あすなろ整形外科クリニックからのお知らせ

年末年始は12月29日(金)~1月4日(木)を休診します
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします

2012年3月31日土曜日

花束


年度末。数年後には大学の秋入学に伴い、8月末とかが年度末になるかもしれませんが・・・

何にしても、今のところは生活は1月から12月、社会の動きは4月始まりの3月終わりを一つの区切りにしているわけです。

昔は、大学に所属していると、医局人事ということで毎年のようにあっちの病院こっちの病院という具合に出向したものです。だいたいこの時期には送別会があって、31日に病棟をまわって担当の患者さんに挨拶し、医局の机を片付けて上司にお礼を言って病院を出る。

花束や記念品をいただいたりして、随分と恐縮することもありました。初めて出向した病院では、最後に整形外科医長先生に打腱器(膝の下を叩いたりして反射を見る道具)をいただき、これは今でも使っています。次の出向先では、おばあさんの婦長から折りたたみ傘をいただき、これも最近まではなんとか使えていました。

女子医科大学に移籍する前の最後の出向では、送別会でたくさんの花束をいただいたのが印象に残っています。花束は、いつまでも長持ちするわけではありませんが、次の勤務先の仕事に入るといつまでも感傷にひたっているわけにもいかないので、1週間くらいがちょうどいいのかもしれません。

開業医は次はありませんから、自分が送別されることはない。去っていく人を見守るだけです。次の場所でも、しっかりと働いてくれることを祈っているしかありません。外から見ると、うちのクリニックのいいところをあらためて気がつくことがあるでしょうし、実は良くない点があったこともわかるかもしれません。いいところを積み重ねてくれるのなら、送別することもあながち寂しいことばかりではありませんね。

2012年3月30日金曜日

プリウスα納車決定

ほんと、いつも思うんですけど、あっと言う間に3月も終わり・・・いえ、あと1日ありました。でも、平日は今日で終わりなので、今年度の仕事はおしまいという方もけっこういるんでしょうね。

さて、さて、昨年6月に注文を出して、ずぅ~~~~~~~っと待たされ続けていたプリウスαですが、やっとのこと納車の連絡がまいりました。4月20日工場出荷で4月末、なんとかゴールデンウィークに間に合う予定での納車決定です。

いやはや、当初の予定の5月からすれば、数週間くらいは早まったかもしれませんが、ほぼ予定通りの11ヶ月近くの待ち期間ということで、一度きりの人生こんなに何かを待ったことがあったでしょぅか。

とは言え、本当にわくわくして待っていたのは、最初の数ヶ月。秋くらいからは、もう楽しみを待っているテンションを保てず、ほぼ頭の中ではなかったことにしていたも同然。一時は本当にキャンセルしようかと思っていましたし、納期の早い2列車に契約しなおそうかとも考えたりしていました。

昨年5月の発売当初いわれていた、秋からの車体とリチウムイオン電池の増産はまったくのガセ。実際は2列車の増産のみで、2列車についてはどんどん納期が早まり、3ヶ月程度で納車されるようになりました。

ネットの掲示板などを見ていると、2列車で自分より後に契約した人がどんどん納車されていたり、2列車の「たった3ヶ月」の納期が遅すぎると怒っていたり、「てやんでぇ、べらぼうめぇ!! こちとら、もっと待っているんでぃ。3ヶ月くらいでガタガタ言うんじゃねぇ」という気分。

そのかわりと言ってはなんですが、なんとか興味をつないでいたのがアクアの話題。ちょうどアクアがメディアに露出しばじめをうまくとらえたので、これを追いかけてハイブリッドカーのいろいろな情報をみつけることができたのです。

3月になって、去年の8月に予約注文したシートカバーがやっと届きました。そして、同時期の人の納車情報も増え始めて来たので、そろそろかと思っていたところに、やっと電話です。早速昨日はディーラーに出向いて、オプション類の最終打ち合わせ。

待っていて得したことは、間に合わないと思っていたエコカー減税が延長して適応されることとエコカー補助金の復活。両方を合わせると、25万円程度の値引きを受けると同じ効果。これは嬉しくないわけがない。思わず、どうでもいいオプションを追加してしまい、トヨタの思うつぼにはまってしまいました。

まぁ、これから1ヶ月近くありますので、まだまだ浮き足だってはいられませんが、もう一度テンションを上げて納車を待つようにしたいと思うわけです。

2012年3月29日木曜日

都筑区にも自転車ゾーン


世の中、嫌が負うにも自転車の市民権が拡大しています。乗る側の意識がまだまだという不安もありますし、乗らない側・・・歩行者であったり自動車運転手であったりするわけですが、こっちの方にも準備不足の感は否めません。

そうはいっても、そもそもハードウェアの整備がまったくと言っていいほど追いついていない状況があります。いろいろな意味で自転車が安全に走るための道路整備は、全国的にもちょっとずつ進んでいるようですが、まだ試行錯誤の段階を通り越せていない感じですね。

自分の地元、都筑区にも、ついに自転車ゾーンが登場しました。少なくともこの数週間以内に登場したと思います。センター南駅近くの中村の交差点からみずきが丘に向かう道路(約1.2km)の両側が、幅1m程度で鮮やかな水色に塗られていました。

まだまだテストケースのような感じですが、これからどんどん広げていくんでしょぅか。都筑区の道路は、比較的広いので、是非自転車専用レーンの整備を広げてもらいたいものです。

2012年3月28日水曜日

Colantotte


これ、コラントッテ

これを付けていると、肩がコラン。こりをトッテくれる・・・ということらしい。

医療機器として認証されているとのことで、製薬メーカーの販促品でいただきました。

効くの? 効くと信じれば、そりゃ、鰯の頭みたいなものでして。

あまり整形外科の医者としては、これが効くようじゃおまんまの食い上げ。

だからと言うわけではありませんが、う~ん・・・

石川遼も愛用している・・・まぁ、うまくいけば健康にもいいかもしれないファッションだと思えば高くはありません。・・・って、無料の貰い物でしたね。

2012年3月27日火曜日

子役

いやはや、テレビはちょっと世間で話題になる物があるととことん食いついて、せっせと同じような特集を垂れ流し。企画力も何もあったものじゃありません。番組を作ることに対するプライドというものは無いのでしょうか・・・というより、求める方が無理がある。

最近やたらと目につくのが、いわゆる「子役」たち。子役は可愛い旬がありますから、一度人気になると期間限定物。もうこれでもかっていう具合に、テレビでは取り上げまくって・・・そして、数年で成長してくると切り捨ててしまう。

また、その持ち上げ方もこども相手にやたらと褒めちぎる。何をやっても、内容の善し悪し関係なく、「すごいねぇ」とか「うまいねぇ」とか。こどもですから調子づいて、社会をなめてかからないといいですけどね。

昔から子役で成功して、そのまま大人になって生き残った人はいましたっけ。例えばウルトラセブンにも出ていた松坂慶子さんなんてのはかなり例外的で、たいていは泥沼人生みたいな話が多いように思います。

マグマ大使のマモル少年は、フォーリーブスの江木俊夫。覚醒剤で捕まったことがありましたね。
チャコちゃんケンちゃんのケンちゃんは宮脇康之で、ポルノに転落してその後はぐちゃぐちゃ。
鳩子の海の斉藤こず恵も、テレビでその後の泥沼を語っています。

もっとも、そういう転落話ばかりがその後もテレビで取り上げられる(そういうところもどうかと思いますが)ので、よけいに子役の末路が悲惨なイメージになってしまうのでしょぅか。

大多数の子役は、ある程度成長すると自然と引退しているわけで、中途半端に芸能界に残る方があとが大変なのかも知れませんね。そういう意味では、最近学業に専念ということで引退した有名子役はしっかりとした決断をしたものと思います。

わずか5,6歳のこどもが涙を流して嘘泣きができるなんて、やっぱおかしいと思いませんか。少なくとも、大人のエゴの犠牲にだけはならないことを祈りたい物です。

2012年3月26日月曜日

LADY GAGA / Born This Way


ガガ様である。洋楽である。しかも、ずいぶんと新しい。若者に遅れを取らないように、こういう音楽も聴いているふりをしているわけです。

ガガはQueenのヒット曲の"Radio Ga Ga"から名前を取った、とか・・・マドンナの真似と非難されたけどマドンナ本人は「そんなもんよ」みたいに軽く流した、とか・・・生肉ドレスなど斬新なヴィジュアルが話題になったりなど・・・

ファンの人には怒られるかもしれませんが、けして歌唱力は高いとはいえない。まぁ、普通でしょう。少なくともマドンナや日本のアイドルよりは、はるかにうまいわけですけど。

音楽は打ち込み主体。スタイルとしては、必ずしも新しいとはいえないわけで、低音を強調して一定のリズムを保っていく手法は、まさに昔のダンス音楽を彷彿とさせます。

自分たちの時代だったらディスコ、最近の若者ならクラブで、いかにも人気がでそうな感じです。踊ることを意識しての曲作りとでもいいましょぅか。今時なのは、ラップの使い方が旨いというところでしょうか。

こんな風に書いていると嫌っていると思われそうですが、必ずしもそうでもない。車の中とかで大音量で聴くには、けっこうノリノリになれて悪くない。

2012年3月25日日曜日

最初の候補

2005年にクリニックを開業したわけですが、実はその場所は今のセンター南ではなく、もともとは溝の口を考えていたんです。そのあたりはHPのどこかにいろいろ書いてあります。

実際、候補になっていたのはフィットネスクラブが入りが悪くて撤退したビルで、自分がお願いしていたコンサルタントが、自分も含めて医療モールとして再開発しようという、けっこう大きな話だったんです。

ただ、患者さんを集めるためにどうしても必要なエレベータと駐車場の件でお流れになってしまいました。何しろ、ビルの本体が2階からだったんです。患者さんが階段を上らないといけないというのは、クリニック、特に足腰の悪い方々を対象とする整形外科としては致命的。

さらにフィットネスクラブとしての名残である室内プールの処理が、どうもなかなか難しいようでした。

今日は、たまたま用事があって、7年ぶりに溝の口に出かけてきました。とりあえず、あのビルはどうなっているのか気になるじゃないですか。

そしたら、なんとまたフィットネスクラブになっているんでびっくりです。それが失敗して撤退したのに、また同じ業種が入るというのは・・・

中の構造としては、そのまま利用できるところが多いわけですから、初期費用は少なくすむというメリットはあるものの、けっこう冒険ですよね。実際のところ、流行っているのかいないのかはわかりません。

まぁ、当然やり方次第なんでしょうから、溝の口の客層をとらえやすいシステムを導入していれば問題はないわけです。よく、つぶれたラーメン店のあとに、また別のラーメン店ができたりするわけで、こういうのは珍しい話ではありません。

もう今となっては、特にここでクリニックをやっていたらなんてことは思いもしません。クリニックから眺めるセンター南駅前バスロータリーの風景が、もう自分の生活の一部となっていますからね。

2012年3月24日土曜日

鶏和酎 @ センター北


今夜はクリニックの宴会でして、、センター北の地鶏の店に行ってきました。店の名前は鶏和酎と書いて、「とりあえず」と読むんですね。

宴会の目的は、3月いっぱいで辞めるスタッフの送別会。それなりに騒いでしまう集団なもんで、店選びには気を遣います(誰が騒ぐかいろいろ問題はありますが)。まぁ、個室はありませんでしたが、隅っこの比較的隔離されたスペースだったのでちょうどよい感じでした。

料理は、まぁまぁOKです。値段的にもリーズナブルで、かしこまらずにちょっとした会をやるにぴったりです。

この時期は、去る者もあれば来る者もあり。クリニックとしては、勝手のわかったスタッフがいなくなるのは大変につらいのですが、新スタッフを迎えてまた緊張の中で新年度を迎えることも悪いことではありません。

クリニックの成長過程の流れの一つと思って、がんばっていきたいと思います。

2012年3月23日金曜日

リウマチ科

リウマチ科という名前は、めっちゃわかりやすい。関節リウマチという単一疾患がターゲットですから、あまり悩むことはありません。

もちろん、メインの病気はリウマチですが、リウマチ類縁疾患というのがいろいろあっるので、これがめんどう。例えば、整形外科が扱う変形性関節症、これもリウマチ性疾患という範疇に入ってきます。

リウマチは、けっこう最近まで関節の痛みを伴う状態を表す言葉として使われていました。自分の関節に対して異常な免疫反応を起こす疾患として、独立した概念が確立したのは、この何十年のことです。

関節炎を起こすという点からは、痛風、つまり高尿酸血症による結晶誘発性関節炎もリウマチ性疾患です。掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)や尋常性乾癬(じんじょうせいかんせん)という皮膚科の病気に伴う関節炎というのもあります。

因果関係が不詳の鎖骨周囲の関節炎、胸鎖関節炎とか胸肋関節炎というのもあります。脊椎が固まってしまう強直性脊椎炎もやっかいな病気です。

そして、そもそも関節リウマチを含めた膠原病という大きな病気の概念があって、この中にいろいろな難しい病気が含まれてくるわけです。膠原病は、それぞれが合併していることもあり、診断確定することはけっこう大変です。

というわけで、リウマチ科というのは扱う疾患の範囲はけっこう広かったりします。そして、治療でも合併症でも、体中のいろいろなところにいろいろな問題を起こす可能性をひめているため、各科との連携も重要。

自分の場合もリウマチ科を標榜するからには、自分でできるところとできないところをはっきりさせておくことが大切だと思っています。周りを固めて、いつでも協力し合える体制があって初めて安心して診療ができるわけですし、そして患者さんも安心して受診できるというものです。

2012年3月22日木曜日

整形外科

整形外科とは・・・まぁ、自分のような者が、たいそうに書くのは恐縮ですが、どうしても整形外科という診療科が扱う病気について、よく理解されていない方が少なくない。

整形外科は、運動器の病気と外傷を扱います。と書くと簡単なんですが、運動器というのが、またよくわからない。運動器は骨と筋肉、そしてそれを動かす信号を伝える神経が含まれてきます。でも、一般にはエネルギーを送るための血管は含まれません。

場所でいうと、首から下。背骨と骨盤、そして手足が中心。首は頭の続きで脳神経外科が扱う場合もあります。手足でも表面、つまり皮膚の問題は皮皮膚科、あるいは形成外科。よく間違えられるのが美容整形。通常は、美容は形成外科の中に含まれます。神経や筋肉の病気で手術の対象にならない疾患は、神経内科のテリトリー。

扱う病気の種類はなんでもありです。外傷としては、骨折、脱臼、捻挫、打撲、切り傷、擦り傷。細菌のような微生物が原因の感染症、骨や筋肉の腫瘍、関節炎・筋肉炎などの炎症性疾患、先天的な構造的な問題、加齢性変化による痛みなどがあります。

こうやって書いてみると、やっぱりよくわからないですよね。結局いろいろな科とオーバーラップしていることが多いので、なかなか明快な線引きができていないということでしょか。

特に自分のように開業医ともなると、手術的な治療をしているところはめったにない。そうすると整形外科ではなくて「整形内科」となってしまい、ますます他の科とも違いが曖昧になっていくわけです。

とりあえず手足、首・腰を中心とした痛み・しびれなどの問題は、とあえず受診していただいてかまいません。関節リウマチや痛風は代表的な整形外科的な病気です。こちらもおろそかにはできません。

2012年3月21日水曜日

第2ボタン

う~ん、無かったですよ、自分の高校の時は。卒業式のあと、女の子に学生服の上から2番目のボタンをあげちゃうなんて、想像だにしなかったことです。

あっ、もっとも男子校ですから、あるわけないか。

もともと戦時中に自分の形見としてわたしたからとか、いろいろな理由があるようですが、はっきりとした始まりについては不明だそうです。まぁ、大事な物として渡すというところは良いとしましょう。じゃぁ、何で第2ボタンなのか?

心臓に一番近いところについているから。うんうん、なるほどそれらしい理由です。ボタンは上から自分、大事な人、友人、家族を表すから。これはちょっと納得できないなぁ。

まぁ、実際のところ一番上や、一番下のボタンを引きちぎると、服が中途半端に開いてしまうのでやめておいたんじゃないですかね。または、たまたま一番ちぎりやすい位置にあるからとか。下は取りにくいし、上は腕を上げるのがめんどうでしょう。

うちの長男は、卒業式の後は確かぴちっと前を閉じた学生服のまま帰ってきたような・・・

先日卒業した次男は、第2ボタン以外がなくなった学生服・・・う~ん、これっていいのか、悪いのか。どんなもんでしょう。

2012年3月20日火曜日

CAN-BUS / OBD II

春分の日です。祭日です。うちのクリニックはカレンダーの赤い日が休診日を原則としていますので、自分も久しぶりに休日です。

3月は天気がいまいちな日が続いていますので、患者さんの数はあまり多くなく、診療はここまでそれほど疲れていません。しかし、個人的にも年度末でいろいろな用事が多かったり、クリニックもスタッフ募集をしてバタバタ。

さらに電子カルテのパソコンの入れ替えと、それに伴う準備。ついでに当然のように起こる入れ替え後のトラブル満載で、ヒヤヒヤドキッチョ物。こんなこんなが、やっと落ち着いたと思うと、いよいよ診療報酬改定のいろいろな雑事がこれから待っているわけです。

今日は、そんな中で、車にいわゆるレーダーというものを取り付けてみました。レーダーというのは、スピード違反取り締まりの機器を関知して知らせてくれる・・・つまり、普通の(?)ドライバーには用が無いものだと思っていました。

その割には、過去にスピード違反で何度が捕まった経験がありますが・・・まぁ、キムタクではないので、話題にはなりませんでしたが。若いときはそんなもんです! なんて、威張っていてはいけない。少なくとも、40歳すぎてからはそんな無茶な運転はしていません。

そうそう、レーダーの話でした。実は、レーダーそのものよりも面白いと思ったのは、今時の自動車はOBDII接続というのが出来る。なんでもCAN情報というのを取り出すことができるんだそうです。

このレーダーもCAN情報をいろいろと表示できるわけです。GPSも搭載しているので、車の位置情報、水平かどうかとか、加速度、速度、エンジンの回転数・負荷度、ガソリン使用量など、役に立つ物からどうでもいい物まで、たくさんの付加情報をみることが出来るのです。

うちの車にはタコメーターというものがないので、エンジンがどのくらいがんばっているかが視覚的にわからないのですが、これがあると「なるほどなるほど」となるわけで、ガソリンの消費量などとともにエコな運転を心がけるには大変役に立つというわけです。

それにしても、最近の車は機械と言うより電化製品のようですね。スイッチいろいろ、音もピーピーあちこちから聞こえてきて、いったい何を警告しているのかわからなくなるときがある。

もうあと何年かすると、「おたくの車はSONY、それともPANASONIC」と言っている時代が本当に来るんではないかと、本気で考えてしまうのでした。

トヨタのハイブリッド、プリウスαはいまだに納車未定。納期案内も短縮してきているのに、いやはやどうなっているんだか。もう一つの新型ハイブリッドのアクア(プリウスC)は街でも何台かは見かけるようになってきました。ある日の目撃数は20プリ(4)、30プリ(13)、α(4)、アクア(3)でした。MC後の新型プリやPHVはまだ見ていません。

2012年3月19日月曜日

Maisky / Schubert Songs without Words



シューベルトは、まぁ短い生涯を考えると、膨大な作曲を残した物です。若くして病に侵され、さぞかし悲痛な面持ちで毎日をすごしていたことでしょうか。そういうところは、もしかしたら太宰治にもイメージがかさなるところがあるかもしれない。

しかし、彼の作った曲の大半は、けっして暗くはありません。美しいメロディが多く、音楽の楽しみを実によく表している。ベートーヴェンのようなごつい雰囲気はなく、モーツァルトのようなバカ騒ぎ的なところもない。これは、彼の代表的な得意分野である歌曲からきているところが大きい。

シューベルトの作った歌曲の膨大な数は驚き物ですが、歌曲全集というとCDで40枚くらいは必要になっています。もちろん「冬の旅」のような有名な歌曲集もありますが、その大半は世俗歌と呼ばれる、今で言えばポップスの範疇に入る物。

オペラのような壮大なスケールのものも好まれたのでしょうが、ちょっとピアノの伴奏で歌う小品もずいぶんと需要があったのでしょう。「野バラ」のように大ヒット曲もあれば、まったく受けなかったものもあったりしますが、いずれにしても、毎度書いていることですが、自分の場合はどうしても声楽に馴染めない。

由紀さおりさんが歌ってくれればすんなりと耳に入ってくるのでしょうが、残念ながらクラシックの歌唱がどうしてもだめなんです。そのあたりは、もしかしたらリストも同じだったのかもしれません。と、言うのは、リストはシューベルトの歌曲をピアノ独奏用にたくさん編曲していて、自分もけっこう楽しめるのです。

ただ、やはりピアノだけだと、せっかくの旋律が多少埋もれてしまう感じがします。そこで、大変便利なのがマイスキーのチェロが歌のパートをひいてくれるこのアルバム

チェロの多少低めで太い音質が、ちょうどテノールくらいの質感で再現されて、大変心地よいのです。クラシックだと、どうしても原典至上主義的なところがあって、こういう編曲物は邪道と考えがちですが、より音楽の本質をしっかりと聴かせてくれたりするので、なかなかあなどれません。

2012年3月18日日曜日

ハンドルネーム

ハンドルネームというのは、ネットでの書き込みなどに際して使う自分の芸名みたいなもの。通常はネットは匿名性があるのですが、一貫したハンドルネームを使うことで、実在の本人とは別の人格みたいなものができてくるものです。

自分の場合は「亜沙郎(あすなろう)」というわけで、今までにも何度も名前については書いてきたので今更書きませんが、そもそも実名ブログですからハンドルネームとしてはあまり意味をなさないわけです。

Dr.Mはまさに自分の名前の頭文字。Dr.Mも比較的ストレートな名前を使っていて、当然身元を隠そうなんて、これっぽっちも考えていませんよね。

Dr.Flickerあざみ野棒屋先生は、それぞれの過去の思い出から連想したハンドルネームを使用しています。基本的には個人の思い出ですから、他人にはわからない話なのですが、お二人ともブログで由来を説明し、なおかつ実名ブログなので、これもそれほど意味はないかもしれません。

いずれにしても、実名ブログの場合は、自分も含めてハンドルネームを使用するのは、一種の照れみたいなところからですかね。ばれている物の本名を出してない分、なんかちょっとかっこいいかなくらいののりだと思います。

自分のブログにコメントをいただける方で、何人かは何度か訪れている方々がいます。毎度毎度つたない話ばかりで恐縮です。そういう方々のハンドルネームもいろいろで、実際のところ「あ-、これはあの人だ」とわかるような名前をお使いの方もいますし、まったく相手が想像できないかたもいます。

直接自分が会ったことがある方の場合は、たいていわかるような名前を使ってくれることが多いようです。自分の苗字をいじって作ったもの、自分の趣味からとったもの、自分の住んでいる地名からとったもの、なかには堂々と本名を使っている方もいたりします。

相手がまったくわからない場合でも、何度かコメントをいただくと親しいともだちのような気になってくる。まぁ、そのあたりがネットの楽しいところなんでしょうか。そんなわけで、コメントには必ずハンドルネームを何かつけていただきたいとお願いしています。完全な匿名コメントは、どうしても好きになれませんので。

2012年3月17日土曜日

2006

おっと、ぼやぼやしてたら、この前のカレーハウス珊瑚礁のエントリーが、このブログの2000エントリー目でした。「ついに2000」とか「祝!! 2000」とか「飽きもせず2000」など、タイトルを考えていたのに、すっかり忘れていました。

基本的にまともに日記などを書いたことがない・・・小学校の夏休みの宿題も、最後の数日ででっちあげていたのですから、それを考えるとずいぶんと続いているわけで、自分で言うのもなんですがよくやっているものだと感心してしまいます。

まぁ、それというのも、クリニックを開院してなんとか無料の広告手段として活用しようという動機、そしてブログを毎日書く他の先生方がいたからこそ、なんとか毎日書く習慣として自分の中で定着したわけです。

今でも広告としての役割は当然担っているのですが、以前ほど大きなウェイトは占めていないかも知れません。隣のあざみ野棒屋先生は、ブログからtwitter、さらにFacebookと、どんどんネット世界を渡り歩いて、いろいろと試行錯誤をして楽しんでいます。ところが自分は、とんとんその辺には興味がわかない。

先日のブログ友だちの会でも、そのあたりが話題の一つになりました。棒屋先生は、もともとそういう掲示板的なものは好きと見えて、2chいう巨大掲示板にもだいぶ書き込みをしたようです。自分の場合は、ずいぶんとパソコンマニアと見られていますが、ネットマニアではないのです。

昔昔のBBSと言っていた頃、なんか顔も見ないでパソコンで会話している奴なんておたく的で根暗なイメージを持っていた物です。mixiが話題になり出したときも、閉鎖的で簡単に会員になれないシステムにうんざりしていました。

結局、パソコンマニアとしては、パソコンはこっちから遊び倒すもので、パソコンに振り回されたくはないという、いたってアナログ的思考が働いてしまうということが、いろいろ手を出さないことにつながっているんでしょうか。

そんなどうでもいいことを書いて、2006件目のエントリーとしましょう。

2012年3月16日金曜日

デジタルに翻弄される

昨日の午後は、電子カルテに使用しているパソコンの入れ替え作業。開院当初に用意したパソコンの最後の一台がついに引退しました。

カルテの業者の方が、あらかじめ渡して用意しておいたパソコンを持ってきて、院内のLANと接続。実際の環境のなかでの整合をチェックして、使えるように設定を確認していきました。

それから、他の電子カルテの入ったPCもチェックして、電子カルテのバージョンをアップグレード。さらにリモートのメンテナンスをより簡単にできるようにするために、ルーターへの接続を再設定。なんだかんだで数時間以上かかって、なんとか終了。

さてさて、今朝になって朝礼で、昨日の作業についてスタッフに話をしておきました。そして最後に、「だいたい人がくるようなメンテの後は、たいていなんか変なところが後から起こってくる物」と言っているそばから大事件です。

なんと、院内LANで接続されているPCがちゃっと動いてくれない。電子カルテを再起動してもダメ。パソコンそのものの再起動も効果無し。受付では新患の登録ができないし、当然このままじゃ会計もできません。

すぐにカルテの会社に電話して、とにかくいじったLANを元に戻せという指示で、なんとか命を吹き返しました。いざとなったら、手書きでなんとかする準備はしてあるものの、実際にそれで診療を行うことはなかなか難しい。

しかも、今日は新しいスタッフの初日というのも重なって、冷静沈着な院長は優秀な指揮官として変な意味で朝から大いにハイテンションとなってしまったというわけです。

その後も細かい不具合が見つかりましたが、なんとか無事に一日が終わりました。このあたりは日頃は便利な電子カルテの、最も困ったところ。デジタルがアナログに劣る点なのかもしれません。あらためて、知らず知らずにパソコンに使われるようになっている自分を再発見するのでした。

2012年3月15日木曜日

過少診療

過剰の反対は・・・不足。不足診療という言葉は無いですね。過少、または過小診療ならありそうだけど、やっぱり使わない。それに近い言葉だと「萎縮医療」というのがありますね。

萎縮医療というのは、2004年の福島県立病院での出来事が象徴的な出来事として記憶に残っています。もちろん、自分がこの件について口を挟むような立場にはありません。ただ、医療行為の結果が過失致死罪として立件されるというのは医者として衝撃的なことでした。

医療の世界に100%というものは、ほぼ無いと言っていい。最大限の良い結果を残すように医師は努力するものですが、相手がファジーな人間である以上、絶対的な結果という物は約束できるものではありません。

その結果に対して刑事罰が適応されるとしたら・・・残念ながら、医療は萎縮せざるを得ない。ちょっとでも、結果に対して不安を感じたら、一切手を出さないにこしたことはない。

実際、例えば患者さんに針を刺すという場合、そこらの街中でやれば当然傷害事件になってしまいます。しかし、病院内であれば、それは医療行為として正当化されます。これは大きな責任を伴うことであるのは間違いない。

しかし、患者さんが「痛いことはしたくない」と言うならば、針を刺すことのメリットとデメリット、そして針を刺さないことのメリットとデメリットを説明した上で、その医療行為はやらないほうがいい。嫌がっていることをやって患者さんが結果に満足しなければ、不満しか残りません。

ただ、通常はより良い結果が期待できると信じていることを医者はおすすめするわけで、こればかりは信じてもらうしかありません。患者さんのためにできることは何でもするということと、やらなくてもいいことは出来るだけしないということは、絶えず共存しているものです。一定の答えはなかなかでるものではありません。

2012年3月14日水曜日

過剰診療

診療報酬点数表は、日本の保険医療の「定価」を定めるもので、2年に一度厚生労働省が改定をしていきます。1点10円で計算しますが、その内容は複雑で、医療関係者でもすべてを熟知している人はそうそういない。

点数の付け方によって、国が医療をどの方向へ誘導しようとしているかがわかります。たとえば、前回の改定では、病院勤務医とくに救急医と小児科医の負担を軽減することが目標としてめだっていました。

例えば、夜間の救急を開業医も少しは担当しろということで、遅い時間の診療に加算点数をつけたりしました。しかし、単純に点数を増やすだけではそう簡単には問題は解決しない物です。どこかお役所の考えていることは、どうも現場を知らずに机上の空論というところが少なくない。

今回の改定では、在宅関連がかなり補強されていて、在宅医療をやってくれればお金をいっぱいだしますよ、というカラーが相当強調されています。

ずーっと昔には、いわゆる薬漬け診療という言葉がありました。薬価差益ということばもありました。つまり医療機関は、診療点数で決まっている価格よりも安い値段で薬を購入し、その差額が収益になっていたので、薬をやたらと出すようになったわけです。

このような過剰診療が、医療費を圧迫する原因の一つであったことは間違いない。お役所は、医薬分業を進めて、医療機関は自分のところで薬を出すことはまれになった(院外処方)わけです。しかし、今度は薬局側に莫大な差益を落とすことになりました。

その一方で、実は患者さんの側からも知らずに過剰診療を期待する部分もあるのです。例えば、擦り傷。たいていの擦り傷なんて、水でよく洗ってほったらかしでも治ってしまいます。毎日のようにガーゼを交換するというのは、治りかけの組織を毎日はがして治りにくくしているようなものです。

ところが、自分も実際に経験したことですが、毎日処置をしないと何もしてくれないと不満を持たれることがあるのです。このあたりは、意識改革を少しずつしてもいくしかありません。

もちろんそれだけのことでは語れないような問題を含んでいるのですが、何にしても今の診療報酬点数のシステムでは、何かをしないと医療機関は収入を得られないわけで、どうやっても過剰診療の根っこが消えていないわけです。

2012年3月13日火曜日

四葉 @ 仲町台

今日は、久しぶりの都筑区ブログをせっせと書く医者の集い・・・というのは、メンバーはDR.MとDR.FLICKERとAzaminiboyと自分。あれっ? 自分以外はみんな横文字だ。Azaminoboyさんは、以前はあざみ野棒屋と名乗っていましたが、最近はずっとこのモダンな名前を使っています。

この4人の中では、自分が一番の新参者。一番年長はAzaminoboy。開業医生活の長さはDr.Mが一番。そして、一番熱くなるDr.Flickerは・・・なんと、用時で参加できず、いゃぁ~残念です。

場所は、自分のクリニックのあるセンター南駅の隣、仲町台の居酒屋さんで、名前は「四葉(よつば)」というお店。仲町台はちょいと洒落た感じの、大きすぎず小さすぎずのお店がけっこうあるんですね。
この店はDr.M御用達の店のようで、まぁいわゆる居酒屋さんですが、それなりに美味しいものがでてきました。なんでも、店主は田園都市線界隈ではちょっと有名な弥太郎という居酒屋で修行したとのことで、鶏の唐揚げも弥太郎仕込みの丸いものでした。

十分に食事とビールと、そしていろいろな裏話を堪能して帰ってきました。次回、Dr.Flickerも必ず参加してもらって、またやりましょう。

2012年3月12日月曜日

テニスの基本

スポーツ競技の基本というのは、自体と共に変化していますよね。昔だったら考えられないようなミラクルな技を駆使して、どんどんダイナミックになっていくわけで、それはそれで見ていても楽しいものです。

体操競技の技も「新」がついた後に「新々」が登場し、さらに「新々の新」とか、もう止まるところ知らずです。バレーボールだって、アタックとブロックだけだったのが、いまやバックアタックは当たり前。サッカーだって、以前はドリブルとシュートだけでしたよね。

自分の場合は、テニスくらいしかよくわからないのですが、ただこれだけは間違いないと思うのは本当の基本だけは何も変わってはいないということです。

テニスの超基本・・・飛んでくるボールの方向を予想して、できるだけ早くに移動してヒット・ポジションを確保することです。そのためには、できるだけ早く移動できる足がないといけない。

そもそも、飛んでくるボールを正しく予想することができないと駄目なわけですが、それはやみくもに賭に出てみるものではありません。その直前のボールをしっかりと打っていることが大事。

たとえば、相手がフォアハンドが得意ならクロスにボールを出すと、相手の強力なフォアをストレートに返されて、自分はバックハンドでやっと追いつくことになり、ストレートに返すのが精一杯。当然、相手のフォアにボールが飛んで、直後に強烈なクロスを打たれておしまいです。

相当深いところにボールを出して、相手の懐に食い込んだボールが打てれば話は別。バウンドしたボールの跳ね上がる前で打つのと、跳ね上がって下がるところでとらえるので難しさは雲泥の差です。

跳ねる前では、とっかりととらえるのは難しく、コントロールしにくいわけですが、一方早くボールを返せるというのが利点。後ろに下がって、下がり始めてから打つと、ボールのコントロールはしやすいのですが、そのかわり相手に体勢を作る余裕を与えることにもなるわけです。

医学的な話を少ししておくと、昔に比べてテニス肘になる人はずいぶん増えたような気がします。テニス肘はバックハンドで打つ瞬間に手首を使う人に多く発生します。しかし、最近はフォアハンドでなっていることが多い。

これは、結局ボールに追いつけず、体が完全にオープンスタンスのままになっているため。大きなテイクバックができないまま、手首でラケットを後ろにひいていることが原因。そういう意味でも、できるだけボールをコントロールして、素早く自分にとって無理がないヒットポジションに移動することは大変重要だということです。

現実の世界には「テニスの王子様」はいませんから、そこんとこよろしく。

2012年3月11日日曜日

珊瑚礁 @ 湘南プチツアー

今日は昨年の大震災から367日目。いわゆる1周年という日に当たります。まぁ、いろいろと震災の件について書くのはおこがましいですし、もういたるところでその話は語られていますからここではいいかと。

そんな日ですから、遊びに行くというのもどうかと言われそうですが、せっかくのひさしぶりに休める日曜日で、特にこの1週間はいろいろと疲れることが多かったので、思い切って出かけることにしました。

とにかく目指したのは、七里ヶ浜の昔からあるカレー屋さんの珊瑚礁。自分は行ったことがなかったのですが、かみさんが結婚前に同僚と行ったことがある評判の高い店ということです。

11時半の開店時間に到着して、駐車場はほぼ満車。ぎりぎりセーフでした。ただし、店の中のテーブルは満席になっていて、ちょっと季節的には早いのですが外のテラスに座ることになりました。

天気は、少しずつ回復してきたので、まぁなんとかがまん。出てきたカレーは、さすがにうまい。ちょっと甘めのソースですが、かなりこくのある濃厚な味わいで、近ければ毎月でもOKという感じでした。

そのあとは極楽寺、八雲神社、そして鶴岡八幡宮をめぐってきました。鶴岡では本宮のしたにある一般の通り道の舞殿で、雅楽の生演奏のもと神前結婚式が執り行われていました。

大仏、長谷寺などは素通り。ただ、その前の観光客の多さにはかなりびっくり。鶴岡の参道の大通りにも、たくさんの人がいて賑わっていました。

とりあえず、ずいぶんと気分転換にはなったわけで、また明日からしっかりと仕事をしたいと思います。

2012年3月10日土曜日

医者以外の仕事

3月に入ってから、どうも天候が思わしくない。ということは、クリニックの受診患者数にも影響が出るわけで、自分も霞を食べていきていくわけにもいきませんし、まして家族がいますから。

まぁ、そこまで大げさな話でもありませんが、何にしても人間はするべき仕事があってテンションが保てるわけで、閑だとどうもぱっとしないわけです。

まぁ、月初めで普段より雑用が多かったので、黙々とそれをこなす時間に恵まれたと考えれば、何でも悪いわけではありません。

中でも、雑用というより、クリニックの根幹に関わる問題、つまりスタッフの補充についてはずいぶんと気をもみました。数年間働いていただいたスタッフの一人が、家の事情などで退職することになり、あらたにスタッフの募集をしたわけです。

前回、ネットを経由した募集がけっこう便利だったので、また同じシステムを利用させてもらったのですが、ここに意外な落とし穴がありました。

初日に朝一人だけ応募があって、その日はそれっきり音沙汰がない。どうも、あまりの応募の無さに心配になってきました。翌日、クリニックに問い合わせがあって、いくら応募しようと思っても締め切りとなって応募できないというのです。

前回の利用の時に募集を締め切るために、応募できる人数に制限をした設定がそのままになっていたことが原因だったのですが、前回利用したデータなどのほとんどがリセットされているにもかかわらず、そこだけの設定が残っているということは、まったく案内がなく愕然としたわけです。

毎週、いや毎月利用するようなところならいざしらず、年に1回あるいは数年に1回とかの頻度でしか使わない自分のような者にとっては、このあたりはもう少しきちんと使い方の説明をしてもらいたかったところです。

せっかく求人を出したのに、これでは無駄になってしまうかと心配しましたが、その後何人かの応募をいただき、何とか新しいスタッフを決定することができました。他にも。いろいろとハラハラドキドキすることが盛りだくさんで、この1週間は精神的にはどっと疲れたわけです。

特に、せっかく応募いただいたのにお断りする場合は、正直けっこうな精神的ストレスがあります。断られた側が、断られたことを納得できる理由が必要でしょう。もちろん、いちいち説明しなければならないわけではないのですが、一応そこんとこを考えないといけないように思うのです。

医者が医者だけやっていれば楽なのですが、どうも根本的に経営者としては超アマチュアの域をいまだに脱しない状況ですから、こういうところで寿命を縮めているに違いありません。

2012年3月9日金曜日

診療報酬改定伝達講習会

病院に受診するとお金がかかります。その時の「定価」を定めた物が、診療報酬点数というもので、これは2年に一度厚生労働省が改訂します。

今年はその改訂の年に当たり、4月から新点数に切り替わります。大臣はマイナス改訂(つまり値下げ)ではないと豪語していましたが、実際は+0.004%ですから、実質的にはプラス改訂とはいえるようなものではありません。

小泉改革で、医療費抑制により「崩壊」した医療制度。なんとか立て直しが試みられてきましたが、まだまだ余裕はありません。高齢化社会が進んで、ますます医療費が必要になることは明かですが、とても安心できる状況とはいえません。

今夜は、新しい新点数の概要を説明してもらう勉強会に参加してきました。全体的には在宅医療の枠組みの拡大が目立ちますが、それ以外については大きな変更はありませんでした。

この手の勉強会はとりあえず参加してみますが、あまりに範囲が広すぎて、結局あらすじのあらすじレベルで終わってしまいます。それでも、最低限のところだけでも聞いておかないと、あとで本文を読んでもなんだかわかりません・・・というか、たぶん、ぐちゃぐちゃで読んでもわからない可能性が高いんですけどね。

まぁ、何にしてもどう改訂する時期はわかっているんだから、ほんと、年末くらいまでに発表してくれれば、あわてないですむんですけどね。数日前に発表して、4月1日からですっていわれてもね。まぁ今回は早い方かもしれませんけど、詳細がきまっていないとこもちょこちょこあったりするわけで、またもやあせらせられますね。

2012年3月8日木曜日

リウマチ告知

あなたの病名は・・・ガンです。

テレビとかではそんなシーンがよくあったりしますが、実際には医者として致死的なイメージを持った病名を伝えることは、そんなに簡単ではありません。

幸い、整形外科ではその手の病気は少ないのですが、大学で勤務していた頃は、骨肉腫という骨の悪性腫瘍を何人か担当したので、患者さんに、しかも10代のこどもに宣告するという、かなりお互いにストレスの高い状況を経験しました。

今は関節リウマチを専門としていますから、リウマチを心配して受診する患者さんに対して、時に病名を宣告することになることがあります。

関節リウマチ自体は、数百人に一人程度の発症頻度ですが、実際に指の痛みやこわばりで病気を心配して来院する患者さんのうち、関節リウマチである確率はだいたい数十人に一人程度でしょぅか。大多数は、それはそれで嬉しくないでしょぅが、老化的な問題による症状であることが多い。

リウマチセンターの外来では、疑いがあって紹介されてくる患者さんが多く含まれますが、それでも本当にリウマチであるのは十人に一人程度。指が痛いからと言って、そんなにやたらとあるわけではありません。

四半世紀前にアメリカの学会が作った診断のための基準がありますが、これが世界的に広まって、一般の方にもけっこう知られるようになりました。病気の啓発という意味では悪くないのですが、ただその中に「朝のこわばり」という言葉があって、これだけが一人歩きしてしまったみたいなところがあることも否めません。

実際、ポピュラーに指の痛みの原因である腱鞘炎にしても、関節の加齢性変化にしても、朝はこわばり感が出やすい物で、それだけで気にしだしたらきりがない。喉の痛みは「風邪かなぁ」と思うのが普通で、いきなり喉頭癌を心配する人はいません。

数年前に改定された新しい基準では、この朝のこわばりはのぞかれました。そういう意味では、それは良いことだと思います。無駄な心配とまでは言わないにしても、やはり本当に気をつけるポイントを正しく伝えていくことが、早期発見に重要です。

症状や検査結果から関節リウマチと判断した場合には、患者さんに対して病名の告知をするわけです。リウマチというのは不治の病でどんどん関節が壊れて変形していく病気であるというイメージが定着していますから、当然病名を告げられるとそれなりにショックを受けることだろうと想像します。

ただ20世紀に発症したかたと、21世紀になってから発症したかたでは、治療の急速な進歩によって病気の経過には雲泥の差があります。今では、ほぼ「治った」と同じ状態になる患者さんもいるわけですから、とにかくしっかりと病気に対峙して前向きに考えていただけると、医者の側も大変助かります。

医者の仕事は病気そのもののコントロールとともに、そういう気持ちになってもらえるように、いろいろな情報を伝えていくことも重要だということです。

2012年3月7日水曜日

捏造された飲酒運転検挙

えっ? 昨日? 春一番だったの? 気がつかなかったわぁ~
と、思ったら、西の方の話ですね。一日中、ほとんど室内にいる生活だとどうも季節感を感じるチャンスが減ってしまいます。着実に春が近づいているのは間違いないところです。

ちょっと気になったニュースで、飲酒運転検挙捏造警察官の話がありました。所属する警察署が昨年1年間に摘発した79件の飲酒運転のうち、なんと51件がこの警察官によるものだというのです。

この数字じたい大変不自然さを感じるわけで、普通は同僚や直接の上司などはおかしいなと思っていたはずですし、思っていなかったとしたらその方が問題かもしれません。

もっともアルコール検出でうそのデータを見せられて、そのまま受け入れていた側にも問題があります。飲んでいなければ、もっとはっきりとした抗議をするでしょぅから、少なくとも多少後ろめたいところがあったということなんでしょぅか。

確かに、ときどき飲酒運転に関係したニュースを見ることがありますが、10年くらい前から飲酒運転についての意識はおおきく変わっており、絶対数としては激減しているでしょう。アルコールフリー飲料がさまざま発売されていることも、その現れの一つ。

何にしても、警察の交通違反の取り締まりは、公平さがあってはじめてなりたつものです。自分も、恥ずかしながら何度か捕まっていますが(飲酒はありません!!)、最後は数年前に一時停止不履行でした。ただし、これについては今でも納得していません。

しばしば取り締まりをしている場所だと知っていて、自分としては確実に停止したつもりですが、その警察官は止まっていないと断言。証拠はあるのか、と言ったら、「俺が見た」の一言。これでは「捏造」はいくらでも可能です。このときは遅れられない用事があったので、それ以上その場で論争しているわけにいかなかったのでうやむやにしてしまいました。

一緒の話にしてはいけないのかもしれませんが、ストーカー被害などで「事件が起きないと警察は手がだせない」というようなことをよく聞きますが、交通違反についてはまだ見えていない違反に対して手を出しているようなところがあり、何とも矛盾を感じるわけです。

もちろん交通違反の取り締まりは抑止力として必要だと思いますし、実際重要な仕事だと思います。しかし、スピード違反の取締中に、すぐ近くの駐車違反の車があってもほったらかしだったりと、公平感がないと感じることが多々あります。

公平・公正・公明な取り締まりでないと、結局違反者はしっかりと反省する気持ちにならないので、是非善処していただきたいと思います。

2012年3月6日火曜日

Capcon bros. / Faure Complete Chamber Musics


フランスの作曲家のクラシックは苦手なんですよね。なんでしょうか、印象派ですかね。どうも主題がはっきりしていない感じで、曲としての愛着がわかないとでもいいましょうか。

もちろん、もっと古い時代のものは、バロックや古典派と大きな差は感じられないのですが、やはりロマン派以降は、自分たち独自のカラーが強くなってきます。

代表的な作曲家というと、誰でもすぐに思いつくのはドビッシーとかラベル。まさに絵画の印象派のように、カラフルに絵の具を思いのままにちりばめたような音楽が特徴的と言ってもよいかも、

同時代のもう一人の有名人というとガブリエル・フォーレ。オーケストラならレクイエムとか、ピアノ曲だとノクターンなどが知られています。室内楽もけっこう作っていて、これまでにもいろいろとCDが出ています。

が、最初に書いたように、どうも苦手意識があって手を出していませんでした。でも去年CD5枚で室内楽全集が登場したのですが、新しい録音であり演奏も最近人気のカプソン兄弟が中心になった物ということで購入してみました。しかも、なんと1600円くらいという驚異の低価格ですから、超お買い得です。

ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノ三重奏、ピアノ四重奏、ピアノ五重奏、弦楽四重奏という具合で、それぞれの曲数は多くはありませんが、一般的な室内楽の形式は網羅しています。

全体の印象は、やはりフランス物だなぁというかんじ。でも、まとめて聴いてみると、中には自分の耳にも馴染む物があることがわかりました。カプソン兄弟を中心とした演奏者もいけています。なんでも食わず嫌いはいけません。

2012年3月5日月曜日

Onslow Complete Trio / Trio Cascades


最近はピアノ多重奏にこっているのです。典型的には、最も多いのがピアノにヴァイオリンとチェロがくわわったトリオ。さらにヴァイオリンかヴィオラが1本追加されるとクァルテット。ピアノ+弦楽四重奏でクインテットですが、クインテットあたりから楽器編成のヴァリエーションが増えてきます。

あまり歴史的なことは調べていないのですが、室内楽というのはもともと大編成オーケストラの音楽を家庭で楽しむためにコンパクトに編曲したものがあります。そして、楽器そのものの習熟を目標とした単独楽器に伴奏楽器をひとつつけた形態も存在していて、どちらかというと現代では後者が室内楽の主流でしょうか。

コンパクト版室内楽はモーツァルトやベートーヴェンが多い。二人は超人気作曲家だったということでしょう。手軽に彼らの音楽を家でも楽しみたいというニーズがあったということ。逆にコンパクト版があったから、人気に拍車がかかったという面もあるに違いありません。

コンパクト版は、大きなオーケストラ版よりも音のエッセンスを取り出したようなところがあって、曲の構成をシンプルに理解することにも役に立ち、協奏曲ではソロ楽器の動きがより鮮明になるところが面白い。

一方単独楽器の演奏から派生したものは、楽器の技巧を競ったり、あるいは楽器の特性による美しさを前面に出す物が多くなります。これは、アンサンブルが大きくなるほどどうしても薄れていくわけで、楽器の数は少ないほど面白い。

デュオの場合は、ピアノはどちらかというと伴奏という立場であることが多く、そういう意味ではベートーヴェンは異例の存在。ベートーヴェンは独奏楽器とピアノがほぼ対等であるところがスリリング。

トリオは、各楽器の対等性アンサンブルとしては一般的な最小単位として機能していて、一度に出せる音が多いピアノがオーケストラを代弁している部分が多いことは多いのですが、他の楽器が強調してピアノの伴奏に回る部分が出てくるわけで、このあたりのバランスが楽しい。

さてさて、そんなピアノ三重奏をいろいろ探してみると、定番はだいたい決まっているわけです。録音をたくさん遺している人気のあるユニットが取り上げるのは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマンあたり。

独奏と違って、アンサンブルの制約からそれほどグルーブ間での違いで出にくいので、さすがに数種類聴くとあまりそれ以上集める気持ちにはなりません。そこで、マイナーなものをあさっていく作業に早くも突入しているわけです。

フランスのベートーヴェンと呼ばれているのがジョルジュ・オンスロウ。この作曲家は室内楽を精力的に作っていて、三重奏もかなりの数が遺されています。

マニアックな録音が多く、けっこうマニアには注目のCPOレーベルから全CD4枚で全集が出ていて、その全貌を聴くことができます。演奏しているTrio Cascadesというのは他の録音が見あたらないのでよくわかりませんが、堅実な演奏で可もなく不可もないという感じ。

音楽としては無難な流れで、さすがに定番として演奏はされないかと思います。でも、力の入っていない曲調は好感が持てますし、ゆっくりと休日を過ごすときに聴くにはちょうどいいかもしれません。

2012年3月4日日曜日

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書


先日、福島原発事故独立検証委員会というところが第三者機関として事故を独自に調査した結果をまとめた報告書が発表されました。

公的な国の長鎖報告は夏頃と言われていますが、こちらは来週の震災1年の節目に合わせた大変タイムリーな話です。しかも、メディアなどだけではなく書籍として3月11日に書店でも販売するということです。

これは、一般の事故報告書が一般人の目には触れにくいことを考えると、事態の大きさから考えても広く日本国民全体で、もう一度何が起こったのか、そして何が変わったのかを知り考えることは大変意味のあることだと思います。

このようなことは「オウム真理教事件」以来ですし、事の重大性では世界大戦以後の日本では最大の出来事だったのでないかと思います。自分もAmazonで思わず予約をしてしまいましたが、売り上げの一部は事故に対する今後の活動に使われるというのも納得です。

今日の一部のニュース番組でも内容について取り上げていましたが、詳しい中身は自分で読んで判断することが大切。ただ、官邸主導の対策の行き過ぎという点に触れていることに注目せざるを得ません。

その裏には、周りの本来主導すべきところがあまりに稚拙で、官邸も頼れなかったという事実があるようなのです。政治家が専門家ではないことは、我々も百も承知です。しかしその後には、当事者の東京電力をはじめ、原子力保安院のような専門家がついているはずでしたが、ほとんど役に立たなかったというのです。

未曾有の災害であり、だれも経験したことがない事故であることは間違いないのですが、事の重大性は「知らなかった」だけではすまされません。特に、最も大きな関与がある東京電力が検証委員会への証言を拒否したことについては、驚きを禁じ得ません。

もちろん、自分が直接この事故に対してできることはほとんど無いと言っていいでしょうが、日本人としてしっかりと記憶にとどめておくべき事だと思います。とにかく、来週手に入ったらじっくりと読んでみることにします。

2012年3月3日土曜日

ポップ・スター


モンキーズのデイビー・ジョーンズが亡くなったそうだ。まだ60才台で若いとは言えないけれど、今時のカンバック・ブームを考えれば、まだまだ活躍できたかもしれない。

モンキーズと言っても、40才台以下の人には、ほとんど馴染みがないでしょう。このブログで、かなり早い段階でモンキーズのことを書きました。自分にとっては、最初の洋楽のアーティスト。けっこう寂しさを感じるニュースでした。

ホイットニーが先月亡くなったというのは、突然だけにインパクトのあるニュースでしたが、実際それほど聴いていないので寂しさはあまりありません。人気を決定づけた「ボディガード」も見てませんし・・・

マイケルは「スリラー」の頃に聴きましたが、その前後はほとんど知りませんでした。ですから、ファンとは言えませんから、残念と思うだけ。フレディもクィーンを聴いていたのは、3作目くらいまでなので、亡くなった頃はほとんど知らなかった。

ジョージ・ハリスンはビートルズの中で一番好きだったので、とにかくガンでもう無理という話はけっこう辛かった。亡くなったときは、何かがひとつ消えたような気持ちになりました。

一方、ジョン・レノンの場合は、亡くなり方が衝撃的でしたから、とにかく驚いた。他にも、ツェッペリンのジョン・ボーナムやユーライア・ヒープのゲリー・セインなども衝撃的でしたね。

そうそう、ピンク・フロイドのケリー・ライトもガンでの闘病の末亡くなったわけで、やはり寂しい感じがしました。

結局、好き嫌いみたいなところが差になっているわけでしょうが、今のようにJPOPというようなものは皆無で、洋楽全盛時代に育った者としては、こういうニュースは自分の若い頃の楽しみの一つが消えていくような感じがしてしまうわけです。

2012年3月2日金曜日

卒業を待つ

今日は3月に入って最初の・・・大安でした。うんっ? だから何?

いや、きっと結婚式場は賑わっていたのかと。まぁ、そんなことはどうでもいいのですが、むしろ3月というのは、卒業式シーズンだったりするわけです。

考えてみると、まず幼稚園、そして小学校。中高は一貫校だったので、高校の時。そして大学と、自分の場合は計4回の卒業式を経験してきました。

幼稚園とか小学校の記憶はほとんどありません。まぁ、普通だったんだと思います。大学はあまり感慨はなくて、卒業よりも医師になることの緊張の方が大きかった。

一番記憶に残るのは高校の卒業式だと思います。自分の通っていた学校では、制服というのはなくて、いわゆる学ランが「標準服」という扱いでしたので、普段から私服で登校する者もけっこういました。

でも、卒業式ではけっこう「不良」だった連中もしっかり学生服で出てきたのです。記念撮影の時も、私服で来た奴も学ランを借りて、しっかりと「まじめ」に写っていました。

なんか、好き勝手に暴れてきた高校生が、こどもっぽさを捨て去りこれからは一個人として独立する自我を確立するイベントだったのかもしれません(文章堅すぎ)。

今年も多くの卒業生があちこちで、いろいろな期待と不安を持って式を待っていることでしょぅ。ひとつひとつステップをあがっていき、人として成熟していくためのターニング・ポイントですから、しっかりと祝ってあげたい気持ちです。

2012年3月1日木曜日

四季寿山 @ 伊勢崎長者町


今夜は、よく患者さんをお願いする近くの病院の整形外科の先生方と食事会でした。自分以外にも、近隣で開業している先生数人が加わって楽しく歓談しました。

とは言っても、実はみんな同じ大学の同門で、先輩・後輩の間柄。ところが、自分が一番年上であることに気がついて、やっぱり年をとったことを実感したわけです。

場所は、横浜。ちょっと遠い。大通り公園に面した割烹の店で寿山と書いて「すやま」と読みます。メインの食材は鰒。なんと、今シーズン2度目のごちそうにありつきました。

最初に出てきたのがこれ。なんと最初に鰒の握りが出てきたのにはちょっとびっくり。もう想像力の貧相な表現しかできなくて申し訳ないのですが、大変美味しかったです。