自分の曲すらどのように歌えばいいのかわからなくなったボブ・ディランのスランプはかなり深刻で、後にこの時は本気で引退を考えたと自ら語るほどでした。そんな1986年の夏、トム・ペティとのツアーを続けていたディランの楽屋に、ジェリー・ガルシアらグレイトフル・デッドのメンバーが訪ねて来ました。
グレイトフル・デッドは、1967年のデヴュー以来、ルーツ志向のブルース、カントリー、フォーク、さらにはサイケデリックなどすべての要素を詰め込み、ライブでは即興性を重視した変幻自在のステージで人気を博していたバンドです。彼らは当初からディランを深く敬愛していて、ディランの曲もいくつもカバーしていました。楽屋で少しギターを鳴らして合わせてみると、ガルシアから一緒にツアーをしたいと申し出を受けます。
定型化したバンド・サウンドや決まりきったセットリストに限界を感じていたディランは、グレイトフル・デッドのその場の感覚で楽曲を自在に変化させる即興性の高さが、自分の楽曲を再生させることになるかもしれないと考え彼らの誘いに乗ることにしたのです。1987年の春にリハーサルが行われ、はじめは自信を失っていたディランも、驚くほど新旧の自分の楽曲を理解してサポートする彼らに支えられて少しずつ前向きになっていけたのです。
ツアーは7月4日フィラデルフィアからスタートし、アメリカ大陸を南西に横断して7月26日カリフォルニアで終了したもので、全6公演という短いものでしたが、ディランはこのツアーを通じて演奏の感覚を少し思い出したようです。特に彼らの自由で高い即興性のある演奏は大きな刺激になったことは間違いなく、一方のガルシアもディランとの演奏はスリルがあって手応えを感じたようです。
グレイトフル・デッドは自分たちのライブをすべてマルチトラックで録音していて、このツアーの音源も膨大なテープの中に埋もれていました。1988年になってコロムビア・レコードがこのジョイント・コンサートをアルバムとして残したいと申し出たことで、グレイトフル・デッド側が、ディランの意見を聞きながらベスト・テイクを選択する形で1年半後の1989年1月に発売されました。
アルバムには、「Highway 61 Revisited」から「Slow Train」までの新旧取り混ぜた比較的知られている7曲が、いろいろな場所での収録からピックアップされました。1曲目は「Slow Train」で、女性に代わってグレイトフル・デッドのコーラスによってゴスペル感は薄まりましたが、快調な滑り出しという感じがします。懐メロの域にある「I Want You」もけっして悪い演奏ではありません。
ただ、聞き進んでいくと、グレイトフル・デッドがディランのバックに徹しているせいなのか、この組み合わせで一番面白くなりそうな即興的な「荒れた演奏」がほとんどなく、とても聞きやすい演奏に終始するのです。ディランやグレイトフル・デッドのことも知らない人が、初めて聞くにはいいかもしれませんが、それぞれのファンからすると行儀が良過ぎて肩透かしを食らったような印象は避けられません。
これは、グレイトフル・デッド側が、自分たちのファン向けではなく、あくまでもディランのファン達を考えて聞きやすいものを中心にセレクトした結果ということなのかもしれません。発売後の評判は、メリハリがない退屈なアルバムという意見があり、全般的に低評価になっています。結局、この組み合わせの真価を知るには、またもや海賊盤の世話にならないといけないという残念な結果になってしまいました。
グレイトフル・デッドとのツアーが終わると、9月から再びトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズとの中東・ヨーロッパツアーが行われました。約6週間で30公演を行ったのですが、特に10月5日のスイス・ロカルノでの公演で注目のエピソードが起こりました。ディランの言葉を借りると、「手足に電流が走り、ステージ上で新しい歌い方を会得した」というのです。何か新しい音楽へのアプローチの仕方を閃いたということだと思いますが、少なくともスランプ脱出の鍵を見つけたことは間違いないようです。
Slow Train
I Want You
Gotta Serve Somebody
Queen Jane Approximately
Joey
All Along the Watchtower
Knockin' on Heaven's Door
Bob Dylan (vo, g)
Jerry Garcia (g, vo), Mickey Hart (ds), Bill Kreutzmann (ds)
Phil Lesh (b), Brent Mydland (key), Bob Weir (g, vo)
July 4 ~ 26, 1987, Anaheim, Oakland, Sullivan, Autzen
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