長いスランプからV字回復し、中年のオヤジになったボブ・ディランの快進撃はまだまだ続きます。とはいえ、生活の中心である「Never Ending Tour」は衰え知らずですが、ニュー・アルバム制作のスピードはダウン。
2002年は「The Bootleg Series Vol.5 The Rolling Thunder Revue」の発売だけにとどまりました。2004年は、「The Bootleg Series Vol.6 Live 1964」が発売され、ロック化する直前の「ハロウィン・ライブ」の完全版が陽の目をみました。また2005年には「The Bootleg Series Vol.7 No Direction Home」が同名テレビ・ドキュメンタリーのサウンドトラック、1962年の「Gaslight Live」、1963年の「Carnegie Hall Live」が登場しています。
積極的に過去の業績を整理整頓していた期間という見方もできますが、シリーズにはディラン自身の承認は必要でしょうが、実際はディランの事務所とコロムビア・レコード側のスタッフの仕事です。従来から海賊盤で聴かれていた音源ばかりですが、公式に発売されることでマニア以外の一般のファンも手に入れやすくなります。また、過去の再評価につながり、ディランの影響の大きさを再認識することになりました。
あれ? 2003年はどうしたの、ということですが、本当に性懲りもないディランは、またもや映画作りに手を出していました。音楽だけにしておけば良いものを、今度は脚本を書いて主演してしまいました。撮影は2002年夏に行われましたが、よくそんな時間があったものだと感心してしまいます。タイトルは「Masked and Anonymous」で直訳すれば「仮面の匿名者」ですが、邦題は「ボブ・ディランの頭のなか」というトホホなものに・・・
この映画用のディラン自身が歌う新曲はありませんが、新たに書き下ろされた「City of Gold」が使われています。また、ここだけのトラディショナルのカバー曲や既存曲のディランの新録音が数曲あったり、いろいろなアーティストがディランの曲をカバーした演奏も聴けるので、気になる方はサウンド・トラック盤をチェックしてください。
また、2004年には「Chronicles: Volume One」とタイトルされた「自伝」が発売されています。これもディランらしいものになっていて、時系列にはバラバラで一部の時期だけ詳しく書かれていて、個人史を俯瞰することはできませんが、貴重な証言として内容の濃いものになっています。なお、Volume Twoが出版されるかは未定です。
2006年になると、5年ぶりの新作アルバムの制作が始動します。今回もプロデューサーはJack Frost (ディランの別名)でセルフ・プロデュースを選択しています。また、バンドも前作同様にツアー・メンバーを起用しました。1月下旬からリハーサルを開始し、2月になるとスタジオに入りますが、曲のイメージがなかなか定まらず試行錯誤が繰り返され、収録には2月一杯が必要でした。
内容は前作よりもさらに古い音楽や詩にインスパイアされたものが中心となっていて、今となっては「古き良き時代」を思わせますが、その時点では「現代風 」だった、つまりレトロ・モダンな内容と言えそうです。
ミディアム・テンポの古いロックン・ロール「Thunder on the Mountain」でスタートし、「Spirit on the Water」で甘い感じのスウィングに身を委ねます。スライド・ギターのリフが効いている「Rollin' and Tumblin'」は古典的なシカゴ・ブルースのカバーで、「When the Deal Goes Down」もムーディなカントリー調のワルツ。「Someday Baby」は再びシカゴ・ブルースで、「Workingman's Blues #2」では労働者の尊厳を歌い上げます。
古いハワイアン調の「Beyond the Horizon」、ディラン流の極上のエレジーである「Nettie Moore」、メンフィス・ロックン・ロールの「The Levee's Gonna Break」と続きます。そしてアルバムの最後を飾る「Ain't Talkin'」は、荒廃した世界を歩き続ける巡礼者を描いた9分に及ぶダークなバラードです。
8月に発売されると、高く評価され、中にはディランの最高傑作とまで褒める評論家もいました。またビルボード誌で初登場1位を獲得し、21世紀のディランの存在感をさらに強めることになりました。
その一方で、クレジットは「All Songs Written by Bob Dylan」となっているものの、いずれの曲にも、古い詩からの引用、古い曲のコード進行の借用あるいはフレーズの模倣などが含まれていることが問題視されました。よく言えば「コラージュ」ですが、悪く言えば「盗作」または「替え歌」、今どきの言い方なら「パクリ」です。
メディア各社は、どこから引用したかを探すことと、それをもとに批判する記事を展開しました。それに対して、これらはオマージュであると擁護する記事もあり、ちょっとした論争が巻き起こりました。
この手の議論は、多くの事例がありますが、もともと地域に土着で発展したルーツ音楽は、他人の模倣をベースにしています。黒人のブルース、ゴスペル、白人のフォーク、カントリーなどは古いものから「盗む」ことが加わって新しいものに変わっていくのです。ブルース、ロックン・ロールのコード進行は基本的に同じで、歌のメロディもわずかな違いしかありません。
ディランは、歌手として世の中に登場して以来、このような引用は普通に行ってきたことで、自らも天性の「メロディ・メーカー」ではないことを認めています。後年、ジョニ・ミッチェルがディランを「盗作者」と批判したのも、これらの議論があってのことかもしれません。ただ、それを再解釈・再構築する才能はディランだけのものであり、多くのミュージシャンや文化人からは擁護する意見が多かったようです。
February, 2006 New York City
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