マイケル・ティルソン・トーマス(Michael Tilson Thomas、1944-)は、バーンスタイン後のアメリカ人指揮者としては最も知られた存在。
1969年のボストン響を皮切りに、ニューヨークフィル、ロサンゼルスフィルで研鑽を重ね、1988年にロンドン響の首席に就任しました。1995年からは、現在に至るまでサンフランシスコ響の音楽監督を務め、マーラー全集をはじめ、何度もグラミー賞を受賞する名演を残しています。
とはいえ、20世紀にマーラー全集はたくさん登場し、単発物では猫も杓子もマーラーを取り上げる時代ですし、ましてCDの売り上げもどんどん減っていて大手のレコード会社もそうは簡単に全集のプロジェクトにコーサインは出しません。
そこで、サンフランシスコ響は自主製作盤を道を選択します。マーラー全集は2001年にスタートしたライブを順次、優秀な録音で、しかもSA-CDで発売しました。最終的に2011年にボックス化されましたが、おそらく最も高価な全集かもしれません。
1996年 嘆きの歌(3部構成)
2001年 第1番、第6番、亡き子をしのぶ歌 ミッシェル・デ・ヤング
2002年 第3番 ミッシェル・デ・ヤング
2003年 第4番 ローラ・クレイコム
2004年 第9番、第2番 イザベル・ベイラックダリアン、ロレイン・ハント・リーバーソン
2005年 第5番、第7番
2006年 第10番(アダージョのみ)
2007年 大地の歌 スチュアート・スケルトン、トーマス・ハンプソン
2008年 第8番 エリン・ウォール、エルザ・ヴァンデン・ヒーバー、ローラ・クレイコム、カタリーナ・カルネウス、イヴォンヌ・ナエフ、アンソニー・ディーン・グリフィー、クィン・ケルシー、ジェームス・モリス
2009年 さすらう若人の歌、リュッケルト歌曲集、少年の魔法の角笛(抜粋)
スーザン・グラハム、トーマス・ハンプソン
なお「嘆きの歌」は、本来は今回のプロジェクト以前の録音ですが、リマスターされ再登場したものです。
まず、最初にわかるのは、圧倒的に音質が良いということ。一つ一つの楽器の分離が鮮やかで、響きが豊かなのに音が潰れていない。日頃から使い慣れてホールの特性を熟知したエンジニアが相当神経を使った仕事をしているんだと思います。
全集としては、オーケストラ物は歌曲も含めてほぼ揃いますが、惜しむらくはここまで取りまとめたのに「少年の魔法の角笛」だけ抜粋にしてしまったこと。どうせなら、全曲やろうという話にならなかったのが不思議でならない。
演奏は、基本的に素晴らしい。オケの面々は、高音質に耐えうる確かにテクニックを持っていることを感じます。ただ、実は内容的にはちょっと馴染めませんでした。
例えば、バーンスタインが毛筆書体だとすると、アバドは楷書体。シャイーは明朝体という印象なんですが、トーマスはゴシック体なんです。それもブーレーズのようなかっちりしたゴチックではなく、独特の変形をところどころに入れた変わり種のゴチック。
さらに言うと、アナログなバーンスタインと違い、トーマスはデジタル。一つ一つの音を正確に計画通りびしっと置いていくような几帳面さがある一方で、あちこちで間やテンポを変えてくる。自主製作ということもあってか、やりたいようにやっているんでしょうね。
この変化が聴いている側の感性とマッチすれば大傑作なんですが、一度ずれてしまうとけっこう聴いていて気になってしかたがない。初めてマーラーを聴くなら問題ありませんが、やはり慣れていると先入観というものがどうしても邪魔してしまう感じです。
というわけで、初めてのマーラーとしてお勧めですが、アバドから入った自分には違和感の残る演奏という結果でした。