1988年6月から始まったボブ・ディランの原点回帰のツアー、俗に言う「Never Ending Tour」は、ディランが自分の歌手としての可能性をもう一度取り戻すための物でした。ディランを支えるシンプルな3ピース・バンドが迎えた最初の試練が、1989年6月にベーシストのケニー・アーロンソンが病気によりヨーロッパ・ツアー中に急に降板したことでした。しかし、ここでディランは自身にとって最高のベーシストと出会うことになります。
緊急の人材探しで、サックス・プレイヤーのトム・スコットの推薦、バンド・リーダーのG.E.スミスの賛同により、トニー・ガルニエに急遽代役が決定しました。ガルニエはほとんどリハーサル無しでディランに見事に対応してみせたことで、そのまま正式にバンドに定着したのです。
次の試練は1990年10月のG.E.スミスの脱退です。スミスはディランのツアー中も、生放送のテレビ番組「Saturday Night Live」のハウスバンドの音楽監督を続けていたのですが、ツアー・スケジュールが過密になるにつれて肉体的・精神的疲労がピークとなったのです。スミスが抜けた後は、ガルニエが実質的なバンド・リーダーとなりました。ガルニエは現在に至るまで、実に35年以上の間、4000公演を超えるステージでディランとバンドの橋渡しを続けています。
1989年9月に発売された「Oh Mercy」が高い評価を得たディランは、年が明けて1990年1月4日にスタジオ入りして、まとめて4曲のレコーディングを行いました。1月半ばから1か月間はツアー・スケジュールが詰まっていて、5月末からのツアーの合間をぬって、3月から5月前半にアルバムに収録する残りの曲の録音とオーバー・ダビングが行われました。
さらに、もう一つのディランにとって大事なセッションが同時進行していました。それがTraveling Wilburysの2枚目のアルバムです。1988年のデヴュー・アルバムが大好評でしたが、メンバーの一人、ロイ・オービソンの急死により活動がストップしていたのですが、残りの4人での再開です。ウィルベリーの異母兄弟は一新され、スパイク(ジョージ・ハリスン)、クレイトン(ジェフ・リン)、マディ(トム・ペティ)、ブー(ボブ・ディラン)という新たな4人で、バスター・ウィルベリー(ジム・ケルトナー)だけはひきつづき参加となりました。
アルバムは10月に「Traveling Wilburys Vol.3」というタイトルで発売され、前作ほどではないにしても、そこそこ良い評判となっています。「Vol.2」抜きでいきなり「Vol.3」となっているのは、海賊盤が出てしまったのでそれをVol.2としたというハリスンのジョークがまことしやかに伝わっています。
そんな多忙な中で、ディランは自分のアルバムに対しては明らかに集中力を欠いていたことを認めていて、前作のようなトータルな雰囲気からは程遠いバラバラの曲の寄せ集めとなり、9月に発売されると多くのファンや批評家の期待を裏切る結果になってしまいました。
もう一つの評価が低い理由は、その内容です。タイトルには「不吉な予兆」を感じさせるところがある一方で、当時4歳になったディランの娘に読み聞かせるためのおとぎ話のようなファンタジー仕立て、「赤い空の下に住む男の子と女の子」のストーリーになっていることにあります。
アップテンポの1曲目は「蛇のようにくねくねと動け」と、いきなり童謡的。Guns N' Rosesのスラッシュのかっこいいギター・ソロが始まったと思ったら、唐突にフェイドアウトしてあっという間に終わってしまいます。アルバム・タイトル曲では、ハリスンのギターが光りますが、最後は「空が落ちてくる」という怖い終わり方。
「Unbelievable」は社会批判のロックンロールで、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターがフィーチャーされました。「Born in Time」と「God Knows (神のみぞ知る)」は前作で未収録となった曲のアレンジを変えての再録音。「2×2」は、1×1から始まって2、3、4・・・と数え歌のような構成で、エルトン・ジョンがピアノを担当しました。アル・クーパーがオルガンで登場する「Handy Dandy」は、まるで往年の名曲のパロディみたいに聞こえます。
Wiggle Wiggle
Under the Red Sky
Unbelievable
Born in Time
T.V. Talkin' Song
10,000 Men
2 × 2
God Knows
Handy Dandy
Cat's in the Well
Bob Dylan (vo, g, pf, accordion, harmonica)
Kenny Aronoff (ds), Don Was (b), Randy Jackson (b)
Sweet Pea Atkinson, Sir Harry Bowens, David Crosby,
Donald Ray Mitchell, David Was (back.vo)
Rayse Biggs (tp), David McMurray (sax)
Paulinho Da Costa (perc)
George Harrison, David Lindley, Slash, Waddy Wachtel,
Robben Ford, Jimmie Vaughan, Stevie Ray Vaughan (g)
Bruce Hornsby, Elton John (pf)
Al Kooper, Jamie Muhoberac (org)
January, March ~ April, 1990
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