2026年8月26日水曜日
ディランは歌が下手なのか
初めてボブ・ディランの歌を聴いた時、多くの人は違和感を抱くと思います。そういう自分もそうでした。えっ、この人、歌は下手糞じゃない? と言いたくなる。
その理由は、いろいろありそうですが、最も大きな理由になっているのは、歌い方と声だと思います。長く歌い続けているアーティストですから、年齢的な変化もありますが、時代によって意図的に自ら変えている部分が大きい。
もともと、トーキング・ブルースという歌い方があります。これは「語るようにブルースを歌う」というものですが、アメリカのルーツ音楽として伝統的な歌唱法の一つです。メロディ通りに音符に言葉を乗せることをせず、伴奏(たいていギター)に合わせて、ほとんど喋り続けるというもの。
1920年代にアメリカ南部で始まったと言われていますが、これを継承したのがウッディ・ガスリーでした。語られるのはほとんどが社会風刺的な内容だったので、フォーク・ソングとして反体制的なプロテスト・ソングの土台になったことは容易に想像できます。この世界にガスリーの模倣から入ったディランは、当然このスタイルも自分のものとしていきます。
メロディはあっても、音符通りに歌い出さなかったり、まだ譜面上は音符があるはずなのに早くに歌い終わったりする、また音符に対して歌詞が字余りだったりするのも、もとはと言えばトーキング・ブルースのスタイルから来ているのではないでしょうか。
その結果として、ディランの歌詞はかなり自由度が高い。無理にメロディに乗せる必要が無いので、言いたいことがあれば好きなだけ歌い続けられるのです。後年、自分の曲でさえ、まるで何の曲かわからないほどメロディを変えて歌うのも、このようなベースがあるためだと思います。
ディランをアメリカが産んだ最高のミュージシャンの一人にしたのは、そのような先人より受け継いだ自由度の高い歌い方に、時代の空気を取り込み独自の文学的な言葉を紡ぐ才能に秀でていたからに他なりません。愛だとか恋だとか、あるいは一時的な感情だけを歌うポピュラー・ソングの世界を、芸術的な高い次元に引き上げると同時に一般にも広く受け入れられるものへと昇華させた功績は誰にも真似できないものだと言えます。
もう一つの特徴が声です。はっきり言って美声とはとても言えない。若い時から、少し鼻にかかったような濁声でした。盟友ジョーン・バエズとは見事に対照的ですが、逆に人々が親しみやすいという効果があったのではないでしょうか。また、大きな声を出しても声質が変わらないという利点もあるかもしれません。
フォーク期はあきらかにガスリーに寄せていた部分があると思いますが、ロック化するとこのざらざらした声が激しいリズムにぴったりで、無理なくシャウトする感じが見事にはまります。
しかし、60年代後半になると、突如としてカントリー調の「つんつるてん」のクルーニングの発声方法を始めました。70年代なかばに元の発声に戻りますが、激しいシャウトと同時にこの頃から歌詞の文節の終わりを投げ捨てるような歌い方が目立ち始めます。
1987年にステージ上で突然新しい歌い方を閃いたというエピソードがありますが、本人が詳しくは語っていないので詳細は不明ですが、おそらく喉を絞るような歌い方から鼻に声を溜めるような方法ではないでしょうか。その後、加齢とともに声のしゃがれ感と鼻声感が強まって、ディランにしか出せない「味」は究極の物になっているわけで、これがはまると癖になるポイントです。
ディランにとって、「美しいメロディ通りに歌う」が歌ではなく、「言葉を伝えるための手段」であり続けました。声楽的な発声法からは、確かに「下手」だろうとは思いますが、歌を用いた表現力という観点からはポピュラー音楽史上最も偉大なシンガーの一人と呼ばれることに異論はありません。
