ボブ・ディランがユダヤ教から改宗したキリスト教は福音派と呼ばれるプロテスタントの一派ですが、自分たちの信仰を唯一絶対の真理とし強力な布教活動を行うようです。1978年の終わりから福音派教会に通い始めたディランは、まさにその教えに従ってライブでも過激な説教を行うようになりました。
しかし、ユダヤ人家庭に生まれ育った自分のルーツ、信仰を前面に出した活動が社会的に受け入れられない現実、そして排他的な福音派の考え方にも疑問を抱くようになっていきます。
そんな中で1982年は、ディランにとっては静かな充電期間として、目立った活動はほとんどありませんでした。唯一、公の場に登場したのは6月の「Peace Sunday Rally」という反核イベントで、ジョーン・バエズのステージにゲストとしてサプライズ登場し、3曲をデュエットしています。
再始動するのは1983年になってからで、4月からニュー・アルバムに向けてリハーサル、およびレコーディングを行いました。即興性を重視する傾向が強かったディランとしては異例なことに、今回は最初から1か月間の予定を立てて、緻密に作り込むことを考えていました。
「Slow Train Coming」で共演したマーク・ノップラーを再び呼び寄せ、ギター演奏だけでなくプロデュースも依頼しました。さらに元ローリング・ストーンズのギタリスト、ミック・テイラー、ジャマイカの人気レゲエ・ユニットであるスライ&ロビー(スライ・ダンバー、ロビー・シェイクスピア)も参加し、キーボードにはダイアー・ストレイツのアラン・クラークが加わっています。
冒頭の「Jokerman」で、いきなり権力者たちを道化師に例えて風刺したのは、まさにディランの面目躍如というところ。スライ&ロビーが加わったマイルドなレゲエ調が新鮮で、内容の雰囲気を伝えやすくしています。2曲目はシングル・カットもされたラブ・ソング。3曲目は一転して、かわいらしいタイトル(近所のいじめっ子)ですが、イスラエルを支持する内容でユダヤ教に戻ったことが明らかになります。
スパイ映画のような「殺しのライセンス」は、人類が自ら破滅に向かうことへの警告。その後も、一部キリスト教からヒントを得た部分もありながら、社会の構図、人間関係などを昔ながらの難解な歌詞の中に詰め込み、ラストで再び「今夜は自分を見捨てないでくれ」とラブソングで締めくくっています。
全体的に都会的センスの光るギターと、鋭く切れ込んでくるテイラーのギターのバランスが絶妙で、アルバム全体のハード・ロック感を牽引しています。ボーカルはややエコーがかかりすぎのような印象ですが、少なくとも以前のようなディランの元気な歌声は嬉しくなります。
9月になって、ディランは長男を連れてイスラエルを訪問しています。これは13歳になった長男の成人式(バー・ミツヴァ)を行うためで、自身も嘆きの壁で祈りを捧げていました。完全にキリスト教から脱却し、ユダヤ教に戻ったことが公に示された形になりました。
アルバムは11月に、ディランにとって初めてレコード盤とCDの両方が発売されました。技術的な革新や、世相の変遷は好むと好まざるに関わらずディランのような人物でも少なからず変化を余儀なくされるのでした。
「The Bootleg Series Vol.16 Springtime in New York」には、今回のアルバムのレコーディング・セッションのアウトテイクがCD2枚分含まれていて、なんでアルバムから外れたのか不思議なくらい良い演奏が含まれています。これはディランにはよくあることで、聞く人泣かせな部分です。ところが、海賊盤でもこのアルバムのセッションが出回っていて、こちらは何とCD6枚で、セッションの全貌がわかるから驚きです。もちろん、同じ曲のテイク違いはたくさんありますが、「The Bootleg Series」からもれたものもあり、やはり公式の力不足は否定できません。
Jokerman
Sweetheart Like You
Neighborhood Bully
License to Kill
Man of Peace
Union Sundown*
I and I
Don't Fall Apart on Me Tonight
Bob Dylan (vo, g, harmonica, key)
Alan Clark (key), Sly Dunbar (ds), Robbie Shakespeare (b)
Mark Knopfler (g), Mick Taylor (g), Benmont Tench (key)
*Clydie King (vo)
April ~ May, 1983, NYC
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April ~ May, 1983, NYC
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