一般の方が使う言葉で、医者の側からすると何だろうと思わせる言葉がよくあります。「すじ」という単語は、使う人によって意味が異なっている場合があり、やっかいです。ある人は、「すじを伸ばした」と云います。この場合は、関節の周りで関節がぐらぐらしないように固定している靭帯組織を指しているようで、ようするに捻挫のことであろうと思います。一方「すじに沿って痛い」という使い方もあります。この時の「すじ」は、筋肉あるいは腱のことであり、前者とは逆に関節を動かすための組織を指すことになります。
腱に沿って痛みがあるとき、たいていは腱鞘炎という病名を聞かされますが、本当の腱鞘炎以外に「腱鞘炎みたいなもの」も含まれていることが多いようです。実際、ここだけの話しですが、私も腱鞘炎ではないのに「腱鞘炎みたいなものですね」という表現をします。患者さんは妙に納得してくれることが多く、話しが早いのです。そこで今回は日頃の嘘の罪滅ぼしに、腱鞘炎の話しをしましょう。
まず登場人物の紹介をしましょう。てがたい演技で主役を引き立てるのは「筋肉」です。そして筋肉から引き続いて登場するのが「腱」。骨にくっついている筋肉が縮んだり伸びたりして腱を引っ張ります。腱も骨にくっついているので、筋肉の動きによって筋肉と腱との間にある関節が動く仕組みです。そして筋肉が縮んで、関節が曲がった時に腱が骨から浮き上がりすぎないように頑張っているのが、今回の主役「腱鞘」です。本来一直線に腱が伸びている場合には、腱鞘はありませんが、関節の周辺で腱が方向を変えている場所では必要になって来ます。まぁ云ってみれば、滑車みたいなものだと考えて下さい。
腱鞘はどこにでもあるわけではありません。手の甲では、指を伸ばす筋肉の腱が手首の部分で腱鞘に包まれています。手の平では、指を曲げる筋肉の腱が手首の部分と指の部分で腱鞘に包まれます。筋肉が動くと腱は腱鞘のトンネルの中を行ったり来たりしています。したがって、指や手を使いすぎるとこのトンネルの中での腱と腱鞘の擦れ合いが強くいたんでしまい、しだいに肥厚した固い腱鞘に変化していきます。こうなると、腱鞘内での腱の滑りが悪くなり、痛みが出て来ます。これが腱鞘炎なのです。指を曲げる部分で腱鞘炎が起こると、固くなった腱鞘の中をやっとのことで腱が滑るため、かっこんかっこんと指が動くようになります。この状態を「ばね指」と云います。
痛くなったら安静・消炎鎮痛剤の外用あるいは腱鞘内への注射を行いますが、程度のひどい場合は簡単な手術で固くなった腱鞘を開きます。いずれにせよ早めの治療が大切なのは云うまでもありません。