どなたにも年を取ったと感じる時があるものです。ある人は、翌日に酒が残るようになった時、またある人は子供が生意気を言うようになった時かもしれません。しかし確実に年を感じるのは、体のいうことが利かなくなった時でしょう。「立ち上がる時に痛む」、「歩き出しがつらいが、歩きだせば大丈夫」、「階段の昇り降りがつらい」、「風呂に入ると少し楽になる」といった症状を訴える患者さんが大勢います。この方々が問題にしているのは、膝です。ある程度年を取られた方ならば、多かれ少なかれこのような症状に心当たりがあることと思います。
本来人間の耐用年数なんてたいして無いわけで、昔は「人生六十年」とか申しました。それが、医学や生活環境の進歩によって八十年を越えてしまいました。あちこちがいたんでくるのは当然といえばそれまでですが、現実には何とか鞭打って頑張らねばなりません。高齢化社会の到来を胸を張って迎えるために、いたんだ膝関節をながもちさせる方法を考えてみましょう。
整形外科で扱う典型的な老化現象の発生部位は膝の関節です。では年を取ってくるとどのような変化が起こってくるのでしょうか。関節の部分では固い骨と骨が擦れ合って動いています。ただし直接骨どうしが当たればごつごつしてしょうがありません。実際には擦れ合う面には軟骨という軟らかいすべすべの骨がかぶっていて動きを滑らかにしています。しかし軟骨は次々に再生するような組織ではありませんから、擦れ合っているうちにしだいに表面がけば立ち、そしてすり減ってくるのです。さて軟骨が無くなってしまうと、骨と骨が直接ぶつかるようになり、骨そのものの変形がしだいに強まっていきます。
特に動きが大きく、いつも体重の重みによって負担を受けている膝の関節では影響が強く出ます。普通の人は膝の内側の方にかかる体重の方が大きいので、内側に症状が出ることが多いのです。従って変化が進むといわゆるO脚になっていきます。また年を取ってしだいに足の筋力も低下してくるために、関節の不安定性が起こり、膝がグラグラしやすくなってくることも、これらの変化に拍車をかけます。このような関節の変化を総称して変形性関節症と呼び、膝の場合には変形性膝関節症と言います。その人のそれまでの人生でかけてきた負担の程度によって、出現する症状の度合も千差万別です。これは「病気」かと聞かれると、老化現象を基盤にしている生理的な変化、つまり誰にでも起こるものですから、純粋な意味での病気ではありませんが、その生理的な範囲を越えたときに症状が出ると考えれば、立派な病気でしょう。
さて何となく敵の正体がわかってくれば、いくつか防衛するための対策が考えられます。第一の作戦は、若いころからなるべく関節を使わないようにするということです。しかし、これは非現実的ですし、実際使わなければ人間の体はどんどんバカになってしまうので、この作戦は却下します。しかし若いころから、あるいは症状の出現する前から過度の負担をかけないようにできればそれにこしたことはありません。使えばいたむし使わなければバカになる。軟骨がすり減っていくのはしかたがないとして、現実的な作戦を考えましょう。
年を取ってから関節を使うような運動を避ける、しかし下肢の筋力トレーニングはかかさない、体重を増やさないようにするなどいったことは現実的かつ基本的な予防対策として重要です。特に適切な運動によって筋力を維持し関節の安定性を獲得できればかなりの症状を抑えることができます。それでも絶対ということは無い医学の世界です。実際の医療の現場ではどのような治療が行われているのでしょうか。続いて、飲み薬、注射、そして手術といった究極の老化膝治療を紹介します。