臨時休診のお知らせ

7月8日(土)は午後の診療を休診いたします。 なお、午前中は通常通りです。ご注意ください。

2021年6月30日水曜日

ターミネーター2 (1991)

ジェームズ・キャメロン監督・脚本、アーノルド・シュワルツェネッガー主演で送るシリーズ第2作。核戦争が勃発した1997年8月29日を、生存した人類は「審判の日(Judgement Day)」と呼んだことから副題がついています。

前作のヒットを受けて、製作費は640万ドルから1億ドルへ大幅アップ。特撮もILMが関わり、前作とは比べ物にならないくらいスケール・アップしています。

前作から10年、今度は10歳になったジョン・コナーを直接狙う最新型ターミネーターT-1000と、ジョンを守るために2049年のジョンが送ったT-800(101型)の死闘を描く内容になっています。

1994年。再びスパークと共に、T-800(アーノルド・シュワルツェネッガー)が姿を現します。一方、別の場所では液体金属により触れたものに自在に変形が可能な最新型T-1000(ロバート・パトリック)も現代にやってきます。

ジョン・コナーは、物心つく前から母親のサラから、来るべき人類の未来の話を聞かされ、そのために指導者たる知識や訓練を受けて育ちました。しかし、サラはサイバーダイン社爆破未遂により逮捕され、その信じがたい供述から警察の精神病院に強制入院させられます。ジョンも、母親を信頼できなくなり非行に走り、養父母にも口を利かないような扱いにくいこどもになっていました。

T-800とT-1000はいずれも、ジョン・コナーを探していて、ショッピング・センターで同時にジョンを発見します。T-1000がジョンに襲い掛かる直前に、T-800がジョンを助け出し、未来のジョンがこどものジョンを守るために来たことを伝えます。

ジョンは母親の言っていたことが真実であることを悟り、T-800とサラ救出のため病院に向かいます。彼らを追ってT-1000も病院を襲撃しますが、何とかサラと共に脱出に成功しました。以前のターミネーターと外見が同じT-800に、サラは最初恐怖を覚えますが、ジョンの説得により味方として理解します。

T-800の説明によると、数か月後にサイバーダイン社のダイソンが、以前のターミネーターが残したマイクロチップから新たなコンピュータを作り上げ、3年後にはすべてが無人化した軍事用ネットワークであるスカイネットを構築するというのです。スカイネットは人を必要とせず、不必要な人類を抹殺するため「審判の日」に核攻撃を開始したのでした。

サラらはダイソンの自宅を襲撃し、ターミネーターの存在を証明し、彼が作るコンピュータによる未来を説明します。ダイソンの手引きでサイバーダイン社に入った彼らは、あらゆるデータや資料を破壊し、ビルを爆破、警察との銃撃戦を乗り切りましたが、そのあとをT-1000によって鉄工所に追い込まれます。。

液体窒素を浴びたT-1000は凍結し銃撃により粉々になりますが、溶けると次第に集まり元通りになってしまう。しかし、死闘の末、T-1000はついに溶鉱炉の中に転落し溶解しました。そして、すべての未来の痕跡を消すために、T-800も自ら溶鉱炉に落ちていくのでした。

そして30年後、ジョンは政治家として活躍し、年老いたサラは、「審判の日」が訪れなかった公園で、孫が遊ぶ様子を優しく見守るのでした。

この続編の大きなテーマは、運命は自分で切り開くものだというメッセージとともに、機械も人間のような感情を理解できるのかというものでした。ジョンはT-800に簡単に人を殺してはいけないといい、T-800も命令に従う。ジョンが笑えと言えば、T-800は笑っている人をスキャンして表情を作ります(ここはシュワルツェネッガーのぎこちない笑顔で唯一笑えるところ)。

泣いているジョンが心が痛むからだと説明すると、心は痛くないと返すT-800。しかし、ラストシーンでは、「涙は出ないが、少し理解できた」と話します。なおラストでサラに変身したT-1000に本物のサラが後ろから銃撃するところは、実は特撮ではなく偽サラをリンダが、後ろの本物を双子のレスリーが演じています。

劇場公開版は137分ですが、現在は追加シーンを盛り込んだ154分の特別編がメディアに収録されています。ここではカイル・リース(マイケル・ビーン)も夢に登場したり、T-800が学習能力を回復させるため頭部を開くシーンなどが追加されており、登場人物の思考・行動を理解するうえでわりと重要な部分なので、できれば特別編で視聴することをおすすめします。

2021年6月29日火曜日

ターミネーター (1984)

ジェームズ・キャメロンとアーノルド・シュワルツェネッガーの名前を一躍有名にした、今ではもう古典、そしていまだに続くSF映画のシリーズの第1作です。冒頭に説明されるように、2029年ロサンゼルスでは機械と人間の戦争が行われ、そこからタイム・スリップした現代(1984年)の話という設定。

ある日、稲妻のスパークと轟音の中一人の裸の男が突如姿を現し、ゴロツキをいとも簡単に撲殺して服を奪います。続いて町の別の場所に、同じように現れた別の男は警察に追われ、スーパーで服をそろえパトカーからショットガンを奪いました。二人とも、電話帳から「サラ・コナー」の名前があるページを破り取るのでした。

最初に登場した男は、銃砲店で大量の銃器を手にして店主を殺害、電話帳の順に「サラ・コナー」を次々に殺害します。このことがニュースになり、本命のサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)はつけてくる二人目の男に恐怖を感じクラブに逃げ込み警察に電話をします。

そこへ最初の男が現れサラに銃を向けますが、間一髪二人目の男がサラを救います。逃げだす二人を、センサーの目が追いかけることで、初めてこれがロボットか何かであることがわかります。二人目の男はカイル・リース(マイケル・ビーン)と名乗り、襲ってきたのはサイバーダイン社が製造した101型サイボーグのターミネーター(アーノルド・シュワルツェネッガー)だと説明します。

さらにリースは、数年後に防衛ネットワークのコンピュータが自ら意思を持ち核戦争が勃発し、多くの人命が失われると話します。45年後に、生き残った人類を統率して機械に立ち向かうのがジョン・コナー、まだまだ生まれていないサラの息子だと言うのです。追ってくるターミネーターの追撃をかわした二人は警察に捕まります。

リースは警察で、リーダーのジョン・コナーが生まれる前に母親を殺害する指令を受けたターミネーターを追ってこの時代に来たことを話しますが、当然警察は妄想として相手にしません。そこへターミネーターがやってきますが、彼は警察の受付を眺めまわした後、あの有名な台詞を吐きます、「I'll be back (また来る)」。

いったん外に出たターミネーターは、すぐに車で署に突入し、警察を壊滅させます。サラとリースは逃げ出し、モーテルに身を隠しついに結ばれる!! しかし、ターミネーターはそこへも迫ってきます。そんな立派な人物を産む伝説の人物ではないと言っていたサラでしたが、逃走中にリースが負傷すると、その闘争本能に火が付く。

炎に包まれターミネーターに勝利したと思ったのも束の間、骨格だけになったターミネーターがさらに迫ってくる。リースは接近するターミネーターに爆薬を突っ込み破壊しますが、自らも命を落とします。上半身だけになっても追いかけてくるターミネーターを、サラはプレス機で潰してついに勝利するのです。サラは、リースとの間にできた未来のジョン・コナーを宿し、核戦争が起こる「審判の日」を前にメキシコに向かうのでした。

もう、かなり有名なストーリーですから、今更説明するまでもないとは思いますが、はっきり言って、この1作目は公開時は低予算のB級SFという位置づけだったと思います。未来中心に描くと金がかかるので、現代に話を持ってきたというのは有名な話。音楽も、ほぼシンセサイザーのみで未来的と言えば聞こえがいいのですが、やはり経費削減ということ。

まだCGなんてほぼ使われなかった時代ですから、シュワルツェネッガーのターミネーター姿も特殊メイクによるもの。当時の他のSF映画と比べても、これもお世辞にも優れているとは言い難い。最後の骨格だけのターミネーターの動きのアニメ感もわかりやすい。

ですが、そういう欠点を補う以上に、際立った世界観が映画全体の面白さを十二分に底上げしていることは間違いない。また、これに続く続編の成功が、1作目の評価をさらに高めました。

使われず削除されたラストシーンには、破壊されたターミネーターのマイクロチップを拾い上げる者がいて、その戦いの場になったのがサイバーダイン社であることが示されています。明らかに続編を意図したものですが、キャメロンは説明しすぎとして劇場公開時には使用しませんでした。

しかし、人気シリーズとなったものの、この後権利関係の移動が相次ぎ、3作目以降は複雑な経緯によって一貫性が保てなくなったのが残念なところかもしれません。


2021年6月28日月曜日

ホテル・アルテミス ~犯罪者専門闇病院~ (2018)

目下のところ、ジョディ・フォスター登場の最新作がこれ。2013年の「エリジウム」以来、5年ぶりとあってはジョディ・フォスターのファンとしては興味津々・・・なのですが、実はこれ、アメリカでの興行収入はパっとせず日本では劇場公開は見送られてます。DVDは発売されましたが、ブルーレイは無しという作品。

もともと脚本家として知られるドリュー・ピアースによる監督・脚本。10年後の2028年のロサンゼルスが舞台。暴動が発生し無秩序化した中で、会員制の犯罪者のみを引き受けるホテル兼病院でのストーリー。見所は・・・あえて言うなら、スペシャル・メイクで70代の老婆を演じるフォスターでしょうか。

銀行強盗に失敗して逃亡したワイキキは、警察に撃たれ重傷の弟ホノルルをかついでなんとかホテル・アルテミスに逃げ込みました。ホテルの経営者は、ロスを牛耳るウルフ・キンググ(ジェフ・ゴールドブラム)で、管理を任されているは看護師の老女ジーン・トーマス(ジョディ・フォスター)と巨漢のエベレスト。ジーンは早速3Dプリンターで損傷臓器のコピーを作り治療に当たります。

先に滞在客になっていたのは、武器商人のアカプルコと美人殺し屋のニース(ソフィア・ブテラ)。ニースは、ワイキキの元恋人で、ウルフ・キングを殺すために、わざとケガをしてホテルに入ったのです。ワイキキが銀行強盗で手に入れたペンを見て、ニースはそれがウルフ・キングの物で危険だから逃げた方が良いと忠告します。

その頃、アルテミスの裏口に、女性警察官のモーガンが重傷を負って助けを求めに来ます。モーガンは誰も知らないはずのジーンの名前を知っていて、驚いたジーンは知り合いであることに気が付き、規則を破ってホテル内に入れて助けるのでした。クスリで死んだジーンの息子ボーとモーガンは一番の仲良しだったのです。

さらに、ウルフ・キングが負傷したためホテルにやってきます。麻酔によって饒舌になったウルフ・キングは、ボーを殺したのが自分で、息子が死んで自暴自棄になったジーンを利用してホテルを作ったことを話す。その時、ニースが仕掛けた爆弾が爆発。混乱の中で、ニースはウルフ・キングを殺しますが、部下たちがなだれ込んでくる中、ジーンとワイキキは何とかホテルを脱出するのです。

・・・と、まあ、そんな感じの話なんですが、そもそも近未来である必然性がよくわからない。医療だけはちょっと未来的ですが、その他はイマイチです。街が暴動で混乱しているのもよくわからない。モーガンが突如出てきてというのもなんだかなという感じ。息子の過去を絡めるだけのストーリーの重みが感じられません。ペンの意味も???・・・

そもそも、このホテルは会員制で、武器の持ち込み禁止とか、中で殺し合いをしちゃいけないとか、互いに詮索をしないことなど、某映画の某ホテルとコンセプトが似ている。一応、病院ということで差別化を図っているのかもしれませんが、ジーンが率先して規則を破っちゃ設定が無いのと同じ。

見るべきところは、ニースを演じるソフィア・ブテラのスタイリッシュなアクションと、見るからによぼよぼしたジョディ・フォスターの老婆の演技でしょうか。ジョディはあまりにうまく演じるので、本当にこんなにお婆さんになっちゃったかと心配するくらいです。

そんなわけで、B級アクション映画並みの作品といわざるをえない。ただし、主役がお婆さんですから、なんともパッとしないところ。そんな映画です。

2021年6月27日日曜日

おとなのけんか (2011)

ジョディ・フォスターは、そのキャリアにおいて2度のアカデミー主演女優賞に輝いています(1988年の「告発の行方」、1991年の「羊たちの沈黙」)。その後は、自ら立ち上げた制作会社の第1回作品「ネル」でノミネートされただけ。

残念ながら、出演作を見れば見るほどそれらを越えられる作品が無い・・・というのが、ファンとしては最大限譲歩した表現。もっとも、アカデミー賞がすべてではないし、女優だけで映画の良しあしが決まるわけでもありません。

この映画は、ヴェネツィア国際映画祭で金若獅子賞を受賞し、作品としては高い評価をされているもの。フランスの作家・女優であるヤスミナ・レザが書いた戯曲「大人は、かく戦えり」を原作としてレザ本人とロマン・ポランスキーが脚本、ポランスキーが監督しました。原題は「carnage」で、「虐殺」と言う意味ですが、ここでは「修羅場」と訳すのが適当かもしれません。

タイトル・シークエンスは、軽快なちょっとコミカルな音楽が流れる中、公園で遊ぶこどもたちを遠くからカメラが捕えます。主だったキャスト、スタッフのテロップが流れた後、こどもたちの中の二人が喧嘩になり、一人が持っていた棒を振り回し、相手が顔をおさえる。

次のシーンは殴られケガをした側のロングストリート家の書斎。作家である母親はペネロペ(ジョディ・フォスター)、金物屋を営む父親はマイケル(ジョン・C・ライリー)。ペネロペがパソコンでこどもの喧嘩の状況を文書にしているのを、一緒にのぞき込んで確認しているのは、ケガをさせた側のカウワン家の両親。母親は金融ブローカーのナンシー(ケイト・ウィンスレット)、父親は弁護士のアラン(クリストフ・ヴァルツ)です。

文書ができて両者が確認し、カウワン夫妻が帰ろうとしますが、ロングストリート夫妻が「コーヒーはいかが」と言って引き留める。最初は、別のきっかけで知り合えるとよかったですねみたいな平和な雰囲気ですが、この会話劇のなかで、少しずつ4人の歯車がかみ合わなくなっていくのです。

もともとはこどちたちが仲直りしてくれればいいさ、という感じだったマイケル。しかし、こどもであっても相手がきちんと謝罪する必要があると思っているペネロペ。何とか穏便に話を終わらせたいナンシー。これに、話をこじらすきっかけを作りまくるのが、仕事の電話で度々話の腰を折るアランで、彼はこんな面倒にかかわっている暇は無いと思っている。

初めのうちはペネロペが攻めて、マイケルとナンシーがとりなす風でしたが、ストレスをため込んだナンシーが嘔吐してしまい、今度はナンシーがマイケルを攻め立てる展開になる。攻め込まれたマイケルはペネロペに絡み・・・4人がこどもの話から飛躍して、それぞれが感じていた不満が爆発していくのです。

二組の夫婦全員にとって、「人生最悪の日」となり、エンドロールが再び公園のこどもたちを捉えます。喧嘩した二人のこどもたちはとっくに仲直りをして、楽しそうに遊んでいるのでした。

夫婦間の信頼とかに留まらず、アフリカの少数民族の虐殺問題などを交えて、人と人とのつながりをテーマにした話・・・というと大袈裟かもしれませんが、基本的にはこどもを持つ親としては「あるある」の話を膨らませたもの。

もともと舞台用の作品を映画化する場合、ある程度原作を尊重すると登場人物が少なく(ここでは4人だけ)、台詞が多くなる。演じる場所も固定されます(ロングストリート家のアパート内だけ)ので、映画としてのメリットをいかしにくいところがあります。

まず、重要なのは演じる俳優たちの技量。舞台より表情がわかりやすいので、ちゃんとした演技ができないとかなり残念になる。そこは、ジョディ・フォスターはもとより、「タイタニック」のケイト・ウィンスレット(2008年にアカデミー主演女優賞)、ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品の常連であるジョン・C・ライリー、2度のアカデミー助演男優賞に輝くクリストフ・ヴァルツという強者が集まりました。

監督は名匠ポランスキーですが、前半の探り合いはどうしてももたつきがありますが、中盤以降、それぞれの本音が露になってヒートアップしてくると、映画らしいカット割りをそれぞれの登場人物の心情にあわせてつないでいき、たたみかけるような演出はさすがです。

アカデミー賞のような評価には向かない作品ですが、良質な映画として必見の1本に上げておきたいと思います。

2021年6月26日土曜日

関節リウマチ患者さんの新型コロナ・ワクチン接種について


新型コロナ・ウイルス(COVID-19)に対するワクチン接種が行われていますが、優先順位の高い高齢者の方へのワクチン接種券の送付はほぼ終了し、65歳以下の方への接種券送付が開始されました。

もともと高齢者の次には、「持病のある方」が優先となっており、関節リウマチが直接的にそのグループに入るわけではありませんが、使用している薬や合併症によって「持病のある方」に含まれると考えられます。

ただし、現状では「持病がある方」という優先は、ほぼ無くなったのと同じ状況であり、可能な方からどんどん接種を行うという状況と言えます。

日本リウマチ学会でも、日本で使用されているワクチンについては、積極的に危険性を示すデータは無いため、重症化のリスクが高い方にはワクチン接種の利点が多いという見解を示しています。

副反応はワクチンの性質上、ある程度はやむをえないと考えられます。現在までの調査で、日本人の場合、翌日に約1.8%に微熱が認められ、12~16%に頭痛・倦怠感が出現していますが、ほとんどは1日程度でおちついています。

関節リウマチ患者さんが使用している薬については、積極的に接種前後で中止すべき理由は見つかっていません。通常は、そのまま使用してかまわないと考えられます。ただし、副反応で体調がよくない状況下での使用は控えた方が良いと思われますので、可能であれば接種翌日が内服あるいは注射をする予定と重なる場合は、前後にずらすことを推奨します。

2021年6月25日金曜日

マーヴェリック (1994)

娯楽映画なら、間違いなく一定水準以上の作品に仕上げるのが、監督リチャード・ドナーの腕。この映画も、コメディで軽く見られていると思いますが、なかなかの出来栄え。

しかも、80年代以降、めっきり少なくなった「西部劇」で、主演がメル・ギブソン、ジョディ・フォスター、ジェームス・ガーナーという組み合わせ。

ガーナーは、日本ではTVシリーズ「ロックフォードの事件メモ」で知られますが、実は彼のアメリカでの人気を上げたのは1957~1962年に放送されたTVシリーズの「マーヴェリック」でした。TVシリーズは、、ガーナーは最初の3シーズンで、ブレット・マーヴェリック役で主演しました。ガーナーは、ここではマーヴェリックではなく、連邦保安官と名乗るゼイン・クーパーを演じます。

ジョディ・フォスターは、彼女としては珍しいコメディエンヌに挑戦し、いかにも楽し気に詐欺師アナベルを演じています。メル・ギブソンも、それまで「マッドマックス」や「リーサル・ウェポン」などで、ハードな役柄が多かったのですが、やはりノリノリでギャンブラーになり切った感じ。

一攫千金を狙うギャンブラーのマーヴェリックは、大規模なポーカー大会の出場目指して、何とか大金の参加費を稼ぎ出そうという魂胆。そこに美貌の詐欺師アナベルと、連邦保安官を名乗るクーパーが加わり、三人は騙し合いながらの珍道中をすることになります。

騙し騙されの展開ですから、ストーリーについては見てのお楽しみ。派手なガン・ファイトがあるわけではありませんが、オールド・アメリカのほのぼのとした風景も含めて楽しめます。

また、過去の西部劇のパロディもたくさん出てくる。西部劇の古典的名作とされるジョン・ウェインの「駅馬車」ではインディアンに襲撃され御者が殺され、有名なスタント場面となりますが、ここでは老人の御者が単純に死んじゃって似たようなスタントを見せてくれます。

ポーカー大会を主催するのは、西部劇ではお馴染みのジェームズ・コバーン。また、初めの銀行強盗シーンでは、強盗役のダニー・グローヴァーとマーヴェリックのメル・ギブソンが訳アリの目くばせをしたりする。実は、ドナー監督の「リーサル・ウェポン」でお互い刑事としてバディを組んだ仲だったりするわけです。

つまり、この映画は肩肘張らずに、気楽に楽しめる時代物コメディとして、名作ではありませんがしっかりと楽しめるエンターテイメントとして良作と言えそうです。

2021年6月24日木曜日

高所メンテナンス


クリニックの前は、広く開放的なバス・ロータリー。

ここを明るく照らす照明塔が数基設置されていますが、クリニックのある地上4階とほぼ同じくらいの高さなので、メンテナンスするのはどうするのかなと漠然と思っていました。

まぁ、当然と言えば当然ですが、昨日リフトを目一杯伸ばして作業していました。

なるほど、そりゃ、そうだ。

これ以外に特に方法があるわけがない・・・生活のインフラを守る作業の一つで、危険な仕事ですよね。

本当にご苦労様です。

2021年6月23日水曜日

ピーセン


昭和の人間には懐かしい「ピーセン」という菓子。

銀座江戸一というメーカーが1961年から販売したもので、もち米と砕いたピーナッツが混ざった揚げ菓子の名前。

子どもの頃は、角の丸みがある缶に入っていてなかなかの人気でした。いつからか、コピー菓子が増え、元祖「ピーセン」はまったく目にすることが無くなりました。

銀座江戸一は1999年に会社が無くなっており、実は栄太郎本舗が製法を受け継いで、今も「ピーセン」の名前で販売は継続しているようです。

まぁ、各コンビニでも同じ味が楽しめるので、わざわざデパ地下とかの名店街まで行かなくても、懐かしい味は健在ですけどね。

2021年6月22日火曜日

エリジウム (2013)

2009年の「第9地区」で一躍注目された、南アフリカ出身のニール・ブロムカンプの監督・脚本による富裕層と貧困層の格差社会を象徴的に描くSF映画。主演はマット・ディモン。ジョディ・フォスターが、おそらく初めての悪役というのも注目です。

かなり硬派な内容を盛り込んだアクション映画として見れば、それなりに良く出来たストーリーだと思いますが、SFアクションを伴う社会派ドラマとしては底が浅い感じがします。いずれにしても、SF感は薄く、人間を描くことに力が入っているのはわかるのですが、設定が甘いかもしれない。

22世紀半ば、荒廃した地球から富裕層の20万人が、地球から離れた宇宙空間にエリジウムと呼ばれる巨大宇宙ステーションを建造し移り住んでいました。ちょうど、「機動戦士ガンダム」のスペースコロニーのようなイメージ。そこは、あっという間に体をスキャンして再生する医療ポッドがあり、脳さえ生きていれば人間は死ぬことは無い世界です。

地上からは、不法なIDを取得して病気やけがを治そうとする非エリジウム市民が非正規シャトルでやってくる。エリジウムの防衛長官デラコート(ジョディ・フォスター)は、エリジウムの秩序を乱す侵入者を容赦なく始末することをためらわない。政府高官からは、その過激な姿勢は問題視されていました。

マックス・ダ・コスタ(マット・デイモン)は、働いている工場で事故によって致死量の被爆をしてしまい、余命5日と宣告されます。マックスは、エリジウムへの不法渡航を斡旋しているスパイダーに頼み、エリジウムへのシャトルに乗せることと引き換えに、地球にいる富裕層市民の口座情報などの脳内データを奪取してくる仕事を引き受けます。

マックスは、工場のオーナー、カーライルをターゲットに定めますが、実は彼の頭脳にはエリジウムをリセットしデラコートを新たな支配者にするプログラムも入っていたのです。マックスは首尾よくデータを自分の脳にダウンロードしますが、デラコートの部下で地上で反政府分子を粛清しているクルーガーに追い詰められます。

マックスは幼馴染のフレイに助けられますが、フレイの娘マティルダは白血病で死期が近い。クルーガーに捕まったマックスは、フレイ、マティルダと共にエリジウムに向かう。マックスの頭の中にあるプログラムを起動できれば、すべての人類をエリジウム市民と認識させられると考えたスパイダーも部下と共にエリジウムに飛び立つのです。

マックスの脳内データは、ダウンロードすると生体が死ぬようにロックされていましたが、デラコートは構わず読みだすよう命じます。マックスは監視を倒し、フライとマティルダを逃がします。クルーガーは、プログラムの重要性に気が付きデラコートを殺害し、自分が支配者となるべくマックスに迫るのでした。

クルーガーを何とか撃退したマックスでしたが、スパイダーにデータを取り出すと死ぬと言われますが、すべてを承知した上で静かにダウンロードを始めるスイッチを押すのでした。エリジウムはリセットされ、IDのなかったマティルダも市民として認識され医療ポッドにより回復するのです。

何しろ、地上で違法侵入者対策をしているのが、クルーガー一人というのからしてバカバカしい(あとから仲間二人が加わりますが)。ダウンロードしたら死ぬ内容を自分の脳に移したカーライルも、自分が死んじゃ元も子もない。

エリジウムそのものにも、防衛長官はいても、実質的な防衛体制については説明されていません。そもそも、スペースコロニーを建造できる科学力があるなら、荒廃した地球を何とかできるんじゃないかという疑問もある。そんなこんなで、突っ込みどころは満載というわけです。

マット・ディモンは相変わらず頑張っていますが、いくら元気を保つ薬があるとはいっても、頑張りすぎて多臓器不全が急速に進行して数日で死ぬ体にも思えない。ジョディ・フォスターも冷酷なクーデターを画策する悪役なんですが、その悪そうな部分がほとんど見えないで殺されちゃうというのももったいない。

監督としては、主として医療格差に的を絞っているので、その他の細かいプロットは省略ということなんでしょうかね。監督の出身の南アフリカは、かつて厳格な差別社会だったことが、映画に反映していることは間違いありません。現実に国民皆保険制度では無いアメリカ社会では、貧富の差によって受けられる医療に違いがあるわけで、アメリカの低所得者層にはある程度共感を得られるテーマなのかもしれません。

2021年6月21日月曜日

告発の行方 (1988)

ジョディ・フォスターと言えば、子役から芸能界にいたのですが、最初に世界中から注目されたのは13歳の時に出演した「タクシー・ドライバー(1976)」での12歳の娼婦役でした。当時は、テータム・オニールとハリウッドの子役の人気を二分したものです。

その後も子役としてある程度の活躍はしましたが、大人の女優としてあらためて世間が認識したのがこの作品。タイトルで真っ先に登場するケリー・マクギリスを差し置いて、アカデミー主演女優賞を受賞しました。監督はジョナサン・カプランで、後に人気TVシリーズ「ER緊急救命室」を手掛けています。

飲酒やマリファナに親しみ、軽い女とみられるサラ・トバイアス(ジョディ・フォスター)は、酒場で3人の男にレイプされます。この事件を担当するのは女性検事のキャサリン・マーフィー(ケリー・マクギリス)で、サラの素行の悪さから強姦罪での立件が厳しいため、弁護士と取引し刑が軽くなる暴行罪で決着させます。

レイプのことがまったく無関係に扱われた判決にサラはショックを受け、キャサリンを責めます。レイプ現場では、大勢が周りではやし立てており、その中の一人がからかってきたことに逆上したサラは、自分の車をその男の車にぶつけてしまうのです。

キャサリンは、周囲で観て見ぬふりどころか、むしろそそのかした連中に対して強姦教唆の罪で告訴することで、サラがレイプされたことをあらためて裁判の中で立証することを決意します。本気で自分の味方になろうとしていることを理解したサラは、しだいにキャサリンに対して心を開くようになりました。

後半1/3は、教唆罪に対する裁判シーンが中心。裁判では、サラは涙を流して当夜の状況を説明します。キャサリンは事件を警察に通報した目撃者を見つけ出し証言をえました。弁護側は、誰がどんなことを言ってレイプをそそのかしたことは証明できないと論告しますが、陪審員の評決は有罪でした。サラとキャサリンは、単なる暴行事件ではなくレイプであったことを証明したのです。

強姦という犯罪は、被害者側が泣き寝入りしやすく、また告発しても立証することが困難です。勇気を持って裁判に立ち向かっても、時には被害者は人間性を否定されるような質問をされたりする。この映画では、被害者にとって最っも苦しい立場を想定した中で、何とか事件を立証しました。

大人のしっかりとした女性として登場するケリー・マクギリスの、ある意味常識的な対応もわかるし、また、その演技も落ち着いています。しかし、サラを信じサラの一番望んでいる事件をうやむやにしたくないという気持ちを理解してからは、少しずつそこに「熱いもの」が混ざってくる感じ。

ジョディ・フォスターは、「タクシー・ドライバー」の時のような社会の底辺でもがく女の子で、確かに生活は乱れている。しかし、逆にキャサリンに心を開くようになり、しだいに大人の女性として精神的に自立していくところは、ジョディの演技力の賜物というところです。

2021年6月20日日曜日

タイヤの赤丸・黄丸


以前から気が付いていたんですが、タイヤについている直系1センチないくらいの赤い丸と黄色い丸のペイント。何だろう? とは思ってたものの、あまり気にしていませんでした。

確かにどのタイヤにもついていて、位置はバラバラです。走っているうちに、しだいに消えてしまうので、タイヤが新しいうちしか目立ちません。

実は、ちゃんとした呼び名がついている。

赤色の丸=ユニフォミティマーク、黄色い丸=軽点と言うんだそうです。

タイヤは基本丸く作られるものですが、まったく正円というわけにはいかない。厳密に言えば、多少の歪みを伴います。

そこで、タイヤの外径がもっとも大きい部位の目印として付いているのが赤いユニフォミティマーク。ホイールにセットする際に、正円になるようにするためのマークということ。

正円じゃないということは重さも均一ではないので、最もタイヤの軽い部分についているのが黄色い軽点。精巧なホイールでもエアバルブの部分は重みがプラスされているので、そこに合わせることで重さが均等にできるという目安になっています。

一部のメーカーは正円性に自信があって、これらの目印をつけていないところもある。まぁ、一般人がごく普通に運転するにはあまり気にしなくてもいいのかもしれません。

2021年6月19日土曜日

羊たちの沈黙 (1991)

アカデミー賞主要部門(作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、主演女優賞)を制覇した、今となっては古典的名作サイコスリラー映画。監督はジョナサン・デミですが、はっきり言ってこの作品以外は目立った活躍をしていません。

あまりにも強烈なキャラクターであるハンニバル・レクター博士を創造したのは、原作者トマス・ハリス。レクター博士のシリーズは、この映画のヒットによりすべて映画化されました。

FBI訓練生のクラリス・スターリング(ジョディ・フォスター)は、上司のジャック・クロフォード主任(スコット・グレン)から、通称バファロー・ビルによる連続猟奇殺人事件について、厳重に監視された刑務所の精神病院に収監されている元精神科医のレクター博士(アンソニー・ホプキンス)の意見を聞いてくるように命じられます。クラリスは大学で犯罪学と心理学を学んでおり、いわゆるプロファイリングの能力を期待されていました。

レクター博士は、過去に自らが殺人を犯し、被害者の体の一部を食べるという異常犯罪を繰り返していたのです。レクター博士は高い洞察力を持ち、その鋭い言動は言葉で人を死に追いやることさえありました。面会に来たクラリスを見て興味を持ったレクターは、クラリスの出自を探ったり、巧妙に心理的な圧をかけてくるのでした。

そこへ新たなバファロー・ビルによると思われる遺体が発見されました。クロフォードはクラリスを伴って現地に向かいます。被害者の喉に何かが押し込まれており、取り出すと「死の頭」と呼ばれる珍しい蛾のさなぎであることがわかりました。

さらに上院議員の娘キャサリンが行方不明となり、やはりバファロー・ビルの犯行が疑われます。上院議員はもっと人間的な生活ができる刑務所への移動を条件に、レクター博士へ協力を願い出ました。レクターは、クラリスが個人的な質問に答えれば協力すると言います。クラリスは、早くに母親に死なれ、警察官だった父親も犯人に撃たれ亡くなったこと話します。

レクターの現在の主治医チルトンは、自分の出世のために直接上院議員と連絡を取り、移送して議員との面会を実現しました。レクターは、自分のかつての患者の一人を犯人として教えます。しかしそれもレクターの「遊び」だと考えたクラリスは、再び面会に訪れる。

レクターは、父親の死後、牧場を経営する親戚の世話になったがすぐに逃げだした理由を問いただすのです。クラリスは悲鳴をあげる子羊が屠殺されるところを目撃したことを話し、レクターはキャサリンを救えれば羊の悲鳴は消えるだろうと言います。その夜、レクターは隙を突いてついに脱走するのでした。

クラリスはレクターの残した資料から、一人捜査を進めバファロー・ビルをついにつきとめます。間一髪、真犯人を射殺したクラリスは、無事にキャサリンを救出することができました。クラリスは訓練学校を卒業し、無事に正式な捜査官に任命されます。

そのパーティの場に、レクターからクラリスに電話がかかってきました。「羊たちの悲鳴は消えたかね、クラリス」と言うと、レクターは受話器を置いてチルトンの後をつけていくのでした。 

バファロー・ビルの事件だけに絞ったストーリーであれば、犯人捜しのミステリーとしても成立しますが、ありきたりのクライム・サスペンスになっていただろうと思います。タイトルは、当然クラリスの過去のトラウマからきていることからもわかるように、むしろ、レクターとクラリスの心理戦ともいえる会話の怖さがこの映画の一番の見所。

まだ初々しさが残る30歳のジョディ・フォスターが、まだ半分アマチュアの捜査官を熱演している。また、それ以上に、アンソニー・ホプキンスの実に落ち着き払った気味の悪さがすごい。間違いなく彼の代表作と言える演技だと思います。

続編となる「ハンニバル(2001)」はリドリー・スコットが監督し、レクター博士はアンソニー・ホプキンスが続投。クラリスはジュリアン・ムーアが演じました。

2021年6月18日金曜日

フライトプラン (2005)

飛行機物は好きなんですが、どうもハリウッドの作品となると、どうしても犯罪がらみのサスペンスまたはアクション物ばかりで、飛行機そのものは単なる箱扱いということは珍しくない。

この映画もそんな一本で、主演ジョディ・フォスターという点を除くと、残念ながらはっきり言ってB級と言わざるを得ない。監督はデヴュー作「タトゥー」が高評価だったロベルト・シュヴェンケ。

冒頭、カイル・プラット(ジョディ・フォスター)が夫がベルリンのアパートの屋上から転落して急死したため呆然となり、思い出とともに時間軸を行き来する感じは期待が高まります。夫の死に疑惑があり、カイルと娘のジュリアに何か悪意のあることが迫ってくる雰囲気がうまく描かれています。

カイルとジュリアは、夫の棺と共に空路ニューヨークに戻ることになりますが、ここからはほとんど飛行機の中という限定した場所だけが舞台になる。450人搭乗できるエアバスの実物大の機内のセットを作り、この中を走り回ることになるのですが、ほとんど動きが前後方向だけになるので、どうしてもシーンが単調になる。

離陸して3時間、カイルが目を覚ますとジュリアの姿が見えない。誰もこどもを見ていないといい、搭乗名簿にもこどもはいないと言われてしまう。実はカイルは、航空機メーカーに勤めていて、この飛行機の設計に携わったスタッフの一人。機内の隅々まで熟知していて、こどもが隠れることができそうな場所は想像できる。

乗り合わせていた航空保安官のカーソン(ピーター・サースガード)は、半狂乱でこどもの行方を探そうとするカイルに手錠をかけます。機長は地上からの連絡で、夫と共にジュリアも転落して死んだということをカイルに伝えます。誰の目からも急に最愛の家族を失い、カイルは妄想により正常な判断ができないのだと思われました。

しかし、出発時にジュリアが窓に指で書いたハートが自分の吐く息の湿気で浮かび上がったのを見たカイルは、間違いなくジュリアがいたことを確信します。彼女は、客席を混乱に陥れた隙に、まだ調べていなかった荷物室におり一つしかない棺を開けてみるのでした!!

と、まぁ、後がまだまだ続くのですが、いとも簡単に犯人をばらしてくれます。犯人は、X線検査が無い棺に爆弾を隠し、この飛行機に詳しいカイルを犯人に仕立て上げ、航空会社を脅迫し莫大な金を手に入れようとしていたのでした。

ただ、犯行の流れがわかるような伏線はほぼ無いと言ってもよく、犯人の登場がかなり唐突で気持ち的についていけないし、ストーリーを推進させるための必然性が感じられないところが痛い。

とにかく母強し(・・・強すぎる)を演じるジョディ・フォスターに、拍手喝采するだけの映画になってしまった感は否めません。

2021年6月17日木曜日

オリンピック問題


1964年以来、56年ぶりとなるはずだった東京オリンピックは、昨年は新型コロナウイルスによるパンデミックのために延期となりました。そして、早くも1年がたち、開催まで残りあと1か月に迫ってきました。

首相は、「パンデミックに勝った証として開催する」と壊れたラジオのように繰り返し語っていますが、少なくともあと1か月で勝利宣言をできるような場所は世界中のどこにもありません。

はっきり言って、オリンピックに対して責任の無い人は中止を求め、責任のある人は開催を目指すという状況は変わっていません。しかし、どちらの側にも現時点で開催の可否を明快に、かつ理論的に説明できる人はいないのです。

オリンピックが純粋にスポーツの祭典というものから、巨大利権が絡み、時には政治的な駆け引きがあからさまになってきたこともあり、しだいに一般の人々から気持ちが離れていっていることも大きく関係していることだと思います。

オリンピックの開催そのものについては、選手や運営にかかわる人々については、この1年で得られた経験を元に適切な行動をしてもらえるだろうことは想像できます。

ですから、個人的な意見としては、ここまでオリンピックの舞台を夢見て練習を積んできたアスリートの活躍の場を奪うことはできるだけ回避すべきであろうと考えます。

観客を入れるのか、入れないのかについては、それなりの制限をした上で有観客はありだとは思いますが、会期が迫っている今の時点でそれらを組み込むことはかなり難しいと思います。無観客であれば、関わるスタッフの数も大幅に削減できるというものです。

問題は、人を密集させないことですから、普通ならスタジアム、それが無理ならパプリック・ヴューイングなどで観戦して盛り上がるような形をうまく規制できるのかという点にあります。それは、オリンピックに対して責任が無い、我々のような一般人の行動にかかっていると言えなくもない。

最近の国内の感染状況を見ると、確実に新規感染者数は減少しており、あと数か月我慢の生活を続ければ、少し明るい先の見通しが立つかもしれない感じです。また、ワクチン接種が進めば、それはさらに確実度を増すものと思われます。

もちろん変異株の問題もあり、事態は単純ではありませんが、少なくともオリンピックがきっかけで感染者が増えるかどうかは、一般人の意識にかかっているのではないかと思います。

2021年6月16日水曜日

関東の梅雨入りは? その2


今年の梅雨入りは、近畿東海は5月21日と例年に比べ3週間も早かった

そのまま関東も梅雨入りかと思ったら、梅雨前線の伸びは足踏み状態。さすがにアジサイは準備万端、いつでも来いというところ。

・・・と思っていたら、一昨日、6月14日に気象庁は関東の梅雨入りを発表しました。

結局のところ、平年に比べて1週間遅れということで落ち着いたようです。

こどもの日頃に梅雨入りした沖縄は、いつもなら今週一杯くらいで梅雨明けになるんですが、いまだ梅雨入りとなっていない北陸・東北はどうなるんでしょう?


2021年6月15日火曜日

ブレイブ・ワン (2007)

個人的にジョディ・フォスターという女優さんは好き。デビッド・フィンチャー監督の「パニック・ルーム」も、フィンチャーの名前は知らずジョディ主演と言うだけでDVD買ったんですよね。だいたい同世代ですから、ジョディもだいたい六十歳で、だいぶおばさんになりました。

さて、この映画は2007年ですから、ジョディ45歳。製作総指揮にも名を連ねて、けっこう気合が入っている感じ。監督はニール・ジョーダンで、実のところあまり聞いたことが無い。基本的にはクライム・サスペンスなんですが、犯罪被害者の復讐劇という微妙なテーマの映画です。

ニューヨークでラジオのDJしているエリカ(ジョディ・フォスター)は、結婚を控えた恋人と夜の公園で3人の暴漢に襲われ恋人は死亡、自分も重傷を負い3週間も昏睡状態でした。退院して自分のアパートに戻っても、外に出るのが怖く、やっとの思いで捜査の進展を聞きたくて警察に行ってもまともに扱われない。

エリカは自分が生きていくために、ついに非合法の拳銃を手に入れてしまいます。コンビニで、偶然殺人が発生し、エリカは身を守るために犯人を射殺してしまいます。さらに、地下鉄で絡んできたチンピラも射殺してしまいます。売春と間違われて声をかけてきた男の車にはボロボになった女性がいて、エリカは拳銃で脅して車から降ろさせる。しかし、男が車で襲ってきたため。発砲し相手は死亡します。

これらの事件の担当になったマーサー刑事(テレンス・ハワード)は、現場で見かけたエリカに興味を持ちます。マスコミは、悪党を警察に変わって始末する連続事件として書き立てる。エリカは、マーサーに番組のためにとインタヴューをし、マーサーはオフレコで長年警察からうまく逃げている悪党の話をします。

エリカは、ついに自らの意思でこの悪党に近づき、ビルから突き落として墜落死させるのです。マーサーはいろいろな状況からエリカを怪しんでいますが、彼女に対してどこかで理解もするようになっていました。そして、襲われたときに奪われた指輪が質屋から発見され、エリカは売りに来た女から暴漢の所在を突き止める。

女から証拠となる携帯で録画した暴行時のビデオも送られてきたエリカは、「Goodbye」のメッセージと共にビデオをマーサーに転送し、彼らの棲家に乗り込むのでした。

犯罪被害者として、ものすごく同情できるところがあって、またそう思わせるようなストーリー展開があります。最初の3つの殺害事件は、なかば偶発的で、場合によっては正当防衛ともいえる。しかし、4つ目の事件は明らかに殺人であり、司法を無視した復讐というこの映画での「モラル」を逸脱しています。

それでも悪に対する制裁として、何とかギリギリの線で映画としては許されるのかもしれません。あえて書きませんが、最後の最後、暴漢たちへの復讐の結末は、さすがに問題ありです。これを肯定したら、リンチがまかり通る古い時代に逆戻りです。警察に対する信用も総崩れになってしまう。

途中までは、よくできた80点くらいのサスペンスですが、後味の悪さでー30点というところでしょうか。

2021年6月14日月曜日

天地創造 (1966)

巨匠ジョン・ヒューストン監督による大作であり労作となる、ほぼ3時間の映画。原題は「The Bible」であり、ずばり「聖書」です。聖書には「旧約」と「新約」がありますが、単に聖書と言えば旧約聖書のこと。旧約(古い神との契約)は、ユダヤ教とキリスト教の正典。キリスト教徒ではない自分が、それ以上のことを解説することは無理な相談というもの。

この映画は、この中に登場する主なエピソードを、オムニバスのようにつないだもので、製作は当時ハリウッドで絶大な力を持っていたディノ・デ・ラウレンティス。日本人的に注目するのは音楽。何と黛敏郎が大抜擢されて担当し、壮大なスコアを書きました。

さて、原作は何しろ膨大な量の話が詰まっているので、映画化したのは最初の「創世記」の部分だけ。それでも相当なボリュームですから、主として前半は「ノアの箱舟」、後半は「アブラハムとイサク」の話が中心で、他はかなり簡潔に描かれています。

まずは、神が6日間で何もないところから空、地、水などを作り、植物・動物、そして人間を生み出し、7日目に休憩したという話。最初の人間は、もちろんアダムとイブで、神に善悪がわかるようになるから食べてはいけないといわれていた木の実を食べてしまい、エデンの園を追い出されるという話。


エデンを追放されたアダムとイブは、カインとアベルとの二人の息子を授かります。アベルの供物だけを神が受けたことに腹を立てたカインはアベルを殺してしまい、カインの厄災をもたらす子孫が増えていき、神はすべての生き物をリセットする決断をします。

そこで神は、アダムとイブの間に生まれた三男、セトの子孫であるノアに巨大な船を作り家族と、すべての動物のつがいを乗せるように命じます。ちなみに、ノアは監督ヒューストン自ら演じている。船が完成し、動物たちを乗せ終わると雷鳴と共に雨が降り始め、大洪水になり地上のすべてを水が覆ってしまいました。40日間の豪雨の後、箱舟はアララト山(現トルコ)に漂着し、ノアたちは新たな地に生活を始めるのでした。

ノアの子孫、ニムロドは暴君になり、神に手が届きそうなくらい高い塔を作ります。これがバベルの塔と呼ばれるもので、ニムロドは最上階から天に向かって矢を放つという暴挙に出ます。怒った神は、人々がそれぞれ違う言葉を話すようにしてしまい、混乱した民衆は世界中に散り散りになっていきました。

さらに時は流れ、神はアブラハムに示すカナンの地に行けば、見渡す限りの土地を治めることができると告げます。アブラハムを演じるのは「パットン大戦車軍団」のジョージ・C・スコット。これが今のイスラエルの建国の基本にある「約束の地」という考え方です。アブラハムは妻サラ(エヴァ・ガードナー)を愛していましたが、二人の間にはこどもがいない。一緒に旅をした甥のロトはアブラハムと別れソドムの町に向かいます。


年老いたアブラハムの前に神の死者(ピーター・オトゥール)が現れ、これからソドムを滅ぼすと教えます。そして、それが終わるとアブラハムにこともが授かると言い残しました。神の使いはロトに家族と共に立ち去れと言い、退廃したソドムの町は業火により壊滅します。そしてサラはイサクを出産するのでした。

神は、再びアブラハムに告げます。何と、少年になったイサクを神への生贄にしろと言うのです。苦悩するアブラハムは神は絶対であるとし、イサクを生贄にしようとしますが、ぎりぎりのところで、神は「神に対する信仰心が間違いないか試すための試練だった」と告げ、アブラハムを祝福したのです。映画はここまで。創世記は、この後イサクの息子ヤコブまでが書かれています。

聖書をまともに読んだことが無い自分としては、手っ取り早く有名なエピソードを知ることができたのでよしとしますが、映画としては題材が題材ですから、必ずしも名作とは言い難いかもしれません。地味な展開で、起承転結で言うと起承の連続という感じで、転結がありません。

聖書の内容を勝手に改変するわけにもいかないでしょぅから、そこはいかにジョン・ヒューストンと言えどやむを得ない。逆に知識として、この最低限の3時間で聖書のあらすじを学べることに映画の意義があると思います。





2021年6月13日日曜日

ベルリン・天使の詩 (1987)

一般に天使と言う時は、キリスト教の考え方の中から出てきた「神の使い」という意味だと思います。とは言え、キリスト教の派によっても違うし、ましてやキリスト教以外の宗教にも天使がいたりして、正直よくわからない。

旧約聖書に登場する「正当」な天使はミカエル(ミハイル)とガブリエルの二人。これに聖書外典に登場するラファエルを加えて、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教のいずれでも三大天使として扱います。これにいろいろな名前の天使が加わって、四大天使とか七大天使という呼び方をします。

ミカエルは人間の守護者として最も重要な大天使で、フランスのモン・サン=ミシェルは聖ミカエルの山という意味。ガブリエルは神の言葉を伝える役目が多く、「受胎告知」ではマリアにイエス・キリストの誕生を伝えます。ラファエルは守護天使のお目付け役。

守護天使(Guardian angel)は、たとえキリスト教徒でなくても、神が人間一人一人につけ心を善に導く天使。キリスト教では、悪魔(Satan)は、もともとはルシファーと呼ばれる天使でしたが、神に対して敵対し天国から追放され、堕天使として地獄の治めるようになったと考えられています。

さて、この映画は守護天使が人間になりたいと思ったらというテーマの作品。監督はヴィム・ヴェンダースで、カンヌ映画祭で監督賞を受賞しました。ヴェンダースというとドイツの巨匠の一人で、「パリ、テキサス(1984)」のようなロード・ムービーが得意な映像作家という印象があります。

脚本は監督自身と共に2019年ノーベル文学賞を受賞したドイツの作家、ペーター・ハントケが関わり、ヴェンダースと組むのはこれが3作品目。ハントケ作の「子どもは子どもだった頃」という詩が、映画全体にフィーチャーされています。

撮影は壁によって東西に分断されていたベルリン。当然、ほとんどは西ベルリンで行われましたが、ごく一部密かに東ベルリンでの撮影も含まれ、壁の間の緩衝地帯のシーンはセットを作ったそうです。

主役の守護天使ダミエルを演じるのは、「ヒトラー最後の12日間」で狂気のヒトラーを熱演していたブルーノ・ガンツ。ダミエルら守護天使たちは、今はベルリンの図書館を棲家として、歴史が始まる前から生物たちの営みをずっと観察してきました。そして人間たちには、彼らの心の声を聴いて、良い方向に向かうように適切なアドバイスを気が付かれず送ってきたのです。純粋なこどもには時には見えることがありますが、基本的には人が天使を見つけることはできません。

ある日、ダミエルは、経営不振で今夜の興行が最後となるサーカス一座を訪れました。花形の空中ブランコ乗りのマリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)は、今夜が最後だと思うと落ちてしまうのではないかと緊張する。ダミエルは、そんな彼女に恋をしてしまいました。

ダミエルは親友のカシエル(オットー・ザンダー)に、永遠の命があっても物質的に満ち足りない今の生活の不満、そして人間になって何でもない日常に喜びを感じたいと話します。街では、「刑事コロンボ」でお馴染みのピーター・フォーク(自らの役名で登場)が映画の撮影をしていました。ピーター・フォークは見えるはずがないダミエルに向かって「兄弟、いるのを感じる。人間はいいよ」と言いながら握手をするかのように手を差し出すのです。

ダミエルは、いつも人間たちを見てきた戦勝記念塔(塔の頂上に金色の勝利の女神ヴィクトリアが設置されています)からついに飛び降りると人間になっていました。頭をぶつけて血が出ていることや初めて飲むコーヒーに喜びを感じる。

撮影中のピーター・フォークを見つけ、ダミエルは思わず「兄弟」と声をかけます。ピーター・フォークは、「ついに人間になったのか。世界中に同じような奴がたくさんいるよ」と説明し、彼もその一人だったのです。ダミエルに去られたカシエルも、しだいに自分の生活に疑問を感じ始めました。そして、ダミエルはマリオンと「再会」し、マリオンは彼が自分を見つめ守ってきた人だと直感するのでした。

天使の視点、あるいは天使がいる時は、画面は白黒。人間の視点ではカラーという構成になっていて、ダミエルの人間への変化もわかりやすい。比較的静かな展開の進行ですが、これらの工夫が随所にあり飽きさせません。

ソルヴェーグ・ドマルタンは、特訓で空中ブランコを自ら演じています。最後の演技シーンはかなり長めの印象ですが、せっかく頑張って練習してきたので、カットせずに全部使ったと監督自ら説明しています。また、カシエルも思い切って人間になるラストが撮影されていましたが、こちらは今回はカット。カシエルが人間になった話は、続編の「時の翼にのって(1993)」で描かれました。

なお、ニコラス・ケイジとメグ・ライアンが出演した「シティ・オブ・エンジェル(1998)」は、この映画のハリウッド版リメイクです。


2021年6月12日土曜日

二酸化炭素の測定 その2


人間は呼吸で、酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出しています。二酸化炭素の濃度測定は換気の目安になる・・・ということで、ゴールデンウイーク明けから、クリニック内で測定器を置いています。

空気中に含まれる二酸化炭素は0.04%、つまり400ppmです。建築基準法で建物内の二酸化炭素濃度は1000ppm以下と決まっていて、それ以上は空気の停滞を意味し換気を必要とする状況とされます。

クリニックは四方に窓があり、微風でもあれば空気の通りが良く開放的なので、測定器を置いてみたもののほとんど変化が無く測る意味が無い感じでした。何しろ、めったなことではクリニック中で500ppmを超えることはありません。

ところが、この数日の暑さ・・・さすがに30゚cになると風が通っても辛い感じ。今年初のエアコンによる冷房をいれてみました。当然、窓は全部閉めます。

もともと一番空気の流れが良くない診察室では、自分と患者さんがしゃべっていると、二酸化炭素はどんどん上昇して、時に700ppm近くになったのには驚きました。自分一人の時でも、500ppm台はざら。

もちろん、基準の1000ppmに近づくほどのことはありませんし、窓を開けて換気をすると速やかに400ppm台に戻りますから、問題になるほどではありません。

もっともppmという単位で数字を見ると、物凄い変化のように思えてしまいますが、%で言えば0.04%が0.06とか0.07%になったという程度ですけどね。

一般的に窓が無いか、あっても閉めている飲食店だと、火を使うこともあって二酸化炭素はけっこう高くなると思いますが、安心のためにこういう数字を見せるのは効果的だと思います。

2021年6月11日金曜日

インフェルノ (2016)

神曲・・・アイドルの代表曲みたいな「かみきょく」じゃなくて、「しんきょく」です。14世紀初めのイタリアの古典文学を代表するダンテの長編叙事詩。まぁ、おそらくたいていの人は名前は知っていても読んだことは無い。自分のその一人。

ちょっと、勉強してみると、オリジナルのタイトルは「La Divina Commedia」で、直訳すると「神聖喜劇」ということになるのですが、日本で初めて森鴎外が紹介した時に「神曲」という言葉を使ったとのこと。

フィレンツェの官僚だったダンテが、市政の政争に巻き込まれフィレンツェを追放になったことから、経験した欺瞞やそれに対する怒りから、人が生きていくための道徳を書きまとめたものとされ、地獄篇(Infrno)、煉獄篇(Purgatorio)、そして天国篇(Paradiso)の3部から成立しています。

さて、映画です。ダン・ブラウン原作のラングドン・シリーズ。監督はシリーズ続けてロン・ハワードが担当し、ラングドン教授もトム・ハンクスが続投です。今回はキリスト教にまつわる陰謀ではありません。

タイトルのインフェルノは、「地獄」のこと。まさに、ダンテの「神曲・地獄篇」のこと。ただし、映画を見るにあたって、「神曲」そのものの知らなくても困らない。原作を読むなら、理解しているともっと楽しめるかもしれませんけど。

ここでは、ダンテの「神曲」にインスパイアされて描かれたボッティチェッリの 「地獄の図( 1490)」が謎を解く鍵として用いられています。


これはダンテが「神曲」の中で構想した地獄の階層構造をヴィジュアル化したもの。下の階層に行くほど重い罪を背負うことになり、「神曲」の主人公ダンテは案内されて下へ下へ進み、そこを抜けると今度は煉獄の階層がある。さらにその先には天国の階層があり、ダンテの永年の憧れであったベアトリーチェの案内を受ける。

ロバート・ラングドン教授は、世界が地獄にようになる幻影を見ます。目を覚ますと、そこはフィレンツェの病院で、頭に傷がありこの数日の記憶が思い出せない。担当の若い女医、シエナ・ブルックス(フェリシティ・ジョーンズ)は、銃撃され担ぎ込まれ、一過性の記憶喪失だと説明します。そこにさらに暗殺者が襲撃してきたため、シエナはラングドンを連れ自分のアパートに隠れました。

ラングドンの持ち物を探すと、上着のポケットから小さなプロジェクターが見つかります。映し出されたのはボッティチェッリの地獄の図ですが、あちこちに追加の文字があり、どうやらゾブリストという人物からのメッセージだとわかります。

ゾブリストをネットで検索すると、人口の増加による人類の危機を訴え、致死性ウイルスをばらまくことで人口を減らそうと計画している過激思想の持ち主であることが判明します。地獄の図は、どうやらウイルスを仕掛けた場所を示す手がかりということらしい。

助けを求めるためシエナが領事館に電話をしますが、やってきたのは病院を襲った暗殺者。さらに、ネットを利用したことで居場所がばれて、エリザベス・シンスキー(シセ・バベット・クヌッセン)が率いるWHOの特務機関もやってきます。

ここからは、例によって得意の名所・旧跡を超特急で巡る、ラングドンとシエナの逃亡劇が展開します。今回は、誰が敵で誰が味方なのか、二転三転する構成で本当に息つく暇を与えてくれません。

謎の奥行が無いので、ラングドン・シリーズのファンからは物足りないという意見が出ているようですが、純粋にサスペンス映画としては、犯罪が少しずつ解きほぐれていく流れはうまく出来ている。また、派手なアクションがあるわけではないのに、普通のおじさん風のトム・ハンクスがうまく視聴者を味方につけて応援したくなるように仕向けてくるあたりもさすがです。

ラングドン・シリーズは、この「インフェルノ」の前に、アメリカのフリーメーソンをテーマにした「ロスト・シンボル」が出版されていますが、いまだに映画化されていません。現代に生きる謎の多い組織を描くのは、いろいろと問題があるのかもしれません。





2021年6月10日木曜日

今度はチョコだらけ


不二家はがんばりますねぇ。

ペコちゃんだけじゃない、ってとこを見せたいのか、商品開発の担当の人たちの頑張りが伝わってくる。

カントリーマアムをほぼチョコにしてしまった「チョコまみれ」に続く第二弾。

今度は定番のホームパイでやっちゃいました。

名付けて「チョコだらけ」です。

カントリーマアムより、元に固さがあるので食感はこちらの方が残っている感じ。

ですが、これだけチョコレートが滲みてると、味はほぼチョコです。

面白いんですが、暑くなってきたので、このくらいでもういいかと思います。

2021年6月9日水曜日

天使と悪魔 (2009)

ダン・ブラウン原作のロバート・ラングスドン教授シリーズの第1作(2000)ですが、「ダ・ヴィンチ・コード」のヒットを受けて順番は逆ですが映画化されました。ダン・ブラウン自身は製作総指揮に再びクレジットされていますが、今回は脚本には口を出していないらしい。監督は、前作に引き続きロン・ハワードが担当しました。

今回もキリスト教に関連した陰謀の話ですが、キーワードは「イルミナティ」だけで、キリスト教徒でなくてもよく知られたコンクラーベにまつわる事件ということで前作よりも圧倒的にわかりやすい。

原作は未読ですが、映画化に当たっては内容をしっかり整理してあるようです。逆に、原作を先に呼んだ方は、重要な登場人物が映画では出てこなかったり、物語の背景についてもかなり簡略化しているところが不満になっているようです。

もともと天動説により宇宙の動きが考えられていましたが、15世紀にコペルニクスによって地動説が唱えられるようになりました。近代科学の祖とされるガリレオ・ガリレイは、17世紀はじめに木星の観測などから理論的に地動説を説きましが、キリスト教がこれに噛みつき異端として裁判に発展します。そして17世紀末には、アイザック・ニュートンによって確立されました。

映画の中では秘密結社イルミナティが復活して、ガリレオやニュートンを絡めてバチカンを脅迫するのですが、キーとなる芸術家ジャン・ロレンツォ・ベルニーニも17世紀の人物。イルミナティは18世紀の話なので、正確には一緒にすることは問題。

科学的な物の見方が進むことで、宗教的な観念的な思想の矛盾にたどりつくかもしれないというのが、いわゆる啓蒙思想であり、その中で理性を持ってキリスト教を実践していこうとするのがイルミナティという集団だったと言えそうです。ですから、ローマから迫害されたガリレオらを利用することは矛盾しないのかもしれません。

1770年代に始まり、主としてバイエルンで急速に広がりを見せたため、危険視した教会などからの圧力により、政府が弾圧しわずか10年程度で消滅したとされています。

ローマのバチカンは、キリスト教カトリックの総本山で、全世界10億人ともいわれる信者の頂点に立つのは、現在は2013年に即位したフランシスコ教皇で、教皇としては第266代目。その教皇を選ぶための選挙がコンクラーベといわれる伝統的な行事です。

教皇は終生職ですので亡くなった場合に、サン・ピエトロ寺院に隣接するシスティーナ礼拝堂の中に、世界中から120人の枢機卿が集まり非公開で次期教皇を選出します。この間は、カメルレンゴと呼ばれる生前に教皇が指名していた枢機卿が、教皇権限を代行します。なお前教皇ベネディクト16世は、およそ700年ぶりに生前辞任をしています。

映画は教皇の死去により、バチカンでコンクラーベが執り行われることになったところから始まります。研究所から反物質を盗み出したイルミナティを名乗る者が、有力候補の枢機卿4人を誘拐し、1時間ごとに公開処刑し、最後に反物質の爆発によりバチカンを消滅させると脅迫してきました。

バチカン警察は、ただちにアメリカからロバート・ラングドン教授を招き、脅迫文の解読を依頼します。また反物質の研究をしていたヴィットリア・ヴェトラ(アイェレット・ゾラー)も協力することになります。

最初の処刑予告時間が迫る中、ラングドンはバチカン資料室のガリレオの古文書から、ヒントをつかみ最初の現場に向かいますが間に合わず、無残な枢機卿の遺体を発見します。さらなるヒントを得て次の場所に行きますが、またしても犯行に間に合わない。3番目では犯人に追いつくものの、銃撃され計画を遂行されます。4番目は、犯人に逃げられたものの何とか枢機卿を救うことができました。

残るは反物質だけで、容器の充電が切れて大爆発が起こるまでにわずかです。そして、ついにサン・ピエトロ寺院の中に仕掛けられていることを突き止め、ヴィットリアは何とか充電の補充を試みますが時間が足りない。カメルレンゴのマッケナ(ユアン・マクレガー)は、容器を手にすると一人ヘリコプターに飛び乗りどんどん高度を上げていくのでした!!

というわけで、わずか5~6時間程度に次々に枢機卿が殺され、時間との勝負でラングドンがローマ中を走り回るというスピーディな展開。サスペンス重視の演出に徹したことで無駄がない出来栄えとなっています。イルミナティはあくまでもサスペンスのきっかけで、映画では深入りし過ぎなかったのは正解だと思います。

実際にはバチカンはロケを許可していないので、セットやCGを使った背景は本物と見間違えるほどの仕上がりです。特にシスティーナ礼拝堂は素晴らしい。コンクラーベは公開されていないのですが、おそらくいろいろな情報から現実に行われていることに限りなく近いものとして映像化されているのだと思い大変興味深い。

原作との違いはともかくとして、少なくとも映画的な展開は前作をはるかにしのぎます。探偵側二人が、非警察・非バチカンですが、そこにいる理由に無理がなく合点がいくところ。意外な結末と共に、宗教サスペンスとしてよくできた作品になりました。





2021年6月8日火曜日

ダ・ヴィンチ・コード (2006)

ダン・ブラウンが著した同名の小説(2003)が原作。世界中でベスト・セラーを記録し、キリスト教についての深い知識を必要にするにも関わらず、日本でも大変評判になりました。

ハーヴァード大学の宗教象徴学教授、ロバート・ラングドンが活躍するシリーズで、本としては2作目になります。これをヒット作職人のロン・ハワードが監督して、主役のラングドンはトム・ハンクスが演じるというのですから、映画化では否が応にも着たが高まるというもの。

・・・なんですが、正直、もやもやが残りまくる出来。お世辞にもロン・ハワードやトム・ハンクスの代表作とは言い難い。何でかと言うと、かなりの長編小説で、しかもキリスト教徒でもあまり知られていないような蘊蓄満載ですから、2時間半の映画はストーリーをなぞっていくので精一杯。ましてや、キリスト教徒ではない自分のような者には、何が何だかわからないうちに話が進行してしまいます。

このあたりは、原作者ダン・ブラウンが製作総指揮で、脚本にもかなり参加しているところが関係しているのかもしれません。自分の生み出した作品を、最大限に形を残そうとしたところがありそうです。また、原作も映画もキリスト教として認めていない内容の話ですから、かなり宗教界との軋轢も生まれています。

パリのルーブル美術館の館長が殺され、死ぬ間際に自らレオナルド・ダ・ヴィンチの有名なウィトルウィウス的人体図を模したダイイング・メッセージを残す。本来ならダ・ヴィンチの大ファンは自分は、これだけでもう嬉しく小躍りしたくなる。

しかも、この原作が発行される数年前にパリにいったことがあるので、その時は中庭のクリスタルのピラミッドは工事中だったこともあって、映画でそれを見れるのもワクワクするというものです。

メッセージの意味を解くためにパリで講演中だったラングドン教授が警察に呼ばれて現場に向かう。すると、即、容疑者になっていて、いくらなんでも簡単に犯人と決めつけているファーシュ警部はよほどのバカか、さもなければ犯人側と勘繰りたくなる。しかも、この警部役がジャン・レノですから、ただの脇役のわけがない。

館長の孫であるソフィー(オドレイ・トトゥ)が出てきて、とにかく逃げましょうというわけで二人で逃亡。このあたりから、キリスト教的複雑怪奇な話が入り乱れてきるんですが、とにかくキリストの聖杯と、実はキリストはマグダラのマリアと結婚していて子どもを産んでいたというあたりが一番の謎らしい。

聖杯の説明で、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」にまつわる謎が解説されるところで、ちょっと気を取り直しますが、これも昔からとっくに言われていたことで目新しい話ではありません。結局誰が誰の指示で動いて、誰が本当に悪者なのか理解できていないうちにクライマックスに突入です。

実は、2005年初版で原作本を買って読んでたんですよね。しかも、ヴィジュアル愛蔵版という豪華仕様のもの。ストーリーがたどっていく実際の史跡などの写真や図表が組み込まれていてなかなかの凝った編集のもの。600ページくらいあるんですが、当時は面白くて一気に読んだものの、やはり馴染みのないキリスト教の知識がなくて苦労した記憶があります。


2021年6月7日月曜日

ジョン・ウィック パラベラム (2019)

キアヌ・リーブスが帰ってきた伝説の殺し屋を演じる人気シリーズの第3弾、目下のところ最新作です。シリーズ全作品を手掛ける監督はチャド・スタエルスキ。

このシリーズのために考えられた、独特の世界観を最初にまとめておきます。そもそも、裏社会では犯罪者たちの集団がたくさんあって、その中で世界をまたにかける強大な12のグルーブが集まったのが主席連合(ハイ・テーブル)です。カモッラ(イタリア)、コーサ・ノストラ(イタリア)、ンドランゲタ(イタリア)、チャイニーズ・マフィア(中国)、ロシアン・マフィア(ロシア)などが含まれています。

主席連合は、いろいろな組織同士の取引を安全に行うため、世界各地にコンチネンタル・ホテルを用意しており、その敷地内では殺しはしていけないという厳格な掟があり、破れば主席連合により粛清されます。いろいろなマフィアが集う関係で多くの殺し屋の社交場にもなっていて、殺し屋同士も顔馴染みになっている。また、彼らの間では独自の金貨が流通していて、ホテルの宿泊、武器の調達、死体の処理などに使われています。

主席連合の中には、誓印というロケット型のペンダントを用いた契約方法があります。開くと左右に血判を記すようになっています。片側に自分の血判を記して渡した相手の依頼は一度だけ履行しなければならないという決まりで、契約が終了すると相手が左側に血判を記してペンダントを返却します。この契約は、コンチネンタル・ホテルで記録・管理されています。

もともとジョン・ウィックが主な仕事を請け負っていたのはロシアン・マフィア。ボスは、ヴィゴ・タラソフでした。5年前に愛する女性と結婚するため組織を抜けたいジョン・ウィックは、カモッラの幹部、サンティーノ・ダントニオに誓印を渡し協力してもらっています。

さて、第三作は「パラベラム」というタイトル。ローマ帝国時代のラテン語の格言からきていて、「戦争の準備」という意味。前作で、コンチネンタル・ホテル内でサンティーノを殺したジョン・ウィックは、掟によって組織から抹殺の対象に指名されますが、コンチネンタル・ホテル支配人ウィストン(イアン・マクシェーン)の計らいで1時間の猶予をもらった直後から今作はスタート。

いきなり1500万ドルの懸賞金目当てに次から次へとジョン・ウィックの命を狙うものを倒して、たどり着いたのはルスカ・ロマのボス、ディレクター(アンジェリカ・ヒューストン)のもとでした。かつて、ディレクターは殺し屋としてのジョン・ウィックを育て上げた人物で、彼をカサブランカに渡らせます。

一方、主席連合の裁定人がやってくる。コンチネンタル・ホテルのウィストンには1時間の猶予を与えたこと、バワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)にはジョンに銃と7発の弾丸を渡したことが掟に反するとし、二人に7日間のうちにそれぞれのポストを明け渡すように言います。またディレクターの部下もことごとく惨殺し、ディレクターに組織への忠誠をあらためて了承させます。

モロッコ・コンチネンタルの支配人、元殺し屋だったソフィア(ハル・ベリー)は、かつてジョンが誓印を受け取って助けたことがある。ジョンは、ソフィアにかつてのボス、ベラダとの面会を頼みます。ベラダはジョンに、主席連合の首長に会いたければ砂漠を彷徨えば、向こうから見つけてくれると教えますが、ソフィアの連れていた犬を撃ち殺したことでソフィアが激昂し、ジョンと二人でベラダと部下たちを壊滅させます。

ジョンはソフィアと別れ砂漠を歩いているうちに意識を失い、首長の部下に拾われます。気が付いたジョンに首長は「何故生きたいのだ?」と尋ね、ジョンは「妻との思い出を守るため」と答え、ウィストンを殺せば抹殺指令を撤回しようと申し出ました。ジョンは、結婚指輪をしていた左手薬指を自ら切り落とし忠誠を誓うのです。

裁定人は殺し屋ゼロに従わないキングの組織を潰させます。そしてキングもゼロに刀で切られ倒れます。ニューヨークに戻ったジョンに、すぐさまゼロが襲い掛かりますが、ぎりぎりでコンチネンタル・ホテルの敷地に手を伸ばして休戦に持ち込みました。ジョンはウィストンを殺すことはできず、ウィストンも裁定人の命令を拒否したため、主席連合はコンチネンタル・ホテルの聖域指定を解除し、強力な武装集団をホテルに送り込んできました。

そしてついに最終決戦が始まるのです。まだ新しい映画に入ると思いますので、ストーリー紹介はここまで。ただし、さらなる続編で、間違いなく主席連合全体との全面戦争に突入していくしかないラストでチャプター3は終了します。

ゼロは普段は寿司屋を営む日本人(?)らしいのですが、その初登場の場面で流れるのはきゃりーぱみゅぱみゅの「にんじゃりばんばん」というところが可笑しい。ハル・ベリーのソフィアも気になるキャラで、続編でウィック一派の一翼を担いそうな雰囲気。第1作から連続登場の礼儀正しいホテルのコンシェルジェ、シャロンも最後には襲撃部隊との戦いに参戦してより楽しみなキャラになりました。

ド派手な格闘シーンが続き、暴力的な映画であることは間違いないのですが、ジョン・ウィックをはじめ彼に味方する人々がが、とても人間的な感情から動いていることで、見ていて感情移入しやすく、その活躍に胸がすっとする高揚感を感じることができるのだと思います。



2021年6月6日日曜日

自宅居酒屋 #37 茄子の和風あんかけ


茄子は炒めるときに油を使うと、大部分を吸ってしまうので、カロリーも高くなっちゃうし、茄子そのものの風味も損ねてしまいます。

そこで、フライパンで油は使わずに空焼きするのでお勧め。切り口の面が多少焦げ目がつくくらいに焼けば十分です。

今回は和風のあんかけにしました。

スープの味付けは、和風だしの素、ちょっとだけ鶏ガラスープの素、砂糖少々、生姜です。味見して薄ければ塩を足しました。

添えたのは鶏むね肉を粗いミンチ状に切ったもの、しめじ、ピーマンです。スープの中に入れて、ある程度火が通ったら、水で溶いた片栗粉を入れてあんにします。

最後に焼いておいた茄子を入れて和えれば完成。茄子の味がしっかり残って、酒の肴にも、ご飯のおかずにもOKという感じです。

 

2021年6月5日土曜日

ジョン・ウィック チャプター2 (2017)

キアヌ・リーブスが伝説から帰ってきた殺し屋を演じる「ジョン・ウィック」の続編。前作に続き監督はチャド・スタエルスキ。内容は、前作の5日後から始まり、当然同じテイストを踏襲したノンストップ・アクションで楽しませてくれます。

前作で亡くなった妻からの最後のプレゼントだった子犬を殺され、愛車を奪われたことでかつて仕事をしていた組織を潰したジョン・ウィック。車に固執したのは、愛車には亡き妻との写真があったからなのです。車を取り戻したジョンのもとに、今度はサンティーノ・ダントニオが訪れます。

彼はかつてジョンが組織を抜けるときに手助けをして、その際、依頼した仕事を遂行する誓いを立てた誓印と呼ばれるメダルを持っていました。しかし、ジョンは引退を希望したため、サンディーノはジョンの家を爆破します。妻との思い出のすべてを灰にされたジョンに、再び復讐の怒りが立ち上ってきます。

殺し屋たちが集うコンチネンタル・ホテルで、サンティーノの居場所を尋ねるジョンに支配人のウィンストン(イアン・マクシューン)は誓印がある以上は掟にしたがうしかないと話します。しかたがなくジョンは、サンティーノから父親の組織を継いだ彼の姉ジアナの殺害を了承します。

ローマでジアナを殺したジョンに対して、サンティーノの大勢の部下が襲い掛かる。サンティーノは、ジョンに姉を殺したジョンをそのままにしておくことはできないと伝えます。敵を撃退してサンティーノの裏切りに決着をつけるためニューヨークに戻ったジョンを待ち受けていたのは、サンティーノがかけた700万ドルの懸賞金のために次々に襲い掛かる殺し屋たちでした。

ジョンは組織から距離をとっていたバワリー・キング(ローレンス・フィッシュバーン)を訪れ、サンティーノを生かしておくと縄張りを冒されるというジョンの説明に、キングは銃を提供します。ジョンはサンティーノのパーティに潜入し、次々と彼の部下を倒し、コンチネンタル・ホテルに逃げ込んだサンディーノを追い詰めました。ホテルの敷地内では一切仕事をしてはならないという掟を破り、ジョンはサンティーノに銃弾を撃ち込みます。

サンティーノの組織はさらに高額の懸賞金をかけ、掟を破ったジョンをウィンストンは追放としますが懸賞金の発効まで1時間の猶予を与えるのでした。

相変わらず、亡き妻を思い出しては泣いちゃうんだけど復讐に燃える凄腕の殺し屋という風変わりなキャラは健在。アクションは銃撃戦が主なんですが、格闘の中で近接しての発砲と言う独特のアクションがカッコいい。前半のローマの地下墓地の暗い迷路でのアクションと、対比するような明るい鏡の間の迷路での戦いが見所になっています。

前作に引き続き裏社会のルールが重要なストリーの土台になっていますが、前作に加えてその世界観がより深く描かれることで、各登場人物の行動理論も理解しやすくなった感じがします。それと、今回の注目点は、キアヌ・リーブスとローレンス・フィッシュバーンが「マトリックス」以来の共演をしているところ。どっちもだいぶ年を取ったなというところ。

キアヌにしても、トム・クルーズにしても、シュワルツェネッガーやスタローンに続く世代のアクション俳優で、還暦まじかですのでいろいろ無理があるところも否定できませんが、それでもそれなりの頑張りは伝わってきます。

2021年6月4日金曜日

ジョン・ウィック (2014)

キアヌ・リーブス主演映画としては、最大のヒット作といわれるのは、言わずと知れた「マトリックス三部作」でしょう。これについては、もうネットでも語られまくって、書籍にも研究書があったりします。もう、今更、ここで紹介するまでもない。

そこで、目下のところキアヌの一番の魅力を引き出している人気シリーズが「ジョン・ウィック」ということになります。これまでにシリーズ化されて3作品がリリースされ、4作品目も現在制作中です。

裏社会で伝説となった殺し屋、ジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)。彼は愛する女性のため、殺し屋を引退し平穏な生活をしていました。しかし、妻のヘレンが病死して、彼は絶望の淵に引き戻される。しかし、死ぬ前に妻は彼のために子犬を用意していました。自分が死んだ後の希望になるようにと。

ある日、元々ジョンの仕事の依頼主だったヴィゴー(ミカエル・ニクヴィスト)・・・今やジョンの仕事のおかげでかなりの顔役ですが、その息子ヨセフが、ジョンの正体を知らずに彼の希少な車欲しさに強盗に押し入り車を奪います。そして、邪魔だった子犬もいとも簡単に殺してしまいました。

犯人がヴィゴーの息子だと知ったジョンは、封印していた武器を取り出し、殺し屋仲間が集うコンチネンタル・ホテルに向かいます。このホテルのオーナーにヨセフの居所のヒントをもらったジョンは、隠れ場所のクラブを襲撃しますが間一髪ヨセフに逃げられてしまう。

続いて、ジョンはヴィゴーが隠し財産を保管している教会にむかい、それらを灰にしてしまいました。しかし、ヴィゴーらと激闘の後、ヴィゴーからヨセフの居場所を聞き出します。隠れ家を急襲したジョンはつてにヨセフを撃ち殺しますが、コンチネンタル・ホテルのオーナーから、ヴィゴーの逃亡を知らされ、ヴィゴーを追跡するのでした。

かつては誰もが恐れた凄腕の殺し屋が、妻が死んで女々しくなっているとか、犬を殺されて復讐に立ち上がるとか、ちょっと動機としては「どうなの?」と感じないわけではありませんが、次から次へとスリルとサスペンスとアクションの連続で、見ていて息も付けぬ面白さはさすがというところ。

敵役のヴィゴーは、スウェーデン版「ドラゴン・タトゥーの女」で活躍したニクヴィストで、ここでは息子を愛しながらも、最後にはジョンに売ってしまう冷徹な父親を演じ、ラストではジョンとの一対一での対決もします。

また、ジョンとは旧知の中で、ヴィゴーからジョン抹殺を依頼される殺し屋マーカスにはウィレム・デフォーがキャスティング。陰ながら、ジョンの危機を何度か救う美味しい役どころですが、最後はヴィゴーに殺されてしまいます。彼らの巣くう裏社会の世界観が興味深く、いくつかのルールが設定されているところも映画を面白くしている要素のようです。

「マトリックス」シリーズでキアヌのスタントを務めていたチャド・スタエルスキーが初監督を務め、そのせいもあって近接肉体アクションには相当力が入っています。またヘヴィーでノイジーな音楽が鳴り続け、緊迫感を否が応にも盛り上げています。

2021年6月3日木曜日

読む日本史


大手の出版社は、たいてい創立f××周年とかの記念事業として、日本史をまとめ上げています。考古学に分類されるような、有史以前の世界から直近の現代史までをたどるには、全10~20巻くらいの大規模なものになります。

本来は起こってきた事実は一つのはずですが、すべてのイベントが白日の下に晒されているわけではないので、学者によって歴史に対する考え方は微妙に異なる部分があるらしい。

各社の日本史全集で、どれを選ぶかによっては大筋は同じでも、その史実に対する評価には微妙な差異があるものです。さすがに名の知れた出版社では無い(と信じたい)と思いますが、下手をすると思想誘導的な怖いものもあるかもしれません。

とは言っても、日本人ですから、少なくとも自国の通史くらいは一度は目を通しておきたい・・・と思って揃えたのが小学館のシリーズ(全16巻+別巻1冊)。

他との読み比べが簡単にできる量じゃありませんから、これを選んだ理由は、21世紀になって発行された新しい出版物であることと、Amazonで古本で揃えやすかったということ。定価が1巻2400円ですが、だいたいいずれも1000円くらいで見つけることができました。

おそらく特徴となっているのは、各巻のタイトル。「××時代」が小さくなって副題扱い。主タイトルは、その時代を象徴する内容を示すものになっています。従って、学校の教科書のような事柄の羅列ではなく、執筆した学者の歴史的な評価が多めの「読み物」的な編集になっているのが特徴なのかもしれません。

一冊をまじめに読むのは大変なので、気になることがあった時に、その項目に関連するところを少しずつ拾い読み程度しかしていませんが、その繰り返しでいいのかなと思っています。

2021年6月2日水曜日

大坂なおみ問題


一般のテニス・ファンからすると、急に降ってわいたのが「大坂なおみ」問題。

全仏オープンが始まる前に、試合後の通例となっている記者会見を拒否する声明を出し、実際大会が始まって初戦を勝利した大坂は、そのあとの記者会見は行いませんでした。

そして、主催者側から、記者会見に出席しないならグランド・スラム大会のすべてにエントリーできなくなる可能性があると報じられると、昨日、全仏の棄権を表明しました。

他の有名選手からは、メディアへの対応を含めてプロのアスリートであるという意見が主流のようですが、個々の選手に対する柔軟な対応も必要であるという考えが示されているように思います。

実際、試合に出るだけでなく、勝っても負けてもメディアに対応することを含めてエントリーするのが前提条件にあるのだと思いますので、ましてやプロフェッショナルとしていかがなものかという意見はしごくもっともです。

その一方で、大坂選手をプロとして汚点を残す結果に走らせてしまったのには、テニス界全体の一人一人の選手ごとに必要なケアをしていく部分が欠如しているということも指摘できそうです。

これはテニスだけに限った話ではなく、ある程度歴史があってシステムが出来上がってしまうと、以前はシステムに合わせられない人は落伍していったものです。中には強靭な精神力で、自分を押し通した「枠にとらわれない天才」みたいな人もいましが、それはごく少数。

しかし、21世紀になって世界は、個々を尊重する風潮が強くなり、出来上がっているシステム側に変化が求められるようになりました。ここ何年か、特にスポーツ界では旧態然としたシステムに起因する問題が噴出していることは明らかです。

大坂選手には、せっかくある才能なのでこのまま消えたりせず、メディアをうまく利用する方法も身に着けてもらいたいものですし、大会主催者側にもそういう個々の選手の気持ちを大事にした運営ができるような変革を期待したいものです。

写真は、1981年に発行された「Tennis Classic」という雑誌の別冊でウィンブルドンを中心にした写真集。当時はジミー・コナーズが頂点から落ち、ビョルン・ボルグが全盛。そして、悪ガキ、ジョン・マッケンローが登場した時代。女子も美形のクリス・エバートが、剛腕マルチナ・ナブラチロワに敵わないという頃でした。

今から思えば、彼らもまた必ずしもメディアに対するリップ・サービスが得意だった人たちとは言えそうもありません。それでも一時代を築くことができたのには、何を言われ何を書かれても、もくもくと信念に従ったプレイを続けたということなのかなと思います。

2021年6月1日火曜日

自宅居酒屋 #36 浅漬け


これは胡瓜と大根の浅漬け。


適当な大きさに切った胡瓜と大根。鷹の爪の輪切り少々。

塩を振ります。白だしをお好みで少々。

縦長のタッパーに入れて、シャカシャカと振る。ちょっと舐めてみて、少し塩辛いくらいでちょうど良い。

あまり強く振ると胡瓜が砕けるので注意。数分シャカシャカすると、野菜から水がでてきます。あとは全部つかるくらいに水を入れて半日くらい放置して出来上がり。

最初に塩が多めの方が味が染み込みやすい。水を加えて入りすぎた塩を出す感じです。

簡単で美味しいので、作り置きに重宝します。