2025年10月21日火曜日

侍タイムスリッパー (2024)

2024年公開の邦画の中で、一番話題をさらったのは・・・おそらくこの映画。

何しろ、第67回ブルーリボン賞作品賞、第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞、第56回星雲賞メディア部門を受賞し、業界からも一般の観客からも確実に支持されたことは間違いない。

製作費2600万円という超低予算の自主製作作品で、8月にたった1館で上映が始まったものの、話題が話題を呼び次第に上映館が拡大し、半年足らずで約350館に達し、興行収入は10億円を突破しています。ちなみ同時期公開の「ラストマイル」は製作費5億円、興行収入57億円です。

監督・脚本・撮影・編集は安田淳一で、手が空いた時はその他の仕事も担当しています。スタッフは、驚くことに10名程度で、まさに全員ができることは何でもやって作り上げた作品といえそうです。安田は米農家を兼業していて、自主製作は3作目です。

時は幕末。会津藩士である高坂新左衛門(山口馬木也)は、長州藩士・山形彦九郎(富家ノリマサ)を討つべく、京都・西経時寺前で対峙するのです。しかし、その時落雷があり、高坂は現代にタイムスリップし、気がついた場所は何と京都・太秦の時代劇撮影所の中でした。


浪人者が町娘に手を出すのをかっこつけた侍が助ける場面が繰り返されたり、張りぼての魚が出てきたり、不思議な服を着た女性に邪魔だと追い払われたり・・・まったく合点がいかない高坂は、頭をぶつけて入院してしまいます。

病院で高坂はいろいろなものを発見して、何故かわからないけど自分が160年も未来の日本にいて、幕府は滅んだことをやっと理解します。絶望して病院を抜け出した高坂は、西経寺の前にたどり着き気を失ってしまいます。それを西経寺の住職が見つけ、寺に招き入れいろいろと面倒を見てあげるのでした。

西経寺は時代劇のロケ地としてしばしば使われているため、太秦で一度高坂を追い払った助監督の山本優子(沙倉ゆうの、実際の助監督も兼任)も寺に出入りしていて、彼女も高坂に斬られ役専門の剣心会への入門を世話するのです。最初は竹光・・・模擬刀を振り回すことに違和感があった高坂でしたが、本職の武士ですからだんだん斬られっぷりは上達していくのでした。

そんな中、時代劇を卒業したと言っていた人気役者の風見恭一郎が、新作として自身最後の時代劇を撮影することが発表され、その相手役として高坂が指名されるのでした。実は風見は、高坂と剣を交えた山形だったのです。彼は30年前にスリップし、やはり斬られ役から今の地位を獲得していたのでした。

侍が現代にタイムスリップしてくる話は、すでにいくつか映画にもなっています。それらも含めて、タイムスリップ物は文化の違いからくるいろいろなあわてぶりを描きながら、主人公がいかに元の時代に戻ろうとするかがストーリーの骨格にあります。

しかし、この映画が秀逸なのは、元の時代に戻るのではなく、いかにこの時代に適合していくのかという点にあります。しかも、侍が侍として今の時代に合法的に生きていくための最善の方法が提示されたことが素晴らしい。

安田監督は「真剣の重みを感じられる映画」を作りたかったと述べていて、模擬刀を用いる殺陣ではあっても、真の侍が命を懸けて真剣を振るう姿を再現したかったようです。それは物理的な戦いだけではなく、心理的な側面をも映画の中に焼き付けようという作業だったはずです。

主役の山口馬木也は基本的にバイプレイヤーですし、彼以外はほとんど知らない役者さんばかりなので、ある意味、ありえない話にもかかわらずストーリーの現実味が感じられます。ここに誰もが知る人気俳優が混ざってしまうと、とたんに嘘くささが出てくるでしょうから、逆に低予算自主製作映画の良いところが出ているのだろうと思いました。