横溝正史は70年代に、角川書店が仕掛けた最初のメディア・ミックスの対象となって大ブームになりました。特に金田一耕助は、横溝が創作した探偵として人気が高く、今でも名前は知られていることと思います。
映画としては、戦前にも金田一を片岡千恵蔵が演じましたが、スーツ姿で拳銃を構えるという原作のイメージとはほど遠いモダンな姿。角川は1976年から市川崑監督のもと、石坂浩二の原作に比較的忠実な金田一によってシリーズをヒットさせました。
しかし、これに先立つ1975年に公開されたこの映画は、当時かなり先鋭的な作家性の強い映画作りでマニアックな人気を持っていたATG(日本アート・シアター・ギルド)が製作したもので、その後の角川によるブームの陰に隠れて忘れられた存在になってしまった感があります。
しかし、原作(1946年)は金田一耕助が初めて登場した作品であり、戦後最初の長編として横溝も力を入れたもので、しかも開放的な日本家屋を舞台にした密室殺人として大変話題になりました。日本の推理小説史の中でも、重要な作品として位置づけられています。
監督・脚本は高林陽一。音楽は、高林監督と盟友だった商業映画に進出する直前の大林信彦。金田一耕助役は中尾彬で、現代の若者としてジーンズ姿で登場します。この後の横溝・金田一シリーズで度々登場することになる磯川警部は東野孝彦、金田一のパトロンとなる久保銀蔵は加賀邦夫。物語の鍵となる一柳鈴子は人気が出始めた高沢順子が演じました。
純粋な犯人捜しと密室トリックを暴くのが目的ですから、あらすじは詳しく紹介することは控えます。横溝が得意とした因習に縛られしきたりを重んじる日本旧家が舞台ですが、角川作品で取り上げられたものに比べれはあまり「おどろおどろしい」雰囲気は薄い。
岡山の旧本陣であった一柳家で、長男の腎蔵と農家出身の久保克子の婚礼が行われました。しかし、その新婚初夜に二人が眠る離れから悲鳴が響き渡り、家人が駆けつけると腎蔵と克子が斬殺されていました。
部屋には二人以外には人はいない。凶器の日本刀は庭の中央に刺さっている。そして、その日は季節外れの雪が降り積もっていたため、離れの周りには誰かが出入りした足跡も残されていなかったのでした。
映像は役者の顔のアップを中心とした主観的な表現が多用されています。カメラ移動による描写もほとんどなく、たんたんとした映像が、かえって感情に訴えるより冷静に事件を追う様子を強調しているように思います。
ただ、石坂・金田一があまりにも原作の風貌を再現していたので(後にテレビで古谷一行がこれを踏襲しました)、やはり原作を知るものとしては、中尾・金田一への違和感は今となっては消しようがない。
また、純粋に犯罪トリックを暴きつつも、いかにも芸術性を重視したATGらしい、深い洞察力を要する難しい映像、悪く言えば「意味不明」なシーンも散見され、本来の推理小説としてのエンターテインメント性が横に置いておかれているところもあるのが、原作ファンとしては残念なところかもしれません。