレアス・シュミット(Br) ACO (DG)
 交響曲第3番 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) NYP (DG)

1988年
 交響曲第6番 VPO (DG)
 亡き子をしのぶ歌 トーマス・ハンプトン(Br) VPO (DG) (DVD)

1990年
 リュッケルトの詩による5つの歌曲 トーマス・ハンプトン(Br) VPO (DG) (DVD)
 歌曲集「さすらう若人の歌」 トーマス・ハンプトン(Br) VPO (DG) (DVD)

これらは、当然録音されたクラシック音楽の歴史上、大変重要で貴重な遺産に数えられるものですが、中古で探すとすべて揃えても2万円かからない。ニューヨークフィルとの全集は、先ごろSACDが登場しています。DGはSACDにはあまり積極的とは言えないので、今後が待たれます。またビデオ全集のBD化なんてのも期待したい・・・けど無理かな。

2019年12月16日月曜日

Leonard Bernstein / HATIKVAH on Mt.Scopus (1967)

またもや、マニアックなマーラーを見つけてしまいました。

マーラー初心者なんだから、定番をまずきちんと押さえておけと怒られるとは思うんですけど、逆に初心者だから定番を語るのには早すぎるかなと・・・

そんなわけで、ちよっとお付き合い願いますのは、バーンスタインです。バーンスタインは定番だろと突っ込まれそうですが、正規に発売されたもので完全に陰に隠れている演奏がさらにありました

1967年7月、イスラエルのスコープス山と呼ばれる丘陵、旧ヘブライ大学の円形劇場での野外ライブです。これは、東西エルサレムの20年数年ぶりの統一を記念して行われたコンサート。

1947年に国際連合の決議によって、パレスチナの土地を西側のユダヤ国家と東側のアラブ国家で分割、エルサレムは国連の永久信託統治とし、イスラエルが独立宣言をしました。しかし、実効支配をめぐって中東戦争が勃発。何度かの戦争の末、1967年にイスラエルが東エルサレムを実効支配下に収めたというもの。実際のところ、現在まで継続して大きな問題として争いが絶えていません。

とりあえず、このコンサートにはイスラエル・フィルとコル・イスラエル響が合同で参加し、指揮にユダヤ人バーンスタインを招聘しました。ソロイストには、やはりユダヤ人のアイザック・スターンが加わり、イスラエル国家「HATIKVAH」の後、ユダヤ系のため多くの苦渋をなめたメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を演奏しました。

そして、メインはやはりユダヤ人であったマーラー。交響曲第2番「復活」の第5楽章のみでしたが、合唱隊も加わり、高らかに「復活」をヘブライ語で謳いあげるというもの。

いきなり盛り上がる最終楽章ですから、唐突感がありますが、主観的演奏の大家バーンスタインはこういう記念的な演奏はお手の物。なんとなく音程とか変な所もありますが、それなりに気分を上げて大円団を作り上げています。

当然、普通にマーラーを鑑賞するための録音というよりは、この一時の喜びに溢れた記念公演に思いを馳せるための記録として意義があると思います。

さすがに名手スターンのバイオリンは素晴らしい。全曲演奏なので、むしろこっちメインでもいいかもしれませんね。

2019年12月15日日曜日

グスタ・マーラー履歴書

Gustav Mahler Emil Orlik 1902.jpg - Wikipedia


音楽を聴くのに、音楽家の経歴を絶対に知らないといけないと思っているわけではありませんが、作曲家の人生がどんなだったのか知っていると聴いていて面白味が増すことはしばしば経験します。

グスタフ・マーラーの情報をいろいろネットで探していると、断片的にいろいろな逸話などを知ることになります。ブラームスに「嘆きの歌」を一蹴されたとか、ブルックナー門下でヴォルフとは下宿仲間だったとか、アルマに恋して結婚したとか、ウィーンでは辛いことが多くてアメリカに渡ったとか。長女が病死したとか・・・

この手の話は作られた音楽の奥行きを深めるために、後世の人が尾ひれをたくさんつけて波乱万丈化していることが多い。ですから、短い評伝ほど余計な話が入ってこないので、Wikipediaくらいを参照するにとどめておくのが無難。

とは言っても、重要なポイントだけまとめてみます。

1860年7月7日、現在のチェコ共和国のほぼど真ん中、カリシュト(カリシチェ)で生まれました。この場所はチェコの西半分である牧畜が盛んなボヘミアに接して、彼らもまたボヘミアン(流浪の民)という自覚があったようです。

6才からピアノを習い、1875年、ウィーン学友協会音楽院に入学し1876年には作曲を始めました。1877年、ウィーン大学に並行して入学、ブルックナーの講義に出席。1878年、音楽院を首席で卒業しピアニストになる。

1880年、二十歳で指揮者デヴュー、「嘆きの歌」初稿完成。ベートーヴェン賞(ウィーン市の作曲コンクール?)に応募するも、審査員だったブラームスらに酷評され落選。

1984年に歌手のヨハンナ・リヒターに失恋し「さすらう若人の歌」の作詞・作曲、交響曲第一番の作曲を開始します。1887年、ウェーバーの孫の依頼により未完のオペラ「三人のピント」を補筆完成(後に孫の奥さんと不倫関係)。また民謡集「少年の魔法の角笛」に没頭し始めるのもこの頃。

指揮者としては高い評価を受けるも、各地の劇場での仕事は長続せず転々としていました(指揮者としての厳しい要求や、同僚・先輩に対する強いライバル心の関係?)。また、作曲家としても、なかなか受容されませんでした。

1895年、弟オットーの自殺。1987年、ウィーン宮廷歌劇場楽長就任のためにユダヤ教からカトリックへ改宗。翌年にはウィーンフィルの常任指揮者に就任。しかし、立て続けに自ら改訂したベートーヴェンの交響曲を演奏し多くの非難を浴びます。楽団との関係も悪化し、1901年ウィーンフィルは辞任。アルマ・シントラーに出会い婚約、翌年には結婚、長女マリーア・アンナ誕生。

1904年、若いシェーンベルク、ツェムリンスキーらと「創造的音楽家協会」を設立し名誉会長となります。次女アンナ・ユスティーネ誕生。

1907年、長女が病死。自らも心疾患を発症。ウィーンではマーラー排除の動きがあり、自らアメリカに渡ることを決意します。翌年元旦にメトロポリタン歌劇場にデヴュー。しばらくは、アメリカ、ヨーロッパ各地で指揮活動、夏は作曲に専念という生活でした。

1910年、妻アルマと建築家グロピウスの不倫を疑い、精神分析医フロイトの診察を受けます。その結果、精神的に回復し活力が戻りますが、翌年2月に敗血症、アメリカから戻る船の中で重体になり1991年5月18日死去、51才でした。

ざっと、その履歴を眺めてみると、やはり間違いなく言えるのは敵が多い人だったんだろうなということ。自ら作った場合も、知らないうちに敵になっていた場合もあるんでしょうけど、それをマーラー自身の先進性・向上心として正当化しきれない部分はありそうです。

ただ、それだけ周囲にいろいろ影響するようなのエネルギーを発散していた、後世に残る典型的な文化人だったことはわかります。そして、早くにそのエネルギーを使い果たしてしまったのかなとも思いました。

なお、本来は、作曲年表を重ねて見るべきなんでしょうが、作曲開始時期、終了時期はなかなか特定しにくいのと、後の改訂作業などにより複雑化しているため、あえてあまり触れませんでした。どうせ、興味のある方は、自分で調べるでしょうからお許しを。

2019年12月14日土曜日

改装されたセンター南駅


ちょっと前(と言っても10月)のことになりますが、横浜市営地下鉄センター南駅の改装工事が終了しています。

まぁ、うちのクリニックがあるのはセンター南駅前ですから、最寄り駅として綺麗になるのは悪い話じゃありません。ただ、実はこの工事に伴って、うちの唯一の広告看板の設置場所が無くなってしまいましたので、クリニックの広告はゼロになってしまいました。

それはさておき、改札を出て南側と比べると北側は殺風景だったので、やっと人並みになった感があります。

一番の目玉は、エスカレータを降りて右側の通路にTully's Coffeeとパスポートセンターができたということ。


もともと、その並びに玉木珈琲というのがあったので、同じコーヒー店を持ってくるあたりは随分と攻撃的。競争により栄えるというよりは、共倒れの可能性の方が高いような気がします。

パスポートセンターは、これまで関内までいかないとダメだったので、横浜市北部の地域にとっては利便性が高まり歓迎できます。

これで駅ビルがパチンコ店でなければ・・・何か、その点がずっと残念ですけど。

2019年12月13日金曜日

グスタフ・マーラー作品目録

繰り返しになりますが、おおよその作曲年代順にマーラーの作曲リストを改めて確認しましょう。

参考にするのは、東京書籍から発刊された「ブルックナー/マーラー事典」です。東京書籍のこのシリーズは、とっくに廃刊で高額な古書でしか手に入りませんが、誠実で詳細、信頼性の高い解説は十分な対価が得られるもの。

実際、Amazonとかを探して見ると、意外とマーラー関係書籍は多くは無いので、全体を客観的に俯瞰できるこの本は貴重な存在です。

交響的前奏曲 (ブルックナー作?)
ピアノ四重奏曲 第1楽章のみ残存

3つの歌
 春に
 冬の歌
 草原の5月の踊り(「ハンスとグレーテ」へ改作)

嘆きの歌 カンタータ

若き日の歌 第1巻
 春の朝
 思い出
 ハンスとグレーテ
 セレナーデ
 ファンタジー

さすらう若人の歌
 愛しい人が嫁いでいくときには
 朝の野辺を歩けば
 燃えるような短剣をもって
 2つの青い目が

交響曲第1番 通称「巨人」
花の章(ブルミーネ) 第1番の初期構想で第2楽章としていたもの。最終的には削除。

若き日の歌 第2・3巻 「少年の魔法の角笛」によるピアノ伴奏歌曲
 いたずらな子供をしつけるために
 緑の森を楽しく歩いた
 終わった! 終わった!
 たくましい想像力
 シュトラスブルクの砦で
 夏の交代
 別離と忌避
 もう会えない
 うぬぼれ

少年の魔法の角笛 オーケストラ伴奏歌曲
 歩哨の夜の歌
 無駄な骨折り
 不幸な時の慰め
 この歌を作ったのは誰? 
 この世の生活
 魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
 ラインの伝説
 塔の中で迫害されている者の歌
 美しいラッパが鳴り響くところ 
 高い知性を讃える
 レヴェルゲ(死せる鼓手)※
 少年鼓手※

交響曲第2番 通称「復活」
 第4楽章は「原光」
交響詩「葬礼」 第2番第1楽章の原型。

交響曲第3番
 第5楽章は「3人の天使は歌う」

交響曲第4番
 第4楽章は「天上の生活」

交響曲第5番

亡き子をしのぶ歌
 いま太陽は晴れやかに昇る
 いま私はにはよくわかる、 なぜそんな暗いまなざしで
 お前のお母さんが
 子供たちはちょっと出かけただけだとよく私は考える
 この嵐の中で

リュッケルトの詩による歌曲集 没後に※と共に「最近作の7つの歌曲」で発表。
 私の歌を覗き見しないで
 私はほのかな香りを吸い込んだ 
 私はこの世に忘れられ
 真夜中に
 美しさゆえに愛するのなら

交響曲第6番 通称「悲劇的」
交響曲第7番 通称「夜の歌」
交響曲第8番 通称「千人の交響曲」
交響曲「大地の歌」
交響曲第9番
交響曲第10番 第1楽章のみ

作曲はある期間継続的に行われ、後に改訂されたりしているので、正確に順序を付けることはできませんが、1870年代半ばに始まり、1911年に亡くなるまでの約35年間くらいに作られ演奏可能な譜面が残っているものは以上です。

バッハ、モーツァルトなどは、物凄い数の曲があるので、お気に入り以外は代表的な録音をどれか一つひとつで聴けばOKにするしかありません。

それに比べると、マーラーは本当に少ない。となると、一曲一曲に深入りしたくなるというのは、当然の成り行き。少しでも違った解釈の演奏を求めて、マニアが誕生しやすい土壌があるということです。

ここまで取り上げていないのは、あとはピアノ四重奏だけになりましたが、ごく初期の習作であり、未完成品であることを考えると、重要性はあまりありません。まぁ、ネットを探して一度見聞きできれば良しとしましょう。

自分の場合、アバドから始まったマーラーですから、ルツェルンのアバドの演奏がスタンダード。スタンダードというのは、必ずしも最高傑作とはならない場合もあるわけですが、アバドと比べて良し悪しの評価を自然としてしまうということ。

あらためて、より良い演奏を求めてマーラーを掘り下げてみたいですし、掘り下げるだけの価値がある音楽だと思いました。

2019年12月12日木曜日

交響的前奏曲


交響的前奏曲 (Symphonisches Präludium) は、グスタフ・マーラーの音楽を聴いていく上で厄介な存在。

何しろ、曲数だけで言えば、今日遺されたマーラー作曲の音楽は大変少ない。少しでも他にマーラーの音楽が無いかという思いは当然のことで、そういうところから第1楽章しかなかった交響曲第10番を、他人が補筆完成させてしまうようなことになっています。

わずか7~8分の交響的前奏曲が何故厄介なのかというと、ブルックナーが作曲した物として楽譜が発見されたものの、ブルックナーの作風から外れていて、むしろマーラーの若かりし頃の習作じゃないかと言われているということ。

細かいところを見ていくと、この作品の手書き譜面は、1946年にチュピックという作曲家が、叔父であるブルックナーの門下生であったクルツィザノフスキーの遺品から発見したもの。ブルックナーが練習用に書いたスコアを、クルツィザノフスキーが補作し完成させたものと推定されました。

ところが、紆余曲折あって楽譜が出版された際には、マーラーもブルックナー門下生でありクルツィザノフスキーとの関係性から、むしろマーラーの習作と考えた者によってマーラー風の味付けがされたため、真の作曲者の最有力候補がマーラーという流れになってしまいました。

ですから、現在聴くことができる演奏は、元々発見されたものよりも、意図的にマーラー風オーケストレーションが施されているため、いかにもというものになっています。いろいろ考えずに聴けば、確かに「巨人」とかにつながる雰囲気がないわけではありません。

それなりにまとまっているマーラー風の音楽として聴くに耐えうる音楽であることは否定しないのですが、マーラーの真正曲を楽しむ上で必要な存在かと言えば・・・まぁ、無くても困らなさそうですけどね。

2019年12月11日水曜日

Simon Rattle BPO / Mahler Symphony #10 (1999)

マーラーのCDで、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの「復活」、アバド指揮シカゴ響の1・2・7番、ラトル指揮ボーンマス響の第10番に共通することは何?

・・・というなぞなぞ。答えられる人は、かなりマニア。そりゃそうでしょう。わからなくて当然です。

正解は、交響曲全集が作られたときに新録音があったためはずされ、忘れられた存在になったもの。

バーンスタインは後にロンドン響との演奏が出たため、しばらく消えた音源でしたが、ニューヨーク・フィルだけの全集があらためて編まれた時に「復活」しています。アバドは、亡くなってからシカゴ響ボックスとしてまとめられました。

ラトルのボーンマスの10番は、彼のキャリアのスタートみたいなもので、後にベルリンフィルとの決定盤が登場してしまったので、「ラトルの初マーラー」という点を除いて、ほとんど話題に上らない。ただし、単独のCDは中古で入手可能です。

そこで、定番となったラトルの第10番ですが、クック版の全楽章演奏です。当然、第10番については、マーラーが完成できたのは第1楽章のみですから、没後に残されたスケッチをもとにいろいろな人が「全曲」を完成させました。

デレク・クックの全曲版は1960年以降、一番「実用的」という評価のもとスタンダードの位置にあり、このラトル盤をはじめ最も演奏されているもの。ただし、多くの名だたる指揮者は、マーラーの自筆譜がある第1楽章のみの演奏に留めているのも現実です。

こういう時、いつも無理やり無いものを作ってもそれは原作者の物とは違う、いや遺志に従っていて作品として十分に成立している、という両者の論争が必ず起こる。

代表的なものとしては、モーツァルトの「レクイエム」があげられます。モーツァルトが遺したものだけでは、とても曲として成立しません。でも、今では弟子のジュースマイヤーが補筆完成させたものを中心に普通に受け入れられています。

マーラーは、ベートーヴェンにより完成された古典的な交響曲の枠組みを壊し続け、第8番でこれ以上崩せないくらいまでやりつくす。そして第9番で、ついに独自の世界観によるマーラー音楽が登場したと思います。となると、その次は? という期待が大きいだけに、これを補筆完成させるには、マーラーと同じくらいの思考・作曲能力が必要。

自分は「マーラーの生まれ変わり」だくらいのことを公言して、実際作曲活動も行っていたバーンスタインも第1楽章のみの演奏に終始しました。おそらく、ラトルが最初のマーラーとしてクック版全曲演奏を行ったのは、話題性を重視した部分が大きいのかもしれません。

その後のマーラー演奏では、比較的オリジナル性を重視しているように思うので、もう一度ベルリンフィルで再録音する意義は、前作に不満があったということしかないように思います。

確かにクック版はいかにも「マーラー」なのですが、やはり「本物」ではないという意識が働くので、第2楽章以降は「マーラーらしい」以上の物としては聞けません。モーツァルトの「レクイエム」のように一定の市民権を得られるには、まだ相当の時間が必要だろうと思います。

2019年12月10日火曜日

ラトルのマーラー録音をコンプリートする

ベルリンフィルは世界最高のオーケストラである。

これは大多数の人が賛成する評価ですし、自分も否を唱えるものではありません。しかし、特にフルトヴェングラー、そしてカラヤンの永遠の呪縛は存在していて、おそらくイタリア人のアバド、イギリス人のラトルの上に重くのしかかっていたことは想像に難くない。

ロシア人のペテレンコの今後はどうなるのかまだわかりませんが、アバドのようにベルリンを離れてからそれまで以上に生き生きとした活動をする例を見ると、自ら計画的に辞したラトルは多くの期待を抱きます。

サイモン・ラトルは、1955年生まれで、まぁ自分とは同世代。マーラー指揮者としても、一定の成果を作り上げてきた人ですが、実はいまだにきちっとまとめ上げた全集と呼べるものが無い。

最初のボックスは、ベルリンフィル以前のバーミンガム市交響楽団を中心に、足りない物をウィーンフィルとベルリンフィルで補ったもの。2番目のボックスは、逆にベルリンフィルを中心に、バーミンガムで補ったもの。

AmazonやHMVで、ラトルのマーラー正規盤を探して並べてみると、次のような状況です。

1980年 交響曲第10番(クック版) ボーンマス交響楽団

1984年 嘆きの歌 バーミンガム市交響楽団
ヘレナ・デーゼ(S)、アルフレーダ・ホジソン(Ms)
ロバート・ティアー(R)、ション・レー(Br)
完全オリジナル版

1986年 交響曲第2番 バーミンガム市交響楽団
ジャネット・ベイカー(Ms)、アーリーン・オジェー(S)

1986年 交響曲第6番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン初登場、自主製作盤

1989年 交響曲第6番 バーミンガム市交響楽団

1991年 交響曲第1番 バーミンガム市交響楽団
花の章付き

1991年 交響曲第7番 バーミンガム市交響楽団

1993年 交響曲第9番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

1995年 大地の歌 バーミンガム市交響楽団
トーマス・ハンプソン(Br)、ペーター・ザイフェルト(T)

1995年 交響曲第7番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
Mahler Feest 1995、自主製作盤

1997年 交響曲第3番 バーミンガム市交響楽団
ビルギット・レンメルト(CA)

1997年 子供の不思議な角笛~8つの歌曲 バーミンガム市交響楽団
キーンリイサイド

1997年 交響曲第4番 バーミンガム市交響楽団
アマンダ・ルークロフト(S)

1999年 交響曲第10番(クック版) ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2002年 交響曲第5番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(DVD,BDあり)

2004年 交響曲第8番 バーミンガム市交響楽団
クリスティーヌ・ブリューワー(S1: 罪深き女 マグダラのマリア)
ソイレ・イソコスキ(S2: 贖罪の女のひとり グレートヒェン)
ユリアーネ・バンゼ(S3: 栄光の聖母)
ビルギット・レンメルト(Ms1: サマリアの女)
ジェーン・ヘンシェル(Ms2: エジプトのマリア)
ジョン・ヴィラーズ(T: マリア崇拝の博士)
デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(Br: 法悦の教父)
ジョン・リライヤ(B: 瞑想の教父)

2007年 交響曲第9番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2010年 交響曲第2番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ケイト・ロイヤル(S)、マグダレーナ・コジェナー(Ms)

2010年 交響曲第1番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
シンガポールライブ(DVD,BDのみ)

2018年 大地の歌 バイエルン放送交響楽団
マグダレーナ・コジェナー(Ms)、スチュアート・スケルトン(T)
(ビデオあり)

2018年  マーラー:交響曲第6番イ短調 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルンフィル最後の定期演奏会 (ビデオあり)

CDだけだと、ベルリンフィルとのマーラーは、2、5、6、9、10番。正規発売の1番映像を加えても、3、4、7、8番が足りません。

ラトルはビデオが普及してきてた世代ですから、実は、映像も意外とネット上に転がっていて、不足分はすべてベルリンフィルとの演奏が見つかります。デジタル・コンサート・ホールの賜物という感じ。以下配信のみのもの。

1998年 交響曲第4番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 クリスチーネ・シェーファー(S)
2011年 交響曲第8番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2011年 交響曲第3番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ナタリー・シュトゥッツマン(A)
2016年 交響曲第7番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
BBC Promsでのライブ

バーミンガムとのマーラーも2番と4番を見つけましたが、ここで意外な嬉しい驚きがありました。何と2番はソロイストにアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが登場している1998年のもの。オッターのマーラーの足りないところを埋めてくれます。

いずれにしても、まだまだ今後の活躍が期待されるので、続々と出てくるとは思いますので、ラトルのマーラーは期待していたいと思います。

2019年12月9日月曜日

Gustavo Dudamel / Mahler Symphony #8 (2012)

グスタフ・マーラーが活躍したのは、19世紀末から20世紀初頭。百年ちょっと前のことで、まだクラシック音楽としてはその演奏史は長くはありません。

録音という技術とSPレコードが発明されたのもマーラーの時代。戦前はワルター、クレンペラーのように直接マーラーの薫陶をうけた者が遺産を受け継いで奮闘しましたが、長大なマーラーの音楽は、SPレコードに収録するのは困難で、ほとんど敬遠されていたと言ってよいでしょう。

戦後にLPレコードが開発されたことは、マーラーの音楽を再認識するきっかけの一つになり、バーンスタインのようなマーラー命のような指揮者の登場により、一気に人気に火が付いたという認識はあながち間違いではありません。

他にクーベリック、テンシュテット、アバド、インバル、マゼール、ブーレーズ、ハイティンクなどなど、次から次へとマーラーを得意とする指揮者が登場してきました。

続くCD世代は全集も簡単にまとめられるようになり、サイモン・ラトル、リッカルド・シャイー、パーボ・ヤルヴィ、マリス・ヤンソンスらになるんでしょうか。そして、その次は・・・

交響曲全集になりそうな若手の注目株の一人が、グスターボ・ドゥダメル辺りじゃないかと思います。1981年生まれで、ベネズエラ出身。まだ40才前。

ベネズエラというと南米の国でクラシックと関係なさそうに思いますが、ベネズエラの英雄シモン・ボリバルの名を冠したユース・オーケストラは世界的に有名で、ドゥダメルはわずか18歳で音楽監督を務めました。

ベルリンフィル時代のアバド、そして後任のラトルとも交流があり、2004年にはマーラー国際指揮者コンクールで優勝しています。2009年にロサンゼルス・フィルの音楽監督に就任し、ベルリンフィルにもたびたび客演するという輝かしい来歴を持っています。

マーラーのものだけピックアップしてみると、すでに以下の5つが見つかります。
2007年 第5番 シモン・ボリバル・ユース管弦楽団
2009年 第1番 ロサンゼルス・フィルハーモニー (映像作品)
2012年 第8番 ロサンゼルス・フィル、シモン・ボリバル交響楽団 (映像作品)
2013年 第9番 ロサンゼルス・フィル
2014年 第7番 シモン・ボリバル交響楽団

ベートーヴェンの交響曲も、現在までに第2番以外は発売されています。2010年のベルリンフィルのニュー・イヤー・コンサートのDVDを持っていますが、ガランチャ目当てで買ったので借りてきた猫のような印象でした。ユジャ・ワンのラフマニノフは3番はいきの良い演奏でした。

もじゃもじゃ頭で、顔はデカくて陽気な感じ。YouTubeで見られるバーンスタインの「マンボ」のような演奏が良く似合うのですが、一点してマーラーは実に情感豊かな演奏を聴かせてくれます。

それにしても凄い、凄過ぎるのが第8番の映像。通称「千人の交響曲」と呼んでますが、これはロサンゼルス・フィルだけでなく、シモン・ボリバル交響楽団が合同で演奏・・・って、普通の2倍の人数のオーケストラです。

そして、合唱隊が、千人じゃきかないんじゃないかというくらいうじゃうじゃいる(実際はオケを含めて1400人らしい)。よく集められたというより、よくこれだ並べられる会場があったもんだと。


さすがに、ソロイストが埋もれ気味だし、個々の楽器の音もわかりにくい。多けりゃいいってもんじゃないのいい見本ではあるんですが、その爆発力というか、発せられる膨大なエネルギーはマーラーが本来意図したものなんだろうと思えるわけです。

もともと、第8番は既存の交響曲の概念から外れ過ぎで、演奏者も大勢過ぎて曲としての出来がいまいちですからマーラーの代表作とはいえないと思います。むしろ、イベント性を重視して聴くべきところがあるので、ドゥダメルは若いのに何とかまとめ上げたと褒めていいんじゃないでしょうか。

独唱者としては、アバドのマーラーでおなじみのラーションが嬉しい。「マリア崇拝の博士」はファウストだと思いますが、テノールのフリッツは、怪しげな感じがぷんぷん。「栄光の聖母」のダフィは、いつ登場するのかと思っていたら、何とまだこんな場所が残っていたかという感じ。

ちなみにソプラノのジャコモが、渡辺直美さんに見えてしまうのは自分だけ?

2019年12月8日日曜日

Thomas Hampson / Mahler Kindertotenlieder, Ruckert Lider (1996)

グスタフ・マーラーが作曲した歌曲をまとめた物の中で、唯一きっちりとした連作歌曲集と呼べるのは「亡き子をしのぶ歌 (Kindertotenlieder)」だけ。

ほとんどの完成歌曲は、どの声域の歌手が歌うかは自由だし、歌曲集としての曲の順番も自由。初期のものを除いて、ピアノ伴奏譜とオーケストラ伴奏譜の両方があり、演奏上は自由度が高い。ただし、「亡き子をしのぶ歌」は、最初から連作として意図して作曲されたので、少なくとも順番は厳格に決められています。

作詞はフリードリヒ・リュッケルトで、こどもを亡くして悲嘆にくれているのはリュッケルト自身てす。しばしば、マーラーは長女を病気で亡くしていることと関連づけた話がでますが、作曲時期はそれより前。

マーラーは妻アルマに「縁起でもない」と怒られたようですが、後に「こども死後だったら作れなかった」と回想しているようです。ただし、自身の弟の死は何らかの影響があるのかもしれません。

いま太陽は晴れやかに昇る Num will die Sonn' so hell aufgeh'n
いまの私にはよくわかる、なぜそんな暗いまなざしで Num seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen
お前のお母さんが Wenn dein Mutterlein
子供たちはちょっと出かけただけだ、とよく私は考える Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen
この嵐の中で In diesem Wetter

上の全5曲構成で、演奏時間は25分程度。基本的には、父親の立場からの回想。こどもが死んでも太陽はいつものように昇り、子の瞳の中にあった死の予感を後悔し、母親と一緒にいないことを嘆きます。ちょっと出かけただけと自分に言い聞かせますが、嵐の中での葬儀は現実だった・・・

中期以後の交響曲と雰囲気が似ているところもありますが、特に第9番にはかなり積極的な転用があるようです。マーラーの創作意欲も高まっていた時期なので、オーケストレーションも大変興味深いのか、ほとんどマーラーを振らないベームやチェルビダッケなどの録音を残しているのが興味深い。

実際、名盤と呼ばれるのはほとんどオーケストラ伴奏物で、ピアノ伴奏はあまり目立ったものがりません。

ビアノ伴奏版としては、Mahler Feest 1995でも披露したトーマス・ハンブソンが翌1996年に録音したものがありました。ハンプソンはバーンスタインに重用されたため、マーラー専門みたいな印象なんですが、確かにフィッシャーディスカウとは違う魅力がある。

オーケストラ版は、男性、女性問わずたくさんありますが、ブーレーズ指揮のフォン・オッターか、ケント・ナガノ指揮のクリスチャン・ゲルハーエルあたりをお勧めしたいところ。

歌物の少ないアバドは、ベルリンフィルの演奏でマルヤーナ・リポフシェクによる1992年の録音があります。メインの楽曲ではないので埋もれている感がありますが、リポフシェクの歌唱は嫌みが無く、かつドラマティックで悪くない。

続く同じリュッケルトの詩による歌曲集と合わせて、熟成したマーラー・ワールドの一翼を担う存在として必聴の歌曲集です。

2019年12月7日土曜日

M.Kozena & S.Rattle BPO / Mahler Ruckert Lieder ~ Love and Longing (2012)

「リュッケルトの詩による歌曲集」あるいは、単に「リュッケルト歌曲集」と呼んだりしますが、これはグスタフ・マーラーの「最近作の7つの歌曲」としてまとめられた中に含まれるもの。

7曲中の5曲がフリードリヒ。リュッケルトによる作詞で、あとの2曲は「少年の魔法の角笛」をもとに作られた「少年鼓手」、「死せる鼓手」です。鼓手2曲は「少年の魔法の角笛」に組み込まれ、リュッケルトによる5曲だけを独立して扱うのが一般的。

私の歌を覗き見しないで Blicke mir nicht in die Lieder
私はほのかな香りを吸い込んだ Ich atmet' einen linden Duft
私はこの世に忘れられ Ich bin der Welt abhanden gekommen
真夜中に Um Mitternacht
美しさゆえに愛するのなら Liebst du um Schonheit

全体で20分程度で、歌手の指定はない。どんな声域の歌手でもいいんですが、タイトルから察するように比較的女性的な内容の歌詞が多いので、ソプラノまたはメゾソプラノによる歌唱が一般的。

当然何でもこなせるスーパースターのフィッシャーディスカウは、バーンスタインのピアノ伴奏とバレンボイム指揮ベルリンフィルのオーケストラ伴奏があります。確かに艶やかで伸びのあるほれぼれとする歌唱。

ブーレーズ指揮ウィーンフィルだと、ヴィオレッタ ・ウルマーナのソプラノでの名唱が聴けます。お気に入りということならフォン・オッターのガーディナー指揮での歌唱をおすすめしたいところ。

アバドのルツェルンの映像では、交響曲第4番とともにマグダレーナ・コツェナが歌っていますが、そこでも書きましたが、この人に関しては歌っている時の表情や身振りが過剰でちょっと興味をそがれてしまうのが難点。

コツェナの声は悪くないので、そのまま落第にするのは惜しまれる。そこで登場するのが、こちらのアルバム。ラベル、ドヴォルザークの歌曲とのカップリングですが、何しろ旦那のサイモン・ラトルが手兵ベルリンフィルを使って、かーちゃんを盛り立てたものですから、悪かろうはずがない。

これらの曲の中で、特に「私はこの世に忘れられ」は一番長い演奏であり、曲としても詩の内容としてもマーラーとの交響曲との関連が強い作品でしばしば注目されます。

旧EMIのマーラー全集では、ピアノ伴奏のハンプソンの「リュッケルト」が聴けますが、マニアックで面白いのが「私はこの世に忘れられ」だけハンプソンに続いて、ジャネット・ベイカー、クリスタ・ルートヴィヒ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、トーマス・アレン、ブリギッテ・ファスベンダー、カタリナ・カルネウスの歌唱が立て続けに入っています。

2019年12月6日金曜日

「本格的」パエリア


普通に米1合に対して、コンソメスープ1カップとサフランをパラパラ。魚介類を上に乗せて、蓋をして火にかける・・・

これが、最近までやっていたパエリアのレシピ。まぁ、スペインのシーフード・ピラフという趣。

ところが、最近テレビを見ていて、まさにそんな作り方はダメということがわかりました(Thanks for MJ)。

そこでテレビでも紹介していた方法を参考に、「本格的パエリア」のレシピを探して、あらためて作ってみたら・・・今までとは全く違う別次元の美味しさ!!

最初に魚介をオリーブオイルで炒めます。イカ、アサリの他に今回はカキも使いました。ただし、ポイントはエビ。それも有頭エビ(高価!!)です。

ある程度炒めたら、米1合に対して水は600ml。野菜からも水が出るので、野菜を入れる場合は、水は50~100ml減らします。これをフライパンに投入して、サフランをパラパラ。味付けは塩だけ。スープを味見して、ちょっと塩気が薄いくらいに調整します。

魚介の味がでたら、具はいったん取り出します。ここで、大事なのはエビの頭を潰すこと。めちゃめちゃ味が出ます。だから有頭が大事ということ。

事前に水が浸みることを防ぐため、米は洗わない。そのままスープにバラバラと入れて、具を上に戻したら、後は蓋をせずに強火で煮る。蓋をしないことも大事。

強火で20分。あとは弱火で20分。焦げた匂いが少しで始めたら出来上がり。お米にちょっと芯が残っているかなと思うくらいがベストです。

魚介の出汁と塩だけで、今までとはまったく世界の違う味。ピラフとはまったく違いお米料理になりました。


2019年12月5日木曜日

A.S.von Otter J.E.Gardiner / Mahler Zemlinsky Lieder (1993)

一般的なクラシック音楽の作曲家としては、交響曲と歌曲だけを遺したマーラーはかなり特異な存在といえます。ただし、交響曲が総合音楽の状態を呈していて、オペラ、宗教曲、室内楽、時には協奏曲すら含まれているような状況ですから、それぞれを単独に作ろうと思わなかったのかもしれない。

さて、最初の歌曲集である「若き日の歌」は、自筆譜はピアノ伴奏譜だけでしたが、次の「さすらう若人の歌 (Lieder eines fahrenden Gesellen)」以後は、ピアノ譜とオーケストラ伴奏譜の両方が遺されました。

また、マーラー自身が歌手の声域を指定しないため、いろいろなパターンで演奏可能というのもマーラー歌曲の楽しみの一つ。

「さすらう若人の歌」は次の4曲からなります。

愛しい人が嫁いでゆくときには Wenn mein Schatz Hochzeit macht
朝の野辺を歩けば Gingheut' morgen uber Feld
燃えるような短剣をもって Ich hab' ein gluhend Messer
二つの青い目が Die zwei blauen Augen

交響曲第1番と作曲時期が重なり、両者は密接な関係にあります。特に「朝の野辺を歩けば」はほとんどそのまま第1楽章の主要テーマと同じ。第2楽章はごく初期の作曲で、後に改作され「若き日の歌」に「ハンスとグレーテ」として登場する曲が元になっています。そして第3楽章には「二つの青い目が」の後半が用いられています。

4曲で15分程度ですので、単独のアルバムにはなりません。アルバムとしては、他の歌曲集との組み合わせ、または交響曲の余白に入るものになります。

ブーレーズの全集の一環として2003年録音の歌曲もののアルバムがありますが、ここにはトーマス・クヴァストホフのバリトンで「さすらう若人の歌」が収録され、ヴィオレッタ ・ウルマーナのソプラノで「リュッケルト歌曲集」、そしてアンネ・ゾフィー・フォン・オッターのメゾソプラノで「亡き子を偲ぶ歌」が入っています。

フォン・オッターのファンとしては、なんで全部フォン・オッターにしなかったのかと文句を言いたくなるところですが、安心してください、「さすらう」と「リュッケルト」は1993年収録のガーディナー指揮によるアルバムがあります。

「さすらう」は男性歌唱の方が多いように思いますが、そりゃそうです。何しろ第1曲からして元カノが結婚することになって忘れられないボクが嘆く歌。最後まで、元カノを思って悶々としている歌が続くので男性が歌う方がもっともらしい。

そこはさすがにフォン・オッターです。何しろ、オペラのスボン役、つまり男装役が得意のフォン・オッターということを考えれば、この歌曲集もレパートリーにしてしまうのは、自然の成り行きというところ。

女性歌唱で、ドロドロ感は薄まりますが、その分前向きな雰囲気も新たに出てくるので、これはこれでありと思います。

2019年12月4日水曜日

C.Ludwig, W.Berry, L.Bernstein / Mahler Des Knaben Wunderhorn (1968)

バーンスタインの「少年の魔法の角笛」は、一般にCDとして発売されているものはDG全集に含まれる1986年録音のルチア・ポップ、アンドレアス・シュミットを起用してコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏があります(12曲+「原光」)。

ビデオでは1984年に、ルチア・ポップ、ウォルトン・グローンロース、イスラエルフィルで全12曲が収録されています。いずれも、さすがのバーンスタインも控えめな指揮ぶりのせいか、あるいは歌手の問題なのか、あまり印象に残らない普通の演奏という感じ。

バーンスタインには、CBS交響曲全集の時期(1967~1969年)に作られた、もう一つの盤があります。オーケストラは当時の手兵であるニューヨークフィル、歌手は当時は夫婦だったクリスタ・ルードヴィヒとヴァルター・ベリー。

こちらも正直いまいちなんですが、そもそもバーンスタインは歌曲もので自分が主役でないと演奏に乗り切れていない感じ。ところが、この盤にはスペシャルなサプライズ特典があって、同じメンバーでピアノ伴奏盤が存在します。

オケ版製作途中の1968年に、バーンスタインがキャンセルされた演奏会の穴を埋めるために急遽二人の歌手を呼び寄せて行われたライブです。現在のCDにはオケ版とともに、バーンスタイン自らのピアノ伴奏によるものが収録されています。

バーンスタインは「ラプソディ・イン・ブルー」でもピアノ演奏を披露していますが、本職ではないので歌手の邪魔をする派手なことはしない。でも、伴奏者単独で主役の片割れとしての存在感があったりして、それなりにのりのりで演奏していたんじゃないでしょうか。

歌手もオーケストラの音量に負けないように力を入れる必要が無いので、自分のペースで歌い上げることができているようです。

「少年の魔法の角笛」歌曲集としては、バーンスタインものはベストには入りにくい感じですが、バーンスタインのピアノによって曲の骨格が明瞭になり、二人の歌手もより気合が入った1968年盤は異色の存在として注目されるものと思います。

2019年12月3日火曜日

J.Kaufmann, J.Nott WPO / Mahler Das Lied von der Erde (2016)

「大地の歌」はマーラー作曲の6楽章構成の「交響曲」であり、全楽章に独唱が入る異色作。どちらかというと、交響曲というより連作歌曲集としての色合いが濃い作品。

通常は奇数楽章をテノール、偶数楽章をアルトが担当しますが、アルトに替えてバリトンでもマーラー自身がOKにしています。もちろん、男女の声のほうが、違いがはっきりしやすい。

マーラーの死後に初演したワルターは男女を起用しました。また、バーンスタインの場合は、1966年ウィーンフィル盤では、キング(T)、フィッシャーディスカウ(Br)の男性二人に歌わせています。1972年のイスラエルフィル盤だと、コロ(T)、ルートヴィヒ(Ms)になっています。

アバドは2011年にベルリンフィルに客演し、当代一番人気・実力のヨナス・カウフマン(T)とアンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Ms)の組み合わせでの映像があります。カウフマンは艶やかで伸びのある声質で、基本的にはリートよりもオペラ向きという印象があります。

とはいえ、さすがにカウフマンの実力は恐るべしという感じ。オッター、アバドとの実力派トライアングルは21世紀の名演と呼ぶにふさわしいのですが、残念ながらCD、DVDなどの一般メディア化されていません。

この曲でテノールの登場は奇数楽章で、合わせて15分程度。一方、アルトは最長の30分かかる最終楽章を含む偶数楽章で、合わせて45分以上になります。ビデオを見ていると、カウフマン君、さすがに手持無沙汰感が否めない。

そのせいなのかわかりませんが、2016年にジョナサン・ノット指揮ウィーンフィルで、何と全曲を一人で歌い切ってしまいました。おそらくこの曲の演奏史上初の試み。ノットは同年、テノール・バリトン版のCDも発売されています。

作曲者の指定を無視しているので、この形式をスタンダードとは呼べませんが、全編一人で歌い切ることは全体の統一感という観点から成功しており、一つの名盤に数えられるものと思いました。

2019年12月2日月曜日

シュトレンを作ってみた


今年は手作りパンにはまって、いろいろとあーだこーだとやってましたが、だいたい素人が手を出せるものはやりつくした感があります。

家庭のオーブの限界もわかりましたので、できるものできないものもはっきりしました。できるものについては、できたての美味しさは格別ですし、バン屋さんの苦労もよく理解できたと思います。

そろそろ小麦粉も底をついてきて、必要に応じてまた買えばいいわけですが、とりあえず今残っている材料でできるいちばん派手なものを作ってみました。

それが季節柄、シュトレンです。

クリスマス・シーズンにたくさん作られるドイツのパン。どちらかというと、甘さたっぷりで菓子パンという感じ。

今まで作ったカンパーニュ系と基本的に同じなんですが、アーモンドとドライフルーツをたくさん挟み込みます。そして、ポイントその1は、アーモンド粉と砂糖を練りまくったマジパンを中に入れること。

上側の黄色いところがマジパンなんですが、実はこれ失敗。包み込んだはずが、上が焼いている時に開いてしまいました。

ポイントその2は、焼きあがったらすぐに、表面に溶かしたバターをたっぷり塗りまくる。そこへ粉砂糖をたっぷり振りかけました。

本当は表面全体が真っ白になるくらいにしたいところですが、粉砂糖が足りなかった。まぁ、カロリーを考えるとそれで良かった・・・ということで。

いやぁ~、とにかく今までで一番砂糖を使いました。やばいです。パンというよりは、菓子パン。菓子パンというよりはケーキに近いかもしれません。

2019年12月1日日曜日

Dietrich Fischer-Dieskau / Mahler Lieder

ドイツ・リート界で、この人を抜きでは全く語れないほどの大御所と言えば、間違いなくディートリッヒ・フィッシャーディースカウ。2012年に86才で亡くなった時は、まだ歌物はほとんど聴いていなかった自分でさえ、なんかすごい人がこの世を去ったと感じたものです。

多くの作曲家の歌曲全集を完成させ、またレーベルを超えて多数回録音しており、残された遺産はあまりに膨大で、ちょっと見まわしただけでは把握できないほどです。特に、hyperionがCD40枚のシューベルト歌曲全集を作ろうと、フィッシャーディスカウのCD21枚の歌曲集の価値を上回るものではありません。

当然、マーラー作品でも60~70年代のバリトンは、フィッシャーディスカウの名盤が目白押しです。

オーケストラ物では、セル指揮、シュヴァルツコップとの「少年の魔法の角笛」を筆頭に、バレンボイム指揮ベルリンフィル、クーベリック指揮バイエルンRSOなどがあります。交響曲は2、3、4番は女性歌唱なのでさすがにありません。

ピアノ伴奏物としては、1968年録音バーンスタインのピアノによるものと、1978年録音のバレンボイムとの物が有名。

バーンスタインとは、「若き日の歌」から11曲、「さすらう若人の歌」の全4曲、「リュッケルト歌曲集」から4曲という内容。

一方、バレンボイムとは、「若き日の歌」全14曲、「さすらう若人の歌」全4曲、リュッケルト歌曲集」全5曲に加えて、「少年の魔法の角笛」全12曲も網羅しています。

「亡き子を偲ぶ歌」は、フルトヴェングラー、ベーム、クーベリック、バレンボイムによるオーケストラ伴奏が残っています。

どれかを一つ選べと言うのは難題で、同一演奏者絡みで全曲制覇を目指すならバレンボイムということになるんですが、歌手を邪魔しないけど凄く味のあるバーンスタイン伴奏盤は、曲数が足りないところが残念ですが一押しにしたいところ。

フィッシャーディースカウは、温かみのある声質で、歌い方にも変な癖が無い。初心者でも聴きやすいし、聴きこんだ方にも安心のテクニックで、マーラー物でもいずれもが聴く価値のある名盤です。


2019年11月30日土曜日

Janet Baker / Mahler Lider (1968)

バーンスタインをはじめ、60年代から70年代にかけてマーラーの録音が活発になりだした時に、マーラー作品で重要なポジションであるメゾソプラノ歌手というと、ほぼクリスタ・ルードヴィヒとジャネット・ベイカーの二人につきる。

ルードヴィヒは1928年生まれ、ベイカーは1933年生まれ。今はお二人とも90才前後ですが、当時は30~40歳で、歌手として最も脂がのり切っていた頃。オペラの花形ということでは、ソプラノ歌手にやや理がある感は否めませんが、リートではメゾソプラノ歌手の方が柔らかく嫌みが少ないように思います。

さて、特にベイカーは、オーケストラとの共演だけでなく、単独のアルバムでもマーラー作品を多数録音しています。

映像としてはバーンスタインの「復活」があります(ちなみに第3番はルードヴィヒ)。CDは、バーンスタイン、バルビローリを中心に多数あります。

「少年の魔法の角笛」は1993年(?)にウィン・モリス指揮ゲラン・エバンス(Br)とのアルバムがあり、ご自身のアルバムとしても網羅できており、前回取り上げたビアノ独奏による歌集(1983年)とともに、こちらのオーケストラ伴奏歌集(1968年)を合わせて聴きたい。

両方のアルバムで「さすらう若人の歌」はダブりますが、伴奏の違いがあるので違った味わいが楽しめます。バルビローリは交響曲でも有名ですが、ここでは落ち着いた演奏で歌手を引き立てます。

ベイカー、ルードヴィヒの後を継ぐのが、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターであり、21世紀になってマグダレーナ・コジェナー、アンナ・ラーション、藤村実穂子らが活躍していすが、いずれも今や50才前後。さて、次世代のメゾソプラノは誰が担っていくのでしょうか。

2019年11月29日金曜日

Simon Rattle / Mahler Das Klagende Lied (1983)

グスタフ・マーラーというと、交響曲と歌曲だけを作った特異な作曲家といわれています。確かにその通りで、いくつのオペラに挑戦したことは間違いないのですが、いずれも途中で筆を折っている。室内楽も、弦楽四重奏の断片が残っているだけ。

そんな中で、この「嘆きの歌 (Das Klagende Lied)」はちょっと変わった位置づけされる曲。

まず、これがマーラーの作曲家としてのスタートの曲であるということ。そして、明確なストーリーを下敷きにした「カンタータ」と呼ばれる特徴を備えていることが特徴。

グスタフ・マーラー、18才。音楽院を卒業して、「ベートーヴェン賞」への応募作品としてこの曲を作ったと言われています。普通なら習作扱いであまり評価されませんが、後々までマーラー自身が手を入れ続け大事にしていました。

この賞の審査員にはブラームスも入っていて、結果は落選。マーラーはそのため指揮者の道に進んだと語っていますが、真偽のほどははっきりしていません。

もともとは3部構成で、第1部では弟を殺す兄、第2部では死んだ弟の骨が真実を語ります。そして第3部で、弟の代わりに王女と結婚しようとする兄の悪事を骨が暴くという内容。歌詞はマーラー自身によります。

ところが、最終的にマーラーは第1部を削除してしまい、起が抜けた承転結だけの構成にしてしまい、ストーリーだけでなく音楽的なつながりも希薄になってしまっていると指摘されています。

1973年になってやっと第1部の楽譜が出版されたので、最終版の第2部と第3部だけのものと、第1部を加えた3部構成で演奏するものとがいろいろと見つかります。

映像としては、CDにもなっていますが、ピエール・ブーレーズの2011年ザルツブルク音楽祭のビデオが、おそらく唯一のものかもしれません。これは最終版での演奏です。

1970年のブーレーズの最初の録音では第1部+最終稿の3部構成になっています。1989年録音のシャイーとファスベンダーのものも同様の構成。1997年に初稿が公開され、完全オリジナル・パーションと謳う世界初はケント・ナガノ指揮ハレ管弦楽団のようです。

有名なのは、1983年のベルリンフィルの前のバーミンガム市交響楽団でのサイモン・ラトルの3部構成の演奏。旧EMIのマーラー全集にも含まれました。バーミンガムのラトルのマーラー全集は、全体的に評判は悪くありません。

確かに第1部は、作曲者の未熟なところからくるやや冗漫な印象は拭えませんが、ラトルの熱演は随所に後年のマーラーらしさを感じられる仕上がりになっています。

とは言っても、マーラーの作品史としての重要性は認めるものの、音楽的にはワンランク落ちるという受け止めはしょうがないかと思います。

2019年11月28日木曜日

Janet Baker / Mahler Songs of Youth (1983)

グスタフ・マーラーは1860年の生まれで、10代のうちに作曲をはじめたらしいのですが、実際に演奏可能な譜面残っているものは1880年、二十歳の時の2つ歌曲が最も古いとされています。

自ら作詞して、もともとは片思いの相手に捧げる5曲の歌曲集とするつもりだったようですが、3曲作ったところでふられて計画は頓挫。
春に Im Lenz
冬の歌 Winterlied
草原の5月の踊り Maitanz im Grunen

「草原の5月の踊り」は、最初の歌曲集若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」にタイトルを変えて転用されました。「若き日の歌」は1892年に出版されましたが、3部構成で、第2部と第3部の9曲は「少年の魔法の角笛」から詩を取っています

第1部は次の5曲からなります。
春の朝 Fruhlingsmorgen (作詞リヒャルト・レアンダー)
思い出 Erinnerung (作詞リヒャルト・レアンダー)
ハンスとグレーテ Hans und Grete (草原の5月の踊り)
セレナード Serenade aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)
幻想 Phantasie aus Don Juan (作詞ティルソ・デ・モリナ)

「若き日の」を付けたのは出版社の都合で、本来のタイトルは「歌曲集 (Lieder und Gesange))」だけ。第1部は、一部交響曲に利用されたパートもありますが、基本的にピアノ伴奏譜による古典的ドイツリートの雰囲気が漂い、正直あまり面白いものではないかもしれません。

全15曲を網羅した録音は意外と少ないのは、たぶんLPレコードの収録時間(一般的に片面20分、両面で40分)の関係もあるかもしれません。

ここで紹介するのは、バーンスタインのマーラー物ので共演が多いジャネット・ベーカーの1982年の録音。このアルバムでは、初期の2曲、「若き日の歌」全14曲、続く「さすらう若人の歌 (Lieder eines fahrenden Gesellen)」全4曲をすべて網羅していて、まとめて聴くのに便利。

ベーカーの歌唱は、落ち着いていて嫌みが無いので聴きやすい。収録順序はバラバラですが、初期の作品と後年のものでは、曲としての完成度は歴然としていることがよくわかります。

2019年11月27日水曜日

Leonard Bermstein NYP / Mahler Symphony #5,8 excerpt

また、こんなマニアックな音源を探し出して喜んでいると指摘されそうな話。

マーラー人気隆盛の立役者、レナード・バーンスタイン。自ら、マーラーの化身と化して火山を噴火させる勢いで指揮棒を振り、ステップを踏み続けました。

その遺産は、2つのCD全集、1つのビデオ全集として集約されて、マーラーの曲を聴いて聴く上で避けては通れない金字塔となっています。

当然、これらを聴きこむのはけっこう大変で、良い子のファンはそれだけで十分過ぎです。ところが、さすがにバーンスタインですから、全集に集められた物以外の音源もちらほらあるんですね。

実は正規盤にもかかわらず、不思議な音源が見つかりました。Columbiaレコードでの初出音源を、再発売する際に再構築したシリーズがありまして、その中に交響曲第8番の第1部のみ、交響曲第5番のアダージェットのみという録音がクレジットされています。

8番は最初の全集に含まれるロンドン交響楽団とのものは1966年録音ですが、それよりさかのぼる1962年のニューヨークフィルとのもの。5番は全集の中の1963年の全曲録音より遅れる1968年のものです。

8番は、エイヴェリー・フィッシャーホール開場記念の演奏会の記録。そして5番は、1968年6月6日に暗殺されたケネディ大統領のための6月8日に行われた追悼ミサでの演奏です。

どちらも、「バーンスタインのマーラー」と思って聴くと音質的にも内容的にも不満が残るものかもしれませんが、歴史的な記録としての意義はありますね。

他の盤には収録されていないようですが、幸い中古がかなり安くなっていますので、バーンスタインを全部集めたい方は必携の音源です。

2019年11月26日火曜日

濃霧


昨日の朝は、濃い霧が発生しました。

横浜北部の地域では珍しいものではありませんが、都内では霧の発生は数年ぶりらしい。

「都内 霧」とかで検索すると、かなりアートでファンタジックな画像が見つかりますが、自分が撮影したのはこれくらい。

見方によってはホラー。霧の中から出てくるものは・・・

2019年11月25日月曜日

Pierre Boulez / Mahler Symphony #2 (2005)

一度気になりだすと、とことん深入りしてしまう性質なもんで、本当にこの2カ月くらいは音楽というとマーラーばかりを聴き倒していました。

初めはマーラー初心者が必ず抱く感想・・・長い、うるさい、大袈裟、難解などなど、まさにその通りの印象で、これが好きな人の気が知れないみたいに思っていました。

幸い、映像付きで始めたので、まぁ何とか視覚的な面白さもあって、ガマンして見続けていると、だんだんマーラーの面白さがわかってきたようです。

何度も聴いているうちに、まずとりとめのないように思っていたメロディがだんだん頭に残るようになってきた。これが実にかっこいい旋律なんですね。いくつものかっこいいパートが絡み合って最後に盛り上がるところは、かっこいいの集大成状態。

その反面、さすがに優秀な指揮者だったマーラーだけに、一つ一つの楽器の特性をうまく利用したソロ・パートがたくさんあって、そこだけ聴いていると室内楽のような緻密さがある。

また、クラシック音楽ではほとんど目にしない、耳にしない楽器、あるいは楽器と呼べないような効果音のための大道具・小道具が満載で楽しいなんてもんじゃない。

さらにさらに、楽器だけじゃ足りずに歌までふんだんに出てきます。独唱あり、合唱ありでバラエティーに富んでいる。専門家がマーラーの交響曲は、交響曲という名を借りた音楽の総合芸術であるというのが理解できます。

いろいろな映像が手軽に楽しめる今の時代で良かったと本当に思いますし、これから聴いてみようという方は是非映像から入ることを強くお勧めしたい。

まとまった映像というと、交響曲10曲、大地の歌、歌曲集のほとんどを網羅しているのはバーンスタイン。40年以上たつ古い物になってしまいましたが、いまだに色褪せない魅力が満載です。

そして、われらがアバドのルツェルンでのチクルス。一部が不足してしまいますが、画質良し、音質良しで文句がありません。凄腕揃いのオケも見所・聴所満載です。

シャイーもゲバントハウスでいくつかあります。それぞれ違う指揮者でロイヤル・コンセルトヘボウの全集も楽しい。ヤルヴィ(子)の全集もあります。

今回おすすめしたいのは、ピエール・ブーレーズの「復活」です。全集CDのソロイストは、シェーファーとデヤングでウィーンフィルの2005年の演奏。ビデオは同じ年なのにオケはベルリン・シュターツカペレで、ソロイストもダムラウとラングです。

ベルリン・シュターツカペレは、とにかく美人が多い!! ・・・ってどこ見てんだよといわれそうですが、映像ではここも重要。ただし、メゾソプラノのラングが、ちょっとヴィジュアル的には・・・

最終楽章、合唱が入る直前のフルートとピッコロの掛け合いは、美人二人が素晴らしい。さすがにパユのうまさは文句ないけど、男性二人のルツェルンより見ていて嬉しくなります。

演奏は、非常に一つ一つの音符をきっちりと出すこと、そして休符を決めることでビシっとめりはりのある感じ。スピードも比較的早めの感じで、だれるところがありません。ちなみに客席にバレンボイム氏がいます。

些細なことは気にせず感情先行型のバーンスタインと比べて、適度な抑制のもとで全体の流れをきちっとまとめ上げながら盛り上げるアバド。ブーレーズは、感情に流されずに超まじめに楽譜を追いかけて、楽曲の構造を明らかにする演奏という感じでしょうか。

いゃぁ~、マーラーって本当に楽しいです。

2019年11月24日日曜日

Diana Damrau & Ivan Paley / Mahler Des Kunaben Wunderhorn (2003)

そもそも「少年の魔法の角笛(Des Knaben Wunderhorn)」は、19世紀初頭に、アルニムとブレンターノによって出版された「マザーグース」のようなもの。ドイツの民間伝承の歌の歌詞を蒐集したもので、国民の潜在意識に必ず残っているような基本文化的な存在らしく、詩人ゲーテもこれらを絶賛しています。

これらを歌詞として、新たに曲をつけた作曲家はたくさんいて、メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、R・シュトラウスなどの歌曲が残されています。そして、その代表と言えるのが、そのもののタイトルをつけた連作歌曲集を作ったマーラーです。

基本的にはマーラーが詩集をもとに独自のメロディをつけたものですが、一部に原曲民謡の痕跡を認めると言われています。

マーラーの歌曲集のうち、全3巻構成のピアノ伴奏譜による「若き日の歌(Lieder und Gesange aus der Jugendzeit)」の第2巻と第3巻が「少年の魔法の角笛」を元にしたもので、合わせて9曲からなります。

いたずらなこどもをしつけるために (Um schlimme Kinder artig zu machen)
緑の森を楽しく歩いた (Ich ging mit Lust durch einen grunen Wald)
終わった、終わった (Aus! Aus!)
たくましい想像力 (Starke Einbildings-Kraft)
シュトラスブルクの砦で (Zu Strassburg auf der Schanz)
夏の交代 (Ablosung im Sommer)
別離と忌避 (Scheiden und Meiden)
もう会えない (Nicht wiedersehen)
うぬぼれ (Selbstgefuhl)

一方、オーケストラ伴奏譜による歌曲集「少年の魔法の角笛」の成立過程は複雑で、少しずつ完成していく途中で、追加・削除がいろいろあり、今日の形で一般的なのは全12曲の構成。

歩哨の夜の歌 (Der Schidwache Nachtlied)
無駄な骨折り (Verlorne Muh')
不幸な時の慰め (Trost im Ungluck)
この歌を作ったのは誰 (Wer hat dies Liedlein erdacht)
この世の生活 (Das irdische Leben)
魚に説教するバドヴァの聖アントニウス (Des Antonius von Padua Fischpredigt)
ラインの伝説 (Rheinlegendchen)
塔の中で迫害されている者の歌 (Lied des Verfolgten im Turm)
美しいラッパが鳴り響くところ (Wo die schonen Trompeten blasen)
高い知性を讃える (Lob des hohen Verstandes)

初版譜には含まれませんでしたが、「リュッケルトの詩による歌曲 (全5曲)」とともに「最近作の7つの歌」として死後に出版された2曲を含めることが一般的です。
死せる鼓手 (Revelge)
少年鼓手 (Der Tamboursg' sell)

これら以外に重要なものが3曲あります。
原光 (Urlicht)
 出版後に交響曲第2番第4楽章へ転用し、後に歌曲集からは削除
三人の天使が歌っていた (Es sungen drei Engel)
 交響曲第3番第5楽章として作曲
天上の生活 (Das himmlische Leben)
 歌曲集の一つとして作曲されたが交響曲第4番第4楽章へ転用されたため歌曲集出版時に含まれず

交響曲第2~4番が「角笛交響曲」と呼ばれる所以はここにあります。

バーンスタインは、1967~1968年にクリスタ・ルートヴィヒ、ワルター・ベリーでオーケストラ版と自らのピアノ伴奏版の2種類でいずれも原光を含む全13曲、ビデオ全集は1984年録音、ルチア・ポップ、ウォルトン・グレーンロースで全12曲、DG全集では1987年録音、ルチア・ポップ、アンドレアス・シュミットで原光を含む全13曲の4つの録音があります。

アバドは1998年にアンネ・ゾフィー・フォン・オッター、トーマス・クヴァストフを起用して原光を含む全13曲の録音があります。

ブーレーズのマーラー全集に含まれる2010年、マグダレナ・コジェナー、クリスティアン・ゲルハーヘルによる全12曲は映像化もされています。

また、全盛期のエリーザベト・シュヴァルツコップ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウを迎えた1969年録音のジョージ・セルによる全12曲も名盤としてしばしば取り上げられます。

そして、「少年の魔法の角笛」の詩にもとづく全24曲をすべてピアノ伴奏で録音(2003年)したのが ディアナ・ダムラウ、イヴァーン・パレイで、特に「若きの歌」の含まれる9曲は録音が少ないため貴重で、テーマごとに曲順をシャッフルしていますが、まとめて聴けるものは他にはありません。

若いパレイは落ち着いて聴けますが、ソプラノのダムラウはピアノ伴奏だと高音が目立つ。ルードヴィヒ、オッターのようなメゾ・ソプラノ歌手の方がこの手の歌曲には向いているように思うのは個人的な嗜好でしょうか。

コジェナーはアバドのルツェルンでも、リュッケルト歌曲集と交響曲第4番に登場しますが、映像を見てしまうと過剰な顔と手の振りが興味をそいでしまいます。ラトル(旦那さん!)のマタイ受難曲の映像ではそれがうまくはまっていましたけど。

2019年11月23日土曜日

今年最後の祝日


今日は「勤労感謝の日」で国民の祝日です。

そして、今年の祝日はこれで最後。12月には祝日はありません。昨年までは12月23日は天皇誕生日で休みでしたが、これは平成天皇の話。

昭和天皇誕生日(4月29日)は、みどりの日・昭和の日として祝日化しました。平成天皇誕生日については、今年からは平日扱いですが、これは上皇在中は権威付けにつながる怖れがあるためらしい。

ちなみに令和天皇誕生日は2月23日で、来年はいきなり日曜日のため24日が振替休日となり連休です。

12月はまた祝日無しの月に戻り、すでに建国記念日のある2月に祝日が増えてもなぁと思うところがありますが、こればっかりはしょうがない。

それにしても何かとごたごた続きの日韓関係では、昨夜ぎりぎりのところで韓国がGSOMIA破棄を中止する決定をしました。まぁ、何とか話し合いを始める可能性を残すことができて一安心。

一方で、桜を見て揉めている国会は相変わらず。ほぼ一党独裁と言えるような今の与野党の構図では、本当の政治なんてできないような気がします。おごる与党も困りものですが、揚げ足取り的な仕掛けしかできない貧弱野党にもうんざり。

令和という新時代が良くなるのか、それとも・・・国内外のこれらの問題次第かもしれませんね。

2019年11月22日金曜日

Leonard Bernstein / Mahler Complete Symphonies (CBS)

はっきり言って、レナード・バーンスタインは好きです。ぶっちゃけ、カラヤンは嫌いです。好みの問題ですからほっといてください。

何しろ、小学生の時に最初に認識した指揮者がバーンスタインとベームだったので、自分のクラシック音楽趣味はそこから始まっている。

マーラーを聴きこんでいくと、バーンスタインは避けては通れない。バーンスタイン以前にも以後にもたくさんの有名なマーラー振りはいるんですが、やはり現在のマーラー人気の土台を作ったのはバーンスタインの功績であることは異論はないところ。

ただ、その後オーケストラ物を聴かなくなった時にも、クラウディオ・アバドだけは時々聞いていましたし、何枚かのCDは所有していました。そして、ルツェルンのマーラー・チクルスのビデオで開眼しちゃった関係で、自分にとってのマーラーはアバドがスタンダードになった感があります。

そういう状況でバーンスタインのマーラーを聴いてみると・・・やはり、世評通り自らがマーラーとなって思いのたけを詰め込んだ超主観的な音楽であると言えるし、それが高い評価につながっていることはよくわかる。

その点、アバドのマーラーは素直すぎるというのも理解できるのですが、じゃあ自分にとってはというと、バーンスタインの「やりたい放題」みたいなところは癖が強すぎる。とは言っても、バーンスタインのマーラーが嫌いということではありません。

バーンスタインの最初の全集はニューヨーク・フィルの時代。1960年の第4番から始まって、61年に第3番、63年に第2番と第5番、65年に第7番、66年にロンドン交響楽団との第8番をはさんで、ニューヨークに戻って第1番と第9番、67年に第6番、そして75年に第10番という順で収録されました。イスラエル・フィルとの73年の「大地の歌」と74年の「亡き子を偲ぶ歌」が一連のシリーズに含まれます。

この時期、67~68年にルードヴィヒとベーリーの歌唱で自らのピアノ伴奏版とニューヨークフィルのオーケストラ版の「少年の魔法の角笛」、68年にまたもや自らのピアノ伴奏でフィッシャーディスカウによる「さすらう若人の歌」・「若き日の歌」・「リュッケルト歌集」が収録されています。

ただし「大地の歌」は66年のウィーンフィル盤が先ですが、これは後年のDG全集に含まれました。またロンドン交響楽団とは73年に第2番、「リュッケルト歌曲集」、「亡き子を偲ぶ歌」が再録音されています。イスラエルフィルとの「大地の歌」、ロンドンの第2番・番歌曲集はビデオ全集で映像を見れます。

これらのCBS盤は、後年のDG盤に比べて良くも悪くもバーンスタインの若さが前面に出た演奏といわれており、評価はやや低めのようです。でも、後年の思い入れたっぷりの演奏と比べて聴きやすい印象があり、自分としては嫌いではない。

思い入れたっぷりに演奏者の個性を出すことは重要で、楽譜に縛られたクラシック音楽では必要なことだとは思いますが、一方演奏が重くなっていく傾向も否定できません。若き日のバーンスタインは、まだ「枠」を取り払え切れていないのでしょうが、その分バランスが取れた演奏なのかなと思いました。

それにしても、マーラーにはまって2カ月で、ずいぶんと印象が変わってきたものです。自分の変化に驚きます。

2019年11月21日木曜日

どじょう掬いまんじゅう


頂き物です。中から出てきたのは、頬被りをしたひょっとこ面。胴体があれば、まさにどじょう掬いを踊り出しそう。

なかなかユニークな形で、なんか嬉しくなってきます。もっとも、中身はだいたい想像通りの味です。普通に美味しい。

どじょう掬いといえば安来節。安来節といえば島根。

というわけで、島根県のおみやげです。

CMもいろいろあるみたいで、そのクォリティがある意味やばい。


あら、えっさっさぁ~


2019年11月20日水曜日

朽ちる


車を運転していて、普通の住宅街を何気なく通りかかって、たまたま停止した時・・・

ふっと横を見て愕然とした光景です。

えっー!! 玄関が傷んでいる、を通り越して、ほぼ「朽ちている」に近い。

別の見方をすれば、年輪を感じるとか、歴史を重ねるとか、褒めようもあるんですけど、さすがにこれは・・・

人の住まない家は傷むとよく言いますが、周りを見渡すとこの家はどうも住人がいそうな気配です。

いわゆるゴミ屋敷ではありませんし、そこそこ綺麗にしているのに、玄関だけがこんな状態というのは理解に苦しむ。

この扉だけ見ていると、西洋の幽霊屋敷という印象です。

2019年11月19日火曜日

Leonard Bernstein IPO / Mahler Symphony #9 (1985,Tokyo)


マーラー初心者が、こういうものに手を出していいのかということは横に置いておいて、今回はYouTubeにアップされている驚異のビデオの紹介。

レナード・バーンスタインのイスラエル・フィルとの1985年の来日公演におけるマーラーの第9番の演奏です。この時の来日では、9月3日大阪、9月5日名古屋、そして9月8日と12日に東京の4回、マーラーの第9番が演奏されました。

詳しい録音のデータが記載されていないのですが、場所は明らかにNHKホールのようです。ただし、これが8日なのか12日なのかはわからない。

ただし、正規の撮影とは言えず、ホールの左2階席から、1台のカメラで撮影していますが、画像のぶれがほとんど無いので、明らかに三脚などで固定しています。

1985年というと家庭用の8mm Videoが流行りだしたころで、まだまだ録画機材は服の中に隠せるほど小さくはありません。となると、もしかしたら関係者が記録として収録していたものかもしれません。

実はネットを探索していると、1985年の公園のDVDとかCDがヤフオクに出たという情報が見つかります。さらに、探っているとなんとニコニコ動画に、大阪・名古屋・東京2回の音声データがアップされていました。

さて、バーンスタインは正規の物としてはマーラーの第9番は60年代のニューヨーク・フィルから始まって、70年代はウィーンフィルとのビデオ、そして生涯一度だけだった79年のベルリン・フィルとの競演があります。

そして、最後が1985年6月のコンセルトヘボウとの録音ですが、年代が進むにつれて演奏時間(特に第4楽章)が長くなって、バーンスタイン主観的芸術の到達点の一つとして高く評価されています。

この年に来日したバーンスタインは、「伝説的」にマーラーの演奏を繰り広げ、30数年前ですが、いまだに会場にいた方はその衝撃的な名演を忘れられない体験として語っています。

最近、イスラエルフィルとのテルアビブでのライブが発売されています。これは来日公演直前の8月の演奏。ただし、正規盤としては音質面が貧弱で、オケのミスも目立つという評判で、日本公演を知る人には不満が残るらしい。

このビデオでは、少なくともあからさまなミスはなく、遠くでのワン・マイク録音に関わらず比較的ましな音だと思います。直接に生で体験するとその分感動は大きい物ですが、それらを差し引いてもかなり凄い演奏であることはわかります。

とにかく、よくぞ残っていた!!と、感謝するしかない名演ですね。

2019年11月18日月曜日

Otto Klemperer New Philharmonia Orchestra / Mahler Symphony #9 (1967)

正直に言いますと、クレンペラーも実は今まで聴いたことがありません。クラシック音楽については、自分にとってリアルタイムの演奏しか、基本的に聴いてきませんでした。

クレンペラーも、気がついたときはすでに故人であり、自分にとっては伝説の一人。今回、マーラーにはまらなかったら、一生聴かずに終わったかも。今のところ、フルトヴェングラーはそうなりそうな感じ。

さて、マーラーと直接面識があって、なおかつマーラーの録音を残した指揮者というと、そう多くはない。たぶん「元祖」はメンゲルベルク。コンセルトヘボウ管弦楽団の音楽監督として、マーラーをたひたび招聘していました。ただし、録音は第4番(1939)と第5番のアダージェット(1926)くらしか残っていないようです。

ブルーノ・ワルターは弟子みたいな存在。そして、クレンペラーは目をかけてもらった新人。クレンペラーの指揮者としての扉を開いたのがマーラーで、クレンペラーは一生マーラーに感謝していたようです。

とは言っても、ワルターより亡くなったのが遅い割にはあまり録音は残っていない。交響曲第9番は、唯一1967年にステレオ録音があります。

演奏はニュー・フィルハーモニア管弦楽団。フィルハーモニア管弦楽団は戦後すぐにEMIレコード制作のためにイギリスで結成されたオーケストラですが、実際にコンサートの実演も行っていました。1964年に解散の危機に直面した時に、クレンペラーの全面的な支援の下ニュー・フィルハーモニア管弦楽団として継続したという歴史があります。

さて、演奏はというと・・・意外にというか、録音年代を考えると当たり前かもしれませんが、普通のテンポで音質もまぁまぁで安心して聴ける。ただし、第3楽章はゆっくりめですがめりはりのある音作り。

第4楽章は、たっぷりと弦を鳴らすところは、今どきの演奏と比べても負けていません。全体には素直な演奏という印象で、やはりバーンスタイン後の主観的演奏とは一線を画するところが「古さ」を感じさせるかもしれません。

クレンペラーの手兵として実演もこなしてきたオケですから実力もしっかりしていて、ワルターのコロンビア交響楽団より格上という感じです。

2019年11月17日日曜日

Bruno Walter / Marhler Symphony #9 (Columbia SO,1961), (WPO,1938)

突然に、ブルーノ・ワルターの登場。

実は、小学生の時に最初に知った指揮者は、カール・ベームとレナード・バーンスタインでしたが、もう一人、ブルーノ・ワルターの名前も聞いていました。

ただし、当時すでに大大大巨匠という扱いで、すでに亡くなっていたので、レコードを買ったことは無く、後にクレンペラー、フルトヴェングラー、トスカニーニなどと並んで、自分にとっては旧世代の方々という印象から手を出さないでいました。

ところがマーラーを聴きだしてみると、マーラーとの直に面識があるワルターとクレンペラーについては避けては通れないことがわかりました。特にワルターはマーラーとの関係が深く、直接的にマーラー自身から曲についての話を聞いているわけで、ワルターの演奏の中にマーラーの意図が見え隠れしている可能性を否定できません。

何しろマーラー自身ができなかった、第9番の初演の大役をこなしたのがワルターですから(1912年、ウィーンフィル)、これを聴かないわけにはいきません。

コロンビア・レコード(CBSレコード、現ソニー)がステレオ録音の技術が始まった時に、高齢ですでに引退同然だったワルターを説得していくつものレパートリーを録音しました。その中に多くのマーラー作品も含まれたのが幸いということなんですが、注意したいのは演奏のコロンビア交響楽団。

実は、これは実体が無いコロンビア・レコードの録音用のフリーランスが集まった臨時編成楽団です。もちろん技術的にはそれなりの人たちなんでしょうけど、常設の楽団と比べると質が劣ることは否めない。

そこらを割り引いて・・・さて、第9番を聴いてみる。第1楽章、第2楽章はまぁ無難な展開。ところが、第3楽章で、そのあまりテンポの遅さには愕然とします。マーラー自身が楽譜に直接書き込んだ「きわめて反抗的に」という指示とはかけ離れたゆったり感があり、何か違うという印象。

そして、逆に第4楽章の早いことにさらに驚きます。主観的演奏に走ったバーンスタインとは対局的なアダージョで、あっという間に死に絶える感じ。気持ちを入れすぎるのもどうかと思いますが、これがバーンスタイン前のマーラー解釈ということなんでしょうか。

これでワルターの評価を決めてしまうのはどうかという感じなので、さらにさかのぼって1938年のウィーンフィルとの有名なライブも聴いてみました。もちろん、モノラルですし、さすがに戦前の音源ですから音質はかなり悪いけど我慢できるレベル。

この時点では、マーラーは亡くなって27年で、まだほとんどの演奏者・聴衆にとって身近な実在の有名人。当然、ウィーンフィルには実際にマーラーの指揮で演奏した、あるいは第9番初演時のメンバーは多数いたと思います。

演奏は・・・なるほど、歴史的名盤との評価のある録音ですから悪いわけはない。風通しの良いマーラーという印象です。演奏時間は、バーンスタインは90分、アバドは85分くらいですが、61年の演奏は全体で80分の快速でしたが、38年だと約70分と超特急。

第3楽章は早めできりっとした感じですが、第1、第4楽章がやたらと早く、第2楽章はそれに対してゆっくり(それでも61年より早い)で、全体のテンポが似たような感じです。

昔の録音は、技術的な制約上、長時間録音が難しかったことがあり、全体的に早めのテンポ設定はしょうがない。ワルター自身は、38年の録音には満足していなかった節がありますが、ライブとしての熱気みたいなものと9番の骨格をしっかりと浮き彫りにした演奏という感じがしました。

2019年11月16日土曜日

大嘗祭


現在は、勤労感謝の日として国民の祝日となっていますが、もともとの由来は、天皇がその年の収穫に感謝する新嘗祭です。天皇が新たに即位した年の新嘗祭は、特に重視され、呼び名も大嘗祭として盛大に行われてきました。

今年即位した第126代、令和天皇となる、徳仁天皇による大嘗祭は皇居内に設営された大嘗宮において11月14日夕方から始まり、15日未明に無事に終了しました。

5月の即位から始まった、様々な新天皇の一連の行事はこれでほぼ終了し、天皇・皇后両陛下は、日常的な業務に戻られることになります。

天皇制そのものから、これらの一連の行事に対して、賛否両論のさまざまな意見が出ていますが、自分の立場からは一市民として「そのまま受け入れる」しかないことだと思っています。

日本という国の成り立ちからして、天皇が根幹にあることは動かしようがない事実であって、日本国民として生きていく上では天皇制は絶対条件のようなもので、いろいろな思惑を超えたところにある。

戦後、象徴天皇という難しい立場にあって、少なくも平成天皇は国民に寄り添う形を切り開くことに成功したと思います。徳仁天皇も、引き続き国民と共にあることを願います。