1980年頃、一般にコンピュータが普及を始めました。
日本では、NECが発売した家庭用PC-8000シリーズやより高度の処理ができるPC-9800シリーズが大きな役割を果たしました。比較的早期にEPSONがNEC互換機PC-286シリーズを発売したことも、普及に役立ったと思います。
この頃のPCはシングル・タスクです。データベースは「dBASE III」、表計算は「LOTUS1-2-3」、そしてワードプロセッサは「一太郎」というのが定番の三大ソフトウェアです。
PCの電源を入れただけでは何も起こりません。OSはMicrosoftのコマンドラインで動くMS-DOSで、プログラムの入ったフロッピーディスクをスロットに差し込んで、MS-DOSにコマンドを指定することでソフトウェアが立ち上がります。
当時はコンピュータ通信というのもあって、電話回線を通して別の場所にあるPCと一対一でつながるという仕組み(プロトコル)でした。親(サーバー)となるPCは複数の接続に対応しますが、子(クライアント)同志での通信はできませんでした。
主として研究所みたいところを中心とした、無数の個別のネットワークが世界中に独立して存在していたわけです。そうなると、それぞれの研究者の人たちは、お互いに情報交換をしたいと考えるのは当然の変化です。
その要望に応えるために別々のネットワークの間をつなぐ方法として考えられたのがインターネットというシステム。研究としては1960年代から始まっていましたが、実用化されたのは80年代なかば以降のことです。
1990年に発売されたMicrosoft Windows 3で、一般のPCでも同時に複数のソフトウェアが動くマルチタスクが実用レベルとなり、電話回線からインターネットを利用したサービスが簡単に使えるようになりました。さらに1995年に発売されたWindows 95で、インターネットはいっきに普及し始めたのです。
そう思うと、わずか30年ほどの間にインターネットは驚くべきスピードで我々の生活に浸透し、誰も想像できないような変革をもたらしてきました。あくまでも持ち運べる電話だった携帯電話は、スマートフォンになりインターネットの端末として機能するようになり、ほとんど一人一台で生活に必要な情報のほとんどを詰め込むようになりました。
コンピュータの進歩は、同時にハッキングの歴史と重なります。ハッキング(hacking)は、コンピュータやネットワークの解析・改良・改造・構築・開発などを行うことで、プログラム開発言語を中心として高度な知識を必要とします。別のコンピュータからデータを抜き取る行為は、クラッキング(cracking)と呼びます。
フロッピーディスクからプログラムを起動していた頃は、不正使用されないようにかかっていたコピーガードを外してしまうものがありました。インターネットが普及すると、当然他のPCに侵入して情報を抜き出すような行為が広まっていき、セキュリティを強化する側とハッキングする側のいたちごっこが続いていました。
ここにきてやはり問題とすべきはAIの登場です。AI、いわゆる人工知能もコンピュータの発達とともに登場していて、その原型はプログラム言語で使う「IF ・・・ THEN ・・・」というような構文だと思います。
つまり、ある一定の条件を満たす(TRUE)ならこうしろ、そうでないなら(FALSE)ならああしろという動作をさせるものですが、これを際限なく積み重ねていけばコンピュータがあたかも自分で判断して結果を出しているかのような挙動をします。
しかし、これらのスタートはプログラマーが設定したものであり、プログラマーの知識の範囲を超えるものではありません。しかし、現代のAIは違います。ネットの中にあふれている膨大な情報を瞬時に取り込んで、以前とはけた違いのスピードで自らの動きですら制御してしまいます。
AIを利用してハッキングしようと考えると、おそらく最初のちょっとしたきっかけさえ与えれば、AIはいくらでもシステムの脆弱な部分を見つけ出し、その内部深く入り込んでしまうようです。
攻める側と守る側が人間であれば、両者の進歩のスピードはそれほど変わるわけではありませんが、相手がAIともなると攻めるスピードは人間を圧倒的に凌駕してしまうわけで、現代のネットワーク環境資産をそのまま温存して対抗することはほとんど不可能かもしれません。
アメリカの某AI開発会社の重鎮が「このままではAIが人間を滅ぼしかねない。AI開発のスピード・ダウンが必要」と語ったことは、下手すると全人類が真剣に考えなければならないことなのかもしれません。利便性と危険性は、ほとんど同じものだとあらためて認識する必要があります。
