2023年7月31日月曜日

容疑者Xの献身 (2008)

2007年に大人気となったフジテレビのドラマ「ガリレオ」の映画化第1弾。原作は、東野圭吾のシリーズで、特にこのタイトルはミステリー大賞だけでなく直木賞も受賞しています。映画も日本アカデミー賞で優秀作品賞などを獲得しました。


テレビ・シリーズのキャストがそのまま出演し、堅物の天才物理学者の湯川学は福山雅治、湯川にアドバイスを受ける貝塚北署の内海薫刑事に柴崎コウ、内海の上司で湯川と大学時代の友人である草薙俊平に北村一輝が演じます。

弁当屋を営む花岡靖子(松雪泰子)は、娘の美里(金澤美穂)と二人暮らし。ある日、金を無心して付きまとう元夫の富樫(長塚圭史)がやって来る。暴力に耐えかねた靖子と美里は二人で富樫を殺してしまいますが、アパートの隣人の石神が怒鳴り声と物音に気がつき様子を見に行くのでした。石神は物静かで見た目にはうだつが上がらない高校の数学教師で、毎朝靖子の弁当を買うのが日課です。

翌日、富樫の遺体が河川敷で発見され、草薙と内海は交友関係から靖子のアパートを訪ねます。アリバイを聞かれた靖子は、石神の指示通りに映画館にいたと話ますが、草薙はどこかに違和感を感じるのでした。草薙と内海は湯川のもとを訪ねますが、湯川はアリバイ崩しには物理学とは無関係とまったく興味を示さない。ところが、隣人の石神の名前を出した途端、湯川は「大学の同期で、天才と言えるのは彼だけだ」と言うのです。

湯川は石神のアパートを訪れ旧交を温め、石神が変わらず天才であることを確認します。湯川は「答えが必ずある数学の問題は、作る側と解く側ではどちらの方が難しいのか」と問いかけるのでした。

石神が用意したいろいろな証拠に警察は違う方向へ導かれていく中、湯川は石神が事件の隠蔽に協力していることを確信し、二人は吹雪の白馬に登るのでした。石神は「この問題は解いても誰も幸せにならないんだよ」と語る。山から戻ると、石神は自分が事件のすべての犯人であり、花岡親子はまったく無関係だと自首して来たのです。

連続ドラマの翌年に、プロローグ的なスペシャル・ドラマ「ガリレオΦ」が放送され、若き日の湯川(三浦春馬)と石神の出会いなども描かれました。もちろん、映画は単独でもちろん楽しめるようにできています。映画では、ドラマの時とはだいぶ雰囲気が異なり、湯川のお馴染みの決め台詞はなくて、推理ドラマというよりは全体に重苦しい人間ドラマになっています。

事件の推移はアリバイ崩しが中心ですから、湯川の得意な物理学的な考証は本来必要がありません。ですから、湯川がいつもなら興味が無い人間関係の中で苦悩する姿が、一番本作のメイン・テーマになっているのです。

堤真一の石神がかっこよすぎるという批評も見受けられますが、実際カッコイイ湯川に対するには、それなりの俳優が必要。堤真一はさすがに名優ですから、ずっと猫背のいかにもうらぶれた感がぴったりです。最後の最後に、すべての謎があきらかになりますが、十分に動機に説得力が生じるのも堤の演技の賜物です。


2023年7月30日日曜日

セブンのおにぎり 5


セブンイレブンの新作おにぎり・・・・シリーズ化してきた雰囲気がありますが、今回は第3弾。

タイトルは「みらいデリ ツナマヨネーズ」となっています。

みらいデリって何? というところから始まるわけですが、普通に考えて「未来のデリカッセン」でしょうね。

じゃあ、何が未来なのか? 未来の食事ではなくて、「未来に向けた取り組み」としてSDGs、つまり「持続可能な原料調達を目指し生まれた新たな商品」とセブンイレブンが唱えています。

近い将来に食品産業では、「食料自給率の低下」、「生産者の減少」、「世界的なタンバク質不足」などが懸念されていて、ツナマヨのおにぎりは定番の一つですが、原材料となるマグロが資源として不安視されています。

そこでツナのかわりにえんどう豆を利用したのがこれ。えんどう豆は、工場で季節・天候に左右されずに安定供給可能な良質なタンパク質だそうです。

代替食品として定着できるかどうかは、調理した時の味と食感にかかっています。さて、このおにぎりはどうでしょうか・・・・まったく何の違和感もありません。オリジナルより美味しいわけではありませんが、不味いわけでもない。

えんどう豆も細かいし、もともとマヨネーズの味が強いので、少なくとも本物と間違えても不思議がないくらいの完成度だと思います。いきなり塊状のものを試すより、代替品初心者にはとっつきやすいと思いました。

2023年7月29日土曜日

富士山頂 (1970)

原作は、山の小説と言えばこの人、新田次郎。これを石原裕次郎の石原プロモーションが映画化しました。映画は映画館で見る物という裕次郎の遺志を守り、テレビで1回放映された(2009年)だけで、メディアとして発売されたのは2013年でした。

昭和の人間としては、富士山の山頂に球体の気象レーダーがあるのはごく普通の事でした。晴れた日は、球体のドームが太陽光を反射したため東京からでもわずかに見えたものです。

もともと昭和11年に、気象庁は富士山山頂の最も高い剣が峰に測候所を設置していました。しかし、昭和34年の伊勢湾台風による被害の大きさから、新たに高精度のレーダーを富士山に建設することを発案し、やっと昭和37年に計画が動き始めます。

運用が開始されたのは昭和39年のことで、平成11年に気象衛星の台頭により役目を終え、平成13年に富士吉田市内に記念館として移設されました。標高3776m、日本で一番高い富士山の山頂にレーダーを設置すると言うのは、当然難工事であり、大変な苦労があったことは容易に想像できます。

監督は村野鉄太郎、製作には当然石原裕次郎が名を連ね、音楽は黛敏郎が担当しました。予算が通ったところから運用開始までを、小説では気象庁の葛木中心に展開する物語ですが、映画では実際に工事を請け負った三菱電機の梅原が主人公に変更されて描かれています。

昭和38年度予算として富士山レーダーが通過すると、気象庁の葛木(芦田伸介)は、工事の入札に向けて説明会を行います。その場で、三菱電機の技術者、梅原(石原裕次郎)は地盤調査などの基礎データが無いことを指摘し、自ら競合他社にも結果を知らせる条件付きで調査のために富士山に登りますが、寒さと薄い酸素に苦しむのでした。

工事ができるのは昭和38年と昭和39年の夏の間のそれぞれ2か月間だけで、しかも天候が不安定な山頂では実質的に工事が可能なのはその半分程度という厳しい条件に、他社は入札から下りてしまい、結局三菱電機と大成建設が一括して引き受けることになりました。

昭和38年、雪解けとともに荷揚げ作業が始まりました。測候所建設の例にならって、五合目までトラック、7合目まで馬、それ以上は人力が頼りですが、馬方組合長の村上(勝新太郎)は、伝統ある馬を捨て新たにブルトーザーを導入して作業の効率化を図るのでした。

しかし、工事が始まると、大成建設の伊石昇(山﨑努)がどんなに説得しても、辛い現場に作業員たちが全員音を上げて去ってしまいました。そこで、村上は麓の町から若者を募り、作業が再開されました。そして工程の遅れの中雪が舞い落ちる時期になり、工事はいったん休止することになります。

昭和39年の工事再開により、一番の問題はレーダーを保護しカバーするドームの運搬でした。梅原は朝日ヘリコプターに相談します。ドームの骨格は600kgほどもあり、山頂付近は乱気流が発生しやすいためかなり危険を伴いますが、パイロットの加田雄平(渡哲也)はそれを承知で引き受けました。加田は連日待機し、気象条件が整ったタイミングを逃さず、ドームを山頂に運ぶことに成功します。

工事はほぼ終了し、梅原は電波試験と認可を待つだけとなりましたが、ちょうどそこへ台風が接近し、認可前でしたが葛木は稼働を許可します。レーダーはしっかりと台風の動きをキャッチし、また予想以上の100m/秒の風速にもドームは耐えることが実証されたのでした。

石原、渡は当然としても、昭和の名優たちがこぞって出演しているのは驚かされます。主要キャスト以外に、佐藤允、中谷一郎、市原悦子、星百合子、東野英治郎、神山繁、加藤武、田中邦衛、鈴木端穂、宇野重吉などなど。若き日の古谷一行、浜田光夫、露口茂らも登場します。

実際に富士山中心にロケが行われ、映画のためにもう一度レーダードーム建設を再現しているところは石原プロの意気込みがよく表れています。この仕事がどれだけ難工事であったかがよく理解できるし、それを映画として残した石原裕次郎の偉大さが偲ばれます。

ただし、ストーリーとしては起伏が少なくドラマ性はやや下がる。この頃の映画としては標準的なスターをしっかり映すという絵作りのせいで、表情だけをとらえた長めのショットが多く冗漫な印象は拭えません。また、ドーム完成、実用化成功で終わればめでたい雰囲気で締めくくれるのに、実は最後に葛木が独断采配の責任を取って左遷させられるところで終了というのも切ない。

いずれにしても、日本の高度経済成長のシンボルの一つとして、富士山レーダーは長く記憶に残るものであると思いますので、映画として記録されたことはたいへん意義深いと思います。ちなみにこのプロジェクトの実際の気象庁の中心人物は、気象庁観測部測器課補佐官であった藤原寛人で、実は「新田次郎」その人です。

2023年7月28日金曜日

K2 / 愛と友情のザイル (1991)

逆三角形に突き出たインドの国土の最北部と中国の西方最深部にあるのがカラコルム山脈。その東南に位置し、中国(チベット)とネパールの国境を形成しているのがヒマラヤ山脈です。この地域は、太古の昔、ユーラシア大陸にインド大陸がプレート移動で衝突し盛り上がったために、「世界の屋根」と呼ばれる地球上で最も標高の高い地域となったと言われています。


世界に標高8000mを超える山は14座あり、それらはすべてカラコルム~ヒマラヤ山脈に存在します。一番西から東に名前をあげていくと、

1 ナンガパルバット (8126m)
 初登頂 1953年、登頂者数---人、死亡率20.3%
2 K2 (8611m)
 初登頂 1954年、登頂者数306人、死亡率26.5%
3 ブロードピーク (8047m) K3
 初登頂 1957年、登頂者数---人、死亡率5.2%
4 ガッシャブルムII峰 (8035m) K4
 初登頂 1956年、登頂者数---人、死亡率2.3%
5 ガッシャブルムI峰 (8068m) K5
 初登頂 1958年、登頂者数---人、死亡率8.7%
6 ダウラギリ (8167m)
 初登頂 1960年、登頂者数---人、死亡率15.4%
7 アンナプルナ (8091m)
 初登頂 1950年、登頂者数191人、死亡率31.9%
8 マナスル (8163m)
 初登頂 1956年、登頂者数---人、死亡率9.8%
9 シシャパンマ (8027m)
 初登頂 1964年、登頂者数---人、死亡率8.3%
10 チョオユー (8201m)
 初登頂 1954年、登頂者数3000人以上、死亡率1.4%
11 エベレスト (8848m)
 初登頂 1953年、登頂者数5600人以上、死亡率3.9%
12 ローツェ (8516m) 別名エベレスト南峰
 初登頂 1956年、登頂者数---人、死亡率2.8%
13 マカルー (8463m)
 初登頂 1955年、登頂者数---人、死亡率8.6%
14 カンチェンジュンガ (8586m)
 初登頂 1955年、登頂者数---人、死亡率14.1%

この中で、特に気になるのは、通常の呼び名が無いK2です。Kはイギリス統治時代のインド測量局が19世紀後半につけたカラコルム測量番号というもので、K2は第2号ということ。死亡率ではアンナプルナが上回りますが、K2も登山者の4人に1人が亡くなっており、14座の中でも屈指の難易度を誇ると言えます。

かなり奥地の秘境にあり、パキスタン側からしか登れませんが、それでも急峻な斜面と頻発する雪崩の危険が高く、頂上に立っても下山中に死亡するケースも多い。一度に10人以上の大量遭難も度々起きています。

この映画は、K2を舞台にしているフィクションですが、テーマは性格が対照的な主人公二人の友情であり、あくまでも登山はその背景というところ。監督はフランク・ロッダム、パトリック・マイヤーズの戯曲が原作で、マイヤーズは脚本にも参加しています。

テイラー・ブルックス(マイレル・ビーン)は弁護士で、基本的に好きなことを好きなようにやるタイプ。一方、学者のハロルド・ジェームソン(マット・クレイヴン)は、愛する妻と生まれて間もない息子がいて、家庭を大事にしている。テイラーとハロルドは、登山という共通の目標があり、二人で何度も山に挑戦をする絆で結ばれています。

次の目標に向けて二人がアラスカの岩壁でトレーニングをしていると、登山家として有名なフィリップ・クレイボーン(レイモンド・バリー)らのチームと遭遇。偶然発生した雪崩にクレイボーンのチームは巻き込まれますが、テイラーとハロルドによって、クレイボーン、ダラス(ルカ・バーコヴィッチ)、タカネ(藤岡弘)、ジャッキー(パトリシア・シャーボノー)は助け出されます。

しかし、チームの二人を失ったクレイボーンの目的がK2登頂であることを知ったテイラーは、欠員の補充に自らを売り込み、ハロルドも妻の反対を押し切って参加することになります。しかし、チームとしての和を軽んじるテイラーとダラスは衝突するのでした。

ベース・キャンプからさらに登る途中、クレイボーンは高山病を発症し、しかたがなくジャッキーに連れられてキャンプに戻る。クレイボーンはダラスとダラスが選んだ者に頂上アタックを託すのです。テイラーは自分を連れて行けとダラスに迫りますが、ダラスはタカネを連れて行きました。

残された二人は険悪なムードになる。ハロルドは、自分を置いて一人でダラスについていこうとしたテイラーを非難するのです。そこへ、瀕死のタカネが戻ってきてダラスが死んだと言い残して息を引き取ります。テイラーとハロルドは、あらためて頂上を目指して出発し、山頂に到着することに成功しました。

しかし、下山の途中で天候が悪化してきて、二人は氷壁を滑落してしまい、ハロルドは下肢を骨折して動けなくなってしまうのです。ハロルドは、自分を置いてテイラーだけでも生還してくれと強く頼みます。一度は一人で下山し始めたテイラーでしたが、途中でダラスの遺体を発見し、ダラスのロープや装備品を貰ってハロルドの元に戻るのでした。

この映画の日本での権利はとっくに消滅しているらしく、今では英語版のDVDしか手に入りません。ただ、ネットは便利な物で、映像そのものはストリーミングで見れたりします。また、字幕も英語の物は手に入るので、何とか内容は理解できるというもの。

仮面ライダーの藤岡弘が出てくるのも興味深いのですが、台詞はほとんどありませんし、画面の中心に映るのも最後の死ぬところだけ。すでに「ターミネーター」や「エイリアン2」で人気者だったマイケル・ビーンの、利己的ですが目一杯明るいキャラが目立ちまくっています。

テイラーは、初めはハロルドに「愛は高くつくからいらない(束縛される)」と言い切っていましたが、ハロルドが自分を捨てて助かれと言うと、友を死なせた残りの人生なんて意味が無く、実は自分もハロルドのように愛を手に入れたいということを悟るのです。公開時のキャッチフレーズは「エゴで登り愛で下りる」だったそうで、まさにそういう人間ドラマがうまく積み上げられている感じです。

登山のシーンも、かなり本格的で登山愛好家の人たちからも、高く評価されています。ヒマラヤでのロケが入り、かなり実際に近い映像が素晴らしい。とは言え、さすがにK2に登るわけにはいかないので、雪山のシーンはカナディアン・ロッキーの山中で撮影されています。

2023年7月27日木曜日

エベレスト (2015)

商業登山という言葉があります。正確には公募隊と呼ばれ、各国の登山協会などが適性を考慮して編成する遠征隊と違い、基本的には誰でもお金を出せば応募できるというもの。ベテラン・ガイドによる登山ツアーという色合いが強く、一人ではなかなか準備ができないような高難度の登山でも、時には経験の有無にも関係なく参加することが可能です。


普通の人ではとても払いきれないような高額な費用で、宇宙ロケットや深海探査艇に乗るのも、ある意味性格が似ているところがあります。最近も痛ましい事故がありましたが、普通では見れない光景を見てみたいというのは、大なり小なり誰でも願望としてはもっているものです。

登山に関しては、特に人気なのが世界最高峰のエベレストで、90年代以後、商業登山が急増したため、高地での混雑・渋滞の発生、ゴミ投棄、技量不足などによる様々なトラブルが頻発するようになりました。多くの人に門が開かれた一方で、エベレストではトラブルはすぐに死に直結するだけに、倫理的な問題を含めて議論の的になっています。

エベレストの標高は8848m。8000m以上の高地では、空気中の酸素が地上の1/3となり、普通に人が生存することは不可能で、「デス・ゾーン」と呼ばれています。無酸素登頂に成功する登山家もいますが、一般には酸素ボンベを背負っての登頂が一般的。酸素不足では、軽症では頭痛・疲労・悪心、重症になると肺水腫・脳浮腫を引き起こしただちに下山する必要があります。デス・ゾーンには100体以上の遺体が今でも回収の見込みがないままに放置されており、ある意味登山者のランドマークになっているというのは皮肉なことです。

エヴェレストに登るためには、ネパールか中国のどちらかから入山するわけですが、入山料をそれぞれの政府に払う必要があります。これが百数十万円。ベースキャンプに到着しても、すぐに登るわけではなく、薄い酸素に体を順応させるため試験的な登山を繰り返し、1か月ほどをキャンプで過ごすことになり、この費用が数百万円です。天候の状況によって出発し、第2、第3、第4キャンプを経ていよいよ頂上にアタックとなりますが、もちろん登頂が保証されているわけではありません。

ネパール政府などに払われる公的な費用は公募隊の参加費に含まれ、全部で600~800万円が必要。その他に、個人の装備は高地用の特殊なものが必要となるので、上着、靴、寝袋、テントなど、下手をすると数百万円かかるらしい。一般人でも公募隊に参加してエヴェレストに登れるとは言っても、約1千万円くらいは必要ということ。

エヴェレスト登山史が始まった1922年以降、約100年間で295人が亡くなり、死亡率は3.5%です。ただし商業登山が始まった以降では、死亡率は約1%。登頂成功率は、時代と共に増加し最近では約2/3と言われています。装備品の進歩、登山ルートの開拓・整備などともに、成功率増大に大きく寄与しているのが気象情報の詳細・正確性が格段と改善したことが挙げられます。気象情報が良くなったきっかけの一つになったのが、1996年の商業登山による大量遭難事件と言われています。

1996年5月、ニュージーランドの「アドベンチャー・コンサルタンツ(AC隊、現在でも活動しています)」は公募で集まった人々とエベレスト登頂を目指し、カトマンズに到着します。リーダーのAC隊のガイドはも出産間近の妻を残してきたロブ・ホールで、他にマイク・グルーム、アンディ・ハリス、アン・ドルジェがスタッフとして引率します。顧客は妻の反対を押し切ってやってきたベック・ウェザース、昨年登頂失敗したダグ・ハンセン、取材のために参加したジャーナリストのジョン・クラカワー、7大陸最高峰登頂の最後の仕上げとして参加した難波康子らの8名。

同時に出発を予定してる隊が多すぎるため、ロブ・ホールは、友人のマウンテン・マッドネス隊(MM隊)を率いるスコット・フィッシャーに協力を要請。5月10日、第4キャンプを出発し山頂を目指すも、ダグ・ハンセンは咳き込み遅れ気味で、ベック・ウェザースは視力障碍により途中で動けなくなります。スコット・フィッシャーも、遅れる顧客の世話で疲労がたまり体調を崩していました。

登頂成功後、難波康子はMM隊のガイドと下山、ロブ・ホールはダグ・ハウセンを何とか山頂に導きますが、トラブルの代償は時間の浪費と酸素の枯渇でした。そこに天候が激変しブリザードが発生したため、結果としてホール、ハリス、ハンセン、難波、フィッシャーが死亡します。自力で生還したのはほとんどが途中で断念した者たちで、頂上付近まで到達していた者は、大なり小なり高山病と凍傷により大きなダメージを受けたのでした。

本作は、この遭難事件をできるだけ事実に基づいて映画として組み立てた物。公開当時、流行った3D仕様で作られ、その臨場感はかなりあったと評判です。アメリカとイギリスの合作で、監督はバルタザール・コルマウクルという人。映画ですから、それなりにドラマチックな脚色はあるとは思いますが、結末の悲劇がわかっているストーリーですから、話の展開よりも、それぞれが何故山に登るのか、そしてエヴェレストが本来人を受け入れる場所では無いことを伝えようとしている映画です。

主な出演者は、ジェイソン・クラーク(ホール役)、ジョシュ・ブローリン(ウェザース役、父親はジェームズ・ブローリン)、エミリー・ワトソン(ベース・キャンプ・マネージャー役)、森尚子(難波役)、ジェイク・ギレンホール(フィッシャー役)、キーラ・ナイトレイ(ホールの妻役)などです。ハリウッド映画としては、決定的な人気俳優がいないのは寂しいところですが、ほぼノンフィクションということを考えると許せるところ。

ロケはエベレストはもちろん、イタリアの高地(標高5000m)で行われ、その映像美はただものではない。しかし、さすがにヘリコプターも到達できない山頂のシーンなどは、セットを組んでのCG合成です。それでも、本当にその場にいるかのような臨場感はなかなかのもの。

ただし、山に魅せられた人々の業みたいなものの一端が垣間見えるところは評価できますが、主役は人間を寄せ付けたくないと思っているエベレストなので、人間ドラマとしては今一つ弱い感じはします。とはいえ、エベレストという最も神の領域に近い場所を知るための映画としては、十分に評価できる作品だと感じました。

2023年7月26日水曜日

アイガー・サンクション (1975)

アイガー北壁を舞台にした、クリント・イーストウッドのスパイ・アクション映画。最近レヴューしていますが、アイガーについてちょっと知識を仕入れたので再度登場。

もともとは、イーストウッドの「師匠」であるドン・シーゲルに監督を依頼したものの断られ、イーストウッドが自ら監督することになったらしい。サンクション(sanction)は「制裁」という意味で、ここでは「殺し」のこと。

美術を教える大学教授、ジョナサン・ヘムロック(クリント・イーストウッド)は、かつてアメリカの諜報機関の殺し屋として働いていました。チューリッヒで、旧友のアンリが敵から殺されマイクロ・フィルムを奪われたため、ボスは再びヘムロックを担ぎ出すため美人のジェマイマ(ヴォネッタ・マギー)を使い罠にかけます。

アンリを殺害した相手は、アイガー北壁登山チームの中にいるらしいことはわかっていますが、誰なのかは特定できないでいました。これまでに2度北壁に挑戦し失敗しているヘムロックは、昔の登山仲間、ベン・ボウマン(ジョージ・ケネディ)の再開し登山のための訓練を依頼します。

北壁登攀チームは、隊長を志願する自信家のフレイタッグ(ライナー・ショーン)、山の事しか頭にないアンドレ・マイヤー(マイケル・グリム)、そして若い妻の気を惹くために登山を続けるジャン=ポール・モンテーニュ(ジャン=ピエール・ベルナルド)、そしてベンも基地の世話役として現地に入ります。

北壁登攀は順調に進んでいるように見え、ヘムロックも3人との会話から手がかりを探ろうとします。麓のホテルではジェマイマも見守っていましたが、ボスの連絡係からこの作戦が偽物であることを知らされます。ボスは偽の情報を敵に渡すため、アンリを殺されるように仕向け、情報が本物だと信じさせるためにヘムロックに架空の犯人を追わせていたのでした。

先に上ることしか頭にないフレイタッグの足元から、岩が崩れ落石が発生。運悪くモンテーニュを直撃し、モンテーニュは死亡します。こうなると登攀を中止するしかなく、経験があるヘムロックが呆然とするだけのフレイタッグに代わって指揮を執ることになりました。

しかし、天候が急速に悪化し、岩壁が氷に覆われ下山も難航。マイヤーが滑落し、ザイルに引っ張られてモンテーニュの遺体とフレイタッグも滑落していくのでした。ヘムロックも落ちますが、かろうじて寸前に打ち込んだピトンにかけたザイルによって宙吊りとなってしまいます。

最初に見たのはテレビの洋画劇場で、10代の頃。登山の様子を麓のホテルから望遠鏡で見れるというのが何か不可解でした。さらに、登山鉄道の坑道の開いたところにイーストウッドがぶら下がっているというのも、難攻不落の山に挑むという雰囲気にそぐわない感じがして不思議でした。

しかし、アイガーという山の特徴を調べてみると、なるほどと納得です。普通は登山家は登攀途中を仲間以外に見られることはないわけで、あくまでも登頂は自分のため。ところが、アイガー北壁は、困難が伴うだけでなく、ずっと第三者に見られているという「劇場型」の登山というところが特異的だということ。

この映画の北壁挑戦は、1936年の北壁での悲劇をかなり参考にしていることに気がつきました。上るのが4人で、一人が落石で怪我をして動けなくなる。3人が滑落し、1人がロープで宙吊りになってしまう。そして坑道から救助しようとするなど、まさに史実をなぞるかのようです。

この映画では、当然CGが使われる時代よりも前ですから、クライミング・シーンは俳優が実際に行っています。しかも、イーストウッドの顔が識別できない部分はわずかで、おそらくほぼ全てを自らやっていると思われます。ほとんどが、実際のアイガーで撮影されたということで、相当大変なことになったようです。

ただし、映画としては諜報機関の設定もこども騙しみたいな嘘っぽいところがあるし、あらすじに紹介しませんでしたが、旧敵メロー(ジャック・キャシディ)との絡みも何だか意味不明みたいなところがあって、どうも脚本がこなれているとは言い難いところがあります。どやら原作者が脚本チームに入っているので、そこに問題があるのかもしれません。

前半がベンのもとでのトレーニング、後半がアイガー北壁挑戦とはっきり分割されますが、スパイ・アクションとしては、パーティに敵がいてこそスリルが生まれるのに、映画を見ている側にはあっさりと敵が混ざっていないことをばらしてしまうので、単なる登山映画になってしまったのは残念。

イーストウッドの熱烈なファン(自分みたいな)には、それなりに見所があるし、この映画しか見られないイーストウッドを楽しめるというところですが、普通の映画好きにはあまりお勧めできないかもしれません。

2023年7月25日火曜日

アイガー北壁 (2008)

登山家が目指す山々はいろいろありますが、スイスのアイガーもその一つ。標高は3970mですが、有名にしたのはその北側の切り立つ1800mの断崖絶壁です。雪と氷に覆われた北壁の登攀は困難を極め、1934年以来多くの挑戦を拒み、多くの死者を出しています。近年は、登山道具の進歩もあり、3時間以内での登攀成功者も出現していますが、戦前は半日以上かかるのが当たり前と考えられていました。

アイガーの山中には、20世紀初頭に建設されたユングフラウ鉄道のトンネルが貫通しています。トンネルの途中、アイガーヴァント駅では絶壁の中ほどに位置した展望所が設けられています。また、トンネル内の掘削した土砂を捨てるための横坑道が壁面に開通しています。またアイガーの特殊なところは、麓の村から北壁全体が一望にできるところで、登山者がいるとホテルは見物客で溢れかえるのです。

この映画は、1936年に実際に起こった悲劇をもとに作られたドイツ映画です。監督はフィリップ・シュテルツルという人で、詳細は不明。しかし、山岳映画としては、登山をする人だけでなく映画好きにも大変高い評価を受けています。

1934年、ベックとレーヴィンガーが初挑戦で、二人とも滑落死。1935年、メーリンガーとゼドゥルマイヤーが凍死。そして、ヒットラー率いるナチス・ドイツは国威高揚のため1936年のベルリン・オリンピックで、北壁初登頂成功者に金メダルを送ることにします。

1936年7月、ドイツのトニー・クルツ(ベンノ・フユルマン)とアンドレアス、ヒンターシュトイサー(フロリアン・ルーカス)、そしてオーストリアのエドゥアルド・ライナー(ゲオルク・フリードリヒ)、ヴィリー・アンゲラー(ジーモン・シュヴァルツ)は、それぞれ麓の町で登攀準備を開始します。トニーとアンドレアスとは幼馴染のルイーゼ・フェルトナー(ヨハンナ・ヴォカレク)は新聞記者として、その場に取材に訪れていました。

7月18日未明、これまでの登山の記録を詳細に書き溜めたノートをルイーゼに託し、トニーとアンドレアスは月明かりを頼りに登攀を開始しました。気がついたオーストリア隊の二人も後を追いかけます。しかし、間隔をあけていなかったオーストリアのヴィリーは落石で負傷してしまいました。

半ばを過ぎた頃には日が暮れ、彼らはビバーク(野営)します。翌朝、再び登攀を再開しますがガスが深く視界は不良。麓からも、彼らを確認することはできません。途中から協力して登攀していた4人でしたが、ケガの影響でヴィリーは次第に動けなくなり3300m地点で再びビバークせざるを得なくなります。

そして、彼らは登攀を断念し下山を開始しますが、天候が悪化し、動けないヴィリーを連れての下山ははかどるはずもなく、3100m地点で3回目のビバーク。そして7月21日、一向に回復しない吹雪の中、彼らを落石まじりの雪崩が襲い、エドゥアルドは即死、アンドレアスとヴィリーは宙づりになってしまいます。そして、アンドレアスはトニーを助けるために自らザイルを切りヴィリー共々落ちて行ってしまうのでした。

もちろん、結末はすでに史実としてはっきりしていて、アイガー登攀史上最悪の悲劇として名を残しています。北壁からの初登頂は1938年に成功したというテキストが表示されて、映画はエンドロールとなります。

ハッピーエンドではなく、重苦しい余韻を残しますが、危険を承知で山に挑戦する人々をダイレクトに表現していて、何か圧倒的な熱量を感じることが出来る映画です。

21世紀のドイツの映画は、過去の失敗を正当化したり華美な脚色することなく、しっかり事実を伝えようとする姿勢があるように思いますし、この映画もそのような作品と言えそうです。

2023年7月24日月曜日

山 (1956)

タイトルは、そのものずばり「The Mountain」です。監督は「ケイン号の叛乱(1954)」のエドワード・ドミトリク。たぶん小学生の時にテレビの洋画劇場で見て、映画のジャンルとして山岳物が好きになった最初の作品です。

山の麓の村で牧畜をしている中年のザガリー(スペンサー・トレイシー)は、山の唯一の単独登頂を成し遂げた山岳ガイドでしたが、10年前に案内していた登山客が墜落死してから、「山から嫌われた」という理由で山に入ることを辞めてしまいました。ザガリーが親代わりに育てた歳の離れた弟のクリス(ロバート・ワグナー)は、血気盛んな若者で貧乏が嫌で兄と対立します。

冬が近い時期、山の頂上にインドからの旅客機が墜落します。当局は、早速救援隊を組織して、地形的に登りやすい北側から山に入りますが、案内をしていたザガリーの友人が事故で亡くなり、登頂を断念しました。

クリスは乗客の金品を手に入れればこんな暮らしから離れられると考え、雪の少ない南側岩壁から山に入ると言います。当然、ザガリーは大反対しますが、単独でも行くと言い張る山に未熟なクリスに押し切られてしまうのでした。

二人はそそり立つ絶壁を必死に登っていきますが、クリスはあまりの困難さに音を上げてしまいます。しかし、ザガリーはいつのまにか、忘れていた山を制覇することに夢中になっていました。ついに事故機を発見したクリスは夢中になって金品を漁り、ザガリーはその姿を呆然と見ているしかありませんでした。

しかし、誰もいないと思われていた生存者を発見します。ザガリーは生存者を連れて帰ることにしますが、悪行が知られることを怖れるクリスは生存者の首を絞めようとします。ザガリーはクリスを殴り倒し、生存者を即席のソリに載せて下山を始めました。

途中でクレパスの雪橋で、ザガリーに追いついたクリスは、ザガリーが止めるのを聞かずに渡り始め、崩れた雪橋と共に深いクレパスに落下してしまいます。村にたどり着いたザガリーは、自分が金に目が眩み弟を無理やり連れていったが、弟は死んだと必死に説明するのです。しかし、誰もザガリーの嘘を信じることはありませんでした。

この映画にはモデルとなった実話があります、1950年、インド航空の旅客機が、アルプスのモンブランに墜落し48名が亡くなった事故があり、2013年に付近の氷河から大量を宝飾品が発見されたというニュースがありました。事故を基にフランスのアンリ・トロワイヤが著した小説をヒントにしています。

50年代の登山ですから、今から考えるとロープ、ピトン(岩の割れ目に打ち込む道具)、カラビナ、ピッケル程度の道具しか使わず絶壁を上るというのは無謀に思えるのはしょうがない。それでも、スタントが入っているとは思いますが、クライミングはなかなか見応えがあります。セットでの撮影もあるとは思いますが、遠景で雲が流れていること、明らかな合成っぽさが感じられないことからも、それなりの岩壁で撮影されているものと思います。

名優スペンサー・トレイシーは、50代半ばでクライマーとしては多少無理な設定のように思いますが、勤勉実直なザガリーという人物としてはまさに的を得たキャスティング。どんなに悪い事を企む弟でも家族として守り切ろうとし、登り始めれば山男としての本能が目覚める男は、トレイシーの持つ雰囲気があってこそ伝わって来るというものです。

ロバート・ワグナーの出世作であるテレビ・シリーズ「スパイのライセンス」は1968~1970年(日本では1969~1971年)ですから、この映画ではまだまだ駆け出しの20代半ば。イケメンの優男ですが、金が欲しくて仕方がない、無理やり登り始めますがあまりの辛さに下山したくなるというどうしようもない男を演じます。

映画の中で背景に見える山々は、モンブランも含まれるシャモニーの景観。明確にはなっていませんが、アルプスが舞台ということ。おそらく、これが当時なリアルな登山であったのかと思わせますし、登山家の心情も見えてくる秀作です。

2023年7月23日日曜日

梅雨明け


昨日、気象庁が関東地方の梅雨明けを発表しました。

平年より3日遅いのだそうで、今年の梅雨は長かった・・・・って、確かに今週は数回、わずかな降雨がありましたが、それぞれがかなり狭い範囲に限定した短時間のものでしたからね。

ほぼ、この2週間は雨らしい雨はありません。横浜の降水量を調べてみると、5月の合計が220.5mm、6月だと333.0mmだったのに対して、7月は昨日までで31.0mmしかありません。

雨が降る降らないに限れば、実質的に7月12日前後の梅雨明けと言ってかまわない状況だと思いますし、そのあたりから体温を上回る熱波が始まっています。となると、平年よりも1週間くらい早い梅雨明けというのが、感覚的には納得できる。

そもそも、梅雨明けの基準は何?

梅雨明けは、曇りや雨の多い時期から、晴れが多い時期への「移り変わり期間(5日間)」の中間の日としているらしい。今年は雨が降りそう、梅雨前線がまだあるということで、ずるずるとここまで延びたようです。

まあ、どうでもいいですが、こどもたちは夏休みが始まりました。すでに各地で、痛ましい水難事故が多発していますし、熱中症のニュースも連日耳にしますので、くれぐれも安心・安全に夏を楽しみましょう。

2023年7月22日土曜日

北海道ラーメン きむら 初代 @ たまプラーザ


ラーメンと言えば、ここ。いつもの初代に、昨年末以来に訪問。

今回、気がついたのは、今まで現金券売機だったのが、クレジットや各種カード払いが可能なシステムが導入されていたこと。時代ですねえ~

それはさておき、この店は売りは「味噌」で、一番のお勧めは辛味噌なんですが、辛いと言っても、普通の味噌ラーメンに最初から七味を入れておいてくれたくらいで、こどもでも平気な程度。

前回は、表面が真っ赤に染まる激辛の鉄火麺に挑戦。何とか美味しさを保ちつつ汗だくになる辛さなので、激辛好きの人からすれば、ほんの序の口かもしれません。でも、ここで止めている節度を評価したい。

今回は、担々麺。あれっ、担々麺はいつからあったんだろう。最近追加されたのかもしれません。担々麺も好きですから、気がつけば食べないわけにいきません。

トッピングは定番。挽肉そぼろ、青梗菜、長ネギ、メンマ。見た目は特徴的な感じはしません。色はやや赤い濃い目かな。

まずスープを一口。濃いめの色の正体は、どうゆやら味噌らしい。イメージしていた担々麺より、明らかに味噌味感があります。さすがは初代。

そこへ芝麻醤が、かなり多めに入っている感じ。スープのドロっとした感じはトップクラスではないかと思います。

辛さはけっこう強い。担々麺としては、こちらもトップクラス。辛味噌よりも辛く、鉄火麺ほどではないにしても、それに迫る辛さかもしれません。

・・・と書いていたら、6年前にすでに食べていたのに気がつきました。何ともお恥ずかしいしだいです。まぁ、その時も高評価なので良しとします。

2023年7月21日金曜日

自宅居酒屋 #73 チキンシュニッツェル


正しくはチキンシュニッツェル風なんですが、鶏ムネ肉を薄く延ばして焼くだけなんで、火の通りも早くすぐ食べれるのが嬉しい。

チキンシュニッツェルはドイツの定番。最初にムネ肉を、包丁を水平に入れて半分開きます。そしたら、後は棒とかで叩いて出来るだけ薄く延ばします。割れないように注意しながら、瓶でやってもできます。

今回はちょっと小ぶりのムネ肉でしたが、それでも普通の26cmのフライパンにいっぱいまで広がるくらいになりました。厚さは3~4mmくらいでしょうか。

軽く塩コショウをふったら、全体に小麦粉をまぶす。あとはフライパンで焼くだけ。本格的なシュニッツェルでは、小麦粉を振ったら卵液にくぐらせパン粉をつけて、いわゆるカツレツにするようですが、カロリーが気になるので省略しました。

味付けは各自でいろいろ変えてもOK。醤油、にんにく、生姜などを使って唐揚げ風にするのもありです。

両面が焦げれば出来上がりで、両面を数分間焼けばいいのでお待たせしません。

2023年7月20日木曜日

ホワイトアウト (2009)

南極を舞台にして、南極で初めて殺人事件が起こるというサスペンス映画。監督は「ソードフィッシュ」のドミニク・セナ、主演が「アンダーワールド」のケイト・ベッキンセイルですから、けっこう期待してしまいます。

南極にあるアメリカのアムンゼン基地で、保安官として2年間の勤務を終え3日後に帰ることになっていたキャリー・ステッコ(ケイト・ベッキンセイル)は、氷原に変死体を発見します。身分証から、遺体はアメリカの地質学者、ワイズと判明し、状況から殺されたものと考えられました。ワイスらのキャンプは音信不通で、ロシアのヴォストーク基地からワイズと一緒のキャンプにいたムーニーから、「ここに来ればすべてわかる」と連絡が入ります。


パイロットのデルフィ(コロンバス・ショート)と共にヴォストーク基地に到着したステッコは、ムーニーが殺害されるところに居合わせ、犯人から襲われますが、何とか逃げ延びました。翌朝、あらためて現場に行くと、国連の捜査官と名乗るロバート・プライス(ガブリエル・マクト)に出くわします。

ワイズらのキャンプに行くと、大量の爆薬が準備されていて、地質調査と称して何かを捜索していたことがわかります。三人はその場所に行くと、氷の下に50年前のロシアの飛行機の残骸を発見します。中には、数人の遺体があり、何らかの理由で機内で殺し合いになり墜落したものと推定されました。

ワイズは飛行機が運んでいた物を持ち出し、飛行機で戻る途中で飛行機から突き落とされたのです。アムンゼン基地に戻ると、所長は殺人犯がどこかにいる危険を考え、嵐が迫る基地を閉鎖し全員の退去を決めていました。ステッコの左手の指は凍傷で壊死しているため、医師のフューリー(トム・スケリット)によって切断されます。

飛行記録が消去されていた機のパイロットを探していると、パイロットはムーニーを殺しスコッテを襲った男、ラッセルによって殺害されてしまう。輸送機が飛び立ち、ラッセルも小型機で逃亡しようとしていました。スコッテとプライスは猛吹雪の中、ラッセルと格闘となり倒します。基地に残されたのは、スコッテ、プライス、デルフィ、フューリーの4人となり・・・・

極寒の南極・・・撮影はカナダで行われたようですが、かなり厳しい自然環境の中での映像はなかなかのもの。ストーリーとしては、殺人事件を謎を追いかける警察官の話としてはそれほど目新しい物ではありません。

登場人物の深みを出すために、スコッテの過去のトラウマが、何度かフラッシュバックするのですが、作り手の気持ちはわかるのですが、一度で十分という感じがあります。それより、カットされた映像を見ると、何で突然そうなるのという部分がわかるので、多少編集に難があるように思います。

とりあえず、ケイト・ベッキンセイルのファンには楽しめる映画だと思いますが、魔物とかは出てこないのであしからず。

2023年7月19日水曜日

さぁんじゅうきゅうどお~


昨日です。いや、さすがに摂氏39゚cというのは、人間の生息する地域としては限界としか言いようがない。

アメリカのグランドキャニオンじゃ50゚cとか言ってますが、元々人が住んでいる場所じゃない。

鬼のような暑さで、直射日光に当たって外を歩くなんて命知らずとしか思えません。もう、こうなると、40゚cでも不思議じゃない感じです。

それでも、気象庁はかたくなに梅雨明け宣言をしない。確かに東北では豪雨となって、けっこうな被害が出たりしていますから、簡単に梅雨明けとは言えない諸事情があるのだろうことはいたしかたがないと思います。

ですから、勝手に宣言してしまいましょう・・・梅雨はもう1週間前に明けてます!!

今年の関東地方の梅雨明けは7月10日でどうでしょうか。今後、雨がふったら、それは戻り梅雨ということでいいんじゃないでしょうか。



2023年7月18日火曜日

ホワイトアウト (2000)

雪に閉ざされた、ある意味密室状態の日本最大のダムを舞台にしたクライム・サスペンス。原作は真保裕一、監督は若松節朗。ホワイトアウトとは、吹雪によって周囲の視界が極端に悪くなり、自分の居場所が識別できなくなる状態のこと。

日本最大の貯水量を誇る新潟県奥遠和ダムのスタッフ、富樫輝男(織田裕二)はダムの近くの遭難者の救助に同僚の吉岡和志(石黒賢)と共に向かいます。しかし、猛吹雪の中、ホワイトアウトが発生し吉岡が亡くなりました。

3か月後、吉岡の婚約者、平川千晶(松嶋菜々子)は、吉岡を理解するため奥遠和を訪れますが、そのタイミングでテロリストグループの襲撃を受け、他の運転員らと共に制御室に監禁されてしまいます。テロリストの中心人物は部隊長の宇津木(佐藤浩市)、ブレインの笠原(吹越満)、暴力的な戸塚(橋本さとし)ら。彼らはダムとの交信手段をすべて遮断し、特殊な無線によって50億円を要求してきました。

たまたま外の巡回に出ていた富樫は異変に気付き、ダムに戻りますがテロリストの攻撃に遭い、事態を把握します。吉岡を亡くしたことで、今度は仲間を置いていかないと決意した富樫は、知り尽くした発電所内で密かに戦いを始めるのです。

戦闘訓練を受けたことが無いのに富樫が頑張り過ぎるという批判的な意見も多々あります。映画という限られた時間内で、ヴィジュアルとして富樫の地の利を見せることはそれなりに行われており、映画としての大袈裟感はありつつも必ずしも嘘とまでは言えないところで描いているように思います。

宇津木の仕掛けたトリックは、知った上で見てもちょっとわかりにくい。笠原、戸塚らの会話にヒントがあったりしますが、あまり親切とは言えません。そのあたりも、評価が分かれるポイントになっていそうです。

奥遠和ダムは、原作では奥只見ダムがモデルとなった架空のもの。実際の撮影は黒部ダムが使用され、ロケはかなり過酷だったようです。CMで印象的だった、マシンガンを持つ松嶋菜々子、運転員の高橋一生の若い姿も今となっては見物かもしれません。

2023年7月17日月曜日

バーティカル・リミット (2000)

アメリカ映画らしく、ド派手な山岳アクション映画です。公開当時、テレビで絶壁の大ジャンプのシーンがCMで流れまくったので覚えている人もいるんじゃないかと思います。

主人公は兄と妹。登山中に父親を死なせたトラウマを抱えているという設定。兄のピーター・ギャレット(クリス・オドネル)は、山岳写真家となり登山からは遠ざかり、妹のアニー・ギャレット(ロビン・タニー)は著名な登山家として活躍するようになりました。

アニーは、自分の企業宣伝のためにK2登山を計画したエリオット・ボーン(ビル・パクストン)の隊に参加します。たまたま仲間がケガをしたため、ピーターは彼らのベース・キャンプに退避したため、アニー、ボーン、著名な登山家トム・マクラーレン(ニコラス・リー)らが出発するのを見送るのでした。

しかし、予想と違い天候が急速に悪化したため、トムは下山を進言しますが強引なボーンに押し切ら気てしまいます。仲間が倒れていく中、アニー、ボーン、トムの三人はクレパスに転落し雪崩によって閉じ込められてしまうのでした。

無線で事態を理解したピーターは、パキスタン軍からニトログリセリンを譲り受け、クレパス周囲の雪氷を爆破して取り除くことを考えます。決死の志願者と共に遭難場所に向かいますが、三人が高山病で肺水腫を起こすことから命のタイムリミットは22時間。しかし、普通に登っては間に合わない。

ピーターは、最短ルートを知るベテラン・ガイドのモンゴメリー・ウィック(スコット・グレン)に同行を依頼します。ウィックの妻は、かつてボーンの登頂のガイドをしていて亡くなっていました。途中で、ウィックは妻の凍死体を発見し、ボーンが妻を見捨てたことを確信します。

6人で救助に出発するも道中は難攻し、雪崩やニトログリセリンの暴発によって、ピーター、看護師のモニク・オーバーティン(イザベラ・スコルプコ)、そしてウィックの三人だけが、やっと目標地点に到着したのです。

90年代以降、世界の名峰を制覇するには莫大な費用がかかることから商業登山と呼ばれる、スポンサー付きの挑戦がしばしば行われるようになりました。そのため、十分な登山経験が無くても山に入り、1996年のエヴェレスト大量遭難事故などが引き起こされていたのです。

この映画では、ザイルにぶら下がった状態で全員が墜落死するか、下の者が犠牲になってザイルを切るのかという登山家にとって究極的な状況がテーマとしてあります。また二次遭難によって、さらに多くの犠牲者を出すことを是とするのか非とするのかという問題もある。多くの山岳映画は煮詰めれば、だいたいこのあたりに行き着くと言うことができます。

ただし、ここでは他人を犠牲にして生き残ろうとするボーンという、およそ登山家の風上にも置けない人物と、密かにボーンの本性を暴こうとするウィックという二人をからめることで、サスペンスとしての面白みを強くしている点が特徴的です。

ただし、ニトログリセリンを持ち出すところからして、かなり無謀な展開であることは間違いなく、ロケ主体の本物の臨場感を持った雪山アクション映画として楽しむのが正しいように思います。

2023年7月16日日曜日

クリフハンガー (1993)

クリフハンガーとは連続活劇の最高に盛り上がるシーンのことで、登山では崖にぶら下がった状態を意味する言葉。「ロッキー」と「ランボー」のシリーズが一段落したシルベスター・スタローンが、新境地を目指していろいろ挑戦をしていた時期の作品。

ロッキー山脈の救助隊員であるゲイブ(シルベスター・スタローン)は、遭難した同僚で親友のハル(マイケル・ルーカー)とその恋人の救出に向かうが、恋人を墜落死させてしまい山を去ってしまいました。

1年後、ゲイブは同僚で恋人だったジェシー(ジャニーン・ターナー)を連れに山に戻った時に、ちょうど遭難救助の要請が入りハルが一人で出動。ジェシーはゲイブにハルを助けてあげて欲しいと説得します。実は大量の紙幣を運ぶ財務省の飛行機をハイジャックした一味が、計画に失敗し飛行機が雪山に不時着、紙幣の入った3つのトランクはあちこちに落下させてしまったのでした。

ハルと合流したゲイブが墜落現場に着くと一味のボス、冷血漢のクアレン(ジョン・リスゴー)はハルを人質にしてゲイブにトランクを取りに行けと命令します。しかし、雪崩によって一つ目のトランクを失い、一味はハルを連れて次の目標に向かいました。

ゲイブは心配して山小屋にやって来たジェシーと合流し、一味とは別のルートで二つ目のトランクにたどり着き、中身が欲しければハルを開放しろとメモを残しました。3っつ目のトランクもゲイブに先に奪われてしまったクアレンは、救助に来たヘリコプターを奪い、連絡のため下山途中のジェシーを拉致するのでした。

と、まぁ、ストーリーはシンプルな、いわゆる山岳アクション物です。ところどころで、明らかにスタローン自ら危険なクライミングをしているシーンがあり、アクションスターとしての面目躍如、と言いたいところなんですが・・・

対決シーンになると、場合によっては明らかなスタジオ撮影ですし、雄大な背景が写らない人物の近接撮影が中心になるので、山岳映画というよりは、都会ではないところでのアクションという感じになってしまうのが惜しい。まぁ、しょうがないと言えばそれまでですけど。

全体のテンポは悪くないので、クライム・サスペンスとしてはまぁまぁの出来。ただ、山の中では、そこを知り尽くす救助隊員の方が圧倒的に有利なのに、始終やや後手に回っている感じがもどかしい。ゲイブのトラウマも、最終的には本筋への影響はあまり感じないので、無くても困らない話のように思います。


2023年7月15日土曜日

エヴェレスト 神々の山嶺 (2016)

山に見せられた登山家の名言として広く知られている「何故登るのか」という問いに対する答えで、「そこに山があるから」というのがあります。これはイギリスの登山家、ジョージ・マロリーの言葉。正確には「そこに(エヴェレストが)あるから」とのことですが、登山家の普遍的な心情を端的に表していることは間違いない。

エヴェレストの初登頂は1953年、イギリス人のエドモンド・ヒラリーによって成し遂げられますが、マロリーは1924年にエヴェレストに挑戦し消息を絶ちました。1999年に75年を経て遺体が発見されましたが、彼が登頂に成功したかはいまだに謎とされています。

さてこの映画は、夢枕獏による小説が原作で、マロリーが所持していたカメラを発端にしていますがフィクションです。監督は平山秀幸、脚本は加藤正人。ネパールでのロケ、特にエヴェレストでのシーンはかなり本格的で、山岳映画ファンには見応えのある作品です。

山岳写真家の深町誠(岡田准一)は、ネパールの首都カトマンズの道具屋でマロリーが所持していたカメラを発見します。それは死んだと思われていた孤高のクライマー、羽生丈二(阿部寛)から盗まれた物でした。日本に戻った深町は、羽生の足跡を調べ、かつて羽生を尊敬し一緒に登攀中に滑落死した岸文太郎(風間俊介)の妹、岸凉子(尾野真千子)を伴って再びネパールに向かいます。

そして、やっと探してあてたのは、死の寸前を助けてくれた現地のシェルパの息子として暮らす羽生でした。羽生は、成し遂げられなかったエヴェレスト南西壁冬期無酸素単独登頂に挑戦しようとしていました。深町は、彼の姿を写真に撮ろうと同行を願い出ます。

深町の何故登るのかという問いに、羽生は「ここに俺がいるから」と答え、ついてくるのは勝手だが、お互いに干渉はしないと言います。しかし、深町が落石で宙づりになると、危険を顧みずに助けてくれるのでした。羽生は、これで岸への借りはチャラだと言います。

さすがに深町には垂直に切り立つ南西壁を上ることはできず、遠方からシャッターを切るのが精一杯でした。しかし、天候が急変し、羽生の姿を見失います。そして羽生はキャンプに戻って来ることはありませんでした。

憔悴して日本に戻った深町は、羽生が山に登る本当の答えを知るために、もう一度エヴェレストに行くことにします。涼子も、そこまで命を賭ける価値があるのか自分の目で見て納得したいと同行することにしました。

そして、シェルパの案内で登山を開始した深町は、シェルパや涼子が天候の悪化のために下山するように無線で連絡するのを無視して登り続けるのです。強風と吹き付ける雪に阻まれ、深町は岩の裂け目に何とか避難するのですが、そこで彼が見つけたものは・・・

山の映画としては、迫力満点です。ただし、人間ドラマとしては、羽生がそこまで山に登る意味が描き切れているとは思えない。当然、写真家の深町が単独でエヴェレストに挑戦しようというのも無理があります。ましてや、ベースキャンプまでですが、普段登山をしていない涼子がついてくるのはさらに理解しにくい。

まぁ、エヴェレストという世界で最も神々に近い場所に憑りつかれた人々の物語としては、一定の評価はされてもいいように思います。ただ、やや無謀すぎる登山は、受け入れにくく、ほとんど岡田准一、阿部寛の頑張っている姿しかない映画です。

マロリーのカメラについては、きっかけに過ぎないので、あまり重きを置く必要はないと思いますが、最後にマロリーの謎みたいなところに一定の解釈を出しているのはサービスのし過ぎかなというところ。

少なくとも登山の好きな方、山岳映画が好きな方は見ておいて損はありません。

2023年7月14日金曜日

グラスホッパー (2015)

伊坂幸太郎のサスペンス小説が原作。監督は瀧本智行、主演は生田斗真というのは「脳男(2013)」のコンビ。タイトルのグラスホッパーはいわゆるバッタのことで、高密度で生息すると群生相と呼ばれるより黒っぽく飛翔能力が高い集団として成長するらしい。

表向きは健康食品会社の社長ですが、違法薬物売買で裏社会で一目置かれる寺原(石橋蓮司)は、息子に命じて薬物中毒者が運転する車をハロウィーンで賑わう渋谷スクランブル交差点に突入させ、多くの一般人を死に至らしめます。あえて取り締まりを強化させ、同業者を窮地に追い込むことが目的でした。

こどもをかばって犠牲者となった百合子(波瑠)のフィアンセ、中学の教師で虫も殺せない鈴木は、「犯人は別にいる。寺原を調べろ」という密告を受け、教師を辞して寺原の会社に入社するのです。街頭で商品の勧誘をする鈴木は、かつての教え子というギャルから声を掛けられ会社に案内します。寺原の部下で冷酷な比与子は、彼女を拉致して薬漬けにするというのでした。

女を寺原の息子に引き渡すためスクランブル交差点で待っていると、鈴木と比与子の目の前で、息子は車の通っている交差点内に押しだされ殺されてしまうのでした。鈴木は「押し屋」と呼ばれる殺し屋(吉岡秀隆)を追跡し、妻(麻生久美子)と二人のこどもがいる普通の家庭の父親であることに驚き、寺原に狙われるから逃げるように話してしまいました。

一方、寺原からの依頼で、多くの邪魔者を催眠能力によって自殺させてきた鯨(浅野忠信)でしたが、いろいろ知り過ぎたことで寺原はナイフの達人である蝉(山田涼介)に殺しを依頼してきます。鯨は死に追いやった人々の幻に付きまとわれ、蝉も生きていることの実感を感じることができないでいました。

寺原のもとに鈴木は復讐のために押し屋を雇ったという密告があり、比与子は鈴木を拘束します。息子の仇を取るため、ついに寺原は堅牢な邸宅から比与子のアジトにやってくるのです。そこへ、寺原と決着をつけるために鯨、その鯨を殺すため蝉も集まってくるのでした。

こうやってストリーをなぞってみると、比較的わかりやすい感じですが、映画の中では、鈴木・鯨・蝉・押し屋のエピソードが入れ代わり立ち代わり出てくるので、やや複雑でわかりにくい構成になっています。

鈴木の復讐をたきつける表に出てこない何かがいることはわかりますが、そこにストーリーを集中させてもよかった。鯨と蝉は、基本的にそれとは別建ての話なので、最後まで鈴木と交わることはありません。そういう意味では、ばらばらの話が最後に一本にまとまるという展開には無理やり感は否めません。

また、ほぼ謎のまま本筋が終了した後に、エピローグとして1年後に裏で動いていたある人物に全部説明させてしまうのは、あまりに安易な感じがします。伏線をすべて回収する必要はないと思っていますが、残された謎を推理できる材料は本編に残してほしいところ。

今回の生田斗真は気弱で正義感が強い「いい人」を演じていますが、急にスーパーマンになれるわけもなく、どちらかというと狂言回しという役どころ。むしろ、二人の殺し屋のそれぞれの葛藤の方が、サスペンス+人間ドラマとしての奥行きがある。

ただし、鯨の催眠術のような超能力はどうもわかりにくいし、安直な感じがします。蝉は比較的キャラクターにインパクトがありますが、これは「アイドル」であることを捨てた山田涼介の怪演の賜物。ある意味、山田の演技を見るだけでも元が取れるくらいの感じです。

2023年7月13日木曜日

スーパーセル


この写真がそうなのかは断定はできませんが、ネットで画像検索すると、「スーパーセル」と呼ばれる気象現象が最も似ているように思います。

一昨日の帰り道に北西の空に見つけたもので、今までに見たことが無いような威圧感のある雲の形状は目を引きました。

スーパーセルとは、超巨大な積乱雲の塊のこと。この雲の下では、天気は大荒れで、大雨は言うに及ばず雷・雹・霰、時には竜巻すら起こっているらしい。

とにかく近づかないことが一番です。




2023年7月12日水曜日

芝生用ロボット掃除機


広い家では、ロボット掃除機が活躍する時代です。

うちみたいな、狭くてごちゃごちゃと物が置いてあると、あまり効率的ではないような感じがするので使用感はわかりません。

屋外でも、同じようなロボットがあるのを見つけて、ちょっとびっくり。

場所は芝生。確かにきれいに手入れがされている芝生は、ロボットが活躍するのには向いていますね。写真では、手前の柵にぶつかって向きを変えた所です。

Automower(オートモア)という商品で、スウェーデンの会社が作った物。面白いのは、芝刈りをしてくれるのですが、こまかく粉砕してその場にばらまくことで刈った芝は回収しなくて良いということらしい。

Amazonで、20万円弱で売っていますから、広大な庭のある邸宅にお住まいの方は一考の価値ありかもしれません。

2023年7月11日火曜日

さぁんじゅうはちどお~


いやいや、暑いの何のって・・・

昨日は、朝鮮半島の国境線じゃあるまいし、38度って・・・まじか!! 

これ、Windows付属の天気アプリの表示ですが、どこで測った数字が表示されているんでしょうか。

しかも、体感気温50度超え。

今日も、明日もこんならしいですが、天気予報はかたくなに梅雨明けを宣言しませんね。

いったい、日本はどんなるのやら。

2023年7月10日月曜日

自宅居酒屋 #72 ザーサイ・サラダ 2


搾菜と書くと、もっぱら中華の雰囲気になります。前回、サラダ風に食べるのに中華味にしたんですが、サラダというからには、いかにもサラダらしく食べてみたい。

というわけで、今回はサーサイをもう少しサラダ風にしてみました。

まず、サーサイを千切りにして水でよく洗います。塩漬けになっていて、けっこう辛いので塩分を落とすのが目的。ちょっと食べてみて、うっすら塩気が残っいるかなぁくらいでOKです。

さて、味付け。マヨネーズと和からしです。分量樹お好みです。サーサイを和えたら、少しだけコショウを振って出来上がり。

これも実に美味しい。是非試してみてもらいたい味です。

2023年7月9日日曜日

WOOD JOB ! 神去なあなあ日常 (2014)

このタイトル、何と読む? アルファベットはいいとして、正解は「かみさり なあなあ にちじょう」です。三浦しおん作の小説が原作。「なあなあ」は村の人々の口癖で、「のんびりいこう」とか「いい天気ですね」といった意味らしい。

監督・脚本は矢口史靖。この監督さんは、基本はコメディ路線ですが、実に細かいところまで微に入り細に入りこだわりを持って映画作りをするので、思わず見入ってしまいます。「ハッピーフライト(2008)」でも、普段気に留めない空港の裏方の仕事に注目して、多いに楽しませてくれました。今回、目を付けたのは林業。三重の山林でオール・ロケで作り上げました。

典型的な都会っ子の平野勇気(染谷将太)は、高校を卒業したものの大学は不合格。たまたま目に留まった林業の研修生募集のチラシ・・・に写っている女性が可愛いという理由で応募します。

やって来たのは、携帯の圏外、さらにその奥の山間の小さな神去村。中村林業のエース、飯田予喜(伊藤英明)の家に居候して、予喜の妻、みき(優香)の世話になりながらいろいろ学び始めます。

中村林業は社長の中村清(光石研)、妻の祐子(西田尚美)がいろいろと目をかけてくれるものの、何事もきつい作業ばかりで、勇気は何度も逃げ出しそうになります。しかし、祐子の妹で学校の先生をしている石井直紀(長澤まさみ)がチラシの美人と知って、気になってしょうがない。

少しずつ仕事を覚え、村の人々にも杣人(そまびと、林業を営む人のこと)として認められた勇気は、48年に一度行われる神事に参加することを許されます。そして、1年間の研修期間が終了し、勇気は都会に帰ることになるのですが・・・

本当に都会のチャラチャラした若者風の勇気が、いろいろなことにめげながらも、あきらめずに成長していくのが、実に楽しい。それをさせたのが、直紀への恋心というのも悪くない。

野生児キャラの予喜、あっけらかんとしたみきも、ぎりぎり実際にいても不思議が無い描き方で、噓臭さを感じさせません。村にとってはヨソモノである勇気に対する、長老たちの反応も当然と言えば当然で無理が無い。

矢口監督は、勇気の成長過程で、携わらなければ知ることが無い林業のいろいろな仕事をつぶさに盛り込んで見せてくれます。本当に大変な仕事でしょうし、危険も伴うわけですから、杣人たちが何かと信仰を持つことも、映像の自然の流れで理解させてくれます。

映画の最大の武器は映像であり、無駄に言葉に頼らずに、林業とは何たるかの一端を的確に伝えることに成功しています。

2023年7月8日土曜日

SUWADAの爪切り


高嶋ちさ子、長嶋一茂、石原良純の三人が言いたい放題で人気のバラエティ、「ざわつく金曜日」で紹介された一品。

新潟県三条市にある諏訪田製作所が作っている、まさに職人芸という感じの爪切りです。

刃が合わさると、まったく隙間が見えないくらいぴったりとします。ニッパータイプで、特に足の爪を切るのは重宝します。

切り具合は、普段使っていた数百円の爪切りとは雲泥の差。切った感触は、実に「柔らかい」というのに驚きます。

確かに値段は高い。しかし、高いのには納得の理由があることが、使ってみるとわかります。


2023年7月7日金曜日

自宅居酒屋 #71 中華くらげ


よくスーパーに売っている味付きくらげなんですが、何か食べるとちゃんとした中華飯店で食べるものと違うと思ったことありませんか。

お店で前菜で出てくるものに比べて、平べったいし食感も違う。何となくベターっとした感じで、残念な気持ちになってしまいます。

そこで・・・ちょっと一手間かけましょう。実に簡単。

お湯を沸かして、さっと茹でるだけです。熱を通すと、身が締まって、まさにあのお店のコリコリ感が出てくるんです。

縮む分、量は減ってしまう感じですが、そのかわり美味しさはパワーアップ。やって損はありません。

もともと味が浸みているので、特に追加の味付けはいりません。この量で2パックで400円弱です。

2023年7月6日木曜日

イヌゴエ (2006)

ペットを飼ってますか? それも犬ですが? 犬好きですか?


だったら、この映画は大好きになれます。監督は横井健司。まぁ、言ってみれば、ハートウォーミング・コメディ。とにかく見てみましょう。

国家試験資格である臭気判定士の芹澤直喜(山本浩司)は、臭いに敏感すぎて恋人にも愛想をつかされてしまいます。企業の芳香剤の新製品「日本海」の判定では、その悪習で気を失ってしまいます。

そんな折、父親が旅行に出るというので、拾ったフレンチ・ブルドッグを勝手に直喜の部屋に置いて行ってしまいます。ところが、何と直喜に犬の心の声が聞こえてしまう。しかも、おっさんの声(遠藤憲一)で関西弁。直喜の言うことは伝わらないようですが、しだいに犬の声に耳を澄ますようになりました。

直喜はキャバリアを連れた音無ちぬ(宮下ともみ)と知り合いますが、ちぬには何か悩みがあるらしい。ところが、急に犬の声が聞こえなくなります。犬の声が聞こえたのは、日本海の匂いが関係あると思った直喜は、ちぬの悩みを知るために日本海に出かけていきます。

すると、ふたたび犬の声が聞こえるようになり、ちぬが離婚してこどもと合えないストレスから飼い犬を虐待していたことに気がつきます。しだいに何かと自信を取り戻してきた直喜でしたが、ホントの飼い主(遠藤憲一)が見つかってしまいます。

はっきり言って、低予算のB級映画・・・なんでしょうけど、だからこそ丁寧な作りで、無駄なはったりもないし、実に気持ちが和らぐ映画です。

犬の声は聞こえますが、あくまでも犬が直接口をパクパクさせて喋るわけではありません。犬の気持ちが伝わる、というところですが、そのくらいにしておくのがファンタジーとしてちょうど良い。

コメディとしても、やり過ぎないのが好感が持てるところです。ほのぼの感の枠内でとどまっているので、安心です。まぁ、名作とまではいかないにしても、少なくとも良作です。このアイデアを流用して、映画は第2弾も作られました。さらに、綾野剛主演でテレビ・ドラマも作られていたりもします。

2023年7月5日水曜日

ファブル 殺さない殺し屋 (2020)

岡田准一主演の痛快アクション映画の第2弾。1作目は2019年に公開されヒットしましたが、この第2作はコロナ禍の影響を受けて公開延期などの不運に見舞われました。南勝久のマンガが原作で、風変わりな殺し屋の活躍という話。

今回の映画も、主要な登場人物は同じキャストで演じています。都市伝説のように噂される伝説の完璧な殺し屋「ファブル(寓話)」は岡田准一で、ボス(佐藤浩市)から1年間大阪で一般人として、仲間の佐藤洋子(木村文乃)を妹として暮らせと命じられ、佐藤明と名乗ります。

明が働く小さなデザイン会社オクトパスの社長は田高田(佐藤二朗)、同僚で美形の清水岬(山本美月)らとの交流の中で、殺し屋として育てられ一般常識の無い二人はいろいろとトラブルを起こすことに・・・

今回の悪人は、表向きはこどもの安全を守るためのNPOを立ち上げている宇津帆(堤真一)で、裏ではさまざまな恐喝を行い、時には相手を殺してしまう。実働を担っているのは鈴木(安藤政信)で、殺し屋としてのプロ意識は高い。宇津帆の部下として裏稼業は知りつつも表向きの仕事を手伝っているのが、両親を強盗に惨殺された佐羽ヒナコ(平手友梨奈)です。

ヒナコは4年前に車に乗っていた売春組織のメンバーを明が殺した際に同乗していて、暴走した車から明に助けられましたが、その時の両足の怪我がもとで車椅子の生活をしていました。公園の鉄棒で立ち上がる練習をしているところを、偶然に通りかかった明に見られ、明からリハビリテーションのアドバイスを受けます。

次のターゲットがたまたま盗撮をしていたオクトパスの社員だったため、宇津帆は明がファブルであることに気が付きます。実は宇津帆は売春組織のリーダーで、殺されたのが弟でした。宇津帆は、ヒナコにも両親殺しの犯人はファブルだと言い協力させます。宇津帆の綿密な計画のもと、明を誘い出し抹殺せんと戦いの火ぶたが切って落とされました。しかし、明はボスとの約束で人を殺してはいけないのです!!

というわけで、今作も監督は江口カンという人。岡田准一のアクションはさらにパワーアップして、CGとかワイヤーアクションとかも使っているんでしょうけど、それ以上に肉体を酷使したスタントは、見事を通り越してあきれるくらい凄い。

時代物、戦記物などとは全く違うとぼけたキャラを、岡田は実に楽し気に、しかも楽々と演じています。一見アクションとは無縁の木村文乃も、前作ほどではありませんが頑張っています。

あまりどうだこうだと言うより、単純にエンタメとして楽しめば良い作品であることは間違いなく、今後も岡田准一には期待したいですね。

2023年7月4日火曜日

散り椿 (2018)

岡田准一の活躍は目を見張るものがあります。2018年は2本の映画が公開されましたが、一つはホラーの「来る」で、もう一つが人情時代劇の本作です。

原作は歴史小説作家の葉室麟で、この映画の完成直後に病没しています。監督は木村大作。黒澤組の撮影監督として活躍し、2009年に「劒岳 点の記」で監督デヴュー。これが監督としては3作目で、当然撮影も担当しています。

京で密かに暮らしている瓜生新兵衛(岡田准一)と篠(麻生久美子)の夫婦でしたが、篠が病気のために亡くなりました。篠は亡くなる前に新兵衛に、故郷の散り椿をもう一度私の代わりに見てほしいと言い遺しました。

18年前、扇野藩では新兵衛、榊原采女(西島秀俊)、篠の兄である坂下源之進、篠原三右衛門(緒形直人)が若き四天王と呼ばれていました。新兵衛は、采女の養父である勘定方の榊原平蔵が、豪商の田中屋惣兵衛(石橋蓮司)から賄賂を貰っていることを上申したために、藩から逐電せざるを得なくなりました。その後、平蔵が何者かに斬られ、源之進は城代家老の石田玄蕃(奥田英二)の命により事件をおさめるために切腹したのです。

新兵衛は坂下家を訪れ、篠の妹の里見(黒木華)、弟の藤吾(池松壮亮)に篠が亡くなったことを報告します。そこへ田中屋から用心棒の依頼が舞い込む。実は城代家老が、平蔵を通して賄賂を受け取り田中屋へ事業の独占を許していたのです。田中屋は、もしも裏切られたときのために、城代家老からそのことを約束したことが書かれている起請文を受け取っていたのです。

若君が新藩主としてお国入りが近づき、悪事が露見することを怖れた城代家老は、田中屋から起請文を取り返そうとしているため、田中屋は身の危険を感じていたのでした。新兵衛は起請文を預かり、今では側用人として若君からの信頼も篤い采女に渡します。

篠の遺言はもう一つあって、「采女を守ってあげてほしい」というものでした。新兵衛は、かつて篠と采女の間に縁談があったことから、采女に対して嫉妬心をどこかに持っていましたが、采女はきっぱりと断られたことを新兵衛に語り、「後を追って死ぬ気だった新兵衛を生かすため」に口にしたことだと諭すのです。若君が戻り、若君暗殺にも失敗した城代家老は、一刻の猶予もなくなり、ついに起請文を取り返すために、采女らの抹殺を決意するのでした。

基本的には勧善懲悪的なストーリーで、お家騒動としては目新しさはありませんが、そこに妻の遺言で時を経て関わらざるを得なくなった武士を登場させることで、物語の奥行きが深まりました。ただし、登場人物の相関関係が複雑すぎて、整理しきれていない感があります。

岡田准一の殺陣さばきは当然のように決まっています。斬った後に血が噴き出したり、刀にも血が付いているところなどはかなり現実的。昔ながらのチャンバラよりも、巧者の戦闘を強く意識した立ち振る舞いですが、それ以上に、優れた台詞回しの俳優としての素晴らしさがあふれているように思います。

さてさて、問題は木村大作。確かに全編富山でのロケによる映像美は実に素晴らしい。黒澤明が、うまい撮影ができないと「大作を呼べ」と言ったというのも嘘ではありません。ただ、演出が「さぁ、感動しろ」と言わんばかりの古さを感じるというと申し訳ないのですが、ここは泣く場面とかがわかりすぎる。

音楽の使い方も一辺倒で、加古隆の重苦しく切ないメインテーマも、あまりにも頻回に出てくるのがつまらない。しかも、音量が大きめで、せっかくの台詞が聞き取りづらい。悪い映画ではないのですが、そのあたりがちょっと残念。ちなみに斬られる平蔵役は木村大作本人がカメオ出演しています。

2023年7月3日月曜日

来る (2018)

「告白」の中島哲也が監督したホラー映画・・・ということなんですが、原作は澤村伊智の小説で、原作未読の自分としてはかなり混乱してしまいました。

もっとも、原作を知るひとにとっても、(否定的ではなく)何だこれはという感想らしく、凡作・駄作とは言えない凄まじいエネルギーが詰まった怪作という感じ。

出演者がすごい。最初の主役である田原秀樹が妻夫木聡、その妻である香奈が黒木華、そして秀樹の友人、津田大吾は青木崇高。中盤になると主役はオカルト・ライターの野崎和浩が岡田准一、霊媒師、比嘉真琴に小松菜奈、同じく逢坂セツ子に柴田理恵。そしてオオトリの主役が真琴の姉で最強の霊媒師、比嘉琴子となり、演じるのは松たか子で、全体を通して鍵となる田原夫妻のこども知紗は子役の志田愛珠です。

あらすじが超難解で、現実・回想・幻想が入り乱れてとても簡単に整理できそうもない。原作が三部構成で、第1章「訪問者」は秀樹、第2章「所有者」は香奈、そして第3章「部外者」は野崎の視点でそれぞれ一人称で語られる構成だそうで、映画もある程度準拠しているようです。

序盤は、秀樹が実家にフィアンセの香奈を連れていくところから始まります。実家のある田舎では、得体のしれない怪奇現象があり、こどもが行方不明になる事件が起こっていました。秀樹もこどもの時に、親しい女の子が姿を消したことを経験していました。そして、その後二人の新婚生活、そして知紗が生まれて秀樹が「イクメンパパ」となって幸せな日常が描かれます。

しかし、秀樹の周りに少しずつ怪奇現象が起こり始め、津田の知り合いの野崎に相談。野崎はセツ子を紹介しますが、「あれ」の襲撃によりセツ子は右腕を失います。続いて、野崎はパンク系ファッションの霊能力者、真琴を連れてきますが、彼女の手に負えるようなものではなく、姉の琴子からの電話の指示で秀樹は部屋中に対策を施しますが、「あれ」の襲撃によって命を落としました。

中盤になると、ひとり親になった香奈がメイン。香奈はイクメン気取りの秀樹に愛想をつかし、何かと知紗にイライラをぶつけるようになっていましたので、秀樹が死んだことは悲しくはなかったのです。知紗を心配して訪れた真琴に、その子はあなたにあげるといい津田との逢瀬を楽しむようになっていました。

野崎もその後を心配しますが、香奈にはうまくあしらわれてしまう。野崎は過去に恋人に堕胎をさせたことが、心に重くのしかかっていました。そして、真琴も知紗も「あれ」に連れ去られてしまい、何もかもが負の回転のなかで、香奈も「あれ」の襲撃により絶命します。

そしていよいよ終盤です。あまりに強大で邪悪な「あれ」と対決するため、琴子は全国から多くの霊媒師を集めますが、集結する前に「あれ」に襲われてしまう者もいました。琴子は秀樹の住んでいたマンションの前に除霊儀式のための祭殿を作り、「あれ」を呼び込んだのちに一気に勝負かけるのでした。

原作では「あれ」については「ぼぎわん」と呼ばれ、ある程度の説明はされているのですが、映画ではほとんど触れていません。2時間ちょっとの映画の中におさめるために、意図的に省いて、原作者の狙いである襲って来る物の怖さより、襲われる側の恐怖に注力したものと思われます。

また、秀樹、香奈、知紗、野崎らを中心に、襲わける側の二面性を浮き上がらせているのも特徴的。ある時は正義のように見えても、別の角度から見ると悪であったりすることで、人間そのものの「怖さ」も見えてきます。しかも、それぞれの登場人物の背景を描き切らないために、恐怖が増大し、また感情移入もしにくくしている。

そのため、芸術性において高評価する一方で、娯楽映画なのにわけがわからないと映画の評価は二分されてしまいます。自分は中間。あと少しの納得感が見終わった時に欲しい気がしました。

2023年7月2日日曜日

太陽を盗んだ男 (1979)

もう40年以上昔の映画で、当時浪人生だったのでリアルタイムに劇場で見てはいませんが、その頃の若者にはかなり話題となった映画。何しろ、当時ソロ歌手として人気絶頂だったジュリーこと沢田研二が原爆を作る犯罪者になるというのですから、ファンならずとも注目せざるをえないというものです。

それにしても、冒頭の旧日本兵に扮した老人が天皇に合わせろというところからして、いきなりメディアのタブーを打ち破るような内容に驚きます。ましてや、日本人にとって特別にセンシティブな原子爆弾や放射能被爆にまで突っ込んでくるというのは、作り手の相当な意気込みが感じられます。

日本の高度経済成長のピークで、かなりやりたい放題できた時代ということも言えますし、逆にそのころ広がり始めた「しらけ世代」の無気力感に痛烈なパンチを繰り出した作品。むしろ、今の時代では絶対に作れない映画でしょうし、ある意味カルト的な作品と言えます。

萩原健一・桃井かおり出演、神代辰巳監督の「青春の蹉跌(1974)」では脚本を担当した長谷川和彦が監督。助監督の一人には相米慎二がいました。脚本は「蜘蛛女のキス(1985)」のレナード・シュレイダー。

中学の理科を教える、城戸誠(沢田研二)は、授業中でもフーセンガムを噛み、教師なのに遅刻する無気力な教師でした。生徒を引率しての原子力発電所の社会科見学の帰りのバスが、旧日本兵の身なりをした老人にジャックされます。老人は機関銃や手榴弾などで武装して、皇居に行き天皇に合わせろと要求してくるのでしたが、山下警部(菅原文太)の活躍で犯人を取り押さえます。

城戸はこの件があってから、授業でも原子爆弾の作り方ばかりを講義するようになり、ついに茨城県東海村の原子力発電所に侵入し、液体プルトニウムを強奪するのです。自分のアパートに、さまざまな道具をそろえ、多くの行程を経て、ついに金属プルトニウムの生成に成功し、まずはその削りカスを用いた原子爆弾を国会議事堂内に仕掛けます。

警視庁に電話した城戸は、山下を交渉相手に指名し、爆弾の存在を伝えます。警察が回収すると、間違いなく爆弾の機能を有していて、削りカスではない本物であれば、東京に壊滅的被害が生じることが判明しました。

城戸は、世界に8つの原爆保有国があるので自分は9番と名乗り、日頃から不満だった野球のナイター中継を時間に囚われず最後まで中継するように要求します。すると政府からの要請によって、中継が終わることなく試合終了まで放送されたのです。

城戸は、次の要求が思いつかず、ラジオのDJ沢井零子(池上季実子)の番組に電話するとも「俺は原爆を持っているが、リスナーにそうなら何をしたいか聞いてくれ」と頼むのでした。城戸はその回答の中から、1973年に中止になったローリング・ストーンズの日本公演の実現を山下に伝えるのです。

そして第3の要求は5億円。城戸は山下らを喫茶店に釘付けにして、デパートの屋上から様子を観察していました。しかし、指示のためにかけた電話が逆探知され、デパートは警察によって封鎖されてしまいます。しかも、城戸の体には異変が始まっていました。髪の毛が抜けるようになり、歯肉出血もあり、明らかに放射能被爆の症状です。

しかたがなく、原爆が山下のいる喫茶店にあることを教え、時限装置の解除法を教えるかわりに封鎖を解かせます。大混乱の中を逃げ延びた城戸に、零子が協力して、警察から原爆を奪い返しますが、車での逃走中、カーチェイスの果てに零子は「生きてね」と言い残して事故死。

そして、ローリング・ストーンズの日本公演・・・もちろん、警察が仕組んだ偽コンサートの当日、城戸は原爆の時限装置をあらためて作動させながら、武道館で山下警部に声をかけるのでした。

昭和40年代の、特に渋谷を中心とした街並みが懐かしい。流れる音楽も、聞き覚えがあるものばかり。ド派手なカーチェイスは、「西部警察」を彷彿とさせます。ナイター中継でも王貞治のホームランをはじめ、懐かしい選手の名前が登場するのも嬉しい所。ローリング・ストーンズの日本公演も、実際に直前になってメンバーの麻薬使用歴が問題になりビザが取り消され中止になったのも、当時の若者には衝撃的なニュースでした。

沢田研二は撮影時30歳で、人気の頂点にいた時期。それが物事に無関心な若者の典型像を、今の目で見ても新鮮で見事に演じているのは驚異的です。菅原文太も任侠物からトラック野郎にイメージチェンジした時期。助演ではありますが、ここでも泥臭い熱血漢の刑事を演じて存在感を放っています。

皇居前のバスジャックのシーンや、国会議事堂に沢田が入るシーンは無許可でのゲリラ撮影だったそうで、今では到底考えられません。映画屋にとっては、やる気があれば何でもできた良い時代の名残りというところでしょうか。

現代でも、映画にかかわる人々にも影響を与え続け、自分に影響を与えた作品として必ず登場することが多い。それだけ、時代の雰囲気を凝縮させたエンターテイメントとして、記憶されるべき作品と言えそうです。


2023年7月1日土曜日

脳男 (2013)

首藤瓜於による小説が原作で、映画では登場人物の設定などに変更が加えられています。監督は瀧本智行で、日活創立100周年記念として制作されました。


猟奇的な殺人と無差別爆弾事件が連続で発生し、精神科医の鶯谷真梨子(松雪泰子)も乗り損ねたバスが発車直後に爆発するのを目撃します。被害者はいずれも舌を切り取られ、体に爆弾をセットされていました。茶屋刑事(江口洋介)は爆弾の残骸から特殊な工具が使われていたことを突き止め、購入者の中からアジトと思われる倉庫に向かいました。

すると、中から言い争うような声が聞こえ、直後に爆発が起こります。茶屋が踏み込むと、鈴木一郎と名乗る男(生田斗真)が一人だけ残っていて、一味の一人として拘束します。茶屋はあまりに無表情で人間らしい感情を表に出さない男に驚き、真梨子に男の精神鑑定を依頼します。


アジトを爆破して逃亡した真の事件の犯人は、サイコパスの緑川紀子(二階堂ふみ)と彼女を敬愛する水沢ゆりあ(太田莉菜)で、二人は男の正体を探るため真梨子の周囲に盗聴器を仕掛けます。

真梨子は男が過去に症例報告された患者と似ているため、報告者である藍沢(石橋蓮司)に会いに行きます。藍沢は以前運営していた自閉症児童施設にいた入陶大威(いりすたけきみ)の話をします。大威は両親をひき逃げで失い入所しましたが、自発的な行動をまったくせず、しかし、一度見た物や読んだ事は完璧に記憶する特殊なこどもでした。富豪の祖父、 倫行はあらゆる殺人に関する知識を教え込み、悪い人間を殺すように教育したのでした。

茶屋は鈴木一郎が入陶大威であることを確信し、犯人を殺すためにアジトにいたものと確信します。そして病院から警察署へ移送する途中で、緑川と水沢の襲撃され、混乱の中で水沢は射殺されたものの、緑川と大威は逃亡してしまいます。

1週間後、鈴木一郎を呼び出し殺すために、緑川は真梨子を人質に病院に立てこもります。緑川は、エアシューターで病院のいたるところに爆弾を繰り爆発させるなか、ついに鈴木一郎が病院に姿を現すのでした。

感情が無い人間はおそらく存在しないと思いますし、鈴木一郎の場合も後天的に感覚的に心を閉ざしてしまったものだと思います。であるならば、どこかで何かのきっかけがあれば、再度心を開く、つまり感情を呼び戻すことは可能なのかもしれません。実際、映画でも真梨子は何とかそうなるように努力するわけです。

原作に無い設定として、真梨子は以前弟が猟奇殺人の犠牲になっていて、その犯人のカウンセリングを直接行うという厳しい背景があります。だからこそ、鈴木一郎を何とか人間として立ち直らせるために深入りする状況に説得力が生じているように思います。

生田斗真は、痛みを感じない感情を見せることが無い「脳男」を演じるにあたって、かなりハードなトレーニングをこなし、監督らとも本能にすら左右されない人間についてディスカッションを繰り返したそうです。その成果が合ってか、脳男が実在するならそうだろうと思わせる迫真のキャラクターを作り上げたように思います。

ある意味同類ともいえる緑川役の二階堂ふみも、ダイエットして眉を剃り凶暴なサイコキラーを熱演しています。松雪泰子、江口洋介も狂気に翻弄される様子は、落ち着いてみていられます。

とにかく登場人物の一人一人が、強烈な個性を放つ作品。ものすごい負のエネルギーのせいで、見終わってもハッピーな気分にはなれませんが、ある種のカタルシスを感じる不思議な作品です。