1964年リリースの「Another Side of Bob Dylan」は、ボブ・ディランがプロテスト・ソングを歌うフォーク・シンガーのイメージを打ち捨てたアルバムでした。
このアルバムには、2つの長尺の曲が収録されていて、一つは8分16秒の「Ballad in Plain D 」です。ニューヨークに出てきたばかりの頃の恋人、スーズ・ロトロとの別れの情景を歌ったもので、ディラン自身が書いたことを後悔しているという珍しい曲。
もう一つは、名曲とされる7分10秒の「Chimes of Freedom」で、自らのギター伴奏だけで歌われる歌詞の内容はかなり抽象的で難解なものになりました。
日没と真夜中の鐘の途切れる間に、雷鳴を避けて私たちは軒下に身を寄せた
稲妻が鐘のように影を打鳴らし、自由の鐘の音のようにだ
戦わない戦士たち、武器を持たない難民たち、そして闇にまぎれた兵士のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた
街が溶けるような熱気の中、迫って来る壁から顔を隠して
私たちは稲妻と結婚の鐘が混ざり合うところを見た
反逆者、放蕩者、不運な者、見捨てられた者、置き去りにされた者のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた
雹が激しく降り、空は詩情を打ち砕き、教会の鐘の音はかき消され
稲妻の鐘と雷鳴だけが残った
優しい者、親切な者、心を守り保護する者、そして信念を持った画家のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた
夕暮れの荒れた大聖堂は、雨によって物語られるようだ
想いを語る場すらない名も無き者や、いつも軽くあしらわれる者に鐘が響く
虐げられた者、夫を亡くした母、卑しめられた娼婦、惨めな犯罪者のために
自由の鐘が鳴り響くのを私たちは見つめていた
(意訳 : 亜沙郎)
嵐の夜に雷と雨を避けて、どこかの街の家の軒下を借りている時に、聞こえてくる雷鳴がさまざまな弱者に対する鐘の音のように聞こえ、それらの人々への連帯を表明している内容です。
シュールレアリスムの先駆者と言われる詩人ランボーの影響があると分析する批評家もいますが、確かに歌詞の内容は今までにないくらい意味がわかりにくい。そのまま日本語にしたら、まったく理解不能な文章になってしまいます。
鐘を英語でいう場合、教会の鐘のような大きなものは「bell」が使われることが多く、「chime」というと入口のドアについている小型のものとか、楽器として使われるようなものを指すように思います。もしかしたら、この歌の場合は「バリバリバリ」と連続的に鳴る雷の音はドアの呼び鈴を続けて鳴らす、あるいは楽器が共鳴するようなイメージかもしれません。
それでも、たぶんこういうことを言いたいのだろうと想像に任せて訳したのが上の文章です。英語ネイティブの人には、どこかピンと来るところがあるのか、意外にこの曲をカバーしているアーティストが多い。特に有名なのはThe Byrdsですが、その後ブルース・スプリングスティーンのものも評判になりました。
ディラン自身は、1964年前半はコンサートで必ず歌う重要レパートリーになっていましたが、その後長らく歌うことはありませんでした。ところが、1987年に20数年ぶりにグレイトフル・デッドとのツアーで取り上げてからは、時々ステージで披露されています。















