2010年5月31日月曜日

翳り

世間では「つきこい」と言えば、今やっている月9ですが・・・いかがですか。皆さん見ていますか。

うちでは、かみさんが騒ぐかどうかで人気のほどが伝わってくるわけで、つきこいに関しては大変評価が低いようです。

なんで? やっぱし、キムタクの冷たい仕事一筋キャラが許せないようです。どうせ最後はラブラブハッピーなんでしょうから、無理して悪者しなくてもいいんじゃないの。それに中国の女優さんの身長高すぎでしょう、なんてのもあるようです。

ずいぶんと話題引っ張って初回こそ鳴り物入りで登場したドラマですが、視聴率はどんどん下降線らしくフジテレビもだいぶあせっているらしいですが、いかんせん基本的にこの手のドラマには興味がないので、よくわからない。

ちょっとだけ見ただけですが、時代はSMAPから嵐ですかね。でも怪物君は・・・最終回は松潤が出るらしいです。最終回だけは見ようかな。

2010年5月30日日曜日

今日はまるまる学会

朝6時半に家を出て会場へ。

8時から教育研修講演を聞くためには、できるだけ早くに行って登録をしないといけません。

IC カード管理で、定員数を越えると受講できなくなるのです。その辺りは、昔の方が融通がききました。

まあ、昔はよかった的なことばかりを云ってもしょうがないのですが、今はひたすら専門医を維持するために学会にでかけます。

しかも、興味のないものや必要のない講演を聞かないといけない。自分にとって大事なテーマでも、定員で聞くことができないこともあります。

もともと整形外科の最も大きな学会ですから、お祭りみたいなところがありました。でも、今はみたいではなく完全にお祭りとなったようです。

でも、いろいろと懐かしい人に逢えたりして、それはそれで楽しかったわけです。自分の場合、もともといた大学と途中で移籍した大学と2つの組織に関係があったりするので、しばらくぶりの先生が多いかもしれません。

ままだまだ病院で勤務医をして頑張っている先生、自分と同じように開業して頑張っている先生、けっこう懐かしい人と話し込んだりしてあっという間に時間が過ぎてしまいました。

2010年5月29日土曜日

Ristorante di papà

今夜は自宅でフルコース・ディナーをしてみました。多少、盛り方に美しさは足りないかもしれませんが、将来飲み屋をするかもしれないので(?)、修行のひとつだと思ってください。

前菜は生ハムとフォアグラ・ソテーです。フォアグラは軽くソテーでしてみました。

続いては冷製ジャガイモ。スープ。

魚料理は、カジキマグロの香味ソテーににんにくソース。焦げないようにゆっくり日を通しました。

サラダはグリーンリーフとソルトリーフ。ソルトリーフって知ってます。実は今日まで自分は知りませんでした。表面が凍っているように見える不思議な野菜です。しかも食べてみると、塩味でまたまたびっくり。

そして、肉は黒毛和牛ランプステーキでトマトソース添えです。霜降り度は少ないのですが、大変やわらかいので、超レアでいただきました。

そんなわけで、ワインを飲みながら優雅な夕食をたのしんだわけです。

ところで、気になるのはお値段。4人分でだいたい1万円(ワイン含む)。一人当たり2500円なら、まぁまぁ許せるんじゃないでしょうか。

ただし、順番に作って出すのがめんどう。やっぱり、ひたすら食べる係りがいいようです。

2010年5月28日金曜日

専門医

専門医という制度は、自分が医者になった頃にはまだありませんでした。ただし、専門医制度を作るという動きは各学会にあって、自分の在籍していた大学でも、教授が将来制度が稼動したときのことを考えて研修医ノートというのを作って医局員に配布していました。

研修医ノートには、自分が担当した患者さんのリストを書く欄、執刀した手術の記録を書いておく欄、参加した学会や発表した演題を書く欄などがあって、これだけ見ればすぐにでも申請ができるようになっていました。今だったら、個人情報の関係でとても許されないかもしれません。

整形外科の場合は、日本整形外科学会がその認定を行うのですが、まず学会の会員になって6年を経過していること、そして主治医をした患者さんのカルテと手術記録を20人分を出して申請するものでした。そして、筆記試験と面接試験をうけることになるのです。

実は、最初のチャンスでは自分は不合格でした。自分のそのままの実力で合格しないと意味がないとつっぱったことを考えていて、いわゆる「過去問」というものには見向きもしませんでしたし、あらかじめ勉強することもなかったのです。

しかし、筆記試験は相当に細かいところを突っ込んでくる問題が多くて、通常の診療の中では知らなくてもいいようなことが多かった。しかも、面接試験では部屋に入るなり、「お辞儀が悪い」と言われて、小笠原流のお辞儀の仕方をくどくどと説明される(あの面接官はどこの大学の教授だったのかしら?)始末で、あえなく撃沈。

そこで、先輩から茶色い表紙の過去問の乗っている本をもらって、次の年は万全を期して望みました。ところが、試験会場では周りを見ると、みんな緑色の表紙の本を持っているではありませんか。後で知ったのですが、数ヶ月前に新版が発売されていたのです。試験は新版から多くの問題が出題されていたということです。

まぁ、いろいろありましたが何とか専門医の資格を取ることができましたが、じゃあどんな役に立つのかというと・・・・ほとんど現状では役に立ちません。つまり専門医を持っていても特に有利な点はほとんど無いといっても言いすぎではありません。

かえって専門医資格を維持するために使うお金や時間(教育研修講演をひたすら聞く必要があります)のほうが膨大で、休みが取れない開業した医者にとってはけっこう大変なことなのです。とりあえずとったからには、何とか維持していくしかありません。というわけで、とにかく単位をとり続ける努力をし続けるわけです。

2010年5月27日木曜日

日本整形外科学会 in 東京国際フォーラム

整形外科の医者にとっては、一番大きな学会です。とにかく専門医を維持するためにも参加しないわけにはいかないのです。

午前の診療が終わってから、有楽町までやってきました。

それにしてもIT化の流れというのは凄いものです。ICカードで参加の記録がすべて管理されます。

しかし、内容はどうなんでしょうか。単位をとるための研修講演ばかりで、いろいろな病気を討論する場ではなくなりました。

2010年5月26日水曜日

今日はリウマチの勉強

いつも、何かとためになる話をお聞かせいただいている聖マリアンナ医科大学の山田秀裕先生の話を聞いてきました。ずいぶんと偉い先生なのですが、地の利のせいか何かと講演を聞く機会が多いのです。

今夜の話題は高齢発症リウマチについて。一般には40歳前後での発症が多いとされている関節リウマチですが、実際には高齢発症が少なくない。高齢の方はわざわざ遠い大学病院まで行くことが難しいので、開業医をしているとだいがくの先生方が思っている以上に遭遇するように思います。

高齢者の場合、とにかく治療が難しい。一般的に使われる抗リウマチ薬は副作用のリスクが高いために使いづらい。副作用が出るとリカバーが難しいので、どうしても慎重にならざるを得ないのです。

当面の痛みを抑えることで日常生活の能力を何とか確保することに主眼を置くと、ステロイド薬を使った治療が中心になる。ところがステロイドも多くの副作用があるために、やたらと使うわけにはいきません。

ところが今日の山田先生の話は、高齢者にも生物学的製剤を使うという話だったのです。まごまごしていると寝たきりになってしまうことを考えると、いくつかの条件はあるものの生物学的製剤を早くから導入できることが望ましいということです。

もちろん、副作用などの問題点を理解していただけることが大事で、量はできるだけ少な目からスタートしていきます。確かに、いろいろな副作用が起こるかもしれない内服の抗リウマチ薬よりも、生物学的製剤のほうが副作用のポイントは絞りやすいわけです。

すぐに実践というわけにはいかないかもしれませんが、治療に難渋する患者さんに対する選択肢を広げるという点では大変に有意義な話を聞くことができたと思いました。

比較的クローズな講演会でしたので、こういう会のほうがより実際的な各論の話を聞きやすく、大変有意義です。また、チャンスがあれば参加したいと思います。

2010年5月25日火曜日

美空ひばり

昭和の象徴のひとつでしょうか、美空ひばりさん。自分の父親が現役のファンだったんでしょうね。

自分が知った頃は、スタージママの代名詞だったおかあさんが活躍していた頃。「川の流れのように」などの記憶に残るヒット曲は晩年の話ですが、それでもその存在感は強いインパクトがありました。

それにしても、平成元年6月24日が命日というのは日本全国的には美空ひばりさんの命日として有名です。

しかし、実はそれ以外に忘れてはいけない日なのです。

実は・・・結婚記念日です。それも自分の。今日は1ヶ月前。カウントダウンが始まりました。男性にくらべて女性は記念日が大事(by ユーミン)ですからね。

結婚式の当日、結婚式そのものの話題よりも今朝ひばりさんが亡くなったという話題でいっぱいだったのです。まあ、今となっては記念日を忘れないためにもよかったかもしれません。

2010年5月24日月曜日

小机 〜 味楽

小机という場所は、横浜市の北部の中では新横浜よりこっちで港北ニュータウンよりもあっち。というような、意外と行かない場所だったりするわけです。

街としても比較的古い地域で、あまり気の利いたお店があるというイメージがない(ゴメンナサイ)。

今夜は、味楽という和食の店に行って、東海から女子医に一緒に出ることになった先生と楽しく食事をしました。その先生は北新横浜で整形外科をやっているわけで、自分より10歳くらい若い、いまだに独身貴族のイケメンです。

自分は東海大学を退職して行きましたが、彼は東海から出向という形でした。でもその後自分より1年くらい後に近くで開業。

うちが、やっと50人患者さんが来たという頃に、あっちは100人。今ではうちがやっと100人来ることもあるというと、毎日150人くらいだということで、開業医としては大成功をおさめているのです。

一応、自分の方が先輩ですが、まぁそんなに威張れるようなこともないので、逆に若い院長の話を参考にして、明日からのエネルギーを分けてもらったという感じでしょうか。

味楽という店は、ひとつひとつの料理は丁寧な作りで、素材にもずいぶんと気を使っているようでした。味も悪くない。茶碗蒸しと思ったらフォアグラが混ぜてあったり、和食の店なのに最後は牛ステーキだったりと、かなりモダンなセンスが目立ちました。

2010年5月23日日曜日

eco life

昨夜は猛然と眠気に襲われたため、大変手拭ブログで失礼しました。

そのお詫びといってはなんですが、今日は大変ecoな話。これを知っているとお得度はUP島栗という話です(・・・というほどでもありませんが)。

いろいろなおかずに重宝する長ネギ。普通の根深ねぎは辛味があって、しばらく水にさらさないと生では使いにくいですよね。その点便利なのは万能ねぎ。

万能ねぎは辛さがなくて、そのまま使うのには大変おいしい。そこで何かと使いたくなることが多いのですが、根深ねぎと比べるとやや値段が高くなります。

そこで、使った後にそのまま捨てないでコップに水を入れて、根っこの部分を単純に突っ込んでおきましょう。すると・・・

あ~ら、不思議。どんどん伸びる伸びる。今回の分は、写真の状態になるのにたったの3日間しかたっていません。3日でなんと10cmくらい成長しているのです。

ですから1週間もすると、また十分に使える程度になります。屋内での水栽培ですから、色はあまり濃くなりませんが、食べるのになんの問題もありません。

その気になれば、一度始めれば二度と買う必要がなくなるかもしれません。
ねっ、お徳でしょう?

2010年5月22日土曜日

早寝

それにしても五月だというのに暑いこと。今年は冬が長くて、いきなり夏になったみたいですよね。春はあったんでしょうかね。

今週やったことは、木曜日には年に二回やっているヘルパー養成講座の講師。さすがに何度もやっていると、パターンは慣れてきてあまり準備無しでも困ることはありません。ただし、今回はいつもと場所が違っていて、遅刻しそうになってけっこうあせりました。

金曜日は医師会の理事会。書くと問題があるかもしれませんが、今回は自分が報告することはないので、実は買ったばかりの携帯をいじっていました。

そんなところが、今週の日記でして、週の前半しは天気も悪く比較的クリニックはまったり状態でしたが、金曜と土曜はけっこう新患の方も多くてかなり喋り疲れたというのが本音です。

とにかく疲れを持ち越さないように、今夜は早めに寝ることにしますのであしからず。

2010年5月21日金曜日

電脳生活 Part2

そんなわけで、電子手帳はいつのまにか消えていって、携帯電話に余りある機能が詰め込まれることになりましたね。でも、やっぱなんか物足りないのです。

なんて言えばいいんでしょうか、う~ん、つまりですね、携帯は携帯であってパソコンではないということでしょうか。ですから、どんなに機能があっても、電話として使う以上の興味がわかないのです。

すると、当然自分のような「パソコンマニア」が注目してきたのがスマートフォンというもの。もちろんその代表がiPhoneであることは文句のつけようがない。基本的にはアップル嫌いの自分としてはiPodにしてもiPhoneにしても、これから出てくるiPadにしてもどうもなじめない。

しかしスマートフォンについてだけは、どうしても他が貧弱ですからiPhoneに下ることもやぶさかではないという気持ちになりかけていたのは本当。そこへ登場したのが、Sony EricssonのXPERIAです。

もう、まさに救世主。基本的にSONYが大好きに自分にとっては地獄で仏状態です。いろいろマイナスも指摘されていますが、もうこれしかありません。今までNTTで10年間、auを10年間使ってきて、またNTT docomoに鞍替えです。

じゃあ、なんでiPhoneじゃだめなのかというと、まずSOFT BANKであること。お父さん犬のアイテムは魅力的ですが、やはり通信圏に対する不安があります。自宅ではdocomoでさえやや不安定なのです。

次に外部カードを入れられないということで、これはいろいろな意味で自由度の低下を意味しています。もっともそれがアップルらしいところですがね。そして、最新でもカメラが比較的低解像度であること。携帯で唯一使う通話以外の機能がカメラなんです。

今日ついにXPERIAを手に入れました。ネットでいろいろと言われている悪いところはいろいろありますけれど・・・それほどタッチパネルが反応悪いとは思えません。電池の減りの速さは・・・噂通りです。数時間で半分くらい無くなっています。こりゃ、大変だ。

とりあえず、電話の使い方とGoogleメールの設定だけはして、最低限持ち歩いている意味があるようにはできましたが、まだまだよくわかりません。とくに日本語入力に慣れるのにだいぶ時間がかかりそうです。

基本的にはGoogleが作ったAndroid OSを使っているので、Googleのサービスを最大限にうまく利用することが鍵のようですね。ちょっとずつカスタマイズして楽しんでいきたいと思います。

2010年5月20日木曜日

電脳生活 Part1

その昔、電子手帳というものが・・・ひそかに・・・流行った時期があります。

自分の場合は10年くらい前でしょうか、SONYのクリエを使ってみましたが、それはそれで楽しかったわけです。Palm OSというのを元に、ネットには繋げない範囲で通常のパソコンでする作業の大半が可能だったんです。

手帳ですから、カレンダー機能での日程管理、アドレス帳での住所録、ToDoリストでのやることリストの管理などは得意中の得意。

PDFも見れるし、ワープロや表計算もいじれたし、カメラ(30万画素だったか)もついていたわけです。当時は512Mのメモリースティックを入れるだけで、もう余りある空間を使いきれませんでした。

音楽だってOKで、データベースも扱えて、辞書も入っていて、もうこれでなんか文句あっかぁ~という状態でした。入力もATOK for Palmでタッチペンを利用して、手書き認識でスラスラ。

インターネットにつなぐということも可能ではありましたが、まだまだそれほど必要性は多くなく、あえてしなくても困ることはなかったですよ。

当時に思っていたのは、あとはこれで携帯電話機能が追加されれば鬼に金棒だなぁ、ということでした。ところがSONYがすぐに撤退してしまったので、結局中途半端で終わってしまいました。

でもって、時代は移り変わり、携帯電話にいろいろな機能が追加されて、いまや携帯電話についてくる機能といったらすべて把握することは無理なくらいいろいろです。10年前の電子手帳と比べたら、今の携帯のほうがよほど高機能でしょう。

そんなわけで・・・ (to be continued... )

2010年5月19日水曜日

新型骨粗しょう症

いつもあざみの棒屋先生がNHKの「ためしてガッテン」の話題をしているのですが、今夜は自分の領域に飛び火してきました。というのは、今夜のテーマは「新型骨粗しょう症」ということで、整形外科医としては聞き捨てならない。

それにしても、この番組の構成といったら、どうも思わせぶりすぎてちょっとイライラするぅ~(いとうあさこ風)
小さいことを膨らませられるだけ膨らませて、なかなか本題にはいらないんですよ。

ちょっとリウマチの方面ばかりの勉強ばかりしていて、実は「新型骨粗しょう症」という言葉を聞いたことがありませんでした・・・が、しかし!! 確かに、通常いわれているような骨密度の減った状態(強度の低下)ではなく、剛性(つまりしなやかさ)が現象したところから来る背骨の圧迫骨折というのは、それほど珍しい話ではありません。

でも、正直に白状しますと、その剛性の低下の原因が、糖によるものというのは知りませんでした。どうもすみません。骨の剛性は骨内のコラーゲンによるものですが、糖がコラーゲンの架橋強度を増して、かえってしなりがなくなり折れやすくなるというのは知りませんでした。

もともと、骨密度というのは測る場所によってばらつきが大きいし、検査自体の誤差も少なくない。さらに骨密度以外の要素も加わってくれば、今後骨粗しょう症の評価というものが難しくなっていくことは間違いありません。

経験的に糖尿病の患者さんではやや骨折が起こりやすいというのは珍しい話ではないのですが、そういうわけでしたかというわけで、ガッテンしたわです。なかなかさまざまな最新知見を吸収することは大変でして、こういう番組もけして悪くはないなぁと思いました。

ただ、一般の方から見ると、病気の怖さをあおられているような構成の番組であるという印象は否めません。天下のNHKといえども視聴率を無視することはできないという現実があるんでしょうね。

2010年5月18日火曜日

不満だらだらけだらけ

民主党は柔道女王を担ぎ出し、一方自民党は落語家に女番女優ですか。高速道路は新料金にするかと思うと、やっぱりやめたと。

宮崎の口蹄疫の問題だって、一地方の問題というよりも、日本の食全体にかかわる大きな問題であるはずですが、永田町は夏の参議院選挙のことだけしか考えていないのでしょうか。

少子化大臣は沖縄基地問題ばかりを閣内から反対しているだけで、仕事をしているのかわからない。厚労省大臣はまったく存在しているのかもわからないくらい影が薄い。

民主党幹事長はいまだに検察からにらまれているし、そもそも総理大臣だって、公約違反といわれると「あれは党の約束ではなく、自分の意見」とか言っているわけです。

じゃあ、自民党は? というと、もうすでに形だけのものになっていて、すでに国政をまかせられるようなものではないでしょう。もう、完全に日本の国会は一部の政治屋と、舞い上がっている成り上がりの素人政治家だけしか生き残っていないのでしょうか。

こんなことばかり考えているときりがありませんが、そしてブログでこういう政治の話題を書く事はあまりいいことではないとはわかっていますが・・・

もう国民のため息だけでも、日本の二酸化炭素排出量はうなぎのぼりです。

2010年5月17日月曜日

問題点

うれしいことですが、5月はここまで大変調子が良い。何がって、クリニックのことです。自分で言うのも変ですが、それはそれでいろいろ問題が噴出してきます。

まず、待合室のこと。どうしてもお待たせする時間が増えてしまう。整形外科は強い痛みや出血するような怪我をしている方がいると、順番を多少変えざるを得ないことがあります。それで受付でクレームを言われるようなことがおきてしまいます。

もちろん、待っている人が増えると、自分もつい間違えて順番と違った人を呼び入れてしまうことがある。また、リハビリ室を利用する方が、診察の順番で待っている方より早くに呼ばれることがあったりします。あ~、もう患者さんの「まだぁ?」という視線が痛い。

そこで、お願い。どうも皆さん受診する行動パターンが同じになりやすく、こないときはぱったりと来ないのに、いったん来だすと一斉に集まって混んでしまうのです。いつが空いているとはっきりと言える訳ではないのですが、少なくとも午前については10時半ごろから混みだすことが多いので、朝早くかそうでなければ午後に来ていただいたほうがよいようです。特に土曜日はその傾向が強いと思ってください。

混んでくると、診察する側としてはよりていねいにするしかないので、はっきり言って待てない方に便宜をはかるわけにはいきません。待っているのは他の方もおなじですからね。まぁ、そんなこともめったにあるわけではないんですけどね。

それと携帯電話の問題。うちのクリニックでは、携帯電話は皆さんのマナーにまかせているのですが、最近は待合室でも平気で通話をする方が少なくない。今までは診察室でいきなり通話をする方には、はっきりとマナー違反と言っていましたが、さすがに待合室もパブリックスペースということを考えると「常識的」にはやめてもらいたいです。

たまたま先日、待合室で通話を始めた方のすぐ横にペースメーカーを入れている患者さんがいました。実際に携帯電話でペースメーカーが誤動作したという話は聞いたことがないのですが、その患者さんは大変不安になったということです。

携帯電話がこれだけ広まって、便利に使われていることを考えると何でも禁止ということを言っても無理があるわけです。しかし、やはりマナーというものがもっと徹底されるべきなのかもしれないと思いました。まぁ、できるだけ個人の常識を尊重したいとは思いますが・・・

2010年5月16日日曜日

Emerson Lake & Palmer / Pictures at an Exhibition

ムソルグスキーは19世紀半ばにロシアで活躍した国民楽派5人組の作曲家の一人。酒に溺れて(?)、比較的早くに亡くなって、作曲数はそれほど多くはありません。それでも、クラシックの名曲として必ず数えられる物の中に「禿げ山の一夜」と「展覧会の絵」があります。

展覧会の絵は1874年の作品で、亡くなった友人の画家の追悼展覧会での印象をピアノ独奏の組曲にしたもの。多くの有名なピアニストに取り上げられています。ところが、たいてい誰もが耳にしたことがあるのはオーケストラ版でしょう。これはフランスのモーリス・ラベル(ボレロで有名)によって編曲された物。出だしのトランペットから印象的で、原曲の持ち味を残しつつも都会的な精錬されたアンサンブルになっています。

ところが、自分の場合、さらに強烈なインパクトがあったのがこれ。エマーソン・レイク&パーマーによるプログレッシブ・ロック版です。これは発表されたのは1970年ですから、もう40年も前のもので、当時はビートルズより、もっと演奏、特にアドリブを聴かせるバンドが登場し始めた頃。

ハードロックの代表はイギリスのレッド・ツェッペリンとアメリカのグランド・ファンク・レイルロード。いずれもこの頃に来日して後楽園球場とかでコンサートをやって、多いにわかせたものです。それに対して、やや芸術的なちょっと小難しいことをやるのがプログレッシブ・ロックで、キング・クリムゾン、イエスが代表でした。

そしてナイスというグループでキーボードをがんがんに操って人気があったキース・エマーソンがクリムゾンのベース&ボーカルを担当していたグレッグ・レイクと、アトミック・ルースターのドラムだったカール・パーマーとトリオを結成したのがエマーソン・レイク&パーマーでした。

デヴュー・アルバムは衝撃的なアルバムでしたが、それを上回ったのが三枚目の「タルカス」。キーボード中心のトリオで演奏するには、もうこれ以上のことはできないだろうと思えるような究極のアルバムで、おそらくロックの歴史の中でもBEST10に入ることは間違いないでしょう。

ところが、その間に発表された二枚目のアルバムがなんと「展覧会の絵」だったのです。オリジナルのタルカスよりは多少評価が落ちるのはしょうがないとして、クラシックの名曲を完全に自分たちの音楽として消化しきっているのです。

最初のテーマの「プロムナード」はエマーソンのハモンド・オルガンの音から始まります。そこへレイクの硬質なベース音が切り込んでくる。パーマーの二本の手と二本の足だけとは思えない驚愕のドラムが音の洪水をかき分けていくのです。このあたりの編曲能力だけでもたいしたものですが、そこにオリジナル曲をいくつか滑り込ましていて、それが何の違和感もないのもすごいことです。

さらに凄すぎて唖然としてしまうのは、これだけ練りに練った音楽がライブ録音であることです。オーバーダビングとかすればどうにでもなるわけですが、ライブでは正真正銘三人だけですから、この一糸乱れぬ演奏からの緊張感といったらそりゃもう気が遠くなりそうです。

はっきり言って、今の時代の音楽はそのバンドでなくてもかまわないような、聴く側の好みを中心にしたものばかりです。あの頃は、それぞれのバンドが、「これを聴け!!」という具合に、独自のワールドを強烈に持っていて、誰も真似できるようなものではありませんでしたね。

2010年5月15日土曜日

Pietro Spada / Donizetti Complete Piano Music

ロッシーニ(1792-1868)とともに、19世紀前半にイタリアを代表するオペラ作曲家として有名だったのが、ドニゼッティ(1797-1848)。オペラの作品だけでも70くらいあるようで、数だけならライバルのロッシーニやベッリーニよりも多くの作品を残している。

ところが現在ではほとんど顧みられることはなく、CDを探してみてもごく限られた数曲のオペラしか出てこない。ましてや、そんなドニゼッティのピアノ曲なんてものは・・・いや、それがあるんですね。なかなか、マニアックな趣味をくすぐるような演奏ばかりを録音してくれているのがピエトロ・スパダさんというイタリアのピアニストが全集を出していました

実は「ノクターン」の創始者として有名なジョン・フィールドのピアノ全集を唯一録音していて、これがなかなか良いのです。半年前くらいに購入してから、スパダの他の作品を探していて気になっていたのがこのドニゼッティだったのです。

ドニゼッティの時代はベートーヴェンよりも少し後、シューベルトと同い年、シューマンよりもちょっと前というところ。一番自分的には美味しい時代ということで、いわゆる古典派からロマン派への移行期になるわけです。

ところが、いつものHMVではほぼ入所困難状態でなかばあきらめていたのですが、こういう時はAmazonが本当に役に立つのです。世界中から、売れ残っているほぼ廃盤みたいなCDの情報がけっこう入ってきているので、HMVでは無理でも割と簡単に手に入ったりするのです。そんなわけで、法外なコレクター価格ではなく、正規のリーズナブルな値段で新品をゲットすることができました。

さて、内容はというと、まさに予想通りです。ベートーヴェンよりも明るく、シューベルトほど理屈っぽくなく、シューマンほど甘すぎず、ほどほどにイタリアンなピアノ曲集なのです。どちらかというと古典派に近いのだろうと思うのですが、おそらく自分で演奏する方にもわかりやすいものなのではないでしょうか。

逆に言うと、同じ頃にショパンが、ピアノ曲を芸術音楽として完成させていたわけですから、当時としてもやや流行に遅れていたのかもしれません。いろいろなピアニストがこぞって演奏したくなるほどの強烈なインパクトは無いのかもしれませんが、肩肘はらずに楽しむことを音楽の基本と考えるなら十分に成立する内容ではあります。

2010年5月14日金曜日

バナナ・ニッキ

京都の土産物というと、いろいろありすぎて選ぶのは大変・・・
でも、やはり定番というものがあるわけで、昔から320年の伝統を持つ本家西尾の八つ橋というのは超有名です(ちなみにHPは8284で覚えやすい)。

三角形の形をした生八つ橋のほうが、自分としてはスタンダードのように思っていたのですが、実際のところ八つ橋というのは丸みのあるやたらと硬いお菓子。

さて、その中でうちの次男が絶賛しているのがこれ。バナナ・ニッキ。
噛めば噛むほど、バナナの味が口の中に広がって、それはもうファンタスティック!! ということらしい。

さっそく、試してみました。う~ん、なるほど。次男の言う意味がなんとなくわかります。確かにバナナだ。八つ橋の特徴のニッキの味はしません。しかし、まさか高校生に八つ橋がうけるとは・・・

そうだ、京都に行こう・・・

2010年5月13日木曜日

リウマチ薬メソトレキセートの副作用

関節リウマチの治療薬は21世紀になってから劇的に変遷しているということは、これまでにも幾度となく書いてきました。一番大きな変化は、メソトレキセートと呼ばれている抗がん剤が使用されるようになったことと生物学的製剤の登場でしょう。

メソトレキセートは1999年に発売されたとき、製薬会社の方が医者のところに薬の説明に来て、確かに説明を聞いたというサインを取っていきました。こんなことは初めてのことでした。医者は基本的には認可され市販された薬は自由に使用することができるのです。それだけ、危険を伴う可能性のある薬ということで、医薬品の世界で危機管理という考え方が登場した最初の薬ではないでしょうか。

現時点では世の中のリウマチ専門医の興味が、生物学的製剤に集中していることは事実ですが、第一選択役としてメソトレキセートの価値は減じることはありません。薬の値段が高いため、誰でも自由に生物学的製剤を使用できるとは限りませんし、しっかりと使用できればメソトレキセートだけでもかなりのリウマチ患者さんの状態を改善できるものと考えられているのです。

しかし、やはり薬の危険性というものも減っていないということも間違いありません。抗がん剤として使用する場合には、患者さんに投与してもしも1週間ほおっておけば、必ず死にいたるのです。使用した後は、患者さんの状態を保つために、医者は1週間必死にフォローを続けないといけないわけで、大変医者にとってもストレスフルなのです。

リウマチの患者さんに使用する場合は、抗がん剤として使用する数千分の一の量ですから、内服した患者さんがすぐに副作用で死にいたるというとはありません。ですが、十分副作用のチェックを行いながら使うことは必須のことであり、患者さんにもそこのところをしっかりと認識しておいていただきたいと思うのです。

さて、最近メソトレキセートの発売後10年間の副作用などをまとめた報告が、製薬メーカーから発表されましたが、これは「先発品」についてのデータです。「後発品」いわゆる「ジェネリック」については、このようなデータはまったく収集されていません(あるいは、公表されていないということかもしれません)。ここが、安いからといって簡単にジェネリックに乗り換えられない最大の理由です。

それはさておき、一番気になるのは副作用が原因と思われる死亡例です。今回のデータでは、361例の死亡例が公表されています。主なところは血液障害が132例、呼吸器障害が112例、感染症が61例となっています。

血液障害とは、血液中の細胞成分(赤血球、白血球、血小板)が減少してしまうような状態です。呼吸器障害では、圧倒的に間質性肺炎という特殊な肺炎がしめています。感染症は免疫力を抑える薬理効果のために、普段はあまり問題にならないような菌によって病気が発生しているのです。

発売後5年間での報告では130人程度の死亡例が報告されていましたから、その後使用する患者数が増加していることを考えると、今回の361名という数は発生頻度としては増えてもいないが減ってもいないというような状況だろうと思われます。

最近のリウマチ薬は、市販された後も一定期間全例登録して、問題の有無を厳密にチェックしていますので、正確な発生頻度がわかります。しかし、残念ながらメソトレキセートについては、正確な使用数がわかっていないため、何人に使用して361名が亡くなったのかはわかっていません。

5年目のデータが発表されたときに、女子医大リウマチセンターでおおよその推計をしたところでは、一人のメソトレキセートを服用しているリウマチ患者さんが副作用のために亡くなる確立は、2万年に1回と試算されています。もちろん。その2万年に1回が明日来ることもあるかもしれませんが、一般的にはいろいろな事故で偶然に死亡する確立と比べればあまり心配するようなものではありません。

ただし、それはあくまでも、しっかりと副作用の危険を認識した上でモニタリングを行っていることが前提条件にあるわけです。実際、死亡症例の多くは適切な服用をしなかった場合とか、定期的な診察と検査を行われずに見過ごしていた場合などに多いようで、このあたりは使用する医者側の責任が大変重い。

副作用が発現するのは、服用を開始してからすぐに多いと思われている方が多いかもしれませんが、実際には服用期間はあまり関係ないのです。投与期間の長短にかかわらず、いつでも起こりうるということには注意が必要です。また使用量についても少ないからといって安全とは必ずしも言えません。

いずれにしても、ある程度高齢の方や、もとに肺障害や腎障害、肝障害がある方はリスクが高いと考えられますから、その使用には慎重を期すべきということがいえます。

大変効果が期待できる良い薬でありますが、主作用が強いということは副作用も強いということを認識しておくことが重要です(逆に、一般には副作用が少ないということは主作用も弱い)。長く使用していて、特に問題がないとしだいに気が緩みがちになりますが、このようなデータを見てあらためて十分な注意をしていかないといけないということ思うわけです。

2010年5月12日水曜日

修学旅行

高校生の3年間での楽しみというと、自分の経験からは修学旅行があげられるのではないでしょうか。修学旅行というのは、本来学校の中では学べないことを経験するためと、社会生活のシュミレーションが目的なんでしょうが、血気盛んな高校生ならとにかく楽しむことが一番となることはやむをえない。

自分の場合は男子校でしたから、はっきり言ってむちゃくちゃでした。高校1年のときは伊勢・志摩だったかな。実際、何をしに行ったかまったく覚えていません。間違いなく言えるのは、伊勢神宮には行っていないということです。となると、何しに行ったんでしょうか。

高校2年のときは京都。基本は行きと帰りの方法と泊まるところだけが決まっていて、日中はひたすら自由行動というのが基本だったので、京都の神社仏閣を巡るなんてことはありませんでした。そんなのは家族旅行でやってんだろ、みたいなのりだったと思います。

自分のグループはひたすら、街中の有名な喫茶店とかを回っていたものです。磔磔(たくたく)というライブもやっている店は覚えていて、確か店の中に巨大な提灯がありました。この店まだあるみたいで、35年前からいまだにがんばっているんだなぁ、と感動します。

それから夜になって、河原町の繁華街のディスコに行ったのですが、地元の集団が一糸乱れずの踊りをしてフロアを牛耳っていたので、ちょっと怖かったのを覚えています。河原町は三条と四条の交差点で、付き添いできていた先生たちが目を光らせていたらしいのですが、ほとんど効果はありませんでした。

さらに高校3年の秋、受験も間近という時期にも修学旅行があって、しかも行ったのが盛岡・仙台という、普通あまり選択されない場所。夜行で行って、朝の5時に盛岡駅で解散。集合は午後6時に市内のホテル。

朝の5時にフリーとなっても、行くところがありません。しかたなく、ほとんどのグループはさらに電車に乗って青森や秋田などに行ったと思います。自分は県境の角館まで行って、武家屋敷なるものの横を通り過ぎてきました(朝早すぎて中には入れない)。この時、初めて生の東北弁を聞いて、まったく理解できなかったという経験がけっこう衝撃でした。

翌日は、朝盛岡のホテルで解散し、夜に仙台のホテルに集合。勝手に来いということでしたので、青葉城跡でずいぶんと暇をつぶした覚えがあります。

なんだか、よくわからないことばかりをしていた旅行でしたし、多分に一般の旅行客や地元の方々にご迷惑をかけまくったと思うんですが、まぁそれなりに人間形成には大きく役立った旅行でした(・・・と思いたい)。

2010年5月11日火曜日

うちのワンコ

うちのワンコも、だいぶ年寄りになってきました。そりゃそうでしょう、1999年生まれですから、もう10歳をすぎたわけです。人間だったら、もう十分おばあさんという年齢です。

写真は、3歳ごろ。きれいにトリミングしたあとに、珍しく写真をとっていたもの。まぁ、なんか乗っかっているのが破れのある長座布団というのはご愛嬌。

もとはといえば、主としてこどもたちが犬を飼いたいというので、江田のお店に向かったわけです。もう3ヶ月をすぎて、ちょっと売れ残りだったミニチュア・シュナウザーが一匹。段ボール箱の中から、じっとこっちを見ていたのです。

あ~、こいつはうちに来るのが運命なのだ、と思いましたっけ。最初はスリッパの中に入るくらいの大きさだったんですけど、数ヶ月で体重5キロくらいの標準的な大きさになってました。

最近は足腰がめっきり弱くなってきました。駆け下りることができていた階段も、ちょっとずつしかおりません。滑りやすい床は怖がって歩きません。目も少しずつ白くなっているようです。

まあ、あと何年生きるかわかりませんが、こどもと一緒に成長してきた家族の一員なのです。あまりまじめに世話をしない飼い主ですけどね。

2010年5月10日月曜日

万博

やっと、今夜からキムタクの月9が始まりました・・・が、はっきり言って興味は無いので見ていません。見ていれば、ブログのネタにできるのに・・・

そんなことより万博です。万博といえば上海には行けるわけがないので、当然思い出されるのはEXPO '70です。日本万国博覧会ですよ。

1970年、高度経済成長の真っ只中にあった日本という国が、その成果を内外に誇らしげに示す絶好の機会だったんですよね。

とは言っても、当時小学校6年生だった自分には、まったくあずかり知らぬところです。春休みの開会して、まだ間もないころに父親に連れられて見に行ったのでした。

岡本太郎の太陽の塔は絶対的なインパクトがありました。とにかくものすごく未来を感じさせてくれたことは間違いありません。

人気があったパビリオンは日本館、三菱未来館、そして月の石とドーム構造が目立つアメリカ館、三角形の(スキー用品のアルペンみたいな)ソビエト連邦館とかでした。うちの父親は、けっこう短気で待つことが嫌い。

そんな何時間も待ってまで月の石なんてみてもしょうがないというわけで、とにかくひたすら待たずに入れるパビリオン巡りと相成ったのでした。

象牙海岸館、スイス館、アラブ連合館、モルモン館、ケベック州館とかが記憶に残っています。う~ん、だけど内容についてはほとんど覚えていない。スイス館で時計工業の解説のレコードをもらったことくらいでしょうか。

でもって、結局夏休みにももう一度連れて行ってもらったのでした。今度こそ人気のパビリオンを見るぞ、ってんで気合をいれて・・・やっぱり並ぶことはありませんでした。やっぱり入ったのは象牙海岸館・・・

結局記念に購入した銅メダルだけが、なぜかいまだに手元に残っている。記念の100円硬貨も一緒に保管しています。もう40年も前のことなんですよね。あ~あ、年は取りたくないもんだ。

2010年5月9日日曜日

座談会

今日は、Dr.MDr.Flickerと一緒に、三人で座談会なるものをしました。これは田園都市.comの企画によるものでして、お二方もしっかりと自院を掲載しています(ココココ)。

実は、昨年「田園都市の頼れるドクター」という医療機関を探すためのMookが出版されるときに、「物好きにブログを毎日せっせと書いている医者」ということで特集記事なんていかがですか、みたいなことを自分が言ったのがきっかけなんです。

去年は、いろいろと諸事情により流れてしまいましたが、今年は田園都市.comの方から集まっていろいろ話をしてもらいたいと企画を持ちかけていただいたのです。

もとはといえば、田園都市.comという医療検索(だけではないのですが)ポータルサイトが始まって、けっこう早い段階で取材をしてもらって、ドクターファイルという医者の紹介をのせてもらっていました。

ここの面白いところは、まず医科・歯科、さらに獣医を平等に扱っていること。当初は、それを嫌がる先生もいるという話も聞いたことがありますが、健康に関する総合的に情報を探すためにはなかなか良い作戦だと思いました。

そして、医者の紹介についても、それぞれのドクターの生い立ちや趣味などの話を載せていることが特徴です。これは患者さんがクリニックを選ぶときに大変に参考になる話です。初めて受診するときは、どんな医者なのか不安だと思いますが、これを呼んでもらうとだいたいの人となりが見えてくるのではないでしょうか。

自分の紹介は、なんかマニアックな少年時代の話ばかりで一部は訂正したいようなところもありますが、まぁ自分で呼んでも面白そうなやつだなぁと思います。

今日の話の内容は、一緒に話したお二人の先生もブログで話題にするでしょうし、だいいち本が出版される前にばらしては売り上げに影響・・・するわけはないかもしれませんが、是非7月に出版されたら是非読んでみてください。

相当脱線した話ばかりになってしまい、編集される方は大変だと思います。だいたいこの三人が集まってしゃべりだすと、本音トークでオフレコものの話題ばかりになってしまい、結局企画が流れてしまうということもあるかもしれません。その場合は誰を恨むことはありませんので、編集部はどうぞ気兼ねなく原稿を起こしてください。

2010年5月8日土曜日

A.Paley / Weber Piano Works

クラシック・・・特にピアノ曲探訪のたびは、さらに奥深いところへ突き進んでいるわけで、前回のロッシーニに続き、今回はウェーバー。

ウェーバーといえば、歌劇「魔弾の射手」で大変有名で、ベートーヴェンと同じ時代の作曲家。モーツァルトが始めたドイツ・オペラを完成させた人物であります。

ただし、ロッシーニやワグナーと違って、比較的オペラ以外にも有名曲を残しているといえます。例えば、クラリネット五重奏曲といえば、たいていモーツァルトかウェーバーではないでしょうか。他にも交響曲や協奏曲も残しており、オペラ専門をめざしていたわけではないようです。

ピアノ曲でも「舞踏への勧誘」や4曲あるピアノ・ソナタは比較的有名で、本人もピアノ奏者としても人気があったことは間違いないようです。

そんなわけで、ウェーバーのピアノ曲を聴いてみようということになるわけですが、ソナタだけのアルバムは比較的あるのですが、そのほかの曲を網羅してものは意外と少ない。今回紹介するのは激安レーベルとしては古株に位置するNAXOSからでているA・パレイによるCD5枚にわたる全集

NAXOSはBOXセットにまとめてくれないので、一枚一枚集めないといけない。また、ちょっと古いものはすぐに廃盤になってしまうので、なかなかいつものHMVだけでは収集できないのです。これはロッシーニの場合も同じだったのですが、結局Amazonの方にもお世話になってなんとかかき集めることができました。

古典からロマン派への移行期ということもあって、曲としては聞きやすい形式的なものが多い。情景を移し変えたようなイメージの曲も特徴のひとつかもしれません。激安NAXOSの企画としては、なかなか悪くないし、また録音も一定水準を十分にクリアしています。他にこれだけまとめて聞くことができるセットはないので、大変貴重なものかもしれません。

2010年5月7日金曜日

平成22年度広告戦略

・・・って大げさなタイトルを書くほどのことではないのでして、クリニックというのは元々広告については厳しく制限されています。

自由診療をやっているところは、当然自由競争の枠内で、広告戦略は大変に重要になってくるわけですが、保険医療がほとんどの当院としては、それほど自由が利くことは無いわけです。

開業たのが2005年12月ですから、あと半年くらいで丸5年がたつわけです。最初の3年間は、とにかくクリニックの認知度を高めることが広告の大変重要なポイントになります。

この間は、ミニコミ誌、インターネット媒体、自治会紙、回覧板表紙、街頭の地図などお金をあまりかけずにできるところに広告をだしました。でも、おそらく一番大きい効果を出したのはホームページとこのブログではなかったかと思います。

さすがに、初診の患者さんに書いていただいている問診表のミニアンケートを見ていると、クリニックの存在自体はたいたい地域に知られるようになったと思えるようになりました。

ちょうどそんなころに田園都市.comという地域ポータルサイトが医者特集の雑誌を出すというので、クリニック認知度向上の総集編としてうちものせてもらうことにしました。そして昨年はふたたび「田園都市の頼れるドクター」の続編が出ることになり、作戦を変えて再登場となりました。

今度は、自分のアピールポイントに絞った記事を載せてもらったのです。そして、それまでやっていた細かい広告はほとんどすべてとりやめにしました。4年目になり、クリニックの特徴を知ってもらうステップに入ったということです。

ですからも平成22年度の広告戦略と言っても、そんなに多くのことはありません。今年も「田園都市の頼れるドクター」に記事を掲載してもらうことにしていて、今日はお昼にその取材をしてもらいました。今年も自分の専門性をアピールする内容でお願いをしました。

これは自分の主観的判断ですが、どんどん捨てられるような媒体にはお金を使わず、「田園都市の頼れるドクター」のようなしばらく家にとっておいて、何かの時には開きたくなる紙面にお金をかけたいと思うわけです。

そして、開業以来ずっと続けているのがセンター南駅の看板広告。当院にとってはフラッグシップ広告・・・というより、唯一の不特定多数に対する認知広告と言えるかも知れません。でも、これだけは可能な限りやめずに続けていたいと思います、。

あとはインターネットのホームページとブログ。これですべての戦略ということになります。多少ゆとりができた割には、むしろ広告は少なくなったわけですが、それだけ絞り込んだという言い方もできるのかもしれません。

2010年5月6日木曜日

S.Irmer / Rossini Piano Works

以前から度々書いているように、自分はクラシック音楽の中で歌物だけは苦手。と、言うことは当然歌がたいてい出てくる宗教曲とか歌劇はぜんぜんダメということです。これだけで、クラシック音楽の1/3くらいは捨てているようなもの。

歌劇というのは、CDで音だけを聴いていても、舞台とか台詞がイメージできないのでまったく面白くない。好きな人は、せっせと直接舞台を見に行っているんでしょうけど、そんな時間もありません。そもそも、たいていの歌劇はイタリア語かドイツ語ですから、直接観たとしても何を言っているかもわからんちんなのです。

初期のオペラの代表的な作家といえばモーツァルトでしょう。モーツァルトのスタイルは、台詞の間に曲や歌が入っているというもの。それをワグナーが演奏にも重要な性格を設定して、音楽と劇とを融合させたということらしいのです。

イタリアで最も有名なオペラ作家と言えばロッシーニ。「セビリアの理髪師」とか「ウィリアム・テル」なんてのはタイトルを知らない人はまずいないくらい有名。当時は絶大な人気を誇っていたらしいのですが、その人気絶頂の時に「ウィリアム・テル」を最後にオペラ界から引退してしまいます。

どうも、美食家としても有名なロッシーニですから、パリで高級クラブを開いてグルメ三昧をしたかったらしい。今でも、フランス料理には「なんたらかんたらロッシーニ風」というような料理がいくつも残っています。

それでも、まったく音楽から身を引いたわけではなく、クラブで毎晩みんなで楽しむための小品をこつこと書きためていました。それが「老いのいたずら」と題された作品集で、200曲あまりの曲が含まれており、歌物、室内楽、ピアノ曲などがふんだんに混ざっています。

その中から、ピアノ独奏曲を録音したのがこのアルバムということになります。膨大な曲数があるので、このセットもCDは8枚にわたっています。イルマーというピアニストについては、もちろんよく知りません。他にも数種類のセットが発売されているのですが、値段と内容の豊富さから選んでみました。

これがなかなか良いのです。もともと、自分が楽しむために書いたものでしょうから、肩に力が入っていない。それを物足りないと思う方もいるかもしれませんが、とにかく聴いていて楽しいということは音楽であるからには必須の条件でしょう。

中には、オードブルをテーマにした曲や、中国に関連した曲などがあって、大変ユニークです。録音も申し分なく、歌物が苦手な自分にはロッシーニがオペラから引退したことがラッキーだと思えるのでした。

2010年5月5日水曜日

こどもの日

ねぇねぇ、今日はこどもの日だよ。こどものために休みなんでしょ。どこかへ連れてってよ。
えぇ~、こどもの健やかな成長を祝うための休みなの。へぇ、本当は端午の節句っていうんだぁ。

まぁ、最近はやたらと学校も休みが多いし、わざわざこどものために休みを増やしてくれなくてもいいんだけどさぁ。せっかくだから、ふだん休みが少ないおとうさんやおかあさんと一緒にどこかへ行けるといいよね。

でも、ふたりともだいぶお疲れモードだね。ふだん働いてばかりいるからかなぁ。それも、僕たちを育てるためなんだよね。ちょっとはわかっているつもりさ。

でもさ、大人ってずるくない。こどもには偉そうにいろいろ言うけど、自分たちなんか嘘ばっかりじゃないか。ソウリ大臣だって、嘘ばっかり言っているよ。

けっきょく、勉強不足でしたとか、あれは約束したわけではありませんでしたとか、いいかげんなことばかり言っているよね。どうして、そんな大人がソウリになれたりするの。

こどもにはわかんないことだらけだよ。こども手当とかいうのも、もらえるんでしょ。でも大人はあまり喜んでいないみたいだなぁ。僕の小遣いが増えるわけでもなさそうだしさ。

来年の国のお金の使い方を決めるのに、仕分け人とかいう人たちがよくテレビにも映ってるね。今は無駄だからと決めてどんどんやめちゃうみたいだけど、僕たちが大人になったときのことは考えてるのかなぁ。

ソウリもまっさきにアメリカのきちのことを仕分けしてもらったらよかったのにね。本当にお金がかかっていることは表に出てこないようになっているのかな。よくわかんないや。

あ~あ、つまんないの。それで、どこへ連れてってくれるの。遊園地、それとも動物園。えええ、疲れてるから家でのんびりだって。なぁんだ、じゃぁ今度からおとなの日も作ればいいのに。

2010年5月4日火曜日

一風堂 ~ たまプラーザ

行列のできるラーメン店というのは全国いろいろあるわけですが、たまプラーザ駅がきれいになって駅ビルが完成して、一風堂が入ったというのはラーメン好きには朗報でした。

博多ラーメンの店で、大変有名なので、当然一度は行かないわけにはいきません。博多ラーメンは白い豚骨スープ、細いストレート麺が標準なのですが、元祖博多の長浜では、お店にメニューらしい物がないのに驚いた記憶があります。

と言うのも、メニューといえばラーメンしかないし、トッピングと言っても葱と紅ショウガくらいなもので、そのシンプルさが印象的。そして、もう一つの特徴は替え玉。要するにおかわりの麺ですが、替え玉を注文するといきなり「飛んでくる」という表現がぴったり。

さて、一風堂は・・・味は、まさに博多とんこつです。麺はバリカタで注文しました。当然、替え玉も頼んだわけですが、こちらはハリガネです。

予想通りの味で、当然まずいわけがない・・・のですが、なんか物足りない。う~ん、何でしょうかね。これだったら、マルタイの棒ラーメンでも十分同じくらいの味が楽しめそうです。そのくらいマルタイのインスタントのできが良いということでしょうか。

まぁ、わざわざ一生懸命おなかを空かせて並ぶのもいいんですけど、これで700円出すのは・・・考え物かもしれません。

2010年5月3日月曜日

御柱祭り

ゴールデンウィークですから。高速料金1000円を享受できる最後の機会ですから。

行ってきました、御柱祭り。歴史やら細かいことは公式HPがあるので、そちらをじっくり見ていただくとして、なんで御柱かというと・・・

自分のかみさんの実家は長野県茅野市でして、なんといっても御柱祭りの真っ只中にあるわけです。じいさんは18歳のときから、御柱の先頭で気合をいれるための木遣り歌を歌っている人で、数少ない名人位を誇っている方なのです。

簡単に言うと、6年に1回諏訪大社に山から切り出してきた大木を4本立るということでして、氏子が総出で山から引っ張ってくる。そのときのみんなの力を合わせるための掛け声が木遣りということです。

最初に15秒で上の句を歌い、2秒間の息継ぎをしてから、さらに下の句を14秒で歌いきるんだそうです。それをきかけに、全員が一気に綱を引っ張る。木遣りがないと御柱は動かないわけで、それなりに重要な役どころ。

4月に山から一気にすべり落とす木落としがあって、全国ニュースにもなっていました。そして5月は昨日から里挽きといって、一般の人も参加して街中を曳行していくのです。明日は立て御柱といって、境内で地面に立てる最後の儀式があって終了します。

ものすごく大勢の人がいて、もう芋の子を洗うが如くでした。綱を引っ張っているのか、ただ脇を歩いているだけなのか定かではないくらいです。

じいちゃんから御弊(おんべ)という、木遣り士が持ち歩いている飾り物のミニチュアをもらってきましたので、連休明けからはクリニックに飾っておきますので、興味がある方は是非ご覧ください。

2010年5月2日日曜日

ムスカリ

ラピュタの登場人物じゃありません

家を購入したとき、猫の額ほどの庭がついてきました
当然のように、ガーデニングをしようということに

緑のグラデーションになるようコニファーをいろいろ植えたりしました
地肌の余ったところには、紫のカーペット

と、いうわけでムスカリです
比較的長く花が続くのと、ほっといても来年また出てくるのがいい

でもいつの間にか無くなってしまいました
きれいなんですけどね

2010年5月1日土曜日

あすなろ菜園2010

今年もやってきました、あすなろ菜園。昨年は水菜、トマトとかピーマンとかでしたが、日照が悪くあまり収穫はできませんでした。

今年は、ここまで日照不足が言われていますが、ここから挽回することを祈りましょう。でもって、今年の目玉はゴーヤ。ちゃんと成長するといっぱいできて楽しいなったら、楽しいな。


実は、もうひとつ。枝豆もやってみます。ふつうはほったらかしでもなんとかなると言われていますが、過去に腐らせてしまった経験があるだけに心配。とりあえず、虫がつきにくい環境なので、まぁいいか。


ただ、枝豆は収穫したらばっさりおしまいとなってしまいますので、ちょっと寂しいかもしれません。


その場合は、次から次へとできるゴーヤで楽しみたいと思います。