グスタフ・マーラーが作曲した歌曲をまとめた物の中で、唯一きっちりとした連作歌曲集と呼べるのは「亡き子をしのぶ歌 (Kindertotenlieder)」だけ。
ほとんどの完成歌曲は、どの声域の歌手が歌うかは自由だし、歌曲集としての曲の順番も自由。初期のものを除いて、ピアノ伴奏譜とオーケストラ伴奏譜の両方があり、演奏上は自由度が高い。ただし、「亡き子をしのぶ歌」は、最初から連作として意図して作曲されたので、少なくとも順番は厳格に決められています。
作詞はフリードリヒ・リュッケルトで、こどもを亡くして悲嘆にくれているのはリュッケルト自身てす。しばしば、マーラーは長女を病気で亡くしていることと関連づけた話がでますが、作曲時期はそれより前。
マーラーは妻アルマに「縁起でもない」と怒られたようですが、後に「こども死後だったら作れなかった」と回想しているようです。ただし、自身の弟の死は何らかの影響があるのかもしれません。
いま太陽は晴れやかに昇る Num will die Sonn' so hell aufgeh'n
いまの私にはよくわかる、なぜそんな暗いまなざしで Num seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen
お前のお母さんが Wenn dein Mutterlein
子供たちはちょっと出かけただけだ、とよく私は考える Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen
この嵐の中で In diesem Wetter
上の全5曲構成で、演奏時間は25分程度。基本的には、父親の立場からの回想。こどもが死んでも太陽はいつものように昇り、子の瞳の中にあった死の予感を後悔し、母親と一緒にいないことを嘆きます。ちょっと出かけただけと自分に言い聞かせますが、嵐の中での葬儀は現実だった・・・
中期以後の交響曲と雰囲気が似ているところもありますが、特に第9番にはかなり積極的な転用があるようです。マーラーの創作意欲も高まっていた時期なので、オーケストレーションも大変興味深いのか、ほとんどマーラーを振らないベームやチェルビダッケなどの録音を残しているのが興味深い。
実際、名盤と呼ばれるのはほとんどオーケストラ伴奏物で、ピアノ伴奏はあまり目立ったものがりません。
ビアノ伴奏版としては、Mahler Feest 1995でも披露したトーマス・ハンブソンが翌1996年に録音したものがありました。ハンプソンはバーンスタインに重用されたため、マーラー専門みたいな印象なんですが、確かにフィッシャーディスカウとは違う魅力がある。
オーケストラ版は、男性、女性問わずたくさんありますが、ブーレーズ指揮のフォン・オッターか、ケント・ナガノ指揮のクリスチャン・ゲルハーエルあたりをお勧めしたいところ。
歌物の少ないアバドは、ベルリンフィルの演奏でマルヤーナ・リポフシェクによる1992年の録音があります。メインの楽曲ではないので埋もれている感がありますが、リポフシェクの歌唱は嫌みが無く、かつドラマティックで悪くない。
続く同じリュッケルトの詩による歌曲集と合わせて、熟成したマーラー・ワールドの一翼を担う存在として必聴の歌曲集です。