学校でも、社会に出ても、必ずヒトとヒトの関係には上下関係が付きもの。昔、福沢諭吉は「学問のす々め」の中で、「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云ヘリ」と書きましたが、現実社会ではそうはいきません。
実際のところ、上下関係があることである一定の秩序も生じてくるわけで、必ずしも悪いことではないと思います。もしも、すべてのヒトがまったくの並列状態では、決まるものも決まらず、成すべきことも成されないかもしれません。
大学でテニス部に入ったのですが、一つ上の学年の部員が大量にいて、自分たちの学年はいつでも「その次」という感じでした。整形外科に入局すると、またもや一つ上の学年が大量にいる。やっぱり、自分たちの学年は「その次」という扱い。
上級生が、先であることはある程度しょうがない。実際、もっと上の先生から理論的なことを教わるわけですが、今日必要な現実的なことをいろいろ教えてくれるのは一つ上の先輩だったりするわけです。
同級生は、お互いが仲間でありライバルであったりする。とは言え、そんなにシビアな関係ではなく、和気藹々としたものです。それなりに、苦労を共にした、「同じ釜の飯を食った」仲間であることは間違いありません。
下級生ともなると、今度はこっちが先輩になるわけで、しっかりとしないといけないのですが、なにしろ下っ端根性が染みついているので、さぞかし頼りなかったことでしょぅ。
この人より下級生でよかったというのはそうないことですが、 正直言ってなんでこっちが下級生なんだと思うことは時々あったりしました。それよりも、こいつより上級生でよかったということの方がよくあります。
とにかく、ヒトの上や下にヒトがいることは、ヒトが成長していく上である程度必要なんだろうな、と思います。
夏季臨時休診
夏季臨時休診のお知らせ
8月14日(金)~8月19日(水)臨時休診します。
2012年6月13日水曜日
うちには医者はいない
医者には、自分の家族や知人を積極的に診察するタイプとそうでないタイプがいるんですよね。
自ら診察するタイプは、自分の近いヒトだからこそ自分の力でなんとかしたいと思うわけで、それは一つの考え方として至極当然のことです。
一方、そうでないタイプの場合は・・・自分との距離が近いだけに、自分が冷静になれない場合を恐れたり、時にはお互いに甘えが出ることを良しとしないというような理由が考えられます。
自分の場合は・・・正直言って、どちらかと言えば後者のタイプ。なかなか、家族の診療は難しい。まぁ、いいかという気持ちになってしまうのはお互い様。
父が倒れたとき・・・脳梗塞でしたが、本人も医者だったので、自分の中で何が起こっているかはある程度は察しがついていたことと思います。こっちも、詳しい検査をしていなくても、だいたいは状況を想像できました。
ですから、本人が白旗を揚げるか、旗を揚げれない状況になるまでは、本人の意志に任せていました。結果としては、状況が急速に悪化したため、病院に有無を言わさず連れて行き入院させたのですが、状況は自分も、そして本人も想像していた以上に悪かったわけです。
この場合は、もちろんもともと自分の専門領域ではないので話が少し違いますが、もう少し早めに積極的なアプローチをしていれば違った結末だったかもしれませんね。
そこまで大きな話ではないにしても、しょっちゅう家族には「うちには医者はいないのかしら」とぼやかれてしまうわけです。それも、ちょっと情けない話ですけどね。少なくとも、うちの子が骨折したときは、しっかり治療しましたよ(キリッ!!)。
自ら診察するタイプは、自分の近いヒトだからこそ自分の力でなんとかしたいと思うわけで、それは一つの考え方として至極当然のことです。
一方、そうでないタイプの場合は・・・自分との距離が近いだけに、自分が冷静になれない場合を恐れたり、時にはお互いに甘えが出ることを良しとしないというような理由が考えられます。
自分の場合は・・・正直言って、どちらかと言えば後者のタイプ。なかなか、家族の診療は難しい。まぁ、いいかという気持ちになってしまうのはお互い様。
父が倒れたとき・・・脳梗塞でしたが、本人も医者だったので、自分の中で何が起こっているかはある程度は察しがついていたことと思います。こっちも、詳しい検査をしていなくても、だいたいは状況を想像できました。
ですから、本人が白旗を揚げるか、旗を揚げれない状況になるまでは、本人の意志に任せていました。結果としては、状況が急速に悪化したため、病院に有無を言わさず連れて行き入院させたのですが、状況は自分も、そして本人も想像していた以上に悪かったわけです。
この場合は、もちろんもともと自分の専門領域ではないので話が少し違いますが、もう少し早めに積極的なアプローチをしていれば違った結末だったかもしれませんね。
そこまで大きな話ではないにしても、しょっちゅう家族には「うちには医者はいないのかしら」とぼやかれてしまうわけです。それも、ちょっと情けない話ですけどね。少なくとも、うちの子が骨折したときは、しっかり治療しましたよ(キリッ!!)。
2012年6月12日火曜日
人類の幸福
外来診療をしていると、整形外科の場合は圧倒的に多い症状は腰の痛みと膝の痛みです。
これは、ヒトが二足歩行動物であることに関係がある。そして、もともと四つ足動物からの進化であることの、歴史的な根拠の一つともなっているんでしょうね。
本来も背骨は縦方向の加重に耐えられる構造ではないわけで、例えば愛犬を縦にしてだっこばかりしていると犬でもヘルニアになったりするわけです。
膝も上半身の体重を支えきるだけの余力がない。関節面の軟骨はどんどん摩耗して、現代人の生涯にわたって使用に耐えうることができません。
ヒトは二本脚になって、手を自由に使えるようになったことで文明を持ち、非力ながらも生物界を支配できるようになったわけですが、それが本当に幸せだったのか? ずいぶんと哲学的なことに思いをはせたりしても、まあ、結局か答えはみつかりません。
生物としての寿命が伸びたことも、本当に人類を幸せにしているのか。本来は5,60年程度の耐用年数しかないのに、衣食住の改善、医学の進歩によりどんどん寿命が伸びました。
時々医者としては、心の片隅にわずかながら疑問として思い出すことがあったりすることなんです。あんまり、難しいことを考えても、堂々巡りになるだけですし、突き詰めていくと自分の仕事を否定することになりかねない。
時には、大まじめにこんなことも思ったりしますが、実際表に出すと嫌みな奴になってしまいますね。
これは、ヒトが二足歩行動物であることに関係がある。そして、もともと四つ足動物からの進化であることの、歴史的な根拠の一つともなっているんでしょうね。
本来も背骨は縦方向の加重に耐えられる構造ではないわけで、例えば愛犬を縦にしてだっこばかりしていると犬でもヘルニアになったりするわけです。
膝も上半身の体重を支えきるだけの余力がない。関節面の軟骨はどんどん摩耗して、現代人の生涯にわたって使用に耐えうることができません。
ヒトは二本脚になって、手を自由に使えるようになったことで文明を持ち、非力ながらも生物界を支配できるようになったわけですが、それが本当に幸せだったのか? ずいぶんと哲学的なことに思いをはせたりしても、まあ、結局か答えはみつかりません。
生物としての寿命が伸びたことも、本当に人類を幸せにしているのか。本来は5,60年程度の耐用年数しかないのに、衣食住の改善、医学の進歩によりどんどん寿命が伸びました。
時々医者としては、心の片隅にわずかながら疑問として思い出すことがあったりすることなんです。あんまり、難しいことを考えても、堂々巡りになるだけですし、突き詰めていくと自分の仕事を否定することになりかねない。
時には、大まじめにこんなことも思ったりしますが、実際表に出すと嫌みな奴になってしまいますね。
2012年6月11日月曜日
2012年6月10日日曜日
2012年6月9日土曜日
梅雨入り & 夏休み
そうです。梅雨入りです。関東地方は、今年は6月9日。いよいよ、これから1ヶ月くらいは、汗っかきの人間にとっては過酷な季節。
梅雨入りしたかと思うと、いきなり梅雨寒の土曜日。まぁ、日本の四季を感じるための重要なイベントの一つだと思って、がまんするしかありません。
毎年、 梅雨が明けた頃にちょうど海の日という祝日がありますね。整形外科は、開業医といえども急患が少なくありませんので、なかなかまとめて休診にするというのがやりにくいものです。
そこで、8月のお盆の頃に4~5日、そして海の日に続けて休診にすることで、今までクリニックの夏休みとしていました。お盆のころは、患者さんもたいていクリニックは休診だと思っているので、あまり問題がありません。
ところが、7月に休むというのは、なかなか意表を突いているのか、いろいろとアナウンスはしてもなかなか周知徹底できないというのが現実です。あとから、患者さんから「来たのに休みだった」とお叱りを受けることが絶えないわけです。
そこで、今年は8月15日が週の真ん中にあって、そこから前を休むか、あるいは後を休むか、なかなか選択が難しいという理由で・・・開業以来、はじめて1週間丸々休診にすることにしました。
と、いうわけで、今年のクリニックの夏休み休診は8月13日(月)~8月18日(土)。7月には臨時休診はありません。日曜日はもともと休診日なので、12日から19日までの実質8日間という長期の休診となるわけです。
それはそれで、いろいろとご迷惑をおかけすることあるかと思いますが、機会があるごとにお知らせするようにしたいと思います。
そんなわけで、この開院以来の長い休みを楽しみに、これからのじめじめ・むしむしの季節をこなしていきたいと思うのでした。
梅雨入りしたかと思うと、いきなり梅雨寒の土曜日。まぁ、日本の四季を感じるための重要なイベントの一つだと思って、がまんするしかありません。
毎年、 梅雨が明けた頃にちょうど海の日という祝日がありますね。整形外科は、開業医といえども急患が少なくありませんので、なかなかまとめて休診にするというのがやりにくいものです。
そこで、8月のお盆の頃に4~5日、そして海の日に続けて休診にすることで、今までクリニックの夏休みとしていました。お盆のころは、患者さんもたいていクリニックは休診だと思っているので、あまり問題がありません。
ところが、7月に休むというのは、なかなか意表を突いているのか、いろいろとアナウンスはしてもなかなか周知徹底できないというのが現実です。あとから、患者さんから「来たのに休みだった」とお叱りを受けることが絶えないわけです。
そこで、今年は8月15日が週の真ん中にあって、そこから前を休むか、あるいは後を休むか、なかなか選択が難しいという理由で・・・開業以来、はじめて1週間丸々休診にすることにしました。
と、いうわけで、今年のクリニックの夏休み休診は8月13日(月)~8月18日(土)。7月には臨時休診はありません。日曜日はもともと休診日なので、12日から19日までの実質8日間という長期の休診となるわけです。
それはそれで、いろいろとご迷惑をおかけすることあるかと思いますが、機会があるごとにお知らせするようにしたいと思います。
そんなわけで、この開院以来の長い休みを楽しみに、これからのじめじめ・むしむしの季節をこなしていきたいと思うのでした。
2012年6月8日金曜日
ほそもも
どうも最近は、いろいろとヒットしたことばをやたらと使い回す傾向があるようで。例えば「神の・・・」なんて表現は、さすがにあきるほど使われました。医者で「神の手」なんてのは、ずいぶんと出てきましたが、そんなに神様がいるわけはない。
「美・・・」も、最近の流行なんでしょぅか。雑誌にもけっこう使われています。個々の、特に女性か美を意識することは悪いことではありません。
特に「美脚」という言葉はずいぶんと耳にするように思うのですが、どうも時代と共に美しさの基準は変化していくものです。どんな脚が美しいのかというのも昔と今ではだいぶ違っているようです。
最近の美脚は、細くて長ければいいようです。昭和のおじさんからすると、細くて長いだけだとダチョウの足みたいで、いかがなものかと思ってしまうわけですが、価値観の違いは簡単には埋めれません。
整形外科の医者としても、太ももがしっかりしていることは大変重要で、特に前面の大腿四頭筋は膝を支える意味で超重要です。四頭筋がしっかりしていれば、膝の老化も怖くない。
スポーツ選手のケガだって、大腿四頭筋がしっかりしていればかなりのものが防げたりするものです。老若男女にかかわらず、ぜひしっかりとした大腿部があるにこしたことはない。
どうか、しっかりとした太ももが美脚の基準になってもらいたいものです。細ももじゃ一生脚がもたないですよ。
「美・・・」も、最近の流行なんでしょぅか。雑誌にもけっこう使われています。個々の、特に女性か美を意識することは悪いことではありません。
特に「美脚」という言葉はずいぶんと耳にするように思うのですが、どうも時代と共に美しさの基準は変化していくものです。どんな脚が美しいのかというのも昔と今ではだいぶ違っているようです。
最近の美脚は、細くて長ければいいようです。昭和のおじさんからすると、細くて長いだけだとダチョウの足みたいで、いかがなものかと思ってしまうわけですが、価値観の違いは簡単には埋めれません。
整形外科の医者としても、太ももがしっかりしていることは大変重要で、特に前面の大腿四頭筋は膝を支える意味で超重要です。四頭筋がしっかりしていれば、膝の老化も怖くない。
スポーツ選手のケガだって、大腿四頭筋がしっかりしていればかなりのものが防げたりするものです。老若男女にかかわらず、ぜひしっかりとした大腿部があるにこしたことはない。
どうか、しっかりとした太ももが美脚の基準になってもらいたいものです。細ももじゃ一生脚がもたないですよ。
2012年6月7日木曜日
太陽のほくろ
昨日は、またもや世紀の天体ショー、金星が太陽の前を通るというので日本は大騒ぎ・・・でも、話題は夜のAKB48総選挙の方が大きかったようなきがしますが。
でもって、少なくとも関東地方は、台風が近づいていて、朝から雨模様でしたから、まったく見ることはできませんでした。ですから、この画像はまったくの合成。あしからず。
太陽の前を通る金星は、ちっぽけなもので、言ってみれば太陽のほくろみたいなもの。とは言え、めったに見ることはできないというからには、お手軽に見れるなら見たかったものです。
前回、日蝕メガネを役に立たせられなかった方にとっても、再度使うチャンスでしたが残念でした。次は105年後ですから、お若い方はもしかしたら次回に期待してください。
でもって、少なくとも関東地方は、台風が近づいていて、朝から雨模様でしたから、まったく見ることはできませんでした。ですから、この画像はまったくの合成。あしからず。
太陽の前を通る金星は、ちっぽけなもので、言ってみれば太陽のほくろみたいなもの。とは言え、めったに見ることはできないというからには、お手軽に見れるなら見たかったものです。
前回、日蝕メガネを役に立たせられなかった方にとっても、再度使うチャンスでしたが残念でした。次は105年後ですから、お若い方はもしかしたら次回に期待してください。
2012年6月6日水曜日
一般名処方加算
4月から医療の値段が改定されているんですが、一般名処方加算というのが新しく登場したのご存じですか。とりあえず、なんとも医療の現場や薬局が大混乱した元凶なんですけどね。
例えば、市販薬にもなったので知られている、痛み止めのロキソニンという薬があります。このロキソニンというのは商品名です。一般名は薬の有効成分に対する名前で、ロキソニンの場合はロキソプロフェンと呼んでいます。
処方箋を出すときに、今まではロキソニンという名称を使っていたのですが、ロキソプロフェンと記載すると医療機関は20円(3割負担のかたで7円)よけいに貰えるようになりました。医療機関としては収入が増えるから、一見いいように思えますが、これがかなりめんどくさい。
よく使う薬はいいのですが、めったに処方しないような薬の場合、「これなんだっけ?」という状況になり、薬の本などで再確認しないといけません。まぁ、そのくらいでへこたれてはいられませんが・・・
ところが、同じ痛み止めでセレコックスという薬をセレコキシブという一般名で処方箋を出した場合には、なんと加算がとれません。どういうこと? それはね、セレコックスにはジェネリック薬がないからだよ。
つまり、この一般名加算は一般名で処方することにより、よりジェネリック薬を使用しやすくするためのものだということなんです。厚労省はこのところ、より安いジェネリック薬の普及にやっきになっているわけで、この加算もその一環ということです。
医療費を抑制するということからは、ジェネリック薬を利用することは多少は意味のあることだと考えられています。ただ、今回の一般名処方加算という名目ならどんな薬に対しても加算がとれないとおかしい。それならジェネリック処方加算とするべきです。
裏を返せば、厚労省はジェネリックのない新薬は使うなということです。製薬会社は新薬は使って貰えない上に、薬の「特許」が切れてジェネリックが出だすと古い薬も使って貰えないということになります。
少なくとも自分は、リウマチ薬についてはジェネリック薬は使用していません。処方箋にも変更不可としています。これは、ジェネリック薬に対してまだまだ信用ができない点があることと、ジェネリックばかりになると新薬の開発がにぶってしまうことを心配するからです。
厚労省は医者にジェネリックを処方させたいのであれば、ジェネリック薬の製薬会社にもいろいろな薬の情報の発信や、副作用などの調査を義務づけるべきです。ジェネリック薬が安価なのは、開発費がかかっていないことと、発売後のきちんとしたアフターケアがないからだということも一般に知って貰うべきでしょう。
大多数のジェネリック薬には大きな問題はないかもしれませんが、もっと根本的な医療保険の仕組みを考え直さないと医療費の問題の解決にはほど遠いのではないかと思います。
例えば、市販薬にもなったので知られている、痛み止めのロキソニンという薬があります。このロキソニンというのは商品名です。一般名は薬の有効成分に対する名前で、ロキソニンの場合はロキソプロフェンと呼んでいます。
処方箋を出すときに、今まではロキソニンという名称を使っていたのですが、ロキソプロフェンと記載すると医療機関は20円(3割負担のかたで7円)よけいに貰えるようになりました。医療機関としては収入が増えるから、一見いいように思えますが、これがかなりめんどくさい。
よく使う薬はいいのですが、めったに処方しないような薬の場合、「これなんだっけ?」という状況になり、薬の本などで再確認しないといけません。まぁ、そのくらいでへこたれてはいられませんが・・・
ところが、同じ痛み止めでセレコックスという薬をセレコキシブという一般名で処方箋を出した場合には、なんと加算がとれません。どういうこと? それはね、セレコックスにはジェネリック薬がないからだよ。
つまり、この一般名加算は一般名で処方することにより、よりジェネリック薬を使用しやすくするためのものだということなんです。厚労省はこのところ、より安いジェネリック薬の普及にやっきになっているわけで、この加算もその一環ということです。
医療費を抑制するということからは、ジェネリック薬を利用することは多少は意味のあることだと考えられています。ただ、今回の一般名処方加算という名目ならどんな薬に対しても加算がとれないとおかしい。それならジェネリック処方加算とするべきです。
裏を返せば、厚労省はジェネリックのない新薬は使うなということです。製薬会社は新薬は使って貰えない上に、薬の「特許」が切れてジェネリックが出だすと古い薬も使って貰えないということになります。
少なくとも自分は、リウマチ薬についてはジェネリック薬は使用していません。処方箋にも変更不可としています。これは、ジェネリック薬に対してまだまだ信用ができない点があることと、ジェネリックばかりになると新薬の開発がにぶってしまうことを心配するからです。
厚労省は医者にジェネリックを処方させたいのであれば、ジェネリック薬の製薬会社にもいろいろな薬の情報の発信や、副作用などの調査を義務づけるべきです。ジェネリック薬が安価なのは、開発費がかかっていないことと、発売後のきちんとしたアフターケアがないからだということも一般に知って貰うべきでしょう。
大多数のジェネリック薬には大きな問題はないかもしれませんが、もっと根本的な医療保険の仕組みを考え直さないと医療費の問題の解決にはほど遠いのではないかと思います。
2012年6月5日火曜日
John Coltrane & Miles Davis / Complete Recordings
しつこくお届けしたジャズの巨人、テナーサックス、ソプラノサックス奏者ジョン・コルトレーンの再認識シリーズはこれが最終回。勝手に分けた時代ごとの、自分の中の代表作をおすすめしてきました。
ジャズの世界では、他人名義のアルバムに顔を出すというのはよくあることで、コルトレーンもPrestige時代は親分マイルスの仕事の合間をかいくぐって、膨大なセッションに参加していたりするわけです。
その後も、ドン・チェリーとの共演盤などは実質的には名義貸しみたいなもの。アーチー・シェップとの共同名義盤は、シェップを売り出すためにちょっとだけ顔をだしただけというのもあったりします。人気のVillage Vanguardでのライブ盤は共演のエリック・ドルフィのソロは大幅にカットされていて、完全版ではむしろドルフィのライブと言ってもいいようなところが少なくない。
しかし、コルトレーンの側から見て最大のサイドマンとしての仕事は、マイルス・デイビスのバンドであることは間違いありません。Prestigeからは5枚、Columbiaからも7枚のアルバムが出ています。
Prestigeは、マラソン・セッションと呼ばれているものが有名で、日頃ライブハウスでやり倒していたレパートリーを一気にスタジオで収録。どれをとっても、一定水準以上のできばえですが、演奏の濃密度ということではColumbiaでの吹込みにはかなわない。
ここでは、聴かせるテナーマンへと変貌するコルトレーンの姿が捉えられている。録音順とかアルバムごととかでいろいろな形のボックスセットが廉価にでていますから、このあたりをまとめて聴くのは今でも簡単。50年代後半のニユーヨークのライブハウスの雰囲気を、お手軽に日本のお茶の間にお届けします。
マイルスの意気込みも違っていたし、コルトレーンのすごさが伝わってくるのは、やはりColumbia盤。特に、キャノンボール・アダレイを迎えたセクステットになって、バンド内にファンキーなライバルが登場して、コルトレーンも燃えないわけにはいかないでしょう。
''Milestones''、''1958 Miles''、そして全ジャズアルバムの最高傑作と呼ばれる''A Kind of Blue''の3枚はどれをとっても、自信にあふれたコルトレーンを聴くことができます。もっとも、この期間の中でコルトレーンはマイルスのもとから独立していくわけですから、もう自身のスタイルを確立し親分には負けないという気持ちがどんどん出ているわけでしょう。
マイルスの側から見ると、こんなボックスはいらないといういまいち評判の悪いセットがColumbiaから出た、マイルスとコルトレーンの共演完全セット。でも、コルトレーンの側から考えれば、こんなに便利なセットはない。よけいな部分は省いて、マイルス vs コルトレーンの戦いとその成長を一気に確認できます。ただし、よけいな別テイクとか多すぎなので、多少セレクトして聴いた方がいいようです。
自分にとってのコルトレーン再認識はだいたい以上でおしまい。結果としては・・・やはり、以前から感じていたこととそれほど違いはありませんでした。本当のコルトレーンのファンではないかもしれませんので、怒られてしまう結果かもしれないのですが、大多数の音楽ファン向けの評価としてはそれほど間違いはないでしょう。
2012年6月4日月曜日
John Coltrane / A Love Supreme
コルトレーンは、マイルス・デイビスによってジャズ・シーンの中央に引っ張り出され、セロニアス・モンクによって味付けされたところまでを修行時代(~1958)とするなら、Atlantic時代(1959~1960)は、自己世界を表現し始め若くて怖いもの無しで爆走していたというところでしょか。
1961年にImpulseに移籍すると、ついにマッコイ・タイナー(p)、ジミー・ギャリソン(b)、エルビン・ジョーンズ(d)との完全無敵なクァルテットが完成し、ついに円熟期を迎えることになります。しかし、あまりに時代の流れから突出したフォーマット故に、一作ごとに賛否両論が巻き起こっていました。
そして、黄金のクァルテットは、''A Love Supreme(至上の愛)''でついに頂点に達するのです。アルバム全体で、4つのパートに分けられた、コルトレーンの神に捧げる慈愛の組曲というところでしょうか。超まじめ人間だったコルトレーンは、しだいに精神世界への傾倒を表に出し始めました。
だからと言って、''A Love Supreme''は、それほど難しい音楽ではありません。比較的、ジャズの形式を残していて、難しいことを考えなくても単純に楽しむ事は十分に可能だと思います。世の中で、様々な讃辞が送られていることは間違いなく、コルトレーンの1枚だけ選ぶならこれでしょう。
この後、コルトレーンの音楽は、自分からすると「昏迷していく」あるいは「迷走していく」ことになります。いわゆるフリー・ジャズというと、言葉が安っぽいかもしれませんが、自由を求めるあまりに、音楽として基本的な枠組みを可能な限り取り外す・・・というと聞こえはいい。
ひとつ間違えば、それはただの「無茶苦茶」であり「でたらめ」でしかありません。もう一人の横綱であるとオーネット・コールマンとともに、そういう自由な音楽の世界へ突き進んでいくコルトレーン。ですから、自分としてはあえてこの時期を崩壊期と呼びたい。
あらためて、その頃のアルバムを聞き直してみても、評論家が言うような音楽の「美しさ」は感じることはできませんでした。代表曲の''My Favorite Things''のVillage Vanguardでの再録は、かえってテーマのメロディが登場してくる合理性はなく、ひたすらサックスで吠え続けている姿しか感じられません。
コルトレーンは崩壊していく中で、ガンのために40才で亡くなりました。もしも、寿命があったのなら、このあとに必ず回復期がきたはずです。ですから、自分としては1966年のコルトレーンが亡くなったことよりも、80年代、あるいは90年代のコルトレーンが聴けなくなったことが惜しまれる。
それにしても、稀代の名盤である「至上の愛」ですが、途中のコルトレーン自身による読経のようなタイトル連呼だけは・・・う~ん、??? なのでした。
2012年6月3日日曜日
John Coltrane / Giant Steps
コルトレーンが巨人の域を超えて伝説にまで昇華して背景には、わすが40才で亡くなったということが大きい。彼を越えようとがんばってみても、永久に決着がつけられなくなったジャズ界の喪失ははかりしれないものがあったはず。
もしもコルトレーンが生きていたら・・・ああしただろう、こうしただろう、これはこうなっていたに違いない、などなどの想像がさらにコルトレーンを神格化している部分は否定できない。
コルトレーンは、基本的に努力の人であったことは間違いない。休むことを知らず、とにかく絶えずいろいろなものを吸収し、そこから新しい何かを少しずつ発散していく。活躍した期間が短い(世に知られるようになって10年ちょっと)ので、その変化は急激な印象を持つが、最後までジャズという音楽の中に止まった。
マイルス・デイビスは、自分のやりたいことをやり尽くすとガラリとスタイルを大きく変え、マイルスという音楽ジャンルを確立したが、コルトレーンより長きにわたって君臨した帝王なので、そのことをもってコルトレーンの方が格下とするのは可哀想かもしれない。
マイルスのもとを離れ、自分の真の音楽を創造し始めたのは、1959年にAtlanticと契約してから。当然、「私のお気に入り」という何ともこどもっぽい邦題のついた''My Favorite Things''が一番有名なアルバムということになっている。
これは、マイルスからプレゼントされたソプラノサックスを初めてアルバム録音で使用したということもあるし、その後も何度も重要なレパートリーとして演奏をし続けたことも関係している。でも、移籍第一弾となった''Giant Steps''の重要性の方が大きいし、自分もアルバムとしてはより聴くことが多い。
全曲を自分で書き下ろしたことからも、そうとう気合いが入っていたことは容易にうかがえる。しかも、残されている別テイク集から、日を変えメンバーを変え、何度もテイクを重ねていて当時のジャズとしてはかなりの練り込みようであることがわかる。
この後、亡くなるまで続いていく真のコルトレーンサウンドのスタートはここから始まると言っても過言ではない。ところが流れ出す音楽は、そんな苦労を微塵も感じさせない。軽快に吹きまくるコルトレーンのテナーが心地よい。
2012年6月2日土曜日
John Coltrane / Blue Train
自分にとってジャズという音楽は、マイルス・デイビス一人がいれば事足りるということは、何度がこのブログでも書いてきました。実際、マイルス抜きではジャズは成立しないわけで、死後20年以上たちますが、いまだにマイルスの存在は無視できない。
マイルスが世に送り出した演奏家は数あれど、マイルス並に後進への影響力を誇れるのはジョン・コルトレーンしかいないでしょう。どんな批評でも、ジャズの巨人というと必ず選ばれているわけで、時にはマイルスさえも嫉妬していたのかもしれません。
ちょっと前に''Selflessness''というアルバムを取り上げたのですが、実は今まで、それほど真剣にコルトレーンを聴き込んだことはあまりないのです。基本的には、マイルスのもとでの演奏は知っていても、その後のコルトレーンについては、一部のごく有名なアルバムしかしりません。
特に晩年、かなりフリーな展開をするようになってからは、もううるさいだけという先入観から手を出していないというのが本当のところです。そこで、少しがんばってコルトレーンをおさらいしてみることにしました。
最初のリーダー作はPrestigeから登場し、サイドマンとしての録音を含めると膨大な量の音源がPrestigeには残されている。そのあとAtlanticと契約して、いよいよコルトレーンらしさが完成していくわけです。
Prestigeとの契約中に何故か、ジャズの名門Blue Noteに唯一のリーダー作として吹き込まれたのが''Blue Train''というアルバム。自分が、CD時代になって最初に購入したコルトレーンがこれ。レコード時代には持っていなかった。
3管編成で、比較的作り込まれたサウンドはファンキーそのもので、実験的な試行錯誤の多いコルトレーンとしては、珍しいノリノリの音楽の展開が楽しい。Prestigeではスタンダードばかりでしたが、こちらではオリジナルをたくさん周到に用意して相当力を入れた感があるんですよね。
その反面、当時の親分マイルスいぬまにコルトレーンとリズム隊がリラックスして羽を伸ばしまくったのか、がちがちに硬くなっていないところが、聴いていて気持ちが良い。
Blue Noteらしさと言えばそれまでですが、まさにジャズってものはこういうものだ!! と言わんばかりの音楽で、初期のコルトレーンの中では必殺・必聴の名盤だと思うわけです。
2012年6月1日金曜日
水無月初日
今日から6月。季節の分かれ目、春から夏への分岐点。
春というと3月始まりの5月終わり。夏は6月始まりの8月まで。9月からは秋で、12月から年をまたいで2月までが冬。・・・と思っているんですけどね。
まぁ、1年を分けるなら、1月から3ヶ月ごとで季節を分けた方がわかりやすいですよね。でも、よく考えてみると、新暦と旧暦ってものがある。今の暦の方が、1ヶ月遅くなっているわけですから、例えばお盆なら8月15日。でも旧盆なら、今の暦で7月15日ということになってますよね。
ですから、もともとはちゃんと1月はじまりで季節がわかれていたわけですね。そのほうがわかりやすい。なんで、暦がずれたんですかね。一応、歴史をひもとくと明治5年のようですけど、まぁ難しいことはともかく、日本が西洋に迎合したと言うことです。
とにかく、6月ともなれば梅雨目前。今日も、なんとなく湿気が多いように感じたのは、気のせいでしょうか。実際、午後は雨も降りましたし、これからしばらくは患者さんも大変です。
自分としても、汗っかきなので暑いのは苦手。去年に続き、節電も考えないといけないので、夏が近づいてくるこの時期はなかなか好きになれない。
あ~、早く飽きにならないかなぁ。早くもそんなことを考えているわけです。
春というと3月始まりの5月終わり。夏は6月始まりの8月まで。9月からは秋で、12月から年をまたいで2月までが冬。・・・と思っているんですけどね。
まぁ、1年を分けるなら、1月から3ヶ月ごとで季節を分けた方がわかりやすいですよね。でも、よく考えてみると、新暦と旧暦ってものがある。今の暦の方が、1ヶ月遅くなっているわけですから、例えばお盆なら8月15日。でも旧盆なら、今の暦で7月15日ということになってますよね。
ですから、もともとはちゃんと1月はじまりで季節がわかれていたわけですね。そのほうがわかりやすい。なんで、暦がずれたんですかね。一応、歴史をひもとくと明治5年のようですけど、まぁ難しいことはともかく、日本が西洋に迎合したと言うことです。
とにかく、6月ともなれば梅雨目前。今日も、なんとなく湿気が多いように感じたのは、気のせいでしょうか。実際、午後は雨も降りましたし、これからしばらくは患者さんも大変です。
自分としても、汗っかきなので暑いのは苦手。去年に続き、節電も考えないといけないので、夏が近づいてくるこの時期はなかなか好きになれない。
あ~、早く飽きにならないかなぁ。早くもそんなことを考えているわけです。
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