コロンビア・レコードからの報復措置があったものの、1973年秋に移籍問題を何とかクリアしたボブ・ディランは、移籍先のアサイラム・レコードのディビッド・ゲフィンのアイデアに従ってすぐさま新たな「復活の」動きを開始します。
まず、翌年にThe Bandと伴に大規模なツアーをする計画が始動します。ディランが大規模なツアーを行うのは、事故で隠遁生活に入る前、1966年のツアー以来です。この時のバックを務めたのもまだHawksと名乗っていたThe Bandでした。ディランとThe Bandはツアーのテストを兼ねて、何度かカリフォルニア州マリブのロビー・ロバートソンの自宅などに集まりセッションを重ねました。
ツアーを取り仕切るプロモーターは、ライブ会場であるフィルモア・イースト、フィルモア・ウエストを有名にしたビル・グラハムで、かなり早い段階から出演者未定のまま大きな会場をおさえていました。年明け早々から始まるツアーが公表されたのはたったの6週間前の11月25日で、郵便のみでの申し込みとしたので郵便局はパニックになります。
そして、ディランはロサンゼルスのスタジオにThe Bandのメンバーを招集し、ニュー・アルバムの制作に取り掛かりますが、初日は11月2日でしたがドラムのリヴォン・ヘルムが移動中で参加できなかったため、軽めのリハーサルでした。本格的に収録が行われたのは、5日、6日、8日のたったの3日間で、ディランのソロ曲のための9日を入れて正味4日間で完成させています。
これは、ツアーを目前にして時間が足りなかったというのもあるかもしれませんが、ディランのライブ感覚で多少のキズは気にせず、一気にたたみかけるように演奏したいという意向が強く働いたようです。ディランは細かく曲の説明せず、メンバーはその場でディランの演奏に反応して曲を完成させるという、長年の信頼関係があったからこその緊張感のあるセッションになりました。
それでも、今までのアルバムではThe Bandはあくまでも伴奏バンドという印象があったのですが、初めてバンドを含めた一体感を感じることができる出来になっているのは凄い事です。発売されたのはツアー中盤の翌年1月17日で、ディランとしては初めてBillboardのランキングで1位になりました。
冒頭「On a Night Like This」は、内容は「冬の暖炉を囲む恋人」の話で、軽快なテンポでアルバムに入り込みやすい。「forever Young」は今でも歌われる定番曲になっていますが、父親として息子の健やかな成長を願う気持ちが歌われていて、この曲だけは一連のセッションの中で、ディランもいろいろ悩んだようです。当初はスローバージョンでしたが、感傷的になりすぎるという理由でアップテンポ・バージョンも試され、両方がアルバムに入ったのはどちらかに決めきれない結果でした。
最後に収録された「Wedding Song」は、スタッフが全部終わったと思ったら、あと1曲やりたい曲があるというディランの申し出によって追加のような形で加わりました。The Band抜きのディランのギターとハーモニカだけという演奏で、ディランの苦しい心の叫びのような内容になっています。
当時、ディランと妻サラは、すでに破滅に向かうスイッチが入っており、「今の自分がいるのは君のおかげだ」と感謝の言葉が並ぶ一方で「君の言葉のナイフが自分を殺す」と歌うのです。それでも「君を失えば自分が壊れてしまう」と悲壮なジレンマに陥っている内容は、この後に発表される名作「血の轍」のプロローグとなっているかのようです。
久しぶりの全曲自作曲でかためられ、おおむね高評価を得たアルバムで、売れ方も出だしは絶好調のように見えました。しかし、注文が増えるほど、ディランほどのビッグ・ネームを扱ったことが無い新興アサイラムのレコード盤製造能力や全国への配送能力が追い付かなくなり、販売枚数は予想をはるかに下回ったのです。このことは、ディランにアサイラムに対する不信感を植え付けるのに十分すぎる結果でした。
On a Night Like This
Going, Going, Gone
Tough Mama
Hazel
Something There Is About You
Forever Young
Forever Young (slow version)
Dirge
You Angel You
Never Say Goodbye
Wedding Song
Bob Dylan (vo, g, p, harmonica), Rick Danko (b)
Levon Helm (ds, mandolin), Garth Hudson (org, accordion)
Richard Manuel (p, ds), Robbie Robertson (g), Ken Lauber (perc)
November, 1973, Los Angels, CA
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November, 1973, Los Angels, CA
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