タイトルは、そのものずばり「The Mountain」です。監督は「ケイン号の叛乱(1954)」のエドワード・ドミトリク。たぶん小学生の時にテレビの洋画劇場で見て、映画のジャンルとして山岳物が好きになった最初の作品です。
山の麓の村で牧畜をしている中年のザガリー(スペンサー・トレイシー)は、山の唯一の単独登頂を成し遂げた山岳ガイドでしたが、10年前に案内していた登山客が墜落死してから、「山から嫌われた」という理由で山に入ることを辞めてしまいました。ザガリーが親代わりに育てた歳の離れた弟のクリス(ロバート・ワグナー)は、血気盛んな若者で貧乏が嫌で兄と対立します。
冬が近い時期、山の頂上にインドからの旅客機が墜落します。当局は、早速救援隊を組織して、地形的に登りやすい北側から山に入りますが、案内をしていたザガリーの友人が事故で亡くなり、登頂を断念しました。
クリスは乗客の金品を手に入れればこんな暮らしから離れられると考え、雪の少ない南側岩壁から山に入ると言います。当然、ザガリーは大反対しますが、単独でも行くと言い張る山に未熟なクリスに押し切られてしまうのでした。
二人はそそり立つ絶壁を必死に登っていきますが、クリスはあまりの困難さに音を上げてしまいます。しかし、ザガリーはいつのまにか、忘れていた山を制覇することに夢中になっていました。ついに事故機を発見したクリスは夢中になって金品を漁り、ザガリーはその姿を呆然と見ているしかありませんでした。
しかし、誰もいないと思われていた生存者を発見します。ザガリーは生存者を連れて帰ることにしますが、悪行が知られることを怖れるクリスは生存者の首を絞めようとします。ザガリーはクリスを殴り倒し、生存者を即席のソリに載せて下山を始めました。
途中でクレパスの雪橋で、ザガリーに追いついたクリスは、ザガリーが止めるのを聞かずに渡り始め、崩れた雪橋と共に深いクレパスに落下してしまいます。村にたどり着いたザガリーは、自分が金に目が眩み弟を無理やり連れていったが、弟は死んだと必死に説明するのです。しかし、誰もザガリーの嘘を信じることはありませんでした。
この映画にはモデルとなった実話があります、1950年、インド航空の旅客機が、アルプスのモンブランに墜落し48名が亡くなった事故があり、2013年に付近の氷河から大量を宝飾品が発見されたというニュースがありました。事故を基にフランスのアンリ・トロワイヤが著した小説をヒントにしています。
50年代の登山ですから、今から考えるとロープ、ピトン(岩の割れ目に打ち込む道具)、カラビナ、ピッケル程度の道具しか使わず絶壁を上るというのは無謀に思えるのはしょうがない。それでも、スタントが入っているとは思いますが、クライミングはなかなか見応えがあります。セットでの撮影もあるとは思いますが、遠景で雲が流れていること、明らかな合成っぽさが感じられないことからも、それなりの岩壁で撮影されているものと思います。
名優スペンサー・トレイシーは、50代半ばでクライマーとしては多少無理な設定のように思いますが、勤勉実直なザガリーという人物としてはまさに的を得たキャスティング。どんなに悪い事を企む弟でも家族として守り切ろうとし、登り始めれば山男としての本能が目覚める男は、トレイシーの持つ雰囲気があってこそ伝わって来るというものです。
ロバート・ワグナーの出世作であるテレビ・シリーズ「スパイのライセンス」は1968~1970年(日本では1969~1971年)ですから、この映画ではまだまだ駆け出しの20代半ば。イケメンの優男ですが、金が欲しくて仕方がない、無理やり登り始めますがあまりの辛さに下山したくなるというどうしようもない男を演じます。
映画の中で背景に見える山々は、モンブランも含まれるシャモニーの景観。明確にはなっていませんが、アルプスが舞台ということ。おそらく、これが当時なリアルな登山であったのかと思わせますし、登山家の心情も見えてくる秀作です。