暗黒映画とも呼ばれ、主として犯罪をテーマにハードボイルドな主人公が登場するフィルム・ノワールと呼ばれる一群の映画を、その初期に支えたのはヨーロッパから亡命してきた映画監督たちだったというのは興味深い事実です。
もちろん、生粋のアメリカ人であるジョン・ヒューストンのような人もいましたが、多くはナチス・ドイツの迫害を逃れて来た人々で、彼らは当時通俗小説としてあまり映画界が見向きもしなかった犯罪小説を取り上げました。後に有名な人気小説家となるダシール・ハメット、コーネル・ウールリッチ、レイモンド・チャンドラーなどが原作として用いられ、チャンドラーは積極的に脚本にも参加しました。
当初は、メインの文芸大作などとの併映用に低予算・短期間で粗製乱造される傾向がありましたが、次第に人気が高まり50年代以降になってくるとフィルム・ノワールがメインに座るようになってきます。
オットー・プレミンジャー監督も、生まれは現ウクライナのユダヤ系オーストリア人です。1935年にアメリカに渡り、1944年の本作が初監督作品。後にマリリン・モンロー主演の「帰らざる河(1954)」、ジーン・セバーグ主演の「悲しみよこんにちは(1957)」なども監督し、その一方で主として悪役俳優としても活躍し、ビリー・ワイルダー監督の「第十七捕虜収容所(1953)」は有名です。
ヴェラ・キャスパリーの原作のこの作品は、元々は別の監督が起用され撮影が始まったものの、制作に携わっていたプレミンジャーの進言により自らが監督に就任したもの。斬新な構成力が評価され、フィルム・ノワールの代表作の一本として認知されることになりました。
エッセイストのライデッカー(クリフトン・ウェッブ)の家を、マクファーソン刑事(ダナ・アンドリュース)が尋ねたところから始まります。ライデッカーの回顧という形でナレーションがかぶさり、ローラ・ハント(ジーン・ティアニー)が昨夜殺されたことが語られます。関係者の一人としてライデッカーを訪ねたのですが、捜査に興味があるといいマクファーソンに同行します。
次に訪ねたのは遺体の発見者の一人、アン・トリードウェル夫人(ジュディス・アンターソン)で、質問の流れで、ローラが至近距離からのショットガンで頭を撃たれたことがわかります。トリードウェルがローラの婚約者とされるシェルビー・カーペンター(ヴィンセント・プライス)に度々金を渡していることを尋ねていると、当のカーペンターがやってきました。
マクファーソンは、いろいろと話を聞いているうちに、次第にローラへの興味が深まっていくのです。ローラが何を求めて暮らしていたのか、何故殺されねばならなかったのか。もう一度、現場に戻ることにしたマクファーソンは、ローラの遺体があった彼女のアパートに向かいます。そして、疲れてつい寝込んでしまうのでした。
そこへ、何とローラが現れます。「私の部屋で何をしているの。警察を呼びます」と言うローラに、マクファーソンは「私が警察です。あなたは何が起こったのか知らないのですか」と答えるのでした。
今どきの言い方すれば、実に展開がクール。ローラが死んだことが前提で話が始まり、見ていて謎解き中心に進むと思って見ていると、何と死んだはずのローラが登場するのです。本当に死んでいなかったのか、それともローラの真実を追い求めるマクファーソンの妄想なのか。
ジーン・ティアニーの女優としての存在感が際立つ作品で、この映画の時点では24歳。正直、まったく知らない女優さんでしたし、実際あまり後世に残る映画への出演はほぼ無いと言えますが、ここでは美しさもさることながら全てを真実と思わせる圧倒的な演技力が素晴らしい。それだけでも見る価値がある映画です。