1970年という年は、日本では万国博覧会が開かれ戦後の高度経済成長のピークを迎えていた頃。アメリカでは、1964年に公民権運動に否定的な南部の指示が得られないジョンソン大統領が誕生していましたが、しだいに南北ベトナムの紛争に介入する度合いを強めていきます。しかし、1968年を境に次第に国内の参戦支持は減少し、若者を中心としてより自由な社会を求める声が高まります。新たにリチャード・ニクソンが大統領となり、ベトナム戦争へのアメリカの介入を終わらせるよう多くの突き上げを食らっていました。
そんな世相の中で、ボブ・ディランは交通事故の負傷以来、相変わらず人前にはあまり姿を晒さない。1968年1月20日、ニューヨークのカーネギーホールで行われたウッディ・ガスリー追悼コンサートに1年8か月ぶりにステージに登場しガスリーの曲を3曲歌いました。次に姿を見せたのは、1969年8月31日、イギリスのワイト島のロックフェスティバルにTHE BANDを率いて出演します。しかし、これも1時間という短めのステージでした。
それでも1970年になると、さすがのディランも再始動し始めます。ニューヨークに戻ると3月はじめから「Self Portrait」のためのレコーディング・セッションを行いました。演奏されたのは以前のようなロック志向ではなく、比較的アコースティックなサウンドに女声コーラスやストリングスまで登場し、積極的に追加のオーバーダビングをするというものでした。
しかし、5月のセッションは一味違いました。スペシャル・ゲストに向かえたのはジョージ・ハリスンでした。実はこの時のセッションを含む一連の録音は、当初2020年にヨーロッパ限定の「The 50th Anniversary Collection」として発売されました。これは2012年から、未発表音源を年単位で小出しにするシリーズで、あくまでも著作権延長目的のかなり限定的なものです。しかし、さすがにハリスンの参加が大きな話題となったため、2021年に全世界に向けて「Bob Dylan 1970」としてリリースされています。
一番の目玉はディランが歌うビートルズの「イエスタディ」・・・といっても、一応歌ってみた程度のもので、どうせならハリスンの曲を歌えばいいのに思ってしまいます。次のアルバムに収録されるような演奏はありませんし、全体に新曲のリハーサル的なものだったのかと思います。ただし、ハリスンからたくさんの刺激を受けたことは間違いなく、ディランからナッシュビルの色が抜けていくことに役立ったように思います。
6月のセッションにはアル・クーパーが招集され、だんだん本気モードのスイッチが入ってきました。8月のセッションでは、次々とマスターテイクが採用され、ニュー・アルバムは10月21日は発売されました。久々の精悍な顔つきのディランの写真が表を飾ったジャケットが素晴らしい。落ち着いた大人の音楽を感じさせるアルバムで、多くのアーティストがサイケデリック調を見直すきっかけになったようです。
1曲目はシングルとしてもヒットした、実に気持ちの良い「If Not for Me」で始まります。妻のサラに対して「君がいなければ、僕はどうにもならない」と歌います。ハリスン・セッションでも何度も試されていて、ハリスン自身はアルバム「All Things Must Pass」で取り上げ、オリビア・ニュートンジョンもカバーしました。
「If Dogs Run Free」はタイトルはわかりやすいのですが歌詞は難解で、「もしも犬が自由に走るなら」自分も(世間からの)束縛から解放されると言いたいらしい。ディラン初のジャズ的な伴奏に乗せて、女声スキャトを甘える犬の声に見立てている面白い曲です。タイトル曲「New Morning」は素敵なカントリー・ライフを歌うのですが、カントリーとの決別の意味が込められていると言われています。
If Not for You
Day of the Locusts
Time Passes Slowly
Went to See the Gypsy
Winterlude
If Dogs Run Free
New Morning
Sign on the Window
One More Weekend
The Man in Me
Three Angels
Father of Night
Bob Dylan (vo, p, aco.g, ele.g, org, harmonica)
David Bromberg (ele.g, Dobro), Harvey Brooks (b), Charlie Daniels (b)
Ron Cornelius (ele.g), Buzz Feiten (ele.g)
Al Kooper (org. p, ele.g, French horn), Russ Kunkel (ds), Billy Mundi (ds)
Hilda Harris (back.vo), Albertine Robinson (back.vo)
Maeretha Stewart (back.vo)
June ~ August, 1970, NYC
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