1974年から1976年はボブ・ディランのこれまでの音楽人生の中でも、最も創作意欲が高まった絶頂期といわれています。特に、伝説となった「Rolling Thunder Revue」ツアーは、ロックだけでなくポピュラー音楽史上一つの到達点としていまだ語り継がれています。
1974年のThe Bandと組んだ巨大スタジアムを中心としたツアーは、観客との距離が遠くディランにとってはむしろ孤独感を感じるものでした。商業的には成功したものの、ロック産業の中で金蔓として利用されて疲弊していく感覚の中で、もっと小さな会場で臨機応変な即興性を重視したい気持ちが強まったのです。
「Blood on the Tracks」が好評で一息ついたディランは、自分のスタート地点だったニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに出入れするようになり、旧友たちとの再会で「音楽が好きで楽しかった」時のことを思い出したのだろうと思います。彼らを集め音楽を創作する最初の行動が「Desire」のセッションでした。
またこの時期にフランス南部の地中海沿いの町を訪れたディランは、ジプシー文化に触れ、キャラバンを組んで行く先々で歌ったり踊る彼らの文化を自分のツアーに取り入れることを思いつきました。気のおけない仲間たちと集団で移動しながら、事前告知なしに客との距離が近い小さな劇場で、いろいろな音楽を楽しみながら演奏するというコンセプトが具体化したのが「Rolling Thunder Revue」だったのです。
「Desire」のセッションの仲間たちを中心に、賛同したミュージシャンやスタッフなど総勢70名ほどの大所帯がバスで移動するツアーは、建国200年を迎えたアメリカにとって1620年にメイフラワー号で清教徒が大陸に初上陸した建国の地、マサチューセッツ州プリマスで10月30日から開始されました。
その後ロードアイランド州、バーモント州、ニューハンプシャー州、コネチカット州、ニューヨーク州を経て、カナダに渡りトロントやモントリオールでもライブを行いました。12月にアメリカに戻り、最終的に12月8日にニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで千秋楽を迎えます。
最終日は「Night of the Hurricane」と題された、黒人差別により殺人の冤罪を着せられたルービン・"ハリケーン"・カーター救済のための慈善コンサートでした。このコンサートには、さらに追加のゲストが加わり、またモハメッド・アリらによるスピーチも行われています。
このツアーの特異な一面は、ディランをはじめ多くの出演者が顔を白塗りにしたり、仮面を被ったり、あるいは特徴的なメイクをしてステージに上がったことがあげられます。これはフランス映画の名作「天井桟敷の人々」からヒントを得たものと思われますが、自分を隠すというより、表面的な部分を消し去ることでより本来の自分の姿を表現するためだったといわれています。
この1975年のツアーは、多数の海賊盤によってマニアの間では知られていましたが、長らく公式音源は発売されないままでした。しかし、ついに2002年に「The Bootleg Series Vol.5」の2枚組CDとして、主としてボストン、ケンブリッジ、モントリオールでライブからディランのステージを再現したベスト選曲という形で発売されました。
全22曲のうちかつての盟友、ジョーン・バエズとの共演が4曲含まれています。バエズとフォーク期のディランは、間違いなく恋人の関係だったわけですが、バエズの説得を無視してディランが反体制的なフォークからロックへ転向したことで関係は決裂していました。原点回帰を目指していたディランはバエズに声をかけ、バエズも音楽的なリスペクトとツアーそのものの意義を感じたことで参加を決めたようです。
ドサ回り見世物小屋のようなステージですから、バエズもソロの時間もありましたし、他にも何人かが主役のコーナーも設けられ、1回のステージは3時間以上のものだったのですが、残念ながらCDではすべてカットされています。ほとんどの公演は正式に録音されていたので、やや中途半端な感じは否めません。
その後、2019年になって14枚組のボックスCDで「The Rolling Thunder Revue / The 1975 Live Recordings」が発売されました。10月に行われたリハーサルがCD3枚、11月19日のマサチューセッツ州ウースター、11月20日のマサチューセッツ州ケンブリッジ、11月21日のマサチューセッツ州ボストン(昼夜の両公演)、12月4日のカナダのモントリオールでのディランの演奏のすべてがそれぞれ2枚のCDに収録されています。
これは同年Netflixで公開されたマーティン・スコセッシ監督による「Rolling Thunder Revue: A Bob Dylan Story」に連動した企画でしたが、そもそも2時間20分に及ぶ映画の素材となる映像が残っていたことに驚きます。実は、このツアーはディランのアイデアで、自ら監督を務めた「Renaldo & Clara」という映画の撮影が同時に行われて、その中にステージ上あるいはステージ裏の光景がふんだんに盛り込まれていたのです。
ただし、ボックスセットもディランのステージのみに編集されていて、バエズとのデュエット以外は含まれていないことがとても残念です。これはあまりに出演者が多すぎて権利関係の手続きが煩雑すぎること、そしてそれらに興味を持つ人にはすでに多く出回っている海賊盤があるというコロンビアの開き直りもあるようです。
ちなみに「Renaldo & Clara」の映画は、ディランが「天井桟敷の人々」に触発されたもので、1978年に公開されました。しかし、4時間近い上映時間とストーリーらしいストーリーが無いため、難解で散漫と不評で数週間で上映中止となっています。スコセッシ版は、主としてツアーに的を絞ったドキュメンタリーですが、実はモキュメンタリー形式(架空の出来事を実際のドキュメンタリーのように演出するもの)になっていて架空のインタヴューなどが盛り込まれています。
Tonight I'll Be Staying Here with You
It Ain't Me Babe
A Hard Rain's a-Gonna Fall
The Lonesome Death of Hattie Carroll
Romance in Durango
Isis
Mr. Tambourine Man
Simple Twist of Fate
Blowin' in the Wind*
Mama, You Been on My Mind*
I Shall Be Released*
It's All Over Now, Baby Blue
Love Minus Zero/No Limit
Tangled Up in Blue
The Water Is Wide" (traditional)*
It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry
Oh, Sister
Hurricane
One More Cup of Coffee (Valley Below)
Sara
Just Like a Woman
Knockin' on Heaven's Door
Bob Dylan (vo, ele.g, aco.g, harmonica)
Joan Baez (vo*, aco.g, perc), Ronee Blakley (vo)
T-Bone Burnett (ele.g, pf), David Mansfield (Dobro, mandolin, violin, steel guitar)
Roger McGuinn (ele.g, vo), Bob Neuwirth (aco.g, vo), Scarlet Rivera (vn)
Luther Rix (perc, ds), Mick Ronson (ele.g), Rob Stoner (b)
Steven Soles (aco.g, ele.g, vo), Howie Wyeth (ds, pf)
November 19, 1975, Memorial Auditorium, Worcester, MA
Nobember 20, 1975, Harvard Square Theatre, Cambridge, MA
November 19, 1975, Memorial Auditorium, Worcester, MA
Nobember 20, 1975, Harvard Square Theatre, Cambridge, MA
November 21, 1975, Boston Music Hall, MA
December 4, 1975, Montreal Forum, Canada
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