ロックン・ロールは、チャック・ベリーに代表されるようなギター・サウンドが中心となり、白人のポップスターとしてはエルビス・プレスリーを輩出しましたが、ギター・テクニックを高みに押し上げた立役者は黒人のジミ・ヘンドリックスでした。
主としてジミヘンの影響は、イギリスに渡って激しさを増したものが70年代を席巻したブリティッシュ・ハード・ロックです。レッド・ツェッペリンやディープ・パープルはその代表格。
耳馴染みの良いリフと呼ばれるフレーズを繰り返し、主として超人的なギター・ソロを合間に挟むことが多い。もう一つの特徴が、裏声を効果的に使い強烈にシャウトするボーカルです。
その頃に歌謡曲とフォーク・ソングが全盛の日本でも、ブリティッシュ・ロックの影響を受けた人が登場するようになります。おそらく最初に、知られるようになったのは成毛滋で、Gibsonのコピー・ギターを販売したGrecoに付属した成毛氏のギター教室のテキストは大人気でした。
他には、日本人離れしたハード・ロックを演奏したのは沖縄出身の「紫」というバンド。名前からして、まさにディープ・パープル色を前面に押し出していました。それから竹田和夫率いるCREATION、ギタリストのCharも頭角を現しました。難易度の高いリズムやコード展開を前面に出したものはプログレッシブ・ロックと呼ばれるようになり、四人囃子は人気がありました。
いわゆるニュー・ミュージックと呼ばれるようになる、7thとかmaj7thといったコードを多用してちょっと大人っぽい音楽は、はっぴーえんどがその下地を作り、荒井由実(現・松任谷由実)が花咲かせた感じです。
いずれにしても、これらのバンドが日本のロックの黎明期を担う記憶されるべき存在ということが言えます。しかし、日本国内でも日本のロックはあくまで本場を「真似」したものという扱われ方で、なかなか一般に欧米の物と対等に認められることはありませんでした。おそらく一音一文字になりがちな日本語特有の問題が関係ありそうです。
しかし、80年代になるとロック調の歌い方をする歌手が登場し、またサザンオールスターズ、RCサクセションなどのロック。あるいはフォーク・ロックのバンドが登場し人気を得るようになり、J-POPやJ-ROCKという呼ばれ方がされるようになりました。また、この頃から一般化し始めたパソコンを使ってデジタル・ロックの先駆けとなったのが小室哲哉のTM NETWORKでした。
TM NETWORKは固定メンバーによるバンドではなく、3人+αというユニットとして活動する先駆けです。80年代後半の、最も勢いがあった時サポート・メンバーの中心だったのがギタリストの松本孝弘でした。松本孝弘と言えば、いまや世界でも認められる日本のロック・バンド(ユニット)であるB'zのギタリスト・作曲家です。
90年代以降は、日本のロックを牽引する存在の一つがB'zであり、今年でデヴューから38年目になってもトップ・アーティストであり続けているのは驚くべきことだと思います。
