夏季臨時休診

夏季臨時休診のお知らせ 8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。

2026年7月28日火曜日

Slow Train Coming (1979)


人生の大きな問題に遭遇し、なおかつ辛い結末を迎えた時、人は何かにすがり何とか立ち直るための機会をうかがいたくなるというのは、ボブ・ディランほどの人物とて同じでした。ひたすら我が道を行くタイプと思われていたディランも、結婚生活の破綻・家庭の崩壊、そして財産のほとんどを失う失敗を経て、何か別の力を必要とする気持ちになっていたのです。

ディランの出自はユダヤ教です。ユダヤ教は旧約聖書を聖典として、まだ姿を見せない救世主(メシア)のもとで、神との契約を忠実に守ることが求められます。おそらく、ジョーン・バエズと親交があった頃に、バエズの信仰するクエーカー教を通じてキリスト教を知る最初のきっかけがあったかもしれません。どん底の精神状態の中で、メシアはイエス・キリストのことだったと考えたディランは1978年の世界ツアーが終了するとキリスト教へ改宗したのでした。

アルバム「Street Legal」のジャケット裏に感謝を捧げる人々のリストがあり、その中に「Queen Bee」というのが含まれています。実はこれは、ツアーの黒人女性コーラスなどを手配したメアリー・アリス・アーテスという黒人女性で、敬虔なキリスト教信者でした(後に結婚直前までの深い仲になっています)。

ツアーの終盤に、ステージに投げ入れられた銀の十字架と、その直後に「キリストに触れた」体験をしたディランは、ツアー終了後すぐにメアリーの通うキリスト教福音派教会を訪ねます。1979年の1月から3月までの間は、ディランは音楽活動はまったくせず、ほぼ毎日聖書学校に通い、ついに信仰により生まれ変わるという意味の「Born Again」に達しました。

ここからディランは、自らも認めるゴスペル期に突入します。フォークの衣を脱ぎ捨てロック、そしてカントリーになったかと思うと再びロックに戻り、今度はゴスペル。ディランの音楽史は自己破壊と創造の繰り返しです。

アメリカの音楽史は、奴隷として大陸に連れてこられた黒人が大きな役割を果たしていることは既知の事実ですが、スタートは黒人霊歌(スピリチュアル)です。20世紀はじめに讃美歌を取り込んで始まったのが希望を表すゴスペルで、悲哀を表すのはブルースとなり、不満の爆発はロックン・ロールとなって広まっていきます。

ゴスペルの特徴は、手拍子や足拍子でリズムを刻みながら、リード・シンガーに絡むように聴衆(あるいはコーラス隊)が応答するコール& レスポンスによって、体全体で神への感謝の感情を強く表現するというもの。黒人教会で歌われているような本格的なゴスペルのイメージとは、ディランの物は多少違いますが、世界ツアーから参加するようになった黒人コーラスがより強化されて宗教色を強化していることは間違いない。

ディランは過去の楽曲と決別をするため、ただちに新曲を書き始めますが、それは完全にキリスト教信者となりキリストの教えを伝えるためのものになっていました。3月末に久しぶりに気になっていた他人のコンサートを聴きに出かけます。それはまたデヴューして間もないロック・バンド、ダイアー・ストレイツのライブで、ギターのマーク・ノップラーにすぐさま新作への参加を依頼しました。

新作は4月末から2週間ほどかけて録音されていますが、ノップラーの他にはダイアー・ストレイツからはドラムのピック・ウィザースが参加し、後は腕利きのスタジオ・ミュージシャンが集められました。「ゆっくりと列車がやって来る」というタイトルの意味は、「列車」は「世界の終末・神の審判」を象徴しているらしい。もともとは「Slow Train」は、黒人音楽の中では「天国への旅路・神のもとへの帰還」を意味しています。

オープニングの「Gotta Serve Somebody」では、「誰もが神か悪魔に仕えていて、一人で生きているわけではない」と歌い、ディラン初のグラミー賞受賞となるヒット作となりました。ここでは、おそらくディラン史上初のエレクトリック・ピアノが用いられていて、キーボードを担当したバリー・ベケットのセンスが光ります。また、全体を通してノップラーの切れの良いギターが素晴らしい。

「Precious Angel」では自分に救いの道を開いてくれたメアリーを讃え、続けて「私はあなた(神)を信じる」と歌います。そして社会の腐敗を「スロー・トレイン」として告発し、「考え方を変えるべきだ」と警告します。その後もキリストの教えや聖書のエピソードを歌に乗せ、最後はピアノの伴奏だけでキリストの復活を前にして人々は膝まずくのです。

8月にアルバムが発売されると、古いファンの反発と同時に新しいファンを獲得し、商業的には大成功と言う結果になりました。評論家の評判も悪くなく、アルバムとして高く評価されています。


Gotta Serve Somebody
Precious Angel
I Believe in You
Slow Train
Gonna Change My Way of Thinking
Do Right to Me Baby (Do Unto Others)
When You Gonna Wake Up
Man Gave Names to All the Animals
When He Returns

Bob Dylan (g, vo), Barry Beckett (key)
Mickey Buckins (perc), Tim Drummond (b), Mark Knopfler (lead g)
Pick Withers (ds), Muscle Shoals Sound Studio (horns)
Carolyn Dennis, Regina Havis, Helena Springs (back.vo)

April 30 ~ May 11, 1979, Muscle Shoals Sound Studio, Alabama

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