2020年2月29日土曜日

ドライフラワー


積極的に花を愛するわけではないので、いつでも家の中に花があるなんてことはありません。

たまに花があると、せっかくだから、萎びてしまってもドライフラワーにならないかと思ったりします。

正式にはいろいろとテクニックがあるんでしょうけど、逆さにして勝手口につるしておくだけ。

2週間くらいして、忘れたころにかぴかぴに乾いていて、物によってはそれなりになっています。

とりあえず、小さな一輪挿しに飾ってみた・・・トイレの中ですが。

まぁ、あっさりしてますが、何となく様になっている感じ。自己満足的なものですけど、悪くは無いかなと。


2020年2月28日金曜日

Valery Gergiev LSO / Mahler Complete Symphonies (2007-2011)

モスクワ出身のロシア人、ヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev, 1953-)の初期の功績の一つはアンナ・ネトレプコを世に送り出したことかもしれません。日本の地方オケとも多数の共演をしてきましたが、2007年にロンドン交響楽団の首席指揮者に就任すると、すぐさまマーラーの交響曲に手をつけました。

ロンドン響は、これまでに多数のマーラー作品に関わってきましたが、同一指揮者による全集はゲルギエフが初めてです。ショルティとのプロジェクトは、ショルティがシカゴに転出したことで頓挫しています。

21世紀の全集らしく、このシリーズもSACDで高音質化が図られ、またロンドン響の自主レーベルからのライブ録音による登場です。ボックス化されても、全10枚ということからもわかるように、比較的速めの演奏。

2007年
第6番
第3番 アンナ・ラーション

2008年
第1番、第7番、第10番(アダージョのみ)
第2番 エレーナ・モシュク、ズラータ・ブルィチェワ
第4番 ラウラ・クレイコム
第8番 ヴィクトリヤ・ヤーストレボワ、アイリッシュ・タイナン、リュドミラ・ドゥディーノワ、リリ・パーシキヴィ、ズラータ・ブルィチェワ、セルゲイ・セミシクール、アレクセイ・マルコフ、エフゲニー・ニキティン

2010年 第5番
2011年 第9番

なんと、6曲は2008年に集中的に一気に収録されています。首席就任直後からのこのハイペースを、乗りに乗ったものとして良しとするのか、練り込み不足で悪いと思うのか、意見が割れるところかもしれません。

特に6番、7番当たりのテンポは、明らかに「速め」を通り過ぎた演奏で、ゲルギエフ本人は重くならないように心掛けたと語っていることがテンポに表れているようです。

ゲルギエフは、早くも2016年からは、今度はミュンヘンフィルの自主レーベルで第2番、第8番、第6番を録音していて、こちらも全集化を視野に入れているような動きになっています。だとすると、ロンドン響とのゼ週には満足していないのかもしれません。

2020年2月27日木曜日

田園都市リウマチフォーラム中止

WHO Situation Report より

仮にも医者が書いているブログで、内科医ではないと言っても、昨今の新型コロナウイルスの問題は避けては通れない。

現実に、マスク不足、消毒用アルコール不足は深刻で、実際の診療の現場にも影を落としており、各種の講演会・会合も軒並み中止されている状況です。

実は、昨夜は自分たちが世話人として携わっている「田園都市リウマチフォーラム」の第28回の予定でしたが中止しました。今回は初めての試みで、複数の演者による講演と、パネルディスカッションによる在宅リウマチ患者の問題を取り上げる予定で、かなり企画としても練ってきた内容でした。

登壇を依頼していた先生、また出席を予定してくださった先生方には大変ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。この内容は、必ず再度実現できるようにいろいろと調整をしていけるように努力いたします。

感染症そのものは、大多数(80%程度)は通常の風邪程度で終わっていますが、もちろん重症化し、中には死亡する場合も数%発生しています。だからといって、季節性のインフルエンザと物凄い差があるわけではなく、やたらと怖がる必要はありません。

一番怖いのは、根拠のない自信に基づいて自己を優先し、その結果として大流行を招いたり、流行が遷延化していく事態になることだろうと考えます。少なくとも治療薬が確立できるまでには、どんなに早くても半年から1年は必要です。

つい先日、厚生労働省、およびその専門家会議などから、一部の地域での散発的な発生から大流行に移行するかどうか、今の時期が大変に重要であるという主旨の発表がありました。

本来、すべての集団活動行事を禁止できれば話は簡単ですが、経済活動も止めてしまうことは現実的に不可能ですし、昨今の「人権優先」ばかりが先行する時代では、猛烈な抵抗が出ることは容易に想像できます。

でも、個々が可能な限り行動を自粛していかないと、韓国の爆発的な患者増加の事例を見るまでもなく、早期の収束は見込めません。日本の場合は、夏のオリンピック開催という国民的・国際的行事が控えているだけに、より深刻に受け止める必要があります。

イベントの類は、天災等による中止の保険は入っていても、感染症流行に対しての保障は無いため中止できないという話がありますが、もっとも感染の拡散を引き起こす場でもあるので、政府は何らかの中止による損害の補填を検討しても良いかもしれません。

メディアは、いろいろな早期の対応のまずさを批判する内容の報道をよくしています。もちろん重要なことではあると思いますが、例えばクルーズ船内の現場で実際に対応した方々の情報が少ない中での努力は測り知れないものがあると思いますし、デマに近いものまで含めて報道して不安を煽る側面が強くなっているので注意が必要です。

2020年2月26日水曜日

Paavo Jarvi Frankfurt RSO / Mahler Complete Symphonies (2007-2012)

エストニア出身のパーヴォ・ヤルヴィ(Paavo Jarvi, 1962-)は、父親がネーメ・ヤルヴィです。爆演でおなじみのネーメの息子ですが、こちらは比較的理論家であまり無茶はしません。

最近はNHK響の首席指揮者に就任したので、日本ではお馴染みの指揮者です。外見はこわもて風なんですが、繊細な音楽作りをする指揮者です。

フランクフルト放送交響楽団は、1929年にフランクフルト市のヘッセン放送協会が設立したもので、hr放送響という名称もしばしば見受けられます。インバルは、ここの名誉指揮者でもあります。

このセットの特筆すべき点は、すべてが映像作品であること。DVD、BDでの発売のみで、マーラー交響曲ビデオ全集は、同一指揮者によるものとしてはバーンスタインに次いで2つめ。同一指揮者・同一楽団によるものでは世界初だと思います。

クラシック音楽のように、画面の動きが少ないと映像は軽視されがちですが、マーラー作品では作曲者自ら楽団のメンバーの動き方を指定したりしているので、ビジュアルもかなり楽しめます。以前に、このセットに触れた時に、フルート奏者がすごい美人で映っている時間も多い。

この人はクララ・アンドラーダで、最近はソロとしても活躍していて、美人な外見だけでなく、実力も評価されたフルート奏者として世界的にも注目されています。

2007年 第3番 ヴァルトラウト・マイアー
2008年
 第4番 ゲニア・キューマイアー
 第10番(アダージョkn)
2009年 第9番
2010年 第2番 カミラ・ティリング、リリ・パーシキヴィ
2011年 第5番、第7番
2012年 第1番
2013年
 第6番
 第8番 エリン・ウォール、アイリッシュ・タイナン、アンナ・ルチア・リヒター、アリス・コッテ、シャルロッテ・ヘレカント、ニコライ・シューコフ、ミヒャエル・ナジ、アイン・アンガー

独唱者としては、第3番のマイヤー、第2番のティリングなどが注目です。また、それぞれにヤルヴィのインタヴューが付属していて、しかもなんと輸入盤でも日本語字幕もついている。これがなかなか興味深い。

惜しくも全集とは呼べないアバドのルツェルンでの選集とともに、マーラー物としては大変価値のある重要なセットと言えます。

2020年2月25日火曜日

Jonathan Nott Bamberger SO / Mahler Complete Symphonies (2003-2011)

ジョナサン・ノット(Jonathan Nott, 1962-)はイギリス人。詳しい活躍の情報はあまり見当たらないのですが、2000年にバンベルク交響楽団の首席指揮者となり、マーラーの交響響全集を完成させました。2014年からは東京交響楽団の音楽監督に就任しているので日本では比較的知名度が高まっています。

ちなみに、マーラー物でおなじみの東京都交響楽団(略して都響)とは別物の団体で、映画会社の東宝が作ったもので略する時は東響とするようです。

21世紀のクラシック音楽業界のこの手のプロジェクトは、もうSACDが当たり前になっている感があります。ただし、昨今のご時世を見ていると、特別なハードを必要とするSACDよりも、ハイレゾ配信の方が盛んになっているように思います。

それはさておき、バンベルク響は第2次世界大戦後に、ドイツからチェコに逃れていた音楽家を中心に結成されたオケで、ある意味マーラー演奏の伝統が無い分、実直にノットのマーラー解釈を現実化させているということのようです。

そのノットの解釈ですが、基本的には楽譜をしっかりと読み込み、マーラーの細かい指示の意味を実践しているようです。けして感情に走る演奏ではなく、丁寧に音を積み上げていく感じ。ただし、そこから全集を作る価値、または独自性を出すことは難しい。ちょっと間違えれば、音質が良いだけの音楽になってしまいます。

全体的には、特に演奏時間が長いわけではないのですが、比較的ゆったりした感じの演奏で、各楽器のそれぞれの音がわかりやすい。マーラーがしばしば指示に使った"nicht eilen (急がない)"を実践しているのだろうと思いました。

2003年 第5番
2006年 第4番 モイカ・エルトマン
2008年
第1番、第6番、第9番
第2番 アンネ・シュヴァネヴィルムス、リオバ・ブラウン
2010年
第3番 藤村実穂子
第8番 ヤニナ・ベヒレ、ミハエラ・カウネ、マリソル・モンタルヴォ、マヌエラ・ウール、リオバ・ブラウン、シュテファン・フィンケ、ミハエル・ナジ、アルベルト・ドーメン
2011年 第7番

個人的には第3番で藤村実穂子が登場しているのが嬉しい限りです。

第10番は含まれませんが、全集ボックス完成後の2018年にアダージョのみの東響との演奏が登場しています。

「大地の歌」は2016年に、すでに紹介したヨナス・カウフマンの独唱、ウィーンフィルによるものも評判になりましたが、同じ2016年にバンベルク響とのものも最近登場しました。こちらはスティーヴン・ガッド(Br)、ロベルト・サッカ(T)というよくある組み合わせです。

2020年2月24日月曜日

David Zinman TOZ / Mahler Complete Symphonies (2006-2010)

デビッド・ジンマン(David Zinman, 1936-)は、マーラー交響曲全集を完成させたもう一人のアメリカ人指揮者。

1958年からピエール・モントゥーに師事し、モントゥーの助手を務めながら腕を磨きました。1965年以後、ネーデルラント室内管、ロチェスター・フィル、ロッテルダム・フィル、ボルティモア響などで活躍し、1995年にチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督に就任。古楽奏法を取り入れるモダン・オーケストラに育て上げました。

マーラー交響曲全集は、大手の旧RCAでセッション録音されましたが、SACDで角笛交響響と呼ばれる1~4番を一気に2006年に収録していることから、事前に十分実演もしていて周到に準備されたものだろうと想像します。

ただ、2010年の生誕150年、2011年の没後100年に間に合わせるという意図は感じられ、スタートダッシュの急ぎすぎは否定できないところ。

ボックス化される頃にRCAがSony Classicalに吸収され、Sonyから通常CDによる廉価版ボックスが登場していますが、これは音質の低下が著しいという評判ですので注意が必要。

2006年
第1番 + 花の章
第2番 ユリアーネ・バンゼ、アンナ・ラーション
第3番 ブリギット・レンメルト
第4番 リューバ・オルゴナソヴァ
2007年 第5番、第6番
2008年 第7番
2009年
第8番 メラニー・ディーナー、ユリアーネ・バンゼ、リサ・ラーション、イヴォンヌ・ナエフ、ビルギット・レンメルト、アンソニー・ディーン・グリフィー、シュテファン・パウエル、アスカー・アブドラザコフ
第9番
2010年 第10番 カーペンター版

第1~8番は、あまり個性は感じませんが、素直な明朝体の演奏です。良好な音質によって、大変聴きやすくスタンダードな演奏になっています。

第9番は出だしが妙にゆっくりで、あれっという感じですが、途中から普通になる。第10番は全曲版としては一番多く演奏されているクック版ではなく、最も早くに発表されたカーペンター版を使っています。

国際マーラー協会は、補筆版はマーラーの意に反すると批判し、第1楽章のみを正当な物としています。特に、カーペンター版は、ほぼ総譜が完成していたアダージョ(第1楽章)もいじっていて、補筆と言うよりは編曲版と批判されることが多いもので、この録音は珍しい。

2020年2月23日日曜日

Michael Tilson Thomas SFSO / Mahler Complete Symphonies (2001-2009)

マイケル・ティルソン・トーマス(Michael Tilson Thomas、1944-)は、バーンスタイン後のアメリカ人指揮者としては最も知られた存在。

1969年のボストン響を皮切りに、ニューヨークフィル、ロサンゼルスフィルで研鑽を重ね、1988年にロンドン響の首席に就任しました。1995年からは、現在に至るまでサンフランシスコ響の音楽監督を務め、マーラー全集をはじめ、何度もグラミー賞を受賞する名演を残しています。

とはいえ、20世紀にマーラー全集はたくさん登場し、単発物では猫も杓子もマーラーを取り上げる時代ですし、ましてCDの売り上げもどんどん減っていて大手のレコード会社もそうは簡単に全集のプロジェクトにコーサインは出しません。

そこで、サンフランシスコ響は自主製作盤を道を選択します。マーラー全集は2001年にスタートしたライブを順次、優秀な録音で、しかもSA-CDで発売しました。最終的に2011年にボックス化されましたが、おそらく最も高価な全集かもしれません。

1996年 嘆きの歌(3部構成)
2001年 第1番、第6番、亡き子をしのぶ歌 ミッシェル・デ・ヤング
2002年 第3番 ミッシェル・デ・ヤング
2003年 第4番 ローラ・クレイコム
2004年 第9番、第2番 イザベル・ベイラックダリアン、ロレイン・ハント・リーバーソン
2005年 第5番、第7番
2006年 第10番(アダージョのみ)
2007年 大地の歌 スチュアート・スケルトン、トーマス・ハンプソン
2008年 第8番 エリン・ウォール、エルザ・ヴァンデン・ヒーバー、ローラ・クレイコム、カタリーナ・カルネウス、イヴォンヌ・ナエフ、アンソニー・ディーン・グリフィー、クィン・ケルシー、ジェームス・モリス
2009年 さすらう若人の歌、リュッケルト歌曲集、少年の魔法の角笛(抜粋)
スーザン・グラハム、トーマス・ハンプソン

なお「嘆きの歌」は、本来は今回のプロジェクト以前の録音ですが、リマスターされ再登場したものです。

まず、最初にわかるのは、圧倒的に音質が良いということ。一つ一つの楽器の分離が鮮やかで、響きが豊かなのに音が潰れていない。日頃から使い慣れてホールの特性を熟知したエンジニアが相当神経を使った仕事をしているんだと思います。

全集としては、オーケストラ物は歌曲も含めてほぼ揃いますが、惜しむらくはここまで取りまとめたのに「少年の魔法の角笛」だけ抜粋にしてしまったこと。どうせなら、全曲やろうという話にならなかったのが不思議でならない。

演奏は、基本的に素晴らしい。オケの面々は、高音質に耐えうる確かにテクニックを持っていることを感じます。ただ、実は内容的にはちょっと馴染めませんでした。

例えば、バーンスタインが毛筆書体だとすると、アバドは楷書体。シャイーは明朝体という印象なんですが、トーマスはゴシック体なんです。それもブーレーズのようなかっちりしたゴチックではなく、独特の変形をところどころに入れた変わり種のゴチック。

さらに言うと、アナログなバーンスタインと違い、トーマスはデジタル。一つ一つの音を正確に計画通りびしっと置いていくような几帳面さがある一方で、あちこちで間やテンポを変えてくる。自主製作ということもあってか、やりたいようにやっているんでしょうね。

この変化が聴いている側の感性とマッチすれば大傑作なんですが、一度ずれてしまうとけっこう聴いていて気になってしかたがない。初めてマーラーを聴くなら問題ありませんが、やはり慣れていると先入観というものがどうしても邪魔してしまう感じです。

というわけで、初めてのマーラーとしてお勧めですが、アバドから入った自分には違和感の残る演奏という結果でした。

2020年2月22日土曜日

モンブラン マイスターシュテュック


たぶん、数ある万年筆の中で、最高峰とされているのは、ドイツの万年筆メーカー、モンブランが作っているマイスターシュテュックと呼ばれるシリーズ。

meisterstückとは、まさに「見事な作品」という意味で、まさに「傑作」と自画自賛したネーミング。特に、モデルナンバー149は、その名に恥じない名作として、1924年に登場して以来、不動の人気を誇っています。

万年筆にとって命であるペン先は、18金。さすがにスティールペンとは一味も二味も違った、柔らかく滑らかな書き味です。

キャップをした時の本体の長さが149mmということから名前が付きましたが、キャップのトップにはモンブラン山の雪を象徴する白いホワイトスターが入り、ペン先には標高である4810の数字が刻まれています。

故ケネディ大統領も愛用したと言われ、国際的な調印式などでもしばしば登場する逸品なんですが、何故か自分も一本持っている。

もう30数年前のことですが、医者になって2年目の時に先輩から記念品として戴いたもの。その頃は、当然パソコンは一般に出回り始めたころで、普通に紙と筆記具がメインで使われていました。

当時は、何か高そうなペンをもらったというくらいの意識しかありませんでしたが、キチンとしたメンテナンスをしていたわけではないのに、今になってもまだまだまったく問題なく使えます。

手にしてみると、自然と字を書いてみたくなるし、一つ一つの線や点をしっかり書くので字がうまくなった気分になります。

パソコン文化に慣らされて、字は書くことよりも打つことが多くなってしまった現代ですが、こういうところがアナログを捨てきれないポイントの一つだと思います。

2020年2月21日金曜日

Edo de Waart RFO / Mahler Complete Symphonies (1992-1995)

オランダといえばコンセルトヘボウにどうしても目や耳がいきがちですが、当然他にもしっかりとしたオーケストラはあります。

エド・デ・ワールト(Edo de Waart, 1941-)はオランダの指揮者で、コンセルトヘボウ管のオーボエ奏者でしたが、1964年にミトロプーロス指揮コンクールで優勝し(アバド優勝の翌年)、ニューヨーク・フィルでバーンスタインの助手をしました。その後ハイティンクのもとコンセルトヘボウ管弦楽団の指揮者助手として実力を蓄えました。

そこからは、ロッテルダム・フィル、サンフランシスコ響、ミネソタ管などの首席指揮者、音楽監督などほを経て1989年にオランダ放送フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者に就任しました。この時期に、ワールトは一気にマーラーの交響曲全集をライブで完成しました。

1995年以降は、シドニー響、香港フィル、ミルウォーキー響、ロイヤル・フランダース・フィル、ニュージーランド響などで活躍し続けています。超有名とはいえないまでも、着実に実績を積み重ね多くのレコーディングもこなしています。

オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団(Radio Filharmonisch Orkest, RFO)は、オランダ放送協会(NOS)が戦後に設立したもので、ハイティンクも音楽監督を務めたことがあります。ワールトの後は、ズヴェーデン、シュテンツが監督を務め、2019年からは美人の女性指揮者カリーナ・カネラキスが就任したのも話題になりました。

マーラー全集は、第10番は含まれません。すべてライブ・レコーディングで、場所はコンセルトヘボウ。ホールの豊かな響きが、より音楽の奥行きを深めています。

1992年 第5番
1993年 第4番 第2番 第1番
1994年 第6番 第7番 第8番
1995年 第3番 第9番

話題性と言う点では、やや低くなってしまいますが、コンセルトヘボウだけではないオランダのオーケストラの底力を感じます。

全体的には素直な演奏ですが、録音のせいなのか管楽器が少し弱い感じがところどころであります。第10番と「大地の歌」まで含まれていれば、全集としてかなり評価が高まったかもしれません。

2020年2月20日木曜日

とんかつ


海老をパン粉で包んで揚げたもの・・・エビフライ

牡蠣ををパン粉で包んで揚げたもの・・・カキフライ

烏賊をパン粉で包んで揚げたもの・・・イカフライ

 内野を超えてたかく上がったボール・・・外野フライ

なんですが、

豚肉をパン粉で包んで揚げたもの・・・

とんかつ、じゃないですか。

豚フライとは言わない。なんでっ?

何でかはわからないけど、とんかつの「とん」は豚、「かつ」はカツレツであることはすぐにわかる。

カツレツは、細かいパン粉をまぶして焼いたり揚げたりするフランスの肉料理のコートレットから来ています。

それでなのか、肉系の場合は「かつ」が使われるようですね。

ビーフカツ、チキンカツ・・・メンチカツ、ハムカツとか。

ふぅ~ん。

2020年2月19日水曜日

若杉弘 都響 / Mahler Complete Symphonies (1988-1991)

日本の唯一の純国産全集は、たった一つだけ。それが若杉弘指揮、東京都交響楽団の演奏です。おそらく、バブル期だから完成できたもので、今後はもう純国産で全集というのは商業ベースでの登場は期待できません。

若杉弘(Hiroshi Wakasugi 1935-2009)は小澤征爾と同い年で、声楽出身で小澤と同じく斉藤秀雄に指揮法を師事しました。東京響、読売響、N響を経て1977年にケルン放送響の首席となり、ドイツ語圏の有名なオケにたびたび客演して名を上げました。

1986年に東京都交響楽団の音楽監督・首席指揮者を務めるかたわら、チューリヒ・トーンハレ管の首席としても活躍しました。

マーラーの全集は、サントリーホールの開場10周年を記念したチクルスで、1988年から1991年までの正味3年間に新ヴィーン楽派との組み合わせのプログラムとして企画されライブ収録されたものです。

1988年 第5番
1989年 第6番、第7番、第1番
1990年
第2番 佐藤しのぶ、伊原直子
第3番 伊原直子
第4番 豊田喜代美
1991年
第8番 佐藤しのぶ、渡辺美佐子、大倉由紀枝、伊原直子、大橋ゆり、林誠、勝部太、高橋啓三
第9番、第10番(アダージョ)、大地の歌 田代誠、伊原直子

カタカナが無いことにある意味感動します。よくぞ、日本人だけでやれました。それだけで拍手喝采です。佐藤しのぶさんは、昨年亡くなったのは一般のニュースでも流れました。

若杉のマーラーは他に2枚のCDが残されています。
1983年 第9番 ケルン放送響
1986年 第1番 シュターツカペレ・ドレスデン

全集のポイントの最初は、第1番。第2楽章に「花の章」を入れ込んでの演奏は、交響曲第1番と呼ぶより、その原型にあたる交響詩「巨人」に近いもの。ただし、作曲家自身が破棄したアイディアを採用することには賛否両論、と言うより否定的な意見の方が多いと言わざるをえない。

そしてもう一つは、第2番。これも第1楽章を、原型である「葬礼」に入れ替えての演奏。「花の章」にしても「葬礼」にしても、あくまでも参考としておまけに付加するのは良いとして(例として小澤の1977年の第1番がある)、完成楽譜が無い形のものは疑問が残ります。

これらを除けば、いずれも一定以上の水準を保った演奏だと思います。オーケストラが下手という評価をする人がいますが、それほど気になるようなミスは無いと思いますけどね。

都響は、この後ベルティーニ、インバルらともマーラーを演奏することになります。日本でマーラー演奏に関しては、最も実績を残すオケに成長しています。

録音に関しては、よく言われている独唱が聴きずらい(特に第8番)ことは確かにその通りですが、ライブ収録であることもあり、しょうがないとあきらめることができる範囲です。それでも、伊原の歌唱はさすがに貫禄があり素晴らしい。

箱入りのセットはかなりプレミアがついていますが、バラだとそれぞれ1000円程度で入手できます。日本のマーラーを語る上では、はずせないセットであることは間違いない。

それにしても、この当時の日本のクラシック・コンサートに詰めかけた聴衆は、まるで先を争うかのように終わったとたん「ブラボー」を叫ぶのは本当にうんざりします。ほとんどの曲で、もしかしたら同じ人かと思うような叫びが入っているのが残念過ぎる。

2020年2月18日火曜日

小澤征爾 Boston SO / Mahler Complete Symphonies (1980-1993)

小澤征爾 (Seiji Ozawa 1935-)は、おそらく日本人として世界的に知られた指揮者としては頂点に立つ存在です。国内では有名、あるいは海外でも活躍する指揮者はいますが、小澤ほどの存在は皆無と言っても異議を挟む者はいないでしょう。

満州で生まれた小澤は、1951年成城学園高校に進学した際に、斉藤秀雄の指揮教室に入門。斉藤により設立した桐朋学園に転入、卒業後指揮活動を開始します。1959年、単身フランスに渡り、カラヤン指揮コンクール優勝を果たしカラヤンに師事。さらにアメリカにわたり1961年にはニューヨークフィルの副指揮者となってバーンスタインにも師事します。

この後、NHK響に招かれますが、ツアーの途中で団員からボイコットされるという屈辱的な事件が発生しました。小澤の慢心と若い指揮者に対する寛容さを持たなかった楽団側との溝が原因だったようですが、結果として小澤を世界に向かわせ飛躍させるきっかけとなったことは間違いない。

その後シカゴ響、トロント響、サンフランシスコ響などとのキャリアを積み、1973年にボストン響の首席指揮者(2002年まで)に就任しました。また1984年に、恩師斉藤秀雄没後10周年に世界中で活躍していた門下生を集めたオーケストラを結成し、日本のスーパー・オーケストラとして活動を開始しました。

2002年のウィーンフィルのニューイヤー・コンサートを日本人として初めて指揮したことは大きなニュースになり、クラシックを聴かない日本人にも小澤の名前は深く浸透することになりました。しかし2005年以後体調を崩すことが多くなり、2010年食道がん、2011腰部椎間板ヘルニアで手術。現在は体調を見ながらサイトウ・キネン・オーケストラを中心に活動しています。

小澤は経歴からもカラヤンとバーンスタインの両方から影響されていますが、マーラーについては、当然バーンスタインがきっかけにありそうです。ボストン響時代にPhilipsで全集を完成させています。

1980年 第8番
1986年 第2番 キリ・テ・カナワ、マリリン・ホーン
1987年 第1番、第4番 キリ・テ・カナワ
1988年 亡き子をしのぶ歌 ジェシー・ノーマン
1989年 第7番、第9番
1990年 第5番、第10番(アダージョ)
1992年 第6番
1993年 第3番 ジェシー・ノーマン

全集に向けて最大の難関である第8番を真っ先に録音していたわりには、次まで6年間開いているのは何か理由がありそうですけど、その後からは順調に事は進行したようです。

指揮をしている姿はバーンスタインを彷彿とさせるものがありますが、音楽解釈は奇をてらったことは無く、歌うところは歌う、元気な所は元気に素直な演奏をしていると思います。

Philips全集以外に見つけた小澤マーラーは以下の通り。

1977年 第1番 + 花の章 (DG-CD) ボストン交響楽団
1989年 第2番 (ネット動画) ボストン交響楽団 伊原直子、ヘンリエット・シェレンベルグ
1995年 第2番 (ネット動画) 新日本フィルハーモニー交響楽団(+ ボストン交響楽団、シカゴ交響楽団)
キャスリーン・バトル、フローレンス・クィーヴァー
1999年 第2番 (ネット動画) サイトウ・キネン・オーケストラ ナタリー・シュツットマン、大倉由紀枝
2000年 第2番 (SONY-CD) サイトウ・キネン・オーケストラ ナタリー・シュツットマン、菅英美子
2001年 第9番 (SONY-CD、ネット動画) サイトウ・キネン・オーケストラ
2002年 第9番 (ビデオ) ボストン交響楽団
2008年 第1番 (DECCA-CD,ビデオ)サイトウ・キネン・オーケストラ

最近の小澤の様子からして、今後マーラー物が新たに登場することは期待できないかもしれません。現状で最後のマーラーである2008年は、ビデオも発売されていて、サイトウ・キネン・オーケストラが、アバドのルツェルンのように、スーパー・オーケストラと言われる所以がよくわかります。

クラリネットのカール・ライスター、フルートのジャック・ズーン、ハープの吉野直子、ヴィオラの清水直子、ティンパニーのライナー・ゼーガース・・・などなど、すごいメンツが集まっています。

最後に小澤が、コンマスだけでなく、段の上まで回ってほぼ全員と握手する光景は素晴らしい。指揮をできる喜びが伝わってきます。N響事件がなければ、今のこの小澤の姿は無かったことを実感できますね。




2020年2月17日月曜日

Emil Tabakov Sophia PO / Mahler Complete Symphonies (1987-1993)

エミール・タバコフ(Emil Tabakov 1947-)は、ブルガリアの指揮者。ソフィア・フィルハーモニー管弦楽団は、ブルガリアの国立オーケストラですが、両者とも日本語の情報はほとんど見つけられません。

タバコフはコントラバス奏者出身で、作曲家としての活動の方に重点をおいているようで、自作の交響曲はすでに10番まであるようです。

この全集は、数ある中で一番低価格と評判。独唱者は全部確認できていませんが、ブルガリア純国産マーラー全集という意味での価値があるセットです。

1987年 第2番、第10番(アダージョ)
1988年 第5番
1989年 第1番、第7番
1990年 第4番、第3番
1991年 第9番、第8番
1993年 第6番

ぶっちゃけ、残念ながらこのセットはあまり話題に上らない。好きな演奏のランキングみたいなもので無視されていることも珍しくありません。

一つは、指揮者、オーケストラの知名度の問題がある。そして、もう一つは、録音の問題が大きいと思いますが、マイクが遠く、ダイナミック・レンジが狭い。ホールの最深部で聴いている感じで、オケまでの距離がかなりある印象。ただし打楽器は強めというバランスの問題はありそう。

マーラーは舞台裏にバンダと呼ばれるオケの別動隊を用意して、音の遠近感をうまく出す手法を用います。第1番は、オケ全体がバンダになってしまい、ずっと朝もやが晴れずに進行。最終楽章でやっと目が覚めるというところ。第2番でも音が遠い。特に管楽器。

全体に速めの設定で、てきぱき進んでいく演奏です。ところどころで演奏は平坦な感じがしますが、逆に第6番には凸凹感が強いところもあります。

第9番だけは、思い切り遅い演奏です。91分越えは、下手するとバーンスタイン以上。

オケの技術的なことを云々する批評が散見されますが、少なくとも商品として成立するレベルでしょうし、それなりの頑張りは感じられます。おそらくタバコフの表情付けが強いところがあり、聴いていて違和感を感じることが多々あることが関係しているのかもしれません。





2020年2月16日日曜日

Marris Janssons / Mahler Symphonies

現代のマーラー振りで、マリス・ヤンソンスの名前を忘れてはいけません。昨年(2019年)、ヤンソンスの訃報はマーラー・ファンならずとも多くのクラシック音楽愛好者を残念がらせました。

マリス・ヤンソンス(Marris JAnssons 1943-2019)はラトビアに生まれ、レニングラード、ウイーンで音楽を学びました。1971年にカラヤン国際指揮者コンクールで準優勝し注目され、レニングラードフィルでムラヴィンスキーのもとで頭角を現します。

1979年からオスロフィルの首席指揮者、さらに1992年からロンドンフィル、1997年ピッツバーグ響、2003年からバイエルン放送響などの首席を歴任。2004年からはコンセルトヘボウにも常任指揮者として連ねます。

オスロ以後、マーラーの演奏を積極的に開始しましたが、実は遅咲きのヤンソンスは、まとまったマーラーの全集の録音は残していません。ざっと見渡したところ、「大地の歌」が欠落してしまいますが、オケをまたいで交響曲第1~9番は集めることが可能です。

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
第1番 2007年 
第2番 2009年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク、リカルダ・メルベス
第3番 2011年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク
第4番 2015年 ドロシア・ラッシュマン
第5番 2008年
第6番 2006年
第7番 2018年
第8番 2011年 ビデオあり

バイエルン放送交響楽団
第1番 2007年
第2番 2011年 ビデオあり ベルナルダ・フィンク、アーニャ・ハルテロス
第2番 2018年
第5番 2016年
第7番 2007年
第9番 2016年

オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
第1番 
第2番 ? フェリシティ・ロット、、ジュリア・ハマリ
第3番 2001年
第7番 2000年
第9番 2000年

ロンドン交響楽団
第6番 2002年

オスロでは少なくとも演奏としては全曲行っているようですし、コンセルトヘボウで第9番をやっていないわけがない・・・思うんですが、バイエルンではおそらく全集にする気持ちがあったように思います。

ヤンソンスが鍛え上げたオスロは、もう二流とは言わせないという気概が感じられる勢いがあります。コンセルトヘボウとのライブは、いずれもさすがにマーラー慣れしたオケですから、間違いない所。一番長いバイエルンは、まさにヤンソンスの手兵。

ヤンソンスの指揮は、変なことはしない。自然に素直に音楽が流れていく感じです。逆に特徴が探しにくいということも言えますが、安心して聴ける堅実な演奏です。

ビデオを見ていると、きりっとした指揮中の顔から、終わった後のくしゃくしゃとなる笑顔がなかなかいいですよね。あと5年は活躍してもらいたかったと思います。

2020年2月15日土曜日

トロといっしょ


こういうのを見つけてしまうと、信号待ちで思わず写真を撮ってしまいます。

これ、日本のミッドシップ・スポーツ軽自動車としては、だんとつにファンが多い名車、スズキのカプチーノ。

1991年に登場して、1998年に生産終了ですけど、なんと、なんと、テール・ランプがPS名作ゲームの「どこでもいっしょ」のトロです。ウィンカーは肉球。

さすがにこれはメーカー・オプションではないでしょう。改造車ということだと思いますが、これだけどうどうと走ってんだから違法性は無いんでしょうね。

こういう遊び心はいいですよね。運転している自分は見れないのに、周りの車は何となく楽しませてくれます。

2020年2月14日金曜日

ペンの森


いくらインク沼は楽しいと云っても、インクだけではしょうがない。

当然、書くための道具が必要です。羽根ペン、ガラスペンなどマニアックな筆記具もありますが、普通に使われるのは万年筆です。

さしづめ、インク沼があるのは深い深いペンの森の中。ペンの森に生えているのは、大多数は万年筆という感じでしょうか。

羽根ペン、ガラスペンはインク瓶に直接ペン先を付けて使用するものですが、イラストを描きたいとか、ちょっとずつ色を変えたい向きには便利。ただし、たくさん字を書きたい時にはめんどうです。

一方、万年筆は基本的にたくさん文字を書くために、インクをペンの中に貯めておける仕組みが一番の特徴です。

ペン本体がスポイドのようになっているもの、ペン中にスボイド様のものをはめ込むもの、そして最初からインクがつめられたカートリッジになっているものがあります。

インク沼を楽しむためには、スボイド様のものをはめ込むのが手軽にインクを交換しやすい。この道具のことをコンバータと呼びますが、国際規格みたいのがありますが、メーカーによっては独自のものが多々あるので注意が必要です。

2020年2月13日木曜日

Bernard Haitink RSO / Mahler Kerstmatinees (1977-1987)

ハイティンクはマーラー指揮者として有名だけど、全集はふにゃふにゃふにゃ・・・と書いてしまいましたが、そんなハイティンクの名誉挽回・起死回生の名盤とされるのが、毎年12月25日にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と行っていた「クリスマス・マチネー」のコンサートのライプ集です。

とにかくネット民の中でも大絶賛ですが、まぁそんなことは無い。贔屓の引き倒しみたいなところで、所詮ハイティンクはハイティンク・・・・と、思って聴き始めたら・・・

ホンマやっ!! すごいやないかい。褒める言葉がなかなかみつからへんけど、ガンガン響いてくるマーラーでっせ!!

何も関西弁にしなくてもいいですけど、ライブの緊張感とホリデーの楽しさが、ちょうどよく均衡を保ったのか、メリハリのある音がビシバシと奏でられるのですが、余裕も感じられ、稀代の名演となっていることに激しく同意するしかない。

1977年 第1番
1978年 さすらう若人の歌 ベンジャミン・ルクソン(Br)
1981年 少年の魔法の角笛(抜粋) トム・クラウゼ(Br)
1982年 第4番 マリア・ユーイング(S)
1983年 第3番 カロリン・ワトキンス(A)
1984年 第2番 ロバータ・アレキサンダー(S)、ヤルト・ファン・ネス(A)
1985年 第7番
1986年 第5番
1987年 第9番

残念ながら、第6番、第8番はありません。経営側との軋轢から、1988年にハイティンクはコンセルトヘボウ管の首席指揮者を辞任しているため、第9番が首席としての最後の録音になりました。あと数年続いていたら、最高のライブ交響曲全集が完成していたかもしれません。

放送用の音源から取られていて、しばしば音質が良くないと言われますが、極上ではないかもしれませんが、普通に問題ないレベルです。

特に第5番は世評通り、出だしからぐっとくる。全体を貫く適度の緊張感が持続して、ハイティンクらしからぬ熱い心情がほとばしり続ける演奏です。

ハイティンクは、この後、ベルリンフィル、シカゴ響など、あるいは再びコンセルトヘボウとも組んだ多くのマーラー録音が発売されています。それらの中には、Philips盤を超えると評判の物も少なくはありません。

ただし、全貌を把握するのは容易ではなく、ハイティンク・ファンはともかく、普通のマーラー・ファンは完成している全集とクリスマス・マチネーの選集だけでも、十二分に楽しめる内容です。

2020年2月12日水曜日

Bernard Haitink RCO / Mahler Complete Symphonies (1962-1971)

というタイトルをつけたものの、実はここまでほとんど触れてこなかった指揮者がベルナルト・ハイティンクです。

その理由は単純で、あまりに録音が多いのと、色々なオケを演奏するのでどうも全貌がつかめないということ。もちろん、中心となるのはコンセルトヘボウ管弦楽団との録音なんですけど。

ハイティンク自身は、マーラーの録音を粗製乱造する現状を批判気味に言っていましたが、粗製ではないとしてもあまりにあちこちから録音が出ていて・・・まぁ、それだけニーズがあるということなんですけど。

とは言え、バーンスタインと同時期に全集を完成させているマーラーの録音史上避けては通れない人物ですし、昨年(2019年)9月のルツェルン音楽祭を最後に90才で引退を表明したので、少なくとも今後新しいものは登場しません。

ハイティンク(Bernard Haitink, 1929-)は、アムステルダム出身のオランダ人。アバドよりちょっと年下ですが、元々はバイオリン奏者で、1961年からコンセルトヘボウ管の首席指揮者を1988年まで務めました。

この間にロンドンフィルの首席を兼任していましたし、1995年からボストン響、2002年からドレスデン国立管、2006年からシカゴ響などの首席を歴任しました。

マーラー物は、1962年の第1番が最初で、その4年後の1966年から全集の企画が始まり、1971年の第8番で全集として完成しました。ちょっと悩むのは、この最初のチクルスの半年後の1972年に第1番が再録音されていること。

ところがオリジナルのPhilips盤の全集にまとめられた時は、第1番は1962年のものが収録されました。現行のDeccaボックスでも同じ扱いですが、Bluray Audio化にあたってボーナスとして1972年版が収録されています。

ハイティンクとしては、全集にするには単独で録音した1962年版に満足していなかったので、あらためて1972年に再録音したと考えるのが妥当ですが、当時マーラー人気は今ほどではなかったので、Philipsとしては少しでも早くから開始し、少しでも早くに完成したということをセールスポイントにしたかったのかしれません。

オリジナルの構成は以下の通り。

1962年 第1番
1966年 第3番 モーリン・フォレスター(Ms)
1967年 第4番 エリー・アメリング(S)
1968年 第6番、第2番 エリー・アメリング(S) アーフヤ・ハイニス(Ms)
1969年 第7番、第9番
1970年 第5番
1971年 第10番、第8番
1972年 第1番 (Decca盤のみ)

現行盤には歌曲チクルスも集大成されています。

1970年 亡き子をしのぶ歌、さすらう若人の歌 ヘルマン・プライ(Br)
1973年 嘆きの歌 (2部構成) ヘザー・ハーパー(S) ノルマ・プロクター(Ms) ウェルナー・ホルウェッグ(T)
1975年 大地の歌 ジャネット・ベイカー(Ms) ジェームス・キング(T)
1976年 少年の魔法の角笛 (12曲) ジェシー・ノーマン(S) ジョン・シャーリー=カーク(B)

ハイティンクと言えばコンセルトヘボウ、コンセルトヘボウと言えばマーラー。となると、ハイティンクと言えばマーラーという論法が成立しそうなんですが、この全集についてはまだハイティンクが若く、円熟の境地と言うには程遠いという評価が多いようです。

確かに、全体的にあまり特徴的なことは指摘しにくい。それが悪いわけではありませんが、他の指揮者の演奏でもいいという感じ。

ソプラノとしては一時代を作ったアメリングが登場することは無条件に喜ばしい。丸みのある柔らかい声質で、第4番第4楽章はソプラノでの名演と呼びたいところです。





2020年2月11日火曜日

Michael Gielen SWRSO / Mahler Complete Symphonies (1988-2003)

ミヒャエル・ギーレン(Michael Gielen, 1927-2019)は、ユダヤ系のドイツの指揮者で、1950年頃から頭角を現し、スウェーデン、ベルギー、フランクフルト、ロンドン、シンシナティなどのトップを歴任し、1986年から南西ドイツ放送交響楽団の首席に就任し活躍しました。

基本的には冷静さを保ち、きっちりと音楽を積み上げていくタイプのようで、マーラーについてもあまり特徴的な所はありませんが、レベルが高いとはいいにくい南西ドイツ放送響をうまくまとめ上げて、堅実な音楽を聞かせてくれます。

一部は21世紀にかかって完成したHansslerの全集ボックスには、以下が含まれます。

1988年 第4番 クリスティーネ・ウィットルジー(S)
1989年 第10番(アダージョのみ)
1993年 第7番
1996年 第2番 ジュリアン・バンス(S) コルネリア・カリッシュ(Ms)
1997年 第3番 コルネリア・カリッシュ(Ms)
1998年 第8番
1999年 第6番
2002年 第1番
2003年 第5番、第9番

ギーレン全集の第6集として登場した現行ボックスでは、CD4枚、DVD1枚が追加された「完全版」になっています。追加収録されたものは以下の通り。

1992年、2001年 大地の歌 コルネリア・カリッシュ(Ms) ジークフリート・イェルザレム(T)
1998年 さすらう若人の歌 ペーテル・マッテイ(Br)、亡き子をしのぶ歌 コルネリア・カリッシュ(Ms)
2005年 第10番(クックによる補筆完成版)
2009年 花の章
2009年、2011年 少年の魔法の角笛(12曲) + 原光 + 天井の生活 クリスティアーネ・イヴェン(S) ハンノ・ミュラー=ブラッハマン(Br)
2012年 リュッケルト歌曲集 エリザベス・クルマン(Ms)

DVDは2003年の第9番のライブ映像が収録されています。

独唱者として登場するカリッシュは、比較的聴きやすい安定した歌唱です。ただし、第4番のウィットルジーは残念。声質もいまいちですが、やはりソプラノで歌われるとキンキンしてしまう。

ギーレンは昨年亡くなりましたが、追悼盤として第6番の1971年と2013年の新旧ライブを収録されたアルバムが発売されています。同じオケによる3つの録音は、演奏時間に如実に違いが出ています。

1971年 21:04 - 12:02(Schrzo) - 13:15(Andante) - 27:36
1999年 25:01 - 14:36(Schrzo) - 14:46(Andante) - 30:40
2013年 27:45 - 15:31(Andante) - 16:09(Scherzo) - 34:40

冷静沈着なギーレンでも、年を重ねるたびにテンポが遅くなる「巨匠化現象」があるようです。ただ遅くすると間延びした演奏になってしまうので、やはり主観的・主情的な部分が強調されてきているということかもしれません。

いずれにしても、ドライなんだけどホットなマーラーとして定番と呼べる演奏です。

2020年2月10日月曜日

Evgeny Svetlanov RSSO / Mahler Complete Symphonies (1990-1996)

エフゲニー・スヴェトラーノフ(Yevgeny Svetlanov、1928-2002)は、ロシア人でロシア人作曲家の作品すべての録音を目指していたくらい、国家が認めるお抱え指揮者の一人みたいな存在。

1954年にモスクワ交響楽団でデヴューし、1965年からはソビエト国立交響楽団、後のロシア国立交響楽団の首席指揮者を務め続けました。

何しろ大戦後、ソビエトとアメリカを中心に東西冷戦体制に突入し、鉄のカーテンで遮られてソビエト連邦の音楽業界の話はあまり西側諸国には入ってきませんでした。剛腕スヴェトラーノフが話題になるのは、ベルリンの壁崩壊、ソビエト連邦解体後の90年代からでしょう。日本でも、度々NHK響と共演し、CDも多数残されています。

ちなみに、昨年亡くなった中村紘子とスヴェトラーノフ/ロシア響のラフマニノフP協第3番は隠れた名盤です。

1990年 第6番
1992年 第1番、第7番、第9番、第10番(アダージョのみ)
1994年 第3番 オルガ・アレクサンドリア(Ms)
1995年 第5番
1996年 第2番 ナタリーア・ゲラシモワ(S)、オリガ・アレクサンドリア(Ms)
1996年 第4番 ナタリーア・ゲラシモワ(S)
1996年 第8番 オリガ・アレクサンドリア(Ms)、ガリーナ・ボリソワ((Ms)、アレクセイ・マルティノフ(T)、アナトリー・サフューリン(Bs)、ディミトリー・トラペズニコフ(T) 他

特に第6番は、ネットでは爆演で名高いのですが、全体を通して言えるのは、妙に遅かったり、やたらと速かったりと、この人独特の間みたいなものがある。

素人の耳でも、アンサンブルの乱れみたいなところに気がつくことがありますが、勢いが優っていて、小っちゃい事なんか気にする必要は無いと暗黙のうちに諭されているようです。

また、チェレスタなどの、通常楽器を修飾するような音も、マイクに近いのかよく聞こえたりするのが面白いかもしれません。

マーラーはかつて「指揮者は曲を好き勝手に解釈して演奏する」と言って、楽譜に細かい指示をたくさん書きこんでいました。スヴェトラーノフは、そんなことにはお構いなしで、自分の正しいと思う道をひた走るということのようです。

ある意味、最も独特のマーラーなのかもしれませんが、そういう捻り方も時と場合によっては面白いわけで、はまった人には名演の数々という評価になりそうです。

2020年2月9日日曜日

Vaclav Neumann Czech PO / Mahler Complete Symphonies (1976-1982)

厳密にはマーラーは現チェコ出身であり、そしてチェコ出身の指揮者でラファエル・クーベリックに続いてマーラー交響曲全集を完成させたのがヴァーツラフ・ノイマン(Vaclav Neumann, 1920-1995)です。

ノイマンは、元々大規模オーケストラが苦手だった自分としては結構以前から親しんだ指揮者。

チェコの国民的作曲家の代表と言えば、ドボルザーク(1841-1904)で、「新世界」に代表される民族的な親しみやすいメロディは昔からお気に入りです。Supraphonというチェコの有名なレコード会社があり、そこのノイマン指揮チェコフィルの全集は、自分のドボルザーク交響曲のスタンダードになっています。

ノイマンはチェコフィルのヴィオラ奏者でしたが、1947年に当時の首席指揮者だったクーベリックの急病により指揮者デヴューしました。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管監督を経て、1968年からチェコフィルの音楽監督に就任し、以後1995年に亡くなるまでその関係が続きました。

マーラーには、ゲヴァントハウス時代に数曲、その後2度の全集録音がありますが、最初は1976~1982年にチェコフィルのホームであるルドルフィヌム(芸術家の家)で行われました。そして2度目は日本との関わりがあって、キャニオン・レコード(現Exton)が1992年から制作しましたが、残念ながら逝去により第7番と第8番が収録されずに終わりました。

Gewandhausorchester Leipzig
1966年 第6番
1967年 第5番、第9番
1968年 第7番

Supraphon盤 チェコフィル
1976年 第10番(アダージョ)のみ
1977年 第5番、第7番
1979年 第1番、第6番
1980年 第2番、第4番
1981年 第3番
1982年 第8番、第9番

1971年 大地の歌 チェコフィル、ヴィエラ・ソウクポヴァー、ヴィレム・プジビル (Radio Servis盤)
1983年 大地の歌 チェコフィル、クリスタ・ルードヴィヒ、トーマス・モーザー (Praga盤)

CANYON (EXTON) 盤
1992年 第1番
1993年 第2番、第5番、第4番
1994年 第3番
1995年 第6番、第9番

ドボルザークの全集で、ノイマンの指揮は奇をてらったことはせず、大変素直な演奏をしていますが、マーラーでも基本的な姿勢は変わりません。変に盛り上げようとか、ここは泣かせようというような邪念の無い真摯に音楽に向き合う演奏です。

そこが物足りないという感想を持つ方もいるかもしれませんが、逆に作曲家に対するリスペクトが溢れているようにも思え好感が持てます。

特に1995年の第9番は、ノイマン自身のラスト・レコーディングとして有名。第7番を収録する予定だったのがオケメンバーの都合で延期になり、ノイマン自身の希望で急遽録音されたというエピソードがあります。Supraphon盤に比べて、CANYON盤は音質が格段と良くなっていますし、録音が終わった数日後に突然ノイマンが亡くなったことは、この演奏を聴く上でより深い感慨を避けることはできません。


2020年2月8日土曜日

吉村作治×栗本薫「ピラミッド・ミステリーを語る」

わざわざ、昔買った本を再度購入するなんてことはめったにありません。

一つの場合は、好きだった本が手元にすでに無いというケース。何かのきっかけで、もう一度読んでみたくなったという時に買いなおすことがある。

もう一つの場合は、今でも所有しているのですが、扱いが悪かったのか、あるいはページを何度も開いているうちに傷みが激しくなったようなケース。

前者は、現在は持っていないわけですから、再購入はしょうがない。記憶にあるのは、高校生の時に感動した吉村昭の黒部第3ダムにまつわる話を小説化した「高熱隧道」で、映画「黒部の太陽」のブルーレイ発売でもう一度読みたくなりました。

後者は、汚くなったとはいえ今も手元にあるわけですから、読む読まないにかかわらずよほどのお気に入りでないと再購入までするということはない。

例えば、マイルス・デイビスの自叙伝。文庫本で上下巻の2冊で読みましたが、文庫は字が小さくてしんどいのと、2冊に分かれているのが嫌でした。そこで、全一冊の単行本をわざわざ後に買いなおしました。

そして、ヒッチコックとトリフォーの対談「映画術」は、まさにヒッチコック映画ファンにはバイブルのような本で、何度も開いているうちにボロボロになったのと、少しだけ文章が追加された「定本」版が登場していたのでもた買っちゃいました。

そして、最近気がついて買いなおしたのが吉村作治・栗本薫「ピラミッド・ミステリーを語る」という朝日出版社1987年初版の本。

吉村作治は一頃テレビにもたくさん出演していたので知っている人も多い早稲田大学のエジプト学者で、栗本薫は残念ながらすでに亡くなりましたが中島梓名義でも有名なSF小説家。早稲田つながりの二人が、ピラミッドについて語りつくすというもの。

何の気なしに手に取った本でしたが、写真・図版がたくさんあって視覚的にも古代エジプトの面白さが垣間見えて買ったのが30数年前。古代エジプトの面白さはこの本から始まり、他の本もずいぶん読んだのですが、違う本を読む前に再び戻ってくるというアンカー・ブックになりました。

吉村先生がまだメディアに毒される前のもので、生徒の栗本薫に講義をするような対談形式になっていて、文章にも堅苦しさが無く大変わかりやすい。ピラミッドが中心ですが、古代エジプト全般に話題は及んでいて、興味が広がります。

すでにページはばらけてしまい、こぼした珈琲の染みができて読めなくないけど、かなり状態は劣化してしまいました。自分だけで楽しむなら我慢できるところなんですが、今度エジプト旅行をするという知人に貸すことにしたのでアマゾンで買いなおしました。

何かエジプトの本を貸してほしいと頼まれ・・・さすがに人に貸すには、これは汚すぎる。定価は2000円でしたが、さすがに古いそれほど話題にならなかった一般向けの本ですから、アマゾンの古本としてはただ同然の値段だったので気楽です。

2020年2月7日金曜日

Lorin Maazel VPO / Mahler Complete Symphonies (1982-1989)

ロリン・マゼール(Lorin Maazel, 1930 - 2014)はフランス生まれの指揮者で、生後すぐにアメリカに移住したので一般にはアメリカ人という扱い。この人はまさに神童で、8才でニューヨークフィル、9才でフィラデルフィア管を指揮したというから驚くしかありません。

クリーヴランド管、ウィーン国立歌劇場などで活躍し、80年代はウィーンフィルとの良好な関係が続きましたが、てっきり自分だと思っていたカラヤン後のベルリンフィルのシェフをアバドに1989年にもっていかれて相当ショックだったらしい。

カラヤンがベルリンを去ることを予想していたわけではないのでしょうが、ベルリンとも良好な関係を気付いていたマゼールは、このマーラー全集が始まった時に、次は自分にという気持ちがあったかもしれません。

1982年 第5番、第6番
1983年 第2番、第4番
1984年 第7番、第9番、第10番(アダージョのみ)
1985年 第1番、第3番、亡き子をしのぶ歌
1989年 第8番

マゼールに対しては、いろいろ評論を探していると賛否両論が目立つように思います。かなり聴く人を選ぶ指揮者と言う印象です。それはマーラー全集にも言えることで、どちらかというと低い評価をする人が多いのですが、中には大絶賛もある。

すべてをウィーンフィルと録音するという偉業を初めて達成しながら、やっつけ仕事のように言われるのはどうしてなんでしょう。特に最後に録音された第8番は、それまでのペースから外れて4年後の1989年です。4月にカラヤンがベルリンを辞任したため、6月に全集完成のために重い腰を上げた感があります。

第1番、遅い。第2番、これも遅い。第3番、遅すぎる・・・、そして第4番、遅い。第5番、何か遅い。第6番、やっと普通・・・だけど、時すでに遅し。第7番、やっぱり遅い。第8番も、第9番も・・・もはや真面目に聴く気がしない。

こんな書き方をするとファンから怒られそうですが、必要以上に情感を溜めすぎ。器用さが仇となって、遅さの中にいろいろ詰め込んだのかもしれませんが、聴く側としては音楽の流れに乗り切れない感じです。

ただし、中にはこの流れにうまく乗ってしまえて、それが心地よいと思える人もいるわけで、まさに好き嫌いは紙一重みたいなところなのかもしれません。

20世紀末には、ワルトラウト・マイヤー(Ms)の歌唱で、歌曲集と大地の歌を録音していますが、こちらは普通のテンポで、歌手をうまく引きたてた素直な演奏をしているように思います。

21世紀になって、フィルハーモニア管との一連のライブ(2011年4~10月)が、2度目の交響曲全集(1-9番)として完成し発売されました。ただし、こちらはあまり話題に上ってきません。全体的に、さらにさらに間延びした演奏だからでしょうか。

2020年2月6日木曜日

インク沼


カメラにはまると、色々なレンズが欲しくなる・・・これを「レンズ沼にはまる」と呼ぶんですが、他にも、好きな物に興味を持つと、「~沼」というものがあったりしても良いわけです。

最近知ったのが「インク沼」・・・つまり万年筆に使うインクにはまっちゃう人が増えているらしい。

昔は、ブラック、ブルーブラック、ブルー、たまにレッド・・・せいぜい4色しかなかったんですが、今はどうもすごい事になっているらしい。

インク・メーカー各社は、独特の色を想像させるネーミングを付けて微妙に違う色のインクを多数販売しています。

他にも地方に行くと、そこで特色のあるその土地ならではと言うインクもたくさんあって、通販をしていないものにはファンがわざわざ出かけて行って買い求めるということも多いようです。

パソコンを代表とするデジタル・グッズは大好きですが、アナログと比べると自由度は少なく、昔流行った言葉で言うと「ファジー」な感じはなかなか持ち合わせていません。

それをデジタルの世界で実用化していく手段の一つが「AI(人口知能)」なのかもしれませんが、臨機応変というか、ちょっとした「揺らぎ」みたいなものはまだまだアナログの専売特許です。

インクという思い切りアナログな物に人気が出ると言うのも、実に理解しやすい話だと思いますし、実際自分もそういう傾向があることを実感しました。

沼にはまると、深くて藻がからまったりしてなかなか出られなくなる・・・まさに趣味の沼も奥の奥はなかなか見えてこないものですよね。

2020年2月5日水曜日

消えたアルコール

酒不足が深刻化・・・とかの話じゃない。

新型コロナウイルス問題の続きの話。消毒用アルコールが、軒並み品切れ状態なんです。

マスクは無ければ無いなりに何とかなる。ところが、消毒用アルコールは、クリニック・病院では無いと大変困ったことになる。

ウイルス対策として、一般メディアではあまり注目されていないような印象ですが、手洗いは予防対策として重要の方法ですし、アルコールは手だけでなく物品の消毒にも使います。

よく店の入り口などに置かれている噴霧式消毒液は、大多数が主成分はアルコール。今回のウイルス騒動で、需要が急激に増えたことは当然と言えば当然。

病院では、採血する時、注射をする時などにアルコールで部位を拭いて簡易消毒を行うのが慣例ですし、自分も診察の合間に何度か手指に噴霧して擦り込み消毒を行います。

在庫を確認してみると、こういう事態を予想していなかったんですが、年末に多めに仕入れていたので、普通に使うと春までは問題なさそうですが、普通以上に消費するとちょっと不安という感じ。

マスクと同じで、取引のある薬問屋は次にいつ入荷するかわからないという状態。アスクルもほぼ売り切れで再入荷未定です。

Amazonもほとんど売り切れなんですが、売っていても通常の何倍もの値段をつけてあってあり得ない価格です。こういう、弱みにつけ込む販売者はブラックリスト化してもらいたいですよね。





2020年2月4日火曜日

消えたマスク

1月なかばから、しだいに話題を独占するようになったのが「新型コロナウィルスによる肺炎」問題。

中国の武漢という街から始まったとされ、ちょうど中国の大型連休である「春節」と重なり、中国国内だけでなく世界各地に中国人が大移動することで拡散の危険が増しました。

日本でも、すでにウィルスが検出された肺炎患者が発生し、場合によっては2次感染だけでなく、3次感染すら疑われる状況です。

WHOが緊急事態宣言をしたことで、各国でも強制的な対策が取りやすくなりましたが、慎重になっていたWHOの対応がやや遅かったことは否めない。

テレビをはじめとしてで様々なメディアでニュースが流れ、本当の事も疑わしい事も、さらには完全にデマと言えるような事も含めて、情報が垂れ流されている状況です。

何しろ相手はウイルスという肉眼では見えない物を相手にしているので、怖がっていたらきりがない。社会生活を営む以上、ある程度の開き直りは必要かもしれません。

さしあたって、身近なところで一番困ったのがマスク。マスクがまったく手に入らなくなりました。

クリニックでは、元々この時期インフルエンザの流行時期でもあり、自分を含めてスタッフが集まってきた患者さんから感染するリスクは少なからずあるものです。予防接種だけでなく、マスク・手洗い・うがいなどは基本中の基本。

いつもはアスクルでマスクを注文して、シーズン中に使う分くらいは在庫しています。ところが、今回のウイルス騒動がいつまで続くかわからない状況では、在庫がもつかどうか怪しくなってきました。

ところが、アスクルは軒並み売り切れ状態で、まったくといっていいほど買うことができなくなりました。Amazonなどでも、普通に売られているものは消えてしまい、ここぞとばかりに異常な高額のものだけしか残っていません。

さすがに中国自体も本気で封じ込めにかかっているように思いますので、流行は今がピークなんだろうと思います。国内の検疫体制も強化されていますし、安心していいわけではあれませんが、必要以上に恐れていてもしょうがない。

たいていのマスクではウイルスは通過しますし、そもそも周囲の隙間からいくらでも吸い込めるので、元々マスクについては罹患予防効果は薄い。積極的に自分が感染源にならないようにする意味合いの方が大きいものなので、あわてず騒がず市場に戻ってくるのを待つのが良策と言えそうです。

2020年2月3日月曜日

Gilbert Kaplan LSO / Mahler Symphony #2 (1988)

立て続けに全集を聴いていくのは、マーラーソンみたいな感じで、ちょっと息切れしてきました。何しろ、交響曲だけでもまじめに聴くとだいたい連続で半日かかる。

全ての空き時間を使っても、一日に数時間がいいところですから、一人の指揮者の全集を聴きこむには1週間は必要かと。とは言え、他にもすることはいろいろありますから・・・。

ということで、全集の話はちょっと休憩して、話は一気に変わりますが、「Insttitional Invester」というアメリカの経済雑誌をご存知でしょうか。

創刊は1967年ですから、すでに57年前からある由緒正しき雑誌ですけど、もちろん最も不得意なジャンルである経済の話をしようとしているわけじゃありません。

この雑誌の創刊に携わったのが、当時26歳の青年であるギルバート・キャプランです。彼は雑誌を成功させた後、30代になってショルティに弟子入りしました。元々、音楽教育を特に受けていないのに、ストコフスキー指揮の「復活」に感激し、いつかは自分で指揮棒をふりたいという夢を持ったのです。

1982年、40代なかばに私財を投じて自らコンサートを行ったら大評判になり、その後世界中の名だたるオーケストラから客演を依頼され、「復活」専門の指揮者として有名になりました。

1988年にロンドン響と録音されたアルバムは、話題が話題を呼び、何とマーラー録音史上最も売れたアルバムと言われています。

しかも、楽譜の総譜とパート譜の細かな違いに気がつき、直筆譜を買い取り徹底的に研究して校訂を行いました。これはキャプラン稿として2005年に刊行され、国際マーラー協会のお墨付きとなり、現在演奏される最も信頼すべきスタンダードとなっています。

校訂楽譜が出版される前の2002年には、校訂稿に興味を持った問い合わせをきっかけに、なんとウィーンフィルとDGに録音を残しました。さらに室内楽版の編曲も行ったりするなど、マーラーというより「復活」専門オタクの鑑というべき存在です。

演奏は、素人の遊びと簡単に片づけられるレベルの物ではありません。ストコフスキー(これがキャプランの人生を変えたのかも)、ショルティ、バーンスタインと「復活」録音があるロンドン響が、素人の遊びと一蹴せずに本気で付き合っている演奏で、下手にいじくるのではなく真正面から正々堂々と挑んだという印象。

もちろん、これが「復活」のベストとは言えないでしょうけど、居並ぶ巨匠たちの間で、同等に扱われるだけの価値のある演奏です。

キャプランは、唯一のレパートリーである「復活」だけに後半生を捧げ、2016年の元旦に74才で亡くなりました。

2020年2月2日日曜日

Rafael Kuberik BRSO / Mahler Complete Symphonies (1967-1971)

ラファエル・クーベリック(Rafael Kuberik, 1914-1996)はチェコ出身。年齢的にはカラヤンとバーンスタインの間。音楽的にはエリート一家の出身で、プラハ音楽院卒業後にチェコフィルの指揮者としてデヴュー。

1948年にチェコが共産化した際に西側に亡命し、1961年からバイエルン放送交響楽団の首席指揮者となって、1979年まで手兵としてオケを鍛え上げています。1986年、一時体調の問題で引退。民主化により1990年、チェコフィルと共にスメタナの「わが祖国」を指揮して奇跡の復活と評判になりました。

クーベリックは、実は名前はかなり昔から知っていて、たぶんDGの「わが祖国」のレコードを持っていた・・・ような記憶がありますが、その風貌がお茶の水博士みたいで、颯爽としているバーンスタインやカラヤンと比べるとパッとしなかった。

同じチェコ出身としてマーラーの曲にも早くから興味を持っていて、バーンスタインより少し遅れましたが、早くに全集を完成させた一人に数えられます。内容は、潔く交響曲のみです。

1967年の第9番からスタートし、同年に第1番、第3番、1968年に第4番、第10番(アダージョのみ、)第6番、1969年に第2番、1970年に第7番、第8番、1971年に第5番という具合で、比較的短期間にバイエルン放送響のみで作り上げました。

演奏はと言うと、全体的には穏健な過激な修飾の無いスタイルでやや早めの演奏だと思うのですが、出だしの急加速から一転してゆったりさせたり、テンポの揺れはおおきめという印象。

ブームの先駆けとして、ここからマーラーを始めた人は多いでしょうから、その点の功績は多大なものがあるのですが、いろいろなマーラーが登場した現在ではスタンダードとはしにくい名演かもしれません。

2020年2月1日土曜日

Giuseppe Sinopoli PO / Mahler Complete Symphonies (1985-1996)

イタリア人のジュゼッペ・シノーポリ(1946-2001)は、何が有名って、1911年のフェーリクス・モットル、1968年のヨーゼフ・カイルベルトに続く史上3人目・・・

2001年4月20日、「アイーダ」を指揮している最中に心筋梗塞を起こし倒れ、指揮台の上で演奏中に亡くなるという衝撃的な結末を迎えています。

DGの廉価版ボックスが長らく出回っていたので、かなり以前からその存在を知っていたのですが、濃い顎鬚、おしゃれな帽子とメガネ、左上を見ているポーズなど、クラシックにしてはかっこつけた指揮者だなぁと思っていました。

実際、主要しているCDはR.シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」だけでした。これは、A.S.フォン・オッターが登場するからという理由。実は、シノーポリの最後のレコーディングだというのを知ったのは最近の事。

シノーポリは、元々は心理学・脳科学を勉強していた人で、指揮者デヴューは1975年でちょっと遅め。1992年からシュターツカペレ・ドレスデンの常任指揮者を亡くなるまで勤めました。音楽解釈にも、精神医学的な背景を取り入れるインテリとして特異な評価を受けていたらしい。

フィルハーモニア管弦楽団とマーラー交響曲全集を完成させており、一定のファンがいますが、交響曲だけの全集より、歌曲含みのボックスが現在も入手しやすい。それ以外のマーラー物はシュターツカペレ・ドレスデンとのライブが数曲残されています。

1985年 交響曲第5番
1985年 交響曲第2番、さすらう若人の歌 (ブリギッタ・ファスベンダー、ロザリンド・プロウライト)
1986年 交響曲第6番
1987年 交響曲第10番 (アダージォのみ)
1989年 交響曲第1番
1990年 交響曲第8番、嘆きの歌
1991年 交響曲第4番 (エディタ・グルベローヴァ)
1992年 交響曲第7番、亡き子をしのぶ歌 (ブリン・ターフェル)
1993年 交響曲第9番
1994年 交響曲第3番 (ハンナ・シュバルツ)
1996年 大地の歌

ちなみに「嘆きの歌」は3部構成の東京でのライブで、オーケストラはシュターツカペレ・ドレスデンです。

全体を通して、もちろん悪いわけではなく、何となく明解な演奏と言う印象なんですが、テンポの揺れが多いように感じました。ときどき、自分の期待よりも、次の音の出が遅くなったり速かったりする感じ。

全体でみればややゆっくり目なのかもしれませんが、このあたりは好き嫌いがはっきり分かれるところかもしれません。クレンペラーに鍛えられたオーケストラは、当然それなりの実力です。